私達の会社は、中堅どころの文具メーカーだ。
M&Aによって膨らむ上位メーカーと、ニッチな市場を目指す
個性派メーカーの間に在って、近年売り上げが急下降していた。
その状況を打破すべく、社長の肝いりで、今回のプロジェクト
計画が立てられたのだが、市況の急速な悪化によって、実験的な
プロジェクトを複数抱える余力が無くなって来ているらしい。
ここまでは、ここ暫く社内を飛び交う噂話として、私も聞いていた。
------o --- o--------
「揃ったな。」
心なしか青白い顔をした課長が語りだした話は、やはり私達の
プロジェクトの解散についてだった。
市況の急速な悪化により、会社に余裕が無くなったため、
現時点で商品化の目処がついていないプロジェクトは解散。
そういう決定が、経営会議で決まったらしい。
解散は、2週間後。
残務処理をしながら、社内での異動先の調整を会社が進めて
いく。
希望する部署等があれば、面談を申し出ること。
退職を希望する場合は、退職金の割り増し制度も適用される
こと…。
様々なことが、淡々と説明されていく。
水面に波紋が広がるように、言葉が、そしてその次に、
その意味する事実が皆の中に広がってくる。
だが、ここ暫くの間に広がっていた噂のためか、思った以上に
皆クールダウンしている。
「やっぱりな…」
「四つも実験的なプロジェクトを平行して実施するだけの
体力は、うちにはきついよな。やっぱ。」
「なんだかなぁ。こんなことばっかりだぜ。」
愚痴とも自嘲とも取れる声が、そこここで聞こえ出す。
なんだ、皆、判ってるじゃない。
皆だって、つい一月ほど前までは、あんなに熱を入れて
企画会議とかで議論を交わしていたよね?
でも、そんなことしても、無駄なんだよ。
所詮、私達はムカデ競争をやっているようなもの。
ちょっとバランスを狂わせたりしたら、すぐに転んでしまう。
おまけに、進む方向すら、自分で自由に出来ないとくる。
行き場を失った、恋と仕事の二つの想いが、アスファルトの
上の枯葉のように、私の胸の中でカサコソと音を立てて揺れている。
------o --- o--------
「何か、質問は?」
課長がそういった時も、みな、黙り込んでいた。
その時、私と一緒に市場分析を担当していたA子が、おもむろに
手を上げた。
「今のプロジェクトは、どうなるんですか?」
「現状で凍結となる。
残り2週間では、どうしようもないだろう。
後は、少しでもみなの異動先を決めていく方を優先させる。
君達も、仕掛り中の作業は早急に手仕舞いしてくれ。」
「現状で凍結?
それは、これ以降の作業を止めるということですか?」
A子は、尚も食い下がる。
少しずつ広がるザワメキの中に、皆が苛立ちを感じ始めて
いるのが判る。
死刑宣告が下された今となって、何を言っているんだ?
皆が、この決定を自分達なりに受け入れないと、と必死に
なっているときに、なんでこいつはこんな無責任な質問を
出せるんだ?
そんな思いが、充満してきたとき。
「プロジェクトの打ち切りは、仕方ないと思います。
それは、トップの経営判断の範疇です。
それでも。
この4ヶ月、皆でここまでデータを集め、分析し、議論
してきたことが無駄だったとは思えません。
別に感傷とかで言っているんじゃないんです。
自分たちがやってきたことが意義のあることだと思って
いるからこそ、せめて少しでも形を整えて、終わらせて
やりたい。そう思っているんです。」
(この稿、続く)
M&Aによって膨らむ上位メーカーと、ニッチな市場を目指す
個性派メーカーの間に在って、近年売り上げが急下降していた。
その状況を打破すべく、社長の肝いりで、今回のプロジェクト
計画が立てられたのだが、市況の急速な悪化によって、実験的な
プロジェクトを複数抱える余力が無くなって来ているらしい。
ここまでは、ここ暫く社内を飛び交う噂話として、私も聞いていた。
------o --- o--------
「揃ったな。」
心なしか青白い顔をした課長が語りだした話は、やはり私達の
プロジェクトの解散についてだった。
市況の急速な悪化により、会社に余裕が無くなったため、
現時点で商品化の目処がついていないプロジェクトは解散。
そういう決定が、経営会議で決まったらしい。
解散は、2週間後。
残務処理をしながら、社内での異動先の調整を会社が進めて
いく。
希望する部署等があれば、面談を申し出ること。
退職を希望する場合は、退職金の割り増し制度も適用される
こと…。
様々なことが、淡々と説明されていく。
水面に波紋が広がるように、言葉が、そしてその次に、
その意味する事実が皆の中に広がってくる。
だが、ここ暫くの間に広がっていた噂のためか、思った以上に
皆クールダウンしている。
「やっぱりな…」
「四つも実験的なプロジェクトを平行して実施するだけの
体力は、うちにはきついよな。やっぱ。」
「なんだかなぁ。こんなことばっかりだぜ。」
愚痴とも自嘲とも取れる声が、そこここで聞こえ出す。
なんだ、皆、判ってるじゃない。
皆だって、つい一月ほど前までは、あんなに熱を入れて
企画会議とかで議論を交わしていたよね?
でも、そんなことしても、無駄なんだよ。
所詮、私達はムカデ競争をやっているようなもの。
ちょっとバランスを狂わせたりしたら、すぐに転んでしまう。
おまけに、進む方向すら、自分で自由に出来ないとくる。
行き場を失った、恋と仕事の二つの想いが、アスファルトの
上の枯葉のように、私の胸の中でカサコソと音を立てて揺れている。
------o --- o--------
「何か、質問は?」
課長がそういった時も、みな、黙り込んでいた。
その時、私と一緒に市場分析を担当していたA子が、おもむろに
手を上げた。
「今のプロジェクトは、どうなるんですか?」
「現状で凍結となる。
残り2週間では、どうしようもないだろう。
後は、少しでもみなの異動先を決めていく方を優先させる。
君達も、仕掛り中の作業は早急に手仕舞いしてくれ。」
「現状で凍結?
それは、これ以降の作業を止めるということですか?」
A子は、尚も食い下がる。
少しずつ広がるザワメキの中に、皆が苛立ちを感じ始めて
いるのが判る。
死刑宣告が下された今となって、何を言っているんだ?
皆が、この決定を自分達なりに受け入れないと、と必死に
なっているときに、なんでこいつはこんな無責任な質問を
出せるんだ?
そんな思いが、充満してきたとき。
「プロジェクトの打ち切りは、仕方ないと思います。
それは、トップの経営判断の範疇です。
それでも。
この4ヶ月、皆でここまでデータを集め、分析し、議論
してきたことが無駄だったとは思えません。
別に感傷とかで言っているんじゃないんです。
自分たちがやってきたことが意義のあることだと思って
いるからこそ、せめて少しでも形を整えて、終わらせて
やりたい。そう思っているんです。」
(この稿、続く)