黄金週間ということで、少しサボってしまったような・・・
先ずは、前回記事のおさらいで、動詞 จับ を使った例文から。今日、本を読んでいてたまたま遭遇したものだ。
พับไข่เจี่ยวครึ่งหนึ่งเมื่อขอบจับตัวหนาและเริ่มแข็ง
さて、どういう意味だろうか。少し考えてみてほしい。
ヒントは、これは料理法の解説の一節で、具体的には、オムレツ( ไข่เจี่ยว )を作っている場面のものである。
更に、พับ は動詞。この動詞、自分の場合は単語集で覚えた単語にあたるけど、実際に使われているのを見るのは多分初めてのような・・・。เมื่อ は、接続詞で「~する時」とかいう意味のもの。
ขอบจับตัว は名詞節かな。個人的にはこのような場合は、関係代名詞 ที่ が動詞の前に省略されていると考えることにしている。
ตัว は名詞で、ここでは「本体」という感じだろう。
例文の意味は後回しにして、本題の与太話へ。
名詞 ขอบ(khɔ̀ɔp、「端・縁(ふち・へり)・周囲」の意味) には、思い入れがあるのだ。なぜなら、長い間ずっと、英語の"to thank"(感謝する)という意味の動詞だと思っていたからだ。"you"はタイ語で คุณ だから、"Thank you"に相当するのが ขอบคุณ だと。
大きく違っていると気がついたのは、使い易くて語彙の豊富な辞書を買ったためだ。どこで読んだか忘れてしまったけど(適当な思いつきだったかも。最近忘れっぽくて・・・)、คุณ は
บุญคุณ
の趣旨らしくて( บุญ はタムブン(ทำบุญ)のブンでもある)、この単語の意味は日本語だと「恩、恩恵」とされることが多いようだが、もう少し広い意味を含むようで、タイ英の辞書によれば"favour, kindness, grace, bounty"となっている。ちなみに、泰泰の解説だと、例えば、
ความดีที่ได้กระทำต่อผู้อื่น (仮訳:他人に対し行うことができる善良さ)
となるらしい。
そうすると、ขอบคุณ というのは、タイ英のニュアンスの方が近いようで、
edge of favour, or edge of kindness
という感じとなり、日本語的には(あなたの)「親切心の縁(ふち)、優しさの縁」ということになるのではないだろうか。
また、ขอบใจ については、"edge of heart"(心の縁)という感じか。
そのように理解してみると、「どういたしまして」が
ไม่เป็นไร (直訳は〈何でもありません〉)
となるのもしっくりくるような気がしてくる。
さて、冒頭の例文に戻ると、จับ の意味は、前回記事の4番目の意味で、
細かな物が大きなものをつかむ、との趣旨で、「(細かな物が)つく」という意味
なのだろう。 ขอบจับตัว という名詞節全体では、〈本体についている縁〉という感じなので、「本体の縁(ふち、へり)(あるいは端、周囲)」という意味だろうか。本体とは当然に、ไข่เจี่ยว を指しているのだろう。
冒頭の文は英文を訳したもの(タイ語で書かれた英会話教材中の解説文)なので、元の文を書いておこう。
Fold the omelet in half when edge of it has thickened and become solid.
日本語での意味は、「オムレツの縁が厚くなり硬くなり始めたら、二つ折りにする。」いとう感じだろうか。
ここでは"edge of it"が ขอบจับตัว と訳されているのだけど、どれ位勉強するとこのレベルの翻訳・作文力が付くのだろうか?