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「師匠をしくじる」と言える幸せ

2012年06月25日 | 読書
 『雨ン中の,らくだ』(立川志らく 新潮文庫)

 自分の好みは談春だし,そして『赤めだか』の方が面白いと思うのだが,この本もそれなりに楽しめた。才気溢れる噺家である。
 いつぞやの高座では途中眠ってしまう失態があったことを反省し,次の機会があればきちんと聴きたい一人となった。

 さて,様々なエピソードの面白さはともかく,一つ気になった表現があった。

 「師匠を失敗る」

 「失敗る」は「しくじる」とルビがふってある。

 これは一体どういう意味か,一瞬立ち止まってしまった。
 師匠に反論できないわけとして「こんなことで師匠を失敗るわけにはいきませんから」と続けられている。
 ということは,つまり「御機嫌を損なわせるわけにはいかない」ということだろうかな…そんな読み流しをしたかが,読み終えてからもどうもすっきりしなかった。

 「しくじる」には何か別の意味があるのか,調べてみた。
 広辞苑より明鏡国語辞典が明解だった。

 ① したことが目的とは違う結果となる。やりそこなう。失敗する。
 ② 過失などによって勤め先や仕事の場を失う。


 言われてみれば②の意味もあったなあと例の二つで気づく。
 
 「酒で会社を―――」「師匠を――――」


 辞書では「勤め先や仕事の場」と軽く書かれてあり,噺家にとって「師匠」は確かにそういう存在なのだろうが,この本の中で,師匠はそれ以上の存在,つまりは人生や生き方の手本として描かれている。

 「師匠をしくじる」という言葉の重みは,きっとしっかりと師匠と呼べる存在を持っている者にしかわからないものだ。
 それはとても厳しい表現だし,同時にそれを口にできる幸せも大きい。