映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「光」 道尾秀介

2015年09月30日 | 本(その他)
光に出会いたいと思うなら

光 (光文社文庫)
道尾 秀介
光文社


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利一が小学生だった頃、仲間といれば毎日が冒険だった。
真っ赤に染まった川の謎と、湖の人魚伝説。
偽化石づくりの大作戦と、洞窟に潜む殺意との対決。
心に芽生えた小さな恋は、誰にも言えなかった。
懐かしいあの頃の記憶は、心からあふれ出し、大切な人に受け渡される―。
子どもがもつ特別な時間と空間を描き出し、
記憶と夢を揺さぶる、切なく眩い傑作長編小説。


* * * * * * * * * *


少年の日の冒険譚。
語り手の少年が利一ですが、
文中、一人称が「僕」ではなく「私」となっているのに少し戸惑います。
つまりこれは彼がおとなになってから、少年の日を回想して書いたもの。
少年たちの冒険、友情、そしてちょっぴり甘酸っぱい思いを、
ノスタルジーを感じながら語っている。
だから少し「スタンド・バイ・ミー」に似た雰囲気があります。


女恋(めごい)湖という湖のある、田舎町。
4年生の夏休みから物語は始まります。
もう冒険がそこに用意されている感じですね。
女恋(めごい)湖には伝説があって、
少し前に教頭先生からその伝説の続きの物語を聞かされたばかり。
ある日彼らは湖岸に洞窟を見つけるのです。
恐ろしい物語を聞かされている彼らは
真っ暗な洞窟に恐る恐る足を踏み入れてみるのですが・・・。
ここで語られるストーリーは、実はほんの序の口で、
この洞窟は後でもっと大変なことの舞台になります。
連作短編風に、エピソードごとに区切られて語られていくのですが、
大きな流れとしても実にうまくつながっていて、完璧。
しかも随所に読者を驚かせるミスリードが仕掛けられているのです。
ストーリーだけをとっても素晴らしい冒険と少年の成長譚であるのに加えて
このような仕掛けまで・・・。
感服させられます。


いつもながら登場人物たちがいいですね。
主人公利一くんは、内省的で人の気持ちがよく分かる。
が、そこはまだ小学生なのでちょっとバカなこともしてしまうけれど、
こういう少年は大好きです。
彼が将来なりたいと思っているものは・・・、
本作中では最後の最後にようやく明かされますが、
そこのところはなんとなく想像がつきますね。

ちょっぴりお調子者だけれど、ムードメーカーの慎司。

あまり級友たちとはなじまず距離をとっていた感じの清孝は、
ある出来事から親しくなったのだけれど、とても優しい子。

そして宏樹は裕福なことを鼻にかけ、
貧乏な清孝とは親しくしたがらないように見えていたのですが・・・。
ある事件で全く意外な面を見ることになります。
うん、面白い。

そして、慎司の2つ上の姉、悦子は、真っ黒に日焼けした活発な少女。
ただちょっと利一にはただの友達以上の何かがあるようです・・・。

そして、後半に登場する劉生くんというのがまたユニークなんですよ。
彼らよりひとつ下の3年生、ちびでやせっぽち。
しかし、恐ろしく頭がいい。
が、どうもその頭脳を使う方向がちょっぴり間違っているというか・・・。
まあ、この子と知り合ったおかげで
彼らは大変な事件に巻き込まれることになってしまうのです。


作中、教頭先生が
「自分がどうして先生になったのかわかった気がした」
とポツリともらすシーンがあります。
それは利一たちが、動機は良かったのですが、
バカなことをしでかしてしまった後のこと。
自分が子供の頃、友だちがいなかったという教頭先生は、
実はこんなふうに仲の良い友達とハメを外してみたかったのかもしれない。
常に無愛想で近寄りがたい教頭先生なんですけどね、
私は好きです。


物語の詳細な年代は書かれていませんが、
アポロの月面着陸より少し後、まだレコードやカセットテープが普通に使われていた頃。
だからこんなふうに、暇さえあれば子供たちは集まって外で遊びまわっていた。
今は子供たちが外で群れて遊んでいるのをほとんど見かけません。
たまに集まっても室内でTVゲームをしたりして・・・。
だからこんな物語を読むと、私自身もなんだか郷愁にかられてしまうのです。
かつてのこどもの日々を思い出し、利一たちと素敵な冒険をさせてもらった、
そんな本です。

「光」道尾秀介 光文社文庫
満足度★★★★★


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