SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

山のこだまと海のしぶきと 第9話

2011-03-02 13:12:08 | 書いた話
 港に出入りする船の汽笛が、狭い家の小さな寝室まで届いていた。
 夢を見ていた。
 美しい貝の髪飾りをつけた黒髪の娘が、自分のほうへ駆けてくる。
 ああ、あの娘は。
「元気でいたのだね、おまえ」
 懸命に手を伸ばす。娘が駆けてくる──

「もって、あと1週間だな」
 寝室と隣り合った居間で、白衣の医師は告げた。告げられた男はうなだれる。午後の陽が部屋に射して、男の銀色の髪を照らした。
「先生、なんとかなりませんか」
 医師は同情するように男を見た。
「オルランド、気の毒だが、こればかりはどうにもならんな。今さら入院させたところで、もう手のほどこしようがない」
 オルランドと呼ばれた銀髪の男は、切なげに視線をさまよわせた。
「おれがもう少し早く、母さんの病気に気づいてたら……」
「そう自分を責めるな。おまえさんが船乗りをしながら独りでお袋さんの面倒を見てきたことは、みんな知っとるよ」
 医師を見送って、オルランドは母親の眠る寝室へ入った。ベッドのそばにひざまずく。
「ごめんよ母さん……おれがふがいないばかりに」
 と、母親の口が動いた。
「──どうした? 何がほしいんだ?」
「……髪飾り……」
「え?」
「……髪飾り……貝の……」
 オルランドはハッとした。若いころ、なぜかほしくなってふたつ買い求めてきた貝の髪飾り。ひとつは母親に贈り、ひとつは何年か前、町にやってきた評判の踊り手に贈ったのだ。そのときはどうしても、そうしたい気持ちになったのだった。

2 コメント

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映画に (YOKO)
2011-03-03 10:12:39
なりそう。。!
細やかな描写に情景が浮かんできます。。
この間、、エスペランサとソニアが馬車に
のってこちらに向かって来てるのですね。。

貝の髪飾りが引き寄せた二人の母親の関係は。。
今後の展開が見逃せません
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ようやく (新渡 春)
2011-03-03 16:12:51
>YOKOさん
ありがとうございます!
すっかりエスペランサとソニアの話に明け暮れていて、
「海」の話を書きそびれていました。
ようやく海の親子の出番です。
少し丁寧に母と子の情景を描いていくうち、エスペランサとソニアが海に導かれた理由も明らかにしていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いします!
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