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264 戦時中の「雨ニモマケズ」

      《1↑小倉豊文》
           <『宮沢賢治の碑』(吉田精美編著、花巻市文化団体協議会)より>

 賢治に関して気になっていることの一つに、第2次世界大戦中に「雨ニモマケズ」はどのように扱われていたのであろうかということがある。
 そこで、以前” 戦中戦後の「雨ニモマケズ」の扱われ方”でも参考にした『「雨ニモマケズ手帳」新考』の頁を再び捲ってみた。

 例えばおおよそ次のようなことが書かれている。
 「雨ニモマケズ」が最初に印刷公表されたのは賢治没後3年の昭和10年発行の「宮沢賢治研究」(草野心平編・宮沢賢治友の会発行)第2号であり、次いで、昭和11年1月発行の「現代日本詩人選集」(小川十指秋編)にも収められた。
 ただしこれが広く知れ渡ったのは昭和11年7月発行の「人類の進歩に尽くした人々」(日本国民少年文庫)に掲載され、更に昭和14年3月に「宮沢賢治名作選」(松田甚次郎編)に収録されそれが版を重ねたことによると思われる。
 昭和17年には、軍国主義的独裁政治の国策遂行を目的に組織された「大政翼賛会」の文化部編の「詩歌翼賛」第2輯「常磐樹」の中に採録され、当時の国民とくに農村労働力の強制収奪に利用されることにもなった。
 大日本帝国の傀儡政権「満州」でも中国語訳されて同様な目的に利用されていたのは、この詩を軸とする賢治観の対立に象徴的な意味を持つ事実であって、独り農民に関してだけでなく、一般に権力に利用される危険性を持っていたといえよう。
 昭和19年9月谷川徹三が東京女子大で「今日の心がまえ」という講演を行ったがそれは「雨ニモマケズ」を中心にした賢治に関するもので、その講演内容は昭和20年6月には当時の国策協力の出版「日本叢書」(生活社)四として「雨ニモマケズ」の書名で初版2万部も発行された。正に「詩歌翼賛」の「常磐樹」への採録と相呼応するものと言えよう。

     <『「雨ニモマケズ手帳」新考』(小倉豊文著、東京創元社)>
 賢治を敬愛し、「雨ニモマケズ手帳」研究のために力を尽くした小倉が、賢治にとってはあまり好ましくないことをこのように包み隠さず述べているようだから、ここで語られていることは歴史的事実として認めざるを得ないであろう。歴史学者としての小倉豊文面目躍如ということだろう。
 宮澤賢治の意思の及ばないところで、国家権力は「雨ニモマケズ」を利用して国民の戦意昂揚を図ったという図式になる。”当時の国民とくに農村労働力の強制収奪に利用されることにもなった”という小倉の表現の仕方に、賢治が国策のために利用されたことへの悔しさが滲み出ているような気がする。また、「雨ニモマケズ」が日本国内のみならず、「満州」でもかなり知れ渡っていたということでもあろう。

 一方、米村みゆきが『宮沢賢治を創った男たち』において述べているところによれば、
 戦時中「雨ニモマケズ」はは、滅私奉公に通じる詩として「詩歌翼賛」や、青年を戦争へ鼓舞する詩として「青年朗詠集」に掲載され、国策的に利用された。…(略)…
 「雨ニモマケズ」は「人類愛の遺言」「人類愛を歌った聖句」として読まれたが、「人類愛を歌った聖句」は八紘一宇の標語の下で日本の海外進出が正当化された時代の流れの中で、いともたやすく「米英撃滅の詩」という解釈として横滑りした。…(略)…
 機関誌「イーハトーヴォ」は「九州、樺太は言うに及ばず、南台湾、北支、満州の地」などの異境において「ほんたうに涙の出る想ひ」で読まれた。「岩手日報」は、満州で賢治を知らないものはほとんどいない、「雨にも風にも負けず働かうとして始めた賢治さんの詩を知った」という読者の意見を掲載する。

     <『宮沢賢治を創った男たち』(米村みゆき著、青弓社)より>
ということである。
 ここで米村の語っていることと、前の小倉の言うこととはほぼ符合しているから、これらのことはやはり歴史的事実であると認めざるを得ない。
 とすると、「雨ニモマケズ」は樺太、台湾そして中国などでも広く読まれ、海外進出のために少なからず利用されていた時代ということになろう。
 なおこの当時は「雨ニモマケズ」のみならず、菅野正男のように宮澤賢治の考えて居た事を私達は満州の大平野の中に実現しようとして居るのです”と、「賢治精神」を満蒙開拓で実践しようと思っていた者も居たのもこの時代であった。

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