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「不老不死の気持ちで、知識の習得を!」
日本書紀巻18巻(安閑(あんかん)・宣化天皇)
2020年03月29日
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天皇論
安閑天皇時代に屯倉(みやけ)の設置
☆安閑天皇の時代に屯倉を設ける
☆ヤマト王権の地方支配が着実に浸透していった事を示している
『日本書紀』の安閑天皇に関する記述
☆ヤマト王権の直轄地である「屯倉」の設置が中心
☆安閑天皇の後は、同母弟の宣化天皇
☆次に仁賢天皇の娘の子欽明天皇が即位
☆欽明の即位年が史料によって年代が異なる
安閑・宣化天皇と欽明天皇の二朝が並立したの説
☆欽明の即位年が史料により年代が異なる
☆記述の矛盾が二朝並立説の根拠
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻18巻(安閑(あんかん)・宣化天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻17(継体天皇)
2020年03月28日
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天皇論
即位後20年の歳月をかけて大和入りした継体天皇
☆継体天皇がなかなか大和入りできなかった理由
☆畿内豪族の抵抗があったからといわれてる
日本海勢力の実力者の大和入り
☆武烈天皇の崩御後、大伴金村らは後継者探しに奔走した
*最初、仲哀天皇の5世孫の倭彦王を擁立しようとするが失敗する
*越前の男大どの王(継体天皇)に白羽の矢を立てた
☆継体天皇20年かけて大和入りする
*それに関して、多くの研究者が諸説を展開している
*最も有力なのは「大和の豪族たちの反発」である
即位前の継体天皇が住んでいた越前
☆湿地だらけで農耕に適していない土地だった
☆継体天皇が大規模な治水を行い農耕に適した土地になる
☆継体天皇は、即位前から相当な実力を有していたとみられる
☆大和の豪族から見れば、継体天皇は新参者でしかなかった
☆継体天皇は、大和の外に宮を置き、仁賢天皇の娘を后とする
☆継体天皇は、天皇家と女系で結びつき大和の家族を従わせていった
継体天皇は地方豪族の出目
☆力ずくで皇位を奪って新王朝を樹立したという説を囁える人も多い
☆簒奪でなく、入り婿でヤマト王権に迎え入れられたとの説も
*日本書紀よりも早い年代に成立した書物
*応神天皇から継体天皇までの系譜が記載されている
☆大和に入った継体天皇は九州で勃発した磐井の乱を鎮圧
*ヤマト王権の地盤をさらに盤石なものとした
☆継体天皇の時代、任那は新羅に接近した
*倭国の朝鮮半島における権益が脅かされるようになった
*継体天皇は近江毛野を朝鮮半島に派遣するが成果出ず
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
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☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻17(継体天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻15~16(清寧~武烈天皇)
2020年03月23日
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天皇論
皇位をめぐる争いが混迷を極める
雄略天皇の代に激しい皇位争いが起きた
☆有力皇族は殺され、清寧(せいねい)天皇の代後継者不足に陥る
☆皇統断絶の危機に見舞われた
☆自ら皇族であると名乗り出た億計王・弘計王の兄弟
*兄弟の父は有力な皇位継承候補
*雄略天皇による身の危険を感じた2人は播磨へ逃れていた
☆清寧天皇は兄弟が発見されたことを大いに喜ぶ
*宮中に迎え入れて兄の億計王を皇太子にした
*清寧天皇が亡くなると兄弟で皇位を譲り合う
☆弟弘計王が顕宗天皇として即位する
☆顕宗天皇崩御すると兄が仁賢天皇として即位する
☆仁賢天皇の崩御後は子の武烈天皇が後を継いだ
『日本書紀』に記された武烈天皇の暴挙の数々
☆悪の限りを尽くし、善行はまったくない
☆酷刑を好み、すべての刑罰を自分でご覧になった
☆人々はみな恐怖に震えたと記される暴君として語られている
☆武烈天皇は後継ぎがいないまま崩御
☆天皇家は再び皇続断絶の危機に陥る
☆応神天皇の5世孫の継体天皇が即位する
*継体天皇は天皇家とは非常に血縁が薄かった
☆継体天皇を正当化するため
*武烈天皇を「稀代の暴君」として扱ったのかもしれない
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻15~16(清寧~武烈天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻14(雄略天皇)
2020年03月21日
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天皇論
日本書紀巻14(雄略天皇の治世)
☆善悪の二面性を有した天皇
☆近親者を次々と葬り去ってヤマト王権の勢力を拡大する
*雄路天皇は従兄を猪と間違えたふりをして殺害する
*気に食わないことがあっ.たら容政なく人を斬り殺した天皇
「雄略紀」に記された奇妙なエピツード
☆雄略天皇は王権を強化して中央集権体制の足がかりを築いた君主
☆『日本書紀』では「悪い天皇」と罵られている
*雄略天皇が兄弟や親族、豪族を次々と粛清
*君主の地位を力づくて手に入れた
☆池津媛が別の男性と通じているのを知ると2人を焼き殺す
☆猪に追われて逃げた舎人を斬ろうとした
☆『日本書紀』の「雄略紀」には、雄略天皇の奇談も数多く記載されている
*「雄略紀」には浦島太郎の起源とも思われる逸話も記載されている
雄略天皇は「有徳天皇」とも称される
☆神的な存在を敬虔する姿勢をもつ天皇
*天皇は、神と一緒に狩りを楽しむ姿
*天皇が神に近い存在で有る事を示している
☆雄略天皇は、大悪と有徳の両面が描かれている
*雄略天皇が偉大な英雄だった
☆『日本書紀』では日本武尊など古代の英雄は、二面性が描かれている
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻14(雄略天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻11~13(仁徳~安康天皇)
2020年03月20日
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天皇論
中国の歴史書に記された倭国の王
☆倭の5人の王が中国の南朝に使者を派遣した
*その王の名が中国『宋書』倭国伝に記載されている
☆中国の冊封(さくほう)体制とは
*朝貢してくる首長に対し、「天子」が官号や爵位を与え君臣関係を結ぶこと
*「天子」は中国の皇帝を指し、中国王朝の冊封下に入る
*国内や朝鮮半島で自分たちの権力を誇示することができた
『日本書紀』の記述より「倭の五王」の正体を探る
☆中国の史書『宋書』や『梁書(りょう)」に記されている倭国の王
*讃・珍・済・興・武が中国の南朝に使者を派遣した
☆日本の正史『日本書紀」には記されていない
☆倭の五王が誰か、『日本書紀』から推測することができる
*可能性が高いのは『武=雄略天皇』
*「武=雄略天皇」と仮定すると「興」は雄略天皇の兄、安康天皇
*「武=雄略天皇」と仮定すると「済」は安康・雄略天皇の父允恭天皇
*「讃」と「珍」は「日本書紀」と「宋書」の辻褄会わず正体不明
倭の王が遣使を派遣した背景
☆倭は鉄資源確保の為半島へ進出した
☆朝鮮では、3国の一つ高句麗が力をつけ、半島南部に進出する
☆倭と高句麗は何度か激突したが状況の打開には至らず
☆倭国は、中国王朝の冊封下に入る
*半島における利権を認めてもらおうとした
*倭国側が望んでいたような成果は得られず
☆遣使は打ち切られ、中国王朝との外交関係も遮断された
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻11~13(仁徳~安康天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』より画像引用)
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日本書紀巻10(応神天皇)
2020年03月18日
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天皇論
渡来人の来訪
☆河内地方に新たな政権が誕生し巨大な前方後円墳も築かれる
渡来人の末裔が古代日本の発展に貢献
☆応神天皇は神功皇后が新羅遠征後に産んだ子
☆『日本書紀』は、渡来人が新しい文化や技術を伝える記事がある
☆渡来人の末裔秦氏、東漢氏(やまとのあや)、西文氏(かわものふみ)の渡来系豪族
*古代日本の発展に貢献した
応神天皇は王権の中心を河内地方へ移したとされる
☆河内地方へ移した原因は二人の反乱
*『日本書紀』では反乱勢力とみなされている2人
☆奈良盆地に造られていた天皇陵(墓所)
*河内平野に築かれるようになった
☆反乱の2人は、本来の大和の勢力
*応神天皇が2人を討って河内に新王朝を開いた可能性がある
*真偽は不明だが説得力はある
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日本書紀巻10(応神天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀8-9(仲哀天皇・神功皇后)
2020年03月17日
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天皇論
神のお告げに従い朝鮮三国を降す
仲哀天皇
☆日本武尊の子で、白鳥になって天に昇った父をしのぶ
☆仲哀天皇は、諸国に白鳥を献じることを命じる
☆仲哀天皇は、偉大な父を意識していた
*父と同様に九州の熊襲征伐を敢行する
☆仲哀天皇に神託が下った
*荒廃した熊襲よりも金銀財宝に富む新羅を従えなさい
*仲哀天皇は。神に逆らい熊襲遠征を強行
*遠征は失敗に終わり天皇は翌年に亡くなった
☆仲哀天皇は神の怒りに触れて崩じた唯一の天皇
☆仲哀天皇は、創造された天皇である可能性が高い
*日本武尊と神功皇后の説話を『日本書紀』に組み込むため
神功皇后の「日本書紀」での記載内容
☆神のお告げを信じなかった仲哀天皇が病没
☆神功皇后は、神のお告げに従って船を準備し朝鮮半島に渡る
☆中国の吉林省好太王碑に刻まれた碑文より
*倭国が朝鮮半島に進出したことは明らか
☆遠征で朝鮮の国々を従わせたと日本書紀には記載されている
*倭国が古代朝鮮を平定したという歴史的事実はない
倭国が朝鮮半島に進出した真意
☆当時の日本列島の鉄資源事情が関係している
☆古代において鉄は刀剣や農具の材料として重宝された
☆日本では、鉄鉱石の埋蔵量が少ない
☆朝鮮半島からの輸入に頼らざるをえなかった
好太王碑文に記載されている内容
☆碑文には、高句麗の好太王は、倭国と果敢に戦い、退けたと記載されている
☆『日本書紀』では、我が国が百済、新羅を一時的に臣民と記載されている
☆『日本書紀』とは記述内容にズレがある
☆『日本書紀』では、ライバル国を意識していた記述だったのでは
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日本書紀8-9(仲哀天皇・神功皇后
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻7(日本武尊)
2020年03月14日
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天皇論
日本武尊の遠征
『日本書紀』では仲が良かった父子
☆古代の英雄として名高い日本武尊
☆『古事記』と『日本書紀』の物語の印象が大きく異なる
*『日本書紀』では、父。景行天皇とは深い信頼関係で結ばれている
*『古事記』では、日本武尊(倭建命)
(父の景行天皇から疎まれた「悲劇の皇子」として描かれる)
☆日本武尊九州の熊襲(くまそ)征伐の描き方
*『日本書紀』では景行天皇が主体で行っている
*『古事記』では父帝から放逐される形で九州へ赴いている
(女装して宴の席に忍び込み、敵の首領である熊襲建兄弟を討ち取った)
(帰還途中で出雲の反乱勢力倒し大和へ凱旋している)
日本武尊の再征で東征の描き方
☆『日本書紀』では大和武尊が自ら志願した
☆『古事記』では西方から帰京してからすぐに出陣を命じられる
*日本武尊「父帝は私に早く死んでほしいのか」と嘆いている
☆日本武尊は、叔母の倭姫命から草薙剣と火打ち石が入った袋を授かる
*相模で火攻めに遭ったときにこれらを駆使して難を逃れた
日本武尊の遠征の描かれ方が異なるのは
☆『日本書紀』での描き方
*天皇の権威を示す狙いがあつたからと考えられる
*景行天皇を息子に冷たい人物として描くのを避けた
*父子関係を良好にしたのかもしれない
☆日本武尊の遠征が本当にあったかどうかは定かでない
☆ヤマト王権が勢力拡大のため
*大規模な遠征軍を派遣していた可能性は高いと思われる
*奈良時代以前から古代道が全国に広がっていたとみられるので
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日本書紀巻7(日本武尊)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻4~6(綾靖~垂仁天皇)
2020年03月11日
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天皇論
崇神天皇の諸国平定
☆3~4世紀に実在した可能性が高い天皇
☆各地に将軍を派遣し統一国家を建設する
☆垂仁天皇の時代に伝わる相撲部屋の起源
国を初めて統治した「御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」の治世
☆崇神天皇は、実在した可能性がある最初の天皇
☆「御肇国天皇」という呼称がある
*「国を初めて統治した天皇」という意味
☆崇神天皇の力でヤマト王権の影響力が日本列島に亡く及んでいった
『日本書紀』による、崇神天皇
☆物事の善悪を見極める素質を有す
☆若い頃は雄大な計略を好んだ
☆壮年になると心が広く慎み深く、天地の神を崇めて天下を治めた
崇神天皇の治世中に起きた事績
☆疫病の鎮静や四道将軍の派遣、民の戸籍の調査、調役の賦課等
☆纏向遺跡はヤマト王権発祥の地とも推測されている
☆大型建物群の遺構は崇神天皇の官跡だったとの説もある
☆『日本書紀』で、朝鮮半島関連の記事が出てきたのは、崇神天皇の代
☆『日本書紀」には、崇神天皇が地方を平定したとある
*北陸道、東海道、西海道、丹波道にそれぞれ四道将軍を派遣した
☆崇神天皇の代にヤマト王権の勢力が全国に拡大した事を示唆している
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻4~6(綾靖~垂仁天皇)
(『『日本書紀』と天皇126代』より画像引用)
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日本書紀巻3(神武天皇)
2020年03月10日
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天皇論
神武天皇の東征
☆j神武天皇、国土を支配するために適した土地を見つけるため東征を決意
☆船団を率いて東へ進軍して大和入りを果たす
神に祈り続ける天皇像(神武東征の記述で示す)
☆神武天皇の東征は、伝説的なエピソードが多い
*実在性が疑問視される風潮がある
☆ヤマト王権草創期の都とされる纏向(まきむく)遺跡
*それは、3世紀のもの、それ以前の時代の巨大遺跡が発見が必要
*そうすれば、神武天皇の実在性に関する研究も盛んになる
☆神武東征の熊野上陸から大和入りにかけての記述
*神託や祭祀に関する記述が目立つ
☆大和入りし、即位して神武天皇となってる
*鳥見山で皇祖を祀る祭祀を行っている
☆神武天皇は、国家国民の安寧を祈る祭祀者とされている
*現代まで受け継がれる天皇像を示すための記述だったので
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出典、『『日本書紀』の天皇126代』
日本書紀巻3(神武天皇)
(『『日本書紀』の天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻2(神代下)(国譲りと天孫降臨)
2020年03月09日
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天皇論
国譲りと天孫降臨
☆天照大神の孫が地上に降りる
☆神々の子孫天皇による国家支配の正統性(正しい血統)を示している
☆巻2の神代紀は、国譲りと天孫降臨の話が中心となる
葦原中国を平定してニニギノミコトが降臨する
☆『日本書紀』では、高皇産霊尊を司令神、ニニギノミコトを降臨神としている
☆高皇産霊尊
*孫のニニギノミコトを地上世界である葦原中国の君主に据えようとする
☆立ちはだかったのが、地上世界を治める国津神大国主神
*大国主神は、八岐大蛇退治で知られる素羹鳴尊の子
*一筋縄ではいかない相手
*続柄も須佐之男命の六孫神とされている
☆ニニギノミコトが葦原中国を治めるには
*国津神に国を譲ってもらう必要があった
高皇産霊尊は天穂日命を地上に遣わす
☆国津神の長に懐柔され3年経っても戻ってこなかった
☆最終的には2神の尽力で国譲りが実現した
☆2神は、帰順しない神々を掃討して章原中国を平定した
☆この後、ニニギノミコトが日向の高千穂に降臨する
*降臨地は、現在の福岡県に降臨したとの説もある
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出典『『日本書紀』と天皇126代』
国譲りと天孫降臨
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻1神代上2(天照大神・須佐之男命)
2020年03月08日
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天皇論
日本書紀巻1神代上2(天照大神・須佐之男命)
日本の総氏神として信仰される天照大神
☆巻1の後半は、天照大神と須佐之男命が物語の主人公となる
☆天照大神は太陽をつかさどる最高神で、母性をもつて天地を統治した
☆乱暴な須佐之男命には武装して構える
☆須佐之男命の再三の乱暴を嘆き、岩戸に籠もる
☆天照大神は最初から最高神だっだわけでない説もある
*天武天皇が壬申の乱の戦勝祈願を伊勢で天照大神にしている
*その後、伊勢神宮は特別な扱いを受けるようになる
☆乱の”戦功”で最高神に格上げしたという見方がある
須佐之男命(三貴子の末弟)
☆暴れん坊で、残虐な事平気で行っていた
☆乱暴だったので伊弉諾尊から根の国への追放を命じられた
☆天上界に赴いて、天照大神と誓約をして身の潔白を示した
☆須佐之男命の乱暴な振る舞いはいっこうに収まらず
☆天照大神にケガを負わせたりしたので、天照大神は天岩屋に籠もった
☆天岩屋に籠もった事件で、須佐之男命は天上界を追放される
☆天上界を追放され、須佐之男命は出雲に降り立った
☆出雲でクシナダヒメと結ばれる
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
日本書紀巻上2(天照大神・須佐之男命)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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日本書紀巻1神代上(天地の始まり)
2020年03月07日
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天皇論
天地の始まり
☆天皇家による国土統治の正統性を示す
☆天地を開闢して神々が生まれる
☆イザナギノミコトとイザナミノミコトによる国づくり
『日本書紀』と『古事記』と比べると、所々に違いが見られる
☆イザナギノミコトとイザナミノミコトの国生みの神話の違い
☆『日本書紀』と『古事記』と世界観が異なる
*『日本書紀」は「世界は陽と陰から成り立つ」との中国の陰陽論の影響受ける
*『日本書紀』は、陽神と陰神が交わり、国土と神々を生む陰陽論に元ずく
*伊井諾尊と伊邪那美尊は力を合わせて「国」を生み出している
☆『古事記』では国生みの後
*伊邪那美の死、伊井諾尊の黄泉国訪問と続く
*『日本書紀』の本文には、その記載がない
*伊邪那美が火の神を産んで死ぬことも『日本書紀』にはない
*伊邪那美健在で、三貴子(天照大神、月弓尊、須佐之男命)の誕生に至っている
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日本書紀巻1神代上
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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『日本書紀』の研究3(三種の神器他)
2020年03月06日
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天皇論
『日本書紀』の研究3
古代の諸記録では鏡と剣が天皇のみしるし
☆『日本書紀』に記載されている内容
*歴代天皇が受け継いできた皇位継承のシンボル
(八咫鏡、草薙剣、八尺瑣勾玉の「三種の神器」)
*天照大神の天岩屋隠れや須佐能尊の八岐大蛇退治等
☆天孫降臨の場面
*天照大神が地上界へ赴く瓊瓊杵尊に「三種の宝物」を授与したとある
*本文には神器授与に関する記述が一切ない
*「宝物」という表現で「神器」とはされていない
*神器が3つの確証がない
☆『日本書紀』には天皇の即位に関する記事が多く見られる
*継体天皇や持統天皇の項には「鏡」と「剣」が奉られ「勾玉」は出てこない
*平安時代の歴史書『古語拾遺』
(鏡と剣こそ天皇のみしるし、矛と玉は従属的な宝物であると記載されている)
☆古代天皇の即位では勾玉が用いられていなかった可能性が高い
☆現状では、即位の儀礼で勾玉の存在が確認できるのは平安時代以降
『日本書紀』の編集には渡来人もかかわっていた
☆2つに分かれる『日本書紀』の文調
*『日本書紀』は全30巻と膨大な編纂作業
*いくつかのグループに分かれていたとみられる
*巻により表記が違ったり、文章の体裁が異なっている
☆日本語学者で京都産業大学教授の研究
*漢文の用法から『日本書紀』の文調がα群、β群に分かれている
(α群は中国原音によって仮名を表記しているの渡来人が書いたとみられる)
(β群は歌謡と調注の仮名が倭音で表記され日本人による執筆と考えられる)
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
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出典、『『日本書紀』と天皇126代』
『日本書紀』の2研究(聖徳太子)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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『日本書紀』の2研究(聖徳太子)
2020年03月05日
|
天皇論
聖徳太子は実在しなかったのでは
『日本書紀』に記された聖徳太子の超人エピソード
☆聖徳太子といえば古代日本の礎を築いた偉人として知られる
☆その一つのになっているのが『日本書紀』である
☆『日本書紀』には聖徳太子の人間離れしたエピソードも記載されている
*1度に10人の話を聞くことができた
*生まれてすぐ言葉を発した
*未来を予知できた等
☆非現実的逸話がふんだんに盛り込まれている
近年の聖徳太子の研究
☆聖徳太子の「創作説」まで論じられている
☆仮に聖徳太子が創作されたのであれば
☆可能性として最も高いのは、中臣鎌足を英雄化したい藤原氏である
☆聖徳太子の時代
*冠位13階や17条憲法の制定、遣隋使の派遣等の画期的な政策を行っている
☆実行役は大陸や朝鮮半島とのつながりが深い蘇我氏だった
☆それでは中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺したことに正当性がなくなってしまう
☆「聖徳太子」という人物を作り、蘇我氏の業績を丸かぶりさせたという見方ができる
☆藤原氏は明治維新に至るまで朝政の中枢に君臨した
☆権力への執念が太子を生み出したのかもしれない
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『『日本書紀』と天皇126代』
『日本書紀』の2研究(聖徳太子)
(『『日本書紀』と天皇126代』記事より画像引用)
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