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せいかつ創庫

野球・音楽・アート・街の風景など、自分自身のネタ創庫。
野球の楽しみ方、考えてます。自作イラストの展示も。

高畠康真の生涯に迫る!!

2008年01月18日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
高畠導宏(康真)さん

皆さんご存知ですか?
30代以上のパリーグファンの方はご存知かと思います。

「あぶさん」を愛読されている方もご存知でしょうね。

元南海、ロッテなどでコーチをされていたプロ野球選手です。
4年前に癌でお亡くなりになってしまいましたが、この方の生涯がこんどドラマで放映されます。


NHKドラマ「フルスイング」



高畠コーチは、「あぶさん」の漫画でも野村監督の参謀として、ストーリー内でも重要な存在の方ですが…、ずいぶん若いうちからコーチをされていたんだなぁ、、、と思っていました。

何しろ、野村監督は南海時代は選手兼任監督。
40歳前後に監督をされていたわけですから。
高畠コーチはなんと29歳で引退をし、コーチに転任されたのです。

現役は3年。肩の故障で引退をされ、それからずーっとコーチとして南海をはじめ各球団を渡り歩き、独自のセンスと熱意あふれる指導でさまざまな選手のバッティングを開眼させます。


有名なのは、落合博満(てか、若っ(笑)

オリックス在籍もあり、イチローや田口の若手時代にも打撃指南をしています。

こういう方、いらっしゃいますよね。
選手としてより、指導者として大成される方。
人をよく知り、よく理解して指導をすることのできる。
なかなかなれない素質であり、人間的にも素晴らしいことだと思います。

ファームを長らく見ているボクにとっても、こういった若い選手、伸び悩む選手を親身になって指導されているコーチの方、裏方の皆さんの存在にとても感銘するときがあります。
実際、指導者として尊敬できる方もいらっしゃいます。
高畠氏も、そんな熱意あふれる人望あるコーチとして、華やかな世界を支えてこられた方でした。


そして、高畠氏はそのコーチでの経験をさらに生かすべく、第二の人生として教鞭をとる道を選びます。
通信制の大学から教員資格を取得し、還暦間近で高校の教員として新たなスタートをします。

ドラマは、そんな高校の先生になられた高畠氏の姿を描きます。


主演(高畠氏役)は、高橋克実さん
※劇中では「高林」という架空の名称となります。

コーチ時代の、厳しいプロの世界で学んだ熱意ある指導で、思春期の生徒たちや、現場の教師たちに大きな影響を与えていくというお話です。


しかし
高畠氏は、念願の教員になられてわずか1年で、すい臓癌に倒れそのままお亡くなりになります。
高校野球の監督として甲子園に出場することも夢でした。


じつは、この物語には原作がありまして、


甲子園への遺言という本なのですが、ボク、この本が出たときに本屋さんで一回手に取っているんですよね。

でも、そのときは買うのをやめて、次に気づいたときには売り切れていて、まだお目にかかっていません。
そして、この本を手にした時に、高畠氏が教員になられ、しかもすでにお亡くなりになっていることを知りました。

多感な時期を過ごす少年少女にとって、どんな存在の先生であったか。
プロの一線で長くやってこられた努力と築き上げた力を、プライドを捨ててどのように伝えてきたのか。

いや、、、”野球選手だった”という俗物のようなステイタスのようなプライドなんて、もともと持っていなかったのかも。
そしてむしろ、プロの厳しい世界を乗り越えてきた力を、胸を張って教師という場所にのぞんでいたのでしょう。

野球も教育も同じだ、という信念できっと高畠氏は教えたかったのだろうし。。。
高畠氏のあたたかな気持ちを感じることができれば、と思っています。


ドラマでどのように描かれているか、高橋克実さんがどのように演じるか。
とても楽しみです。

このドラマ、
明日から6回シリーズで、NHKから毎週土曜日の午後9時より始まります。

高畠氏はドラゴンズでもコーチとして活躍されていたので、ぜひ新井良太ファンの皆さんも、ご覧になってみてください。


追記:
高畠氏はコーチになってからの昭和52年以降に、本名の導宏から康真という名前で登録をされていました。
史実ならびに原作・ドラマでは本名の導宏という名で進行されていますが、ボク自身高畠氏の印象が”コーチ高畠康真”であったため、個人的に功績を称えるつもりで、タイトルにはあえて「高畠康真」と明記させていただきました。

ストッキングガーター

2008年01月10日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
セクシーな響き??

残念(爆)!!

野球のストッキングがずり落ちないように巻くベルトなのですが、
野球用でも、ストッキングを留める用具なので、ストッキングガーターと呼びます。


ボクの場合、このようにも使います。

自転車のギアがズボンのスソを巻き込まないように取り付けます。
よく見かけますね。
ケッタ乗りのリーマンにはある意味必須アイテムです(笑)。


最近は野球のユニフォームもズボンのスソが長くって、ストッキングではなくソックスのようになったストッキングを履く選手も多いようですね。
カラーソックスを履くだけとか。
ズボンが長くなっているからですが。

ソックスの上からさらにストッキングを履くのは、やはりスネ部分の補強目的、保温効果が目的で、さらにその目的はと言うと、ズボンから露出することによる足軽効果を望んでいるわけです。


イチローが最近ストッキングを伸ばしているのも、

「ストッキングを露出した(ズボン裾を短くした)方が、意外と走りやすいことに気づいた」

なんて言ってました。



でも、イチローはBW時代に頭角を現した頃から裾を長く、また身体にフィットしたズボンを履いていましたよね。

その頃は、ズボンを長くした分、履いていて楽ということで、球界的にも一気にズボンの裾が長くなりました。

ま、それを考えてもズボンの長さやストッキングの長さというのも、「流行」みたいなもので、大きな根拠はあまりない。
自分たちが一番気に入ったスタイルで着こなすことが一番ということなんでしょうけどね。


ところで、
ストッキングって、足に引っ掛ける部分が紐のように細くなっていて、前後から見るとカマボコのように半円状に下のソックスが見えますよね?



これこれっ! 何でだと思います?

大昔、
ストッキングが発明された頃、ストッキングに使われる染料で人体に有害なものが使われていたんだそうです。
とくに滑り込んだり、スパイクが当たったりして出血などをしたとき、比較的キズを負いやすい足首の部分にストッキングの染料がしみこまないように細くしたんだそうで、その名残だということですよ。


へえぇ~。

でも、あまりストッキング自体の補強の意味がなくなるのでは??と思うのはボクだけ(爆)?


ちなみに、ズボンの裾が長くなってきて、こうしたかまぼこ型に開いていない、ソックスと同じようなストッキングも売られています。
いま、オールドスタイルでストッキングを長くしている選手は、このタイプを使っているケースも多いようですね。

というわけで、”かまぼこ型”の形状もまた「流行」のひとつなのかもしれません。


事実、尾花コーチのように、頑なに長嶋世代の、学生野球でも常識な”正統派”スタイルを継承されている方もいらっしゃいます(笑)。
たしかに、ひざ下からストッキングを出し、ちゃんとかまぼこ状アーチがしっかり露出しているスタイル。
これがベーシックなスタイルかと思います。


さらに、見にくいですけど、
こうしたかまぼこアーチが極端に長く、ズボンから露出している部分が横の”ヒモ”状態の部分しか見えていないようなスタイルが流行した時期もありました。
これは、80~90年代に見られますね。



ちなみに、アンダーソックスにストッキングのカタチに色が塗られた、なんちゃってストッキングもあるんですよ(笑)。

以上!
野球トリビアとでも言いますか。

グラブのヒモ補修

2007年12月27日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
今月の頭
アニマルちゃんのグラブのヒモが切れたため、補修を行ったと紹介しました。
そのときに、即座には直せなかったので、持ち帰って補修を行いました。

今回は、その一部始終をご紹介~☆

まず、グラブを預かった時点でグラブの状態を写真に撮っておくのを忘れてしまったのが残念。


先に完成品を見せちゃいますが、指と指をつなげるクロスの部分が切れちゃったんですね。
よくある話です。

ここを付け替えて、ウェブ(親指と人差し指の間の捕球部分)のヒモも取り替えちゃいます。


切れた古いヒモを外して、新しいヒモを通します。

ヒモは軟式用なら5~1000円くらい(メーカーによる)?
で、スポーツ用品店で手に入ります。


ヒモを通す器具として、写真に写っている長い針金状のピンを使用。
これはたいがいヒモの商品に含まれています。
これで、針仕事と同様に、穴に通していきます。


ていうかコレ
帰りに新幹線の車内で(笑)。

ヒマだったから。
いきなり隣でグラブ直し始めたら、隣の出張帰りのおじさんもビックリですね。
なにやら興味深げに見てくれていましたが。


指間の補修を行い、自宅ではウェブのヒモの取替えを行いましたよ。

ウェブとは、英語では編み物、またはくもの巣や水鳥の水かきという意味があります。
まさしくどれもあてはまる言葉ですね。
指の間に取り付けられた、ボールをこぼさないための部分です。


こんなカンジで取り付けが完了しました。


色の濃いヒモが、新しく取り付けたヒモですね。
これで、アニマルちゃんの華麗な守備が、エラーなく披露される事を期待しております(爆)。


これ、スポーツ用品店さんで修理してもらうと、5千円くらい取るのかな??
そのかわり、他のところも全部変えてくれるとは思いますが。
自分でも意外と変えられるものです。

でも!
外して取り替えるのにもけっこう大変です。
ヒモの付け替えには力もいるし、ヒモの締め付け方によって、グラブのかたちやバランスが崩れちゃうこともあるので、型を保ちながら付け替えていかなきゃならないし。。。

ちゃんとした知識のある方(専門店)に取り替えてもらうのが一番です。


グラブは体の一部とも思うので、長く使ってもらいたいというのがあります。
ボクも、名前付けちゃうくらい愛着持って扱っているし(笑)。

イチローでも、道具に対する愛着と、メンテナンスは人一倍です。
あの派手好きな新庄選手でも、愛用のグラブは高校時代から使っているものを、引退まで使い切りました。

野球に限らず、モノを大切にする心構え。
これは人間にとってとても大切なことだと思います。

世の中便利になり、モノもすぐに新しいものが簡単に手に入るようになった時代です。
それに甘えて、ついついモノの扱いをおろそかにしていることも多いと思います。

それに、良いものや、自分が気に入ったものって、やっぱり物持ちがいいと思いませんか?

こういった側面からも、野球を通じて子供たちは学んでほしいと思います。

Dear 黒木知宏 2

2007年12月13日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
    ↑ 黒木知宏、23歳、ボク、18歳(笑)。

昨日の引退会見を見て、懐かしい映像もいっぱい出てきて、自分なりに黒木知宏の野球人生を振り返っていました。



知り合いを通じて、春日井の王子製紙に初めて社会人の試合を見たときに知った黒木さん。
その選手が、プロに入ると決まって、この人は絶対に応援しよう!
と思い立ったのが95年。


ロッテなんかより、イチロー見ていた方がいいし、セリーグも面白かった時分なのに、なぜか黒木知宏にこれだけ入れ込んでしまって、応援を始めてしまった。
これも、黒木知宏を応援しなさい!という野球の神様が仕向けたヘンな巡り合わせだと思っている。

でも、野球の神様は小心者のボクを変えるために黒木さんに会わせてくれたんだと思う。
マック鈴木もしかり、BWもそうだけど、この当時、野球を通じてボクは劇的に世界が広がった。


一線…
もう、応援団にも入っていたこともカミングアウトしてるんですが、、、


そう、応援団も入った。
こう見えても車酔いするので旅行は嫌いだった身体が、気づいたら夜行バスで博多にも仙台にも行った。

たくさんの友人ができ、いろんな考えを持った人間と交わり、社会の縮図も感じた。



これが当時応援に着ていたユニフォームです。
いわゆるファンクラブユニフォームですが、胸番号の下に注目。


「くそ~!プリアム!!」


そう、


1998年7月7日。
18連敗のときの名場面。
2点差を守り9回2アウトまで追い込んだ黒木さんがプリアムに投じた渾身のストレートが、まさかの同点ホームラン。

凍りついた。
涙より、衝撃ばかりだった記憶がある。
事故にあったような。


黒木知宏も、マウンドで崩れた。

でも、その後日、こうやってユニフォームにサインしてくれた。
衝撃はすごかったけど、それでも黒木さんは前向きでもあった。
持ち前のキャラクターを伺える、ボクだけの思い出だと思っている。

この年は、最多勝も取り、オールスターにも選ばれた。
そう、名古屋でのオールスター。
黒木さんはやっぱ輝いていた。嬉しかった。


また、黒木さんは2年目くらいの時分、一番ほしいタイトルは何?と聞かれて

「ピッチャーとしては、防御率がほしい」

と言っていたが、

この頃から

「最多勝で、チームをとにかく引っ張っていきたい」

と、目標が変わっていた。


チームのエースとして、リードしていきたいという使命をもって、全力で勝ちにこだわる黒木知宏の姿を感じた。

この頃は、7月7日同様、最後まで投げ抜いても、勝てない試合って多かった。
自分の奮闘で、チームが活気付いてほしい。
そんな願いもあったのかもしれない。



当時、グリーンスタジアムのレフとスタンドの6分の1もいなかったロッテファンだが、それでもたくさん集まっていた。
ヒッチハイクして遠征してきたヤツもいた。
ボクもこの当時は、名古屋のファン同士で乗り合い、下道で交通費片道(ガス代のみの)800円。

帰り道、あきらかに居眠り運転で中央分離帯に乗り上げて、死にそうにもなった。

なんて、無茶な遠征ばかりして、それでも黒木さんを追いかけた。


その後も、ボクは関西の試合はほぼ皆勤の勢いで、ロッテを応援した。
黒木さんの試合を、たくさん見たい!
そんな気持ちだけで、足を運んだ。


なかなか登板機会と合わずに、何ヶ月ぶりに生黒木知宏を見て、その日、ひさびさの完封勝利で勝った!
というだけで泣けた。
いや、感慨無量な試合だった。

負けて泣いた記憶より、勝って泣いた記憶の方が圧倒的である。



シドニーはさすがに行けなかったけど、オリンピックのユニフォームも手に入れ、応援した。
しかし、この頃から、自身の応援スタイルや、就職と言う人生の岐路に自分も悩み、応援団を辞め、外野応援を断つ選択をした。

外野応援を断つことで、ロッテファンも卒業した。
同時に、サーパスという自分にとって身近なチームを、ロッテにいたときのノウハウで盛り上げて、ファームの活性化に貢献したいという、新たな夢を持っていた。
本音は、、、
大好きな神戸で、じっくり野球を見たい。
という、一線をやりつくした感のある、新しい野球感のあらわれもあった。

ボク的には、成長だと思っている。
ロッテを応援し、パリーグの野球に触れ、黒木さんの熱い気持ちを受け止めたうえで選んだ道だった。

黒木知宏の活躍も、あえて見方を変えてみたかった。
でも、
もっともっと、本人の息遣いを感じて、投球を分析したり、新しい楽しみをもっと見つけて、近づきたい気持ちは変わらなかった・

けど、
ボクがロッテを去った時を同じくして、黒木さんの野球人生も一変した。
2002年シーズン。
肩、肘。もともと腰は悪かった。
座骨神経痛などは、若い頃から持っていたはずだった。



近くでは見られない。
投げてるところも見られない。

活字だけを見て心配ばかりしていたが、「黒木さんなら頑張っているんだろう」
と言う気持ちだけ持って、ひそかに回復を願っていた。


もうボクはロッテファンじゃない。
って遠慮もあったと思うし、ボク自身の新しい野球感のなかで、あまり表には出さずにいた。
実際、ファンを移籍しても、合併はあるわで、楽しいばかりの道でもなかった。

一ファンとして静かに祈る日々。
優勝をし、一躍人気球団に伸しあがったチームも、黒木さんはいない。

実際、投げたし、それがファンやチームの士気を盛り上げたのは間違いない。

でも、もうあの頃のチームとは違うチームですからね。
昔応援していたチームが優勝をするというのは正直嬉しかったけど、その栄光がまたボクから黒木さんとの距離を作ってしまった要因にもなっていった気がする。

そして、今回の引退だったわけだけど、、

最後まで、一野球人、黒木知宏として悪あがきしてくれたことに、黒木さんらしさを感じて感極まった。



ロッテファン(笑)?
だっせー。

誰がいるっけ?
ていうか、ロッテファンって、日本中に何人いるの?

黒木知宏が輝いていた頃のロッテは、同級生にまだこんなことを言われるような時代だった。
でもボクは胸を張って応援していた。

そしたら、時代は変わるもんだ。

でも、ボクは
18連敗、投げても勝てない、問題もある、、、
そんな中で投げ抜いてきた黒木さんが大好きだし、その時代を応援できたことを誇りに思っている。

その時代、黒木さんとともにロッテの野球で戦い、得たものは大きいと思っているから。

チームだってそうさ!
スパッと応援団を辞めたボクが言うのもなんだけど、(当時の)ボクらが盛り上げた礎が、いまの”マリサポ”文化を築き上げた。

応援団的にもいろいろ言われた。
ある年の東西では、衝突も受けた。

「おまえら、サッカーまがいの応援しやがって」

言われた。

タオルを振れば、あの球団に真似された。



団員と一般ファンあわせて10人くらいで応援した試合もあった。

岐阜でイースタンの巨人戦があったときは、4人だった。

立って応援していたら、後ろのオヤジに
「ロッテなんか応援するな!しょーもない。見えんから座れ」

言われたさ。
でも、それを乗り越えてきた。
好きだったから続けられたし、マイノリティな精神も鍛えられた(笑)。


いまの”マリサポ”と言われる若いロッテファンにも、この気持ちと、こんな時代があったことは受け止めてほしいと思っている。
野球は勝負の世界だし、ファンだって命かけてるヤツがいる。

バカかもしれないけど(いや、実際バカだけどさ)、こんなバカも人生には大切なことだと思う。

野球に限らず、いまこれだけ情熱を持って行動できるものがあるか?
ボク自身もいまだに分からない、安定しない一生の課題ではあるけど。


仕事、生活、サイドビジネス、そして野球、、、
いろんな場面で、黒木知宏を応援して得た

「負けない気持ち」
「あきらめない気持ち」
「明るく元気に、最高の自分を出す努力をする」

生かさなきゃいけないと思う、自分にとって大事な時間だったと言うことを、あらためて強調したい。

自分自身、意外とネガティブで、生まれつきは小さい人間でもあると自分でも思っているから。


なかなか難しいんよ。
なかなか追いつけるものでも、真似できることでもない。
それだけ、黒木さんも苦悩して、汗かいて、身体いっぱい戦ってきたんだから。

だから、尊敬できるんだけど。



長くなったし、しつこくなるから、この辺でやめておくけど、、、
黒木知宏の引退で、あらためて自分が自分に言い聞かせたいこと、みんなに言いたかったこと。。。


黒木知宏と、一時代は終わった。
でも、その気持ちはやっぱり生き続けている。

いや、生かすものだと思う。


そう思って、これからも活躍を応援したいし、黒木さんの教えてくれた気持ち、自分の直面するいろんなことに照らし合わせて、頑張っていきたいと思います。

見ていてください。



野球人、黒木知宏様
ありがとう。
お疲れさま。

人生の先輩、黒木知宏様
これからも、いろんなことを教えてください。

「ハイテク人工芝」のヒミツ

2007年07月16日 | 大須ボールパーク(野球コラム)

昨日は、例によって「美化運動」のために、京セラドーム大阪のグラウンド裏に潜入しておりました。
写真はあまり関係ないですが。。。
花木氏と「みすたーKみたいやんなー」と話していましたにー(笑)。


ところで、

待機場所というのが、グラウンド用具の資材庫なんですが、


こんなん発見しました。

「使用済み砂」??

そうなんです。
この砂の集まりは、ドームの人工芝に敷き詰められている「砂」であり、
この砂が「ハイテク人工芝」とか、「天然柴に近い人工芝」と言われている最先端人工芝のヒミツなんです。


よく見ると、白い砂と黒い砂の2色がありますね。

黒い方は、ゴムを細かく砕いたゴムチップなんです。


人工芝を断面で見ると、じつはこういう図式に、
ゴムチップと砂がミルフィーユのように重なりあいながら敷き詰められているんですね。

ホンモノの砂やゴムなどで”自然に近いクッション”を作り出すことが、この「ハイテク人工芝」のヒミツなんですね。

従来の人工芝は、クッション&土台のゴム台座に疑似草が植えられているだけで、「毛」の長いジュウタンのようなものでしたが、膝などの身体への負担を考え、ホンモノの土の層を再現した「ハイテク人工芝」が考案されてきたわけです。

これだと巻き取れないので、イベント等でグラウンドをアリーナで開放する時には不利でしょうが、選手にとってはやはりメリットなんでしょうね。

大阪ドームは踏みならされていて、ある程度固くなっていますが、張り替えた直後など新しい状態の時は、ボールがバウンドすると砂が飛び散るくらいなんです。

「砂場を走っているみたいに柔らかいよ」
という話を聞いたこともあります。

そうそう、
東京ドームの中継をご覧ください。
東京ドームはいまでもボールがはねると砂が飛ぶのがご覧になれると思いますよ。
あそこはまた砂の種類や構造も違うのでしょうかね??


芝生の「草」も発見しました(笑)。
これは、内野の部分でしょうね。

6回の攻撃が長いと(待機時間も長くなるので)こういった発見も出来て楽しいですね。
って、こんなん発見できて喜ぶ人間はボクくらいでしょうが(爆)。

ちなみに、この場所

このへん(笑)の、扉をはさんだ裏がこうなっています。

球界もたいへんだ。

2007年05月03日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
まず、冒頭の写っ

おぐりくんのブログ、卓越主義のアンサーブログです。
当然ながら写真は一緒ですよ(笑)。
てかね、こういう時は若いヤツこそ「行け!」指令が暗黙であるので、良太は行って当然。
もともと動くヤツですからね。
こうして頼もしく育っていくと嬉しいわけです。

というわけで、プチ新井良太まつりでしたが。


本題



奨学金制度に対する対策。
ほんとうに大変なことになってきましたね。

ってか、ボク個人の意見としては、これは”パンドラの箱”だったと思うのです。
元々西武の裏金問題から発展した奨学金に対する弾圧のような今回の大ナタ。

裏金と奨学金制度、結びつけるのっておかしくない?
って思いません?

むしろ、奨学金制度が無くなったら裏金が増えるんでない?って思いません??


要はね、そう言うことになってくるんですよ。



日刊ドラゴンズ(爆)阿知波記者の主観。
この人、アマチュア野球を広く見てきている人で、定評があるんですが…、

この記事を見て、ボクの主観。
ちょっと暴走しても良いですか(爆)??

アマチュア野球は裏金のことで大きく反発して、アマチュアの健全さを大きくアピールしているけど、アマチュア界にもブラックマーケット、ブラックジャーナリズムが存在するのだと思う。

だから、”ばらしやがって”って怒っている人もいるんじゃないの??
実際、プロに指名された選手の関係者の羽振りが良くなったとか、聞くしさ。。。

これは、裾野までたどれば少年野球の指導者などにまで発展する。

金村義明氏が以前怒っていたもん。

少年野球の監督やコーチは、保護者にいたれり尽くせり。
送迎はもちろん、お弁当の手配、接待などなど。。。

こんなことで良いのかって!?

中日の朝倉が以前トークショーで子供の質問にこう答えてた。

子)プロ野球選手になって、一番ビックリしたことは何ですか?
朝)あり得ない額のお金が目の前に入ってくること(笑)

これは、朝倉選手はウケ狙い半分、そしてプロで頑張るとこれだけ稼げるんだよっていう意味で言ったことなんだけど、
こういった”あり得ない額”のお金が選手だけじゃなく、家族や関係者の目の色も変えてしまう。

アマチュアはプロと違うから、表向きお金を稼げないからね。
だから、選手への先行投資ならびに道ならしを”金”と”コネ”でやってきたんじゃないの?

プロばかりが汚いんじゃない、アマチュアの関係者こそお金に汚い人が多いんじゃないの?

奨学金制度を厳しくしたのって、中学生選手のスカウティング、野球留学などで大物選手が大きく流れることに対して行われているブラックマーケット、アマ野球の闇ブローカーの存在を撲滅する目的があるのでは??
と、阿知波記者は語る。

たしかに高野連の法制度と態度は古い考え方だ。
ただ、学校側もやはり甲子園っていう大きな舞台と魅力にはかなわないようで、反発を示す高校がひとつも出て来ない。
どこも右ならえで調査に応じて、今回これだけの学校が出てきた訳でしょ?

高野連も何かしらの救済措置や法整備を考えていることを期待していますが、、、
高野連の今後の姿勢も考えものだ。

とにかく、金が悪いんですよ。

そこで思った!
昨日の育成制度も含めて、やっぱりね、日本もメジャーリーグ化が望ましくなってきてるんじゃないかな?

いっそメジャーリーグみたいに、登録40人枠をトップチームとし、残りをマイナー契約とする。
マイナー選手はファームや独立リーグなどでプレーする。

そして、受け皿がまだまだファーム(ウエスタンとイースタン)しかないのだから、四国や北信越とのタイアップもはかる。
社会人との交流戦などではお金がとれないから、独立リーグやクラブチームをもっと営利化して”プロ”の底辺を作る。

そうすれば、昨日の記事のオチアイ監督が、育成選手も含めてプロ野球の中で結果を残してほしい。独立リーグの参加は否定したい。って考えも必要なくなる。
トップチームだけ面倒見れば良いんだから。
裾野の選手は、どんどん独立リーグやファームリーグを作って、試合をしてスキルとお金を稼いでもらいましょう。

社会人野球でも実業団のチームのほんの一握りしか潤ってない状況で、受け皿野拡張が必要なこと。
クラブチームだって、一部のチームは道楽(欽ちゃん球団とかはそうだよね)。本気で取り組んでいるところでも、経済的にアマチュアの畑でやっていたらレベルの向上は望めない。

だったらら、クラブチームはプロのように営利運営に力を入れて、資金とレベル向上の2つを相乗効果として狙ッた方が良いんじゃない?

それに、今裏金だの奨学金だのって揉めてるのは、それは契約金が高いからこういうことになる。
(プロに)入りやすいけど、入ったら厳しいって環境が一番いいのでは?

夢話のようだけど、結局サッカーでもこうやって底辺が繁栄してるでしょ?

プロの不祥事を機に、アマチュア球界の膿みもはらそうとしている今回の取り組み。
100年近くも繋がってきている野球界、”風通し”なんてなかなかできないと思うけど、プレーしている選手や、見ているファンがガッカリするようなことはしてほしくない。

お金はグラウンドに転がっているんだから!!
素直に勝負しようよ。

フェアーというか、素直に。

中日球団に選手会が抗議!!と、その後

2007年05月02日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20070427-00000052-kyodo_sp-spo.html

心配していたことが現実化した感じ。

ノリの時に思ったんです。
中日は、支配下登録が69人とギリギリのくせに、育成選手が多すぎる。

で、実際に中村ノリが支配下に入ったために枠が無くなり、こうした事態に。
シーズン中に行うってところが大きな問題ですよね。
魂胆が見え見えなわけだし。


結局
金本問題、コミッショナーがウエ-バー取り下げへ
となったみたいですね。
コミッショナーも弱いなぁ。。。
中日球団はコミッショナーを提訴するそうですね。

ボクは、中村ノリの経緯については異論は唱えませんし、むしろ良い方法であったと思う。
角が立たないと言うか…中村ノリをテストする意味でも、ノリ自身の力量を問う意味でも。

だから、ノリだの育成枠だのって物議を問われている間に、ボクは今いる育成選手の心配が真っ先に思い当たりました。

育成選手についても異論は唱えません。
こちらもむしろ推進派ではあります。

アマチュアも実業団の強豪チームが運営難で縮小の方向。良い選手があふれていますし、
逆にクラブチームが立ち上がっているけど、環境的にはよりハイリスクになるため、レベルの低下は否めない。

四国や北信越リーグの実現と同じように、育成選手についても”プロ意識”を持ってプレーできる環境で、若い選手を育てることは良いと思っている。
傘下チームを立ち上げてマイナーリーグを作る…てことは財政的にも現実的じゃないけど、
ゆくゆくは育成選手だけでチームができて、四国や北信越の独立リーグ、アマチュアの大会などに参加するとか、そうやって育成枠が円熟することを期待したい。

実際、イースタンでは今年から混合チームを立ち上げて試合に参加させるというプランがあるそうだし。

育成選手制度はこれからもっと環境的、制度的に円熟して、本当に若い選手が野球をできる環境が整ってくると思うから、いま育成枠で戦っている選手は、”草分け”であるだけに発展途上の環境下で辛いとは思う。
金本選手についても、ファームの試合でもアマチュアとの交流戦くらいでしか出場できていない、非常に厳しい状況ではあると思う。

ただ、いま現在の育成選手がもう少し”志”を持って切磋琢磨できるような措置は取ってあげることが、育成選手を抱える球団としては当然だと思う。
仮にも、同じユニフォームを着ている選手なのだから、誇りを持ってプレーしてほしいので。


選手会には中日球団に抗議をするだけではなく、育成選手救済の措置を訴えてほしい。
そして、コミッショナーはいい加減もっと権限降って毅然としろよ!!
ってか、毅然とした態度を取れる人に代われよ(怒)!!いいかげんさぁ。。。

シビアな競争社会には間違いないプロ野球界。
金本選手には、頑張れ!としか言えないけど。。。


ちなみに、オチアイ監督がこの件について(聞かれた)談話が載っていましたね。

「コミッショナーと球団とのやりとりについては現場の立場では返答の仕様がない」
というのは仕方ないことでしょうけど。。。

枠がどうのこうのじゃない、監督ということ抜きに、一野球人としては、ある意味野球界に入ってくる人間が減ると思う。受け皿が無くなる。そのために育成を作ったんじゃないの?

たとえば育成選手を集めて四国リーグに入れるという動きもあるようだけど、契約上は問題ないのか?
あくまでプロ野球界の中でやっている競技なんだ。阪神や広島が行っても、オレはNOと言うよ。
そんな余分な戦力はないもの。
(日刊ドラゴンズ(爆)より一部抜粋)

う~ん、
オチアイ節だな(苦笑)。
まぁ、選手に対して「プロであれ」と言いたいところもあるだろうし。

しかし、
ウエスタンリーグがただでさえチームが減って試合も少なくなったんだから、四国リーグや社会人との公式戦は、環境的には必要だと思う。手段として。

ボクは、いっそ”育成”って言い方をやめて、メジャーリーグみたいに”メジャー”と”マイナー”で契約方法を変えて、1軍の40人枠を”メジャー”(トップチーム)として、残りのマイナー選手の人数や間口を広げて、リーグを拡張するとか、こうした独立リーグとの交流を深めるとかした方がいいんじゃない?

受け皿を持つのなら、チャンスも与えなきゃ。
もちろん、受け皿を広げるなら、チャンスも広げてあげなきゃ。

NEW ERA進化論

2007年03月20日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
某牛丼バカ(爆)からタイトルをパクっちゃいました。

NEW ERAバカでスミマセン。

各球団に浸透しているNEW ERAブランド。
今年はカープもグッズとしてNEW ERAアイテムが登場し、じつに8球団がNEW ERAブランドをグッズに採用する急成長!
プロコレクション侵攻への期待も膨らむ現状でしたが、、、


やりましたっ!!

満を持して、千葉ロッテがオンフィールド(プロモデル)採用です!!
ギザギザの造りが超気になるところです(笑)。

先週、ミズプロのカタログを見る機会があって、

「あれ?ロッテがカタログに掲載されてない??」

と、某店員ともウワサしていた矢先の発表でした。


もともと、ロッテはいの一番に帽子革命をお起こしたと思います。
以前にも書いたような、旧式の帽子からシルエットを一新。
しかも、今では当たり前の”浮き出た刺繍”マークもロッテが先駆けでした。

その当時(2001年頃)から
「ひょっとして、あれってNEW ERA??」
ってウワサをしていたもので、ミズプロの努力は感心したものでした。

ただ、ちょっと最近のメーカーの流れは、NEW ERAを意識した結果丸みを帯びた帽子をどんどんリリースしたがゆえに、かぶりの浅い、迫力に欠けたシルエットになってしまったと思っていたところでした。
これは、楽天の現役選手のかぶっているタイプと、ノムさんタイプの帽子との落差を見れば、どなたでも感じられると思います。


NEW ERAって、プロモデルにしては価格が安くて、造りもはっきり言って「安い」んですが、100%ウールの質感、旧来帽子と比べて堅さや窮屈さがなく、しかしゆったりとした深さもあって、ナイターのカクテル光線にも栄える。

そのシルエットが絶妙で、存在感は抜群。ボクも含めて愛好家が多いところだと思うんです。

ほら、日本のメーカーのプロモデルやレプリカって、カジュアルにも合わせにくくて、あまり街でかぶっている大人っていないでしょ?
でも、NEW ERAならかぶっていてもカッコ良く感じるのは、ボクのヒイキ目だけではないはず!!


自分が誇れるチームのグッズを身にまといたいのはファンの心理。
だったら、街で着こなしてもカッコいいものを作れば良い。
それは、単純な発想なんですが、意外とどこも気づいていなかったことなんです。

NEW ERA侵攻が日本の野球ファッションにポジティブな効果を生んでほしいと期待するばかりです。
ぜひ、手に取ってみてください。

これが、ボクのNEW ERA進化論。
画像はレプリカですが…。

ボクのファーム感

2007年03月14日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
昨日の日記の中で、”ファーム応援の宿命”なんてことを書きました。
今日は、ちょっとそこを突っついて書いてみたいと思います。

もともとボクの観戦自体がファーム(ウエスタン)をテリトリーに活動しています。
ご存知のとおり新井良太をはじめ、サーパスは観戦歴12年(オリックス時代含)のリスペクトですし、試合を通じてチームの枠を越えて、いろんな選手を見ています。

1軍に上がる期待を持って、若い選手ががむしゃらにプレーしている。
そんな息づかいを間近で感じられるのがファームの醍醐味。

情熱は1軍選手に負けないが、力至らずに夢尽きる選手も毎年見ていく運命もあり、顔ぶれが変わるこの時期は、新しい顔がどんな選手なのかという楽しみと、今年も厳しい競争の一年がまた始まっていく…という緊張感を感じます。

だからこそ、自分にとって一番!というプレーを感じてあげたいと思います。

そして、ファームで育つ選手が1軍で活躍すると、苦しい時代を知っている分嬉しさもありながら、遠くなってしまったような寂しさも…。
これは前述のとおりです。

ファームを見ているファンの楽しくもちょっと切ない宿命…。

ボクの場合は
中日でいえば荒木、井端、朝倉、森野…。
ホークスの松中、城島、斎藤和巳、川崎、大村。
オリックス(サパ)では平野、後藤などといったところでしょうか。
楽天の岩隈、鉄平、川口。
広島なら嶋。
阪神の藤川や、井川、濱中も印象に残る選手です。。

アライバについては、今では自慢ですけどね!

井川も、ああ見えて最初はコントロールの悪いとんでもない選手だったり…。
ほかにも松中は、努力のあとが現在のプレースタイルにしっかりと引き継がれているので、尊敬できる選手だったりします。

そして、新井良太にもこういう時がやってくるでしょう。。。

ファームとは、あくまで2軍です。
育成の場であったり、伸び悩んでいる選手の調整の場であったり…と、レベルは落ちるし、1軍のような華やかさはありません。
それでも、”プロ”というプライドを持って、期待と不安を背負いながら、若い選手が自問自答のなか白球を追いかける情熱があります。
また、ファームに甘んじているベテラン選手については、若手選手以上のそれがあると思います。

やはり、そこにアマチュアとは違う”プロ”という世界があると思う。
アマにはアマのジレンマがあり、想いがあると思うけど、ファームを見ていてボクは「やっぱりプロを見て野球を勉強したい」と思った観念が、現在の活動に至らせています。

ボクが良太の成長を追いかける結果、ここを見にきてくれる人がいて、ファームを見に行って応援してみようと思われる方や、共感してくれている方がいらっしゃることはとても嬉しいし、みなさんからもファームを通じて感じる”声”や”想い”を感じて、これからも語り合えればなぁと思います。

ファームという場でも、プロという厳しい中でしのぎを削っている選手がいる。
ドラマがある。
そんな選手たちとの別れは意外と早いんだけど、他の誰にも分からない輝きを見ることができる。
貴重な体験ができてるとボクは思っています。


もうすぐシーズンが開幕しますね。

今年も球場でたくさんの試合やプレーを見たいです。

みなさんも、球場で多くの選手の息つかいを感じてみてください。
とくに、ファームという厳しい現実を理解して、そこに挑戦する良太をはじめ若い選手の姿勢。
他の誰にも分からない、自分なりの価値観を見つけてもらえると思います。
もっと野球が面白くなると思いますよ。

今年もケガなく、全ての選手が希望に満ちてプレーできる事を祈ります。

いつも、長い文章でごめんね。

ファンがチームに求めるものとは?? ~新しいチームカラーについて~

2007年02月21日 | 大須ボールパーク(野球コラム)
昨日の、バファローズ名称変更報道について、ボクはチーム名の変更は賛成という持論を述べました。
それは、オリックスバファローズという、合併した球団の”現状”のなかで、それでも前向きに応援しているボクの立場として考えたものです。

いや、というか、バファローズという名前になった時点で抱いていた話。

どうせならヘンなカタチでイメージを残してほしくない。
前向きに応援してほしいなら、むしろ新しいチームカラーを立ち上げて、旧来のファンの理解を得たほうがよっぽど良かったのでは?と、思ったのです。

それに、チームのカラーなり名称なりがコロコロ変わるというのは、これはファンが定着できない要因になると思うので、ボクは、もうこれっきりにして欲しいと思いますね。

だから、むしろどうせなら合併時にやってほしかった。
どうせならね。


話は変わりますが…

ヤンキースが100年の歴史の中で、ずっとピンストライプのユニフォームを着続けていることが伝統になっている。
巨人や阪神も、あのオレンジなり縦じまなりが、選手にもファンにもステイタスになっている。
ホークスが親会社が変わってもチーム名が変わってないこと。

ここにファンの定着、ひいては歴史であり文化になってくるのだと思う。

いまのオリックスには、ファンを定着させる”確信”がないと思う。
若手や生抜きを育ててチームを構築していきたいコリンズの考えと、清原やローズで人を集めようとするフロントには、確実に温度差がある。

ファンにとって大事なのは、チームを自分の”誇り”にできるかということ。
自分の生き方を代弁できるような”強さ”や"魅力”があるかということ。
そのためには、”本物”となるようなカラーでありインパクトがほしい。

今日びのそこらのアホ企業のような、後先を考えないビジネスライクは、ちょっとのはずみでメッキが剥がれてしまうような程度のビジネスマインドですよ。
野球というひとつの”文化”を作り出している企業にはやってほしくない。

そう、いまのオリックスは話題性の尽きない話は多いんですけど、すべて”恥”と紙一重になりそうな話題ばかりな気がします。

それは、ローズであり、清原であり、中村ノリであり…。
それ以前から、オリックスは選手やファンの立場は二の次な政策が多い。
ファンサービスが良い分これも皮肉な話。
いや、ファンサービスの中でも、たまにあきらかに打算的な内容のもあったかも…。


小さい小さい。

ファンはそんな球団を”誇り”にできますか?


2004年のオフ。
合併を前向きに受け入れたいつもりで、小泉球団社長(当時)に、新しいユニフォームのデザインと、新しいチームをファンにどう受け止めさせるか。という手紙を出した事もあります。
それをみて、社長は喜んで電話までしてくれましたが。。。
(そんな経緯もあったので、この話は予測出来たというのもあります。)


あの時でも、「期待してください」という社長の話を聞いた後の発表で、あのユニフォームでしたから。。。
あれではファンの気持ちを逆なでするだけ…と、思ってました。

だから、ボクもこのブログも含めて、バファローズとは呼ばずに「Bs」と表記しているのも、BWとは違うチームなんだ。近鉄とは違うものなのだ。ということを自分に言い聞かせている意図もあります。

だって、もうBlueWaveも近鉄バファローズもないんだから…。

ここでどう思ったかで、いまBsを応援してるか、捨てて新しいチームに進まれたかが分かれるかもしれませんね

でも、ボクも含めて、合併球団を応援している人もい続けてるのは事実です。

これ以上、親会社は野球文化のため、チームのため、ファンのために、誰も泣かせてはいけない。
どんな名前になるか分からないけど、”チーム愛”では阪神に負けないような、誇れるチームを創ってくださいよ。

表面的にも内面的にも。

これから、奇特にもオリックス球団を応援したくれるファンや、オリックス球団にあこがれて野球の楽しさを覚える子供に、夢や希望を与えられるような球団作り。
ファンが先々のことを読めてしまうような、それに呆れてしまうような球団では、歴史は作れません。ホンモノは作れません。

リスクはありますよ。
でも、球団経営は”夢”を売る仕事。”政治”や”利益”を表に出してはいけませんよ。
ファンは引きます。ふつうに。


それが、オリックスなんです(断言)。
でも、そんな会社でも、チームを応援してるんです。

ある意味で合併騒動に終止符をつけるような今回の報道。
これを受けて、少しでも変わってくれる球団なら…ね。
無理でしょうけど(爆)。

でも、ボクはそれでもここまで字数使って書きましたよ。
いちおう、応援を継続してるから。
ファンや選手はボクにとって仲間です。仲間をこれ以上悲しませたくないですから。


ときに2004年9月当時。小泉社長には、、、
「オリックスカラーも変えちゃえばいいのに!!」
と、ぜんぜん違うチームカラーのユニフォームデザインを作りました。
せめてもの落とし前?とでも言いましょうか。。。

ちなみに、そのときのチームカラーは


”エンジ色”でしたけど(爆)。

楽天のユニフォームが発表された時には正直驚きました(笑)。

エンジって、高級感とか、歴史を感じさせる色だと思うから、“新しい歴史を作ってほしい”という願いを込めて選びました。
だから、むしろ楽天のグリムゾンレッドよりも早稲田っぽい、渋いエンジ色をイメージしてます。

阪急電車の色…とは(爆)、決して言えません。

名前もあったんですよ。
”New Traditional Home"
って名前があったんです。

長文にお付合いいただき、ありがとうございました。
みなさんは、どのように受け止めるでしょう?
みなさんがチームに求めるもの、チームを長く見ていくためには、こんなことはしてほしくない…
てことはありませんか?
Bs以外のファンの意見も、聞いてみたいところです。