巨大なビルを乗せたような大型クルーズ船が昨日の朝に高知新港に接岸。6000人の乗客。そのうち5000人くらいが中国人。そんなことちっとも知らなかったからいい気なもんで お城の下にある県立図書館に行ったら近くの駐車場からバスが出てくるわ出てくるわで異常な雰囲気。バスからゾロゾロと降りてきた連中を見るとどこか違う。日本人のようで日本人じゃないというか昭和日本人というかどこか時代にマッチしない。彼らに混じって進むと「出たーッ」中国語。そのうち中国語の渦になってまるで城攻めかのように中国人のおおきなうねりが出来た。これが噂の中国人観光客かとビックリ。小さな団体はこれまでも見たことはあったがこんな大人数は初めて。数は力を思い知る。気の毒なことに途中から雨が降り出して雨の中を傘もささずお城の石段に佇んでいるさまなんか「高知は征服された」というキャプションを付けて写真を掲示したら誰もが納得するだろうなと思った。この人数が「ひろめ市場」に行ったら貸し切り間違いなしだ中国語で「タージャオハオ」と言ってやろうと思ったけどとてもそんな勇気はなかった「おじた」というのが一番あってる表現か。東京なら飲み込めるかもしれないけど高知は無理だね。夕方5時に出港したと聞いてなんとなく安心した。これが移民だとしたらと思うとイギリスの気持ち分かるような気がする。
ウエストサイド物語をまたブロードウエイかどこかでやってるらしいね。 いままで何回も再演されて来たんでしょうがいつでも新鮮に思います。それでちょっとスケッチしてみました。携帯のカメラの焦点が壊れてるんですよ。どうがんばっても年寄りの目のようにこんな具合。これはどんな場面かな。自分では勝手に「cool cool」と歌ってるんですが。いつの時代でも夢と自由って憧れますね。「自由を求めて」とか「夢を追いかけて」とかまるで魔法の言葉のように若者の心にしみこんでいきますよね。ジェット団とシャーク団、残留派と離脱派、あれ、かわらないね。みんなそれぞれ夢と自由を求めての闘いだからかな。ともあれ、ジーンズで飛び上がれば僕の中では「ウエストサイド物語」なんだ。
イギリス人はイギリスで外国人が外国語で話していると「speak english in England」というらしい。言葉に対し誇りがあるらしい。イギリスの中でもウエールズ語やスコットランド語ケルト語とかいろいろあるとのことだがとにかくイギリスにいるんだから英語を話せといわれるらしい。大きなお世話だと観光客は思うのですがこれが移民ともなると喧嘩腰だとか。その頑固で誇り高いイギリス人がみっともないことにEU離脱の国民投票の結果が出た途端「再投票だ」とか「スコットランド独立だ」とか「ロンドン独立だ」とかで後悔の念をにじみだしている。「決まったことにがたがた言うんじゃねぇ」とフランス、ドイツは知らんふり。「若者の将来を年寄りが決めるな」と騒ぐ若者。「お前たちは選挙前に何をしてたんだ。お前たちが決めれないから年寄りが決めてやったのさ」と頑固ジジイ。「だから、馬鹿に投票させたらとんでもないことになる」というのが日本のマスコミのスタンス。ロンドンのシティ寄りの発言が目立つ報道が多い。大卒の意見は良くて中高卒の意見はダメだとでも言いたげ。「国民投票は問題ありますね」という裏で憲法改正の国民投票の時は中高卒の洗脳で勝てるから楽勝との見方を得てほくそ笑んでいる。ハシモトの手法で煽ればいけるかなと胸算用。いつものことだけど彼らは裏切り者の数をはじけないんだ。どちらが頭がいいんだか分からない。
アジサイの花の色も移り変わっていくんだから世の中もそうなるのでしょうが「時よ時節よ変わろうとままよ」といって変わらない英国を選んだ国民気質を大事にしないといけないんじゃないかな。国を成立させているものは頭の良さでも金でもない自由と独立の気風なんだから。
梅雨の晴れ間はありがたい。それまでまとわりついていた湿気が消えて気分もいい。押し入れや靴箱の戸を少し開けて新鮮な空気を入れる。傘を干す。洗濯物を干す。布団を干す。猫を干す。窓を開けて小鳥を見ながらマフィンを焼く。珈琲を淹れる。作りたての李のジャムを出す猫にミルクをやる。ハトにエサをやる。雨で出来なかったことをいっぺんにやる。時間がいくらあっても足りやしない。こんなもんかな明日死ぬと分かってたら最後の一日でできることなんか知れている。作業に追われて追われての一日だろうとふと思った。ハトと言えばまた友愛の鳩が中国で飛んでるらしいね。今度はAIIBですか。鳩に悪気はないんですがね。それを利用するワルダクミのなかへ自ら飛び込んでいく無鉄砲な坊ちゃん気質、どうにかならないものかね。まぁ、考えようによっては窓口を持つというのはなんかの時に役に立つこともあるだろうから百害あって一利なしにならないようにと願うばかりです。また、足をすくわれて終わるんじゃないかな。いや、中国でもコイツは読めないだろうというのが半々か。梅雨の晴れ間に飛び込んできたニュースがこれなら梅雨の後半は荒れ模様ですか?
mocking farewellでgood luckと英国のEU離脱をからかっているのがフランスの新聞。ドイツの新聞も似たり寄ったり。Be in Britainと息巻いてるのはイギリス。イギリスの若者は「俺たちの将来はどうなるんだ」と心配しているがEUの上から目線と官僚主義にうんざりしていた大衆はうっぷんが晴れて清々しているといったところか。なんでもイギリスはポーランドがイヤみたいだね。ポーランドもEUの加盟国なのに労働条件のいいイギリスへの出稼ぎ移民が多いのかな。ポーランドと言えばユダヤ人だよね。ユダヤは金を上手く稼ぐ奴が多いからかな。イギリスもユダヤが嫌いなのかね。元々はドイツが再び台頭しないようにとできた組織が母体と聞いていたがここにきてまたしてもレイシズムかとなかなかの難しさを感じますね。理想で言えばEU構想は間違いではないのですけど机上論的には上手くいかないのが現実ですよね。どの国もプライドが高いですからね。そんな世界の騒ぎをよそにこの前行った土佐久礼の絵を描いた。御神域にかかる橋です。ここは「AMAの里」と難しい漢字で表現されたところです。当然読めなかったので地元の人に聞きました。そこに神社があって橋がありました。 絵を携帯のカメラで撮って載せたのですがフォーカスが壊れていてボケています。でもこの方が上手に見えるかな。一応の雰囲気は伝わると思います。町からそんなに遠くはないのですが残ってるんですよこんな景色。やっぱり「らしさ」を残そうという気持ちが分かるからイギリスのそれも有りかな。
おったまげた!英国人も土佐人だった。何の根拠もないのに「おらんくが一番」となってしまった。拮抗してるとはいえ「残留」となると思ってた英国。それがふたを開けてみればEUからの「離脱」を決めていた。いやいや誇り高き英国。誇りだけの土佐人と何ら変わらない。キャメロンの誤算は自分の権力固めのために国民投票を利用しようとしたところ。上から目線で経済的危機を訴えたところ。「誰が得して誰が損するか」を分かってる国民感情がわからなかったところ。身内からの裏切り者の数を過少に見積もってたところ。「人生、理屈じゃねぇ」ってことが理解できなかったところ。負けたから辞めるってところは潔い。どこかの国の大臣にも見習ってもらいたい。これでどこかのバカは国民投票にビビっただろうな。52%と48%とだからまだまだくすぶっていくんだろうが主権を取り戻すってことはそれなりの意義があるんじゃないかな。まるで明治維新のようにどこの馬の骨とも分からない奴らが徳川を倒したかのような結果だったね。額に汗して働く連中がctiesで働くエリートを負かしたんだから。でもエリートの中に隠れ離脱派も結構いたというからまさに混沌。そんな中で自分の権力増大ばかり考えていたなんて洋の東西を問わず権力者は権力にしがみつくんだね。「そんなことは知らん。おらが一番。」英国人も土佐人も貧乏なんて怖くないんだ。それよりお前に頭を下げるなんてまっぴらゴメンなのだ。
今日の午後に大勢は決まるという英国のEU離脱国民投票の行方。残留派の女性議員が殺されたりしたもんだからそれまで離脱と言ってた人が残留に回った。出口調査というのだろうか事前予測では残留が57%離脱が43%だった。見識のある国民投票は一定の価値があるがそんなこと意識したこともない国民レベルでの国民投票って意味があるのかな。浮動的で感情に流されてポピュリズムが判断の基盤。でもそうやって世の中動いてきたんだよね。国民全員が政治や経済に関心が強く見識が高かったとしよう。政治家なんかやってられないよね。まず職を失うのが彼らとその取り巻きだろうから。いしきのかけらもない輩が存在するからかろうじて成り立っている職業が政治家だろう?その政治家が仕事をしないで国民に丸投げしてどうするんだ。イギリスの議会って政治のレベルでもう機能してないのかな。キャメロンってどこかのバカと同じくらいの能力しかないんだね。もう国民投票が決まって今日の午後にも結果が分かるというからブツブツ言ってもはじまらないが国民投票って言葉には安易に飛びつかないようにしよう。それの良し悪しから議論しなくてはね。この結果見てどこかのバカが国民投票と刷り込まれやりたがるから。これってアベるっていうのかな。
Pablo Picassoの「femme assies」という絵が香港だったかのオークションで63.7millionで落札だってね。キュビズムの作品では一番の高値だって。キュビズムの作品は売らんかなのようであまり興味がなかったけれどこの「座ってるおんな」はスゴイ。ピカソって世界中の誰もがかなわないくらい絵が上手かったんだねとあらためてそう思った。これが立ってたらいくらになったんでしょねとバカなことを思いつつ新聞を眺めていた。絵を描くって行為は自分を一部でも二部でもさらけ出す行為だからまさに「神の手」だね。世界中で受け入れられる絵って世界中で受け入れられる自分だからね。ただ絵は非常に個人の好みが優先するからここがおもしろいところだけど誰もonly oneにはなれない。だからみんな違ってみんないいんだ。そうじゃないと絵なんか描けないよね。とさわやかに切って捨て「雲の上」の話はさておき描きかけの絵に絵具を乗せる。機微ズムの僕としては。
昨日まで大丈夫だったのに猫のパンにカビが生えている。それも表面にうっすらと一面。カビ菌ってどこにいるんでしょうね。自分たちに都合のよい環境が整うと突然出てくるんだ。湿度温度まるで管理されてるかのようにある数値を超えると広がって来るんだ。60度以上の温度では生息できないと言われてるけど人間も60度以上なら風呂でも入れないよね。カビが広がりそうだと感じたら戸をピシャンと閉めてエアコンで換気。がいいのかな。slamってピシャンと戸を閉めるって意味だけどClinton slams Trump's economic planって記事を見た時このslamに反応してしまった。ここでは酷評すると訳すらしい。なるほど英語は実際目にしたことからの意味の派生らしい。では、目にしたことがないものからは意味の広がりがないということだ言葉の成り立ちって面白いね。だから言葉を守るってことは民族を守る。しいては国を守るってことなのか。一部の政財界の権力者によって進められている「日本解体」に言語でもって対抗しようとするのはあながち間違いではないのかもしれない。気宇壮大、この日本語が日本を救うかも知れない。
raining raining how is raining rain more
mother's bringing my unbrella it can rain and pour
pit-a-pat-a pit-a drip,drip drop
北原白秋の「あめふり」という童謡。中山晋平作曲。あめあめふれふれ かぁさんが じゃのめでおむかえ うれしいな ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン しか知らなかったけど5番まであって かけましょかけましょ かぁさんの あとからゆこゆこ かねがなる ピッチピッチチャップチャップ ランランラン あらあらあのこは ずぶぬれだ やなぎのねかたで ないているピッチピッチ チャップチャップ ランランラン かぁさんぼくのを かしましょか きみきみこのかさ さしたまえ ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン ぼくならいいんだ かぁさんの 大きなじゃのめに はいっていく ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
1番だけでもいろんな物語が想像できるのにこういう展開になっていたとは知らなかったな。昔から俳句などに親しんできたからの広がりだろうか。少ない言葉で宇宙の広がりを持つ日本語。仇や疎かにできませんね。英訳と比べたら一目瞭然です。