ヒト遺伝子想定的生活様式実践法

2023年8月にテーマ・タイトルを変更(旧は外国語関連)
2015年4月にテーマ・タイトルを変更(旧は健康関連)

はじめに・・・

 動物の生活様式の本質は遺伝因子に刻まれており、ヒトにおいても難しいことをせずにそのような生活様式を取り入れてみることが健康への第一歩と思います。なぜなら、生物の進化を考える際は、生活様式が最重要と考えるからです。動物であれば何を食べて生きていくのかということが課題で、生活様式を変えようとすると、野生動物なら形質形態を変えるべく遺伝因子の変化を伴います。ヒトはいつの頃からか文化を持つようになり道具・技術を進展させてきましたが、生活様式が刻まれた遺伝子による自動制御の重要性は変わらないと思います。(2024年9月記)

 外国語テーマも長く続かずなので、従来の健康ブログに戻してみようかと思いまして・・・ 備忘録的に残しておくと旧タイトルは「タイ語、漢字を使って覚えるの?」でした。(2023.8月記)


 従来の健康ブログ時に記事を書いていて、何故か、そろそろ外国語でも勉強した方がより良いかなーと思いつきまして、以来ちょこちょこと続けてきましたが、なんとなく、ある事を覚えると別の事を忘れてしまうモードに入ってしまったようで、知識量が停滞しつつあるような感じになりました。
 そこで、本ブログを外国語学習ブログに変更して、自分の備忘録的にまとめておこうかなと思いまして・・・。
 しかしながら、少し飽きたのか内容を増やしすぎたのか、書くのに手間がかかるようになり、時間がとれない時は、別ブログ「単語帳の素材?」にてライトな記事を書くことにしました。(この別ブログも徐々にライトでなくなり、記事を500本ほど書いたところで滞り中・・・)
 なお、健康ブログ時代の記事は、コチラの 入り口 からどうぞ。(2015.4月記)
 最近の健康系記事はカテゴリー「タイ語以外(健康2019)」からどうぞ。

免疫力落込み症候群と血巡り不全症候群

2024年08月18日 | その他健康・医療

 昨年の秋の話。
 発症から2晩経過したが喉の痛みで睡眠が十分とれないため、久しぶりに西洋薬を飲んでみようかという気分になった。薬局の勧めもあり、寝る前に次の薬を初めて飲んでみたが、殆ど効かずに翌朝に変な皮膚症状などが現れたところ:

 非ステロイド性抗炎症薬(Nsaids。消炎鎮痛薬) イブプロフェン 200mg

 
 薬が効き易い体質なので推奨量の半分にしておいて良かったなと思いつつ、症状の増悪か薬疹かよく分からん話だなと放置気味だったのだが、最近になり、

    一部の降圧剤は血管浮腫を引き起こすらしい

ということを契機に進展があった(現状、前述の皮膚症状は「血管浮腫」だったのだろうと見立てているところ)。関係記事を講談社のサイト「週刊現代」から:

1兆円市場のクスリ「降圧剤」恐怖の《罠》をご存じですか…?副作用で「呼吸困難」「敗血症」で死に至る可能性も -2024.08.02
https://gendai.media/articles/-/134827
記事3頁目>ACE阻害薬の《命にかかわる》副作用
 レニベース(エナラプリルマレイン酸塩)などの(2)ACE阻害薬は、腎臓への負担は小さいものの、重大な副作用として血管浮腫や無顆粒球症といった耳慣れない症状が記載されている
 血管浮腫とは、顔や口の中などの皮膚が、大きく腫れあがる症状だ。ノドの中が腫れることで呼吸困難になる事例もあるから、注意したい。
 また無顆粒球症を発症すると、体内で病原菌などを殺す白血球の一種「好中球」が激減し、免疫力が弱まってしまう。最初はかぜのような症状だが、放っておくと敗血症といった命にかかわる病気にもつながる。<

 

 血管性浮腫(用語「血管浮腫」より多用されている模様)については、蕁麻疹(広義)の一種ということらしい。例えば、大阪大学のサイトの記事から:

免疫疾患の解説 血管性浮腫 Angioedema
http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/disease/d-immu07-4.html
>概要
 蕁麻疹は表皮の下の真皮内の肥満細胞からのヒスタミン放出による血管透過性亢進により表皮を盛り上げる境界明瞭な膨疹であるが、血管性浮腫は真皮深層、皮下組織深部での血管透過性亢進により局所的に膨隆した境界不明瞭な浮腫である。皮膚、気道、消化管などに反復し局所がパンパンに腫れるが、数日で症状が消失するため未診断のまま放置されることもある。月に何度も起こることもあれば、数年ぶりに起こるようなこともある。上気道に浮腫が生じると窒息の危険があり診断は重要である。血管性浮腫はクインケ浮腫とも呼ばれる。<

 

 蕁麻疹(狭義)と血管性浮腫との違いは、病巣が皮膚の表在性(真皮表層)か、あるいは真皮深層より下かによっている。

 以前に少し触れた気がするけど、西原 克成氏の言説だと、広義の蕁麻疹は主に常在共生体病の一つであるとみられ、何らかの理由で免疫力(侵入防御力)が低下した際に異物(異所性の常在共生体)による細胞内共生・感染を契機として起こる免疫応答と解している。
 一部の降圧剤(ARB、ACE阻害薬)は血管の収縮を阻害する作用を持つものであり、これらの薬剤により血管性浮腫が起きるとすれば、血管の弛緩を阻害する作用を持つ薬剤(Nsaidsなど)でも同様に起きる可能性があると気付いた。つまりここでは、血管の収縮弛緩を阻害する作用には免疫力(侵入防御力)の抑制作用があると仮定していることとなる。

 

 そこで、何か情報があるだろうということで調べてみると、厚生労働省のサイトから次の記事を発見したところ:

重篤副作用疾患別対応マニュアル 【過敏症】
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/tp1122-1h.html この記事うち:
○非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs、解熱鎮痛薬)によるじんま疹/血管性浮腫:全文(PDF:1,005KB)(令和元年9月改定)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1h13_r01.pdf  〔pdfファイル形式〕

 
 長い前置きの後で本題に入ると、免疫系関連の病気については、これまでのブログ記事で概ね柱を立て終わった感じがするので(いろいろ記事を追加して柱と柱の間の壁塗り作業をしないといけないのだが、遅々として進まず・・・)、血液循環系関連の話もそろそろ考察の対象にしていこうかと思っている。

 ということで、血液循環系のいろいな病態をまとめて一区分に整理してみた方が論理的にスッキリして話が分かり易くなりそうな予感がするので、便宜上疾患を次の三つに区分しておこう:

1- 免疫系の疾患(とりあえず「免疫力落込み症候群」と言うことにしよう)
2- 血液循環系の疾患(とりあえず「血巡り不全症候群」と言うことにしよう)
3- その他の疾患

 

 多少補足説明しておこう。免疫力落込み症候群については、落込ませ要因を自らの生活様式に取り込んだ結果として症状が出現したと考えるものである。免疫力(侵入防御力と異物除去力)の落込ませ要因の主なものについては、以前の記事で触れたところだが(2024-2-4付け記事。リンクはここ)、7つの項目を裏返して再掲列挙してみると:

1) 石鹸・シャンプーの利用、2) 口呼吸の多用、3) 冷飲食、4) 高糖質食、5) 低体温、6) メリハリが少ない生活、7) 笑いが少ない生活

 

 血巡り不全症候群については、血の巡りのリスク(危険)要因を自らの生活様式に取り込んだ結果として症状が出現したと考えるものである。血の巡りのリスク要因は大きく三つに分類できるだろう:

 1- 血液成分系のリスク要因(血清関連:過大な血糖変動、高血糖、高中性脂肪など。血球関連:貧血、骨髄異形成症候群、血球増多症など)
 2- 血流調節(循環調節)系のリスク要因(硬化などによる血管壁の収縮弛緩(容量制御)の異常、心拍制御の異常、腎機能(流量制御)の異常、これらの結果として高血圧など)
 3- 血管構造系のリスク要因(プラーク(隆起片)形成などの狭窄・閉塞、瘤形成、拡張・解離、出血など)

 

 動物の血液循環系は一種の導管輸送系にあたり、そこに流してよい液体は自ずと規格が決まっていると考えられる。遺伝子想定的な生活様式に従っている場合にはその規格が守られる機会が多いだろうが、そこから外れて規格外の液体を流し続けると、短期的にも異常が出たり(ビタミン・ミネラル関係に多そう)、中長期的にはその後に(導管各部が動力(血管平滑筋)付きで導管径を調整可能な故に)流量調節系に異常が現れ出し、更には(自己修復が可能な故に)導管構造系にも異常が現れ易くなり得る。また、栄養供給・排泄を導管輸送系に依存している別の組織(血管系以外)に異常が現れ易くなることもあろう。

 以前の記事で「燃料過剰症候群」(糖尿病と高中性脂肪血症とをまとめた病態区分)に触れたような気がするけど、それ自体及びそれが進展・増悪したものが血巡り不全症候群に多々含まれているという感じだろうか。

 

 話を元に戻すと、一部の降圧剤や非ステロイド性抗炎症薬は、血管の収縮・弛緩運動を阻害する作用を持つ。その副作用として蕁麻疹・血管性浮腫が起こり得るということは、西原説を前提とすれば、血管の収縮・弛緩による適正な運動は免疫力(侵入制御力)の維持に必要不可欠なものと解するのが適当であろう。

 

 最後に、冒頭の喉の痛みは発熱のない過去最大のものだったのだが、その原因ははっきりしているようではっきりしないけど、その後の感染症の流行をみていると、成人での溶連菌感染症かなと思っているところ(注1)。これについては、国立感染症研究所(NIID)のサイトと化学会社の帝人のサイト「ナースペース(NsPace)」からそれぞれ記事を一つ:

A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在) -2024/1/15
https://www.niid.go.jp/niid/ja/group-a-streptococcus-m/group-a-streptococcus-iasrs/12461-528p01.html
GAS〔A群溶血性レンサ球菌〕は病態によって、飛沫感染、接触感染により伝播する1)。臨床症状は、上気道炎(主に咽頭炎)、皮膚軟部組織感染症(蜂窩織炎や壊死性筋膜炎など)、菌血症など多彩であり、それぞれの重症度も軽症例からSTSSに至る重症例まで様々である

溶連菌感染症の原因・症状・対処法。大人の感染や気づかず放置した場合は? -2024年4月16日
https://www.ns-pace.com/article/category/feature/streptococcal-infection/
>溶連菌感染症にかかりやすい年齢は?大人もかかる?
 溶連菌感染症は年齢を問わず罹患する可能性がありますが、学童期の子どもに多くみられます。また、3歳以下や大人は感染しても典型的な症状が現れず、軽症で済む傾向があります。<

注1)はっきりしている点は寝不足での長時間移動が発症に大きく寄与したのだろう。また、母方の親族にむかし猩紅熱で伝染病棟に入院した人がいるらしいから、遺伝因子的にも少し弱いのかもしれない。

 

 ついでに、症状の増悪だったのか、薬疹だったのかという冒頭の疑問については、以上の考察からすると、多分両方だったでござるという感じだろうか(注2、注3)。

注2)このシナリオ的には、上気道で免疫細胞部隊と溶連菌部隊が数日互角の戦いをしていたが、抗炎症薬の服用により想定通り免疫部隊が弱化したものの、想定外に上気道の侵入防御系を突破する溶連菌部隊(常在共生体の一種)が増えて菌血症様になり、異所性(真皮深部より下層にて)の細胞内共生・感染が起きた感じだろうか。

注3)薬の副作用的には、皮疹(左右大腿に紅斑様が一週間ほど継続)のほかは、左右の手親指の爪成長阻害(変形)、足先の冷えがあったと思われるところ(前者は本件発症の2か月前に右手親指に爪下血腫による爪変形があったため別の爪変形として判明し、左手親指にも同様の爪変形があることにたまたま気付いたもの)。個人的には、10年位前に帯状疱疹になった時に初動は大腿部だったので、大腿部に免疫系の脆弱性があるのかもしれない(その後は、今でも左大腿部の深部の骨近辺が感じることがよくあるけど(ビリビリする感触)、念のためこの際は必ず休養多めにしているところ)。

コメント

色素性痒疹と乾癬・炎症性腸疾患

2024年07月23日 | 思いつき

〔更新履歴:2024-7-24一部修正、7-30追記。2024-9-7追記〕

 

 久しぶりなので、猛暑お見舞い申し仕上げます、と言いたいところだが・・・

 現在は約260万年前に始まった氷河時代であり、氷期と間氷期を繰り返している。現代は間氷期だが、先の間氷期(およそ130k年前から116k年前)については、かなりの精度で科学的観測ができていて(前々の間氷期は雑音との区別がより難し)、個人的に信じている説だと、平均気温が摂氏で3-4度、海水面が今より4-5メートル高かかったらしいので、最近の気候は起こり得る出来事の範囲内とも言える。

 

 このブログの記事は、境界の生態系(皮膚、粘膜)の話で途切れてしまっていたところ(その続きとして皮膚の生態系に特化した話を続ける予定だったものの)、その続きを別の話題にて・・・

 

 我が国における糖質制限食の導師様(江部氏)によると、糖質制限を導入した際の低カロリーはいろいろと良くないらしい。ブログ「ドクター江部の糖尿病徒然日記」の記事から二つ:

 

糖質制限食実践中の好ましくない症状は、ほとんどがカロリー不足です。 -2022年11月04日 (金) 
https://koujiebe.blog.fc2.com/blog-entry-6124.html
>こんにちは。

糖尿病
メタボリックシンドローム・・・内臓脂肪蓄積が元凶
肥満
肥満に伴う高血圧
アトピー性皮膚炎
花粉症
尋常性乾癬
逆流性食道炎
尋常性痤瘡(ニキビ)
片頭痛
機能性低血糖
歯周病
潰瘍性大腸炎
認知症

など様々な生活習慣病の予防・改善に糖質制限食が有効です。勿論、個人差はあります。
 生活習慣病の本質は『糖質頻回過剰摂取+インスリン頻回過剰分泌』病です。すなわち、「生活習慣病=糖質過剰病」といっても過言ではありません。糖質制限食が『糖化・酸化ストレス』を防ぎ、内臓脂肪蓄積・生活習慣病・老化・認知症を予防します。<

>糖質制限食開始時に、おそらく長年の習慣で脂質まで制限してしまう方々がおられます。この場合「糖質制限+脂質制限」となりますので、食べるものは、白身魚やササミなどヘルシーとされるたんぱく質と葉野菜や海藻・茸の類いが主となります。
 こうなると、本人は気がつかないまま、摂取エネルギーはかなり少なくなり、厚生労働省のいう「推定エネルギー必要量」を大幅に下回り、様々な症状と検査データの変化が生じます。・・・<
><結論>
糖質制限食開始後にみられる好ましくない症状(全身倦怠、筋力低下、無気力・・・)のほとんどが、摂取エネルギー不足からきています
 甲状腺機能低下症といきなり飛躍したりせずに、普通に摂取エネルギー不足を考慮してみてくださいね。<

 

『色素性痒疹』 について -2024年07月15日 (月) 
https://koujiebe.blog.fc2.com/blog-entry-6606.html
>こんにちは。
今まで、色素性痒疹については、何度か質問を頂き、検討してきました。
結論を言いますと
ほぼ全ての色素性痒疹は、低カロリー食が原因である。」
ということになります。<

 

 このような記事には少し思う所あり、後者の記事にコメントとして次の見解を打ち込んでおいたところ(同ブログのソース基準は厳しめなので、素人の体験談ベースの内容にに留めておいた。糖質制限の導師様には敵が多くここぞとばかり足を引っ張る人が数多いて、特異的な体質の少数を切り捨てるような言説になっているのは仕方のない面もあるところ):

 

色素性痒疹の本質に係る別説

 数年前に緩い糖質制限を導入しまして、その際に個人的に最も困ったのが皮膚症状でした。ネット上の一例報告やうわさを元に一時的なサプリ摂取で克服した経験があります(カロリー的にはサプリ摂取前後で概ね変化なし)。
 このため、この皮膚症状を「色素性痒疹」と見立てつつ、次の問を建てて回答を探していたところです:

Q 糖質制限の導入の際の色素性痒疹については、治したり防止するのにナイアシンの服用(500mg/day程度かそれ以上)が有効という説が数年前巷で広まっていた。仮にこれが正しいとして、何故いいのだろうか?

 今回の記事をきっかけに再度検討してみたところ、答えが作れそうなシナリオを思いつきました(色素性痒疹のインスリン一過性作用不足起因説)。インスリを補充すれば著効するとされており、このシナリオとも矛盾しないようにも思えます:

色素性痒疹を合併した糖尿病性ケトーシスの3例 -2000年

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo1958/43/5/43_5_387/_article/-char/ja/

 与太話はこの辺で失礼します・・・

注1)上記のQの回答を脚注1に追記。

 

 ちなみに上記コメント内で言及した報告は、国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の科学文献サイトのものだが、そのさわりは:

>抄録
 色素性痒疹は著しい瘋痒を伴う紅色丘疹が発作性に多発し, 後に粗大網目状の色素沈着を残す皮膚疾患である. その発症にケトーシスの関与も示唆され, 糖尿病領域でも注目されている. われわれは, 過去6年間に糖尿病に合併した色素性痒疹を3例経験したので, 文献的考察を含め報告する. ・・・<

 

 その後、自説(色素性痒疹のインスリン一過性作用不足起因説)を本ブログの進化的な考え方と整合的になるよう転がしてみたところ、以下のようにまとめることができたので、紹介しておこう(個人的には、糖質制限食の導入によって花粉症やアトピー性皮膚炎が軽快するのは、異物除去能力の本来能力の回復で説明できそうだと感じていた。しかし、尋常性乾癬や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、IBD)にはそれだけでは射程が届ないと常々感じていたのだが・・・):

 

・食性の変更(狩猟採集食⇔農耕食)により血清インスリン濃度が変化しIGF(Insulin-like Growth Factor。インスリン様成長因子)も変化するとされている(農耕食で高値へ。例えば、約2倍との報告は注2参照)。
・農耕食は比較としてがんを招き易く細胞増殖を促すようであり、宿主の細胞の新陳代謝を軸として維持されている境界の生態系(皮膚、粘膜において宿主と常在の微生物・ウィルスとが共創するもの)に対し増殖過多・過少を通じて影響を及ぼし、肌環境又は腸内環境を乱し得る。

・このような生態系異常(dysbiosis)を契機とした免疫力の低下により上手く対処できないときは(注3)、具体的には農耕食において皮膚(表皮)の増殖過多による「乾癬」が、腸粘膜(粘膜上皮)の増殖過多による「炎症性腸疾患」が生じると思料される(インスリン水準変動による境界生態系異常症候群仮説)。
・他方、農耕食⇒狩猟採集食という変更においては(インスリン・IGF低値へ変化)、増殖過少による生態系異常があり得、皮膚(表皮)の増殖過少による「色素性痒疹」が生じると思料される(インスリン一過性作用不足仮説。なお、腸粘膜の増殖過少によるものは多分炎症性腸疾患に取り込まれているものと思料)。

・ヒトの本来の食性はインスリン・IGF低値であり、食性の変更によりこれらが高値から低値に誘導されたとしても、いずれ全身においてインスリン・IGF低値に対応した設定に調節可能と考えるのが自然だろう(乾癬も炎症性腸疾患も難治とされており、高値への対応能力には個人差があるのだろう)。

 

注2)ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の記事から:

糖質制限でケトーシスになっている人が糖質制限を止めたらどうなる? その1 -2023年11月8日
https://promea2014.com/blog/?p=24243
>IGF-1も同様に、149.30μg /Lから273.40µg/Lに増加しました。<
引用者注)同記事の図表の上から4番目あたり参照。糖質食で約2倍になるらしい。

注3)ここでは免疫力は、侵入防御能力と異物除去能力との兼ね合いで決まるものと考えている(詳しくは2024-2-1付けブログ記事参照)。故に「免疫力の低下」は侵入防御系(バリア機能)自体の劣化、及びそれによる異物除去系の負担増により起こるものを意味する。

 

 この仮説(インスリン水準変動による境界生態系異常症候群仮説)が正しいとすると、潰瘍性大腸炎のほか、クローン病(炎症性腸疾患の一種)にも糖質制限食が有効なはずだが、

個人の体質に応じて、粘膜上皮細胞の増殖過多・増殖過少にならない範囲で糖質量をゆっくりと減らしていく必要がある

というのがかなり難しいのかもしれない(追記の脚注4を参照)。

 

 適当にまとめると、

乾癬や炎症性腸疾患は、糖質食により免疫力の低下(バリア機能及び異物除去機能の両方の能力低下)により起きる疾患であろう

ということになろうか。

 

脚注1)本文中のQの回答について(Qを再掲しつつ):

Q 糖質制限の導入の際の色素性痒疹については、治したり防止するのにナイアシンの服用(500mg/day程度かそれ以上)が有効という説が数年前巷で広まっていた。仮にこれが正しいとして、何故いいのだろうか?

A)先ず、色素性痒疹については、次のような病態と考えられる(インスリン一過性作用不足起因説):

・ヒトは、狩猟採集食の時代にはもともと血清低インスリン・低IGF(インスリン様成長因子)であろう。糖質食に変化すると、これらが高めに誘導される結果、皮膚の新陳代謝系においてそれらの感受性が自ずと抑制・低下するものとみられる(この抑制が慢性的に上手くいかない場合もあり得るだろう)。
・糖質食から糖質制限食に戻した際には、燃料供給系(ぶどう糖・脂肪酸の供給系)の調整は〔2-3週前後で〕済むようだが、皮膚の新陳代謝系の調整には個人差のため〔12週前後ほど〕かかる場合があるとみられる(二つの期間は体感からの山勘推定。この場合には、血清インスリン・IGFが低め誘導される中、感受性が抑制されたままの期間が生じ作用不足が起き皮膚が脆弱となるため色素性痒疹に至るのだろう)。

 次に、ナイアシンの服用(高容量)については、肝臓のミトコンドリア内にNAD+(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド。摂取ナイアシンから代謝産生される補酵素で、電子伝達体の一種)を過剰に供給することがあり得、その際にはNAD+とNADH2+(還元型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)とによる酸化還元制御に支障を来たすことから、肝機能を障害しインスリン抵抗性を発揮させることがあるとみられる(脚注2、3参照)。
 従って、ナイアシンの服用によりインスリン分泌水準が高めに誘導される結果、一時的なインスリン作用不足が解消し皮膚の新陳代謝系が健全化するため、色素性痒疹に有効になるものとみられる。

 

脚注2)肝機能障害・インスリン抵抗性の存在については、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の記事から二つ:

ナイアシンは安全か? その2 -2019年7月11日
https://promea2014.com/blog/?p=8719
>ナイアシンのこのような肝臓に対する肝毒性と、脂質代謝に与える効果、そして「その1」で書いたインスリン抵抗性の増加、などを総合的に考えれば、ナイアシンは肝臓に対する大きな作用があり、その一部の効果はコレステロールや中性脂肪を低下させますが、その他の効果では肝臓のインスリン抵抗性を招き、何らかのシグナルが出て筋肉のインスリン抵抗性も起きるのではないでしょうか?そして一部の人にはナイアシンの肝毒性が起きるほどに強く肝臓に効果を与えるのです。そして、ナイアシンの肝毒性が検査値にどのような変化を与えるかは非常に多彩です。通常の肝機能(ASTやALT)の上昇が少ないからと言っても安心できませんし、そのまま経過をみて進行してしまっては非常に危険です。少しでも異常値が出たら中止の方が良いと思います。
 いずれにしても、定期的に肝機能の検査、凝固能の検査等ができないのであれば、ナイアシンは慎重に少量で使用すべきです。少しでも異常があれば検査等が必要です。2~3gを飲み始めて数週間という期間で肝臓に大きな問題を起こす場合もあるのですから。<

ナイアシンは安全か? その1 -2019年7月8日
https://promea2014.com/blog/?p=8762
>先日、糖質制限の情報が非常に豊富な「もう失敗しない!正しい糖質制限ダイエット」というブログでナイアシンについて取り上げられていました。非常に興味深く拝見させていただきました。(それにしてもすごい情報量です!)そこではナイアシンの大量摂取で血糖値が上昇したことが書かれていました。
 ナイアシンについては様々な健康に有益な効果をもたらすと考えられ、サプリとしても人気でしょう。しかし、確かに添付文書上では副作用として耐糖能低下が書かれており、耐糖能異常の人には慎重投与となっています。
 これまではあまりナイアシンについて興味がなかったのですが、糖質制限を勧めている以上、血糖値が上がる仕組みを知りたくなりました。と言っても実際には完全に解明されてはいないと思います。
 その記事の中では「ナイアシンは脂質代謝を亢進させてコレステロールを下げる効果があるので、グリセロールを原料に糖新生が亢進する可能性があるのと、人によっては糖新生自体を亢進させる」とどなたかにアドバイスされたことが書かれています。
 前半の部分は糖新生の原料が増加すると糖新生が亢進するのであれば、糖質制限をしている人は脂質代謝が亢進しているので、多くの人が高血糖になってしまう可能性があります。しかし、糖新生はコストがかかる反応なので、必要に応じて必要なだけ行われると思うので、ちょっと違うのでは?と思います。しかし、後半の糖新生自体を亢進させるというのは、人間の正常な代謝を越えて糖新生を起こす何かメカニズムがあるということだと思うので、これはもしかしたら「あり」なのかもしれません。<
>上の表は脂質やカテコラミンの反応です。ニコチン酸によりどのグループも確かにコレステロール値や中性脂肪値は低下しています。カテコラミンはエピネフリンは変化していませんが、ノルエピネフリンは増加しています。ノルエピネフリンはいわゆるインスリン拮抗ホルモンで、糖新生を起こします。確かに糖新生を亢進させるメカニズムが存在しそうです。糖尿病の人では暁現象が起きやすくなる可能性があるでしょう。
 いずれにしても、ナイアシン(ニコチン酸)によりインスリン感受性は低下、つまりインスリン抵抗性が高まり、それに対して耐糖能が正常である人はインスリン量を増加させて対応しているようです。しかし、インスリン分泌能が低下していれば、そのような反応が十分ではなく、血糖値の上昇が起きるようです
 血糖値が見た目に変化がなくても、最も気になることはインスリン分泌が大きく増加していることです。高インスリン血症は非常に有害だと考えられます。ただし上の図のグラフを見てもわかるように、人によってはインスリン感受性が増加している人もいます。何が違うかは不明です。多くの人は感受性が低下していると思われますが。
 つまり、糖質制限をする人にとって(糖質制限をしていない人にも)大量のナイアシンを使用することは良くない可能性が高いことになります。特にすでに糖尿病を発症している人、食後高血糖を示す人などには恐らく有害です。β細胞にとって良くないと思われます。ただし、いつも言っていますが、この研究は糖質過剰摂取をしている人で行われています。糖質制限との組み合わせでは不明です。<


脚注3)ナイアシンによる肝機能障害の機序については、国立情報研究所(NII)サイト内の「東京医科大学 学術リポジトリ」の報告から:

健康補助食品の過剰摂取を契機として肝機能障害及び好中球増多症を呈した一例 -2022年
https://tmu.repo.nii.ac.jp/records/13252
>考 察
 ニコチン酸やニコチンアミドなどのナイアシンは速やかに肝臓に取り込まれ代謝される。大量投与により肝逸脱酵素の上昇やプロトロンビン時間の延長、高尿酸血症などの症状を呈する1)。特に、サプリメントなどのナイアシン徐放性製剤では肝毒性のリスクが最も高いとされる2)。肝毒性が生じる機序は正確にはわかっていないが、近年の報告ではナイアシン代謝に伴い産生されるニコチンアミドモノヌクレオチド(Nicotinamide mononucleotide : NMN)や還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド〔フォスフェート〕(Nicotinamide adenine dinucleotide phosphate : NADPH)により肝細胞ミトコンドリア内の酸化還元不均衡が生じ、結果として肝機能障害をきたすと推測されている3)。・・・<

 この見解をベースにして考えてみると、具体的には次のような感じかもしれない:

- 肝ミトコンドリア内における酸化還元制御の不均衡は、TCA回路(トリカルボン酸回路)の中間体(オキサロ酢酸とリンゴ酸)の平衡関係を乱すため糖新生や脂肪酸β酸化の亢進を引き起こし、肝機能を障害し得る。この際には、肝臓での遊離脂肪酸不足が起こり、中性脂肪合成が阻害され血清中性脂肪も低下するのだろう。
- これらの亢進はインスリン作用と拮抗するが、カテコ-ルアミン(ノルエピネフリン)分泌が増えてインスリン抵抗性が生じて解消されることが多いようであり、結果、インスリン高値(場合によっては血糖高値)に誘導されることになる。
- 末梢(筋肉)では、低下した血清中性脂肪に対応するため、リポ蛋白リパーゼ(LPL)の活性を上昇させるようインスリン抵抗性が生じるのだろう。

 

脚注4)追記その2。文中の「インスリン水準変動による境界生態系異常症候群仮説」については、遺伝子想定的でない生活様式により乾癬又は炎症性腸疾患になり易くなるというものである(境界の生態系を制御している細胞の新陳代謝が増殖過多に傾くことにより侵入防御力の低下を招来するため。この仮説では、色素性痒疹は本来の生活様式に復帰する際の過渡的な一過性症状と捉える)。その補強証拠としてクローン病に関する事例(糖質制限又はケトン食で軽快したというもの)を探したのだが簡単に見つからないところ、後回しにしていた。今般、清水氏のブログ「ドクターシミズのひとりごと」において、これ以上はないだろうという報告の記事を発見したので、紹介しておこう(10の症例報告中にはクローン病のものもあるが、ここでは乾癬を合併していた潰瘍性大腸炎の事例を特に引用。個人的には国語の成績が最も悪かった様の母国語不自由人なので、10例の翻訳の苦労を思うと大変お疲れーという感じ):

炎症性腸疾患の治療のための肉食ケトン食療法 10人の患者の症例報告  -2024年9月6日
https://promea2014.com/blog/?p=27539

今回の論文は、炎症性腸疾患の10人の症例報告です。症例報告はエビデンスレベルが低く、軽視する専門家もいますが、非常に重要です。薬物を服用せずにケトン食または肉食ダイエット(ほぼ肉、魚介類、卵、動物性脂肪、乳製品のみを食べる)で改善するか、食事で薬を中止することに成功した潰瘍性大腸炎6人とクローン病4人の症例です。

>ケース10
 患者Eは63歳の女性で、母親と息子に炎症性腸疾患の家族歴があり、個人歴にも乾癬の重大な病歴がありました。41歳のときに潰瘍性大腸炎と診断されました。最初しぶり腹、けいれん、腹部膨満、疲労を伴う貧血を伴い、数か月間毎日10~12回、軟便と血便が持続したという症状で病院を受診しました。当初は、副腎皮質ステロイドによる治療とメトトレキサートによる治療を受けていましたが、口腔粘膜炎と脱毛のため中止しました。43歳のときに別の薬の投与を開始し、注射の間隔を空けようとしたときに軟便と血便が再発したことを除いて、潰瘍性大腸炎の症状は寛解しました。61歳のとき、消化器専門医と相談したリウマチ専門医のアドバイスのもと、管理不能な乾癬の治療のために別の薬に切り替えられましたが、乾癬は改善しませんでした。

61歳のとき、減量のためにケトン食を試しました。以前にもカロリー制限に重点を置いた食事パターンを試したことがありましたが、大きな成果はありませんでした。約90%の赤身の肉、卵、チーズと低炭水化物の野菜(カリフラワー、ブロッコリー、マッシュルーム、ザワークラウト)で構成される食事を開始して間もなく、乾癬が完全に治ったことに気づきました。その後数か月で、約70ポンドも減量し、BMIは40から28.7に低下しました。顕著な皮膚科的反応に気づいた彼女は、薬の投与間隔を徐々に広げ、肉食ケトン食開始から9か月後に投薬を中止し、現在まで「症状は 100% 解消」し寛解状態が続いています

患者の視点
肉食ケトン食ですべてが治りました!20年以上経った今、病気も薬も不要です!食事は役に立たないと言われましたが、効果があったと断言できます。私はその食事をやり遂げました。もう二度とキャンディーバーを買うことはありません。それは、私は甘いものが大好きだけど、この気分が好きというほどではないからです。

→甘いものは好きな人は多いですが、それは依存です。依存から抜け出れば甘いものがいらなくなります。<
引用者注)記号「→」以下はブログ記事筆者のコメント部分。なお、クローン病の事例はケース1、3、6及び7。

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微生物の多形態性とバリア機能

2024年04月18日 | その他健康・医療

 

 以前の2/1付記事(リンク)では、免疫力は、異物の侵入防止能力と異物の除去能力の兼ね合いで決まってくるのだろうと考えたが、何故そのような考え方がよいのだろうか。

 前者の能力は、生体と外部との境界で異物を排除する働きである。生体内部での異物除去能力がほぼ一定と仮定すれば(同能力は鳥類・哺乳類では体温とよく相関)、境界から内部に侵入してくる異物が多くなれば、体内では異物への対応がより遅れる状態が発生し、免疫力が低下したと捉えることができるだろう。つまり、ここでは免疫力の低下の実質は、体内の異物の処理遅延とみていることになる。

 動物の周囲には、多数の微生物が存在している。微生物の生活史を踏まえると、生体内に紛れ込んだ微生物の処理が遅延すると問題が起こり得ることとなる。これは、時間の経過により微生物が増殖して数が多くなるからという面もあるが、単に数量が増えるだけでなく微生物は質的にも変化し独自の防御壁(バリア)を構築できるからでもある。

 

 このブログでは、このところ難病・免疫病は常在共生体が原因のことが多いと基本考えているので、ここで微生物の生活史について復習しておこう。

 

 生物と外部との境界にあたる体表や管腔組織(消化系、呼吸系など)では、細菌・真菌・ウイルスなど(便宜ウイルスを含んだ趣旨にて以下「微生物」)が共存している(千種類以上で数万種類ともいわれる)。

 進化的にみれば、生物が群落化して生活している所では、生物同士の共生は当初からみられた現象だろう。栄養素が競合するため奪い合いもあっただろうし、排泄物を栄養素にできたりして有機物を融通し合うということもあっただろう。その後、免疫系(異物除去能力が主体)が発達するのは相当進化が進んだ後からであり、そのような時代になっても微生物との共生を完全に排除する方式にはなっていない(免疫系がかなり発達した鳥類・哺乳類でも境界を無菌にはしていない。注1)。つまり、体表や粘膜などの境界で侵入防御壁(バリア)がある部分は、必然的に生物(宿主)とこれらの境界に常在する微生物(常在共生体。寄生体ともみられる)が共創する生態系となっているのである。


注1) 現存の生物種は、生体エネルギー論的に効率化するため、境界の生態系の何らかの維持・管理法を身につけているのだろう。境界の生態系は、宿主の形質形態や生活様式が変化すれば自ずと変わっていくはずだが(例えば、ヒトはチンパンジーとの共通祖先から進化)、その制御が上手くいかないと宿主の進化の道が閉ざされてしまうか、他の生物種との競争に負けてしまうことになると考えられる。仮に境界を無菌化する宿主が現れても、生体エネルギー的にかなり消耗してしまい効率が悪くなり、微生物と上手く共存して自身に役立つよう利用できた生物種にかなわないのであろう。また、境界の生態系としては、有機物を融通し合う形態の方が競合して互いに消耗する法より優位に立つことが多いだろう。

 微生物の大きさは、細菌ではおよそヒト細胞の25分の1程度、ウイルスではその10分の1程度である。微生物は、真核細胞に比して大きさも小さく増殖性が高く個々に知覚しその全部を排除するのは難しいだろうから、境界を無菌化するというのは無謀な戦略とも言える。現実的には、個々にその存在に目くじらを立てるのではなく、ある程度群落化して宿主側に不都合が生じるようだと異物除去系の対象になるのであろう。

 

 生物の生存する環境は、多かれ少なかれ常に変化している。生物種の歴史を追っていけば進化論ということになるし、とある生物種の個体の一生を追っていけば生活史・生活環(life histry, life cycle)ということになる。ある生物種がいるということは、進化的にみれば、そこには典型的な生活様式が成立しているということとほぼ同義であろう。

 生物個体は、生存している環境の変化(あるいは成長・老化過程)に応じて形質形態が変化していくので、本来、多形態性(polymorphism。多型性、多態性)である。典型的な例としては、昆虫(蝶)や両生類(カエル)がある。蝶の生活史をみれば卵 →幼虫 →蛹 →成虫と明確に変化している。どの成長段階で越冬するのかは生存環境との兼ね合いで最も有利なものが選ばれるのであろう。

 境界の生態系は、多様な関係が成り立ち得て流動的である。このような生態系は様々な生物種から構築されているため、それぞれの生活史が互いにぶつかり合うことになり、常に緊張関係にあるからである。この点に関し、長谷川 政美著「ウイルスとは何か」(2023年1月)から一節を引用すると:

 

>宿主と共生体のあいだには厳しいせめぎ合いがあり、常に緊張関係がある。宿主と共生体のそれぞれが自身の子孫をなるべく多く残すように振る舞うが、双方の利害が一致する場合もあれば、対立することもある。
 その結果として、多様な関係が進化する。宿主と共生体の双方が利益を得るような相利共生がある一方で、共生体が宿主に対して害を与える寄生や病原体になるなどの関係も生じる。どんな関係であっても、双方にとってすべての面でよいことだけということはないので、宿主と共生体のあいだの関係は流動的であり、絶えず変化する。これには国際政治の世界と似たところがある。(同書12頁)<

 

 微生物は下等な生物であり、単純な形質形態だろうと考えがちかもしれない。しかし、微生物も生存環境に応じて形質形態を微妙に変化させているのである。このため、境界の生態系においては、厳しいせめぎ合いの妥協の産物として宿主と常在共生体とが共創する共生生活史が成立していることになるだろう(注2、注3)。


注2)微生物との共生については、夏井 睦氏のサイト「新しい創傷治療」の次の書評記事にある理解が参考になるかもしれない:


『共生という生き方 -微生物がもたらす進化の潮流-』(トム・ウェイクフォード著、2006年刊行) -書評2006年
http://www.wound-treatment.jp/books/164.htm

>「生物学系の微生物」の本と「医学系の微生物学」の本を読んでいると,基本概念の部分が全く異なっていることに気がついた。医学系の微生物学書では「微生物=病原菌」,つまり,細菌は病気の原因となる厄介者であり人間に敵対する恐ろしい暗殺者だが,生物学系の本では,細菌とは自然界にあまねく生活する逞しい生命体であり,病原性を持つ状態はむしろ特殊な状況であり,他の生物種と共生することで地球環境を維持しているなくてはならない最も重要な生物ということになる。要するに,見方が180度異なっているのである。
 では,どちらの立場,どちらの見方が正しいのだろうか。 <
> そしてこれは人間でも同様である。人間は腸管常在菌や皮膚常在菌とワンセットで生きている。例えば,腸管常在菌がいなければ人間は食べた物を栄養として吸収できないことは広く知られているし,腸で吸収する多くの栄養素のかなりの部分は,腸管常在菌が作ってくれた物である。要するに,常在菌なしではいくら栄養豊富な物を食べても,それを消化吸収できないのである。逆に,腸管常在菌は人間の腸管という環境に最高度に適応した生物であり,腸管の外に出て生活できないものが多い。つまり,人間と腸管常在菌は切り離せないものだ。同様に,皮膚常在菌も人間の皮膚でしか生きられないが,皮膚常在菌がいない人間は生きていけないのである。 <

注3)人体観として、ヒトと常在共生体が共創する生態系としての人体を基礎とする考え方を「共生人体論」と呼ぶことにすれば、医科の分野では、解剖学をベースにしてヒトの固有の機能で組織された自立活動できるものとしての人体観(「自立人体論」と呼べそう)を採用していることが多いだろう。しかし、最近では少なくとも外界との境界部位を議論する際は、共生人体論が徐々に主流になりつつあるように思われる。

 

 微生物の生活史に話を戻すと、微生物が新たな繁殖先を探して移動する際は、栄養状態などの環境も良くないと期待されるので、必要最小限の軽い形態で浮遊していることが多いし、中には胞子を作るものもある。他方、繁殖に適した生存環境に出会えば、、(ウイルスを除く細菌などの)ほとんどの微生物は、増殖して群落化を始めると自ら産生した構造体を使い独自の閉鎖的な環境を構築したものに発展していき、その内部で外部影響を遮断しつつ効率的に繁殖するらしいことが1980年代後半から徐々に明らかになってきている。

 このような構造体は、細胞と細胞のと間で三次元的な細胞構造の形成と維持を行っており、細胞外マトリックス(注4)と、閉鎖系となった微生物の群落はバイオフィルム(生体膜)と呼ばれている。


注4)Extracellular matrix, ECM。細胞間物質、細胞外基質、菌体外マトリックスとも呼ぶ。細胞間マトリックスは、結合組織の構成要素として重要である。

 生体の結合組織は、細胞外マトリックスとその組織に特有の細胞とから構成されている。このような結合組織は、生体力学的にみれば力学的な耐性を出して体を支えている。個々の細胞は、その内部では構造を支える細胞骨格を産生する一方、外部では他の細胞や細胞外マトリックスに接着して細胞構造を維持しているのである。

 典型的な結合組織の例は、真皮であり、コラーゲン線維(細胞外マトリックスの一種)がその乾燥重量の約7割を占め、他に線維芽細胞、血管系などから構成されている。また、多細胞生物での細胞同士の結合をみれば、細胞骨格と連動する細胞接着分子(タンパク質で、細胞外マトリックスの一種)が細胞膜から出ていて、その部分で結合している(細胞同士の隙間は間質液で満たされている)。

 

 バイオフィルムの定義・意義については、大手化学会社「ライオン」と大阪市立大学のサイトの記事、及び夏井 睦氏のサイト「新しい創傷治療」の記事から順にそれぞれ:


用語集 バイオフィルム
https://systema.lion.co.jp/shishubyo/glossary/b_biofirm.htm

>バイオフィルムとは微生物の集合体のことです。数種の細菌がコミュニティーを作って増殖した膜状のもので、細菌が外的要因(薬剤、体内の免疫反応、口腔内の環境変化など)から身を守るために作ります。台所や風呂場の排水口や川底の石にヌルヌルとした膜ができることもありますが、あれがバイオフィルムです。
また、口腔内の細菌のかたまりである歯垢(プラーク)もバイオフィルムのひとつです。<

 

微生物たちのお城~バイオフィルム 第1章 バイオフィルムとは
http://www.med.osaka-cu.ac.jp/bacteriology/b-online/biofilm/home_b1.shtml

>・・・バイオフィルムとは、このような微生物が固形物や生物のからだの表面などに付着して形成する集合体です。そして、多くの場合、微生物が自分自身の産生する物質によって覆われながら形成されます。この微生物自身が産生する物質は、バイオフィルムマトリクスや細胞外マトリクスと呼ばれ、多糖体・タンパク質・DNA(デオキシリボ核酸)などから構成されます。これらの物質は、バイオフィルムの形成にとても重要な構成要素です。このような「微生物を覆う物質=バイオフィルム」と誤解されている場合も多いようですが、実は、それらの物質によって微生物細胞の集団が覆われている状態がバイオフィルムなのです。<

引用注)この記事に関係する第3章にはバイオフィルムの電子顕微鏡画像あり。またついでに、第2章によると、ナタ・デ・ココはバイオフィルムそのものであるらしい(酢酸菌アセトバクター・キシリナムが多糖セルロースで覆われたもの)。

 

『バイオフィルム入門 -環境の世紀の新しい微生物像-』(日本微生物生態学会バイオフィルム研究部会 編著、2005年刊行) -書評2006年
http://www.wound-treatment.jp/next/dokusho148.htm

> 現実の細菌たちは「一匹一匹でウニョウニョ」ではないらしい。単細胞生物はバラバラに自由気ままに生きている訳ではないのだ。バイオフィルムを作って共同生活をしているのだ。
 つまり,バイオフィルムとは「細菌共同体」であり,自然界普遍のものである。決して,カテーテル内面にたまたまできるものではないのだ。医者が問題にするはるか大昔から,細菌たちはバイオフィルムを作って共同生活をしていたのである。 <

 

 バイオフィルムは、単一種の微生物の集団に限らず、複数種の微生物が共存する群落にもなっているのである。バイオフィルムが微小な閉鎖環境を提供するので、近隣のバイオフィルム同士で勢力争いをする際には、その内部に生物遺伝子の多様性があるものの方(つまり群落としてより多機能であること)が有利に働くことが多いのかもしれない。

 また、バイオフィルム自体は、3次元構造をしている。平面的にはいくらでも広がり得るのは当然として、高さは細菌の20倍程度になることもあるらしい。細菌サイズの目線でみれば、薄膜状というよりドーム状の「バイオドーム」という感じなものもあるだろう。ただ、ヒトの大きさを基準とすれば、細菌を20層に積み重ねてもその高は多分ヒト細胞サイズより小さいので、薄膜状という認識になるのだろう。

 微生物は、何故バイオフィルムを形成するのだろうか。多分、微生物が生き延びられる環境と効率的に増殖できる環境とには差異があるため、自ら外界と隔離された閉鎖系を作り、微生物群落に都合の良い独自の環境を構築するためであろう。微生物がバイオフィルムを形成する利点を具体的に挙げれは、次のようなものだろう:


1. バイオフィルムにより、微小ながらも独自の環境を構築できる。
2. バイオフィルムにより、生存上の各種の耐性を上げられる。

 

 補足説明をしておくと、1.については、バイオフィルム内で微生物は、外部からの影響を遮蔽できて、栄養素や水分・酸素などの微小な循環系を構築している。例えばヒトの皮膚の場合、バイオフィルム内では、低酸素となり嫌気性微生物でも生存できるほか、pHは弱酸性に維持されている(温度はヒトの体温付近でほぼ一定に保たれている)。

 2.については、バイオフィルムはバリア(侵入防御壁)として機能するので、物理的・化学的・生物的な変化に対する耐性が上昇することとなる。物理的には、バイオフィルムであると力学的耐性が上がることとなる。例えば、ステンレスの流し台にへばりついているタイプのバイオフィルムの場合には、軟らかいスポンジでこすってもびくともしないのはよくあることだろう(ブラシとか激落ち君などのメラミン製スポンジとかで気合を入れてこする必要あり)。

 化学的には、外界の化学物質がバイオフィルム外層の構造体により遮蔽されて内部に届きにくくなる。例えば、抗生物質への耐性が100倍以上に上がることもあるし(注5)、内部の酸素濃度やpHも調整できることとなる。

 生物的には、バイオフィルムは先住者であるから、後からその場所に来た微生物は資源の確保で劣位に置かれその増殖が阻害・抑制されることになる。また、宿主からの免疫系による攻撃をかわし易くなっている。自然免疫系の貪食作用は、バイオフィルム表層の構造体が邪魔になって能力が低下することになるし、獲得免疫系は、タンパク質の断片を異物と察知して始動するが、表層の構造体は糖を主体としていてるものが多く異物として察知しにくくなっている。

注5)この点が、虫歯を抗生剤で予防できない理由である。虫歯は、歯の表面に作られるバイオフィルム(口腔内に常在するミュータンス連鎖球菌が主体)が原因とみられ、定期的な歯磨きという物理的手法で除去しないといけないことになっている。
 なお、細菌の場合、20分程で一回細胞分裂をして増殖し、バイオフィルムを形成し始めるには6-8時間ぐらいかかるらしい(口腔内の場合)。

 

 生体宿主と共生体との関係の中でバイオフィルムをみれば、宿主にとってはメリットとデメリットがある。メリットとしては、宿主側で独自にバリアを構築している部分(体表や管腔組織など)には通常、常在共生体によりバイオフィルムがその上層に形成されており、バリア機能が一段と高まることとなる。このため、バリア機能を考える際には、共生の生態系を宿主の生存のための環境に広く含めて理解し、体表、口腔内、腸内といった境界の生態系環境を保護するという視点も重要になってくるだろう(注6)。

 他方、デメリットについては、望ましくない想定外の部位にバイオフィルムが形成されると、宿主の異物除去系からすると攻めの難所化した状態であり、浮遊した状態に比して除去には手間も暇もかかることになる(歯の表面や歯肉溝など。注7)。

 

注6)この境界の生態系環境の維持・管理には、宿主の異物除去系が常在共生体を取捨選択することが大きな役割を果たしている。宿主にとって望ましい微生物群落が増殖する場合はこれを温存し、望ましくない場合にはこれを除去して望ましい生態系を回復することが行われているのだろう。例えば、一般に乳酸菌食品の摂取は身体によいとされているが、腸内の常在菌にはなれない通過菌であり(排除すべき細菌と免疫系で認識されていて、到来すると腸内のバリア機能が強化される点が有益とされている模様)、定期的に摂取しないと効果が続かない。

注7)体内の組織で形成されたバイオフィルムが慢性的に炎症を引き起こし病巣化していくと、全身でも病気がもたらされる可能性が高くなるとされている。日本病巣感染研究会(JFIR)のサイトの記事から:

総論  病巣疾患とは?日本病巣疾患研究会 -JFIR-が目指すもの
https://jfir.jp/topics/

>口、鼻、のど(咽頭)から始まる全身の病気
 私たち人間は生きていくための「命の源」である食物と空気を口と鼻から取り入れます。しかし、その代償として体の入り口である口腔、鼻腔、咽頭は常に細菌、ウイルス、粉塵、異物などに曝されることになります。こうした危険から私たちの体を守るために、口腔、鼻腔、咽頭は食物や空気の単なる通り道というだけではなく、実に巧妙な免疫機能と神経機能を備えています。それゆえ、口腔、鼻腔、咽頭に慢性の炎症が生じると、その局所では症状が乏しくとも同部位の免疫系や神経系を介して全身の免疫、神経機能に影響を及ぼし、結果的に口腔や咽頭とは一見、関係がなさそうな様々な体の不調や疾患を引き起こします

 例えば歯周病があると、以下の疾患のリスクが高まることが知られています。
    低体重児出生(胎児の発育不全)
    関節リウマチ
    虚血性心疾患
    脳梗塞
    骨粗鬆症
    糖尿病の悪化
    高齢者の誤嚥性肺炎<


 引き続いて、境界の生態系としてヒトの皮膚を例にして考えていこう。

 ヒトの体表を人体解剖学的にみると、最も外側を皮脂(膜)が覆っていて、中に入っていくと表皮(最外の角質層ほかの4層構造)、真皮、皮下脂肪と続いていき、表皮が所々で真皮に沈み込んだ部分から毛包・皮脂腺が(表皮には血管がないので近づくために沈み込む模様)、真皮から汗腺が外部に出てきているイメージだろう(図1参照)。

 このように考えていると、ヒトの皮膚のバリア機能については、体表にある自身の産生した皮脂膜がこれを担っていると考えがちだが、その実態は既述のとおり、宿主の表皮(角質層)の上層にあって、分泌される皮脂や汗を栄養源としている常在共生体との共生の生態系の産物であるバイオフィルムなのだろう。

 

   図1 肌荒れの模式図(生態系異常による皮膚バリアの損傷)
( Revealing the secret life of skin - with the microbiome you never walk alone -2020年 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31743445/ の Figure 1から。
EPIDERMIS:表皮、DERMIS:真皮、HAIR FOLLICLE:毛包,、SEBACEOUS GLAND:皮脂腺,、SWEAT GLAND:汗腺。PROPIONIBACTERIUM SPP.:プロピオニバクテリウム属の細菌(アクネ菌など)、STAPHYLOCOCCUS SPP.:ぶどう球菌属の細菌(表皮ぶどう球菌(Staphylococcus epidermidis)など)、CORBEBACTERIUM SPP.:コリネバクテリウム属の細菌、S.AUREUS:黄色ぶどう球菌(Staphylococcus aureus)、MALASSEZIA SPP.:マラセチア属の真菌)

 

 微生物については、下等な生物ということからか以前は一定の形質形態(浮遊する際のもの)で変化しないというイメージで説明されていたことが多いと思われるが、微生物も当然に多形態性であり、生活史が存在している。

 微生物のうち、細菌の生活史をみると、最初は浮遊細菌として新たな移動先を探して外界をふらふらしていて、そのうち何かの表面に接着してそこで住めるかどうかを試みるのであろう。運よく増殖できる環境であれば、固着して引き続き増殖して細菌群落(微小な細菌コミュニティ)が形成されていくことになる。群落内の細胞は細胞外マトリックスを増やしバイオフィルムを形成して(群落を膜で外界と遮断するようドーム化することにより)より住みやすい環境を構築し増殖を加速化させるようだ。成熟したバイオフィルからは、何らかの要因で浮遊菌(あるいは細菌群)が離散(脱離)し再び外界を漂い始めることになる。

 成熟したバイオフィルムでは、増殖と離散が均衡して平衡状態になっているらしい。バイオフィルムが体表に接着する基礎部分にあたる角質層は、最外層が日々剥がれ落ちていくものであり、その際にはバイオフィルムも運命を共にするようだ(注8)。

注8)ヒトの場合、バイオフィルムを利用したバリア部分では、基礎の組織自体のターンオーバーが短くなっている。体表だと角質層の最外層が1日程度で、粘膜組織だと粘膜上皮細胞が2-3日で剥がれ落ちている。これは、同じバイオフィルムを長期に渡って温存することを回避するための機構と思われる。多分、時間の経過とともに、除去しようとしても難攻不落の城化しているおそれもあるし、より高機能のバイオフィルムになる結果として細菌の侵入が増え易くなり異物除去系の負担が増すおそれもあり、これらをを回避するための仕組みであろう。

 

 ヒトの体表での黄色ぶどう球菌を例にして生活史を模式図にすると次のようになるだろうか:

 

   

   図2 バイオフィルムの形成サイクル(ヒト体表での黄色ぶどう球菌)
( The Influence of Microbiome Dysbiosis and Bacterial Biofilms on Epidermal Barrier Function in Atopic Dermatitis—An Update  -2021年 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34445108/ Figure 2から。
上図には表皮(4層構造)のうち有棘層、顆粒層、角質層が示され、その表面で黄色ぶどう球菌が増殖する際のイメージ図。
Planktonic bacterial cell:浮遊細菌、Attachment:接着、Maturation:成熟、Dispersion:離散(脱離)。Hypoxia:低酸素状態、Keratinocyte apoptosis:角化細胞の自然死。
引用注)健全な皮膚の場合は、黄色ぶどう球菌(病原性あり)は劣性菌で、表皮ぶどう球菌が優勢菌のことが多いので、念のため。 

 

 図1にヒトの体表の模式図を示したが、表皮の外側には本来常在共生体による皮脂などを栄養源とするバイオフィルムが形成されている点を加味した方(図1+図2)がより正確なイメージになるだろう。

 

 主に皮膚を例にしてバイオフィルムを考えてみたが。多少の相違はあるものの、口腔内、腸内も似たようなものだろう。相違点をあげれば、皮膚の場合は、皮脂腺や汗腺からの分泌物が栄養源、口腔内・腸内だと、管腔側から飲食物として栄養源がやってくることだろうか。また、皮膚の場合は、表皮(主に角質層や毛包内の表皮)上に接着していくこととなるが、口腔内や腸内では、歯、歯肉や粘膜上に接着していく必要がある。

 

 何回か前の記事で歯科医と医者(医科医)との違いについてちょっと触れたような気がするけど、歯科医は、早くから口腔内環境の専門家として振る舞う感じだったのだろう。虫歯や歯周病を引き起こすのは口腔内の常在共生体(ミュータンス連鎖菌や各種の歯周病菌)であり、医科領域に比して早くからヒトと常在共生体が共創する生態系として人体を捉える必要があったためと思われる。

 例えば、歯科学の分野では、1980年代後半以降の細菌学の知見を取り入れて歯に関する疾患論を構築していたようで、2003年の段階で次のような報告がみつかる(国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の科学文献サイトから):

 
口腔内バイオフィルム感染症の特徴 -2003年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jacd1999/23/2/23_2_132/_article/-char/ja

>抄録
 口腔バイオフィルム感染症の特徴について解説した.口腔細菌は歯面, 歯周組織, 舌背, 頬粘膜, 義歯やインプラントなどに定着して, バイオフィルムとなって持続感染している.デンタルプラークは, 複数の細菌がコミュニィティーをつくる特徴のあるバイオフィルムとなる.口腔内バイオフィルムからとびだす細菌は, 全身1生の疾患に密接にかかわっているという多くの証明がなされてきた, 私たちは, 動脈疾患部位に歯周病原菌が検出されるかを調べ, 26人の動脈疾患部の6部位にTreponema denticolaのDNAならびに抗原を見つけた.しかし, 健康な動脈には歯周病原菌は検出されなかった.また, 心臓冠状動脈疾患部位の材料中にも, 歯周病原菌のDNAを検出した。胃潰瘍などのリスク因子であるHelicobacter pyloriと歯周病原菌との関係についても明らかにした.歯周病原性Campy-lobacter rectusは, H.pyloriと共通する抗原を有することによってH.pylori感染胃疾患と関係することを指摘した.さらに, 歯周病原菌の熱ショック蛋白質が掌蹠膿疱症に関与していることも示した.本解説では, 要介護高齢者に対する口腔ケアの意義についても記載した. <

 

 動脈疾患と常在共生体との関係性を指摘するなど、なかなか興味深い内容を含んでいると思われる(勉強不足で、何かの原因で病巣化した部位に共生体が住み着き易い傾向を表しているだけなのか、あるいは常在共生体が最初の病巣化の原因なのか、についてはよく理解できていないけど・・・)。

 ついでにバイオフィルムに関し医科学分野の文献も挙げておくと、上記報告の14年後のものを国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の科学文献サイトから:

 
医科領域におけるバイオフィルム -2017年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane/42/2/42_40/_article/-char/ja/

>1. はじめに
 バイオフィルムは,さまざまな微生物によって形成される.これらの微生物の中には,細菌,真菌はもちろん,原生動物,藻類など多種多様な生物が含まれる.バイオフィルムは,環境領域におけるものと医療領域におけるものに大別される.医療領域の中には,医科的なものと歯科的なものが存在する.医科領域におけるバイオフィルムの認識は,環境領域や歯科領域におけるものに比べると歴史は浅く,医科領域ではこれまでバイオフィルムよりも浮遊した病原微生物に対する研究が主であった.<

 


 なんとなく最後に、細かい話を端折って主要点をまとめると、次のような感じだろうか:


・生体と外界との境界は、微生物のいる共生の生態系になっている。
・微生物のほとんどは、多形態性である。
・外界との境界でのバリア機能の主体は、バイオフィルム(外界から隔離するために構築されたフィルム様・ドーム様の共生体の群落)である。

コメント

高抗体価の意義(田頭氏24/3/21記事関連)

2024年03月23日 | 思いつき

〔更新履歴:2024-3-31一部修正追加〕

 

 ワクチン理論は余り興味が湧かないので個人的にほとんど勉強していないけど、内科医の田頭氏の「たがしゅうブログ」の次の記事に啓発されたので、少し抗体価について考えてみたところ備忘録として・・・:

 

ワクチン打って抗体がつかない人で見過ごされている価値 -2024/03/21 
https://tagashuu.jp/blog-entry-2152.html

>この度のはしか報道の中でも、「抗体の有無を確認して、なければMRワクチンを打ちましょう」などという主張がよくなされています。
 「MRワクチンは有効」という前提に立っているので、このワクチンを打てば長く「抗体」を作り続けることができるということになると思います。それでも、中には「抗体」が時間とともに低下してしまっている人がいるので、少なくなったらワクチンを打ちましょうという論理が成立します。
 ただここで考えたいのは、そもそも「特定の抗原に対する抗体が年余に渡って上昇し続けていることははたして身体にとって本当に良いことなのか」ということです。
 人体のエネルギーは有限です。ここに異論のある人はいないと思います。抗体を産生させるにも、あるいはその状態を維持するのにも、何らかのエネルギーを費やし続ける必要があると思います。
 しかしこの度のコロナワクチン接種でも明らかになってきたように、抗体が高いことが必ずしも感染予防に寄与しているとは言い切れない状況です。あるいは、コロナワクチン接種後にはIgG4という不完全な性質の抗体が生まれるということもわかってきています
 これは私の考えですが、抗体産生システムをあまりにも過剰に刺激し過ぎると、一定の割合で不完全な抗体が生み出されてしまうのではないかと思うのです。
 そうすると本来異物を攻撃するはずの抗体が間違って自分の組織を攻撃してしまったりすると、そう考えるとIgG4関連疾患と呼ばれる病気が自己免疫疾患様に振る舞うことも説明がつくし、ステロイドが有効であることもしっくりきます。<

>これは「ワクチンは有効」という前提に立てば、「なかなか抗体がつかない厄介な体質」という理解になってしまうかもしれませんが、実は「少々の異物接触では抗体産生システムを乱されない安定的な恒常性維持能力」を意味しているのかもしれません
 かくいう私もB型肝炎ウイルス予防ワクチンを医療従事者の責務として打っていた若手医師の時代に、何度ワクチンを打っても大して抗体がつかないという経験を持っていました。その当時は自分の体質を厄介だなと感じてしまっていましたが、今にして思えば異物に負けずに身体が頑張ってくれていたのかもしれません。<


引用者注)MRワクチン:麻しん風しん2種混合ワクチン。MRは "measles and rubella" の略。

 

 上記引用の記事の内容(注1)に則して考えてみると:

 

注1)これに関連し、たまたま読んでいた、進化生物学者の長谷川 政美氏の著作「ウイルスとは何か」(2023年)において、麻疹ウイルスに関し次の記述を見つけたので紹介しておこう:

「その結果、麻疹ウイルスが牛疫ウイルスから分かれたのがおよそ2500年前(紀元前528年:95%信頼区間は紀元前1174年前~紀元後165年)・・・ということが分かってきた。
 およそ1万年前にウシ、ヤギ、ヒツジなどが家畜化されたが、これらの動物の感染症である牛疫ウイルスや小反芻獣疫ウイルスは、家畜化の後で出現したものと思われる。一方、ヒトに感染する麻疹ウイルスは人口25万~40万以上の規模の都市かないと、感染が持続しないといわれている。
 麻疹は一度罹ると一生のあいだ免疫が持続するといわれているので、これくらいの規模の都市がないと持続的に感染が保たれないのである。このような規模の都市が生まれるのが紀元前500年ごろであり、そこで牛疫ウイルスがヒトに感染するようになって、麻疹ウイルスに進化したものと考えられるのだ。
 麻疹の免疫は一生持続するので、『二度なし病』といわれていたが、最近は2回かかる例が出てきた。麻疹の免疫もやはり時間とともに減衰する。従来は常にある間隔をおいて麻疹の流行があったので、無症状で感染して免疫の抗体価を上げるということを繰り返していたのだ。ところが、ワクチンの普及でこのサイクルが途絶えてしまったために、2回罹るようになったのだという。」(同書112-113頁)

 

  進化的にみれば、麻疹は狩猟採集時代にはなかった病ということなのだろう。想像を巡らせると次のような感じだろうか:

-野生の牛が家畜された結果、個体群密度が高い状態の生活様式に変化し病原性ウイルスが発生した、

-時には牛も病気になり、その世話を人々がすることになり、牛とヒトとの接触が緊密なり、ヒトを宿主とできるようにウイルスが変異してきた、

-ヒトの集落が小さいうちは流行も起きないのだろうが、集落が都市化して個体群密度が高まると、流行するようになった。

 たまたま欧州の古代都市(トリピーッリャ、紀元前4000年頃。ウクライナの遺跡)の再現イメージ図を掲載した記事を見つけたので紹介しておこう。ニュースサイト「Gigazine」の記事から:

古代ヨーロッパで牛は食肉目的ではなく「糞」のために飼育されていた -2024年03月29日
https://gigazine.net/news/20240329-cattle-trypillia/
(記事中の3番目の図表が古代都市の再現イメージ図)

 ウシの家畜化された後の生活様式、ヒトの家畜飼育後及び集落の大都市化後の生活様式は、それぞれの従来の生活様式と異なりその歴史が浅いことから、高い個体群密度、牛との頻繁な接触などに対し遺伝子的に対応ができていないということかもしれない。ヒト側の都合では都市化や牛の飼育を止めるわけにもいかないだろうから、麻疹ウイルスの類を根絶はできなくて、共存していく道しかないのかもしれない。

 

引用記事から>「特定の抗原に対する抗体が年余に渡って上昇し続けていることははたして身体にとって本当に良いことなのか」

 製薬企業は、いろいろな仮説(天然の薬効成分の発見・精製は粗方終わり、創薬に手を出しているが故に本来複雑系のものを簡略化した何らかの枠組みが必要なため)が庶民にとって最終的に有益かどうかにかかわらず、利己的に仮説(この場合は「高抗体価万歳教」)の布教に努めているように見受けられる。また、企業内部の専門家も、庶民のためにと利他的行動を追求していると部門ごとお取り潰しの可能性もあり、利己的へと流されてしまうのかもしれない(創薬でしょうもない薬ができても「ボツです」とは言えずに、投資を回収する道筋を付けないといけない暗黙の圧力が内部であるのかもしれない。摩訶不思議でありながら販売開始された脳内のアミロイドβを分解する薬も、このような感じの産物なのかもしれない。注2)。

 

注2)かつて、とあるスポーツの採点競技を観戦していて思ったのが「潰しの効かない専門家ほど嘘をつき易い」ということなのだが、今は世界的に経済成長の原動力に乏しい状況なので、営利的な事業のいろいろな分野に広がっている雰囲気とも言えよう。

 専門家というのも一種のオタクな訳で、皆が人格高潔というわけでもないだろう。そのオタクとしての力を発揮し楽しい人生を送るためには、専門家の職務にしがみついていないといけない(人格高潔なら「武士は食わねど高楊枝」的な振舞いができるかもしれないが・・・)。真に優秀なレベルであればどこでも拾ってくれるだろうが、普通のレベルであれば、専門家集団内に序列をもたらす権威・考え方に挑戦するというのは難しいだろうし、権威筋や資金提供者の顔色を窺い迎合するという必要性が高まるのかもしれない。


 生物的には強毒の病が流行っても集団内の誰かが生き残る戦略のため、個々人の免疫系には多様性が確保されており、同じ異物の対処の仕方でも個人差が大きいだろう(例えば、抗体価は個人差も大きく同じ状況下でも100倍以上あるともされている)。各種アレルギーや花粉症をみても、抗体が多いことが必ず体に良いとは思えない。次の新聞社の記事は、安易に抗体価を上げることの危険性を示しているのだろう(デング熱は、熱帯ではいわば土着の風邪で子供の頃に感染することが多く、複数回感染すると稀に出血熱に移行して重症化する人がいるようで、エボラウイルス病にも似ている印象):

62人死亡? 比デング熱ワクチン導入の“失敗” -2018年7月22日
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20180713/med/00m/010/021000c

 

 抗体も人体にとっては異物の一種であり(異物の構成タンパク質に特異的に反応する部分があり、自己とは異なるため)、二度・三度と人為的に量を増やそうとすると弊害があり得、必要に応じて自然にできる方が望ましいのだろう(例えば、免疫グロブリンIgG4は、山勘だと、必要以上に抗体が多すぎる場合に実際の免疫応答の現場でブレーキをかける役割と思われるところ。免疫系の多様性の故に、抗体価は上がれど現場での細胞性免疫は低下してしまう体質の人がいそうである)。

 


冒頭引用記事から>何度ワクチンを打っても大して抗体がつかないという経験を持っていました

 抗体価引上げ販売モデルにも闇があるのかもしれない。製薬業界による高LDLコレステロール対策や高血圧対策の薬販売モデルには、結構な闇が存在すると理解しているところ、低い抗体価(未感染なら当然)を何とかしようという取組みにも似たような構図が潜んでいる可能性があるだろう。

 この販売モデルの前提は

   「抗体価が高い方が感染への抵抗力が高い」

という理解なのであろう。この仮説に基づいて各種の抗体価を上昇させる薬(抗体価上昇薬。いわゆるワクチンがその典型例。昔からの名前を出さない方が適正な考察ができそうなのでリネーミング)が製造されているのであろうが、本当にこの前提が正しいのかどうかも考える必要があろう。

 副次的な前提(副前提)としては

   「抗体価上昇薬を使えば、抗体価が上がる」

というのもありそうだ。薬を使っても抗体価が上がらない体質の人は、稀な特異的な体質と整理としてるようだが、本当なのだろうか。

 

 先ずは、副前提への疑問を述べておこう。ウイルスに対する免疫応答には、自然免疫系のものもあり、その段階で余裕をもって処理されてしまえば、自ずと抗体はできにくいだろう。この方面の最近の知見(ウイルスに侵入された細胞内での自然免疫応答の模様)を知れば、獲得免疫が始動しそうもない人がいそうなことは容易に想像がつきそうなものである:

 

RNAウイルスの増殖を抑え込む、2段階目の防御戦略を発見 ~DNAウイルスへの反応経路を利用~ -2021.10.15
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3637/
>〇発表のポイント:
◆細胞は、DNAウイルスとRNAウイルスそれぞれに対して別々のセンサーと反応経路を介して、自然免疫を誘導すると考えられてきた。
◆マイナス一本鎖RNAウイルスである麻疹ウイルスが感染した細胞内では、RNAウイルスに対するセンサーに加えてDNAウイルスに対するセンサーも活性化し、重層的に自然免疫が誘導されることを、今回初めて発見した。
・・・<

 

 次に、前提への疑問についでに言えば、(既述の抗体の数量問題のほか)薬剤が産生する抗体の質にも問題がありそうである。自然感染後の方がよい抗体が身に付くとも言われており、人為的に盛った抗体価の強さと実際の感染への抵抗力との間に相関があるのか疑問が残るところ。
 本当に、人為的な抗体の質は良いのだろうか。抗体価が高い人がいっぱいいても感染の広がりを止められていない現状がある。そうすると、人為的に盛った抗体価に本当に意味があるのか、ということも考える必要があろう(注3)。従来一般人には知られていなかったが近年広がってきた抗体原罪の話は、まさに抗体の質の問題に関係しているのだろう。ビジネス・モデルの根幹に係わる話なので、なかなか情報は表に出てこないのかもしれない。

 

注3)抗体価上昇薬の場合、自然感染できる抗体価に対し平均するとその約20分の1の水準にしかできないものでも有効されている場合がみられる。人為的に盛った抗体価については、もしかすると体質によっては、感染への抵抗力を高めるためには絶対量として少なすぎるという点が問題になっているのかもしれない。この点は、抗体価を評価するための閾値が(免疫系の多様性を確保するために)様々ある体質の個々人全てに対して妥当なのか、ということと関連していそうである。

 


 以上のように考えを巡らせると、高い抗体価でよくないこともあり、低い抗体価でも問題ないこともある、という事情が浮かび上がるのだが、果たして現実は・・・?(注4)

 

注4)注1で触れたように、人為的に抗体価を上げると従来「二度なし病」と整理されていた感染症が「二度あり病」に変化するという現実があるようだ。従来は、当初感染した後、15-20年以下の周期で流行するようなら無症候感染による追加免疫効果(抗体価のブースト効果)でほとんどの場合に二度なしが実現していたのだろう。抗体価上昇薬が広く普及すると二度なし病が二度あり病に変化するのであれば、30-40年スパンで観察して、庶民にとって長期スパンでみても感染リスクが減ることを検証していく必要があろう。
 個人的なコスト・ベネフィト的には、二度なし病であってくれた方が楽でいいので、今後において抗体価上昇薬の利用に対するハードルが上がったかなと思うところ。

 

 最後に、なんとなく抗体価上昇薬を分類すれば、従来型のワクチン(21世紀以前に開発されたものに限る)、遺伝子操作を伴うワクチンもどきの類(所詮もどきであり「ワクワクチーン」とか「ワクチンチーン」とでも呼ぶべきか)、その他の抗体価上昇薬の三つに分類できるだろうか。個人的には、前者は打ってもいいけど(トラブルの程度が実証されているので)、中者や後者は、よほどのことがない限り打つことの是非の検討すら始めないだろうという感じ(とある感染症が交通事故死リスクを上回らないと、そもそもワクチン理論(現状では仮説の一種と評価)を勉強する気が起きないところ)。

コメント

細胞の解糖系依存度仮説(清水氏24/3/18記事関連)

2024年03月20日 | 思いつき

〔更新履歴:2024-3-25及び27一部修正追加。2024-9-11修正〕

 

 個人的に謎が二つあって、暇な時にいろいろ考えていたところ:

Q1 ヒトの腸内で何故乳酸菌は通過菌なのか? ヒトの腸内で(有用菌として摂取する)乳酸菌は何故通過菌なのか?
Q2 ヒトには細胞分裂抑制メカニズム(がん抑制遺伝子など)があるが、促進メカニズムはないのか?(特に解糖系が関与するもの)

 

 前者は、腸内細菌に関する本(ジャスティン・ソネンバーグ著「腸科学 -健康な人生を支える細菌の育て方-」(2016年))を読んでいて出てきたものである。有用菌として摂取する乳酸菌は、定着できないので常在共生体にはなれないらしい(注1)。というか、体に害のものあるらしく、体内に侵入させてはいけないということで乳酸菌がやってくると腸管のバリア機能が強化されるらしい。結果として、有用菌としての乳酸菌は留まれず常に排泄され強化された腸管バリアが残るので、体に良いものと一般的に認識されているらしい(一種のホルミシス効果であった模様)。

 後者は、乳酸の話には直接関係しないけど、安保 徹氏の言説の一つに「がん細胞の先祖返り仮説」というのがある(詳しくは、その著書「免疫力で理想の生き方・死に方が実現する」(2013年)を参照)。簡単に説明すると、細胞(真核細胞)は解糖系生命体とミトコンドリア生命体(酸化的リン酸化生命体)との共生生態系から発展したものであり、低体温・低酸素・高血糖の環境に長く置かれると先祖返りしてがん細胞(解糖系が亢進し細胞分裂つし続ける解糖系生命体様のもの)になるというものである。この言説が正しいとすると、ミトコンドリアと解糖系が関与した細胞分裂促進メカニズムがあるはずなので、消極的に探していたところ(注2)。

 

注1)ここの内容は原本を要確認。腸内の常在共生体のうちラクトバチルス属(Lactobacillus 。「ラクトバシラス」とも呼ぶ)の細菌も「乳酸菌」と呼べるらしいので、この部分の趣旨がはっきりしなくなるところ(すまぬ・・・orz)。手元にない原本を再度確認する予定ということで・・・。とりあえずここでは「食事として新規に摂取する乳酸菌」という趣旨にしておこう。

注1追記)本文で前述の書籍「腸科学」を確認したところ、この辺りの話は有用菌として摂取する乳酸菌の類に関する記述であった(すまぬ。ただの乳酸菌と有用菌としての乳酸菌との区別がついていなかった感じ)。関係部分を引用しておこう:

「有用菌(プロバイオティクス)にかんしてよくある誤解は、これらの菌が腸内にずっと棲みつづけるといものだ。だが有用菌はたいてい腸内を通過するだけで、口から入ると腸に至り、やがて体外に排泄される。発酵食品にいるラクトバチルス属菌(乳酸菌)は、牛乳のような乳糖をふくむ環境をいちばん好む。母乳を飲んでいる赤ちゃんでさえ、発酵食品にいるような乳酸菌が体内にいるわけではない。母乳にふくまれる乳糖は赤ちゃんが消化吸収してしまうので、大腸に棲む微生物までには回らないのだ。

 つまり、多くの有用菌はヒトの腸内で生きていけるが、その環境を好む菌は少ない。これらの菌は腸内の珍しい食べ物(ヒトの夕食や腸管内面を覆う粘膜層など)を食べるようにはできていないのだ。だから、有用菌はヒトの消化管を通り過ぎるだけの通過菌だ。・・・」(114-115頁)

「・・・有用菌が体内を通過すると、病原体に対する人体の防御が強まるという証拠がある。有用菌は、免疫系がより危険な微生物に対して微調整するための『ダミー』になってくれるのだ。

 ヒトの腸壁を覆う細胞はタイルのようにきれいに並んでいる。これらの細胞のあいだに、漆喰の役目を果たす、タンパク質でできた細胞間マトリクスがある。この漆喰で固められたタイル張りの壁は、マイクロバイオータと消化中の食べ物が体組織や血液に入りこむのを防ぐ防御壁になる。細胞はこのタイル張りの壁、つまり、腸壁内にとどまるのが理想なのだ。研究によれば、有用菌は腸細胞にタンパク質でできた『漆喰』をもっとたくさんつくらせ、腸壁を丈夫に保つ。いわば、タイル張りの壁を強化するのに加えて、この壁のいちばん内側にある粘液(有害な侵入者からヒトを守るネバネバの遮蔽物)の分泌をも促す。

 腸壁を強化して粘膜層を分厚くするにとどまらず、有用菌は腸細胞にデフェンシンとして知られる分子をつくらせる。デフェンシンとは、体外から侵入してくる細菌、ウイルス、真菌などから人体を守る一種の化学兵器だ。どの有用菌がヒトの腸の防御に関与し、それをどのように達成いるかのは今後の研究を待たねばならない。・・・」(115-116頁)

注2)乳酸と解糖系との関係についておさらいしておこう。解糖系については、福岡大学のサイトの記事から:


解糖
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/glyclysis.htm
解糖(glycolysis)はほとんど全ての生物に共通に存在する糖の代謝経路で,反応は細胞質で行われる。解糖は Embden-Meyerhof 経路とも呼ばれ,本来、D-グルコースの嫌気的分解による乳酸やエタノール生成までの過程(発酵という)を意味したが、好気的条件下でもピルビン酸までは全く同じ経路をたどる事が分かった。・・・<

>嫌気的解糖と好気的解糖
 嫌気的条件では、乳酸やエタノールの生成が最終段階となり,1分子のグルコースから2分子のATPがつくられる。
    Glucose + 2 ADP + 2 Pi + 2 NAD+ → 2 Pyruvate + 2 ATP + 2 NADH2+ + 2 H2O
筋肉など大部分の組織はグリコーゲンを貯蔵しているので,解糖はグリコーゲンから始まる。・・・
 一方,好気的条件では乳酸生成の速度が著しく低下する。これは、(a) ピルビン酸→ 乳酸の経路から,(b) ピルビン酸 → アセチル-CoA → TCA回路 → 呼吸鎖の経路に切り替わるためである(パスツール効果)。(b)の経路を利用した場合,グルコース 1分子から最大38分子ものATPが得られる(グルコースの完全酸化を参照)。<


引用注)Pyruvate:ピルビン酸、NAD+:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(電子伝達体の一種で、〔酸化型〕NAD+ ⇔ NADH2+(還元型NAD+)の間で反応の際の電子伝達を媒介する。NADH2+はより高いエネルギー順位で、通常はミトコンドリア内に輸送されて電子伝達系でATP産生に利用され元のNAD+に戻る)。


 進化的にみれば、解糖系の基本は乳酸(又はアルコール)の生成となっている。ヒトの場合は、酸欠だと生死にかかわるので普段は好気的であるため乳酸の生成まで行かずにピルビン酸に留まり、そこから別の代謝系(主にミトコンドリア系)に入ることが多い。筋肉において、ピルビン酸が乳酸まで変換される理由については、日本蛋白質構造データバンク(PDBJ)のサイトの記事から:


乳酸脱水素酵素
https://numon.pdbj.org/mom/102?l=ja
>通常のペースで運動をする時、私たちの細胞は酸素を豊富に取り込んで糖を素早く効率的に分解する。ところが、全力疾走など激しい運動をすると、酸素が十分に行き渡らなくなる。そういう時、私たちの細胞はエネルギー源として解糖系を使う。解糖系の過程の中で、グルコース(ぶどう糖)から得られた水素はNAD+へと渡されて、NADHができる。通常の酸素呼吸の場合、水素はその後酸素に受け渡されて水になる。一方酸素が使えない時は、NADHが溜まってNAD+が足らなくなり、ATPを作るために解糖系を使い続けることはできなくなる。そこで乳酸脱水素酵素の出番である。この酵素はピルビン酸とNADHをくっつけて、乳酸(lactic acid)とNAD+を作り出す。この働きによってNAD+をリサイクルし、再び解糖系で再利用することで、全力疾走に必要な追加エネルギーを素早く作り出すことができるようになる。ただ、乳酸が溜まり数分もすると止まって身体を回復させないといけなくなる。この場合一息つけば、乳酸はピルビン酸に戻され、通常の有酸素的なエネルギー生産過程に入って行くことができる。<


引用注)この記事では前の記事の「NADH2+」を「NADH」と表記している。

 

 で、清水氏のブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事を読むと、これらの疑問が2/3以上解けたような気がするところ:

糖質摂取により血糖値よりも乳酸が先に増加する -2024年3月18日
https://promea2014.com/blog/?p=25547

>いまだに乳酸は疲労物質だと思っている方もいるかもしれません。乳酸は疲労物質でも老廃物でもありません。エネルギー源です。例えば、乳酸の代謝を筋肉で見ると、速筋線維はミトコンドリアが少なく、グリコーゲンが比較的多く、解糖系が進むと乳酸ができやすいのですが、遅筋線維および心筋はミトコンドリアが多いので、乳酸をたくさん使うことができます。速筋線維でできた乳酸が遅筋線維や心筋で使われ、このようなメカニズムを細胞間乳酸シャトルともいいます
 また、脳では、神経細胞は血流からのブドウ糖ではなく、隣接するアストロサイト(星状細胞)から乳酸を受け取って、その乳酸を主なエネルギー源としているという乳酸シャトル仮説が唱えられています。アストロサイトから神経細胞への乳酸シャトル仮説は、アストロサイトがブドウ糖を代謝して乳酸を生成し、その後細胞外に放出されて神経細胞に取り込まれ、神経細胞ではその乳酸はピルビン酸に変換され、TCA回路に入り、神経活動の亢進を維持するために必要なエネルギーを生成すると考えられています。
 もしかしたら、ブドウ糖そのものを解糖系で代謝して、その後TCA回路に入るのではなく、一旦乳酸に変えて、それをピルビン酸に戻して、TCA回路でATPを作ることをわざわざしている可能性があります。<

>上の図はaがOGTT後30分での、摂取したブドウ糖の行方です。bは120分間での行方です。黄色が血中の乳酸、青が肝臓のグリコーゲンおよびブドウ糖、赤が血中のブドウ糖、緑は糖新生です。75gのブドウ糖は30分間(腸の乳酸シャトル相)で、血中乳酸として9g、肝臓を迂回した血糖として3g、糖新生を介した乳酸由来の血糖として2g、肝臓のグリコーゲンおよび肝臓に保持されるブドウ糖として61gでした。血糖で全体で5gなので、1g/L=100mg/dLですね。
 その後120分での全身性乳酸シャトル相を含めた全体として、75gのブドウ糖負荷は、29gは血中乳酸として、24gは肝臓からのブドウ糖放出からのブドウ糖で、8gは糖新生からのブドウ糖で、14gは肝臓のグリコーゲン貯蔵庫として残っているか、不明です。しかし、いずれにしてもブドウ糖を経口摂取すると非常に多くの割合が血中の乳酸に変わっています。解糖系が非常に亢進しているのがわかります。
 乳酸シャトルは2相性であり、経口摂取してすぐの腸の解糖と、その後のブドウ糖が解糖系で全身で処理される全身相があると考えられます。
 そして、経口摂取から5分以内で乳酸と共にインスリンが上昇しているのは、インスリンが腸の解糖に関わっていることだと思われます。さらに、乳酸はもしかしたらもっと体内で重要な役割があり、シグナル伝達物質でもある可能性があります
 また肝臓のグリコーゲン合成は、ブドウ糖の摂取後2分ですでに起こるそうです。(ここ参照)経口摂取されたブドウ糖は、食後の初期段階では肝臓での取り込み率はかなり高く、肝臓のブドウ糖の代謝または貯蔵能力を超えた場合にブドウ糖が直接循環に移行すると考えられます。進化の過程では、糖質はほとんど無かったために、できる限り早く肝臓に貯蔵しようと進化したのかもしれません。
 いずれにしても、乳酸生成は普通に起きていることで、疲労物質でも老廃物でもありません。腸で一度乳酸に変えてから血中に入ることで体へのダメージを減らそうとしているのか、他の何か重要な目的があるのか、よくわかりません。また、全身性の乳酸シャトルにしても、血糖をそのまま取り込むよりも乳酸として取り込む方が何らかの利点があるのかもしれません。それとも少しでも早く血糖値を下げたいがためのメカニズムでしょうか?<

 

 上述の二つの謎については多分興味のない人が多いだろうから、それらの答えは別の機会にすることにしよう。ここでは、そこでの考え方を応用して

   Q3 何故乳酸シャトルがあるのか?

という問を考えてみると、次のような感じだろうか(思いつきレベルであるものの「細胞の解糖系依存度仮説」とでも呼んでおこう。本当はもう少し多角的に検討しないといけないのだが、Q1-3の疑問が解消したような気がするのでメモしておこうかと思い・・・):

 

Q3 何故乳酸シャトル(乳酸の不使用・排泄と取込み・利用)があるのか?

A3)乳酸シャトルが生じるのは、次のような背景があるからであろう(手短にするため箇条書きにて):

・ヒト細胞からの乳酸の排泄は、解糖系の高依存度(ATP迅速供給と細胞分裂が可能。注3)の裏返しなのだろう(乳酸の輸送は膜上のモノカルボン酸輸送体(MCT)により制御される模様)。
・解糖系に関し、筋肉速筋(構造的に細胞分裂は不可)は高依存度(高水準の供給迅速性が必要なため)を、脳神経細胞(海馬では分裂し増殖あり)は低依存度(アストロサイトの解糖系で肩代わり。神経細胞にはミトコンドリア数も多い。注4)を選好するのだろう。

 

注3)解糖系のATP供給速度は、ミトコンドリア系(酸化的リン酸化系)のものより約100倍速いと言われている(細胞内のATP供給系にはもう一つ「クレアチンリン酸系(ATP-CP系)」というのがあり供給速度が最も早い模様)。
 また、寿命の短い細胞は、細胞分裂し易くなっており細胞内のミトコンドリア数が少ない(解糖系の依存度を高め易い)一方、寿命の長い細胞(特に筋肉・神経細胞などの分裂しない細胞)ではミトコンドリア数が多くなっている(解糖系の依存度を高めにくい)という特徴がある。

注4)がん細胞をみてもわかるように、細胞分裂と解糖系は相性が良い(両者の機能は真核細胞の宿主たる古細菌システムを転用したもので、もともと寄生菌(ミトコンドリア)の関与が最小限)。ヒトだと細胞分裂抑制遺伝子(がん抑制遺伝子)があるけど、例えばその一つであるp53遺伝子をみると、解糖系の抑制作用を持った仕組みとなっている。

 どうも細胞分裂の際はエネルギー供給として解糖系が必須な模様で、低依存度であれば誤って増殖もしないのだろう。血管内皮細胞(endothelial cells, ECs)の場合について:

Role of PFKFB3-driven glycolysis in vessel sprouting -2013
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23911327/
>Here, we show that ECs relied on glycolysis rather than on oxidative phosphorylation for ATP production and that loss of the glycolytic activator PFKFB3 in ECs impaired vessel formation. ... <


・そうすると分裂しようとする体細胞は、高依存度と推定される(特に、寿命の短い腸管粘膜上皮細胞。同細胞はミトコンドリア数も少ない。注5)。寿命の短い組織は別として、排泄される乳酸は付近の組織で利用することが多いのだろう。なので、体細胞では普段は乳酸取込み・利用モードにあり(細胞分裂する細胞の周辺の細胞は乳酸を取り込む結果、解糖系が低下し分裂し難くなる)、分裂が迫るとモードが変化すると推定される。

注5)小腸の粘膜上皮細胞のエネルギー源は、普通の細胞と異なっていて、アミノ酸の割合が最も高く、ぶどう糖の割合は低い(うろ覚えだと、グルタミン・グルタミン酸が4割、ぶどう糖は1-2割程度など。グルタミン・グルタミン酸はαケトグルタール酸になりミトコンドリア系で(TCA回路に入り)ATP生成に利用される)。なので、食餌の際に解糖系を高効率で回そうとして乳酸が出てくるのかもしれない。他方、エネルギー源(代謝燃料)であるアミノ酸(グルタミン・グルタミン酸のほかアスパラギン酸も)も全部は酸化分解されずに一部(2割ほど)は乳酸に変性するようであり、これが血液中に出てきている可能性もあるかもしれない。サイト「脂質と血栓の医学」の記事から:

グルタミンとグルタミン酸
***http://hobab.fc2web.com/sub4-Glu_Gln.htm

>5.小腸のグルタミンとグルタミン酸
 小腸では、グルタミンや、グルタミン酸は、代謝燃料(metabolic fuels)として、重要な役割を果たしている
 食事中(食餌中)のグルタミン、グルタミン酸、アスパラギン酸は、小腸で吸収され、小腸粘膜で、代謝されるが、殆んど、(門脈)血中に入ること(腸以外の組織で利用されること)はない。・・・

 小腸で、腸管内(食餌由来)のグルタミンの炭素は、56%が二酸化炭素に、16%が乳酸に、4%がアラニンに、2.4%がグルコースに代謝されるグルタミン酸の炭素は、64%が二酸化炭素に、16%が乳酸に、3.3%がアラニンに、代謝される。アスパラギン酸の炭素は、51%が二酸化炭素に、20%が乳酸に、8%がアラニンに、10%がグルコースに代謝される

 小腸で産生される二酸化炭素は、38%が、動脈血中から取り込まれたグルタミンに由来し、39%が、腸管内(食餌由来)のグルタミンとグルタミン酸とアスパラギン酸に由来し、6%が、腸管内(食餌由来)のグルコースに由来する。このように、小腸粘膜では、グルコースよりも、アミノ酸の方が、代謝燃料になる。<(A3了

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糖質制限食で不健康が解消しないときは?

2024年02月04日 | その他健康・医療

 現在のこのブログのテーマは、生物進化と免疫系に関する知識を使って健康を推進(不健康を解消)しようというものである。このために西原-安保説に立脚すると、

ヒトの進化過程でみられた生活様式に則り平時の免疫力(基礎免疫力)を高く維持する必要がある

ということになると考えている。

 現在のブログ・タイトルは、生物進化の面を強調する感じで「ヒト遺伝子想定的生活様式実践法」となっているけど、別の方向から免疫系の面を主軸にした感じの表現にすると

 「免疫力消耗的生活習慣排除実践法」

になるのかもしれない。平時の免疫力のおよその高さは個人の体質で規定されているとみられ短期的に変更もかなり難しいだろうから、不健康モードにある際は、基礎免疫力仮説を前提として、免疫力を消耗する悪しき生活習慣(免疫力消耗的生活習慣、免疫消耗)を排除しておくことが重要だろうという見方である。

 

 前回記事は、このような認識に基づいて方策を検討するために、考え方を整理しておこうという趣旨のものである。

 西洋薬の中でも効き目のあるとされる抗生物質でも細菌の増殖を抑えるだけであり(殺菌作用はない)、免疫力が低下していては期待される効果が得られないであろう。また、免疫力が高まっていても、その時期が重要である。インフルエンザにかかり高熱が(注1)、あるいは何かにアレルギー症状が出ている際に免疫力が高まっているのは間違いないが、不健康モードに入ってからの免疫力の高まりは症状の軽重とは関係してくるが、健康を維持する段階(それぞれの症状の出る前の段階)のものとは別物と言えるだろう。

 

注1)ついでに高熱の意義を書いておこう。体温40度、深部体温39度程度の高熱になると、免疫力が高まるのは当然として、細胞分裂が平時の1/200くらいになるという説もあり(細胞内において酵素類の活性が高まりミトコンドリアの活動が円滑・活発化するほか、熱ショックタンパク質によるタンパク質の修復やオートファジーが活性化するなどのため細胞寿命が延びるものと思われる)、宿主の細胞分裂を自らの増殖に利用するウイルスの場合、増殖が抑えられることとなる。

 

 以上の考え方を逆にたどれば、次のような流れが推奨されることになるだろうか:

 不健康を解消したい
 → 高い基礎免疫力が役立ちそう
 → そのためには免疫消耗の排除なら手軽に出来そう
 → 免疫消耗はヒトの進化過程でみられた生活様式だと少なそう(特殊な体質でない場合。注2)

 

注2)特殊な体質の人は、ヒトの進化過程でみられた生活様式をそれほど重要視せずに、体質にあった免疫消耗を排除する策を考慮する必要があるだろう。例えば、超小食で体調が良いなら、それでかまわない(食事量については、免疫力を消耗させる要因になり得るが、一般的にはある程度以上摂らないと問題が出やすいことから当初は考慮外の扱いにした方が良いだろう)。
 

 

 さて、糖質制限食で不健康モードが解消しないときは、どうすべきか?

 免疫消耗の排除的に考えると、食性よりも「体を暖めて冷やさない」という点がより重要であろう(ヒトは恒温動物の故)。2-3日間食べなくとも死ぬことは稀だろうが、2-3時間体を冷やして風邪を引き更に無理をして肺炎になり死にそうになるというのはあり得るパターンであろう。

 上記疑問については、以前に某ブログのとある記事を見ていて考えたことがあって、その際に投稿したコメントの主要部を(手直しするのも面倒なので手抜きをして)再掲して回答の代わりにしておこう(昨年4月の時点の認識に基づくもので、用語の使い方は現在と異なる部分は、適宜類推されたし。コメントの文脈としては、アトピーなどのために糖質制限食を始めて機能性低血糖があることが判明し改善したがアトピーは変わりがなかったという人に向けたもの):

 

アレルギー症状は免疫系の荒技処理モード

・ヒトの体内で老廃物・異物の除去は、普段は不快な症状なく行われている(穏便処理モード、平時モードと言える)

・普段の免疫力(基礎免疫力)が低下する、異物が過剰になるなどして除去処理に支障が出てくると、免疫力を増強するスイッチが入り、不快な症状が出現し易くなる(荒技処理モード)

・このような不快な症状の代表例としては発熱、倦怠感があるが、とある一定範囲のものはアレルギー症状と呼ばれている(アトピーの場合は異物を体表から追い出す動きが原型となる症状と、花粉症などの即時型アレルギーの場合は異物を入れないよう洗い流す吐き出す動きが原型となる症状と解される)

・ステロイドなどの免疫抑制剤を使うと、増強された免疫力(増強免疫力)を削ぐことができ不快な症状が軽快することがあるものの、基礎免疫力という本質は変化していないことから免疫力増強スイッチを切ることに繋がらないことも多い(根治には脱免疫抑制剤が必要ではないか?)

 

基礎免疫力を高く維持するには?

・普段の疫を免れる力(基礎免疫力)は、外来体の侵入防御能力と、老廃物・異物の除去能力の余力という二つの能力の兼ね合いで決まると解される(荒技処理モード時の手法についてみれば、例えば、発熱やアトピーは除去能力の増強効果を、倦怠感(必須活動以外の活動制限)や即時型アレルギーは老廃物・異物の抑制効果をもたらすのだろう)

・これら二つの能力(侵入防御と除去能の余力)を高く維持する手法としては、ヒトの御先祖様から引き継いだ遺伝子が想定している生活様式をなぞる(ことにより遺伝子が持つであろう自動制御機能を最大限引き出す)のが、手軽で安上がりだろう

・そうすると、前者の能力を高く維持する手法としては、

-夏井式療法(皮脂防御を温存するノー石鹸・ノーシャンプー法。皮脂が出にくい体質なら代替物を補充するワセリン頻回塗布)、
-西原式療法(粘膜防御を劣化させる局所低体温を避けるために、口呼吸を多用しない、冷飲食をしない)などがあるだろう。

・後者の能力を高く維持する手法としては、先ず

-江部式食事療法(糖質制限)
があげられる。その他としては、安保式療法と解される
-低体温の解消(江部式食事療法でも起こり得るほか、適度な運動、十分な日光浴、入浴など)、
-過剰なストレスが生じないメリハリのある生活(御先祖様のように、日中活動・夜間休息が基本。骨休め不足のハリハリ生活は交感神経優位を、一日中不活発のまま心安からに過ごすメリメリ生活は副交感神経優位を過剰に招き易く不適)などがあるだろう。ついでに、遺伝子想定的生活様式により健康を維持する観点からは無視することができそうもないので、カズンズ式療法と解される
-笑いの絶えない生活(「笑う門に福来る」とあるように御先祖様の遊動生活は笑いに満ちていて基礎免疫力も高水準だったと推測される一方、現代はストレス社会で笑いが減り、本来の能力が発揮できていないのだろう)も追加しておこう。(了)

 

 思ったより長くなったので、そろそろこの辺りで・・・。要は、不健康モードを解消するためには、先ずは現代生活で起こり易い免疫消耗(免疫力消耗的な生活習慣)を回避した方が良いだろう、ということである(その主な回避策は上記の再掲文を参照。注3)。

注3)糖質制限の次に実践した方が良いのは、口呼吸の多用の是正(鼻呼吸の常態化)、冷飲食の回避だろうか。

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基礎免疫力仮説と糖質制限・アレルギー

2024年02月01日 | その他健康・医療

 本ブログの現在のテーマはとある健康法だけど、その基本の考え方は、西原克成説+安保徹説(前者は進化の考え方と常在共生体病因論、後者は免疫理論)に立脚しつつ、

- 人類の進化過程でみられた生活様式には遺伝子による自動制御機構が備わっているようだ

- 不健康モードにある人は、そのような生活様式のうち良さそうなものに従った方がよいだろう

という趣旨に基づいている。ここでの「良さそうなもの」の評価基準は、免疫力を消耗させるか、させないかということになる。古の生活様式であっても免疫力を消耗させるものはボツとなる。

 また、免疫系に関する記事を今後幾つか書こうかとも思いつつあるので、そのための前振りをしておこうという趣旨もある。

 

 本題に入ると、人類の食性についてみれば、狩猟採集食(低糖質のもの)の時代が長かったのであろう。時には糖質食が主体になっただろうが、季節的で一時的なものであり、長期に継続はしていなかったとみられる。狩猟採集食は、血糖値の変動がそれほどなく、このような状況が常態であっただろう。

 糖質制限食も、血糖値の変動が少なく、膵臓機能の保護など糖尿病の治療法として有効であるほか、各種の疾患に良い効果をもたらし得るとされている。さて、何故だろうか?

 

 結論から先に書けば、

糖質制限食は、血糖値変動がもたらす血管系の損傷を低く抑えることにより、免疫力の消耗を避ける食事法(本来の免疫力を維持する食事法)だから

ということになろう。

 逆に言えば、糖質食により血糖値変動が増加し血管系の損傷が増えると、免疫系の仕事が増え負荷がかかることとなり、その分、平時の免疫力(同力の総力は本来その人の体質で規定されるだろうから、この文脈のように生活様式より変動する能力分を「基礎免疫力」と呼ぶことにしよう)が低下していることになると解釈される。

 

 「基礎免疫力」という概念はなじみがないだろうから、関係仮説の定義・解説をしておこう:

 

・免疫力(疫を免れる力、病気への抵抗力)には、体内の異物除去機構と皮膚・粘膜での防除壁(バリア)による異物侵入防止機構が関係している。

・外傷・感染がなくとも、普段から人体60兆個の細胞のうち毎日1兆個が生まれ変わっている。この際に古い細胞を取り除くために働いているのが免疫力の柱となる異物除去機構であり、同機構の能力の一部が副次的に病気への抵抗力として働いている。また、皮膚・粘膜での異物侵入防止能力が低下すると、外界・管腔から体内へ侵入する異物が増えることから、体内の異物除去能力の余計な負担となる。

・従って、免疫力は、異物除去能力の余力と異物侵入防止能力との兼ね合いで決まってくるのだろう。

 

・免疫力には、働くモードが二つある:

1- 平時応答モード(無症候性で平穏処理モード)
 外傷・感染がない、あるいは慢性的な炎症がない状態であり、このモード時の免疫力が「平時の免疫力(基礎免疫力)」にあたる。

 

2- 免疫応答増強モード(有症候性が多いモード)
 非日常的なこと(外傷・感染など)が起こり、あるいは何らかの理由により慢性的に組織修復が必要となっているが、除去すべき異物量の多過などにより基礎免疫力では処理できない場合にあたる。体内ではやむを得ずに免疫力を増強するスイッチがオンとなり、このモードに変化する。

 主に炎症反応が起きている時全般が、この場合に当たる。このモードでは、発赤・発熱・腫脹・痛みなどの不快な症状を伴い日常の身体活動に影響を与えることが多い。

 例えば、風邪により鼻水・発熱・倦怠感がある場合は、先延ばしできる活動は後回しにしつつ(倦怠感)、不快な症状を伴うものの粘膜バリアの侵入防止能強化(鼻水)や高体温化(発熱)によって基礎免疫力の水準に下駄を履かせることを目指しているのだろう。

 また、アレルギーについては、体内への異物の侵入があったが基礎免疫力で対処できない場合にあたると考えられる(注)。

注)以前のテーマでの健康ブログ時代の難問の一つがアレルギーの話。当時は免疫力が低下しているのか、亢進しているのか整理がつかなかったし、例えば、ヨーグルトを食べると花粉症が軽減するとかいう現象があって、上手く説明できなかったところ。上記の整理によれば、免疫力の低下(基礎免疫力の低下)がアレルギーの発症の主因ということになろう(他の主因としては、体内に侵入する異物の毒性が上がったというのがあり得る。また、ヨーグルトの件は乳酸菌が腸管壁のバリア機能を強化させることにより基礎免疫力が高まるためという説明になろう)。

 

 最後にまとめると、以上のからすれば、


- 糖質食では、血管系の損傷が増えて基礎免疫力を低下させやすい
- 糖質制限食では、血管系の損傷がより少なく免疫力を消耗させず、基礎免疫力を低下させにくい

というのが理解できるのではないだろうか。

 このため、糖質食から糖質制限食に切り替えると、あたかも免疫力が向上したような事象(各種の疾患に良い効果)が見られると考えられる。

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貯蔵性高コレステロール仮説

2024年01月28日 | 思いつき

〔更新履歴:2024-2-13追記, 1-30一部修正〕

 

 時候の御挨拶
 久しく休養していたところだが、たまには・・・

 

 本記事はカテゴリー「思いつき」の最初のものになるので、その趣旨をメモしておこう。新カテゴリーの趣旨は、内容が十分詰まっていなくて荒が見え隠れするけど、先に進みようもないので今後のために備忘録として置いておこうという感じのものである。

 

 現状緩やかな糖質制限みたいなことをやっている状況だけど、何年か前の同食導入時に血液検査の結果上で気になったのは、尿酸と肝機能の数値。
 その後の工夫の結果、いずれも対処法が分かったので、現状は対処をはせずに放置気味のところ(思いついた理屈に沿って対処してみたら数値が改善されたので、そのような理屈からすると、そもそも気になった検査数値は低リスク事象の可能性が大きいと推測されるため)。
 一応、体型的に痩せ型の部類だが(糖質制限時には痩せ過ぎ気味になりデブェット法が必要なタイプ)、なぜかコレステロール値はそれほど変動しなかった。 

 他方、糖質制限をするとLDL-C(低密度リポタンパク質コレステロール、low density lipoprotein-cholesterol)がかなり上昇する人にとっては、結構切実な問題なのかもしれない。書くのに手間がかなりかかってそうなブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事を読んでそのように感じたところ:

 

除脂肪体重ハイパーレスポンダーの糖質制限によるLDLコレステロール上昇と冠動脈疾患リスクの関連 -2023年12月11日
https://promea2014.com/blog/?p=24664
>以前の記事「糖質制限でLDLコレステロールが大きく上昇する人の特徴」で書いた、LDLコレステロール200mg/dL以上、HDLコレステロール80mg/dL以上、および中性脂肪70mg/dL以下である「除脂肪体重ハイパーレスポンダー」(LMHR:Lean Mass Hyper-responder)表現型についての研究が行われています。

今回はその途中経過です。非常に興味深いです。この動画は、12月7~9日にロサンゼルスで行われた「the World Congress on Insulin Resistance, Diabetes and Cardiovascular Disease conference 」での発表です。この発表は恐らく論文化され、「Metabolism」という雑誌に掲載されるでしょう。<

 

注1) "Lean body mass" を「徐脂肪体重」と訳すのは慣用的なのだろうが、"lean mass" は "低脂肪の、あるいは引き締まった、質量・塊" の趣旨のようだから、「低脂肪体、低体脂肪」の方が適当ではないか? そうすると "Lean Mass Hyper-responder" は「(糖質制限食におけるLDL-Cの)低体脂肪高応答者」という感じという気がするところ。

 

 ということで、この問題を少し真面目に考えてみていたところ。なかなか結論も出ないので何となくのまとめとして、次の三つの資料をベースにして考えた思いつきをメモしておこうかと・・・(上記記事で引用された動画の人は、高コレステロールの原因として "lipid enegy model" (脂質エネルギー・モデル)を採用しているようだけど、個人的にはしっくり来ないので、別概念を):

 
- a. 国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST)の科学文献サイトから:
長期絶食時の脂質代謝 -1985年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jat1973/14/5/14_5_1155/_pdf (pdfファイル)
>V. 結 語
長期絶食時の脂質代謝を検討し, 以下の結果を得た.
1) 血清遊離脂酸, 血清コレステロール値は,絶食により増加した.
2) リポ蛋白分画では, LDLコレステロール,LDLトリグリセライドが上昇し, VLDLトリグリセライドは減少した. LDL増加の原因は, もっぱらLDL2(d:1.019~1.063)によるものとわかった.
3) 甲状腺ホルモンでは, T3の減少を認め, 生体の適応現象のあらわれと考えられた.
4) 以上により, LDLの上昇は, LDLレセプター減少による異化障害の結果である可能性が示唆された。<

 

- b. 米政府系の医療文献サイト「PubMed」から:
Causes and Consequences of Hypertriglyceridemia -2020 May
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32477261/ 

 

- c. ブログ「ドクターシミズのひとりごと」 から:
糖質制限とBMIと飽和脂肪酸摂取量とLDLコレステロール -2024年1月24日
https://promea2014.com/blog/?p=25023
>上の図〔省略〕は平均ベースラインBMIとLDLコレステロール変化の関係です。Aは対象となるすべての試験を含む低炭水化物食で、Bは参加者がスタチン治療を受けた試験を除く低炭水化物食、Cは328人の個人データで、Dは312人の個人データの高炭水化物食のものです。糖質制限のAおよびBでは、BMIが25未満の場合、LDLコレステロールは大きく増加し、平均BMI25~35では変化なし、35以上では減少しました。個人データではBMIが30弱くらいよりも低いとLDLコレステロールが大きく増加しています。高炭水化物食は変化なしです
 上の図〔省略〕は個人データを使用して、A:低炭水化物食、B:高炭水化物食でのLDLコレステロール変化を示しています。縦軸LDLコレステロール変化、横軸ベースラインBMI、Z軸飽和脂肪酸です。
 LDLコレステロール変化に対してBMIが飽和脂肪よりも大きな影響を及ぼしました。飽和脂肪酸の摂取量が7%から21%に増加するとLDLコレステロールは糖質制限では14mg/dL増加、高炭水化物食では9mg/dLの増加でした。しかし糖質制限のLDLコレステロール変化はBMI35からBMI20になると38mg/dL増加します。<

 


 さて、狩猟採集食の際に、痩せ型の人では低い中性脂肪でありながら高コレステロールとなることがあるが、何故か? 結論から先に書いておくと、次の仮説が成立しそう:

 

貯蔵性高コレステロール仮説
 狩猟採集食の際に痩せ型の人に多く見られる、低い中性脂肪で起こる高コレステロールは、低体脂肪の故に起こり得る健全な代謝の例でであり、特段のリスクを有しないと考えられる(解説文を手短にするため、下記の模式図を参照)

      図:とある体質の人の中性脂肪(TG)とLDL-Cとの関係模式図
 血清中性脂肪が全身の脂質代謝を制御し、体脂肪を規定しBMIへ影響するとの考え方を前提としたもの。なお、A(若しくはβ)、B、C及びαの各点の配置は例であり、体質によって位置関係が決まると考えられる。LDL-C は low density lipoprotein-cholesterol、sdLDLは small dense low density lipoprotein。

 

 初期人類から進化学的にみれば、狩猟採集食(低糖質のもの)が標準だった時代が長かったと思われ、遺伝子的に考えてもその際に代謝が最も低くなるようなっているものと推測される(具体的には、甲状腺ホルモンの遊離T3量やインスリン分泌量が低水準となる)。代謝が低い故に、体内でのコレステロール生成も高まらない状態にあるのだろう(脂質の燃料利用を優先し、原材料利用を抑える感じともみられる)。
 狩猟採集食をしている限り、血糖値の変動は少なく、血管系などの酸化的損傷も低く抑えることができるので、代謝を高める必要性も少ない。
 低体脂肪の人の場合には、普通体脂肪の人に比べ脂質の備蓄が少なく脂質を温存する必要性が高いので、甲状腺ホルモン(遊離T3)の水準が極力絞られるのであろう(絞らないと筋肉を溶かしてしまうおそれが高まる。遊離T3が減少すると、肝臓ではコレステロール生成能とLDL受容体の数がそれぞれ減少する)。他方、高体脂肪の人は、脂肪は有り余っている上に脂肪組織主導での慢性炎症もあり、ある程度以下に代謝を落とすことはできないのであろう。
 ヒトのリポタンパク質たるLDLの遺伝子表現型には、phenotype A(大型でふわふわLDLが多いタイプ)と phenotype B (小型で稠密なLDLが多いタイプ)があるらしい(注2)。いずれのタイプにせよ、狩猟採集食の場合には、農耕食に比してsdLDLの割合は低いであろう。狩猟採集食では血管系などの酸化的損傷も少ないことと併せて考えれば、コレステロール(三大栄養素の代謝物から肝臓で合成可能だが、安定物質であり動物細胞では異化(消化・分解)できないもの)を肝臓に逆転送させて機能チェックしたり排泄する頻度を低下させても問題が生じないのであろう。

 

注2)冒頭紹介のブログにおいて、この点に関する少し古い次の記事があるけど、phenotype(遺伝表現型。なので人の属性)をリポタンパク質LDLの属性と勘違いしている部分があるように見受けられ、少し残念なところ:

   糖質制限とLDLコレステロール上昇 -2017年2月16日
   https://promea2014.com/blog/?p=1101

 

 以上のことからすると、狩猟採集食では脂質の割合も高いので、(絶食したまま2-3日程度普段よりかなり激しい身体活動をすることを射程に入れて)食餌中のコレステロール(組織修復用の原材料)を血液中の輸送中在庫として保管しつつ保管量を増やしておくことは、理にかなった適応と思われる。 

 


 仮に上記の仮説が成り立ちそうということであれば、更にはこれを発展させた次の仮説も考えられる:

 

コレステロールの貯蔵器仮説
 狩猟採集食時には血液中の輸送中在庫が(特に低体脂肪の人で)、糖質食時には血管の粥腫(アテローム)がコレステロールの貯蔵器になっていると考えられる(注3、注4)。

 

注3)血管系(血清中、内皮下組織)を貯蔵器にしていたのではという説。前半は、貯蔵性高コレステロール仮説と同趣旨。後半については、進化的にみれば、温帯に住む人類(熱帯・寒帯に住む人達は別扱いの前提)にとっては狩猟採集食が9-10か月間、秋には糖質食(越冬準備食)を2-3か月間ということが多かったのではないか。そうすると、例え粥腫ができても毎年春先には解消していたものと考え得る。

注4)「粥腫」の定義がはっきりしていないようなので更に補足しておくと、脂肪線条(fatty streak)が形成されたがプラーク形成には至らない段階は、可逆的な貯蔵器として機能し得ると思われる。そのように考えると、中性脂肪の増加に伴いsdLDLが増加することは何かに合目的な振舞いのはずだが、それはsdLDLの役割を次のように理解すればよいのかもしれない:

sdLDLの役割は、血管内膜下に侵入し易くなるよう小型に変化して

a- 血管の修復材料としてのコレステロールの供給
b- 脂溶性の毒素を中和(一種の免疫作用)
c- 抗酸化剤としてのコレステロールの供給
d- できた酸化LDLを免疫応答制御因子として免疫細胞が活用

 多少補足してみると、aとcについては、中性脂肪が増加するのは糖質食ということだろうから、血糖変動が増大し酸化ストレスが高まり、その結果酸化損傷も増加するという状況に対処するためのものとみることもできる。bについては、LDLは脂溶性のものを(輸送のため)内部に取り込む性質があるようで、物質を周囲から隔離する機能があるとみることもできる。
dについては、血管系においては腫脹して血栓化するのを回避するため一般組織と異なる炎症パターンになっているとも考え得る。酸化LDLには免疫応答抑制機能があるようで(注5の資料参照)、増え過ぎると単球/マクロファージが貪食・貯蔵して免疫応答の水準を調整していると考えることもできる(酸化LDLを貪食して泡沫化細胞になっても、HDLにコレステロールを引き抜かれて量が減ると、血管外に遊走しリンパ節に戻るものもあるとされている)。

注5)Lipoproteins attenuate TLR2 and TLR4 activation by bacteria and bacterial ligands with differences in affinity and kinetics  -2016
   https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27793087/

 

 これらの仮説に関し、更に論考を進める必要がありそうだが、今回はこの辺で・・・

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脂肪酸の輸送・貯蔵方法(清水氏23/10/19記事関連)

2023年11月02日 | 生物医学ネタ絡み

 真核細胞生物のエネルギー源としての燃料の選択(fuel selection。主に糖か脂肪酸かの選択)の話を考えると、サブ細胞レベルでは分からないことがほとんどだが、細胞レベルでみれば分かっていることも多い。


 人類の生活様式は、戦前というか60年位前までは日々かなりの身体活動を前提としていたのだろう。この前提の下では、エネルギー源としては糖でも脂肪酸でもどちらでも良いようになっているのかもしれない。

 ヒトの母乳は、カロリー計算でみれば糖と脂質が半々ぐらいになっているとされている(糖45%、脂質48%。注1)。燃料の貯蔵ホルモン(インスリン)の働きをみれば、燃料の種類によらず似たような作用を示している(グリコーゲン合成と脂肪合成の両方の亢進。細胞膜上に呼び出された糖輸送体(Glut4)を介しての糖の取込みと、毛細血管壁の表面の酵素(LPL)を介しての脂肪酸の取込みの双方の亢進)。また、血管系に燃料が溜まり過ぎて長期継続すると体調不良リスクが高まり、病気と認識されている(注2)。

注1)ヒトの胎児の場合、脂肪酸から生成されるケトン体の利用が亢進しているようだが、そのケトン体は母体側(多分主に胎盤にて)で生成されて提供されたものだから、ここでは別の話と整理しておこう(このケトン体の利用亢進は、酸素消費の節約と、がん化防止のためではないかと推測される。酸素消費量については、脂肪酸を利用すると糖やケトン体より3割増しといわれている。がん細胞の成長には解糖系(ミトコンドリア外の細胞質で行われるエネルギー生成)の亢進が必要なようだが、ケトン体は解糖系と無関係にミトコンドリア内(クエン酸回路と電子伝達系)でエネルギー生成に利用できる。)。

注2)糖尿病と高中性脂肪血症という二つの病気は、現代医療的には、治療法が全く違うのでかけ離れたものという認識になっているようだ。しかし、もともと貯蔵ホルモン(膵臓)の分泌能が低い体質の人は前者(後者も随伴し易い)のリスクが高く、同分泌能がしっかりした体質の人は後者の段階にとどまり易いという程度の違いしかないのかもしれない。本ブログの健康法的に考えると、これらへの対策は似たようなものなので、「輸送中燃料過剰症候群」と同じ病態に整理できそうでもある。

 

 今回は、このような話をどこまで転がせられそうかというのを眺めるために、燃料(特に脂肪酸)の輸送・貯蔵方法について考えてみよう(糖と一緒にすると複雑になるので、糖の場合は別の機会に・・・)。

 

  まあ例によって、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事をなんとなく紐解いていく感じにしよう:

レムナントコレステロールと心血管疾患のリスク LDLコレステロールはどうしちゃった?  -2023年10月19日
https://promea2014.com/blog/?p=24106
>上の表はレムナントコレステロールとLDLコレステロールの値を4つのグループに分けたときの複合心血管疾患発生の可能性です。レムナントが多いほどLDLが低いほど複合心血管疾患発生率は高くなりました。しかも、性別とスタチン使用による差異はほとんど見られませんでした。スタチン意味なし。

 もう、LDLコレステロールを気にする必要はないようですね。

 レムナントはApoCⅢというアポリポタンパクによって増加します。(「ApoCⅢがレムナントコレステロールと関連している」参照)そして、ApoCIIIの発現はブドウ糖によってChREBP-1およびSREBP-1を活性化して増加し、インスリンによって減少します。しかし、インスリン分泌の減少またはインスリン抵抗性の増加により負の調整が働かなくなり、ApoCIIIは増加してしまいます。恐らくブドウ糖によるApoCIIIの発現増加は一時的であり、血糖値スパイクに続くインスリンの増加によって急速に逆転すると考えられますが、インスリン抵抗性または糖尿病では、高レベルのApoCIIIを示します。

 一方、果糖の摂取は、ブドウ糖の摂取と同様にChREBP-1およびSREBP-1を活性化しますが、ブドウ糖とは対照的に、インスリン分泌を刺激しません。そのため果糖摂取後のApoCIII発現は、インスリンによる負の調整が働かなくなり、ApoCIIIが大きく増加すると考えられます。(「ApoCⅢの調節と役割」「果糖はブドウ糖よりもApoCIIIを大幅に増加させる」参照)<

 

 レムナント・コレステロールの値が上がると、心血管疾患発生リスクも上がるらしい。同記事では、

・糖質の過剰の摂取は、心血管疾患発生リスクを上げる、

・糖質の過剰の摂取は、アポリポタンパク質ApoC-Ⅲを増やす結果、レムナントを増やす(糖質過剰 →インスリン作用低下 →ApoC-Ⅲ遺伝子発現増加 →レムナント増加、のような流れ)

ことが問題の本質とまとめている。前者については異論はない。後者については、生体分子の遺伝子発現学的にみれば、それでよいような気もするのだが、如何せん細かなこと(ApoC-Ⅲなど)をいろいろ覚えないといけない。より大きな構図で別の角度から捉えた方が応用が効いたりして少し見通しがよくなりそうなので、そんな感じで整理できないかを考えてみよう。

 

 先ずは「レムナント・コレステロールの値が上がる」の意味をおさらいしておこう。

 血管内で血液に溶けにくい脂(中性脂肪、コレステロール)の運送を担当しているもの(脂輸送船)が「リポタンパク(質)」であり、脂がたんぱく質と結びついた複合体である。
 この内に中性脂肪を運ぶ脂輸送船(リポタンパク質のうち、カイロミクロンと超低比重リポタンパク(VLDL)。前者は小腸から消化吸収した脂をもとに造られ、後者は脂の再利用組織である化学工場(肝臓)で造られる)があり、末梢組織へ積荷(中性脂肪)を輸送し卸して積荷がある程度減った抜け殻が「トレムナント様リポタンパク質」(単に「レムナン」とも呼ばれる)にあたる。レムナント自体はまだ脂をかなり含んでいるので、通常は化学工場に戻り速やかに解体されて新たな脂輸送船(VLDL、LDLなど)の材料として再利用される。

 レムナント・コレステロールは、血液中のレムナント内に含まれるコレステロールの量を測ったものであり、レムナント・コレステロールの値が上がる場合は、レムナントの数が増えた場合に相当することが多いようだ。


 末梢組織には、脂輸送船から積荷を取り卸す装置(酵素)であるリポタンパク質リパーゼ(LPL。中性脂肪を脂肪酸とグリセロールに分解し血液中に放出。エネルギー基質としては、脂肪酸がより重要で、グリセロールはこれら三つを束ねる結束バンドみたいなもので重要性は低い)があり、組織の毛細血管壁の表面に存在している。この装置の取卸し(分解)により周囲の遊離脂肪酸の濃度が高まる結果、組織内に吸収される脂肪酸の量が増えエネルギー生成のため燃焼されることになる(脂肪組織であれば貯蔵される)。
 LPLの活性はアポリポタンパク質(リポタンパク質を構成するタンパク質。ApoC-Ⅱ、ApoC-Ⅲなどいろいろある)によって制御され、脂輸送船上のApoC-ⅡがLPLを活性化し(不活型を活性型化)、ApoC-ⅢがLPLの活性を抑制するとされている。

 以上の流れが体内での普段のレムナントの動きになっているのだろう。そうすると、レムナントの動きを理解するには、中性脂肪の動き(輸送・貯蔵)が分かればよさそうということになろう。

 

 さて、冒頭記事の内容を別の角度から眺めるために中性脂肪の輸送・貯蔵に軸足を移して、例によって小問にバラしてみると、次のようになろうか:

Q1. 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか。
Q2. 血液中の中性脂肪が増えるのは、どのような時か。
Q3. 血液中の中性脂肪は、どのように利用されるのか。

 

 上記の問いについて以下それぞれ説明していこう。先ず最初の問いは:

問Q1. 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか。


答A1)手短に答えれば、同化時や顕著な異化時に必要であるから、ということになろう。別に言い換えれば、中性脂肪(脂肪酸)の貯蔵やその多めの取崩しを効率的に行いたいから、とも言えるだろう。具体的に顕著なものは

 

ア- 運動の際には中性脂肪をかなり取り崩すことがあり、予め準備しておいた方が身体活動的に有利になるため、

イ- 摂食の際に多量の脂を消化吸収するが、これを短時間で処理した方が身体活動的に有利になるため、

ウ- 重い怪我や病気をした際に(基礎代謝で対応できない)ある程度大きな組織の修復が必要となり、これを短時間で処理した方が身体活動的に有利になるため、

 

ということになろうか。イについて補足すれば、コアラのように1日20時間ほど寝ていられるのなら短時間で処理する必要性も薄いが、初期人類からの生活様式はつい1万年前までは"毎日昼間に狩猟採集をして食べる"だっただろうから、進化的に考えれば、短時間で処理できた方が身体活動上有利だったということになろう。(A1了

 

 「なぜ」の説明だけでは多分本稿で言いたいことを理解し難いだろうから、次の問いに移ろう: 

問Q2. 血液中の中性脂肪が増えるのは、どのような時か。

答A2)回答的には前問に同じとなるのだが(少なくとも運動準備・運動時、摂食時、損傷組織の修復時の三つ)、別の切り口から眺めてみて理解を深めておこう。

 中性脂肪の貯蔵方法については、進化的に考えると、次の3つに区分できるのではないだろうか:

#1- 細胞内での貯蔵(末梢の細胞内の脂肪滴)
#2- 輸送中在庫による貯蔵(血管系のリポタンパク質内の中性脂肪。注3)
#3- 共用組織での貯蔵(肝臓の脂肪滴、脂肪組織の脂肪細胞)

 

注3)それは貯蔵なのか、という疑問が湧いてきて違和感を感じるかもしれない。貯蔵量(普段の基礎代謝の水準から増加した部分)が多いとも思えないが、こう整理した方が後々分かり易くなるような気がしているところ。実際、その僅かな違いが病気を招くわけだし・・・

 

 進化的にみれば、貯蔵方法はこの順番で進展してきたと思われる。真核細胞生物の酵母(真菌類の一種。単細胞性のことが多い)の一部の種でも、脂肪の蓄積がみられるとされており、起源はかなり古いのであろう。哺乳類でも運動できずに変なものを食べさせられて寝てばかりいると脂肪筋になり易いのは、牛の霜降り肉(筋肉に脂肪滴が一杯ある状態。餌は牧草主体ではなくて飼料用穀物が多いらしい)をみれば明らかだろう。

 多細胞の真核細胞生物が生まれ体のサイズが大きくなってくると、体表に接していない細胞へ供給物を輸送するシステム(老廃物の回収も担当)が体内に必要となり、血管系が出てきたのであろう(そうすると必要になるので、心臓と腎臓もほぼ同時にできるのだろう。ホヤ(原索類)はこのような形質形態であり、腸の一部には多数の孔がある鰓の原形を持ち、脊椎動物の祖先ともみられている)。血管系に貯蔵できる絶対量は少ないものの、利用した方が生死を分けるギリギリの身体活動が必要なような場合に有利と思われる。

 その後、共用の貯蔵組織が現れて、貯蔵量が飛躍的に増大したものと思われる(ヒトの貯蔵可能量を桁数的にみればおよそ、脂肪組織なら5桁のグラムで脂肪を貯蔵可能だが、肝臓(脂肪肝の手前あたり)ではその百分の1で3桁のグラム、輸送中在庫は千分の1で2桁のグラムという感じだろう)。

 

 輸送中在庫による貯蔵は、回答の初めで触れたように少なくとも運動準備・運動時、摂食時、損傷組織の修復時に高まるのだろう。その方が身体活動をより容易に(細胞での燃料の調達の効率化による)、中性脂肪の貯蔵を効率的に、あるいは損傷組織の修復を効率的に行うことができるだろう。

 興奮性ホルモン(アドレナリンなどのカテコールアミン)、抗ストレス・ホルモン(コルチゾール)などは貯蔵燃料の取崩しホルモン(インスリン拮抗ホルモン)であり、血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸を上昇させるので、輸送中在庫を確保する(上昇させる)作用(在庫確保作用)があると言える。他方、燃料の貯蔵ホルモン(インスリン)には、細胞内への糖・遊離脂肪酸の取込みを促すので、輸送中在庫を解消する(低下させる)作用(在庫解消作用)があると言える。

 安静(基礎代謝)時においては、貯蔵ホルモンは常時ある程度分泌されている(基礎分泌がある)ため、貯蔵取崩しホルモンが分泌される際には、その作用に拮抗するため前者のホルモンの分泌が減らされ、あるいはホルモン感受性が低くされ(抵抗性が現れる)、その作用を低下させるようである。このようにみてくると、いわゆるインスリン抵抗性は「貯蔵抵抗性」と言い換えられるのが分かるだろう。

 

 脂肪組織があれば、貯蔵可能量も大きく、かつ、安全性も高いので、優先して利用されることとなる。しかし、燃料貯蔵モードにある場合は、その貯蔵量の限界に近づくことが起こり得、進化的に古い必ずしも安全性の高くない貯蔵方法が用いられることとなるのだろう。これがいわゆる異所性脂肪の蓄積であり、脂肪筋や脂肪肝などにあたる(肝臓は体内の共用化学工場であり普段はその重量の3-5%の脂肪を抱えているとみられるが、ある閾値(10%辺り?)を超えてくると毒性が無視できなくなると思われる)。(A2了

 

 以上の説明を前振りとして、これらをまとめるため最後の問いに移ろう(同じ問題を別の角度から解説しているだけなので回りくどいかもしれないが・・・):

 

問Q3. 血液中の中性脂肪は、どのように利用されるのか。

答A3)リポタンパク質で運送される中性脂肪の動きについては、その利用酵素(リポタンパク質リパーゼ、Lipoprotein Lipase、LPL。組織の毛細血管壁表面に存在。脂肪酸の細胞内への取込みにおいては脂肪酸は細胞膜を通過できるので、この酵素の働きは実質的には糖の取込みの際のGlut4と類似の作用となる)の働きを軸に理解した方が見通しが効きそうである(そうした方がアポリポタンパク質ApoC-IIIの役割も整理し易いように思われる)。

 中性脂肪の利用酵素(LPL)の制御についてみれば、普段はグルコースと供に脂肪酸により基礎代謝を賄うよう生体リズムに応じた制御を受けているとみられるが(これは「基礎代謝時」の場合にあたる)、制御法に顕著な変化がみられるのは少なくとも次の三つの場合があるだろう:

 

A. 運動準備・運動(危機対応)時:危険対応時用のストレス応答が稼働し出すため、前述の貯蔵取崩しホルモン(アドレナリン、コルチゾールなど)の分泌により血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸が上昇し、拮抗する貯蔵ホルモン(インスリン)の分泌は減ることになる(基礎分泌が半分程度になるという説もある)。リポタンパク質内の中性脂肪を温存するため全身的に利用(LPLの活性)が抑えられるものの(注4)、動き出す骨格筋では運動によりLPLの作用が強まり(注5)、中性脂肪を調達し易くなる。糖の上昇が解消するまで継続するのだろう。


注4)遺伝子発現的にみれば多分、糖の上昇と貯蔵ホルモンの作用の減少(基礎分泌の低下による)のためApoC-III遺伝子の発現が増加しLPLの活性を抑えることになるのだろう(危機時もあり得るので需要予測をしないことにして、とりあえず急を要さない部位でのリポタンパク質内の中性脂肪の分解を抑制し、輸送中在庫(循環量)が減らないようにする)。

注5)骨格筋では、このインスリン作用の減少は逆にLPLの活性化の方向へ働き、また、運動自体が酵素LPLの遺伝子の発現量を増やすとされている。

 

B. 食餌の摂食時:摂食時の糖の上昇により貯蔵ホルモン(インスリ)の追加分泌がある程度に至ると、脂肪組織ではリポタンパク質内の中性脂肪を利用(LPLの活性)を元に戻し更には高めて(注6)、取り崩し過ぎた脂肪の補充・貯蔵を行う。インスリン追加分泌が解消されるまで継続するのだろう。


注6)遺伝子発現的にみれば、貯蔵ホルモンの作用の増加(追加分泌による)によりApoC-III遺伝子の発現を減少させLPLの活性を高める(貯蔵ホルモン自体がLPLの活性を上昇させる方向のため、逆方向のApoC-IIIの作用を減らす必要があるのだろう)。
 なお、骨格筋では、この貯蔵ホルモンの作用の増加によりLPLの活性は抑制されるとされている(摂食時は運動関係より共用の貯蔵を優先ということだろう)。

 

 追加貯蔵の有無で状況が違うので、食性の区分で二つに分けて考えておこう:

 

B-a. 狩猟採集食の場合(追加なし。非貯蔵モード)

i- 共用組織(脂肪組織)での貯蔵(Q2の答えの方法#3)
 リポタンパク質内のApoC-IIが中性脂肪利用を活性化させ(血管壁の表面のLPLの活性化による)、貯蔵ホルモンの作用により蓄積が進む(吸収した糖・脂肪酸由来が多い)。
 蓄積は実質的には取り崩した分の補充であり、もともと貯蔵ホルモンの追加分泌も少ない上に(基礎分泌の2-3倍あたりだろうか。農耕食では大抵10倍以上となる)、総貯蔵量が増え過ぎないよう脂肪組織側で制御されているとみられ、脂肪組織があふれることはかなり起こりにくい(#1を使う機会はないし、#2が生じても処理に伴う一時的なもの)。貯蔵に伴う安全性は高い。

 

B-b. 農耕食の場合(追加あり。貯蔵モード)

 糖質食の越冬準備食仮説を前提とすると、農耕食の場合は「脂肪蓄積対応時」ということになり、脂肪酸の貯蔵方法をリポタンパク質内の中性脂肪利用酵素LPLを軸にまとめれば次のような段階に区分できるのではないか(脂肪酸の貯蔵方法進展パターン仮説):

i- 共用組織(脂肪組織)での貯蔵(Q2の答えの方法#3)

 リポタンパク質内のApoC-IIが中性脂肪利用を活性化させ(LPLの活性化による)、貯蔵ホルモンの作用により蓄積が進む(吸収した糖・脂肪酸由来が多い)。安全性は高いものの、脂肪の貯蔵モードであり貯蔵ホルモンの追加分泌も多いため、長期継続では溢れることがあり得る。


ii- 細胞内での貯蔵(#1)及び共用組織(肝臓)での貯蔵(#3)

 脂肪組織が溢れてきても、貯蔵ホルモンの作用により(LPLは活性化したまま)異所性脂肪として脂肪筋、脂肪肝などとして蓄積が進む。進行し過ぎると脂肪毒性回避のため貯蔵ホルモンの抵抗性(注7)が出始め、安全性は高くない。

注7)貯蔵抵抗性(インスリン抵抗性)を貯蔵障害起因型と(それ以外の)輸送中在庫確保型とに分類してみることにすると、この抵抗性は貯蔵障害起因型の抵抗性と分類できるだろう。

 

iii- 血管系の輸送中在庫として貯蔵(#2)
 貯蔵抵抗性が現れるとLPLの活性を抑制し(注8)、輸送中在庫は維持されたままになり解消されにくくなる。そういった状況が長期継続すると(注9)、次第に中途半端に積荷を積んだ脂輸送船(レムナント様のもの)が増えて滞留し、高中性脂肪血症が現れるのであろう。血管系への毒性があり死亡リスク(動脈硬化リスク)を高めることとなる(注10)。


注8)遺伝子発現的にみれば、貯蔵ホルモンの作用の低下(貯蔵抵抗性による)によりリポタンパク質内にApoC-IIIが増え貯蔵ホルモンの基礎分泌時でも同質内の中性脂肪利用を抑制するのだろう。

注9)落ち着き先のない中性脂肪が放浪している状態であり、日々これが1%の割合で増加すると仮定すると、70日間でその量は2倍に達することになる(1.01^70 = 2.01)。

注10)機序としては、高中性脂肪血症 →脂肪肝が既にある程度進行していることが多い →脂肪肝はリポタンパク質の異常を招き易くする(HDL-C減、小粒子LDLの形成増) →動脈硬化を促進、という流れ。


C. ある程度大きな損傷組織の修復時:ストレス応答が稼働し出して交感神経が緊張するため、貯蔵取崩しホルモンの分泌の増加により血中の糖(グルコース)・遊離脂肪酸が上昇する。リポタンパク質内の中性脂肪を温存するため全身的に利用(LPLの活性)を抑えることにより(注11)、損傷修復部位で活発に働く免疫系・修復系が中性脂肪を調達するのを容易にする。修復が終わるまで継続するのであろう。


注11)遺伝子発現的にみれば多分、糖の上昇と貯蔵ホルモンの作用の低下(炎症反応が引き起こす貯蔵抵抗性)のためApoC-III遺伝子の発現が増加しLPLの活性を抑えることになるのだろう。貯蔵抵抗性を前述注7の線で区分してみることにすると、この抵抗性は輸送中在庫確保型の抵抗性(炎症起因型)と分類できるだろう。(A3了

 

 以上の3つの回答を通じて(なかなか苦しい所も感じつつ)ここまで話を広げてみたが、当初の問題「 血液中の中性脂肪が増えるのは、なぜか」について、具体的なイメージが思い浮かぶようになるならば、説明した甲斐があったということになろうか。

 これまでの主要な点を箇条書きで列挙することにより、まとめに替えてみると、次のようになるだろう:

- 脂肪酸の輸送・貯蔵系における危険の本質は、異所性脂肪と、血液中の中性脂肪が高い状態(血管系の輸送中在庫が解消されないままの状態)の長期継続にあるのであろう。

- インスリン抵抗性(貯蔵抵抗性)には、細かくみれば幾つか種類があるのだろう(少なくとも貯蔵障害起因型、輸送中在庫確保型(炎症起因型)の二つ。これらの危険性の高さは、炎症も慢性化しうるのでこの順序のままであろう)。

- 血液中のレムナント数は、インスリン抵抗性(危険性が最も高そうな貯蔵障害起因型のもの)のより良い指標になっているようだ。

 

 最後に、冒頭で触れたように、これまでの人類の生活様式は、日々かなりの身体活動を前提としていた。現代の低身体活動の人にとって、体調がなんとなく優れないなら(空腹時中性脂肪で80mg/dl超は注意域だろう)、必要なことは、

   一に運動、二に運動、三に食性の見直し、四に定期的な断食、五に食性の大改革

ということになるような気がする(不幸にも既に不健康モードに入っている人は、三あたりからが望ましそうだろう。食性は、狩猟採集食に近い糖質制限食とかケトン食とかがベターであろう。なお、個人的な体感に基づくと、瘦せ気味みの人(自分もこの頃 BMI は17.0前後で多分該当)には断食はあまりお勧めできないところ)。

コメント

アルツハイマー病の原因(清水氏23/10/13記事関連)

2023年10月17日 | 生物医学ネタ絡み

〔更新履歴:一部修正2023-10-18〕

 

 知識を蓄え慧眼を養ってこそ智慧になるのだろう。
 現代の生活においては知識が豊富な人にはなり易いけど、他方各種のマニュアルが整備されていて自分で考える機会も少なくなっていて、知識量の割に物事の本質を見抜く力が養われていかないのかもしれない(生物の進化的にみれば、脳の省力化電気回路説が成立しそうだから、易きに流れるのも仕方がない・・・)。

 

 一般的に言えば、歯科医と内科医との認識にはかなりの隔たりがある面が存在していて、特に常在共生体(細菌、ウィルス、真菌などで主に体表や管腔組織などにいるもの)に関する認識はそうだろう。歯科医にとっては常在共生体との戦いが主戦場との認識であろう(虫歯や歯周病の源になるのは口腔内の常在共生体である)。他方、内科医にとっては、悪さをするのは外部からの病原体で常在共生体が悪さをするのはかなり例外的な場合と認識していることが多いようで、その悪影響を矮小化しがちなようだ(これは「医者(内科医)の呪縛」と呼べるものなのかもしれない。腸内細菌などの影響を考えだしたらしっかりした生活指導が必要になり手間も時間もかかるだろうから、ここでも省力化が選好され・・・)。

  最近の記事でよく触れる西原克成氏は、最初に手掛けた研究ががんとミトコンドリアの関係らしく、生物進化にも造詣が深く実験進化学者としても研究をし、また、歯科医でもあり、大病院勤務故に他科から回されるいろいろな病態を眺める機会に恵まれて、豊富な知識を蓄積していったようだ。それを活用し、もう20年近く前にかなり斬新な認識に達していた模様である(検査・実験技術が進歩し、時代が追いついてきている感じ。言わば、True creativity never gets old; the longer time passes by, the more it shines.)。

 

 西原氏の斬新な考えの一つには、以前にも触れた、真核細胞生物はミトコンドリアが基本的要素でできている(生物のミトコンドリア単位説)、というものがある。ただ、その詳細は必ずしも定かではない。

 真核細胞は、アーケア(古細菌。安保徹氏の用例にならうと嫌気性の「解糖系生命体」)にバクテリア(細菌。安保氏にならうと好気性の「ミトコンドリア生命体」)が寄生した共生体から発展してきたものとされている。

 その見方を突き進めれば、解糖系生命体の細胞膜は、ミトコンドリア生命体のコロニー(集団)の生活場をドーム(カプセル)化するもの、細胞核はコロニー内のミトコンドリア生命体が従うべき司令塔ということになるだろうか。そうすると、ミトコンドリア生命体がどこからか持ち込んだらしい細胞分裂抑制遺伝子(がん抑制遺伝子。解糖系生命体側だけの都合による分裂を抑制)は、ドーム化されたコロニー・サイズ(ミトコンドリア生命体の数)の標準化に必須のものであったとも考えることができるだろう(この先まだないのでこの辺で・・・)。


 西原氏によれば、ミトコンドリア単位説を前提とすれば「ミトコンドリア機能病理論」が成り立ち得るとみているようだ。19世紀にシュライデンやシュワンが提唱した生物の細胞説(細胞単位説)がフィルヒョーの細胞病理論(学)へ繋がっていった点を念頭に置いているとみられるが、再度その詳細は必ずしも定かではない(追記注)。想像するに多分、ミトコンドリアの同じ機能障害には似たような病気が対応し、そのまた逆も成り立つ、ということではないかと思われる。

 

追記注)この背景を個人的に著作の行間から読み取った内容から解説しておこう。大病院だと器質的な異常(ここでは血液検査の異常も含めた意味)を発見するための検査漬け医療になっていて問診・身体診察を軽視する傾向(このため機能的な異常はよく分からない)を西原氏は嘆きつつ、器質的異常発見・矯正主義的な診療の方向へ導いた細胞病理学を毛嫌いして、そのアンチ・テーゼとしてミトコンドリア機能病理論を言い出したような雰囲気と思われる。
 ミトコンドリア機能異常を検査する方法は当時確立されていなかったので(現在でもそうだろう。普通の細胞内に数百から2千個あるわけだから・・・)、診療の射程距離内に同異常を捕えようととすると、必然的に検査以外の診察手法(問診など)に頼らざるを得なくなると考えたのだろう。現場主義を重んじる(個人の体質を最重視する)と思われる彼なりの発想なのだろう。

 

 このブログのテーマを健康に戻したのは、西原氏の言説に感化されて健康法を個人的に検討していたところ、書き留めて内容を世間に広めて試してみた方がよいだろうというのが幾つか出てきたためであり、今回はそのうちの一つにあたる。

 


 前置きが長くなったが、まあ例によって、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事をなんとなく紐解いていく感じにしよう:

スタチンと認知症 -2023年10月13日
https://promea2014.com/blog/?p=24075
スタチンと認知症の関連はいまだに議論があります。アメリカのFDAはスタチン使用と認知障害との潜在的な関連性について2012年にblack box warning(枠囲み警告)を出しています。FDAは「まれに、スタチンの使用に関連した認知障害(例、記憶喪失、物忘れ、健忘症、記憶障害、混乱)の市販後報告があります。報告されているこれらの症状は一般に重篤ではなく、スタチンの中止により回復可能ですが、症状の発現までの時間(1日から数年)と症状の消失(中央値3週間)はさまざまです。」と述べています。
 最近の研究では、スタチンは認知機能低下に関連しないという結果がいくつも出ています。だから、現在のところ何とも言えません。・・・<
>認知症は糖質過剰症候群であり3型糖尿病とも言われています。2型糖尿病と認知症のリスクの関連は十分にあることを考えると、スタチンによる糖尿病発症リスクは認知症のリスクにもなりかねない可能性があります。<


 さて、高脂血症薬は、認知症を進行させるのだろうか。
 この疑問点につては、前置き同様に以下の議論も長くなりそうなので先に述べておくと、

   スタチンの場合は進行させるだろう、

というのが個人的な結論である。理由を手短に述べれば、薬剤のミトコンドリア毒性は神経細胞のエネルギー不足を招くことから認知症(アルツハイマー病)を進行させる可能性が高く、スタチンにはミトコンドリア毒性が認められるからである(注1)。以下に、この点について順を追って解説していこう。

注1)本稿の射程外なので注での追記で済ませておくと、スタチンには免疫抑制作用がある(免疫応答過程において抗原提示細胞上のMHCクラス2の発現を阻害することによりT細胞の活性化を抑制するとされる。体内へ侵入した微生物などの異物の除去能力が低下する)とされており、後述のアルツハイマー病の病因分析からしても、認知症をより進行させると言えそうである。

 

 認知症全体の約7割はアルツハイマー型とされているようであり、例によって、小問にバラしてみると次のようになるだろうか:

Q1. アルツハイマー病は、どのようなものか。
Q2. アルツハイマー病の原因は何か。
Q3. アミロイドβとは何か、蓄積するのは何故か。

ついでに、これらに関連するものとして、

- 脳が萎縮していくのは何故か。
- 初期症状が短期記憶領域で現れ易いのは何故か。
- 同病と高血糖との関連性はどのようなものか。

も挙げて射程距離内に入れておこう。

 

 本稿で扱いたい問の紹介が済んだので、順に考えていこう。先ず最初の問については:

 

問Q1. アルツハイマー病は、どのようなものか。

A1)ミトコンドリア機能病理論的にみれば、アルツハイマー病は、脳の神経細胞内のミトコンドリアの機能障害であり、これによってエネルギー(アデノシン三リン酸、ATP)生成が不足するため、本来の脳の機能を発揮することができなくなる病態と考えられる。(A1了

 

 ここで、真核細胞のエネルギー生成について明解に解説できるとよいのだが、前回記事でも触れたように、全貌はよくわからない(ミトコンドリアの燃料選択の制御機構すらよく分からないわけで・・・)。
 とは言え、断片的に分かっていることはあるので、この方向の切り口でまとめてみたのが、以前の2023/9/9記事で触れた「ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説」にあたる(リンクはここ)。この仮説については、議論を展開すると多くの袋小路があって長くなりそうなので、今回は触れるにとどめ別の機会にしておこう。
 このように消化不良のままだとアルツハイマー病と神経細胞のエネルギー不足との関連性がよく分からず疑問が出てくるだろうから、問Q1.の更問として、次の二つの問について解説しておこう:

 

更問Q1-a. アルツハイマー病で脳が萎縮していくのは何故か。

A1-a)ミトコンドリア機能病理論的に考えれば、脳におけるエネルギー不足の病態としては、

脚気(ビタミンB1欠乏症。脳の症状は特に「ウェルニッケ脳症」と、脳の後遺症は「コルサコフ症候群」と、両者を合わせて「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」とも呼ばれる)

があり、かなりよく分かっていて参考にできるだろう。ビタミンB1は、ミトコンドリアでエネルギー生成する際の必須栄養素であり、欠乏するとミトコンドリアが機能障害を起こすことになる(欠乏すると、ミトコンドリアの内膜内における解糖系の代謝物ピルビン酸、及びクエン酸回路の中間体αケトグルタル酸を代謝(脱水素)できなくなり、エネルギー生成が進まなくなる)。

 

 脚気という病気から、脳でエネルギー不足が長く継続してある閾値を超えてくると、神経細胞が不可逆的に変性して元に戻らないことが分かっている(ビタミン剤を補充しても原状復帰しない)。アルツハイマー病との違いを対比するイメージとしては、脚気の場合は、脳全体あるいは全身で起こるエネルギー不足であるが、アルツハイマー病は、初期のうちは脳内でまだらに起こるエネルギー不足(あるいは、ウェルニッケ脳症・コルサコフ症候群の双方がまだらに起こるもの)ということになろうか(アルツハイマー病も進行して重症化すれば同症候群様のものに収斂していくこことなろう)。

 関係資料を(マウスでの実験だけど)一つだけ取り上げてみると、情報サイト「大学プレスセンター」の記事から:

ビタミンB1欠乏による記憶能力障害のメカニズムを発見 -- ビタミンB1欠乏により脳の海馬が障害を受けて記憶できなくなる -- 東京農業大学 -2016.09.07
https://www.u-presscenter.jp/article/post-36027.html
>【背景と概要】
 ビタミンB1は、必須栄養素の一つであり、鈴木梅太郎博士によっておよそ100年前に発見された世界で最初のビタミン。ビタミンB1は、糖代謝系やATP(エネルギー)産生に対する補酵素として働く。ビタミンB1摂取不足により脚気(かっけ)になることがよく知られており、ビタミンB1が神経系の機能維持にも重要な役割を果たすことが示されている。さらに、ビタミンB1欠乏が続くと、ウェルニッケ・コルサコフ症候群を代表とする、重篤な記憶能力の障害を引き起こす。重要な点として、脚気はビタミンB1の補給により改善されるが、ビタミンB1欠乏による記憶障害は慢性的であり、改善されない。以上のように、ビタミンB1欠乏により重度の記憶能力の減退が導かれることが古くから知られていたが、その発症メカニズムは不明だった。本論文では、喜田教授らは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群と同様の慢性的な記憶能力障害を示すマウスを作製し、遺伝子操作技術を用いて神経細胞(ニューロン)を可視化してイメージング技術を利用することで、ビタミンB1欠乏による記憶障害の原因が海馬(注1)の変性であることを世界で初めて突き止めた

【論文内容】
 野生型マウス(C57BL/6N系統)にビタミンB1欠乏飼料を10日間給餌し、この間ビタミンB1拮抗物質であるピリチアミンを連日投与して、重篤なビタミンB1欠乏状態を誘導した(ビタミンB1欠乏マウス)。ビタミンB1欠乏により体重減少及び著しい運動能力の低下が観察されたが、ビタミンB1欠乏処置後に、ビタミンB1(チアミン)を補給させ、通常の食餌に戻して3週間の回復処置を施すと、体重、運動能力などは正常に戻った。しかし、回復処置を行ったにも関わらず、空間記憶(注2)、社会的的認知記憶(注3)、恐怖条件付け文脈記憶(注4)など海馬依存的な記憶(注5)能力の障害が観察された(図1)。すなわち、記憶することができなくなっていた。しかも、この記憶障害は少なくとも6ヶ月持続する慢性的な記憶能力の障害であることが明らかとなった。一方で、恐怖音条件記憶などの扁桃体の働きを必要とする記憶能力には、障害が観察されなかった。以上の結果から、ビタミンB1欠乏を経験したマウスは、海馬依存的な記憶能力に永続的な障害を示すことが明らかにされ、このビタミンB1欠乏マウスが示す症状は、ヒトのウェルニッケ・コルサコフ症候群と類似していることを明らかにした。すなわちビタミンB1欠乏マウスは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群モデルとなることを示した。・・・<

 

 脚気が進行してくると神経細胞が変性することから脳全体が萎縮していくようであり、脳におけるエネルギー生成不足は、脳の萎縮につながると解釈できるだろう。(A1-a了

 

更問Q1-b. アルツハイマー病の初期症状が短期記憶(脳の海馬が担当)の機能低下で現れ易いのは、何故か。

A1-b)脳の機能もよく使う部分と普段はあまり使わない部分があるわけで、アルツハイマー病の本質がエネルギー不足であるとするならば、脳のよく使われる部分で症状が出やすいと言えるだろう。よく使われる部分としては、視床下部(臭覚以外の五感情報を集めて総合的に処理し、直下にある下垂体にホルモン分泌指示を出したり自律神経を制御するのを担当)、海馬(短期記憶を担当)あたりが挙げられるのではないだろうか。他覚的に分かり易いのは、海馬の異変の方ということになるだろう。

 また、海馬においては、神経細胞が新生するとされており、普通の神経細胞よりエネルギー需要が高いものと推定される。富山大学薬学部のサイトの記事から:

脳内で神経細胞は新生している!|教員コラム~TOM'S 薬箱~
http://www.pha.u-toyama.ac.jp/toms/column11/index.html
>・・・生後は脳の神経細胞はいったん死んだら補われることはないと以前は信じられてきましたが、1990年代に入り脳内でも神経細胞が新生していることが明らかになりました。なかでも脳内にある海馬の歯状回と呼ばれている部位(図を参照)では、正常な脳でも神経細胞の新生が毎日起こっていることがわかってきました。・・・<

>それでは、脳内で新生した神経細胞は、神経系の機能とどのように関わっているのでしょうか?歯状回を含む海馬は、学習や記憶を新たに習得・形成することに重要な役割を果たすことで知られています。・・・つまり、神経細胞の新生は、神経系の活動の程度に依存して増えたり減ったりします。これらのことから、新たに学習や記憶を習得・形成する際には、新生した神経細胞が既存の神経ネットワークに組み込まれ、より多くの情報を保持・処理できるようになるという仮説が提唱されています。また、少し違った考え方の研究者もいます。いったん海馬内で形成された学習や記憶は、徐々に大脳新皮質に移行し、その後は、その学習や記憶の内容を思い出す際には海馬を必要としなくなります。これを記憶固定と呼びますが、大脳皮質に記憶固定が起こればその記憶は海馬の中に存在している必要はなく、新生した神経細胞が、既存の神経回路に組み込まれる過程の中で不要になった学習・記憶痕跡を"分断"し、新たな学習や記l憶をしやすくしているという説もあります。今のところどちらが正しいのかわかりませんし、またこの両方の役割があるのかもしれません。・・・<

 

 上記記事では、新生された神経細胞の役割として二つの説が紹介されている。前者は、新生細胞が新たな記憶定着を橋渡しをしている説(「記憶定着容易化説」と呼べそう)、後者は、新生細胞により既存の短期記憶を分断して読めなくし新たな短期記憶の容量として使えるようにしているする説(「短期記憶容量新規フォーマット説」と呼べそう)と整理できるのかもしれない。

 進化的に考えると、神経細胞の新生が海馬で顕著であることから、短期記憶と密接に結びついているはずで、後者の方がより高い役割なのであろうと推測される(前者であれば、脳の全領域で神経細胞の新生が活性化した方が有利になると思われるが、現実はそのようになっていないようであるため)。

 海馬については、よく使われる部分ということでエネルギー需要が高くなっているほか、神経細胞の新生も併せて行う必要があり、エネルギー需要が一層高まっているとみられ、アルツハイマー病の初期症状としては短期記憶の機能低下が出やすくなっていると解釈できるだろう。(A1-b了

 

 

 前振り的な問 Q1 の答えが長すぎて既に興味を失った人も多いかもしれないが、逆に多少興味が湧いてきた変人がいるかもしれないので、気にせず次の問に移ろう:

 

問Q2. アルツハイマー病の原因は何か。

A2)微生物、高血糖、血流障害という3つ要因が組み合わさったものだろう。これらの共通点は、神経細胞におい燃料不足からくるエネルギー生成不足(ミトコンドリアの機能障害)を引き起こすことにある。
 この3つの病因を元にアルツハイマー病を区分してみると、1つの典型例と2つの非典型例に区分できるのではないだろうか(アルツハイマー病の三病因混合仮説。注2):


1. 典型:燃料掠め取られ型(微生物性エネルギー不足)
 特徴:タンパク質アミロイドβの蓄積を伴う。加齢と密接に関連し通常高齢で発病。
2. 非典型:燃焼不足・燃料取込み不足型(高血糖性、又は血管性(血流障害性)エネルギー不足)
 特徴:アミロイドβの蓄積は直接関与しない。糖尿病や脳梗塞・脳出血になり易いなどの体質であれば、若年でも発病し得る(若年性アルツハイマー病)。 

注2)以前の記事でアルツハイマー病の微生物原因説を個人的に支持すると書いたが、より正確に言えば、「アルツハイマー病の微生物主因説」を支持する。ということになろうか。(A2了

 

 この説明だけでは分かりにくいかもしれないし、この記事の最重要部分にあたるので、この答えに関連する更問を設けてみると、以下のようになるだろう。先ずは微生物性のアルツハイマー病因に関し:

 

更問Q2-a. アルツハイマー病の一因とされる微生物は、どこから来たのか。

A2-a)元々体内に住み着いている微生物(腸内細菌、ウィルス、真菌など。「常在共生体」)が多いというか、ほとんどと考えられる。これらが神経細胞内に細胞内共生・感染を起こすと、ミトコンドリア向けの資源(燃料あるいは酸素)を奪うことから、エネルギー不足が生じ易くなる(もしかするとATP生成後の段階で奪われることもあるかもしれない)。
 ミトコンドリアの機能障害によるエネルギー不足は多くの病態に関連しているようで、以前の記事でも触れたように西原克成氏の著作「究極の免疫力」(2004年)によれば、(アルツハイマー病を含む)難病・免疫病の原因の多くは、免疫機能の脆弱性を突いて体内に侵入する微生物(病原体ではない、腸内細菌、ウィルス、真菌などの常在共生体が主)による細胞内共生・感染である、としている(「難病免疫病の微生物主因仮説」とでも名付けておこう)。

 更に補足しておくと、血液は古くは微生物フリーと考えられていたものの、そうではないことが分かってきている(例えば、歯石取りをすると、90秒後には口腔内の細菌が血管内をうろついているとされる。このため最近では献血制限もあるらしい)。脳はデリケートな組織でありその血管網には脳血液関門という機能的なバリア機能が存在すると考えられており、異物を通さないとされているが、実際には脳内で200種以上の微生物が見つかっている。全身の血管内を常在共生体がある程度うようよしているという構図が現実に近いイメージのようである。西原氏が前述の著作で提唱している考え方(常在共生体による長期的な影響)を歯科医以外的にも理解しやすい発想でまとめてみると、次のようになるだろう:


常在共生体気まま活動仮説
・ヒト体内では、常在共生体が宿主のために尽力する気など更々なく勝手気ままに活動している。このため、共生体による緩慢侵襲圧(その実態は防御壁を越えてきたものが細胞内共生・感染することに起因する異常とその蓄積)が常に生じている。同圧は体細胞と「低分裂細胞」(卵母細胞(生殖細胞の一種)、分裂終了細胞など)とでは作用が異なる。
・体細胞への緩慢侵襲圧の影響は、新陳代謝があるので、想定外の高い圧力や免疫力の低下がなければ排除可能とみられる(排除できなければ、若年での免疫病・難病へと発展し易いだろう)。高齢の場合、加齢による免疫力の低下、侵襲域の増加など不可避の面もあり、この影響が無視できなくなることもあるだろう。
・低分裂細胞への同圧の影響は、新陳代謝がほぼないことから圧力の強さと暴露時間の長さの兼ね合いで決まることになるが、時の経過とともに恒常的共生による長期的影響が避けられないので、結局加齢とともに正常に機能する細胞数が徐々に減少していくことになる(特に卵母細胞、脳神経細胞、筋細胞など)。

 

 ここまで来たのでついでに紹介しておくと、西原氏によれば、蕁麻疹も微生物が原因の病態であるとしている(体内に侵入した常在共生体が皮膚近くで細胞内共生・感染した際に、何かをきっかけとして除去するために強めの免疫応答がおこり、これが皮膚に症状として現れるものが蕁麻疹。更に言えば、蕁麻疹が間断なく継続して起こるものがアトピー性皮膚炎にあたる)。多分これが最もありがちな「常在共生体病」であるとみられる。(A2-a了

 

 次に高血糖性のアルツハイマー病因に関する更問を挙げておこう:

更問Q2-b. アルツハイマー病の一因とされる高血糖により引き起こされる問題は、どのようなものか。

A2-b)高血糖の問題の背景には、インスリンの作用の不足がある。細胞内の糖(グルコース)の濃度は普段より高まるものの(細胞膜上の非インスリン依存型糖輸送体(GLUT4以外のもの。脳の細胞ではGLUT1やGLUT3が発現)は、濃度勾配で糖を取り込むようで高血糖では多く取り込むことになるようだ)、インスリン作用不足のため解糖系によるエネルギー生成が高まらないことからエネルギー不足を引き起こし、更には別の問題を引き起こすことになる。この点については、冒頭の清水氏の別の記事が簡潔にまとめているので、紹介して答えに替えてみよう:

ポリオール経路は認知症にも関連  -2023年5月19日
https://promea2014.com/blog/?p=22208
アルツハイマー病では脳のブドウ糖の取込みが低下すると考えられていますが、もしかしたら脳のグルコースレベルが上がり過ぎて、脳のブドウ糖を取り込むGLUT活性の低下が起きているのかもしれません。そして、脳に溜まったブドウ糖の利用、クリアランスが低下し、ポリオール経路が増加し、ソルビトールやフルクトースが増加しているのかもしれません。ポリオール経路などの回路が促進されると酸化ストレスが増加し、解糖系が最後まで回りづらくなり、さらにポリオール経路が促進されてしまいます。
 グルコースの増加、フルクトースの増加は有害なAGEs(終末糖化産物)の増加をもたらします。脳はブドウ糖も上手くエネルギーにできないし、AGEsも増加するので、どんどん機能低下を起こすのでしょう。(A2-b了

 

 最後に血管性(血流障害性)のアルツハイマー病因について補足しておこう。

 血管が関与する認知症類型には別途「脳血管性型認知症」(認知症全体の約2割)というのがある。論理的に言えば、血管性の病因のものは全て同病に整理した方がよいとも考えられるが、どうも現実的には、画像診断による異常所見(脳梗塞、脳出血、多発脳梗塞など)がないと同病に区分されないようで、結果としてアルツハイマー病の区分に落ち込んでいるものがあるように見受けられる。

 また、太い血管周囲の神経細胞内なら一緒にいる常在共生体のために余分の燃料・酸素も取り込んでやろうという太っ腹なミトコンドリアがいるかもしれないが、細い毛細血管の先の片隅にいる神経細胞だと、血管が運べる燃料・酸素の上限がボトルネックとなりそうもかないだろう(このような状況だと、血管性か微生物性かの区別は判然としなくなる)。

 


 最後の3番目の問に移ろう。アルツハイマー病と言えばタンパク質アミロイドβを思い浮かべる人も多いだろう(アルツハイマー病のアミロイドβ原因仮説に基づく新薬が国内で発売されたようで、この仮説を信奉する人もまだ多そうだ)から、これらの関係をまとめおいた方がよいだろう、というのが問3の趣旨である:

 

問Q3. アミロイドβとは何か、蓄積するのは何故か。


A3)アルツハイマー病の微生物主因説の立場からすると、たんぱく質アミロイドβは、免疫応答物質の一種である、ということになる(アミロイドβの免疫応答物質仮説)。この点については、以前の記事でも触れたニクラス・ブレンボー氏に登場してもらおう。雑誌「プレジデント」のサイト "PRESIDENT Online" の記事から:

「認知症になりたくなければデンタルフロスを習慣にしたほうがいい」 北欧の分子生物学者がそう説くワケ 治療薬はなく、自然寛解もない恐ろしい病気 -2023/01/18
https://president.jp/articles/-/65373
記事2頁目の後段>ではアミロイドβが重要だとしたら、その機能は何だろうか。最も可能性が高いのは微生物と闘う武器になることだ
 微生物の培養液にアミロイドβを入れると微生物が死ぬことを科学者たちは発見した。アミロイドβは微生物の周りに凝集し、無力化して息の根をとめるのだ。さらには、念のため、厳重に保存する。このみごとなメカニズムが起きるのは実験室で培養した微生物に対してだけではない。
 マウスの脳に細菌を注入するとアミロイドβはさっそく活性化し、細菌の周りに集まって塊を作る。そのため、アミロイドβを持つマウスは細菌を注入されても生き残りやすいが、アミロイドβを持たないマウスは細菌によって死ぬ。さらに、アルツハイマー病の遺伝子研究から、この病気の発生に免疫システムが何らかの役割を果たしていることがわかっている。<

 

 別の例を挙げれば、頭部に外傷を受けた際に周辺にアミロイドβが蓄積する場合があるが、この蓄積は傷が治るとともになくなっていくという現象がみられるらしい。
 アミロイドβの蓄積に関し、異常なタンパク質の蓄積であり分解がかなり難しいと捉える、アミロイドβ原因仮説に親和的な立場を採るならば、外傷の治癒とともに蓄積が消滅する理由を別途説明する必要があろう。
 他方、アミロイドβの免疫応答物質仮説の立場からすれば、特段説明が不要な現象にあたるが、念のため書いておくと、外傷の出現で微生物がやってきたが外傷が治癒するにつれて微生物も除去され、免疫応答物質たるアミロイドβの蓄積も不要となり分解されてしまった、という説明になろう。

 脳内のアミロイドβの蓄積は、発病の20-30年前から始まるとされている。目安としては、高齢の70歳前後で発症するとして40代半ばあたりから蓄積が始まるということになるだろう。
 加齢により蓄積量が増えるのは、前述の常在共生体の気まま活動仮説を前提とすれば、緩慢侵襲圧が加齢により累積するため神経細胞に細胞内共生・感染する常在共生体が徐々に増加し、それに応じて免疫応答物質の蓄積も増加してくる、という説明になるだろう。(A3了

 

 以上のように、いろいろな仮説(ミトコンドリア機能病理論仮説、ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説、難病免疫病の微生物主因仮説、常在共生体の気まま活動仮説、アルツハイマー病の微生物主因説・三病因混合仮説、アミロイドβの免疫応答物質仮説)を使って長々と妄想に近い内容を展開してきた気もするが、様々な現象を筋を通して整理できそうな印象を受ける方が強いので、(スタチンは認知症を進行させるの解説として)当たらずとも遠からずぐらいにはなっているのではなかろうか。

 最後に、最近の記事を一つ取り出して疑問を投げかけておこう(偶然の一致なのか、そうでないのか???)。科学情報サイト「ナゾロジー」の記事から:

会話内容の理解スピードは40代半ばから低下し始めると判明 -2023.10.10
https://nazology.net/archives/135894
>その結果、話し言葉を理解する速さは20代半ば〜30代前半でピークに達することが判明しました。
以前に行われた類似研究では、16〜18歳でピークに達すると示唆されていたので、これは言語の理解スピードが予想よりずっと遅くまで発達を続けることを示す結果です。
その一方で、このピークはそれほど長くは続きませんでした。
実験では、話し言葉の理解スピードは40代半ばを境に低下する傾向が見られたのです
これは先ほどと反対に、従来の予想よりずっと若い年齢でした。
また66歳〜78歳の高齢グループでは、事前の予想通り、他の年齢層に比べて話し言葉を理解する速さが遅くなっていたとのことです。<

コメント

血糖降下薬による筋肉減少(清水氏23/10/4記事関連)

2023年10月11日 | 生物医学ネタ絡み

 真核細胞のミトコンドリアにおける燃料選択(エネルギー生成のための基質として脂肪酸かグルコースかの選択)の制御機構はどうなっているのか。
 この疑問点について少し前から考えているのだが、現象が複雑過ぎてサブ細胞レベル(ミトコンドリアが中心的役割)でのATP恒常性とはかなりの距離があるようでまとまった話にならない(定性的な議論では話が進展しない感じ)。
 ということで、逆に巨視的な方向の細胞レベルに戻して尾ひれを切って、中間段階のものを備忘録に残しておこうかと思う(忘れてしまうので・・・)。
 
 また、ブログ「ドクタースミズのひとりごと」の、二つの血糖降下薬に関する次の記事に関連させてまとめていこう(なお、GLP-1 はインクレチンの一種 Glucagon-Like Peptide 1 、SGLT-2 は細胞膜上の輸送体の一種 Sodium GLucose co-Transporter 2 のこと):

糖尿病においてGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬で起こる筋肉量の減少 -2023年10月4日
https://promea2014.com/blog/?p=23955
筋肉減少リスクに関し:>上の図と表は体重変化が体組成の何が変化したのかを分析しています。全体の1年間での体重変化(総脂肪量と総除脂肪量の減少の合計)はセマグルチドで-5.7kg、カナグリフロジンで-4.1kgでした。
内臓脂肪量はほとんど減少していませんね。注目すべきは除脂肪量の減少です。セマグルチドで-2.26kg、カナグリフロジンで-1.48kgでした。セマグルチドでは体重減少の約40%、カナグリフロジンでは約36%が除脂肪、つまり筋肉の減少で起きているのです
・・・
通常糖質制限では筋肉は減少しません。体重減少の効果を得るために、人間にとって非常に重要な筋肉量を減少させる必要はありません。これらの薬で体重減少があるから処方している医師のどれほどが、筋肉量減少の危険性を説明しているでしょうか?<

筆者注:GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)、SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)

 

 減量したい人にとって体重減少のほとんど100%が脂肪ならうれしいところだが、血糖降下薬による減量においては、その約6割でしかないない(筋肉減少が減量分の約4割を占める)らしいが、なぜだろうか(なお、上記のデータは糖尿病の治療薬として服用した際の副作用(減量)のものなので、念のため)。
 この疑問点について、上述の記事を受けて小問にばらしてみると、次の形になるだろうか:

Q1- 糖尿病の人は一般に筋肉が減少しやすいとされているが、なぜか。
Q2- GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。
Q3- SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。

 

 これらの論点に関して、糖質食は越冬準備用の食餌だろう(糖質食の越冬準備食仮説)という前提で、進化的に考えてみると、その結論を先に書いておくと以下のようになるのではないか:


 
A1) 糖尿病の人は筋肉が減少しやすいとされているのは、糖質食はそもそも脂肪蓄積モードであり、脂肪の燃焼より糖(グルコース)の燃焼が選好される結果(燃料選択において「脂肪温存の制約」があると言えそう)、糖新生の依存も高まりタンパク質がその原料に使われる機会が多くなるからだろう。

 

A2) GLP-1受容体作動薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、高タンパク食を仮装する面があり特に筋肉が減少するのだろう(高タンパク食の仮想により体内でのアミノ酸の分解・燃焼が高まるものの、それに見合う分を腸から吸収できないため、筋肉のタンパク質が調達され易くなるとみられる)。
A3) SGLT-2阻害薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、人為的に糖を尿に排泄して血糖を低め誘導するので、糖新生が普段より高まることからその原料不足に陥ってケトン体生成も高まる(ケトーシスにもなり得る)ものの、脂肪温存の制約の下で、筋肉のタンパク質が糖新生の原料として(普段はしないはずの水準で)調達され易くなっているのだろう。

 

 以上からすると、脂肪温存の制約が生じる食事法(農耕食など)において体重減少させる場合は、タンパク質の割合を高めておかないと、あるいはかなりの身体活動(狩猟採集民や初期の農耕民と似た水準)を日常的にして筋肉を使っておかないと、筋肉を溶かしてしまい元に戻らないのではないだろうか。

 

 ついでに後から使うかもしれないので一応備忘録として、糖質食の越冬準備食仮説の下で、進化的に考えてみた狩猟採集食と農耕食の特徴をそれぞれまとめたので、文末に脚注として置いておこう(これらを使って上述の議論を膨らまして展開しても、その内容の本質は上述の内容と変わらないと思われる)。

 

 付加価値が低そうな長い議論を書くことを避けるとしても、今後の参考になりそうな点は幾つか付け加えておこう。
 上記の Q1 に関連して、農耕食(穀物主体ゆえに高糖質)を取っていると毎回血糖が上昇することなるが(糖尿病の人は特にそうだろう)、血糖の上昇が筋肉のタンパク質の分解を促すことが判明しているようだ(これは、血糖値がある程度上昇する場合には、脂肪よりタンパク質を燃やす傾向になることを示していると思われ、脂肪温存の制約を守るための仕掛けの一環とみられる)。神戸大学のサイトの記事から:

糖尿病で筋肉が減少するメカニズムを解明 -2019/02/22
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2019_02_22_01.html
>研究の背景
 高齢者では、筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がることが知られています。加齢による筋肉の減少と活動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康障害の一つです。
 糖尿病患者は高齢になると筋肉が減少しやすいこと、すなわちサルコペニアになりやすいことが知られていますが、そのメカニズムはよく解っていませんでした。糖尿病はインスリンというホルモンが体の中で十分に働かなくなることによって起こる病気です。インスリンには血糖値を整えるだけでなく、細胞の増殖や成長を促す作用があるので、インスリンの作用が十分でなくなると筋肉細胞の増殖や成長が妨げられて、筋肉の減少に繋がるという仮説も提唱されていました
 小川教授らは今回の研究で、血糖値の上昇自体が筋肉の減少を引き起こすという、従来、全く想定されていなかった糖尿病による筋肉減少のメカニズムを明らかにし、その際に重要な働きをする2つのタンパクの役割をつきとめました。<

 

 次に Q2のA に関しては、GLP-1受容体作動薬は人為的に体内のGLP-1濃度を高めるものだが、本来GLP-1濃度と高タンパク食とは関連しているようで、それについては日本スポーツ栄養協会のサイトの記事から:

高タンパク食で食欲抑制ホルモンの分泌が亢進するが、反応の仕方は性別により異なる -2022年01月29日
https://sndj-web.jp/news/001660.php
> 食欲関連ホルモンの血中レベルは以下のように変化した。
 食欲抑制ホルモン
  ・・・
  GLP-1
グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide 1;GLP-1)は、高タンパク食条件では、空腹時値が初日1.62 ± 3.32pM、2日目1.15 ± 3.09pM、対照条件では同順に1.62 ± 3.28pM、1.48 ± 3.26pMであり、介入により高タンパク食条件ではマイナスに大きく変化しており、有意差は境界値だった(p=0.05)。
一方、食後のGLP-1濃度は、高タンパク食条件では4.21 ± 5.19pMであるのに対して、対象条件では2.59 ± 4.18pMであり、高タンパク食条件のほうが有意に高値だった(p<0.001)。 < 

 GLP-1受容体作動薬を服用すると、食餌が高タンパク食でなくともGLP-1高濃度という状況(腸で吸収しようにもアミノ酸は豊富にない状況)になっているため問題を起し易くなるのだろう。

 

 最後に三つのQに関連し、ランドル効果仮説というのがあるらしいので、触れておこう(同効果は、より正式には "Randall cycle", "(Randle) glucose-fatty acid cycle" なので「ランドル回路」「(ランドルの)グルコース・脂肪酸回路」あたりか)。この仮説は、1963年に提唱されたものの長らく他説に埋もれていたようだが、最近妙な方向に蘇らせる動きがあるようなので・・・。
 まず、同効果の内容については、当初ははっきりしていたかもしれないが、現状では人によってその内容が少しづつ異なっているようだ(最近では、以下のウに近いものが多いのではないか):

ア- 細胞は、糖を利用しているときには脂肪は使えず、逆に脂肪を利用しているときは糖は使えない、という趣旨(排他的な原理のような意味)
イ- 細胞は、糖の燃焼が高まると脂肪酸の燃焼が減り、また逆に、脂肪酸の燃焼が高まると糖の燃焼が減る、という趣旨(他方抑制的な原則のような意味)
ウ- "Metabolic fexibility" (代謝の柔軟性。つまりエネルギー代謝における燃料〔エネルギー基質〕選択の柔軟性のこと)と似たような趣旨(関連性、相互作用がある程度のかなり緩い意味。 "metabolic fexibility"の趣旨でただ "glucose-fatty acid cycle" と書いてあるものもあり、分かりにくい)

 ランドル効果仮説の当初の内容とみられるものについては、このあたりが詳しいと思われる。学術情報の検索サイト"academic-accelerator"の次の記事から:

ランドルサイクル Randle Cycle
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/randle-cycle
>序章
グルコース-脂肪酸サイクルとしても知られるランドルサイ​​クルは、基質をめぐるグルコースと脂肪酸の競合を伴う代謝プロセスです。・・・<

 

 同仮説は上記記事の内容であるとの前提で考えれば、同説は、個人的には奇妙な話のように思える。
 同説では、糖(グルコース)を主燃料とするときの制御用の経路(余剰の糖を原料として脂肪合成している際に合成が滞った時に糖の処理を少し抑える経路)の一部を取り出して、エネルギー生成用燃料の糖⇔脂肪酸の切り替え時に影響を与えるとしているからである(生化学的にみれば、脂肪酸から糖への切替え(便宜「逆方向」と定義)のときには関係経路はそもそも使われそうもない経路にあたると思われる。特に細胞質でのクエン酸の蓄積は起きないのではないか)。
 とは言え、糖から脂肪酸への切替え(「順方向」)のときには、同効果に類似したものが働いている可能性を排除するものではない(仮に働いているなら「順方向のランドル様効果」とでも名付けておいて(実質的には上述の「脂肪温存の制約」に類似)、逆方向は引き続きあり得ないとの立場としておこう)。

 また、その後のより新しい研究でも、ランドル効果仮説にはいろいろ疑問が呈されている。例えば、同効果は骨格筋でのインスリン抵抗性を説明しないかもしれない、という報告もある(同抵抗性のある骨格筋では普段は糖の酸化が高まっていて、インスリン作用時には糖の酸化が弱まるという"代謝の非柔軟性"がみられるらしい。ランドル効果的には、普段は弱まっていてインスリン作用時に高まるはずという予想になる)。米国政府系の医学文献検索サイト"PubMed"の記事から:

Fuel selection in human skeletal muscle in insulin resistance: a reexamination - 2000 May
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10905472/
>... However, results obtained with rodent or human systems that more directly examined muscle fuel selection have found that skeletal muscle in insulin resistance is accompanied by increased, rather than decreased, muscle glucose oxidation under basal conditions and decreased glucose oxidation under insulin-stimulated circumstances, producing a state of "metabolic inflexibility." Such a situation could contribute to the accumulation of triglyceride within the myocyte, as has been observed in insulin resistance. Recent knowledge of insulin receptor signaling indicates that the accumulation of lipid products in muscle can interfere with insulin signaling and produce insulin resistance. Therefore, although the Randle cycle is a valid physiological principle, it may not explain insulin resistance in skeletal muscle.<
 

 なんとなくまとめておくと、細胞レベルでの燃料選択(脂肪酸と糖)については、二つの燃料の間に相互作用があるようだが、生化学的な経路レベルでの統一的した構図ではっきりと示すことができない(場合場合によって使われる経路が異なる)、ということだろう。

 

脚注1)進化的にみた狩猟採集食と農耕食の特徴(糖質食の越冬準備食仮説を前提として)

 狩猟採集食(低糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は脂肪酸主体で糖・ケトン体を補助的に利用

A. 食性の意義:食性はエネルギー非貯蓄モードであり、なるべく脂肪酸を利用する方向へ制御される。制約なしに脂肪酸を利用できるので、脂肪組織から取り崩してガンガン燃やし(糖新生の原料不足などでTCA回路(クエン酸回路)が回りにくい状況でも)ケトン体生成もできてケトーシスにもなり得る(赤血球以外はケトン体でも利用可能)。
B. 栄養素の吸収:食餌(高脂質気味が多い)中の脂肪酸は、脂肪組織から一時的に取り崩し過ぎた分や直ぐに燃やす分だけを吸収(血中の遊離脂肪酸が減れば吸収)し、使わないなら吸収せずに排泄することで脂肪を増やし過ぎないよう調節されている。糖質はほぼ全吸収で、アミノ酸(糖原性のものはアミノ基を外して糖の代わりとして利用可能)については、高タンパク気味の食餌が多く体内に吸収できないときは排泄される。


C.  ATP不足への対応:細胞内のATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)不足のときは遊離脂肪酸の不足であり、腸からの脂肪酸吸収や、脂肪組織での脂肪分解(インスリン基礎分泌の低下による)を高めることが選好される。
D. 体重への影響:狩猟採集のため野生動物のように引き締まった体で身軽に動ける状態を維持する必要があり、余剰の脂肪の他、余剰の筋肉も生じにくい(また、身軽でいようとすると、グリコーゲン貯蔵は水分子を抱え込むため過体重になりやすく増やしにくい)。


E. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(狩猟採集民は1日当たりの移動距離は、男性で15km、女性で10Km程度と言われる。仮に糖不足で筋肉を一時的に溶かしても、高タンパク食のことが多く高活動下では直ぐに補充可能だろう)。現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っているが、個々人の本来の体重・体形を維持する方向に遺伝因子により自動制御される機構が元々備わっていて利用できることから、問題は顕在化しにくい(脚注2)。

 

⇔農耕食(高糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は糖主体で脂肪酸(・ケトン体)を補助的に利用

a. 食性の意義:食性はエネルギー貯蓄(脂肪蓄積)モードであり、糖から脂肪を合成し、また、既存脂肪の分解へ減らす方向へ制御される(なるべく食餌由来の糖を利用)。元々は季節変動に対応した食性で本来は常用的なものではなく季節的なものであり、脂肪蓄積の効率化のため食欲が亢進するように設定されている(農耕食が常食化した後の歴史は浅く(1万年前後)、常食化に伴う問題が生じた際に遺伝因子による自動制御はほとんど期待できない)。
b. 栄養素の吸収:食餌(低脂質気味が多い)中の糖質はほぼ全吸収で、脂肪酸については、脂肪組織・肝臓での脂肪合成により血中の遊離脂肪酸が減る場合には腸でどんどん吸収が高まる(アミノ酸については、低タンパク気味の食餌が多くほぼ吸収されるのだろう)


c.  ATP不足への対応:細胞内のATP不足のときは糖不足であり、肝臓でのグリコーゲン分解や糖新生を増やすこと(グルカゴンなどのインスリン拮抗ホルモンの分泌増による)が選好される。糖新生の原料(乳酸などの糖の代謝物。脂肪酸は原料として使えない)はそれほど不足しないので(糖は食餌の際に毎回潤沢になるため)、糖新生への依存度は高くなっている(それによりATP需要が満たされる結果、普段はケトン体生成はほどほどでケトーシスにはなり難い)。
d. 体重への影響:糖主体の燃料を燃やすことから、余剰グリコーゲンが増える(糖質食から糖質制限食への移行直後に体重が即座に減る分に相当。そもそも越冬用に脂肪を付けることを目指しているので、体重が多少増えても身体活動面的にも無問題なのだろう)


e. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(農耕民も、かつてはかなりの身体活動をしていたので問題が顕在化しにくかったようだ)。しかし、現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っており、そのような歴史は浅いことから問題(肥満、過食など)に対し遺伝因子による自動制御が期待できる筈もない(脚注3)。

 

脚注2)進化的にみれば、元々狩猟採集食と、かなりの身体活動とはセットなのであろう。瘦せ型の人が糖質制限食を導入しようとするとトラブルが多くみられる傾向があるが、これには現代人の身体活動の低さが影響していると思われる。
 また、糖質制限食を導入していると筋肉が攣り易くなる人が一定数いるようだが、低身体活動からくる血流循環不足(遺伝子想定的以下という趣旨)でマグネシウムの循環が悪くなっていることから起こっているものと推測される。

脚注3)このため、農耕食の現代人で低身体活動の者では、その時々の状況に応じ随意系での制御のための個別の判断が必要なはずだが、上述a.の食欲亢進の設定と競合し上手く制御できずに問題化する例は少なくない。

コメント

制酸剤による免疫抑制作用

2023年10月01日 | 生物医学ネタ絡み

 現代医療、特に内科的医療は西洋薬に頼り過ぎている嫌いがある。

 治療ガイドラインで生活習慣の改善とあっても、臨床現場で食事療法などが考慮されることは多くはないだろう。現場経営の事情から、症状に応じて薬がつぎつぎと追加されていき、高齢者になると多剤併用はよくみられる現象である。
 このため残念ながら健康法を考える際には、いかに不必要な薬剤に近づかないようにするか、という点が重要になってきている。薬剤の副作用に関する知識を身につけないと、健康法によるメリットなど吹き飛んでしまう状況にある。

 

 ということで今回は絡みというより備忘録的に、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の、制酸剤の一種プロトンポンプ阻害薬(PPI、Proton Pump Inhibitor)に関する次の記事を取り上げよう:

PPI(プロトンポンプ阻害薬)は死亡率を増加させる -2023年9月28日
https://promea2014.com/blog/?p=23472

 

 胃薬で死亡リスクが増加するのは何故だろうか。

 この疑問点についてまとめて以下にメモしておこう(すぐ忘れてしまうので・・・)

 

 胃液(1日当たり1.0-2.5L分泌。pH1-2)の主成分である胃酸は、ペーハー(pH)1前後の強酸(塩酸)であり、粘膜が損傷していたりすると胃や周辺組織を傷つけることになる(胃を通過すれば、腸液はpH8.3前後で、2-3L/日の分泌で、胃液は中和される)。
 胃酸の過剰分泌や逆流によって起こる疾患には、消化性潰瘍(胃、十二指腸)や逆流性食道炎などがある。前述の薬は、そういった際に胃酸の分泌を阻害して症状を緩和することを意図している。

 対症療法の西洋薬でも1-2週間以内の短期間で服用する場合には有益なものも多いと思われるが、服用が2週間を超えてくるようならメリット・デメリットを慎重に検討する必要があろう。

 

 胃酸は、進化的にみれば約3億5千万年前から脊椎動物において存在し、個体の生存に有利に働いてきたようだ(ワニなどの爬虫類は、咀嚼機能がないので食餌を丸呑みにて消化する必要がある)。胃液の役割は、主に二つある:

 - 外来体(異物)の殺菌・増殖の抑制、
 - 強酸による作用で栄養素の消化吸収を助けること。

 ヒトにおいて胃や周辺組織を溶かすほどの強い酸性度になっているのは、上記の二つの役割を果たすためにはその水準の酸性度がないと困るからということになる(生体エネルギー論的にみれば、より強い酸性度を維持するのにはエネルギーの支出がより必要になることから、そもそもその水準が不用なのであれば減衰していくはずである)。


 結局、PPIを長期服用すると、胃液の役割を阻害することから次の二つの副作用が起こり得て、これらが関連する病態が現れる可能性が高まることとなろう:

 - 免疫力の低下(注1。特に胃による侵入防御能力の低下)
 - 栄養素の消化・吸収障害

 

(注1)このブログでは当面、疫を免れる力(免疫力)は、
- 外来体(異物)の侵入防御能力(皮膚、粘膜などが担う、いわゆるバリア機能)、
- 老廃物・異物の除去能力の余力(白血球が担う機能の予備力)
という二つの能力の兼ね合いで決まると整理していこうと思っているところ(将来的にアレルギーの話をする際に便利そうだから)。
 このように整理すると、PPIは胃液の酸性度を低めて本来殺菌されるべき食餌中の微生物が胃を通過するのを助けることになり、PPIも免疫抑制剤の一種と言えよう。

 

 西原克成氏の著作「究極の免疫力」(2004年)によれば、難病・免疫病の原因の多くは、免疫機能の脆弱性を突いて体内に侵入する微生物(病原体ではない、腸内細菌、ウィルス、真菌などの常在共生体が主)による細胞内共生・感染である、としている。
 PPIの長期服用は、胃を通過する外来体たる微生物の量を増やし健全な腸内細菌叢を乱すこととなり、ひいては腸菅膜における侵入防御能力を低下させ体内に侵入する微生物の量を増やすのだろう。いわば自ら脆弱性を提供してしまう状態になっているのである。
 腸管周辺で免疫細胞の7割が活動するとされており、体内に侵入した微生物に対しては残りの3割の免疫細胞(その主な仕事は新陳代謝のための古くなった組織の除去であり(1日当たり0.8-1.0kgの組織を除去するといわれる)、疫を免れる力を発揮するのは更にその一部に過ぎない)で対応する必要がある。腸菅膜から侵入する微生物や毒素の量が増えると、問題が増えるのは必然と言えるだろう。

 

 PPIの長期服用に関連する病態は幅広いが、とりあえず前述の二つの副作用で区分してみると次のようになろうか:

 

〔免疫力の低下(胃のバリア機能の低下を通じたもの)関連〕
 小腸細菌過増殖、腸管感染症(細菌性腹膜炎)
 大腸炎、膠原線維性大腸炎(collagenous colitis)
 胃ポリープ、胃カルチノイド腫瘍
 がん(胃がん、大腸がん)
 肺炎
 認知症
 間質性腎炎、腎機能障害
 動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞
 亜急性皮膚エリテマトーデス
 横紋筋融解症

〔栄養素の消化・吸収障害関連〕
 貧血(鉄の吸収低下)
 骨粗鬆症、骨折(カルシュウムの吸収低下)
 その他微量元素の欠乏(マグネシウム・ビタミン)

 

 免疫力の低下関連に区分された病態のうち、消化器系関連のものは、感染リスクの高まりによるものであり、分かり易いだろう。それ以外については、補足説明をしておこう。

 肺炎については、間質性の炎症疾患(間質性肺炎、間質性腎炎など)は前述の西原氏は微生物が主因だろうとしている。間質での炎症が燻ぶっていれば肺炎にも発展し易くなるだろう(肺炎菌は口腔内に常在しているとされる)。

 認知症については、アルツハイマー病が代表的なものだが、西原氏や以前の記事でも言及したニクラス・ブレンボー氏(著作「寿命ハック」(2022年))によれば、同病の原因は微生物であると指摘している(アルツハイマー病の微生物原因説。個人的にもこれを支持)。

 動脈硬化については、最大の原因は血糖の乱高下による血管の損傷だと思われるが、血管が細菌・ウィルスなどの微生物やその毒素に過度に曝露される(血液は古くは無菌と考えられていたが、最近ではそうではないことが分かってきている)ことによる損傷の寄与度もかなりあると推測される。免疫抑制剤の代表であるステロイド剤についても、その長期服用が動脈硬化の病変をもたらすとされており、同じ理屈であろう。

 

 亜急性皮膚エリテマトーデスは、免疫病の一種にあたる。

(参考) 冒頭の清水氏の別の記事によれば、これは氷山の一角の模様:


PPI(プロトンポンプ阻害薬)は自己免疫疾患のリスクを上げる -2021年10月21日
https://promea2014.com/blog/?p=17100
>・・・PPI使用者は非使用者と比較して、
強直性脊椎炎 3.67倍、関節リウマチ 3.96倍、シェーグレン症候群 7.81倍、SLE 7.03倍、全身性血管炎 5.10倍、乾癬 2.57倍、全身性硬化症(強皮症) 15.85倍、炎症性筋疾患(皮膚筋炎および多発性筋炎) 37.40倍、バセドウ病 3.28倍、橋本病 3.61倍、自己免疫性溶血性貧血 8.88倍、特発性血小板減少性紫斑病 5.05倍、ヘノッホ・シェーンライン紫斑病 4.83倍、重症筋無力症 8.73倍、
とものすごいリスク増加を示しています。15倍や37倍という自己免疫疾患もあるのです。<

 

 横紋筋融解症については、筋肉における微生物の細胞内共生・感染が関係しているとみているのだが(難病には脳筋系の病態が少なくないため)、もしかすると栄養素の消化・吸収障害関連で起きているのかもしれない。

 

 以上みてきたように、ある種の制酸剤は、本質的には免疫抑制剤にあたると言えそうだ。
 免疫力を抑制することにより引き起こされる問題は、(一般的に認識されているより)微生物が主因である、あるいは関与する病態が多いことから、多岐にわたっているのだろう。

 

 最後に、そもそも胃酸の過剰分泌や逆流がなぜ起こるのであろうか。
 進化的に考えれば、劇物に相当しそうな液体(胃酸)の取り扱いは、本来その時その時で随意系による個別の判断を要することなしに遺伝因子(不随意・自律系)による自動制御がなされるべき筋合いのものだろう。関係疾患で悩んでいる人がいるなら、なぜ自分の自動制御が機能せずに破綻しているのか、よく考えてみるべきだろう。

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進化の考え方:ラマルクとダーウィン

2023年09月26日 | 健康法

 御先祖様から伝来の生活様式は、過去の経験の積み重ねで成り立っている。かつて経験した事象に対しては、何らかの自動的な制御法が身についている(例えば、植物毒への対応。ユーカリの葉には毒性があるが、それを主食にするコアラは解毒できる)か、あるいは制御できない類のものならそのような事象に至らないよう極力回避するだろう(例えば、毒のあるものは味覚や本能で回避する)。生活様式には、生きるための知恵が詰まっている。
 運動して体を鍛えるという生活習慣は、スポーツするアスリート級の人なら当然のことだろう。しかし、現役を引退しても同じレベル(同世代のトップ級)で体を鍛え続ける人はそれほど多くないのではないか(コーチや監督になって太るのはよくみかける)。他方、音楽の場合は、かなり上手い人ならもともと素養があって好きで始めたものだろうから、趣味として生涯にわたり長く訓練を続けることが多いだろう。
 体を鍛えることと音を楽しむこととでは、継続性に大きな違いが生じることから、次の世代への伝わり方も違いが生じると思われる。


 一例を引っ張り出すと、当時8歳の女の子(また特殊な例ですまぬ・・・)。南米の日系5世らしく、祖父(3世)が楽器の演奏を教えていたらしい。当時は日本語はできなかったようだが、親がなじみの日系人のサークルではカラオケが流行っていたらしく練習して上達したらしい。動画サイト youtube から:

瀬戸の花嫁を唄うブラジル人女の子
   https://www.youtube.com/watch?v=1cCSLGIPiPg
 (興味があるなら、この子を日本のTV番組が取材した動画もどうぞ。"MELISSA KUNIYOSHI Imagens do programa Sekai Marumie"というタイトルで検索を)

 


 脱線はほどほどにして、本題に戻り、ラマルク的な進化の考え方とダーウィン的な進化の考え方を簡単にまとめておこう。

 ラマルク的な進化の考え方においては、生物の進化は、
・下等で単純なものから高等で複雑なものへという方向の中で、生物はその時の生存環境に対応したある種の意図・目的を選び出す(前進的な進化、目的選択により変化の方向性が存在すると仮定)、
・それらによく適した生活様式を通じて、よく使うものは発達し、使わないものは衰える方向へ向かう(用不用説)
という感じだろう。

 他方、ダーウィン的な進化の考え方においては、生物の進化は、
・意図も目的もなくただただ変化していく(変化はすれど方向性がないと仮定)
・たまたま変化した形質形態のうち、その時の環境における生存闘争で有利な方が優越種として生き延びる(適者生存説、自然淘汰説。偶然の結果を通じた進化。注1)
となるのだろうか。

(注1)ダーウィンの有名な著作「種の起源」の原文題名は "The Origin of Specied by Means of Natural Selection, or the Preservasion of Favoured Races in the Struggle for Life" である。自然選択と生存闘争における優越種の保存とが等価ということらしい。

 
 動物をみる限りは、もどちらの考え方もあり得ると思われる。ある時はラマルク的に進み、ある時はダーウィン的に進むのであろう。
 ラマルク的な進化の例は、エピゲノム遺伝論をみればいろいろあるだろう。大規模な変化を伴うもの(例えば、サメ(軟骨魚類)のひれがカエル(両生類)の足に変化など)は、こちらで説明した方が分かり易いだろう。
 ただ、獲得形質の遺伝を初めから終わりまで観察するには、時間幅が最低でも10万年から100万年あたりは必要のような気がするので、明解に実証しようとするとなかなか困難と思われる(注2)。
 ダーウィン的な進化の例は、蛾の工業暗化の話が有力なのだろう(注3)。生物の体表の色などの小規模の変化を説明するのに便利なのではないかと思われる。

(注2)ダーウィン派によれば、獲得形質の遺伝を否定した実証としてヴァイスマン(「ワイスマン」とも書かれる)の実験がある(ラマルク派からみると実験自体が突っ込みどころ満載で、一般向け記事だとダーウィン派でも最近言及・紹介する人が減っているような・・・)。サイト「人物小史」から:

7.[オーガスト・ヴァイスマン] 1834-1914 [生殖細胞連続説]
 http://ymorita.la.coocan.jp/hist1.htm#2-7
> 卵の細胞質の中に、生殖細胞質(生殖質)と体細胞質(体質)が区別されると考えた。そして、生殖細胞質を配分された細胞が生殖細胞となって次の代に伝えられ、体細胞質を配分された細胞は体細胞となって、その個体を構成し、生殖細胞に栄養を与える役目をするとともに、その個体の生命を維持する。したがって、個体の死は体細胞の死を意味し、生殖細胞には死はなくて、あたかも原生動物に死がないのと同じように、世代から世代へ送られて行くと考えた。
<エピソード> ・・・
・この説によると決定子に変化が起きない限り種は不変である。彼の説によると獲得形質の遺伝は不可能である。彼はそれを証明するために21代にわたってハツカネズミの尻尾を切断し続けても生まれる子供に変化がないことを示した
・ダーウィンの説の中で自然選択だけを強調したのでネオ・ダーウィニズムと呼ばれる。<


(注3)蛾(オオシモフリエダシャク)の例については、サイト「FNの高校物理」の記事から:
オオシモフリエダシャクの工業暗化
   http://fnorio.com/0080evolution_theory1/peppered_moth1/peppered_moth1.htm
(種名を読むときにどこで間を置くか心配なヒトは、シャク蛾の一種で幼虫期はエダに擬態し羽がシモフリ模様のオオきなもの、という理解で対応するとよいかも)


 ラマルク的な進化の考え方とダーウィン的な進化の考え方は本来、共存可能なはずだろう。しかし、19-20世紀にかけて弱肉強食主義を信奉する人々がダーウィン説を社会思想へ援用し始めたことから、おかしくなってしまったようだ(注4)。ラマルク説は間違っていて、ダーウィン説が正しいという排他的な関係になってしまった時期が長くつづいていたように思われる。

(注4)社会思想における自然権論(「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という天賦人権説の考え方に同じ)の下では、20世紀前半に隆盛した人種差別主義や植民地主義は高尚な考えとは言えずこれらを正当化するのは難しい。このため、生物の基本法則にあたる進化でのダーウィン説に白羽の矢が立てられ、同説以外を認めない態度をとった感じだろうか。


 ダーウィン的な進化の考え方だけが正しいとすると、矛盾点はいろいろあるので列挙しておこう。何故だか毛色が違いそうな路線も扱うファッション雑誌のサイト「Oggi.jp」の記事を要約すると:

ダーウィンの進化説には重大な矛盾点がある…?【知らなくても困らない。でも知ってるとちょっと楽しい宇宙の話】
 https://oggi.jp/98661


要約すると>ダーウィン進化説6つの矛盾点
 (1)カンブリア爆発が説明できない
 (2)コピー・ミスで進化するのか?
 (3)不利な形質も残っている
 (4)中間段階の化石が未発見
 (5)長期間進化してない生物がいる
 (6)突然変異の仕組みが説明不足<

 

 ラマルク的に考えれば、(1)については、生物の大絶滅後の回復期にあたり未開の生息環境が豊富にあり様々な生活様式が成立し得たから、(2)や(6)については、ラマルク的なものとそもそも関係がないから、(3)については、生存環境に依存して形質形態の有利不利が生じ得るものの、多少不利でも残ることもあるから、(5)については、よく使うものだけからなる形質形態(収斂進化)の場合は生活様式が変化しなければ進化もしないから、ということになり、特に問題にならなくなるであろう。
 (4)については、ダーウィン的ほどではないが、ラマルク的に考えても問題になり得るかもしれない。このため、生物の進化には停滞期(現在はこの期)と非停滞期(躍進期)とがあると考えを取り入れる必要があるか(注5)、あるいは、もっと別の考え方(注6)がよいのかもしれない。

(注5)生物が逆境に置かれると、細菌レベルでは突然変異が増大することが知られており、多発突然変異、あるいは進化の躍進期にあたるのかもしれない。その内容をブログ「生命進化の真実を求めて-植野 満」の記事から引用すると:

2.突然変異説の誤り
 https://blog.goo.ne.jp/um1123/e/32bc8396cb23111255c9814368cface7
>なお、突然変異がランダムに引き起こされるということに関しては、それに反する実験がすでに1989年にハーバード大学のジョン・ケアンズらによってなされている。それは、大腸菌の実験であるが、大腸菌は生命の危機に晒された場合、合目的的な突然変異の出現が普段に比べて一兆倍も出現したそうなのである。これらの事実からも突然変異のランダム性は失われるのである。<
(なお、同ブログでの一つ前の記事「1.ダーウィン進化論の問題点」 https://blog.goo.ne.jp/um1123/e/ce483d16b7a84a313603a60bac697f4c も興味深い)


(注6)例えば、ウイルス感染が生物を進化させたとする、ウイルス進化説がある。これについては、再度ファッション雑誌のサイト「Oggi.jp」の次の記事が詳しい:
ウイルスが生物を進化させたのか? ウイルス進化論ふわっとまとめ 1-2【知らなくても困らない。でも知ってるとちょっと楽しい宇宙の話】 
 https://oggi.jp/99894 及び
 https://oggi.jp/99895
後者の記事から>・・・ここで、ウイルス進化論の要点をまとめていきましょう。要点は以下の通りです。
【1】遺伝子の突然変異が単なるコピー・ミスだけではなく、ウイルスが生物に感染した時にその生物の遺伝子を組み替えたりして起こる。
【2】ウイルス自身の遺伝子をその生物の遺伝子に挿入したりすることによって変異が起こり、それが次世代に引き継がれて、生物が進化する。<

 
 最後に備忘録的に、それぞれの進化の考え方の特徴をまとめておこう:

〔ラマルク的な進化の考え方〕

- 先メンデル遺伝論の時代に、豊富な博物学の知識から導かれたものだが(ラマルクは当時の博物学から生物学を新たに分離させた立役者)、動物のみを対象としたものである。
- 動物自身の意図・目的が進化に関与するので、人智を越えたものが生物を選ぶという思想(選物思想)とは異なる考え方である。
- 動物の具体的な習慣的動作が進化に関与するとしてかなり自力本願的で、偶然性を排している(将来の予測もできるかもしれない)。
- 生物種間による生活様式の工夫の競争(ニッチ獲得の争い。注7)はあるだろうが、同一種の中での生存闘争の形では前面に出てこない。


(注7)ニッチの意義については、例えば、環境イノベーション情報機構のサイトから:

ニッチ   【英】niche  / ecological niche
 https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2923

>生物学用語で、生態的地位のこと。
 動物であれば、餌となる植物や他の動物、隠れ家など、また、植物であれば、光合成に必要な太陽光や根を張るための土壌など、生物が自然の生態系内で生きていくために不可欠なもの(環境)がある。生物種が生態系内でこれらを巡る種間の争奪競争に勝つか、耐え抜いて、得た地位が生態的地位(ニッチ)である。ニッチを獲得できた生物種だけが生態系内で安定した生存が可能となる
 一般に、生物種は様々な生物の相互関係の中で適応して、ニッチを獲得しやすい特有の形態や習性を持つようになる(進化する)ので、生態系内には多様な生物種が複雑な相互関係の中で存在する。安定した生態系は、ニッチを持った多くの種で成り立っており、通常、空いているニッチはない。また、一般的には、ひとつのニッチを異なる種が占める(獲得する)ことはできないので、安定した生態系に新たな生物が侵入する余地はほとんどない。しかし、希には餌の食い分けや棲み分けが起こり(ニッチが分化され)、両種の共存が可能になることもある。<

 

〔ダーウィン的な進化の考え方〕

- メンデルの遺伝論と同時期の考え方であり、品種改良のための栽培植物や飼育動物(家畜、犬、鳩など)の観察が考え方の基礎にある(植物も対象化。動植物の品種改良の場合は、大規模な変化は起こりにくいし、選択は人為的選択によっている)。
- 自然が選択するという選物思想の一種であり、創造説(生物は神により選ばれ創造されたとの考え方。この場合、個体差はあれど生物は不変と考えることが多い)との距離は近い。
- 偶然性が支配すると考えるためかなり他力本願的で、結果の分析しかできない。
- 同一種内でのよく似たもの同士(普通の子と親とは少し違う形質形態の子)による生存闘争の存在を仮定している。
- 進化は個々に関連のない事象が偶然の積み重ねで起こるので、時間的にみれば一定の時間を必要とし、徐々にしか進まない。

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動物の生体エネルギー論と進化

2023年09月14日 | 健康法

 前々回記事の生活様式との関連で、能力向上をもたらす上での生活様式の重要性の一例を(かなり特殊な例だけど・・・)。

 ついでに言えば、ゲノム遺伝論が全盛の時期にダーウィンの進化の考え方だけが正しいとする実例がほとんどないことから、今西 錦司氏が「生物種の集団(コロニー)がその集団の目標としてある方向に向かうと、その方向で多発突然変異が起こり得るのだろう」というような趣旨のことを述べたことかある。これは、その一例にあたるのかもしれない。
 一例というのは、音楽家の家系の3代目の当時8歳の女の子。父が作曲家、母がバイオリニストで、その練習姿を眺めながら3歳でバイオリンに触り「毎日5時間練習した後、先生と一緒に練習します」という環境・生活様式だと上手くなれるらしい。その演奏の一つ(サラサーテのツィゴイネルワイゼン)を動画から:

 

Himari Yoshimura. 1st round String instruments / 20th International Competition for Young Musicians "The Nutcracker"(2019)
 https://www.youtube.com/watch?v=4H6BitFb9zw

 

 雑談はさておき本題に戻ると、いろいろ詰めていくと「動物とは何か」という疑問にぶつかる。西原克成氏の言説だと、エネルギーが渦を作るということになるけど、渦を作るのは物質とした方が座りがよさそうなので、これを改変すると次のようになるだろうか:

 

 動物とは、運動を通じて獲得・摂取した物を消化吸収して全身に供給し、供給物から生成したエネルギーを利用する新陳代謝によって物質の流れの渦(動的平衡)を形成しつつ老化を克服する生命体である。

 

 想像するに、流れの渦(その中心は内臓、心臓あたりか?)に鎮座するのが、心とか霊魂と言われるものかもしれない。この場合、脳は、本来は筋肉の協調による運動を制御するための電気回路であり、後にヒトは論理的な思考ができるようになったが、これは当初運動量の節約を目的として発達したものである、と考えるのだろう(故に、心を働かせると利他的にもなり得るけど、頭を働かせると省力化、すなわち利己的になりがちになるのだろう)。

 

 動物をエネルギー論的にみれば、新陳代謝用(基礎代謝)のエネルギー、運動用のエネルギー、その他のエネルギーを生み出す必要がある。その他のエネルギーからは、生殖用のエネルギーを捻り出す必要があり、その残りが余剰エネルギーと言えるのだろう。

 動物の生活様式は、基礎代謝エネルギー、運動用のエネルギー及び生殖用のエネルギーを確保できるものでなければならないという制約があることになる。例えば、哺乳類の基礎代謝エネルギーの場合、恒温を維持する必要があり、エネルギー摂取(energy intake)のうち5割以上は熱エネルギーに変換されていると言われている。
 運動用のエネルギーは身体活動の程度に、余剰エネルギーは肥満度などに依存して、同じ生物種であっても個体差による変動が大きいであろう(そもそも野生の動物であれば引き締まった身体をしており、肥満ということはあり得ないのだが・・・)。他方、生殖用のエネルギーは、変動はそれほど大きくないだろうが、残る基礎代謝エネルギーについては、利用が効率化されていればされているほど生存に有利ということになろう。

 

 進化は、生物種と地球環境の相互作用でおこる。この点に戻って再度考えると、生物種によつて相互作用の内容が異なるのは何故だろうか。
 その答えは、いろいろなものが成り立つと思う(例えば簡単なのは、それぞれ生息環境が違うから)。その一つとして生体エネルギー論的に考えれば、生物は常に基礎代謝を最適化しようとしているから、ということになるのではないか。この点を少し説明しよう。

 

 生物の一つの特徴として、生体のエネルギー恒常性を維持するため、基礎代謝向けエネルギー利用を効率化して最適化するようにしていることが挙げられる。生体エネルギー論的にみれば、そのような最適化はエネルギー支出の削減策の一つであり、エネルギー摂取(食餌・酸素摂取など)の必要性を軽減することに繋がる。
 このような最適化は、生体は、基礎代謝向けエネルギーが効率化されるよう、久しく使わない過剰機能(over-specification fundtions)には減衰調節(down-regulate)を、よく使うようになった機能には徐々に補強調節(upregulate)を施すことで実現しているようだ(生体の基礎代謝最適化仮説)。

 この最適化現象は、生物個体の一代かぎりで眺めればホルミシス効果(逆境が生物を強くする現象)に、生物種を累代にわたって眺めればラマルクの用不用説(よく使うものは発達し、使わないものは退化する現象)になるのであろう。

 以上のように、生体エネルギー論的にみれば、基礎代謝の最適化の結果自然と導かれることになるラマルクの用不用説には違和感が生じにくいのではないだろうか。この場合、生物の進化は、基礎代謝の最適化に伴う随伴現象である、とみられるのかもしれない。

 

 ついでに補足説明しておくとホルミシス効果の例は、前々回記事とも関係するが、


- 生活場における重力の存在が動物の骨・筋肉を強くする、
- 生活場に風が吹くことが樹木を強くする

などが挙げられる。また、ラマルクの用不用説は、次の二つの法則からなる(いろいろあるけど、西原克成「究極の免疫力」(2004年) から引用しよう。同書204-205頁):


1-「生育の限界を超えないかぎり、脊椎動物の器官の形と機能は使えば形も機能も発達し、使わなければ縮小してやがてなくなってしまう」((狭義の)用不用の法則)
2-「そして雌雄にこれが共通していれば、生殖を介してこれが子に伝えられる」(獲得形質遺伝の法則)

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ATP恒常性(清水氏23/8/25記事関連)

2023年09月09日 | 生物医学ネタ絡み

〔更新履歴:追記2023-9-10〕

 

 細胞内のATP(アデノシン三リン酸)濃度はどうやって測定するのか、ダイナミックな(動的な)測定は可能なのか?
 西原 克成氏が、生物は細胞ではなくてミトコンドリアが単位だろう、と指摘したことがあって(確か彼の著作「患者革命 目を覚ましなさい!」(2014年)あたり)、この道で話を転がしてみたところ、ATP濃度が重要ということになって上記の疑問に至っていた。ATP濃度の測定、ということで調べても、細かい技術的な話ばかりで少し困っていたところ。
 そのような状況で見かけたのが、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の次の記事:
 
   果糖摂取は肝臓のATP貯蔵量を大きく減少させる -2023年8月25日
   https://promea2014.com/blog/?p=23401

 

 関心がかなりあるのでリンク先を含めて隅から隅まで読んでみたところ、「ATP恒常性」という概念があると学ぶことができた。この概念を使うとかなり当初の話を転がすことができたようだ。

 ということで、その成果を含む考察に関し備忘録的にその荒筋をまとめておくと:

 

1・多細胞生物は、(真核)細胞内でATP恒常性を維持しているのだろう(この制御モデルについては、例えば「ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説」)


2・(ヒトの場合の)糖質食は、低ATPを誘導し食欲を亢進させ脂肪蓄積へと向かわせる越冬準備食にあたる(糖質食の越冬準備食仮説)。糖の種類で経路が異なる:
 - ブドウ糖は、追加分泌されたインスリンの作用過剰による食後の低血糖を利用して低ATPへ
 - 果糖は毒性があり肝臓で代謝されるが、代謝時に低ATPを誘導する設定
  (低ATP誘導により果糖がだぶつき貯蓄に回せるのも望ましい方向)

 

 ついでにプロトタイプを書いておくと:

 

3・ATP恒常性のミトコンドリア制御仮説
 細胞内では生体のATPの95%を賄うミトコンドリアが中心となり、モデルとしては次のように制御するのではないか:
- 恒常性を維持:       平時〔エネルギー代謝は非貯蔵モード〕
- 事前想定内での高ATPの発生:細胞分裂の方向へ
- 事前想定内での低ATPの発生:越冬前など〔エネルギー代謝は貯蔵モードへ変化。他方、細胞自体は低ATPが祟り異物老廃物の除去が滞り早死傾向となり、長期化すると脂肪組織主導の慢性炎症と繋がる模様〕
- それ以外の恒常性の破綻: 細胞死(アポトーシス)へ誘導〔主としてがん化防止のための模様〕

 

追記:


 ついでに、冒頭記事の中に出てくる。身体活動時に細胞内で働き易くなる酵素である、アデノシン一リン酸(AMP)により活性化するタンパク質リン酸化酵素(AMP-activated protein kinase、AMPK)について触れておこう。
 AMPKは、細胞内のATP恒常性を監視して生体のエネルギー恒常性を維持するエネルギー・センサーの役割を果たしている。具体的な働きは:

 

AMPK -バイオキーワード集
 https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/3067.html
 AMPK(AMP-activated protein kinase).細胞内のエネルギー状態を監視し,その状態に応じて糖・脂質代謝などを調節するセリン・スレオニンキナーゼで「代謝マスタースイッチ」とよばれている.低酸素,筋収縮などのエネルギー低下ストレス時に起こるATP低下とそれに伴うAMPの増加によって活性化される.活性化AMPKはエネルギー産生経路(糖輸送,脂肪酸化)を亢進し,エネルギー消費経路(タンパク質合成)を遮断することにより細胞内ATPレベルの回復をはかり,細胞内のエネルギー恒常性の維持に貢献している.

 

 このリン酸化酵素は、運動時に低ATPになりAMP濃度が高まると働き出し、ATPを産生・供給し、運動には無関係な先送りできる細胞機能(グリコーゲン合成,脂質合成,タンパク質合成など)でのATPの消費を抑えることによって、運動時に最大限のパフォーマンスを発揮することを意図した機構と解される。
 エネルギー代謝が貯蔵モードの際には、邪魔な働きを持つ酵素であり、ある程度その働きを阻害する必要性が出てくるのであろう(AMPK活性を阻害の結果、低ATPへ誘導)。

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