博多住吉通信(旧六本松通信)

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歴史上最も重要なアメリカ大統領とは 5

2009年02月05日 | 時事
(昨日の続き)
 もしトルーマン大統領がソ連が原爆を手中にする前に先制核攻撃を行っていたら…いくらアメリカでも大量の原子爆弾を製造するには時間がかかるでしょうから、数百発の原子爆弾を製造するには数年かかるでしょう。先制核攻撃を行えるのはおそらく1949年頃でしょう。つまりソ連が最初の核実験に成功する年です。この段階ではソ連にも原爆の大量生産能力はありません。反撃の心配はありません。
 1949年当時のソ連の大都市、モスクワ、旧レニングラード、15のソ連邦加盟共和国の首都、工業地帯の中心地、重要な軍港、軍事施設がある地域といった場所が攻撃目標になるでしょう。ところで第二次世界世界大戦でヨーロッパ・ロシアの西部地域は焦土と化していました。この段階では復興が始まって4年たった所です。ソ連はそれらの西部地域から重要な工業施設を、戦中からウラル山脈東方のシベリア鉄道沿線に移転していました。そういうわけで大都市の他に西シベリアから極東地方までが攻撃目標になります。
 ついでに国民党軍を中国本土から追い払いつつあった中共勢力にもダメージを与えるために華北や旧満州の大都市にも核攻撃を行うかもしれません。以上の地域に数白発の原爆が投下されていたら…大量の放射性物質を含んだ死の灰が偏西風に乗って日本本土に降ってくることになります。…恐ろしいですね。今、季節は冬ですが、大陸からの風が日本の気候に及ぼす影響を考えてみて下さい。
 そういう狂気の沙汰にならなくて良かったわけです。そういう意味でトルーマン大統領は「ソ連に先制核攻撃をかけない」という史上最も重要な意思決定を行った大統領だったことになります。だからといって広島・長崎の惨禍が免責されるとは思いませんが。まあヒトラーよりも凄い大量虐殺者の汚名を被るのはいやだったでしょうが(ヒトラーの引き起こした独ソ戦では2000万人以上のソ連人が死亡した)。
 上記のような狂気の沙汰が軍事的・技術的に可能か否かですが、もちろんソ連も死に物狂いで反撃します。B29 爆撃機は1945年以降、急速に時代遅れになりつつあったのでソ連の防空陣にかなりな数撃墜されるリスクはありました。ただ突然先制攻撃をかけられたらどうだったでしょう。
 それにしても恐ろしいのはフォン・ノイマンのように合理的でロジカルであれば、どんなことでもやっていいという考え方だと思います。

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