活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

新幸福論 バイオリニスト千住真理子さん(後編)

2009-05-19 00:13:46 | 活字の海(新聞記事編)
毎日新聞 2009年5月15日 夕刊3面ワイドより
新幸福論 生き方再発見
サブタイトル:同じ感情を共有したい


3億円(推定)ものバイオリンを、借金を抱えて手に入れようと
思うほどに、自分の人生を賭けるべきものを見出すことが出来た
千住氏であるが、決して順風満帆に人生の王道を歩んできた訳
ではない。

若くしてデビューしたが故に、周囲からの負の圧力も凄まじく、
今なら受け流せることも、「当時はそのすべてが傷」となった
と、氏は語る。

そして、遂には一度はプロ奏者を引退してしまった氏を再び
バイオリンに向かわせたのは、固辞しきれずに引き受けた
ボランティア演奏会にて、初めて聴衆が判定者ではなく、
自分の演奏とシンクロしてくれる存在だと認知したときに
感じた喜びだった、とも。

上手く弾きたいと考えている間は、聴衆も、周囲も、時には
自分さえも敵となる。

その執着を超えたところに、初めて新たな地平が開けてくる。

論語に言う、上達下達を彷彿とさせる話である。

「子曰わく、君子は上達(じょうたつ)し、
               小人は下達(かたつ)す。」

上達は、物事の本質を捉えることが出来ること。
下達とは、小手先の業に拘泥し、本質にまで辿り着けないこと。

そう言えば、「拳児」(松田隆智原作・藤原芳秀作画)でも
同じような話があったなと思い、少し紐解いてみた。

「強さを求めるのは第一段階だ。
 やがてその執着から解放されねばならん。
 解放される者は、”道”を悟る。」

道を究めるということは、目の前にあるゴールを目指すの
ではなく、その道の向こうに続くものを見つけるという
ことなんだと、改めて感じさせられたエピソードだった…。



面白かったのは、更にその先。
演奏で(聴衆に)伝わるものは、曲調よりもむしろ、演奏家の
深層心理、というコメントである。

演奏家の心理がそこまで演奏に出てしまうということであれば、
メジャーな曲を弾くときには常にハイテンションで。
マイナーな曲を弾くときには、グルーミィな気分にならないと。

そう考えるのは、まだ発想が下達な証左。

無理して感情を作って曲に載せても、決して聴衆に届いたりは
しない。

ならば、どうするか?

自分の感情は置いておき、「心から音楽そのものに同化」する
ことで、曲に演奏者がシンクロし、引いてはそれを聞く聴衆の
耳と心にも届くことが出来るのだ。

凄い境地だと、しみじみ思う。


人が生きている限り、自我というものは確実に存在する。
その自我を、演奏するときは打ち捨てて、ひたすらに音楽と
同一化していく。
それは、その曲を作曲した音楽家へと、精神を遡行させること
でもある。

ただ。
難しいのは、単なる忘我では駄目なんだろうな、ということ。

それであれば、演奏家は作曲家のデッドコピーでしか無くなる。

自我を消し去り、作曲家の想いに寄り添いつつも、演奏家として
曲の解釈も織り込んでいく…。

曲を演じる、ということは。
表層的な感情の動きに拘泥されることなく、もっと深いところで
感じた曲への想いを乗せていくこと。


そこまでの境地に至った氏であればこそ、以下のような言葉を
さらりと発することが出来るのだろう。

「ステージは楽しいけれど、同時に恐ろしくもある。
              その思いは強くなるばかりです。」


世の中には、計り知れない深遠が幾らでも在るものなのだなぁ。
と、しみじみ思う。

「分け入っても分け入っても青い山」

山頭火の俳句が、胸に沁みる。

(この稿、了)


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