映画と本の『たんぽぽ館』

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「日の名残り」カズオ・イシグロ 

2017年12月07日 | 本(その他)
ずっと語られない、彼の本当の思いとは

日の名残り (ハヤカワepi文庫)
Kazuo Ishiguro,土屋 政雄
早川書房


* * * * * * * * * *

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。
美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。
長年仕えたダーリントン卿への敬慕、
執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、
二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々
―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。
失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ
英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。

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映画で見ただけだったカズオ・イシグロ氏の「日の名残り」をやっと読みました。
執事スティーブンスはしっかりと私の中で
アンソニー・ホプキンスにイメージされていました。


スティーブンスは、長年ダーリントン卿に執事として使えていたのですが、
卿が亡くなった後、お屋敷を買い取ったアメリカ人のファラディ氏のもとで働くことになったのです。
スティーブンスの目下の悩みは、
お屋敷の人手不足と、ファラディ氏のジョーク。
アメリカ人の言葉のはしからどんどん飛び出すジョークに、
スティーブンスはどう答えてよいのやら困ってしまい目を白黒させてしまうのです。
ある時、ファラディ氏がアメリカ帰国で長期不在となることから、
スティーブンスにたまには休暇を取ってはどうかと提案します。
この道一筋、確かに休暇などとったこともないのですが、
以前女中頭だったミス・ケントンに会って仕事にカムバックしてもらってはどうかと思いつき、
旅行がてら出かけることにしたのです。
ファラディ氏から借りた豪華なフォードに乗って、
美しい田園風景を行く一人旅が始まります。
そして彼は道すがら、これまでのことを回想します。


ダーリントン卿が最も華やかに名声を得ていたのは
ちょうど第一次世界大戦後から二次大戦が始める頃までのこと。
ドイツの大敗で、あまりにもドイツに過酷な協定が結ばれ
ドイツを救済すべきだとの動きがあったのです。
ダーリントン卿は特にそのことに力を尽くし、
このお屋敷で非公式に各国の要人が集まり会合を持ったりもした。
こうしていわば「世界を動かした」舞台の場に自分も立ち会い、尽力したことを、
スティーブンスは最大の誇りとしていたのです。
もちろんそこで自分の意見を言ったりなどはしません。
決して自分を出さず、ひたすら当主の意向に沿うように務めることこそが
執事としての「品格」であると信じているのです。
そしてまた、ダーリントン卿のことと並行して語られるのが、
ミス・ケントンのこと。
スティーブンスはここでもまた、自己主張せず、相手にも踏み込まず
、ひたすら「品格」を保とうとするのですが・・・。
ここのところが間違ってる!!
なんというボクネンジン!!と、
つい読みながら歯噛みしてしまうところです・・・。
そうこうするうちに、ミス・ケントンは屋敷を去り、
ダーリントン卿も苦境に立たされていく・・・。


以前映画を見たあとの感想としては、隆盛を極めたあとの物悲しさ・・・
滅びの美を見出したと思うのですが、
この度小説を読み終えたあとでは、少し違う感情も私の中に浮かびました。


スティーブンスは過去を回想する中では、
あのときの自分の行動は間違っていない、
執事としては他にありえない品格を保っていた、
と独りごちるわけですが、実のところではそう思っていないようなのです。
ラスト近くで彼はたまたま知り合っただけの人物に自戒的にこう漏らすのです。

「私は選ばずに信じたのです。
私は卿の賢明な判断を信じました。
卿にお仕えした何十年という間、
私は自分が価値あることをしていると信じていただけなのです。
自分の意志で過ちをおかしたとさえ言えません。
そんな私のどこに品格などがございましょうか?」


これこそが彼が抱えていた真の苦い思い。
それから、「夕暮れ」は私の感覚では単に物悲しいイメージですが、
文中では、「気ままな夜を迎える前のお楽しみな時間」、
とその男は言うのです。
ただ哀愁に浸るだけではないこういうラストもいいものです。
映画もいいけど、本はもっと深いですね。

「日の名残り」カズオ・イシグロ ハヤカワepi文庫
満足度★★★★.5



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