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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>
<漢検1級 27-③に向けて その45>
●「カインの末裔」(有島武郎)から、<その1>&<その2>として、文章題⑮&⑯の2題です。
●今回の難度は、並みよりちょっと上・・・80%(24点)はクリアしたいところ・・・・。
●文章題⑮:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「カインの末裔」(有島武郎) ―その1―
「・・・K市街地の町端(はず)れには空屋が四軒までならんでいた。小さな窓は
(1)ドクロのそれのような真暗(まっくら)な眼を往来に向けて開いていた。五軒目には人が住んでいたがうごめく人影の間に囲炉裡の
(ア)根粗朶がちょろちょろと燃えるのが見えるだけだった。六軒目には
(2)テイテツ屋があった。怪しげな煙筒からは風にこきおろされた煙の中にまじって火花が飛び散っていた。店は
(3)ヨウロの火口を開いたように明るくて、馬鹿馬鹿しくだだっ広い北海道の七間道路が向う側まではっきりと照らされていた。片側町ではあるけれども、とにかく家並があるだけに、強いて方向(むき)を変えさせられた風の脚が
(4)イシュに砂を
(イ)捲き上げた。砂は
テイテツ屋の前の火の光に照りかえされて濛々と渦巻く姿を見せた。仕事場の
(ウ)鞴の囲りには三人の男が働いていた
(注)テイテツ屋:馬のひづめを保護する装置を作る鍛冶屋
四、五町歩いたと思うと彼らはもう町はずれに来てしまっていた。道がへし折られたように曲って、その先は、真闇(まっくら)な
(5)クボチに、急な勾配を取って下っていた。彼らはその突角まで行ってまた立停った。遙か下の方からは、うざうざするほど繁り合った
(6)カツヨウジュ林に風の這入る音の外に、シリベシ河のかすかな水の音だけが聞こえていた。
夫婦はかじかんだ手で荷物を提げながら小屋に這入った。永く火の気は絶えていても、吹きさらしから這入るとさすがに気持ちよく暖かかった。二人は真暗な中を手さぐりであり合せの
(エ)古蓆や藁をよせ集めてどっかと腰を据えた。妻は大きな溜息をして背の荷と一緒に赤坊を卸して胸に抱き取った。乳房をあてがって見たが乳は枯れていた。赤坊は堅くなりかかった歯齦(はぐき)でいやというほどそれを噛んだ。そして泣き募った。
「腐孩子(くされにが)! 乳首たたら食いちぎるに」
妻は
(7)ケンドンにこういって、懐から
(8)シオセンベイを三枚出して、ぽりぽりと噛みくだいては赤坊の口にあてがった。
「俺(おらが)にも越(く)せ」
いきなり仁右衛門が
(9)エンピを延ばして残りを奪い取ろうとした。二人は黙ったままで本気に争った。食べるものといっては三枚のセンベイしかないのだから。
仁右衛門は
(オ)眼路のかぎりに見える小作小屋の幾軒かを眺めやって糞でも喰らえと思った。未来の夢がはっきりと頭に浮んだ。三年経たった後には彼は農場一の大小作だった。五年の後には小さいながら一箇の独立した農民だった。十年目にはかなり広い農場を譲り受けていた。その時彼は三十七だった。帽子を被って二重マントを着た、
(カ)護謨長靴の彼の姿が、自分ながら小恥しいように想像された
・・・炉を間に置いて佐藤の妻と広岡の妻とはさし向いに
(キ)罵り合あっていた。佐藤の妻は安座(あぐら)をかいて長い火箸を右手に握っていた。広岡の妻も背に赤ん坊を背負って、早口にいい募っていた。顔を血だらけにして泥まみれになった佐藤の跡から仁右衛門が這入って来るのを見ると、佐藤の妻は訳を聞く事もせずにがたがた震える歯を噛み合せて猿のように唇の間からむき出しながら仁右衛門の前に立ちはだかって、飛び出しそうな怒りの眼で睨みつけた。物がいえなかった。いきなり火箸を振上げた。仁右衛門は他愛もなくそれを奪い取った。噛みつこうとするのを押しのけた。そして仲裁者が一杯飲もうと勧めるのも聴かずに妻を促して自分の小屋に帰って行った。佐藤の妻は
(ク)素跣のまま仁右衛門の背に
(10)バリを浴せながら怒精フューリーのようについて来た。そして小屋の前に立ちはだかって、
(ケ)囀るように半ば夢中で仁右衛門夫婦を罵りつづけた
・・・よくこれほどあるもんだと思わせた長雨も一カ月ほど降り続いて漸く晴れた。一足飛びに夏が来た。何時の間に花が咲いて散ったのか、天気になって見ると林の間にある山桜も、
(コ)辛夷も青々とした広葉になっていた。蒸風呂のような気持ちの悪い暑さが襲って来て、畑の中の雑草は作物を乗りこえて葎のように延びた。雨のため傷められたに相異ないと、長雨のただ一つの功徳に農夫らのいい合った昆虫も、すさまじい勢いで発生した。・・・」
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(1)髑髏 (2)蹄鉄 (3)熔炉 (4)意趣 (5)窪地 (6)濶葉樹(闊葉樹) (7)慳貪 (8)塩煎餅 (9)猿臂 (10)罵詈
(ア)ねそだ (イ)ま (ウ)ふいご (エ)ふるむしろ (オ)めじ (カ)ごむ(ゴム) (キ)ののし (ク)すはだし (ケ)さえず (コ)こぶし
(注)意趣:(4つぐらい意味があるが、ここでは)「①心の向かうところ。考え。意向。」(広辞苑)の意味と思われる。
(注)眼路:広辞苑では「目路(めじ)=目で見通せる範囲。眼界。」
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●文章題⑯:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「カインの末裔」(有島武郎) ―その2―
「・・・
(ア)甘藍のまわりには、えぞしろちょうが
(イ)夥しく飛び廻った。大豆には、くちかきむしの成虫がうざうざするほど集まった。麦類には黒穂の、
(1)バレイショには、べと病の徴候が見えた。
(2)アブと
(3)ブヨとは自然の
(4)セッコウのようにもやもやと飛び廻った。濡れたままに積み重ねておいた汚れ物をかけわたした小屋の中からは、あらん限りの農夫の家族が武具(えもの)を持って畑に出た。自然に歯向う必死な争闘の幕は開かれた。
鼻歌も歌わずに、汗を肥料のように畑の土に滴らしながら、農夫は腰を二つに折って地面に噛じり付いた。耕馬は首を下げられるだけ下げて、乾き切らない土の中に脚を深く踏みこみながら、絶えず尻尾(しりっぽ)でアブを追った。しゅっと音をたてて襲って来る毛の束にしたたか打れたアブは、血を吸って丸くなったまま、馬の腹からぽとりと地に落ちた。仰向けになって鋼線(はりがね)のような脚を伸したり縮めたりして藻掻く様は命の薄れるもののように見えた。暫くするとしかしそれはまた器用に
(ウ)翅を使って起きかえった。そしてよろよろと草の葉裏に這いよった。そして十四、五分の後にはまた翅をはってうなりを立てながら、眼を射るような日の光の中に勇ましく飛び立って行った。
・・・競馬場の
(5)ラチの周囲は人垣で埋った。三、四軒の農場の主人たちは決勝点の所に一段高く
(6)サジキをしつらえてそこから見物した。松川場主の側には子供に付添って笠井の娘が坐っていた。その娘は二、三年前から函館に出て松川の家に奉公していたのだ。父に似て細面の彼女は函館の生活に磨きをかけられて、この辺では際立って垢抜けがしていた。競馬に加わる若い者はその妙齢な娘の前で手柄を見せようと争った。他人の妾に目星をつけて何になると皮肉をいうものもあった。
何しろ競馬は非常な景気だった。勝負がつく度に揚る
(7)カッサイの声は乾いた空気を伝わって、人々を家の内にじっとさしては置かなかった。
仁右衛門はその頃
(エ)博奕に耽っていた。始めの中うちはわざと負けて見せる博徒の手段に甘々うまうまと乗せられて、勢い込んだのが失敗の基で、深入りするほど損をしたが、損をするほど深入りしないではいられなかった。亜麻の収利は
(オ)疾うの昔にけし飛んでいた。
それでも馬は金輪際売る気がなかった。
(カ)剰す所は燕麦(からすむぎ)があるだけだったが、これは播種時(たねまきどき)から事務所と契約して、事務所から一手に陸軍
(8)リョウマツショウに納める事になっていた。その方が競争して商人に売るのよりも割がよかったのだ。商人どもはこのボイコットを如何して見過していよう。彼らは農家の戸別訪問をして
リョウマツショウよりも遙かに高価に引受けると勧誘した。
リョウマツショウから買入代金が下ってもそれは一応事務所にまとまって下るのだ。その中から小作料だけを差引いて小作人に渡すのだから、農場としては小作料を回収する上にこれほど便利な事はない。小作料を払うまいと決心している仁右衛門は馬鹿な話だと思った。彼は腹をきめた。そして競馬のために人の注意がおろそかになった機会を見すまして、商人と結托して、事務所へ廻わすべき燕麦をどんどん商人に渡してしまった。
仁右衛門はこの取引をすましてから競馬場にやって来た。彼は自分の馬で競走に加わるはずになっていたからだ。彼は裸乗りの名人だった。
自分の番が来ると彼は鞍も置かずに自分の馬に乗って出て行った。人々はその馬を見ると敬意を払うように互いにうなずき合って今年の
(キ)糶では一番物だと賞め合った。
・・・仁右衛門は死体を背負ったまま、小さな墓標や石塔の立ち列なった間の空地に穴を掘りだした。鍬の土に喰い込む音だけが景色に少しも調和しない鈍い音を立てた。妻はしゃがんだままで時々頬に来る蚊をたたき殺しながら泣いていた。三尺ほどの穴を掘り終ると仁右衛門は鍬の手を休めて額の汗を手の甲で押し拭った。夏の夜は静かだった。その時突然恐ろしい考が彼の
(ク)吐胸を突いて浮んだ。彼はその考えに自分ながら驚いたように呆れて眼を見張っていたが、やがて大声を立てて
(9)ガンドウの如く泣きおめき始めた。その声は醜く物凄かった。妻はきょっとんとして、顔中を涙にしながら恐ろしげに良人を見守った。
「笠井の四国猿めが、嬰子(にが)事殺しただ。殺しただあ」
彼は醜い泣声の中からそう叫んだ。
翌日彼はまた亜麻の束を馬力に積もうとした。そこには華手なモスリンの端切れが乱雲の中に現われた虹のようにしっとり朝露にしめったまま
(ケ)穢い馬力の上にしまい忘られていた。
・・・彼が気がついた時には、何方をどう歩いたのか、昆布岳の下を流れるシリベシ河の河岸の丸石に腰かけてぼんやり河面を眺めていた。彼の眼の前を透明な水が跡から跡から同じような
(10)カモンを描いては消し描いては消して流れていた。彼はじっとその戯れを見詰めながら、遠い過去の記憶でも追うように今日の出来事を頭の中で思い浮べていた。
(コ)凡ての事が他人事のように順序よく手に取るように記憶に甦った。・・・」
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(1)馬鈴薯 (2)虻 (3)蚋 (4)斥候 (5)埒 (6)桟敷 (7)喝采 (8)糧秣廠 (9)頑童 (10)渦紋
(ア)きゃべつ(キャベツ) (イ)おびただ (ウ)はね (エ)ばくち(「バクエキ」でもいいんだろうが・・・) (オ)と (カ)あま (キ)せり (ク)とむね(「と胸を衝く」の当て字と思われる。「と(ト)」は強意の接頭語。) (ケ)きたな (コ)すべ
(注)頑童=(①男色の相手となる少年) ②かたくなで、聞き分けのない子供。(広辞苑)
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