活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

ムカデ競争(恋愛小説編) (前編)

2009-05-15 01:54:15 | 創作の海
「なんかもう、疲れた、なぁ」
誰に聞かせる訳でもないのに、口に出す。

耳には、まださっきの彼からの電話の声が残響している。

明日、そっちへはいけなくなった。
また連絡する。

ほんとに短い、伝言メモのような会話。

それだけで、叩き切られた明日。
いや、叩き切られたのは、私、か。

ケータイのフリップを閉じた時。
明日の、彼の来訪に備えて買い込んだ食材を入れたスーパーの
ビニール袋が手に食い込み、ずん。と重みを増した。

------o --- o--------

返品するだけの気力も沸かず、私は家へと歩き出す。

夜8時。
ショッピングマートの辺りを行きかう人々は、皆、楽しそうに
見える。
そんな訳無い。
みんな、それなりに辛いことや悲しいことを抱えながら、
頑張っているんだよ。

何よりもその自分の声が、空虚に響いて遣り切れなくなる。

途中の橋の上。
行き交う人もいなくなったところで。
思いっきり、ビニールの中の食材を薄汚れた川に撒き散らしたくなる。

分かっているよ。
そんなことをしても、何にもならないってことは。

結局、荷物を抱え込んだまま、私はアパートにたどり着く。
ビニールがしっかりと食い込んだ指が白く痺れて、うまく鍵を
ポーチから取り出せない。
そんなことにも、苛立ちを感じながら、ようやく私は部屋に
入る。

出しなに、明日に備えてきれいに掃除した部屋が、私を迎える。

空っぽの、部屋。
部屋は持ち主を現すって本当だなと、唇の端で笑う。
われながら、嫌な笑いだと嫌悪感を募らせながらも、自虐的に
なることがやめられそうにない。


それでも、機械的に冷蔵庫に買ってきたものを仕舞いながら、
私は自問する。

いつから、こんな付き合い方をするようになってしまったん
だろう?

便利のいい女。
優先順位の低い女。

そんな否定的な言葉ばかりが脳裏を駆け巡り、いたたまれなく
なる。

もう、その日の夕食を作る気も失せた。
せめて、この不快さを洗い流したくて、シャワーだけ浴びると
早々にベッドに倒れこんだ。

------o --- o--------

翌日。
機械的に起きて、いつもの時間に出勤する。
オフィスのフロア。
始業前の、慌しくもまだどこか余裕のある時間。
横の席の同僚と差しさわりの無い挨拶を交わしながら、
PCの電源を入れて、自分の仕事にかかる準備をする。

いつもと同じ、日常。
でも、その連続性が、こんなにも嫌になるときもある。

そんなことを考えながら、PCの起動画面を見ていた私は、
ふと呼びかけられていることに気がついて顔を上げた。

朝礼は中止。会議室に集合。そんな声が聞こえる。
今やっているプロジェクトについて、何か周知が有るようだ。

------o --- o--------

私たちの会社では、低迷する売り上げを底上げするべく、
社長肝いりで、プロジェクトチームが4つ、発足している。
それぞれが20名くらいで編成され、半年の期間を貰って、
それぞれ独自に市況分析を行い、商品開発を行う。

最後に、各チームが経営陣の前でプレゼンを行い、最優秀
チームの商品が社運を賭けたラインアップとして、東京ビッグ
サイトで開催される文具見本市にてデビューすることとなって
いた。

私達のチームは、課長を筆頭に18名。
開発から営業、果ては資材センターまで、バラエティに富んだ
人材構成となっている。
その中で、私は市場調査と分析を担当している…。


私達のプロジェクトのメンバー全員が集められた会議室の
空気は、いつもと異なり張り詰めていた。
皆、しわぶき一つ立てず、ホワイトボードの前の課長を
見ている。
ここしばらく社内で流れていた、いくつかのプロジェクト
チームが解散させられるらしいという噂。

その噂が、本当なのかどうか。
本当なら、どのプロジェクトが対象なのか。

誰もが、そのことについての話があることを確信している
ようだった。

これまで4ヶ月間、色々試行錯誤しながらも、皆で取り組んで
きたプロジェクトだもの。

どうにでもなれ。
そんな風に投げやりに思っていたのは、私一人だったろう。

(この稿、続く)

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