七三四 〔青いけむりで唐黍を焼き〕 一九二六、八、二七、
青いけむりで唐黍を焼き
ポンデローザも皿に盛って
若杉のほずゑのchrysocollaを見れば
たのしく豊かな朝餐な筈であるのに
こんなにも落ち着かないのは
今日も川ばたの荒れた畑の切り返しが
胸いっぱいにあるためらしい
……エナメルの雲鳥の声 . . . 本文を読む
七三三 休息 一九二六、八、二七、
あかつめくさと
きむぽうげ
おれは羆熊だ 観念しろよ
遠くの雲が幾ローフかの
麺麭にかはって売られるころだ
あはは 憂陀那よ
冗談はよせ
ひとの肋を
抜身でもってくすぐるなんて
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《鈴 . . . 本文を読む
七三一 〔黄いろな花もさき〕 一九二六、八、二〇、
黄いろな花もさき
あらゆる色の種類した
畦いっぱいの地しばりを
レーキでがりがり掻いてとる
川はあすこの瀬のところで
毎秒九噸の針をながす
上を見ろ
石を投げろ
まっ白なそらいっぱいに
もずが矢ばねを叩いて行く
〝『春 . . . 本文を読む
七三〇ノ二 増水 〔一九二七、八、一五、〕
悪どく光る雲の下に
幅では二倍量では恐らく十倍になった北上は
黄いろな波をたててゐる
鉄舟はみな敝舎へ引かれ
モーターボートはトントン鳴らす
下流から水があくって来て
古川あとの田はもうみんな沼になり
豆のはたけもかくれてしまひ
桑のはたけももう半分はやられて . . . 本文を読む
七三〇 〔おしまひは〕 一九二六、八、八、
「おしまひは
シャーマン山の第七峰の別当が
錦と水晶の袈裟を着て
じぶんで出てきて諫めたさうだ」
青い光霞の漂ひと翻る川の帯
その骨ばったツングース型の赭い横顔
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《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流 . . . 本文を読む
七二八 〔驟雨はそそぎ〕 一九二六、七、一五、
驟雨はそそぎ
土のけむりはいっさんにあがる
あゝもうもうと立つ湯気のなかに
わたくしはひとり仕事を忿る
……枯れた羊歯の葉
野ばらの根
壊れて散ったその塔を
いまいそがしくめぐる蟻……
杉は驟雨のな . . . 本文を読む
七二七 〔アカシヤの木の洋燈から〕 一九二六、七、一四、
アカシヤの木の洋燈から
風と睡さに
朝露も月見草の花も萎れるころ
鬼げし風のきもの着て
稲沼のくろにあそぶ子
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来し . . . 本文を読む
七二六 風景 一九二六、七、一四、
松森蒼穹に後光を出せば
片頬黒い県会議員が
ひとりゆっくりあるいてくる
羊歯やこならの丘いちめんに
ことしも燃えるアイリスの花
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出 . . . 本文を読む
七一八 井戸 一九二六、七、八、
こゝから草削をかついで行って
玉菜畑へ飛び込めば
宗教ではない体育でもない
何か仕事の推進力と風や陽ざしの混合物
熱く酸っぱい亜片のために
二時間半がたちまち過ぎる
そいつが醒めて
まはりが白い光の網で消されると
ぼくはこゝまで戻って来て
水をごくごく呑むのである . . . 本文を読む
七一八 蛇踊 一九二六、六、二〇、
この萌えだした柳の枝で
すこしあたまを叩いてやらう
叩かれてぞろぞろまはる
はなはだ艶で無器用だ
がらがら蛇でもない癖に
しっぽをざらざら鳴らすのは
それ響尾蛇に非るも
蛇はその尾を鳴らすめり
青い
青い
紋も青くて立派だし
りっぱな節奏もある
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七一五 〔道べの粗朶に〕 一九二六、六、二〇、
道べの粗朶に
何かなし立ちよってさわり
け白い風にふり向けば
あちこち暗い家ぐねの杜と
花咲いたまゝいちめん倒れ
黒雲に映える雨の稲
そっちはさっきするどく斜視し
あるひは嘲けりことばを避けた
陰気な幾十のなのに
何がこんなにおろかしく
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七一四 疲労 一九二六、六、一八、
南の風も酸っぱいし
穂麦も青くひかって痛い
それだのに
崖の上には
わざわざ今日の晴天を、
西の山根から出て来たといふ
黒い巨きな立像が
眉間にルビーか何かをはめて
三っつも立って待ってゐる
疲れを知らないあゝいふ風な三人と
せいいっぱいのせりふを . . . 本文を読む
七一一 水汲み 一九二六、五、一五、
ぎっしり生えたち萓の芽だ
紅くひかって
仲間同志に影をおとし
上をあるけば距離のしれない敷物のやうに
うるうるひろがるち萓の芽だ
……水を汲んで砂へかけて……
つめたい風の海蛇が
もう幾脈も幾脈も
野ばらの藪をすり抜けて
川をななめに溯って行く
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七〇九 春 一九二六、五、二、
陽が照って鳥が啼き
あちこちの楢の林も、
けむるとき
ぎちぎちと鳴る 汚ない掌を、
おれはこれからもつことになる
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
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七〇六 村娘 一九二六、五、二、
畑を過ぎる鳥の影
青々ひかる山の稜
雪菜の薹を手にくだき
ひばりと川を聴きながら
うつつにひととものがたる
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
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