七四五 〔霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ〕 一九二六、一一、一五、
霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ
影を落す影を落す
エンタシスある氷の柱
そしてその向ふの滑らかな水は
おれの病気の間の幾つもの夜と昼とを
よくもあんなに光ってながれつゞけてゐたものだ
砂つちと光の雨
けれどもおれはまだこの畑地に到着し . . . 本文を読む
七四四 病院 一九二六、一一、四、
途中の空気はつめたく明るい水でした
熱があると魚のやうに活溌で
そして大へん新鮮ですな
終りの一つのカクタスがまばゆく燃えて居りました
市街も橋もじつに光って明瞭で
逢ふ人はみなアイスランドヘ移住した
蜂雀といふ風の衣裳をつけて居りました
あんな正確な輪廓は顕微鏡分析の晶形にも . . . 本文を読む
七四三 〔盗まれた白菜の根へ〕 一九二六、一〇、一三、
盗まれた白菜の根へ
一つに一つ萓穂を挿して
それが日本主義なのか
水いろをして
エンタシスある柱の列の
その残された推古時代の礎に
一つに一つ萓穂が立てば
盗人がここを通るたび
初冬の風になびき日にひかって
たしかにそれを嘲弄する
さ . . . 本文を読む
七四二 圃道 一九二六、一〇、一〇、
水霜が
みちの草穂にいっぱいで
車輪もきれいに洗はれた
ざんざんざんざん木も藪も鳴ってゐるのは
その重いつめたい雫が
いま落ちてゐる最中なのだ
霧が巨きな塊になって
太陽面を流れてゐる
さっき川から炎のやうにあがってゐた
あのすさまじい湯気のあとだ
. . . 本文を読む
七四一 白菜畑
霜がはたけの砂いっぱいで
エンタシスある柱の列は
みな水いろの影をひく
十いくつかのよるとひる
病んでもだえてゐた間
こんなつめたい空気のなかで
千の芝罘白菜は
はぢけるまでの砲弾になり
包頭連の七百は
立派なパンの形になった
こゝは船場を渡った人が
みんな通って行くところだし . . . 本文を読む
七四一 煙 一九二六、一〇、九、
川上の
練瓦工場の煙突から
けむりが雲につゞいてゐる
あの脚もとにひろがった
青じろい頁岩の盤で
尖って長いくるみの化石をさがしたり
古いけものの足痕を
うすら濁ってつぶやく水のなかからとったり
二夏のあひだ
実習のすんだ毎日の午后を
生徒らとたのしく . . . 本文を読む
七四〇 秋 一九二六、九、二三、
江釣子森の脚から半里
荒さんで甘い乱積雲の風の底
稔った稲や赤い萓穂の波のなか
そこに鍋倉上組合の
けらを装った年よりたちが
けさあつまって待ってゐる
恐れた歳のとりいれ近く
わたりの鳥はつぎつぎ渡り
野ばらの藪のガラスの実から
風が刻 . . . 本文を読む
七三九 〔霧がひどくて手が凍えるな〕 一九二六、九、一三、
霧がひどくて手が凍えるな
……馬もぶるっとももをさせる……
縄をなげてくれ縄を
……すすきの穂も水霜でぐっしょり
あゝはやく日が照るといゝ……
雉子が啼いてるぞ 雉子が
おまへの家のなからしい
……誰も居なくなった家のなかを
餌を漁っ . . . 本文を読む
七三八 はるかな作業 一九二六、九、一〇、
すゝきの花や暗い林の向ふのはうで
なにかちがった風の品種が鳴ってゐる
ぎらぎら縮れた雲と青陽の格子のなかで
風があやしい匂ひをもってふるえてゐる
そらをうつして空虚な川と
黒いけむりをわづかにあげる
瓦工場のうしろの台に
冴え冴えとしてまたひゞき
ここの畑できいてゐれ . . . 本文を読む
七三六 〔濃い雲が二きれ〕 一九二六、九、五、
濃い雲が二きれ
シャーマン山をかすめて行く
(何を吐して行ったって?)
(雷沢帰妹の三だとさ!)
向ふは寒く日が射して
蛇紋岩の青い鋸
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《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の . . . 本文を読む
七三五 饗宴 一九二六、九、三、
酸っぱい胡瓜をぽくぽく噛んで
みんなは酒を飲んでゐる
……土橋は曇りの午前にできて
いまうら青い榾のけむりは
稲いちめんに這ひかゝり
そのせきぶちの杉や楢には
雨がどしゃどしゃ注いでゐる……
みんなは地主や賦役に出ない人たちから
集めた酒を飲んでゐる . . . 本文を読む