ヒト遺伝子想定的生活様式実践法

2023年8月にテーマ・タイトルを変更(旧は外国語関連)
2015年4月にテーマ・タイトルを変更(旧は健康関連)

はじめに・・・

 外国語テーマも長く続かずなので、従来の健康ブログに戻してみようかと思いまして・・・ 備忘録的に残しておくと旧タイトルは「タイ語、漢字を使って覚えるの?」でした。(2023.8月記)

 従来の健康ブログ時に記事を書いていて、何故か、そろそろ外国語でも勉強した方がより良いかなーと思いつきまして、以来ちょこちょこと続けてきましたが、なんとなく、ある事を覚えると別の事を忘れてしまうモードに入ってしまったようで、知識量が停滞しつつあるような感じになりました。

 そこで、本ブログを外国語学習ブログに変更して、自分の備忘録的にまとめておこうかなと思いまして・・・。

 しかしながら、少し飽きたのか内容を増やしすぎたのか、書くのに手間がかかるようになり、時間がとれない時は、別ブログ「単語帳の素材?」にてライトな記事を書くことにしました。(この別ブログも徐々にライトでなくなり、記事を500本ほど書いたところで滞り中・・・)

 なお、健康ブログ時代の記事は、コチラの 入り口 からどうぞ。(2015.4月記)
 最近の健康系記事はカテゴリー「タイ語以外(健康2019)」からどうぞ。

脂肪酸の輸送・貯蔵方法(清水氏23/10/19記事関連)

2023年11月02日 | 生物医学ネタ絡み

 真核細胞生物のエネルギー源としての燃料の選択(fuel selection。主に糖か脂肪酸かの選択)の話を考えると、サブ細胞レベルでは分からないことがほとんどだが、細胞レベルでみれば分かっていることも多い。


 人類の生活様式は、戦前というか60年位前までは日々かなりの身体活動を前提としていたのだろう。この前提の下では、エネルギー源としては糖でも脂肪酸でもどちらでも良いようになっているのかもしれない。

 ヒトの母乳は、カロリー計算でみれば糖と脂質が半々ぐらいになっているとされている(糖45%、脂質48%。注1)。燃料の貯蔵ホルモン(インスリン)の働きをみれば、燃料の種類によらず似たような作用を示している(グリコーゲン合成と脂肪合成の両方の亢進。細胞膜上に呼び出された糖輸送体(Glut4)を介しての糖の取込みと、毛細血管壁の表面の酵素(LPL)を介しての脂肪酸の取込みの双方の亢進)。また、血管系に燃料が溜まり過ぎて長期継続すると体調不良リスクが高まり、病気と認識されている(注2)。

注1)ヒトの胎児の場合、脂肪酸から生成されるケトン体の利用が亢進しているようだが、そのケトン体は母体側(多分主に胎盤にて)で生成されて提供されたものだから、ここでは別の話と整理しておこう(このケトン体の利用亢進は、酸素消費の節約と、がん化防止のためではないかと推測される。酸素消費量については、脂肪酸を利用すると糖やケトン体より3割増しといわれている。がん細胞の成長には解糖系(ミトコンドリア外の細胞質で行われるエネルギー生成)の亢進が必要なようだが、ケトン体は解糖系と無関係にミトコンドリア内(クエン酸回路と電子伝達系)でエネルギー生成に利用できる。)。

注2)糖尿病と高中性脂肪血症という二つの病気は、現代医療的には、治療法が全く違うのでかけ離れたものという認識になっているようだ。しかし、もともと貯蔵ホルモン(膵臓)の分泌能が低い体質の人は前者(後者も随伴し易い)のリスクが高く、同分泌能がしっかりした体質の人は後者の段階にとどまり易いという程度の違いしかないのかもしれない。本ブログの健康法的に考えると、これらへの対策は似たようなものなので、「輸送中燃料過剰症候群」と同じ病態に整理できそうでもある。

 

 今回は、このような話をどこまで転がせられそうかというのを眺めるために、燃料(特に脂肪酸)の輸送・貯蔵方法について考えてみよう(糖と一緒にすると複雑になるので、糖の場合は別の機会に・・・)。

 

  まあ例によって、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事をなんとなく紐解いていく感じにしよう:

レムナントコレステロールと心血管疾患のリスク LDLコレステロールはどうしちゃった?  -2023年10月19日
https://promea2014.com/blog/?p=24106
>上の表はレムナントコレステロールとLDLコレステロールの値を4つのグループに分けたときの複合心血管疾患発生の可能性です。レムナントが多いほどLDLが低いほど複合心血管疾患発生率は高くなりました。しかも、性別とスタチン使用による差異はほとんど見られませんでした。スタチン意味なし。

 もう、LDLコレステロールを気にする必要はないようですね。

 レムナントはApoCⅢというアポリポタンパクによって増加します。(「ApoCⅢがレムナントコレステロールと関連している」参照)そして、ApoCIIIの発現はブドウ糖によってChREBP-1およびSREBP-1を活性化して増加し、インスリンによって減少します。しかし、インスリン分泌の減少またはインスリン抵抗性の増加により負の調整が働かなくなり、ApoCIIIは増加してしまいます。恐らくブドウ糖によるApoCIIIの発現増加は一時的であり、血糖値スパイクに続くインスリンの増加によって急速に逆転すると考えられますが、インスリン抵抗性または糖尿病では、高レベルのApoCIIIを示します。

 一方、果糖の摂取は、ブドウ糖の摂取と同様にChREBP-1およびSREBP-1を活性化しますが、ブドウ糖とは対照的に、インスリン分泌を刺激しません。そのため果糖摂取後のApoCIII発現は、インスリンによる負の調整が働かなくなり、ApoCIIIが大きく増加すると考えられます。(「ApoCⅢの調節と役割」「果糖はブドウ糖よりもApoCIIIを大幅に増加させる」参照)<

 

 レムナント・コレステロールの値が上がると、心血管疾患発生リスクも上がるらしい。同記事では、

・糖質の過剰の摂取は、心血管疾患発生リスクを上げる、

・糖質の過剰の摂取は、アポリポタンパク質ApoC-Ⅲを増やす結果、レムナントを増やす(糖質過剰 →インスリン作用低下 →ApoC-Ⅲ遺伝子発現増加 →レムナント増加、のような流れ)

ことが問題の本質とまとめている。前者については異論はない。後者については、生体分子の遺伝子発現学的にみれば、それでよいような気もするのだが、如何せん細かなこと(ApoC-Ⅲなど)をいろいろ覚えないといけない。より大きな構図で別の角度から捉えた方が応用が効いたりして少し見通しがよくなりそうなので、そんな感じで整理できないかを考えてみよう。

 

 先ずは「レムナント・コレステロールの値が上がる」の意味をおさらいしておこう。

 血管内で血液に溶けにくい脂(中性脂肪、コレステロール)の運送を担当しているもの(脂輸送船)が「リポタンパク(質)」であり、脂がたんぱく質と結びついた複合体である。
 この内に中性脂肪を運ぶ脂輸送船(リポタンパク質のうち、カイロミクロンと超低比重リポタンパク(VLDL)。前者は小腸から消化吸収した脂をもとに造られ、後者は脂の再利用組織である化学工場(肝臓)で造られる)があり、末梢組織へ積荷(中性脂肪)を輸送し卸して積荷がある程度減った抜け殻が「トレムナント様リポタンパク質」(単に「レムナン」とも呼ばれる)にあたる。レムナント自体はまだ脂をかなり含んでいるので、通常は化学工場に戻り速やかに解体されて新たな脂輸送船(VLDL、LDLなど)の材料として再利用される。

 レムナント・コレステロールは、血液中のレムナント内に含まれるコレステロールの量を測ったものであり、レムナント・コレステロールの値が上がる場合は、レムナントの数が増えた場合に相当することが多いようだ。


 末梢組織には、脂輸送船から積荷を取り卸す装置(酵素)であるリポタンパク質リパーゼ(LPL。中性脂肪を脂肪酸とグリセロールに分解し血液中に放出。エネルギー基質としては、脂肪酸がより重要で、グリセロールはこれら三つを束ねる結束バンドみたいなもので重要性は低い)があり、組織の毛細血管壁の表面に存在している。この装置の取卸し(分解)により周囲の遊離脂肪酸の濃度が高まる結果、組織内に吸収される脂肪酸の量が増えエネルギー生成のため燃焼されることになる(脂肪組織であれば貯蔵される)。
 LPLの活性はアポリポタンパク質(リポタンパク質を構成するタンパク質。ApoC-Ⅱ、ApoC-Ⅲなどいろいろある)によって制御され、脂輸送船上のApoC-ⅡがLPLを活性化し(不活型を活性型化)、ApoC-ⅢがLPLの活性を抑制するとされている。

 以上の流れが体内での普段のレムナントの動きになっているのだろう。そうすると、レムナントの動きを理解するには、中性脂肪の動き(輸送・貯蔵)が分かればよさそうということになろう。

 

 さて、冒頭記事の内容を別の角度から眺めるために中性脂肪の輸送・貯蔵に軸足を移して、例によって小問にバラしてみると、次のようになろうか:

Q1. 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか。
Q2. 血液中の中性脂肪が増えるのは、どのような時か。
Q3. 血液中の中性脂肪は、どのように利用されるのか。

 

 上記の問いについて以下それぞれ説明していこう。先ず最初の問いは:

問Q1. 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか。


答A1)手短に答えれば、同化時や顕著な異化時に必要であるから、ということになろう。別に言い換えれば、中性脂肪(脂肪酸)の貯蔵やその多めの取崩しを効率的に行いたいから、とも言えるだろう。具体的に顕著なものは

 

ア- 運動の際には中性脂肪をかなり取り崩すことがあり、予め準備しておいた方が身体活動的に有利になるため、

イ- 摂食の際に多量の脂を消化吸収するが、これを短時間で処理した方が身体活動的に有利になるため、

ウ- 重い怪我や病気をした際に(基礎代謝で対応できない)ある程度大きな組織の修復が必要となり、これを短時間で処理した方が身体活動的に有利になるため、

 

ということになろうか。イについて補足すれば、コアラのように1日20時間ほど寝ていられるのなら短時間で処理する必要性も薄いが、初期人類からの生活様式はつい1万年前までは"毎日昼間に狩猟採集をして食べる"だっただろうから、進化的に考えれば、短時間で処理できた方が身体活動上有利だったということになろう。(A1了

 

 「なぜ」の説明だけでは多分本稿で言いたいことを理解し難いだろうから、次の問いに移ろう: 

問Q2. 血液中の中性脂肪が増えるのは、どのような時か。

答A2)回答的には前問に同じとなるのだが(少なくとも運動準備・運動時、摂食時、損傷組織の修復時の三つ)、別の切り口から眺めてみて理解を深めておこう。

 中性脂肪の貯蔵方法については、進化的に考えると、次の3つに区分できるのではないだろうか:

#1- 細胞内での貯蔵(末梢の細胞内の脂肪滴)
#2- 輸送中在庫による貯蔵(血管系のリポタンパク質内の中性脂肪。注3)
#3- 共用組織での貯蔵(肝臓の脂肪滴、脂肪組織の脂肪細胞)

 

注3)それは貯蔵なのか、という疑問が湧いてきて違和感を感じるかもしれない。貯蔵量(普段の基礎代謝の水準から増加した部分)が多いとも思えないが、こう整理した方が後々分かり易くなるような気がしているところ。実際、その僅かな違いが病気を招くわけだし・・・

 

 進化的にみれば、貯蔵方法はこの順番で進展してきたと思われる。真核細胞生物の酵母(真菌類の一種。単細胞性のことが多い)の一部の種でも、脂肪の蓄積がみられるとされており、起源はかなり古いのであろう。哺乳類でも運動できずに変なものを食べさせられて寝てばかりいると脂肪筋になり易いのは、牛の霜降り肉(筋肉に脂肪滴が一杯ある状態。餌は牧草主体ではなくて飼料用穀物が多いらしい)をみれば明らかだろう。

 多細胞の真核細胞生物が生まれ体のサイズが大きくなってくると、体表に接していない細胞へ供給物を輸送するシステム(老廃物の回収も担当)が体内に必要となり、血管系が出てきたのであろう(そうすると必要になるので、心臓と腎臓もほぼ同時にできるのだろう。ホヤ(原索類)はこのような形質形態であり、腸の一部には多数の孔がある鰓の原形を持ち、脊椎動物の祖先ともみられている)。血管系に貯蔵できる絶対量は少ないものの、利用した方が生死を分けるギリギリの身体活動が必要なような場合に有利と思われる。

 その後、共用の貯蔵組織が現れて、貯蔵量が飛躍的に増大したものと思われる(ヒトの貯蔵可能量を桁数的にみればおよそ、脂肪組織なら5桁のグラムで脂肪を貯蔵可能だが、肝臓(脂肪肝の手前あたり)ではその百分の1で3桁のグラム、輸送中在庫は千分の1で2桁のグラムという感じだろう)。

 

 輸送中在庫による貯蔵は、回答の初めで触れたように少なくとも運動準備・運動時、摂食時、損傷組織の修復時に高まるのだろう。その方が身体活動をより容易に(細胞での燃料の調達の効率化による)、中性脂肪の貯蔵を効率的に、あるいは損傷組織の修復を効率的に行うことができるだろう。

 興奮性ホルモン(アドレナリンなどのカテコールアミン)、抗ストレス・ホルモン(コルチゾール)などは貯蔵燃料の取崩しホルモン(インスリン拮抗ホルモン)であり、血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸を上昇させるので、輸送中在庫を確保する(上昇させる)作用(在庫確保作用)があると言える。他方、燃料の貯蔵ホルモン(インスリン)には、細胞内への糖・遊離脂肪酸の取込みを促すので、輸送中在庫を解消する(低下させる)作用(在庫解消作用)があると言える。

 安静(基礎代謝)時においては、貯蔵ホルモンは常時ある程度分泌されている(基礎分泌がある)ため、貯蔵取崩しホルモンが分泌される際には、その作用に拮抗するため前者のホルモンの分泌が減らされ、あるいはホルモン感受性が低くされ(抵抗性が現れる)、その作用を低下させるようである。このようにみてくると、いわゆるインスリン抵抗性は「貯蔵抵抗性」と言い換えられるのが分かるだろう。

 

 脂肪組織があれば、貯蔵可能量も大きく、かつ、安全性も高いので、優先して利用されることとなる。しかし、燃料貯蔵モードにある場合は、その貯蔵量の限界に近づくことが起こり得、進化的に古い必ずしも安全性の高くない貯蔵方法が用いられることとなるのだろう。これがいわゆる異所性脂肪の蓄積であり、脂肪筋や脂肪肝などにあたる(肝臓は体内の共用化学工場であり普段はその重量の3-5%の脂肪を抱えているとみられるが、ある閾値(10%辺り?)を超えてくると毒性が無視できなくなると思われる)。(A2了

 

 以上の説明を前振りとして、これらをまとめるため最後の問いに移ろう(同じ問題を別の角度から解説しているだけなので回りくどいかもしれないが・・・):

 

問Q3. 血液中の中性脂肪は、どのように利用されるのか。

答A3)リポタンパク質で運送される中性脂肪の動きについては、その利用酵素(リポタンパク質リパーゼ、Lipoprotein Lipase、LPL。組織の毛細血管壁表面に存在。脂肪酸の細胞内への取込みにおいては脂肪酸は細胞膜を通過できるので、この酵素の働きは実質的には糖の取込みの際のGlut4と類似の作用となる)の働きを軸に理解した方が見通しが効きそうである(そうした方がアポリポタンパク質ApoC-IIIの役割も整理し易いように思われる)。

 中性脂肪の利用酵素(LPL)の制御についてみれば、普段はグルコースと供に脂肪酸により基礎代謝を賄うよう生体リズムに応じた制御を受けているとみられるが(これは「基礎代謝時」の場合にあたる)、制御法に顕著な変化がみられるのは少なくとも次の三つの場合があるだろう:

 

A. 運動準備・運動(危機対応)時:危険対応時用のストレス応答が稼働し出すため、前述の貯蔵取崩しホルモン(アドレナリン、コルチゾールなど)の分泌により血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸が上昇し、拮抗する貯蔵ホルモン(インスリン)の分泌は減ることになる(基礎分泌が半分程度になるという説もある)。リポタンパク質内の中性脂肪を温存するため全身的に利用(LPLの活性)が抑えられるものの(注4)、動き出す骨格筋では運動によりLPLの作用が強まり(注5)、中性脂肪を調達し易くなる。糖の上昇が解消するまで継続するのだろう。


注4)遺伝子発現的にみれば多分、糖の上昇と貯蔵ホルモンの作用の減少(基礎分泌の低下による)のためApoC-III遺伝子の発現が増加しLPLの活性を抑えることになるのだろう(危機時もあり得るので需要予測をしないことにして、とりあえず急を要さない部位でのリポタンパク質内の中性脂肪の分解を抑制し、輸送中在庫(循環量)が減らないようにする)。

注5)骨格筋では、このインスリン作用の減少は逆にLPLの活性化の方向へ働き、また、運動自体が酵素LPLの遺伝子の発現量を増やすとされている。

 

B. 食餌の摂食時:摂食時の糖の上昇により貯蔵ホルモン(インスリ)の追加分泌がある程度に至ると、脂肪組織ではリポタンパク質内の中性脂肪を利用(LPLの活性)を元に戻し更には高めて(注6)、取り崩し過ぎた脂肪の補充・貯蔵を行う。インスリン追加分泌が解消されるまで継続するのだろう。


注6)遺伝子発現的にみれば、貯蔵ホルモンの作用の増加(追加分泌による)によりApoC-III遺伝子の発現を減少させLPLの活性を高める(貯蔵ホルモン自体がLPLの活性を上昇させる方向のため、逆方向のApoC-IIIの作用を減らす必要があるのだろう)。
 なお、骨格筋では、この貯蔵ホルモンの作用の増加によりLPLの活性は抑制されるとされている(摂食時は運動関係より共用の貯蔵を優先ということだろう)。

 

 追加貯蔵の有無で状況が違うので、食性の区分で二つに分けて考えておこう:

 

B-a. 狩猟採集食の場合(追加なし。非貯蔵モード)

i- 共用組織(脂肪組織)での貯蔵(Q2の答えの方法#3)
 リポタンパク質内のApoC-IIが中性脂肪利用を活性化させ(血管壁の表面のLPLの活性化による)、貯蔵ホルモンの作用により蓄積が進む(吸収した糖・脂肪酸由来が多い)。
 蓄積は実質的には取り崩した分の補充であり、もともと貯蔵ホルモンの追加分泌も少ない上に(基礎分泌の2-3倍あたりだろうか。農耕食では大抵10倍以上となる)、総貯蔵量が増え過ぎないよう脂肪組織側で制御されているとみられ、脂肪組織があふれることはかなり起こりにくい(#1を使う機会はないし、#2が生じても処理に伴う一時的なもの)。貯蔵に伴う安全性は高い。

 

B-b. 農耕食の場合(追加あり。貯蔵モード)

 糖質食の越冬準備食仮説を前提とすると、農耕食の場合は「脂肪蓄積対応時」ということになり、脂肪酸の貯蔵方法をリポタンパク質内の中性脂肪利用酵素LPLを軸にまとめれば次のような段階に区分できるのではないか(脂肪酸の貯蔵方法進展パターン仮説):

i- 共用組織(脂肪組織)での貯蔵(Q2の答えの方法#3)

 リポタンパク質内のApoC-IIが中性脂肪利用を活性化させ(LPLの活性化による)、貯蔵ホルモンの作用により蓄積が進む(吸収した糖・脂肪酸由来が多い)。安全性は高いものの、脂肪の貯蔵モードであり貯蔵ホルモンの追加分泌も多いため、長期継続では溢れることがあり得る。


ii- 細胞内での貯蔵(#1)及び共用組織(肝臓)での貯蔵(#3)

 脂肪組織が溢れてきても、貯蔵ホルモンの作用により(LPLは活性化したまま)異所性脂肪として脂肪筋、脂肪肝などとして蓄積が進む。進行し過ぎると脂肪毒性回避のため貯蔵ホルモンの抵抗性(注7)が出始め、安全性は高くない。

注7)貯蔵抵抗性(インスリン抵抗性)を貯蔵障害起因型と(それ以外の)輸送中在庫確保型とに分類してみることにすると、この抵抗性は貯蔵障害起因型の抵抗性と分類できるだろう。

 

iii- 血管系の輸送中在庫として貯蔵(#2)
 貯蔵抵抗性が現れるとLPLの活性を抑制し(注8)、輸送中在庫は維持されたままになり解消されにくくなる。そういった状況が長期継続すると(注9)、次第に中途半端に積荷を積んだ脂輸送船(レムナント様のもの)が増えて滞留し、高中性脂肪血症が現れるのであろう。血管系への毒性があり死亡リスク(動脈硬化リスク)を高めることとなる(注10)。


注8)遺伝子発現的にみれば、貯蔵ホルモンの作用の低下(貯蔵抵抗性による)によりリポタンパク質内にApoC-IIIが増え貯蔵ホルモンの基礎分泌時でも同質内の中性脂肪利用を抑制するのだろう。

注9)落ち着き先のない中性脂肪が放浪している状態であり、日々これが1%の割合で増加すると仮定すると、70日間でその量は2倍に達することになる(1.01^70 = 2.01)。

注10)機序としては、高中性脂肪血症 →脂肪肝が既にある程度進行していることが多い →脂肪肝はリポタンパク質の異常を招き易くする(HDL-C減、小粒子LDLの形成増) →動脈硬化を促進、という流れ。


C. ある程度大きな損傷組織の修復時:ストレス応答が稼働し出して交感神経が緊張するため、貯蔵取崩しホルモンの分泌の増加により血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸が上昇する。リポタンパク質内の中性脂肪を温存するため全身的に利用(LPLの活性)を抑えることにより(注11)、損傷修復部位で活発に働く免疫系・修復系が中性脂肪を調達するのを容易にする。修復が終わるまで継続するのであろう。


注11)遺伝子発現的にみれば多分、糖の上昇と貯蔵ホルモンの作用の低下(炎症反応が引き起こす貯蔵抵抗性)のためApoC-III遺伝子の発現が増加しLPLの活性を抑えることになるのだろう。貯蔵抵抗性を前述注7の線で区分してみることにすると、この抵抗性は輸送中在庫確保型の抵抗性(炎症起因型)と分類できるだろう。(A3了

 

 以上の3つの回答を通じて(なかなか苦しい所も感じつつ)ここまで話を広げてみたが、当初の問題「 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか」について、具体的なイメージが思い浮かぶようになるならば、説明した甲斐があったということになろうか。

 これまでの主要な点を箇条書きで列挙することにより、まとめに替えてみると、次のようになるだろう:

- 脂肪酸の輸送・貯蔵系における危険の本質は、異所性脂肪と、血液中の中性脂肪が高い状態(血管系の輸送中在庫が解消されないままの状態)の長期継続にあるのであろう。

- インスリン抵抗性(貯蔵抵抗性)には、細かくみれば幾つか種類があるのだろう(少なくとも貯蔵障害起因型、輸送中在庫確保型(炎症起因型)の二つ。これらの危険性の高さは、炎症も慢性化しうるのでこの順序のままであろう)。

- 血液中のレムナント数は、インスリン抵抗性(危険性が最も高そうな貯蔵障害起因型のもの)のより良い指標になっているようだ。

 

 最後に、冒頭で触れたように、これまでの人類の生活様式は、日々かなりの身体活動を前提としていた。現代の低身体活動の人にとって、体調がなんとなく優れないなら(空腹時中性脂肪で80mg/dl超は注意域だろう)、必要なことは、

   一に運動、二に運動、三に食性の見直し、四に定期的な断食、五に食性の大改革

ということになるような気がする(不幸にも既に不健康モードに入っている人は、三あたりからが望ましそうだろう。食性は、狩猟採集食に近い糖質制限食とかケトン食とかがベターであろう。なお、個人的な体感に基づくと、瘦せ気味みの人(自分もこの頃 BMI は17.0前後で多分該当)には断食はあまりお勧めできないところ)。


アルツハイマー病の原因(清水氏23/10/13記事関連)

2023年10月17日 | 生物医学ネタ絡み

〔更新履歴:一部修正2023-10-18〕

 

 知識を蓄え慧眼を養ってこそ智慧になるのだろう。
 現代の生活においては知識が豊富な人にはなり易いけど、他方各種のマニュアルが整備されていて自分で考える機会も少なくなっていて、知識量の割に物事の本質を見抜く力が養われていかないのかもしれない(生物の進化的にみれば、脳の省力化電気回路説が成立しそうだから、易きに流れるのも仕方がない・・・)。

 

 一般的に言えば、歯科医と内科医との認識にはかなりの隔たりがある面が存在していて、特に常在共生体(細菌、ウィルス、真菌などで主に体表や管腔組織などにいるもの)に関する認識はそうだろう。歯科医にとっては常在共生体との戦いが主戦場との認識であろう(虫歯や歯周病の源になるのは口腔内の常在共生体である)。他方、内科医にとっては、悪さをするのは外部からの病原体で常在共生体が悪さをするのはかなり例外的な場合と認識していることが多いようで、その悪影響を矮小化しがちなようだ(これは「医者(内科医)の呪縛」と呼べるものなのかもしれない。腸内細菌などの影響を考えだしたらしっかりした生活指導が必要になり手間も時間もかかるだろうから、ここでも省力化が選好され・・・)。

  最近の記事でよく触れる西原克成氏は、最初に手掛けた研究ががんとミトコンドリアの関係らしく、生物進化にも造詣が深く実験進化学者としても研究をし、また、歯科医でもあり、大病院勤務故に他科から回されるいろいろな病態を眺める機会に恵まれて、豊富な知識を蓄積していったようだ。それを活用し、もう20年近く前にかなり斬新な認識に達していた模様である(検査・実験技術が進歩し、時代が追いついてきている感じ。言わば、True creativity never gets old; the longer time passes by, the more it shines.)。

 

 西原氏の斬新な考えの一つには、以前にも触れた、真核細胞生物はミトコンドリアが基本的要素でできている(生物のミトコンドリア単位説)、というものがある。ただ、その詳細は必ずしも定かではない。

 真核細胞は、アーケア(古細菌。安保徹氏の用例にならうと嫌気性の「解糖系生命体」)にバクテリア(細菌。安保氏にならうと好気性の「ミトコンドリア生命体」)が寄生した共生体から発展してきたものとされている。

 その見方を突き進めれば、解糖系生命体の細胞膜は、ミトコンドリア生命体のコロニー(集団)の生活場をドーム(カプセル)化するもの、細胞核はコロニー内のミトコンドリア生命体が従うべき司令塔ということになるだろうか。そうすると、ミトコンドリア生命体がどこからか持ち込んだらしい細胞分裂抑制遺伝子(がん抑制遺伝子。解糖系生命体側だけの都合による分裂を抑制)は、ドーム化されたコロニー・サイズ(ミトコンドリア生命体の数)の標準化に必須のものであったとも考えることができるだろう(この先まだないのでこの辺で・・・)。


 西原氏によれば、ミトコンドリア単位説を前提とすれば「ミトコンドリア機能病理論」が成り立ち得るとみているようだ。19世紀にシュライデンやシュワンが提唱した生物の細胞説(細胞単位説)がフィルヒョーの細胞病理論(学)へ繋がっていった点を念頭に置いているとみられるが、再度その詳細は必ずしも定かではない(追記注)。想像するに多分、ミトコンドリアの同じ機能障害には似たような病気が対応し、そのまた逆も成り立つ、ということではないかと思われる。

 

追記注)この背景を個人的に著作の行間から読み取った内容から解説しておこう。大病院だと器質的な異常(ここでは血液検査の異常も含めた意味)を発見するための検査漬け医療になっていて問診・身体診察を軽視する傾向(このため機能的な異常はよく分からない)を西原氏は嘆きつつ、器質的異常発見・矯正主義的な診療の方向へ導いた細胞病理学を毛嫌いして、そのアンチ・テーゼとしてミトコンドリア機能病理論を言い出したような雰囲気と思われる。
 ミトコンドリア機能異常を検査する方法は当時確立されていなかったので(現在でもそうだろう。普通の細胞内に数百から2千個あるわけだから・・・)、診療の射程距離内に同異常を捕えようととすると、必然的に検査以外の診察手法(問診など)に頼らざるを得なくなると考えたのだろう。現場主義を重んじる(個人の体質を最重視する)と思われる彼なりの発想なのだろう。

 

 このブログのテーマを健康に戻したのは、西原氏の言説に感化されて健康法を個人的に検討していたところ、書き留めて内容を世間に広めて試してみた方がよいだろうというのが幾つか出てきたためであり、今回はそのうちの一つにあたる。

 


 前置きが長くなったが、まあ例によって、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事をなんとなく紐解いていく感じにしよう:

スタチンと認知症 -2023年10月13日
https://promea2014.com/blog/?p=24075
スタチンと認知症の関連はいまだに議論があります。アメリカのFDAはスタチン使用と認知障害との潜在的な関連性について2012年にblack box warning(枠囲み警告)を出しています。FDAは「まれに、スタチンの使用に関連した認知障害(例、記憶喪失、物忘れ、健忘症、記憶障害、混乱)の市販後報告があります。報告されているこれらの症状は一般に重篤ではなく、スタチンの中止により回復可能ですが、症状の発現までの時間(1日から数年)と症状の消失(中央値3週間)はさまざまです。」と述べています。
 最近の研究では、スタチンは認知機能低下に関連しないという結果がいくつも出ています。だから、現在のところ何とも言えません。・・・<
>認知症は糖質過剰症候群であり3型糖尿病とも言われています。2型糖尿病と認知症のリスクの関連は十分にあることを考えると、スタチンによる糖尿病発症リスクは認知症のリスクにもなりかねない可能性があります。<


 さて、高脂血症薬は、認知症を進行させるのだろうか。
 この疑問点につては、前置き同様に以下の議論も長くなりそうなので先に述べておくと、

   スタチンの場合は進行させるだろう、

というのが個人的な結論である。理由を手短に述べれば、薬剤のミトコンドリア毒性は神経細胞のエネルギー不足を招くことから認知症(アルツハイマー病)を進行させる可能性が高く、スタチンにはミトコンドリア毒性が認められるからである(注1)。以下に、この点について順を追って解説していこう。

注1)本稿の射程外なので注での追記で済ませておくと、スタチンには免疫抑制作用がある(免疫応答過程において抗原提示細胞上のMHCクラス2の発現を阻害することによりT細胞の活性化を抑制するとされる。体内へ侵入した微生物などの異物の除去能力が低下する)とされており、後述のアルツハイマー病の病因分析からしても、認知症をより進行させると言えそうである。

 

 認知症全体の約7割はアルツハイマー型とされているようであり、例によって、小問にバラしてみると次のようになるだろうか:

Q1. アルツハイマー病は、どのようなものか。
Q2. アルツハイマー病の原因は何か。
Q3. アミロイドβとは何か、蓄積するのは何故か。

ついでに、これらに関連するものとして、

- 脳が萎縮していくのは何故か。
- 初期症状が短期記憶領域で現れ易いのは何故か。
- 同病と高血糖との関連性はどのようなものか。

も挙げて射程距離内に入れておこう。

 

 本稿で扱いたい問の紹介が済んだので、順に考えていこう。先ず最初の問については:

 

問Q1. アルツハイマー病は、どのようなものか。

A1)ミトコンドリア機能病理論的にみれば、アルツハイマー病は、脳の神経細胞内のミトコンドリアの機能障害であり、これによってエネルギー(アデノシン三リン酸、ATP)生成が不足するため、本来の脳の機能を発揮することができなくなる病態と考えられる。(A1了

 

 ここで、真核細胞のエネルギー生成について明解に解説できるとよいのだが、前回記事でも触れたように、全貌はよくわからない(ミトコンドリアの燃料選択の制御機構すらよく分からないわけで・・・)。
 とは言え、断片的に分かっていることはあるので、この方向の切り口でまとめてみたのが、以前の2023/9/9記事で触れた「ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説」にあたる(リンクはここ)。この仮説については、議論を展開すると多くの袋小路があって長くなりそうなので、今回は触れるにとどめ別の機会にしておこう。
 このように消化不良のままだとアルツハイマー病と神経細胞のエネルギー不足との関連性がよく分からず疑問が出てくるだろうから、問Q1.の更問として、次の二つの問について解説しておこう:

 

更問Q1-a. アルツハイマー病で脳が萎縮していくのは何故か。

A1-a)ミトコンドリア機能病理論的に考えれば、脳におけるエネルギー不足の病態としては、

脚気(ビタミンB1欠乏症。脳の症状は特に「ウェルニッケ脳症」と、脳の後遺症は「コルサコフ症候群」と、両者を合わせて「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」とも呼ばれる)

があり、かなりよく分かっていて参考にできるだろう。ビタミンB1は、ミトコンドリアでエネルギー生成する際の必須栄養素であり、欠乏するとミトコンドリアが機能障害を起こすことになる(欠乏すると、ミトコンドリアの内膜内における解糖系の代謝物ピルビン酸、及びクエン酸回路の中間体αケトグルタル酸を代謝(脱水素)できなくなり、エネルギー生成が進まなくなる)。

 

 脚気という病気から、脳でエネルギー不足が長く継続してある閾値を超えてくると、神経細胞が不可逆的に変性して元に戻らないことが分かっている(ビタミン剤を補充しても原状復帰しない)。アルツハイマー病との違いを対比するイメージとしては、脚気の場合は、脳全体あるいは全身で起こるエネルギー不足であるが、アルツハイマー病は、初期のうちは脳内でまだらに起こるエネルギー不足(あるいは、ウェルニッケ脳症・コルサコフ症候群の双方がまだらに起こるもの)ということになろうか(アルツハイマー病も進行して重症化すれば同症候群様のものに収斂していくこことなろう)。

 関係資料を(マウスでの実験だけど)一つだけ取り上げてみると、情報サイト「大学プレスセンター」の記事から:

ビタミンB1欠乏による記憶能力障害のメカニズムを発見 -- ビタミンB1欠乏により脳の海馬が障害を受けて記憶できなくなる -- 東京農業大学 -2016.09.07
https://www.u-presscenter.jp/article/post-36027.html
>【背景と概要】
 ビタミンB1は、必須栄養素の一つであり、鈴木梅太郎博士によっておよそ100年前に発見された世界で最初のビタミン。ビタミンB1は、糖代謝系やATP(エネルギー)産生に対する補酵素として働く。ビタミンB1摂取不足により脚気(かっけ)になることがよく知られており、ビタミンB1が神経系の機能維持にも重要な役割を果たすことが示されている。さらに、ビタミンB1欠乏が続くと、ウェルニッケ・コルサコフ症候群を代表とする、重篤な記憶能力の障害を引き起こす。重要な点として、脚気はビタミンB1の補給により改善されるが、ビタミンB1欠乏による記憶障害は慢性的であり、改善されない。以上のように、ビタミンB1欠乏により重度の記憶能力の減退が導かれることが古くから知られていたが、その発症メカニズムは不明だった。本論文では、喜田教授らは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群と同様の慢性的な記憶能力障害を示すマウスを作製し、遺伝子操作技術を用いて神経細胞(ニューロン)を可視化してイメージング技術を利用することで、ビタミンB1欠乏による記憶障害の原因が海馬(注1)の変性であることを世界で初めて突き止めた

【論文内容】
 野生型マウス(C57BL/6N系統)にビタミンB1欠乏飼料を10日間給餌し、この間ビタミンB1拮抗物質であるピリチアミンを連日投与して、重篤なビタミンB1欠乏状態を誘導した(ビタミンB1欠乏マウス)。ビタミンB1欠乏により体重減少及び著しい運動能力の低下が観察されたが、ビタミンB1欠乏処置後に、ビタミンB1(チアミン)を補給させ、通常の食餌に戻して3週間の回復処置を施すと、体重、運動能力などは正常に戻った。しかし、回復処置を行ったにも関わらず、空間記憶(注2)、社会的的認知記憶(注3)、恐怖条件付け文脈記憶(注4)など海馬依存的な記憶(注5)能力の障害が観察された(図1)。すなわち、記憶することができなくなっていた。しかも、この記憶障害は少なくとも6ヶ月持続する慢性的な記憶能力の障害であることが明らかとなった。一方で、恐怖音条件記憶などの扁桃体の働きを必要とする記憶能力には、障害が観察されなかった。以上の結果から、ビタミンB1欠乏を経験したマウスは、海馬依存的な記憶能力に永続的な障害を示すことが明らかにされ、このビタミンB1欠乏マウスが示す症状は、ヒトのウェルニッケ・コルサコフ症候群と類似していることを明らかにした。すなわちビタミンB1欠乏マウスは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群モデルとなることを示した。・・・<

 

 脚気が進行してくると神経細胞が変性することから脳全体が萎縮していくようであり、脳におけるエネルギー生成不足は、脳の萎縮につながると解釈できるだろう。(A1-a了

 

更問Q1-b. アルツハイマー病の初期症状が短期記憶(脳の海馬が担当)の機能低下で現れ易いのは、何故か。

A1-b)脳の機能もよく使う部分と普段はあまり使わない部分があるわけで、アルツハイマー病の本質がエネルギー不足であるとするならば、脳のよく使われる部分で症状が出やすいと言えるだろう。よく使われる部分としては、視床下部(臭覚以外の五感情報を集めて総合的に処理し、直下にある下垂体にホルモン分泌指示を出したり自律神経を制御するのを担当)、海馬(短期記憶を担当)あたりが挙げられるのではないだろうか。他覚的に分かり易いのは、海馬の異変の方ということになるだろう。

 また、海馬においては、神経細胞が新生するとされており、普通の神経細胞よりエネルギー需要が高いものと推定される。富山大学薬学部のサイトの記事から:

脳内で神経細胞は新生している!|教員コラム~TOM'S 薬箱~
http://www.pha.u-toyama.ac.jp/toms/column11/index.html
>・・・生後は脳の神経細胞はいったん死んだら補われることはないと以前は信じられてきましたが、1990年代に入り脳内でも神経細胞が新生していることが明らかになりました。なかでも脳内にある海馬の歯状回と呼ばれている部位(図を参照)では、正常な脳でも神経細胞の新生が毎日起こっていることがわかってきました。・・・<

>それでは、脳内で新生した神経細胞は、神経系の機能とどのように関わっているのでしょうか?歯状回を含む海馬は、学習や記憶を新たに習得・形成することに重要な役割を果たすことで知られています。・・・つまり、神経細胞の新生は、神経系の活動の程度に依存して増えたり減ったりします。これらのことから、新たに学習や記憶を習得・形成する際には、新生した神経細胞が既存の神経ネットワークに組み込まれ、より多くの情報を保持・処理できるようになるという仮説が提唱されています。また、少し違った考え方の研究者もいます。いったん海馬内で形成された学習や記憶は、徐々に大脳新皮質に移行し、その後は、その学習や記憶の内容を思い出す際には海馬を必要としなくなります。これを記憶固定と呼びますが、大脳皮質に記憶固定が起こればその記憶は海馬の中に存在している必要はなく、新生した神経細胞が、既存の神経回路に組み込まれる過程の中で不要になった学習・記憶痕跡を"分断"し、新たな学習や記l憶をしやすくしているという説もあります。今のところどちらが正しいのかわかりませんし、またこの両方の役割があるのかもしれません。・・・<

 

 上記記事では、新生された神経細胞の役割として二つの説が紹介されている。前者は、新生細胞が新たな記憶定着を橋渡しをしている説(「記憶定着容易化説」と呼べそう)、後者は、新生細胞により既存の短期記憶を分断して読めなくし新たな短期記憶の容量として使えるようにしているする説(「短期記憶容量新規フォーマット説」と呼べそう)と整理できるのかもしれない。

 進化的に考えると、神経細胞の新生が海馬で顕著であることから、短期記憶と密接に結びついているはずで、後者の方がより高い役割なのであろうと推測される(前者であれば、脳の全領域で神経細胞の新生が活性化した方が有利になると思われるが、現実はそのようになっていないようであるため)。

 海馬については、よく使われる部分ということでエネルギー需要が高くなっているほか、神経細胞の新生も併せて行う必要があり、エネルギー需要が一層高まっているとみられ、アルツハイマー病の初期症状としては短期記憶の機能低下が出やすくなっていると解釈できるだろう。(A1-b了

 

 

 前振り的な問 Q1 の答えが長すぎて既に興味を失った人も多いかもしれないが、逆に多少興味が湧いてきた変人がいるかもしれないので、気にせず次の問に移ろう:

 

問Q2. アルツハイマー病の原因は何か。

A2)微生物、高血糖、血流障害という3つ要因が組み合わさったものだろう。これらの共通点は、神経細胞におい燃料不足からくるエネルギー生成不足(ミトコンドリアの機能障害)を引き起こすことにある。
 この3つの病因を元にアルツハイマー病を区分してみると、1つの典型例と2つの非典型例に区分できるのではないだろうか(アルツハイマー病の三病因混合仮説。注2):


1. 典型:燃料掠め取られ型(微生物性エネルギー不足)
 特徴:タンパク質アミロイドβの蓄積を伴う。加齢と密接に関連し通常高齢で発病。
2. 非典型:燃焼不足・燃料取込み不足型(高血糖性、又は血管性(血流障害性)エネルギー不足)
 特徴:アミロイドβの蓄積は直接関与しない。糖尿病や脳梗塞・脳出血になり易いなどの体質であれば、若年でも発病し得る(若年性アルツハイマー病)。 

注2)以前の記事でアルツハイマー病の微生物原因説を個人的に支持すると書いたが、より正確に言えば、「アルツハイマー病の微生物主因説」を支持する。ということになろうか。(A2了

 

 この説明だけでは分かりにくいかもしれないし、この記事の最重要部分にあたるので、この答えに関連する更問を設けてみると、以下のようになるだろう。先ずは微生物性のアルツハイマー病因に関し:

 

更問Q2-a. アルツハイマー病の一因とされる微生物は、どこから来たのか。

A2-a)元々体内に住み着いている微生物(腸内細菌、ウィルス、真菌など。「常在共生体」)が多いというか、ほとんどと考えられる。これらが神経細胞内に細胞内共生・感染を起こすと、ミトコンドリア向けの資源(燃料あるいは酸素)を奪うことから、エネルギー不足が生じ易くなる(もしかするとATP生成後の段階で奪われることもあるかもしれない)。
 ミトコンドリアの機能障害によるエネルギー不足は多くの病態に関連しているようで、以前の記事でも触れたように西原克成氏の著作「究極の免疫力」(2004年)によれば、(アルツハイマー病を含む)難病・免疫病の原因の多くは、免疫機能の脆弱性を突いて体内に侵入する微生物(病原体ではない、腸内細菌、ウィルス、真菌などの常在共生体が主)による細胞内共生・感染である、としている(「難病免疫病の微生物主因仮説」とでも名付けておこう)。

 更に補足しておくと、血液は古くは微生物フリーと考えられていたものの、そうではないことが分かってきている(例えば、歯石取りをすると、90秒後には口腔内の細菌が血管内をうろついているとされる。このため最近では献血制限もあるらしい)。脳はデリケートな組織でありその血管網には脳血液関門という機能的なバリア機能が存在すると考えられており、異物を通さないとされているが、実際には脳内で200種以上の微生物が見つかっている。全身の血管内を常在共生体がある程度うようよしているという構図が現実に近いイメージのようである。西原氏が前述の著作で提唱している考え方(常在共生体による長期的な影響)を歯科医以外的にも理解しやすい発想でまとめてみると、次のようになるだろう:


常在共生体気まま活動仮説
・ヒト体内では、常在共生体が宿主のために尽力する気など更々なく勝手気ままに活動している。このため、共生体による緩慢侵襲圧(その実態は防御壁を越えてきたものが細胞内共生・感染することに起因する異常とその蓄積)が常に生じている。同圧は体細胞と「低分裂細胞」(卵母細胞(生殖細胞の一種)、分裂終了細胞など)とでは作用が異なる。
・体細胞への緩慢侵襲圧の影響は、新陳代謝があるので、想定外の高い圧力や免疫力の低下がなければ排除可能とみられる(排除できなければ、若年での免疫病・難病へと発展し易いだろう)。高齢の場合、加齢による免疫力の低下、侵襲域の増加など不可避の面もあり、この影響が無視できなくなることもあるだろう。
・低分裂細胞への同圧の影響は、新陳代謝がほぼないことから圧力の強さと暴露時間の長さの兼ね合いで決まることになるが、時の経過とともに恒常的共生による長期的影響が避けられないので、結局加齢とともに正常に機能する細胞数が徐々に減少していくことになる(特に卵母細胞、脳神経細胞、筋細胞など)。

 

 ここまで来たのでついでに紹介しておくと、西原氏によれば、蕁麻疹も微生物が原因の病態であるとしている(体内に侵入した常在共生体が皮膚近くで細胞内共生・感染した際に、何かをきっかけとして除去するために強めの免疫応答がおこり、これが皮膚に症状として現れるものが蕁麻疹。更に言えば、蕁麻疹が間断なく継続して起こるものがアトピー性皮膚炎にあたる)。多分これが最もありがちな「常在共生体病」であるとみられる。(A2-a了

 

 次に高血糖性のアルツハイマー病因に関する更問を挙げておこう:

更問Q2-b. アルツハイマー病の一因とされる高血糖により引き起こされる問題は、どのようなものか。

A2-b)高血糖の問題の背景には、インスリンの作用の不足がある。細胞内の糖(グルコース)の濃度は普段より高まるものの(細胞膜上の非インスリン依存型糖輸送体(GLUT4以外のもの。脳の細胞ではGLUT1やGLUT3が発現)は、濃度勾配で糖を取り込むようで高血糖では多く取り込むことになるようだ)、インスリン作用不足のため解糖系によるエネルギー生成が高まらないことからエネルギー不足を引き起こし、更には別の問題を引き起こすことになる。この点については、冒頭の清水氏の別の記事が簡潔にまとめているので、紹介して答えに替えてみよう:

ポリオール経路は認知症にも関連  -2023年5月19日
https://promea2014.com/blog/?p=22208
アルツハイマー病では脳のブドウ糖の取込みが低下すると考えられていますが、もしかしたら脳のグルコースレベルが上がり過ぎて、脳のブドウ糖を取り込むGLUT活性の低下が起きているのかもしれません。そして、脳に溜まったブドウ糖の利用、クリアランスが低下し、ポリオール経路が増加し、ソルビトールやフルクトースが増加しているのかもしれません。ポリオール経路などの回路が促進されると酸化ストレスが増加し、解糖系が最後まで回りづらくなり、さらにポリオール経路が促進されてしまいます。
 グルコースの増加、フルクトースの増加は有害なAGEs(終末糖化産物)の増加をもたらします。脳はブドウ糖も上手くエネルギーにできないし、AGEsも増加するので、どんどん機能低下を起こすのでしょう。(A2-b了

 

 最後に血管性(血流障害性)のアルツハイマー病因について補足しておこう。

 血管が関与する認知症類型には別途「脳血管性型認知症」(認知症全体の約2割)というのがある。論理的に言えば、血管性の病因のものは全て同病に整理した方がよいとも考えられるが、どうも現実的には、画像診断による異常所見(脳梗塞、脳出血、多発脳梗塞など)がないと同病に区分されないようで、結果としてアルツハイマー病の区分に落ち込んでいるものがあるように見受けられる。

 また、太い血管周囲の神経細胞内なら一緒にいる常在共生体のために余分の燃料・酸素も取り込んでやろうという太っ腹なミトコンドリアがいるかもしれないが、細い毛細血管の先の片隅にいる神経細胞だと、血管が運べる燃料・酸素の上限がボトルネックとなりそうもかないだろう(このような状況だと、血管性か微生物性かの区別は判然としなくなる)。

 


 最後の3番目の問に移ろう。アルツハイマー病と言えばタンパク質アミロイドβを思い浮かべる人も多いだろう(アルツハイマー病のアミロイドβ原因仮説に基づく新薬が国内で発売されたようで、この仮説を信奉する人もまだ多そうだ)から、これらの関係をまとめおいた方がよいだろう、というのが問3の趣旨である:

 

問Q3. アミロイドβとは何か、蓄積するのは何故か。


A3)アルツハイマー病の微生物主因説の立場からすると、たんぱく質アミロイドβは、免疫応答物質の一種である、ということになる(アミロイドβの免疫応答物質仮説)。この点については、以前の記事でも触れたニクラス・ブレンボー氏に登場してもらおう。雑誌「プレジデント」のサイト "PRESIDENT Online" の記事から:

「認知症になりたくなければデンタルフロスを習慣にしたほうがいい」 北欧の分子生物学者がそう説くワケ 治療薬はなく、自然寛解もない恐ろしい病気 -2023/01/18
https://president.jp/articles/-/65373
記事2頁目の後段>ではアミロイドβが重要だとしたら、その機能は何だろうか。最も可能性が高いのは微生物と闘う武器になることだ
 微生物の培養液にアミロイドβを入れると微生物が死ぬことを科学者たちは発見した。アミロイドβは微生物の周りに凝集し、無力化して息の根をとめるのだ。さらには、念のため、厳重に保存する。このみごとなメカニズムが起きるのは実験室で培養した微生物に対してだけではない。
 マウスの脳に細菌を注入するとアミロイドβはさっそく活性化し、細菌の周りに集まって塊を作る。そのため、アミロイドβを持つマウスは細菌を注入されても生き残りやすいが、アミロイドβを持たないマウスは細菌によって死ぬ。さらに、アルツハイマー病の遺伝子研究から、この病気の発生に免疫システムが何らかの役割を果たしていることがわかっている。<

 

 別の例を挙げれば、頭部に外傷を受けた際に周辺にアミロイドβが蓄積する場合があるが、この蓄積は傷が治るとともになくなっていくという現象がみられるらしい。
 アミロイドβの蓄積に関し、異常なタンパク質の蓄積であり分解がかなり難しいと捉える、アミロイドβ原因仮説に親和的な立場を採るならば、外傷の治癒とともに蓄積が消滅する理由を別途説明する必要があろう。
 他方、アミロイドβの免疫応答物質仮説の立場からすれば、特段説明が不要な現象にあたるが、念のため書いておくと、外傷の出現で微生物がやってきたが外傷が治癒するにつれて微生物も除去され、免疫応答物質たるアミロイドβの蓄積も不要となり分解されてしまった、という説明になろう。

 脳内のアミロイドβの蓄積は、発病の20-30年前から始まるとされている。目安としては、高齢の70歳前後で発症するとして40代半ばあたりから蓄積が始まるということになるだろう。
 加齢により蓄積量が増えるのは、前述の常在共生体の気まま活動仮説を前提とすれば、緩慢侵襲圧が加齢により累積するため神経細胞に細胞内共生・感染する常在共生体が徐々に増加し、それに応じて免疫応答物質の蓄積も増加してくる、という説明になるだろう。(A3了

 

 以上のように、いろいろな仮説(ミトコンドリア機能病理論仮説、ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説、難病免疫病の微生物主因仮説、常在共生体の気まま活動仮説、アルツハイマー病の微生物主因説・三病因混合仮説、アミロイドβの免疫応答物質仮説)を使って長々と妄想に近い内容を展開してきた気もするが、様々な現象を筋を通して整理できそうな印象を受ける方が強いので、(スタチンは認知症を進行させるの解説として)当たらずとも遠からずぐらいにはなっているのではなかろうか。

 最後に、最近の記事を一つ取り出して疑問を投げかけておこう(偶然の一致なのか、そうでないのか???)。科学情報サイト「ナゾロジー」の記事から:

会話内容の理解スピードは40代半ばから低下し始めると判明 -2023.10.10
https://nazology.net/archives/135894
>その結果、話し言葉を理解する速さは20代半ば〜30代前半でピークに達することが判明しました。
以前に行われた類似研究では、16〜18歳でピークに達すると示唆されていたので、これは言語の理解スピードが予想よりずっと遅くまで発達を続けることを示す結果です。
その一方で、このピークはそれほど長くは続きませんでした。
実験では、話し言葉の理解スピードは40代半ばを境に低下する傾向が見られたのです
これは先ほどと反対に、従来の予想よりずっと若い年齢でした。
また66歳〜78歳の高齢グループでは、事前の予想通り、他の年齢層に比べて話し言葉を理解する速さが遅くなっていたとのことです。<


血糖降下薬による筋肉減少(清水氏23/10/4記事関連)

2023年10月11日 | 生物医学ネタ絡み

 真核細胞のミトコンドリアにおける燃料選択(エネルギー生成のための基質として脂肪酸かグルコースかの選択)の制御機構はどうなっているのか。
 この疑問点について少し前から考えているのだが、現象が複雑過ぎてサブ細胞レベル(ミトコンドリアが中心的役割)でのATP恒常性とはかなりの距離があるようでまとまった話にならない(定性的な議論では話が進展しない感じ)。
 ということで、逆に巨視的な方向の細胞レベルに戻して尾ひれを切って、中間段階のものを備忘録に残しておこうかと思う(忘れてしまうので・・・)。
 
 また、ブログ「ドクタースミズのひとりごと」の、二つの血糖降下薬に関する次の記事に関連させてまとめていこう(なお、GLP-1 はインクレチンの一種 Glucagon-Like Peptide 1 、SGLT-2 は細胞膜上の輸送体の一種 Sodium GLucose co-Transporter 2 のこと):

糖尿病においてGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬で起こる筋肉量の減少 -2023年10月4日
https://promea2014.com/blog/?p=23955
筋肉減少リスクに関し:>上の図と表は体重変化が体組成の何が変化したのかを分析しています。全体の1年間での体重変化(総脂肪量と総除脂肪量の減少の合計)はセマグルチドで-5.7kg、カナグリフロジンで-4.1kgでした。
内臓脂肪量はほとんど減少していませんね。注目すべきは除脂肪量の減少です。セマグルチドで-2.26kg、カナグリフロジンで-1.48kgでした。セマグルチドでは体重減少の約40%、カナグリフロジンでは約36%が除脂肪、つまり筋肉の減少で起きているのです
・・・
通常糖質制限では筋肉は減少しません。体重減少の効果を得るために、人間にとって非常に重要な筋肉量を減少させる必要はありません。これらの薬で体重減少があるから処方している医師のどれほどが、筋肉量減少の危険性を説明しているでしょうか?<

筆者注:GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)、SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)

 

 減量したい人にとって体重減少のほとんど100%が脂肪ならうれしいところだが、血糖降下薬による減量においては、その約6割でしかないない(筋肉減少が減量分の約4割を占める)らしいが、なぜだろうか(なお、上記のデータは糖尿病の治療薬として服用した際の副作用(減量)のものなので、念のため)。
 この疑問点について、上述の記事を受けて小問にばらしてみると、次の形になるだろうか:

Q1- 糖尿病の人は一般に筋肉が減少しやすいとされているが、なぜか。
Q2- GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。
Q3- SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。

 

 これらの論点に関して、糖質食は越冬準備用の食餌だろう(糖質食の越冬準備食仮説)という前提で、進化的に考えてみると、その結論を先に書いておくと以下のようになるのではないか:


 
A1) 糖尿病の人は筋肉が減少しやすいとされているのは、糖質食はそもそも脂肪蓄積モードであり、脂肪の燃焼より糖(グルコース)の燃焼が選好される結果(燃料選択において「脂肪温存の制約」があると言えそう)、糖新生の依存も高まりタンパク質がその原料に使われる機会が多くなるからだろう。

 

A2) GLP-1受容体作動薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、高タンパク食を仮装する面があり特に筋肉が減少するのだろう(高タンパク食の仮想により体内でのアミノ酸の分解・燃焼が高まるものの、それに見合う分を腸から吸収できないため、筋肉のタンパク質が調達され易くなるとみられる)。
A3) SGLT-2阻害薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、人為的に糖を尿に排泄して血糖を低め誘導するので、糖新生が普段より高まることからその原料不足に陥ってケトン体生成も高まる(ケトーシスにもなり得る)ものの、脂肪温存の制約の下で、筋肉のタンパク質が糖新生の原料として(普段はしないはずの水準で)調達され易くなっているのだろう。

 

 以上からすると、脂肪温存の制約が生じる食事法(農耕食など)において体重減少させる場合は、タンパク質の割合を高めておかないと、あるいはかなりの身体活動(狩猟採集民や初期の農耕民と似た水準)を日常的にして筋肉を使っておかないと、筋肉を溶かしてしまい元に戻らないのではないだろうか。

 

 ついでに後から使うかもしれないので一応備忘録として、糖質食の越冬準備食仮説の下で、進化的に考えてみた狩猟採集食と農耕食の特徴をそれぞれまとめたので、文末に脚注として置いておこう(これらを使って上述の議論を膨らまして展開しても、その内容の本質は上述の内容と変わらないと思われる)。

 

 付加価値が低そうな長い議論を書くことを避けるとしても、今後の参考になりそうな点は幾つか付け加えておこう。
 上記の Q1 に関連して、農耕食(穀物主体ゆえに高糖質)を取っていると毎回血糖が上昇することなるが(糖尿病の人は特にそうだろう)、血糖の上昇が筋肉のタンパク質の分解を促すことが判明しているようだ(これは、血糖値がある程度上昇する場合には、脂肪よりタンパク質を燃やす傾向になることを示していると思われ、脂肪温存の制約を守るための仕掛けの一環とみられる)。神戸大学のサイトの記事から:

糖尿病で筋肉が減少するメカニズムを解明 -2019/02/22
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2019_02_22_01.html
>研究の背景
 高齢者では、筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がることが知られています。加齢による筋肉の減少と活動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康障害の一つです。
 糖尿病患者は高齢になると筋肉が減少しやすいこと、すなわちサルコペニアになりやすいことが知られていますが、そのメカニズムはよく解っていませんでした。糖尿病はインスリンというホルモンが体の中で十分に働かなくなることによって起こる病気です。インスリンには血糖値を整えるだけでなく、細胞の増殖や成長を促す作用があるので、インスリンの作用が十分でなくなると筋肉細胞の増殖や成長が妨げられて、筋肉の減少に繋がるという仮説も提唱されていました
 小川教授らは今回の研究で、血糖値の上昇自体が筋肉の減少を引き起こすという、従来、全く想定されていなかった糖尿病による筋肉減少のメカニズムを明らかにし、その際に重要な働きをする2つのタンパクの役割をつきとめました。<

 

 次に Q2のA に関しては、GLP-1受容体作動薬は人為的に体内のGLP-1濃度を高めるものだが、本来GLP-1濃度と高タンパク食とは関連しているようで、それについては日本スポーツ栄養協会のサイトの記事から:

高タンパク食で食欲抑制ホルモンの分泌が亢進するが、反応の仕方は性別により異なる -2022年01月29日
https://sndj-web.jp/news/001660.php
> 食欲関連ホルモンの血中レベルは以下のように変化した。
 食欲抑制ホルモン
  ・・・
  GLP-1
グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide 1;GLP-1)は、高タンパク食条件では、空腹時値が初日1.62 ± 3.32pM、2日目1.15 ± 3.09pM、対照条件では同順に1.62 ± 3.28pM、1.48 ± 3.26pMであり、介入により高タンパク食条件ではマイナスに大きく変化しており、有意差は境界値だった(p=0.05)。
一方、食後のGLP-1濃度は、高タンパク食条件では4.21 ± 5.19pMであるのに対して、対象条件では2.59 ± 4.18pMであり、高タンパク食条件のほうが有意に高値だった(p<0.001)。 < 

 GLP-1受容体作動薬を服用すると、食餌が高タンパク食でなくともGLP-1高濃度という状況(腸で吸収しようにもアミノ酸は豊富にない状況)になっているため問題を起し易くなるのだろう。

 

 最後に三つのQに関連し、ランドル効果仮説というのがあるらしいので、触れておこう(同効果は、より正式には "Randall cycle", "(Randle) glucose-fatty acid cycle" なので「ランドル回路」「(ランドルの)グルコース・脂肪酸回路」あたりか)。この仮説は、1963年に提唱されたものの長らく他説に埋もれていたようだが、最近妙な方向に蘇らせる動きがあるようなので・・・。
 まず、同効果の内容については、当初ははっきりしていたかもしれないが、現状では人によってその内容が少しづつ異なっているようだ(最近では、以下のウに近いものが多いのではないか):

ア- 細胞は、糖を利用しているときには脂肪は使えず、逆に脂肪を利用しているときは糖は使えない、という趣旨(排他的な原理のような意味)
イ- 細胞は、糖の燃焼が高まると脂肪酸の燃焼が減り、また逆に、脂肪酸の燃焼が高まると糖の燃焼が減る、という趣旨(他方抑制的な原則のような意味)
ウ- "Metabolic fexibility" (代謝の柔軟性。つまりエネルギー代謝における燃料〔エネルギー基質〕選択の柔軟性のこと)と似たような趣旨(関連性、相互作用がある程度のかなり緩い意味。 "metabolic fexibility"の趣旨でただ "glucose-fatty acid cycle" と書いてあるものもあり、分かりにくい)

 ランドル効果仮説の当初の内容とみられるものについては、このあたりが詳しいと思われる。学術情報の検索サイト"academic-accelerator"の次の記事から:

ランドルサイクル Randle Cycle
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/randle-cycle
>序章
グルコース-脂肪酸サイクルとしても知られるランドルサイ​​クルは、基質をめぐるグルコースと脂肪酸の競合を伴う代謝プロセスです。・・・<

 

 同仮説は上記記事の内容であるとの前提で考えれば、同説は、個人的には奇妙な話のように思える。
 同説では、糖(グルコース)を主燃料とするときの制御用の経路(余剰の糖を原料として脂肪合成している際に合成が滞った時に糖の処理を少し抑える経路)の一部を取り出して、エネルギー生成用燃料の糖⇔脂肪酸の切り替え時に影響を与えるとしているからである(生化学的にみれば、脂肪酸から糖への切替え(便宜「逆方向」と定義)のときには関係経路はそもそも使われそうもない経路にあたると思われる。特に細胞質でのクエン酸の蓄積は起きないのではないか)。
 とは言え、糖から脂肪酸への切替え(「順方向」)のときには、同効果に類似したものが働いている可能性を排除するものではない(仮に働いているなら「順方向のランドル様効果」とでも名付けておいて(実質的には上述の「脂肪温存の制約」に類似)、逆方向は引き続きあり得ないとの立場としておこう)。

 また、その後のより新しい研究でも、ランドル効果仮説にはいろいろ疑問が呈されている。例えば、同効果は骨格筋でのインスリン抵抗性を説明しないかもしれない、という報告もある(同抵抗性のある骨格筋では普段は糖の酸化が高まっていて、インスリン作用時には糖の酸化が弱まるという"代謝の非柔軟性"がみられるらしい。ランドル効果的には、普段は弱まっていてインスリン作用時に高まるはずという予想になる)。米国政府系の医学文献検索サイト"PubMed"の記事から:

Fuel selection in human skeletal muscle in insulin resistance: a reexamination - 2000 May
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10905472/
>... However, results obtained with rodent or human systems that more directly examined muscle fuel selection have found that skeletal muscle in insulin resistance is accompanied by increased, rather than decreased, muscle glucose oxidation under basal conditions and decreased glucose oxidation under insulin-stimulated circumstances, producing a state of "metabolic inflexibility." Such a situation could contribute to the accumulation of triglyceride within the myocyte, as has been observed in insulin resistance. Recent knowledge of insulin receptor signaling indicates that the accumulation of lipid products in muscle can interfere with insulin signaling and produce insulin resistance. Therefore, although the Randle cycle is a valid physiological principle, it may not explain insulin resistance in skeletal muscle.<
 

 なんとなくまとめておくと、細胞レベルでの燃料選択(脂肪酸と糖)については、二つの燃料の間に相互作用があるようだが、生化学的な経路レベルでの統一的した構図ではっきりと示すことができない(場合場合によって使われる経路が異なる)、ということだろう。

 

脚注1)進化的にみた狩猟採集食と農耕食の特徴(糖質食の越冬準備食仮説を前提として)

 狩猟採集食(低糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は脂肪酸主体で糖・ケトン体を補助的に利用

A. 食性の意義:食性はエネルギー非貯蓄モードであり、なるべく脂肪酸を利用する方向へ制御される。制約なしに脂肪酸を利用できるので、脂肪組織から取り崩してガンガン燃やし(糖新生の原料不足などでTCA回路(クエン酸回路)が回りにくい状況でも)ケトン体生成もできてケトーシスにもなり得る(赤血球以外はケトン体でも利用可能)。
B. 栄養素の吸収:食餌(高脂質気味が多い)中の脂肪酸は、脂肪組織から一時的に取り崩し過ぎた分や直ぐに燃やす分だけを吸収(血中の遊離脂肪酸が減れば吸収)し、使わないなら吸収せずに排泄することで脂肪を増やし過ぎないよう調節されている。糖質はほぼ全吸収で、アミノ酸(糖原性のものはアミノ基を外して糖の代わりとして利用可能)については、高タンパク気味の食餌が多く体内に吸収できないときは排泄される。


C.  ATP不足への対応:細胞内のATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)不足のときは遊離脂肪酸の不足であり、腸からの脂肪酸吸収や、脂肪組織での脂肪分解(インスリン基礎分泌の低下による)を高めることが選好される。
D. 体重への影響:狩猟採集のため野生動物のように引き締まった体で身軽に動ける状態を維持する必要があり、余剰の脂肪の他、余剰の筋肉も生じにくい(また、身軽でいようとすると、グリコーゲン貯蔵は水分子を抱え込むため過体重になりやすく増やしにくい)。


E. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(狩猟採集民は1日当たりの移動距離は、男性で15km、女性で10Km程度と言われる。仮に糖不足で筋肉を一時的に溶かしても、高タンパク食のことが多く高活動下では直ぐに補充可能だろう)。現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っているが、個々人の本来の体重・体形を維持する方向に遺伝因子により自動制御される機構が元々備わっていて利用できることから、問題は顕在化しにくい(脚注2)。

 

⇔農耕食(高糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は糖主体で脂肪酸(・ケトン体)を補助的に利用

a. 食性の意義:食性はエネルギー貯蓄(脂肪蓄積)モードであり、糖から脂肪を合成し、また、既存脂肪の分解へ減らす方向へ制御される(なるべく食餌由来の糖を利用)。元々は季節変動に対応した食性で本来は常用的なものではなく季節的なものであり、脂肪蓄積の効率化のため食欲が亢進するように設定されている(農耕食が常食化した後の歴史は浅く(1万年前後)、常食化に伴う問題が生じた際に遺伝因子による自動制御はほとんど期待できない)。
b. 栄養素の吸収:食餌(低脂質気味が多い)中の糖質はほぼ全吸収で、脂肪酸については、脂肪組織・肝臓での脂肪合成により血中の遊離脂肪酸が減る場合には腸でどんどん吸収が高まる(アミノ酸については、低タンパク気味の食餌が多くほぼ吸収されるのだろう)


c.  ATP不足への対応:細胞内のATP不足のときは糖不足であり、肝臓でのグリコーゲン分解や糖新生を増やすこと(グルカゴンなどのインスリン拮抗ホルモンの分泌増による)が選好される。糖新生の原料(乳酸などの糖の代謝物。脂肪酸は原料として使えない)はそれほど不足しないので(糖は食餌の際に毎回潤沢になるため)、糖新生への依存度は高くなっている(それによりATP需要が満たされる結果、普段はケトン体生成はほどほどでケトーシスにはなり難い)。
d. 体重への影響:糖主体の燃料を燃やすことから、余剰グリコーゲンが増える(糖質食から糖質制限食への移行直後に体重が即座に減る分に相当。そもそも越冬用に脂肪を付けることを目指しているので、体重が多少増えても身体活動面的にも無問題なのだろう)


e. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(農耕民も、かつてはかなりの身体活動をしていたので問題が顕在化しにくかったようだ)。しかし、現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っており、そのような歴史は浅いことから問題(肥満、過食など)に対し遺伝因子による自動制御が期待できる筈もない(脚注3)。

 

脚注2)進化的にみれば、元々狩猟採集食と、かなりの身体活動とはセットなのであろう。瘦せ型の人が糖質制限食を導入しようとするとトラブルが多くみられる傾向があるが、これには現代人の身体活動の低さが影響していると思われる。
 また、糖質制限食を導入していると筋肉が攣り易くなる人が一定数いるようだが、低身体活動からくる血流循環不足(遺伝子想定的以下という趣旨)でマグネシウムの循環が悪くなっていることから起こっているものと推測される。

脚注3)このため、農耕食の現代人で低身体活動の者では、その時々の状況に応じ随意系での制御のための個別の判断が必要なはずだが、上述a.の食欲亢進の設定と競合し上手く制御できずに問題化する例は少なくない。


制酸剤による免疫抑制作用

2023年10月01日 | 生物医学ネタ絡み

 現代医療、特に内科的医療は西洋薬に頼り過ぎている嫌いがある。

 治療ガイドラインで生活習慣の改善とあっても、臨床現場で食事療法などが考慮されることは多くはないだろう。現場経営の事情から、症状に応じて薬がつぎつぎと追加されていき、高齢者になると多剤併用はよくみられる現象である。
 このため残念ながら健康法を考える際には、いかに不必要な薬剤に近づかないようにするか、という点が重要になってきている。薬剤の副作用に関する知識を身につけないと、健康法によるメリットなど吹き飛んでしまう状況にある。

 

 ということで今回は絡みというより備忘録的に、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の、制酸剤の一種プロトンポンプ阻害薬(PPI、Proton Pump Inhibitor)に関する次の記事を取り上げよう:

PPI(プロトンポンプ阻害薬)は死亡率を増加させる -2023年9月28日
https://promea2014.com/blog/?p=23472

 

 胃薬で死亡リスクが増加するのは何故だろうか。

 この疑問点についてまとめて以下にメモしておこう(すぐ忘れてしまうので・・・)

 

 胃液(1日当たり1.0-2.5L分泌。pH1-2)の主成分である胃酸は、ペーハー(pH)1前後の強酸(塩酸)であり、粘膜が損傷していたりすると胃や周辺組織を傷つけることになる(胃を通過すれば、腸液はpH8.3前後で、2-3L/日の分泌で、胃液は中和される)。
 胃酸の過剰分泌や逆流によって起こる疾患には、消化性潰瘍(胃、十二指腸)や逆流性食道炎などがある。前述の薬は、そういった際に胃酸の分泌を阻害して症状を緩和することを意図している。

 対症療法の西洋薬でも1-2週間以内の短期間で服用する場合には有益なものも多いと思われるが、服用が2週間を超えてくるようならメリット・デメリットを慎重に検討する必要があろう。

 

 胃酸は、進化的にみれば約3億5千万年前から脊椎動物において存在し、個体の生存に有利に働いてきたようだ(ワニなどの爬虫類は、咀嚼機能がないので食餌を丸呑みにて消化する必要がある)。胃液の役割は、主に二つある:

 - 外来体(異物)の殺菌・増殖の抑制、
 - 強酸による作用で栄養素の消化吸収を助けること。

 ヒトにおいて胃や周辺組織を溶かすほどの強い酸性度になっているのは、上記の二つの役割を果たすためにはその水準の酸性度がないと困るからということになる(生体エネルギー論的にみれば、より強い酸性度を維持するのにはエネルギーの支出がより必要になることから、そもそもその水準が不用なのであれば減衰していくはずである)。


 結局、PPIを長期服用すると、胃液の役割を阻害することから次の二つの副作用が起こり得て、これらが関連する病態が現れる可能性が高まることとなろう:

 - 免疫力の低下(注1。特に胃による侵入防御能力の低下)
 - 栄養素の消化・吸収障害

 

(注1)このブログでは当面、疫を免れる力(免疫力)は、
- 外来体(異物)の侵入防御能力(皮膚、粘膜などが担う、いわゆるバリア機能)、
- 老廃物・異物の除去能力の余力(白血球が担う機能の予備力)
という二つの能力の兼ね合いで決まると整理していこうと思っているところ(将来的にアレルギーの話をする際に便利そうだから)。
 このように整理すると、PPIは胃液の酸性度を低めて本来殺菌されるべき食餌中の微生物が胃を通過するのを助けることになり、PPIも免疫抑制剤の一種と言えよう。

 

 西原克成氏の著作「究極の免疫力」(2004年)によれば、難病・免疫病の原因の多くは、免疫機能の脆弱性を突いて体内に侵入する微生物(病原体ではない、腸内細菌、ウィルス、真菌などの常在共生体が主)による細胞内共生・感染である、としている。
 PPIの長期服用は、胃を通過する外来体たる微生物の量を増やし健全な腸内細菌叢を乱すこととなり、ひいては腸菅膜における侵入防御能力を低下させ体内に侵入する微生物の量を増やすのだろう。いわば自ら脆弱性を提供してしまう状態になっているのである。
 腸管周辺で免疫細胞の7割が活動するとされており、体内に侵入した微生物に対しては残りの3割の免疫細胞(その主な仕事は新陳代謝のための古くなった組織の除去であり(1日当たり0.8-1.0kgの組織を除去するといわれる)、疫を免れる力を発揮するのは更にその一部に過ぎない)で対応する必要がある。腸菅膜から侵入する微生物や毒素の量が増えると、問題が増えるのは必然と言えるだろう。

 

 PPIの長期服用に関連する病態は幅広いが、とりあえず前述の二つの副作用で区分してみると次のようになろうか:

 

〔免疫力の低下(胃のバリア機能の低下を通じたもの)関連〕
 小腸細菌過増殖、腸管感染症(細菌性腹膜炎)
 大腸炎、膠原線維性大腸炎(collagenous colitis)
 胃ポリープ、胃カルチノイド腫瘍
 がん(胃がん、大腸がん)
 肺炎
 認知症
 間質性腎炎、腎機能障害
 動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞
 亜急性皮膚エリテマトーデス
 横紋筋融解症

〔栄養素の消化・吸収障害関連〕
 貧血(鉄の吸収低下)
 骨粗鬆症、骨折(カルシュウムの吸収低下)
 その他微量元素の欠乏(マグネシウム・ビタミン)

 

 免疫力の低下関連に区分された病態のうち、消化器系関連のものは、感染リスクの高まりによるものであり、分かり易いだろう。それ以外については、補足説明をしておこう。

 肺炎については、間質性の炎症疾患(間質性肺炎、間質性腎炎など)は前述の西原氏は微生物が主因だろうとしている。間質での炎症が燻ぶっていれば肺炎にも発展し易くなるだろう(肺炎菌は口腔内に常在しているとされる)。

 認知症については、アルツハイマー病が代表的なものだが、西原氏や以前の記事でも言及したニクラス・ブレンボー氏(著作「寿命ハック」(2022年))によれば、同病の原因は微生物であると指摘している(アルツハイマー病の微生物原因説。個人的にもこれを支持)。

 動脈硬化については、最大の原因は血糖の乱高下による血管の損傷だと思われるが、血管が細菌・ウィルスなどの微生物やその毒素に過度に曝露される(血液は古くは無菌と考えられていたが、最近ではそうではないことが分かってきている)ことによる損傷の寄与度もかなりあると推測される。免疫抑制剤の代表であるステロイド剤についても、その長期服用が動脈硬化の病変をもたらすとされており、同じ理屈であろう。

 

 亜急性皮膚エリテマトーデスは、免疫病の一種にあたる。

(参考) 冒頭の清水氏の別の記事によれば、これは氷山の一角の模様:


PPI(プロトンポンプ阻害薬)は自己免疫疾患のリスクを上げる -2021年10月21日
https://promea2014.com/blog/?p=17100
>・・・PPI使用者は非使用者と比較して、
強直性脊椎炎 3.67倍、関節リウマチ 3.96倍、シェーグレン症候群 7.81倍、SLE 7.03倍、全身性血管炎 5.10倍、乾癬 2.57倍、全身性硬化症(強皮症) 15.85倍、炎症性筋疾患(皮膚筋炎および多発性筋炎) 37.40倍、バセドウ病 3.28倍、橋本病 3.61倍、自己免疫性溶血性貧血 8.88倍、特発性血小板減少性紫斑病 5.05倍、ヘノッホ・シェーンライン紫斑病 4.83倍、重症筋無力症 8.73倍、
とものすごいリスク増加を示しています。15倍や37倍という自己免疫疾患もあるのです。<

 

 横紋筋融解症については、筋肉における微生物の細胞内共生・感染が関係しているとみているのだが(難病には脳筋系の病態が少なくないため)、もしかすると栄養素の消化・吸収障害関連で起きているのかもしれない。

 

 以上みてきたように、ある種の制酸剤は、本質的には免疫抑制剤にあたると言えそうだ。
 免疫力を抑制することにより引き起こされる問題は、(一般的に認識されているより)微生物が主因である、あるいは関与する病態が多いことから、多岐にわたっているのだろう。

 

 最後に、そもそも胃酸の過剰分泌や逆流がなぜ起こるのであろうか。
 進化的に考えれば、劇物に相当しそうな液体(胃酸)の取り扱いは、本来その時その時で随意系による個別の判断を要することなしに遺伝因子(不随意・自律系)による自動制御がなされるべき筋合いのものだろう。関係疾患で悩んでいる人がいるなら、なぜ自分の自動制御が機能せずに破綻しているのか、よく考えてみるべきだろう。


ATP恒常性(清水氏23/8/25記事関連)

2023年09月09日 | 生物医学ネタ絡み

〔更新履歴:追記2023-9-10〕

 

 細胞内のATP(アデノシン三リン酸)濃度はどうやって測定するのか、ダイナミックな(動的な)測定は可能なのか?
 西原 克成氏が、生物は細胞ではなくてミトコンドリアが単位だろう、と指摘したことがあって(確か彼の著作「患者革命 目を覚ましなさい!」(2014年)あたり)、この道で話を転がしてみたところ、ATP濃度が重要ということになって上記の疑問に至っていた。ATP濃度の測定、ということで調べても、細かい技術的な話ばかりで少し困っていたところ。
 そのような状況で見かけたのが、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事:
 
   果糖摂取は肝臓のATP貯蔵量を大きく減少させる -2023年8月25日
   https://promea2014.com/blog/?p=23401

 

 関心がかなりあるのでリンク先を含めて隅から隅まで読んでみたところ、「ATP恒常性」という概念があると学ぶことができた。この概念を使うとかなり当初の話を転がすことができたようだ。

 ということで、その成果を含む考察に関し備忘録的にその荒筋をまとめておくと:

 

1・多細胞生物は、(真核)細胞内でATP恒常性を維持しているのだろう(この制御モデルについては、例えば「ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説」)


2・(ヒトの場合の)糖質食は、低ATPを誘導し食欲を亢進させ脂肪蓄積へと向かわせる越冬準備食にあたる(糖質食の越冬準備食仮説)。糖の種類で経路が異なる:
 - ブドウ糖は、追加分泌されたインスリンの作用過剰による食後の低血糖を利用して低ATPへ
 - 果糖は毒性があり肝臓で代謝されるが、代謝時に低ATPを誘導する設定
  (低ATP誘導により果糖がだぶつき貯蓄に回せるのも望ましい方向)

 

 ついでにプロトタイプを書いておくと:

 

3・ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説
 細胞内では生体のATPの95%を賄うミトコンドリアが中心となり、モデルとしては次のように制御するのではないか:
- 恒常性を維持:       平時〔エネルギー代謝は非貯蔵モード〕
- 事前想定内での高ATPの発生:細胞分裂の方向へ
- 事前想定内での低ATPの発生:越冬前など〔エネルギー代謝は貯蔵モードへ変化。他方、細胞自体は低ATPが祟り異物老廃物の除去が滞り早死傾向となり、長期化すると脂肪組織主導の慢性炎症と繋がる模様〕
- それ以外の恒常性の破綻: 細胞死(アポトーシス)へ誘導〔主としてがん化防止のための模様〕

 

追記:


 ついでに、冒頭記事の中に出てくる。身体活動時に細胞内で働き易くなる酵素である、アデノシン一リン酸(AMP)により活性化するタンパク質リン酸化酵素(AMP-activated protein kinase、AMPK)について触れておこう。
 AMPKは、細胞内のATP恒常性を監視して生体のエネルギー恒常性を維持するエネルギー・センサーの役割を果たしている。具体的な働きは:

 

AMPK -バイオキーワード集
 https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/3067.html
 AMPK(AMP-activated protein kinase).細胞内のエネルギー状態を監視し,その状態に応じて糖・脂質代謝などを調節するセリン・スレオニンキナーゼで「代謝マスタースイッチ」とよばれている.低酸素,筋収縮などのエネルギー低下ストレス時に起こるATP低下とそれに伴うAMPの増加によって活性化される.活性化AMPKはエネルギー産生経路(糖輸送,脂肪酸化)を亢進し,エネルギー消費経路(タンパク質合成)を遮断することにより細胞内ATPレベルの回復をはかり,細胞内のエネルギー恒常性の維持に貢献している.

 

 このリン酸化酵素は、運動時に低ATPになりAMP濃度が高まると働き出し、ATPを産生・供給し、運動には無関係な先送りできる細胞機能(グリコーゲン合成,脂質合成,タンパク質合成など)でのATPの消費を抑えることによって、運動時に最大限のパフォーマンスを発揮することを意図した機構と解される。
 エネルギー代謝が貯蔵モードの際には、邪魔な働きを持つ酵素であり、ある程度その働きを阻害する必要性が出てくるのであろう(AMPK活性を阻害の結果、低ATPへ誘導)。


清水氏23/8/31記事関連(高脂血症薬、筋毒性)

2023年09月02日 | 生物医学ネタ絡み

  自分は健康関連の業務の人ではないので、何かインプットがないと論考が進まない状態にある。なので暇があれば "food for thought" (思索の糧)ということで、健康関連の本を読んだり、関係のウェッブ・サイトを定期的に巡回したりしているところ。

 そうすると、ここはこうなんじゃないの、とか突っ込みを入れたくなのことがよくあって、このカテゴリー「生物医学ネタ絡み」ではそういう点を記事化したものを放り込んでおこうかと考えているところ。

 

 とりあえず、その第一弾は、清水氏のブログ記事にしよう:

   ゼチーアの筋毒性 -2023年8月31日
   https://promea2014.com/blog/?p=23657

 大変ためになる記事だったと思われる。過去の経験を踏まえると、同ブログでは別のブログ記事にコメントを入れたこともあるけど、素人の考察は余り歓迎されてない雰囲気がありありオオアリクイ。

 ということで、妄想の類かもしれない内容は関係ない場所で個人の見解としておいた方が無難かと思っているところ。

 

 ということで前記記事に関し、備忘録的に荒筋だけ書いておくと:
 
1・ 高脂血症薬の筋毒性は、ミトコンドリア毒性により低ATPとなる経路のみではなさそう(想定外の低ATPにより筋毒性に繋がるとの前提あり)。
2・ 肝臓での低コレステロールが脂質輸送系を阻害するために起こる、末梢での低中性脂肪により低ATPになる経路も影響していそう。

 

2の補足:スタチン製剤はコレステロール合成阻害、エゼチミブは胆汁酸循環阻害で、肝臓での低コレステロールを招く(後者は合成増量できれば影響を緩和し得る)
→ 肝臓はVLDL(いわば中性脂肪の運搬船)の減便で対応し、末梢へ行く中性脂肪が減る(末梢で血糖値を上昇、あるいは脂肪蓄積を増量できれば緩和し得る。肝臓では遊離脂肪酸(長鎖脂肪酸)、中性脂肪がだぶつく一方、LDL-Cの生成(VLDLの抜け殻が原料)は減る)
→ 運動の際に末梢で栄養素不足となり低ATPが発生(既述の緩和措置がいずれも働きにくい人は問題発生の可能性が高まる)

 

3・ついでに書いておくと、
-「NAFLDの肝線維症」については、肝臓での低コレステロールが良いのであろう

-「複数の脂質低下療法に対する不耐性、脂質低下療法を受けていない間の空腹時の呼吸交換比(RER)の上昇、高中性脂肪血症などの共通の特徴を持つグループ」については、記事で指摘のとおり「糖質から脂質への代謝の切り替えが悪い」のだろう(普通の人ほど上手に利用できないため代償的に糖新生を普段最大限利用する傾向がありそう)