「それで、あなた」
露地の奥へと、ベロニカは声を放つ。そう、あの女性に向かって。紫の薔薇がわずかに揺れた、ということは、聞こえたのだろう。
「ああ──でも」
言葉が通じないわね。
ベロニカが口に出そうとした障壁は、呆気なく消え去る。
「探してほしいの」
耳になじんだ言葉で、女性が言う。
(よかった、彼女、わたしたちの言葉が話せるんだわ)
ベロニカは少しほっとした。
だがそれもつかのま──
「どうしたの、ニコ」
ニコラスの様子がおかしかった。あり得ないものを見たように、蒼ざめている。
「ベロニカ……エストが」
ようやく声を絞り出す。
「エストが、なに?」
「探してほしいの、わたしの、扇」
「──エスト!?」
ベロニカも、娘の異変に気づいた。
少し憂いを帯びた、落ち着いた女性の声。
しかし、その声は、まぎれもなくエストの口から発されていたのだ。
「エスト!」
ベロニカの声は、エストには届いていないようだった。神託を告げる巫女よろしく、エストは立ち尽くしている。
「……あのときと同じだ、ベロニカ」
やっと生気を取り戻したニコラスが言う。
「ティトの“鳥”のメッセージを、エストがぼくたちに伝えてきたとき」
エストがまだ幼かったころ、ベロニカの祖父をめぐる出来事を、ふたりは思い起こす。
「でも──どういうことなの、今回は」
と、女性がひらりと腕をかざした。それは明らかに、舞い姿だった。その腕の先に、ベロニカとニコラスは、幻の扇を見る。
露地の奥へと、ベロニカは声を放つ。そう、あの女性に向かって。紫の薔薇がわずかに揺れた、ということは、聞こえたのだろう。
「ああ──でも」
言葉が通じないわね。
ベロニカが口に出そうとした障壁は、呆気なく消え去る。
「探してほしいの」
耳になじんだ言葉で、女性が言う。
(よかった、彼女、わたしたちの言葉が話せるんだわ)
ベロニカは少しほっとした。
だがそれもつかのま──
「どうしたの、ニコ」
ニコラスの様子がおかしかった。あり得ないものを見たように、蒼ざめている。
「ベロニカ……エストが」
ようやく声を絞り出す。
「エストが、なに?」
「探してほしいの、わたしの、扇」
「──エスト!?」
ベロニカも、娘の異変に気づいた。
少し憂いを帯びた、落ち着いた女性の声。
しかし、その声は、まぎれもなくエストの口から発されていたのだ。
「エスト!」
ベロニカの声は、エストには届いていないようだった。神託を告げる巫女よろしく、エストは立ち尽くしている。
「……あのときと同じだ、ベロニカ」
やっと生気を取り戻したニコラスが言う。
「ティトの“鳥”のメッセージを、エストがぼくたちに伝えてきたとき」
エストがまだ幼かったころ、ベロニカの祖父をめぐる出来事を、ふたりは思い起こす。
「でも──どういうことなの、今回は」
と、女性がひらりと腕をかざした。それは明らかに、舞い姿だった。その腕の先に、ベロニカとニコラスは、幻の扇を見る。
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