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カール・リヒターの「ゴルトベルク変奏曲(1979年 日本公演)」

2008年02月24日 01時14分02秒 | 音楽いろいろ
 カール・リヒターというと、バッハ演奏の大家であり、ひたすら理知的な冷静な演奏をするたいへん硬派な教会音楽家として知られた人物である。生まれ育った時代背景から、濃厚なロマンティシズムをどこかに漂わせていたものの、決して乱れることはなく、完璧な演奏をしてきた。
 ところが、このCDに収められている「ゴルトベルク変奏曲」はなんなんだろう。音は混濁し、指はもつれ、音は止まりそうになる。それでもなんとか前に進もうとするカール・リヒターの冷静とは正反対の姿がある。うまいのか下手なのかは分からない。しかし、この演奏の重みときたらすごい。本来、軽い音が得意なはずのチェンバロなのに、重戦車のごとくすすむ。私たち聴衆は、この演奏を前にして一時も安心感を得ることができない。もともと不眠症のゴルトベルク伯爵のために作られた曲だというが、とてもじゃないが眠くなったりはしない。

 ここからリヒターは、完成された音楽を作るだけの音楽家ではないことがわかる。彼は、演奏と言う一期一会を生きている。中にはコンディションが悪いときもあるだろう。この日本公演のとき、コンディションは最悪だったということだ。彼はそういう自分との戦いを音にした。客を前にして、壮絶な闘いを--つまり格好の悪い姿を--さらしているのだ。それはリヒターのイメージからは程遠い。しかし、おそらくリヒターにとってそうした音楽との壮絶な格闘はじつはいつものことだったのかもしれない。
 こんな音楽を作っておきながら、実は、案外いつもどおりの演奏後の気分だったのかもしれないな、と思うのだ。

 完璧な演奏でも、よくできた演奏でもない。しかし、これは音楽家がどこまで音楽に執着するかを示したドキュメントである。


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