とはいえティトには、ひとつ強みがあった。歌の上手さだ。都会仕込みの流行歌から、エスペランサの公演で訪れる土地の歌まで、すぐ器用に覚えて歌うことができた。
「レコードを出さないか、という話もあったみたいよ」
ベロニカが言って、ニコラスのカップにコーヒーをつぐ。
「でもおばあちゃんの公演が忙しすぎて、実現しなかったんですって」
「まあ、そっちが本業だからね」
「わたしもよく歌ってもらったわ。一族の歌い手たちが、あれこれ教えてね」
その意味では、ティトは一族に溶け込んでいたわけだ。それが、同じ〈外の男〉であるニコラスには何やら心強く思えた。
「母さんが歌好きなのは、おじいちゃんの血筋だと思うわ」
ふいにセシリアに話題が戻って、ニコラスを戸惑わせる。踊り手としてのセシリアの、歌に対する感覚は、なるほどきわめて鋭い。夫のリカルドは良い歌い手だが、それでも時にはセシリアを怒らせる。
「ティトはそんなに名歌手だったの?」
「と言うより、あなたのギターと同じね」
「えっ!?」
思いもよらない指摘に、ニコラスは腰を浮かせた。コーヒーがこぼれそうになるのを、慌てて押さえる。
「どういうこと?」
「技術が凄いとか、目の覚めるような名人芸を聴かせるとかではないの。でも、おじいちゃんにしか出せない音色、調べがあったの。うたごころ、と言ったらいいかしら」
くすぐったいような感覚が、ニコラスを包む。それはつまり、自分のギターがそうだ、と言われていることなのだから。
「聴いてみたかったなあ、彼の歌を」
「早くに亡くなったから──」
ベロニカは目を伏せた。
「レコードを出さないか、という話もあったみたいよ」
ベロニカが言って、ニコラスのカップにコーヒーをつぐ。
「でもおばあちゃんの公演が忙しすぎて、実現しなかったんですって」
「まあ、そっちが本業だからね」
「わたしもよく歌ってもらったわ。一族の歌い手たちが、あれこれ教えてね」
その意味では、ティトは一族に溶け込んでいたわけだ。それが、同じ〈外の男〉であるニコラスには何やら心強く思えた。
「母さんが歌好きなのは、おじいちゃんの血筋だと思うわ」
ふいにセシリアに話題が戻って、ニコラスを戸惑わせる。踊り手としてのセシリアの、歌に対する感覚は、なるほどきわめて鋭い。夫のリカルドは良い歌い手だが、それでも時にはセシリアを怒らせる。
「ティトはそんなに名歌手だったの?」
「と言うより、あなたのギターと同じね」
「えっ!?」
思いもよらない指摘に、ニコラスは腰を浮かせた。コーヒーがこぼれそうになるのを、慌てて押さえる。
「どういうこと?」
「技術が凄いとか、目の覚めるような名人芸を聴かせるとかではないの。でも、おじいちゃんにしか出せない音色、調べがあったの。うたごころ、と言ったらいいかしら」
くすぐったいような感覚が、ニコラスを包む。それはつまり、自分のギターがそうだ、と言われていることなのだから。
「聴いてみたかったなあ、彼の歌を」
「早くに亡くなったから──」
ベロニカは目を伏せた。