久しぶりにコンサートホールに問い合わせをして、届いた封書にいろんな事が書いてある。
会場では検温を実施します。
演奏のあとのブラボーはお控えください。
37.5度以上の熱がある場合のご来場はお控えください。
そのほかにもいっぱい書いてある。
本当に真面目に読んで一つでもクリアできない条件があればコンサートホールに行ってはいけないとガチンコで考えてしまったら、コンサートに行けるのはいつのことやらと気が遠くなってしまう。
最終的な判断は個人の自己決定に任させると思ってある程度、気楽に考えるという思考というか志向も身につけなければ、どこへもいけなくなってしまうなと思う。
不謹慎な書き方かもしれないけれど、これだけコロナが長引いて、いろいろ紙に書いてある条件を読んで、そのとおりに自粛してしんどくなってしまって、責任を誰かに転化するくらいなら、少しは思い切って行動してみるということも必要なのではないかと思えてくる。
一年間くらいは、そういうものだと割り切れたけれど、最近はちょっと自分の意識もかわってきているように思う。
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自粛ムードの中、せめて心の中だけでもお盆の気分にと思って岐阜県民謡郡上節の歌詞を見ていたらこんなのがあった。
“”思うことさえ言われぬ口で 嘘がつかれるはずがない“”
あの人、無口なのに、あんな大胆な嘘つくの?と驚いてしまうことも私達は経験すると思う。
しかし、一般に無口で口下手な人は、案外、嘘が苦手て正直な人が多いというのも事実
ネットを中心に、ハッタリのような宣伝が多い世の中、
思うことさえ言われぬ口で 嘘がつかれるはずがない
という歌詞を見ると、本当に私達が忘れていた、素朴な経験則というものを思い出させてもらっているような気になる。
こういう経験則が役に立つ世の中がつづいてほしいものだなと思う。
こういう歌詞の一般則的なものをもっと突き詰めて教えというレベルに高めると
“”口先の ついしょばかりはいらぬもの しんの心に 誠あるなら“”
という中山みきさんのお筆先のような言葉になるのだと思う。
※ついしょ は追従で、こびへつらうものの言い方ということです。
“”しんの心に誠があるなら、口先の追従(ついしょう)はいらない。“”
こういう教えは時代が変わっても変わらないものだと信じていきたい。
それはともかく いちにち いちにち 無事で健康に過ごせることを第一に願っていきたい。