TAOコンサル『市民派・リベラルアーツ』

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イェイツのこと、アイルランドのこと[6]

2012年07月06日 | 東西の詩人詠みくらべ
アイルランドはカトリックの国である。第二次世界大戦後の1949年になってやっと独立を果たしたが、何世紀にもわたる屈辱的支配を忘れることなく、いまだに、プロテスタント(英国国教会)の英国への反発は根強い。イェイツはダブリン生まれの“アングロ・アイリッシュ”である。“アングロ・アイリッシュ”とは英国の植民地時代にこの地に移住した支配階級の子孫である。つまり、イェイツの家系は古い時代からアイルランドに居住した“古き英国人”(オールドイングリッシュ)であるが、長い年月の中で、自らをアイルランド人と位置づけ、地元民以上のアイルランド愛国者になったということができる。

イェイツは、幼少時を過ごしたスライゴーの自然と、後半人生での詩作の地であるクール地方の湖や塔をこよなく愛し、これらアイルランドの原風景の中から多くの詩や戯曲を制作し、祖国の文芸復興にも尽力した。この地に古くから伝わる伝承をもとに、ケルトの妖精物語を作り、日本の能にも関心を寄せた。作品は神秘主義的なところもあり、いささか難解であるが、心惹かれる詩人・劇作家である。

そんな訳で、このところ、イェイツのことが頭から離れなかったのであるが、年が明けてテレビを見ていたら、またイェイツが登場した。アンソニー・ホプキンスのトーク番組である。これには驚いた。しかも、なかなか感動的なシーンであった。アンソニー・ホプキンスは、アカデミー賞に輝いた『羊たちの沈黙』や貴族の館の執事のストイックな人生を描いた『日の名残り』など、数々の作品における名演技で評価の高い英国の名優である。言うまでもなく、私の好きな俳優の一人でもある。これは米国アクターズ・スタジオが主催する俳優・監督のトーク番組であるが、ジェームズ・リプトンのインタビューが絶妙で、人気が高い。この番組にアンソニー・ホプキンスが出演するというので、楽しみに観ていたのだが、「詩が好きだ」との会話があり、突然、イェイツの話になったので、驚いてしまった。リプトンから「母親の旧姓は?」と聞かれ、「イェイツ」と答えたのだ。祖父の家系が関係あるとのこと。そして、促がされて、詩を朗読し始めた。「イニスフリーの島へ行こう、土と編み枝で家を建てよう、豆を植えミツバチの巣箱を作り、一人暮らそう、・・・」と。そう、なんと、『イニスフリーの島』であったのだ。しかも、ホプキンスは、朗読の途中、感極まって涙する。大勢の聴衆に「すまない」と照れ笑いするが、会場からは割れんばかりの拍手、感動的なシーンであった。クリント・イーストウッドといい、アンソニー・ホプキンスといい、ジョン・フォードといい、私が好きな俳優や監督たちが、こんなにもイェイツを好きとは、・・嬉しいことである。

最後になるが、私は中国東晋時代の田園詩人陶淵明も好きである。不思議なことだが、イェイツがアイルランドへの思いから詠んだ詩『イニスフリーの瑚島』と、陶淵明が故郷の田園を思い浮かべながら賦した『帰去来の辞』に流れる心情はとてもよく似ている、と思う。都会ロンドンにはないアイルランドの自然やケルトの文化に憧れたイェイツと、役人生活に嫌気がさし、故郷をめざした陶淵明、偶々好きなこの二人の詩人に共通して流れるものを、私は感じる。なんと幸せなことだろう。(山下)