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「櫛引道守」 木内昇

2017年06月21日 | 本(その他)
女の幸せは何処に在りや

櫛挽道守 (集英社文庫)
木内 昇
集英社


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幕末の木曽山中。
神業と呼ばれるほどの腕を持つ父に憧れ、櫛挽職人を目指す登瀬。
しかし女は嫁して子をなし、家を守ることが当たり前の時代、
世間は珍妙なものを見るように登瀬の一家と接していた。
才がありながら早世した弟、
その哀しみを抱えながら、周囲の目に振り回される母親、
閉鎖的な土地や家から逃れたい妹、
愚直すぎる父親。
家族とは、幸せとは…。
文学賞3冠の傑作がついに文庫化!


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幕末の木曽山中。
櫛引職人である父の腕に憧れ、自分もそのようになりたいと思う登瀬が主人公です。
と言うといかにも地味なのですが、実際地味です(^_^;)
ところが、読み進むうちにグイグイとこの登瀬の生き様に引きこまれていきます。


幕末なので世情は乱れている。
尊王攘夷のこと、幕府のこと、宮家のこと・・・
世の中の動きは風の噂で届いてくるけれども、
父と登瀬のひたすら櫛を引き続ける毎日は変わりません。
女は結婚して子どもを生む。
それが当たり前の時代。
女性が櫛引職人になるなどとは論外の常識はずれ。


登瀬は「女性も仕事を持つべきだ。結婚だけが生き方ではない。」
などと主張したりはしません。
決してそういう近代思想に目覚めていたりするのではなく、
ただただ、美しく精緻な櫛を作りたいという思いに引きずられるだけ。
しかし、ほとんど神業と思われるその櫛を
父は朝早くから夜遅くまで作り続けて、
それを問屋に卸して日々の生活がやっとという実情なのです。
理不尽です。
登瀬の櫛引への思いが強いあまり、縁談をダメにしたりもするのですが、
そのことで周囲の人々から疎まれてしまう。
何を考えているんだか・・・と世間の風当たりは強い。


ある時、和宮様が降下のおりに、この登瀬の村を通ります。
登瀬はおそれ多いと思いながら、和宮様の立場と自分の立場を重ね合わせるのです。

「子を産み、育て、家を守り、家を繋いでいく。
それらはいずれも立派な役目なのである。
だが嫁すことの、女にとっての幸せは果たしてどこに在るのか―。」

しかし、登瀬は意中にほのかに思う人がいながらも、
ついに婿を迎えることになってしまいます。
その相手というのが意外にもイケメンで人当たりがよく、
櫛引の腕もバツグンなやり手という申し分ない男。
母親は諸手を挙げて大喜びですが、何故か登瀬には馴染めません。
うそー、なんて贅沢なことを・・・と、
このへんは多少ハラハラしてしまいますが・・・。
登瀬にとっては、この家で櫛引のライバルであり、
難なく彼が父の後をついでしまいそうなことを腹立たしく感じていたのでしょう。
夫婦になったとは言え、全く心の通わない2人だったのですが・・・。


互いのことを理解していってようやく芽生えていくものがある。
そんな過程を愛おしく思いました。
早逝した弟のこと、肌の合わない妹のこと、
それぞれの生き方にも触れながら、
なお一層しっかりとした登瀬の生き様を浮かび上がらせていきます。
読み応えの在る一冊でした。
ちなみに題名は「くしひきちもり」と読みます。

「櫛引道守」 木内昇 集英社文庫
満足度★★★★★


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