ヒト遺伝子想定的生活様式実践法

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微生物の多形態性とバリア機能

2024年04月18日 | その他健康・医療

 

 以前の2/1付記事(リンク)では、免疫力は、異物の侵入防止能力と異物の除去能力の兼ね合いで決まってくるのだろうと考えたが、何故そのような考え方がよいのだろうか。

 前者の能力は、生体と外部との境界で異物を排除する働きである。生体内部での異物除去能力がほぼ一定と仮定すれば(同能力は鳥類・哺乳類では体温とよく相関)、境界から内部に侵入してくる異物が多くなれば、体内では異物への対応がより遅れる状態が発生し、免疫力が低下したと捉えることができるだろう。つまり、ここでは免疫力の低下の実質は、体内の異物の処理遅延とみていることになる。

 動物の周囲には、多数の微生物が存在している。微生物の生活史を踏まえると、生体内に紛れ込んだ微生物の処理が遅延すると問題が起こり得ることとなる。これは、時間の経過により微生物が増殖して数が多くなるからという面もあるが、単に数量が増えるだけでなく微生物は質的にも変化し独自の防御壁(バリア)を構築できるからでもある。

 

 このブログでは、このところ難病・免疫病は常在共生体が原因のことが多いと基本考えているので、ここで微生物の生活史について復習しておこう。

 

 生物と外部との境界にあたる体表や管腔組織(消化系、呼吸系など)では、細菌・真菌・ウイルスなど(便宜ウイルスを含んだ趣旨にて以下「微生物」)が共存している(千種類以上で数万種類ともいわれる)。

 進化的にみれば、生物が群落化して生活している所では、生物同士の共生は当初からみられた現象だろう。栄養素が競合するため奪い合いもあっただろうし、排泄物を栄養素にできたりして有機物を融通し合うということもあっただろう。その後、免疫系(異物除去能力が主体)が発達するのは相当進化が進んだ後からであり、そのような時代になっても微生物との共生を完全に排除する方式にはなっていない(免疫系がかなり発達した鳥類・哺乳類でも境界を無菌にはしていない。注1)。つまり、体表や粘膜などの境界で侵入防御壁(バリア)がある部分は、必然的に生物(宿主)とこれらの境界に常在する微生物(常在共生体。寄生体ともみられる)が共創する生態系となっているのである。


注1) 現存の生物種は、生体エネルギー論的に効率化するため、境界の生態系の何らかの維持・管理法を身につけているのだろう。境界の生態系は、宿主の形質形態や生活様式が変化すれば自ずと変わっていくはずだが(例えば、ヒトはチンパンジーとの共通祖先から進化)、その制御が上手くいかないと宿主の進化の道が閉ざされてしまうか、他の生物種との競争に負けてしまうことになると考えられる。仮に境界を無菌化する宿主が現れても、生体エネルギー的にかなり消耗してしまい効率が悪くなり、微生物と上手く共存して自身に役立つよう利用できた生物種にかなわないのであろう。また、境界の生態系としては、有機物を融通し合う形態の方が競合して互いに消耗する法より優位に立つことが多いだろう。

 微生物の大きさは、細菌ではおよそヒト細胞の25分の1程度、ウイルスではその10分の1程度である。微生物は、真核細胞に比して大きさも小さく増殖性が高く個々に知覚しその全部を排除するのは難しいだろうから、境界を無菌化するというのは無謀な戦略とも言える。現実的には、個々にその存在に目くじらを立てるのではなく、ある程度群落化して宿主側に不都合が生じるようだと異物除去系の対象になるのであろう。

 

 生物の生存する環境は、多かれ少なかれ常に変化している。生物種の歴史を追っていけば進化論ということになるし、とある生物種の個体の一生を追っていけば生活史・生活環(life histry, life cycle)ということになる。ある生物種がいるということは、進化的にみれば、そこには典型的な生活様式が成立しているということとほぼ同義であろう。

 生物個体は、生存している環境の変化(あるいは成長・老化過程)に応じて形質形態が変化していくので、本来、多形態性(polymorphism。多型性、多態性)である。典型的な例としては、昆虫(蝶)や両生類(カエル)がある。蝶の生活史をみれば卵 →幼虫 →蛹 →成虫と明確に変化している。どの成長段階で越冬するのかは生存環境との兼ね合いで最も有利なものが選ばれるのであろう。

 境界の生態系は、多様な関係が成り立ち得て流動的である。このような生態系は様々な生物種から構築されているため、それぞれの生活史が互いにぶつかり合うことになり、常に緊張関係にあるからである。この点に関し、長谷川 政美著「ウイルスとは何か」(2023年1月)から一節を引用すると:

 

>宿主と共生体のあいだには厳しいせめぎ合いがあり、常に緊張関係がある。宿主と共生体のそれぞれが自身の子孫をなるべく多く残すように振る舞うが、双方の利害が一致する場合もあれば、対立することもある。
 その結果として、多様な関係が進化する。宿主と共生体の双方が利益を得るような相利共生がある一方で、共生体が宿主に対して害を与える寄生や病原体になるなどの関係も生じる。どんな関係であっても、双方にとってすべての面でよいことだけということはないので、宿主と共生体のあいだの関係は流動的であり、絶えず変化する。これには国際政治の世界と似たところがある。(同書12頁)<

 

 微生物は下等な生物であり、単純な形質形態だろうと考えがちかもしれない。しかし、微生物も生存環境に応じて形質形態を微妙に変化させているのである。このため、境界の生態系においては、厳しいせめぎ合いの妥協の産物として宿主と常在共生体とが共創する共生生活史が成立していることになるだろう(注2、注3)。


注2)微生物との共生については、夏井 睦氏のサイト「新しい創傷治療」の次の書評記事にある理解が参考になるかもしれない:


『共生という生き方 -微生物がもたらす進化の潮流-』(トム・ウェイクフォード著、2006年刊行) -書評2006年
http://www.wound-treatment.jp/books/164.htm

>「生物学系の微生物」の本と「医学系の微生物学」の本を読んでいると,基本概念の部分が全く異なっていることに気がついた。医学系の微生物学書では「微生物=病原菌」,つまり,細菌は病気の原因となる厄介者であり人間に敵対する恐ろしい暗殺者だが,生物学系の本では,細菌とは自然界にあまねく生活する逞しい生命体であり,病原性を持つ状態はむしろ特殊な状況であり,他の生物種と共生することで地球環境を維持しているなくてはならない最も重要な生物ということになる。要するに,見方が180度異なっているのである。
 では,どちらの立場,どちらの見方が正しいのだろうか。 <
> そしてこれは人間でも同様である。人間は腸管常在菌や皮膚常在菌とワンセットで生きている。例えば,腸管常在菌がいなければ人間は食べた物を栄養として吸収できないことは広く知られているし,腸で吸収する多くの栄養素のかなりの部分は,腸管常在菌が作ってくれた物である。要するに,常在菌なしではいくら栄養豊富な物を食べても,それを消化吸収できないのである。逆に,腸管常在菌は人間の腸管という環境に最高度に適応した生物であり,腸管の外に出て生活できないものが多い。つまり,人間と腸管常在菌は切り離せないものだ。同様に,皮膚常在菌も人間の皮膚でしか生きられないが,皮膚常在菌がいない人間は生きていけないのである。 <

注3)人体観として、ヒトと常在共生体が共創する生態系としての人体を基礎とする考え方を「共生人体論」と呼ぶことにすれば、医科の分野では、解剖学をベースにしてヒトの固有の機能で組織された自立活動できるものとしての人体観(「自立人体論」と呼べそう)を採用していることが多いだろう。しかし、最近では少なくとも外界との境界部位を議論する際は、共生人体論が徐々に主流になりつつあるように思われる。

 

 微生物の生活史に話を戻すと、微生物が新たな繁殖先を探して移動する際は、栄養状態などの環境も良くないと期待されるので、必要最小限の軽い形態で浮遊していることが多いし、中には胞子を作るものもある。他方、繁殖に適した生存環境に出会えば、、(ウイルスを除く細菌などの)ほとんどの微生物は、増殖して群落化を始めると自ら産生した構造体を使い独自の閉鎖的な環境を構築したものに発展していき、その内部で外部影響を遮断しつつ効率的に繁殖するらしいことが1980年代後半から徐々に明らかになってきている。

 このような構造体は、細胞と細胞のと間で三次元的な細胞構造の形成と維持を行っており、細胞外マトリックス(注4)と、閉鎖系となった微生物の群落はバイオフィルム(生体膜)と呼ばれている。


注4)Extracellular matrix, ECM。細胞間物質、細胞外基質、菌体外マトリックスとも呼ぶ。細胞間マトリックスは、結合組織の構成要素として重要である。

 生体の結合組織は、細胞外マトリックスとその組織に特有の細胞とから構成されている。このような結合組織は、生体力学的にみれば力学的な耐性を出して体を支えている。個々の細胞は、その内部では構造を支える細胞骨格を産生する一方、外部では他の細胞や細胞外マトリックスに接着して細胞構造を維持しているのである。

 典型的な結合組織の例は、真皮であり、コラーゲン線維(細胞外マトリックスの一種)がその乾燥重量の約7割を占め、他に線維芽細胞、血管系などから構成されている。また、多細胞生物での細胞同士の結合をみれば、細胞骨格と連動する細胞接着分子(タンパク質で、細胞外マトリックスの一種)が細胞膜から出ていて、その部分で結合している(細胞同士の隙間は間質液で満たされている)。

 

 バイオフィルムの定義・意義については、大手化学会社「ライオン」と大阪市立大学のサイトの記事、及び夏井 睦氏のサイト「新しい創傷治療」の記事から順にそれぞれ:


用語集 バイオフィルム
https://systema.lion.co.jp/shishubyo/glossary/b_biofirm.htm

>バイオフィルムとは微生物の集合体のことです。数種の細菌がコミュニティーを作って増殖した膜状のもので、細菌が外的要因(薬剤、体内の免疫反応、口腔内の環境変化など)から身を守るために作ります。台所や風呂場の排水口や川底の石にヌルヌルとした膜ができることもありますが、あれがバイオフィルムです。
また、口腔内の細菌のかたまりである歯垢(プラーク)もバイオフィルムのひとつです。<

 

微生物たちのお城~バイオフィルム 第1章 バイオフィルムとは
http://www.med.osaka-cu.ac.jp/bacteriology/b-online/biofilm/home_b1.shtml

>・・・バイオフィルムとは、このような微生物が固形物や生物のからだの表面などに付着して形成する集合体です。そして、多くの場合、微生物が自分自身の産生する物質によって覆われながら形成されます。この微生物自身が産生する物質は、バイオフィルムマトリクスや細胞外マトリクスと呼ばれ、多糖体・タンパク質・DNA(デオキシリボ核酸)などから構成されます。これらの物質は、バイオフィルムの形成にとても重要な構成要素です。このような「微生物を覆う物質=バイオフィルム」と誤解されている場合も多いようですが、実は、それらの物質によって微生物細胞の集団が覆われている状態がバイオフィルムなのです。<

引用注)この記事に関係する第3章にはバイオフィルムの電子顕微鏡画像あり。またついでに、第2章によると、ナタ・デ・ココはバイオフィルムそのものであるらしい(酢酸菌アセトバクター・キシリナムが多糖セルロースで覆われたもの)。

 

『バイオフィルム入門 -環境の世紀の新しい微生物像-』(日本微生物生態学会バイオフィルム研究部会 編著、2005年刊行) -書評2006年
http://www.wound-treatment.jp/next/dokusho148.htm

> 現実の細菌たちは「一匹一匹でウニョウニョ」ではないらしい。単細胞生物はバラバラに自由気ままに生きている訳ではないのだ。バイオフィルムを作って共同生活をしているのだ。
 つまり,バイオフィルムとは「細菌共同体」であり,自然界普遍のものである。決して,カテーテル内面にたまたまできるものではないのだ。医者が問題にするはるか大昔から,細菌たちはバイオフィルムを作って共同生活をしていたのである。 <

 

 バイオフィルムは、単一種の微生物の集団に限らず、複数種の微生物が共存する群落にもなっているのである。バイオフィルムが微小な閉鎖環境を提供するので、近隣のバイオフィルム同士で勢力争いをする際には、その内部に生物遺伝子の多様性があるものの方(つまり群落としてより多機能であること)が有利に働くことが多いのかもしれない。

 また、バイオフィルム自体は、3次元構造をしている。平面的にはいくらでも広がり得るのは当然として、高さは細菌の20倍程度になることもあるらしい。細菌サイズの目線でみれば、薄膜状というよりドーム状の「バイオドーム」という感じなものもあるだろう。ただ、ヒトの大きさを基準とすれば、細菌を20層に積み重ねてもその高は多分ヒト細胞サイズより小さいので、薄膜状という認識になるのだろう。

 微生物は、何故バイオフィルムを形成するのだろうか。多分、微生物が生き延びられる環境と効率的に増殖できる環境とには差異があるため、自ら外界と隔離された閉鎖系を作り、微生物群落に都合の良い独自の環境を構築するためであろう。微生物がバイオフィルムを形成する利点を具体的に挙げれは、次のようなものだろう:


1. バイオフィルムにより、微小ながらも独自の環境を構築できる。
2. バイオフィルムにより、生存上の各種の耐性を上げられる。

 

 補足説明をしておくと、1.については、バイオフィルム内で微生物は、外部からの影響を遮蔽できて、栄養素や水分・酸素などの微小な循環系を構築している。例えばヒトの皮膚の場合、バイオフィルム内では、低酸素となり嫌気性微生物でも生存できるほか、pHは弱酸性に維持されている(温度はヒトの体温付近でほぼ一定に保たれている)。

 2.については、バイオフィルムはバリア(侵入防御壁)として機能するので、物理的・化学的・生物的な変化に対する耐性が上昇することとなる。物理的には、バイオフィルムであると力学的耐性が上がることとなる。例えば、ステンレスの流し台にへばりついているタイプのバイオフィルムの場合には、軟らかいスポンジでこすってもびくともしないのはよくあることだろう(ブラシとか激落ち君などのメラミン製スポンジとかで気合を入れてこする必要あり)。

 化学的には、外界の化学物質がバイオフィルム外層の構造体により遮蔽されて内部に届きにくくなる。例えば、抗生物質への耐性が100倍以上に上がることもあるし(注5)、内部の酸素濃度やpHも調整できることとなる。

 生物的には、バイオフィルムは先住者であるから、後からその場所に来た微生物は資源の確保で劣位に置かれその増殖が阻害・抑制されることになる。また、宿主からの免疫系による攻撃をかわし易くなっている。自然免疫系の貪食作用は、バイオフィルム表層の構造体が邪魔になって能力が低下することになるし、獲得免疫系は、タンパク質の断片を異物と察知して始動するが、表層の構造体は糖を主体としていてるものが多く異物として察知しにくくなっている。

注5)この点が、虫歯を抗生剤で予防できない理由である。虫歯は、歯の表面に作られるバイオフィルム(口腔内に常在するミュータンス連鎖球菌が主体)が原因とみられ、定期的な歯磨きという物理的手法で除去しないといけないことになっている。
 なお、細菌の場合、20分程で一回細胞分裂をして増殖し、バイオフィルムを形成し始めるには6-8時間ぐらいかかるらしい(口腔内の場合)。

 

 生体宿主と共生体との関係の中でバイオフィルムをみれば、宿主にとってはメリットとデメリットがある。メリットとしては、宿主側で独自にバリアを構築している部分(体表や管腔組織など)には通常、常在共生体によりバイオフィルムがその上層に形成されており、バリア機能が一段と高まることとなる。このため、バリア機能を考える際には、共生の生態系を宿主の生存のための環境に広く含めて理解し、体表、口腔内、腸内といった境界の生態系環境を保護するという視点も重要になってくるだろう(注6)。

 他方、デメリットについては、望ましくない想定外の部位にバイオフィルムが形成されると、宿主の異物除去系からすると攻めの難所化した状態であり、浮遊した状態に比して除去には手間も暇もかかることになる(歯の表面や歯肉溝など。注7)。

 

注6)この境界の生態系環境の維持・管理には、宿主の異物除去系が常在共生体を取捨選択することが大きな役割を果たしている。宿主にとって望ましい微生物群落が増殖する場合はこれを温存し、望ましくない場合にはこれを除去して望ましい生態系を回復することが行われているのだろう。例えば、一般に乳酸菌食品の摂取は身体によいとされているが、腸内の常在菌にはなれない通過菌であり(排除すべき細菌と免疫系で認識されていて、到来すると腸内のバリア機能が強化される点が有益とされている模様)、定期的に摂取しないと効果が続かない。

注7)体内の組織で形成されたバイオフィルムが慢性的に炎症を引き起こし病巣化していくと、全身でも病気がもたらされる可能性が高くなるとされている。日本病巣感染研究会(JFIR)のサイトの記事から:

総論  病巣疾患とは?日本病巣疾患研究会 -JFIR-が目指すもの
https://jfir.jp/topics/

>口、鼻、のど(咽頭)から始まる全身の病気
 私たち人間は生きていくための「命の源」である食物と空気を口と鼻から取り入れます。しかし、その代償として体の入り口である口腔、鼻腔、咽頭は常に細菌、ウイルス、粉塵、異物などに曝されることになります。こうした危険から私たちの体を守るために、口腔、鼻腔、咽頭は食物や空気の単なる通り道というだけではなく、実に巧妙な免疫機能と神経機能を備えています。それゆえ、口腔、鼻腔、咽頭に慢性の炎症が生じると、その局所では症状が乏しくとも同部位の免疫系や神経系を介して全身の免疫、神経機能に影響を及ぼし、結果的に口腔や咽頭とは一見、関係がなさそうな様々な体の不調や疾患を引き起こします

 例えば歯周病があると、以下の疾患のリスクが高まることが知られています。
    低体重児出生(胎児の発育不全)
    関節リウマチ
    虚血性心疾患
    脳梗塞
    骨粗鬆症
    糖尿病の悪化
    高齢者の誤嚥性肺炎<


 引き続いて、境界の生態系としてヒトの皮膚を例にして考えていこう。

 ヒトの体表を人体解剖学的にみると、最も外側を皮脂(膜)が覆っていて、中に入っていくと表皮(最外の角質層ほかの4層構造)、真皮、皮下脂肪と続いていき、表皮が所々で真皮に沈み込んだ部分から毛包・皮脂腺が(表皮には血管がないので近づくために沈み込む模様)、真皮から汗腺が外部に出てきているイメージだろう(図1参照)。

 このように考えていると、ヒトの皮膚のバリア機能については、体表にある自身の産生した皮脂膜がこれを担っていると考えがちだが、その実態は既述のとおり、宿主の表皮(角質層)の上層にあって、分泌される皮脂や汗を栄養源としている常在共生体との共生の生態系の産物であるバイオフィルムなのだろう。

 

   図1 肌荒れの模式図(生態系異常による皮膚バリアの損傷)
( Revealing the secret life of skin - with the microbiome you never walk alone -2020年 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31743445/ の Figure 1から。
EPIDERMIS:表皮、DERMIS:真皮、HAIR FOLLICLE:毛包,、SEBACEOUS GLAND:皮脂腺,、SWEAT GLAND:汗腺。PROPIONIBACTERIUM SPP.:プロピオニバクテリウム属の細菌(アクネ菌など)、STAPHYLOCOCCUS SPP.:ぶどう球菌属の細菌(表皮ぶどう球菌(Staphylococcus epidermidis)など)、CORBEBACTERIUM SPP.:コリネバクテリウム属の細菌、S.AUREUS:黄色ぶどう球菌(Staphylococcus aureus)、MALASSEZIA SPP.:マラセチア属の真菌)

 

 微生物については、下等な生物ということからか以前は一定の形質形態(浮遊する際のもの)で変化しないというイメージで説明されていたことが多いと思われるが、微生物も当然に多形態性であり、生活史が存在している。

 微生物のうち、細菌の生活史をみると、最初は浮遊細菌として新たな移動先を探して外界をふらふらしていて、そのうち何かの表面に接着してそこで住めるかどうかを試みるのであろう。運よく増殖できる環境であれば、固着して引き続き増殖して細菌群落(微小な細菌コミュニティ)が形成されていくことになる。群落内の細胞は細胞外マトリックスを増やしバイオフィルムを形成して(群落を膜で外界と遮断するようドーム化することにより)より住みやすい環境を構築し増殖を加速化させるようだ。成熟したバイオフィルからは、何らかの要因で浮遊菌(あるいは細菌群)が離散(脱離)し再び外界を漂い始めることになる。

 成熟したバイオフィルムでは、増殖と離散が均衡して平衡状態になっているらしい。バイオフィルムが体表に接着する基礎部分にあたる角質層は、最外層が日々剥がれ落ちていくものであり、その際にはバイオフィルムも運命を共にするようだ(注8)。

注8)ヒトの場合、バイオフィルムを利用したバリア部分では、基礎の組織自体のターンオーバーが短くなっている。体表だと角質層の最外層が1日程度で、粘膜組織だと粘膜上皮細胞が2-3日で剥がれ落ちている。これは、同じバイオフィルムを長期に渡って温存することを回避するための機構と思われる。多分、時間の経過とともに、除去しようとしても難攻不落の城化しているおそれもあるし、より高機能のバイオフィルムになる結果として細菌の侵入が増え易くなり異物除去系の負担が増すおそれもあり、これらをを回避するための仕組みであろう。

 

 ヒトの体表での黄色ぶどう球菌を例にして生活史を模式図にすると次のようになるだろうか:

 

   

   図2 バイオフィルムの形成サイクル(ヒト体表での黄色ぶどう球菌)
( The Influence of Microbiome Dysbiosis and Bacterial Biofilms on Epidermal Barrier Function in Atopic Dermatitis—An Update  -2021年 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34445108/ Figure 2から。
上図には表皮(4層構造)のうち有棘層、顆粒層、角質層が示され、その表面で黄色ぶどう球菌が増殖する際のイメージ図。
Planktonic bacterial cell:浮遊細菌、Attachment:接着、Maturation:成熟、Dispersion:離散(脱離)。Hypoxia:低酸素状態、Keratinocyte apoptosis:角化細胞の自然死。
引用注)健全な皮膚の場合は、黄色ぶどう球菌(病原性あり)は劣性菌で、表皮ぶどう球菌が優勢菌のことが多いので、念のため。 

 

 図1にヒトの体表の模式図を示したが、表皮の外側には本来常在共生体による皮脂などを栄養源とするバイオフィルムが形成されている点を加味した方(図1+図2)がより正確なイメージになるだろう。

 

 主に皮膚を例にしてバイオフィルムを考えてみたが。多少の相違はあるものの、口腔内、腸内も似たようなものだろう。相違点をあげれば、皮膚の場合は、皮脂腺や汗腺からの分泌物が栄養源、口腔内・腸内だと、管腔側から飲食物として栄養源がやってくることだろうか。また、皮膚の場合は、表皮(主に角質層や毛包内の表皮)上に接着していくこととなるが、口腔内や腸内では、歯、歯肉や粘膜上に接着していく必要がある。

 

 何回か前の記事で歯科医と医者(医科医)との違いについてちょっと触れたような気がするけど、歯科医は、早くから口腔内環境の専門家として振る舞う感じだったのだろう。虫歯や歯周病を引き起こすのは口腔内の常在共生体(ミュータンス連鎖菌や各種の歯周病菌)であり、医科領域に比して早くからヒトと常在共生体が共創する生態系として人体を捉える必要があったためと思われる。

 例えば、歯科学の分野では、1980年代後半以降の細菌学の知見を取り入れて歯に関する疾患論を構築していたようで、2003年の段階で次のような報告がみつかる(国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の科学文献サイトから):

 
口腔内バイオフィルム感染症の特徴 -2003年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jacd1999/23/2/23_2_132/_article/-char/ja

>抄録
 口腔バイオフィルム感染症の特徴について解説した.口腔細菌は歯面, 歯周組織, 舌背, 頬粘膜, 義歯やインプラントなどに定着して, バイオフィルムとなって持続感染している.デンタルプラークは, 複数の細菌がコミュニィティーをつくる特徴のあるバイオフィルムとなる.口腔内バイオフィルムからとびだす細菌は, 全身1生の疾患に密接にかかわっているという多くの証明がなされてきた, 私たちは, 動脈疾患部位に歯周病原菌が検出されるかを調べ, 26人の動脈疾患部の6部位にTreponema denticolaのDNAならびに抗原を見つけた.しかし, 健康な動脈には歯周病原菌は検出されなかった.また, 心臓冠状動脈疾患部位の材料中にも, 歯周病原菌のDNAを検出した。胃潰瘍などのリスク因子であるHelicobacter pyloriと歯周病原菌との関係についても明らかにした.歯周病原性Campy-lobacter rectusは, H.pyloriと共通する抗原を有することによってH.pylori感染胃疾患と関係することを指摘した.さらに, 歯周病原菌の熱ショック蛋白質が掌蹠膿疱症に関与していることも示した.本解説では, 要介護高齢者に対する口腔ケアの意義についても記載した. <

 

 動脈疾患と常在共生体との関係性を指摘するなど、なかなか興味深い内容を含んでいると思われる(勉強不足で、何かの原因で病巣化した部位に共生体が住み着き易い傾向を表しているだけなのか、あるいは常在共生体が最初の病巣化の原因なのか、についてはよく理解できていないけど・・・)。

 ついでにバイオフィルムに関し医科学分野の文献も挙げておくと、上記報告の14年後のものを国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の科学文献サイトから:

 
医科領域におけるバイオフィルム -2017年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane/42/2/42_40/_article/-char/ja/

>1. はじめに
 バイオフィルムは,さまざまな微生物によって形成される.これらの微生物の中には,細菌,真菌はもちろん,原生動物,藻類など多種多様な生物が含まれる.バイオフィルムは,環境領域におけるものと医療領域におけるものに大別される.医療領域の中には,医科的なものと歯科的なものが存在する.医科領域におけるバイオフィルムの認識は,環境領域や歯科領域におけるものに比べると歴史は浅く,医科領域ではこれまでバイオフィルムよりも浮遊した病原微生物に対する研究が主であった.<

 


 なんとなく最後に、細かい話を端折って主要点をまとめると、次のような感じだろうか:


・生体と外界との境界は、微生物のいる共生の生態系になっている。
・微生物のほとんどは、多形態性である。
・外界との境界でのバリア機能の主体は、バイオフィルム(外界から隔離するために構築されたフィルム様・ドーム様の共生体の群落)である。

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