@じゃんだらりん

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心に生きるカシャンボ 妖怪伝説の豊かさに思う

2006-06-06 | ミステリー
そのなかの代表的妖怪「カシャンボ」が本紙の報道につづいて、いくつかのテレビの情報番組をにぎわせた。白浜町十九渕で見つかった一列の足跡の正体をめぐり、答えにつまった地元の人が冗談口に持ち出したのである。「一本だたら」や「ひとつだたら」などとも呼ばれる一本足の妖怪で、河童(かっぱ)が冬に山に移り住んだものとされる。

田辺で後半生をすごした世界的博物学者、南方熊楠も、十九渕と山一つ挟んだ庄川という集落で、カシャンボが出たという話を記録している。ほかにもカシャンボは相撲をとろうと申し込んでくるが手につばをつけると嫌がる話や、畑仕事をしているとカシャンボが呼ぶという話など、カシャンボや河童、妖怪についての聞き書きを数多く残している。

妖怪話は各地に伝わり、身近に語り継がれた。本紙で「紀州語り部民話の里」を連載した小切間喜久子さん(84)は幼年のころ、近所の年上の人の家に行き、火鉢を囲んではよく怖い話をしてもらった思い出があるという。小学生時分は日曜学校や夏休みの「おはなし会」で、お坊さんや先生などが民話や怪談を巧みに話し、松林をびくびくしながら通り抜けた記憶が今も強く残っているという。

「闇(やみ)や暗い場所が正体の知れないものを包み隠し、見えないものに恐れる。子ども時代は何かそんなものがあってもいい」と小切間さんは話す。

わかやま絵本の会の松下さんは、妖怪は人間の想像力のたまもので、子どもはそんな力をいっぱい持っているという。「絵本を読み聞かせる時、お化けの話になるとすごい反応がある」と話す。

紀南文化財研究会長、中瀬喜陽さん(71)は、熊楠は妖怪の存在を本当に信じていたようだという。熊楠の長居に困惑した人がわざと妖怪の話をして脅かすと、怖がり急いで帰ったという。熊楠自身、「ダル」という妖怪につかれた話を記している。中瀬さんは「合理主義者に見える熊楠も、ものの魂や木に宿る精などを信じていた。妖怪話が多いのは、熊野の山深い環境と、その自然に対する畏敬(いけい)の念、恐れが妖怪という形になって出てきたのではないか」と話す。

古くからの妖怪談や民話などの伝承は自然の豊かさと人間の感性の中に生きており、さまざまな役割を果たしてきた地域の財産といえる。妖怪話に耳を傾ける心の余裕を持つことなしに熊野は分からない。熊野古道も同じことだろう。

足跡の正体は、いまだ分かっていない。足跡がついた場所はまもなく耕され、田植えが始まるという。 ~ニュースより


ニホンオオカミの生存伝説があるぐらい原生林が残っている和歌山だけに、こういう民話も未だ語り継がれている。面白い。



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