慶喜

心意気
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唐(9-2)(空前の繁栄した唐)

2021年01月15日 | 歴史
🌸唐(9-2)(空前の繁栄した唐)

土地制度が崩壊(唐中盤から社会の変化)
 ☆「均田制」の崩壊
 *国の所有である土地を民衆に等しく与える
 (死後返納させるという「公地公民」が原則)
 *門閥貴族や大寺院が、その土地を“横取り"して自分の所有物にする
 *民衆も、貴族や寺院に小作料を支払うほうが負担が軽いとわかる
 *貴族や寺院に身を寄せ、国からもらった土地を放棄する
 *「荘園」が成長し、均田制が崩壊する
 ☆「租調庸制」は、均田制度が基盤
 *均田制は、その際に作成していた「戸籍」だったた
 *結果として「租調庸制」も崩壊する
 ☆「府兵制」も、均田農民の戸籍を利用して徴兵する制度
 *均田制が崩壊してしまうと徴兵もできない

「府兵制」が崩壊(唐中盤から社会の変化)
 ☆「府兵制」の崩壊が、唐の弱体化を招く
 *兵を募集性したが、士気の低い兵が集まる
 *弱体化した連中を率いて戦うのは、並みの統率力では足りない
 *戦場でたたき上げられた親分肌の人物が必要になる
 ☆唐王朝は「節度使」の役職を創設し任命する
 *辺境防衛に明け暮れた武人や異民族の将軍
 *募集した兵を率いさせて地方の防衛にあたらせた
 ☆唐王朝の屋台骨「均田制・租調庸制・府兵制」が失われた
 *唐は、転げ落ちるように衰退し始める

⛳絶世の美女の「息子の妻」に溺れた6代目皇帝
 ☆首謀者中宗の皇后は追放され、玄宗皇帝が即位する
 ☆玄宗は人を見抜く目があった
 *家柄ではなく実力で大臣を選び、唐に繁栄期をもたらした
 ☆善政を讃えられた玄宗
 *ひとりの女性(楊貴妃)の出現でつまづく
 *息子の妻だった楊貴妃を自分の妻にする
 *楊貴妃に溺れて政治をまったく顧みなくなった
 ☆楊貴妃の一族が実権を握る
 *高位を独占し、政治が大きく乱れ始める
 ☆唐がイスラーム勢力のアッバース朝に敗れた
 *中央アジア方面での唐の影響力が衰える
 ☆節度使による大反乱が起きた
 *玄宗が信頼していた安禄山
 *楊貴妃一族の排除を掲げて反乱に立ち上がる
 *8年間にわたる反乱は、玄宗も長安を後にして逃避行する
 ☆玄宗は、楊貴妃のせいだと訴える兵士たちの不満に背中を押され
 *楊貴妃に自ら死を命じる
 ☆玄宗は「前半は善政、後半は悪政」の皇帝になる

⛳唐が滅亡し、“武力がモノをいう"時代ヘ
 ☆節度使たちが唐を揺るがすほどの勢力に成長した
 *節度使は「藩鎮」といわれる地方政権となる
 *唐の言うことをまったく聞かなくなる
 ☆玄宗ののち、16人もの皇帝が続いた
 *最後は、節度使の朱全忠に国を乗っ取られて唐は滅亡
 ☆五代十国時代という戦乱時代へ
 *中国の北方で短命な5王朝が次々と現れては消える
 *南では長江流域を中心に10の軍事政権が生まれる
 ☆唐の制度「節度使」が唐の末期に完全に独立し互いに争う
 ☆「武力がものをいう時代」は「武断政治」といわれる時代
                   (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
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⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
⛳出典、『世界史の教科書』

唐(9-2)(空前の繁栄した唐)
『世界史の教科書』記事より画像引用)

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