(雨……だ)
エストは紫の花房から手を離し、てのひらを上に向ける。こまかい雨が、音も立てずに降っていた。
こんな雨を、エストは知らない。
雨と言えば、乾ききった大地に、叩きつけるように激しく降るものだ。少なくとも、それがエストにとっての“雨”だった。
けれど、今エストがてのひらに受け止めているそれの、なんと儚げなことか。そしてなんと、目の前の女性に似合うことか。
そのとき、女性がエストに向かってなにごとか言いたげな様子をみせた。エストの胸は高鳴る。
が、彼女が声を発するのを待たず、エストの前に立ちはだかる背の高い影。
「──パパ!」
娘を護るように、真剣な面持ちのニコラスがそこにいた。さらにその隣には、自分とほとんど背丈の変わらないエストの肩を抱くようにして、ベロニカ。
「ママも……!」
そしてエストは悟る。
どうやらこの見知らぬ露地に迷い込んだのは、自分だけではないらしい……いやそれどころか、
(あたしが、パパとママを巻き込んだんだ)
エストの胸が、今度は不安で押し潰されそうになる。喉元に大きな塊がせり上がった、と思った瞬間、ベロニカが言った。
「大丈夫よ、エスト。落ち着きなさい」
昔から、母の「大丈夫」にはふしぎな効き目があった。これを聞くと、エストの心はすっと静まるのだ。
「ニコ、あなたも。──このひとは、平気」
「え、でも」
父親としての責任から、ニコラスはとっさには警戒を解けなかった。が、ベロニカの瞳を見て、ふう、と息をつく。
「わかった、きみがそう言うなら」
エストは紫の花房から手を離し、てのひらを上に向ける。こまかい雨が、音も立てずに降っていた。
こんな雨を、エストは知らない。
雨と言えば、乾ききった大地に、叩きつけるように激しく降るものだ。少なくとも、それがエストにとっての“雨”だった。
けれど、今エストがてのひらに受け止めているそれの、なんと儚げなことか。そしてなんと、目の前の女性に似合うことか。
そのとき、女性がエストに向かってなにごとか言いたげな様子をみせた。エストの胸は高鳴る。
が、彼女が声を発するのを待たず、エストの前に立ちはだかる背の高い影。
「──パパ!」
娘を護るように、真剣な面持ちのニコラスがそこにいた。さらにその隣には、自分とほとんど背丈の変わらないエストの肩を抱くようにして、ベロニカ。
「ママも……!」
そしてエストは悟る。
どうやらこの見知らぬ露地に迷い込んだのは、自分だけではないらしい……いやそれどころか、
(あたしが、パパとママを巻き込んだんだ)
エストの胸が、今度は不安で押し潰されそうになる。喉元に大きな塊がせり上がった、と思った瞬間、ベロニカが言った。
「大丈夫よ、エスト。落ち着きなさい」
昔から、母の「大丈夫」にはふしぎな効き目があった。これを聞くと、エストの心はすっと静まるのだ。
「ニコ、あなたも。──このひとは、平気」
「え、でも」
父親としての責任から、ニコラスはとっさには警戒を解けなかった。が、ベロニカの瞳を見て、ふう、と息をつく。
「わかった、きみがそう言うなら」