〔更新履歴:2024-10-11一部修正〕
彼岸が過ぎてガクっと気温が下がりろ秋の気配となり、昨日辺りから更に一段気温が下がった感じだろうか・・・
病気の治療とその予防とでは、考え方に違いがあるのだろう。昔よく読んでいた科学者のブログ「武田邦彦 (中部大学)」の記事から:
人生講座(6) 治療とはなにか?医師とは? -2012年09月09日
http://takedanet.com/archives/1013802679.html
>このブログの「専門家」の議論で何回か取り上げたのですが、医師が「治療」から「予防」にその業務範囲を広げたとき、充分な議論がなかったと私は考えてきました。
「治療」は「故障した車を直す」ということですから、部分的であり、普通は「旧に復する」のが目的です。ですから医師は全身の健康も考えますが、第一に傷や病気を治療することを第一とします。
しかし、「今、健康な人で将来、病気になるかも知れない」という人を「予防」するのは、まったく見方が違います。まず、「日本人の人生はどのようにあるべきか」についての社会的合意が必要です。(毎日の楽しさ)×(生涯日数)が最大になればよいのか、それとも(生涯日数)だけが問題なのかもハッキリしていません。さらには、(毎日の楽しさ)とはどういう状態なのかも議論は不十分です。
たとえば、タバコを吸った場合、仮に1000人に1人が(タバコを吸ったことで余計に)肺がんになりやすいとします。この時に、この1000人がタバコを吸う楽しみを奪われるということを考えるのか、肺がんになった一人の人だけに注目するのか、それも考えなければなりません。
タバコというと「俺には関係がない」という人もいるでしょう。これを「お酒」とするとどうでしょうか? お酒の好きな人は「お酒を飲めば1000人に一人の肝臓病、飲まなければ1000人に1人の中にも入らない」と聞いたら、おそらく「そのぐらいなら、お酒を選ぶ」という人が多いと思います。<
これは、病気の予防を考える際には、先ず生活の質(QOL、Quality of Life)に関する社会的な合意があるべきだろうという指摘なのであろう。この前の⊐⎕𠂇風邪騒動では感染症の専門家と称する人々が暴走していた嫌いがあるが、その原因はそもそもそのような社会的な合意がないままに極端な予防法に頼ったからだと考えることもできるだろう。
社会問題の側面に切り込むのは健康ブログでは手に余るので、もう少し枠組みを狭して考えると、現代医療は、余り予防には向いていないとも考えられる。
現代の医療関係者は主として教科書で治療の教育を受けてきた専門家(?)であり、、医療行為は営利組織が行うものということで、手間のかかることより儲かることに傾きがちでもある(注1)。少し前の時代だと、従軍で実践して経験を積まざるを得なかった者が多々いたりして、手軽で教われば誰でもできそう(子供の頃に鎖骨骨折を入院せずに三角巾で治してもらった経験あり。学校の教諭からみても当時ギブス使用が主流で稀な技法だった模様)だが物が豊富な時代では手間のかかる技法は教えてもらっていないだろうし、自ら学ぶほどの興味もないことが多いのではないだろうか。
注1)この分野で闇が蔓延る主因なのだが・・・。最近では、虚構まがいのものを一般常識化するよう捻じ曲げて根拠工作や広告宣伝をして販売実績を伸ばす様な手法を上流の人々が活用する事例も多々見受けられる末期的状況で、良く知った庶民の目線でみれば詐欺かどうかの見分けのつかないところ。また、志の高くない専門家(?)も多いようで、手軽で誰でもできる手法で病気の予防などされると下流の関係者でも売上げに響いて堪ったものではないという面もあるだろう(糖尿病の糖質制限や創傷の湿潤療法などを標準的にさせない抵抗勢力が・・・)。
現代医療を施される患者側でも科学技術が醸し出す幻想に囚われて「病は薬で治すもの」と安易に考えている人が多いので、心ある医療機関の医師の下で薬なしで生活指導だけされても不満が残ることが多いのかもしれない。こういった業界の構造を見抜けずにいて MTE(money-twisted-evidence、お金で歪まされた根拠)を真面目に受け取っていると、薬を欲しい者と薬を売りたい者との win-win の状況と勘違いする場面が多いかもしれない。しかし、現代医療において根拠工作や広告宣伝を仕掛ける側からすれば、創り上げた虚構の類を信頼する無邪気な患者達は loser(負け組)にしか見えないのかもしれない。
また、現代医療の内科領域においては、西洋薬を使うことが多いだろう。しかし、西洋薬のほとんどは、病気の症状を軽快させ(かつ、多くの場合その治癒を遅らせ)るという対症療法を目的したものである。体内のどこかの機能や代謝を歪ませて目的とする望ましくないとした反応を抑えることで、症状を軽快させていることが多いのである。予防のために設計された薬ならまだしも、多くの西洋薬は健康な人の病気の予防には使えないだろう(無力ならましな方で副作用の蓄積で有害になりがちのため)。
さて、本題に入ると、ちょっと気になる点があって少し広めに調べてみたので、備忘録ということで一つまとめておこう。
気になったものは、ブログ「ドクターシミズのひとりごと」の制酸剤の一種であるPPI(Proton Pump Inhibitor、プロトンポンプ阻害薬)の有害性に関する次の記事である:
急性心筋梗塞における抗血小板薬2剤併用療法と併用したPPI(プロトンポンプ阻害薬)の有害性 -2024年9月18日
https://promea2014.com/blog/?p=27618
>抗血小板薬はいわゆる「血液をサラサラにする」薬です。その血液をサラサラにする薬に、その副作用の消化管出血のリスクを減らそうとするPPIを併用するとどうなるでしょうか?
今回の研究では、抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)、ほとんどがアスピリンとクロピドグレルを併用している急性心筋梗塞の患者で、75歳以上や抗凝固薬、ステロイドまたは非ステロイド薬の併用、およびヘリコバクターピロリ感染の人を高リスクの患者として除外し、最終的に消化管出血リスクが低い17,247人を対象としました。(表は原文より改変)
臨床エンドポイント PPIあり(%) PPIなし、(%) 調整OR(95% CI)
消化管出血 122 (1.1%) 10 (0.2%) 5.574 (2.902-10.697)
主要な心血管イベント 568 (5.0%) 271 (4.7%) 1.026 (0.877-1.203)
全原因死亡 471 (4.1%) 248 (4.3%) 0.938 (0.791-1.112)
心筋梗塞 61 (0.5%) 16 (0.3%) 1.529 (0.872-2.678)
脳卒中 69 (0.6%) 16 (0.3%) 2.125 (1.216-3.682)
上の表のように、抗血小板薬2剤併用療法にPPIを併用すると、消化管出血の可能性がなんと約5.6倍になります。PPIは消化管出血リスクを減らす目的ではなかったのでしょうか?逆に消化管出血増えてるやないかーい!そして、さらに脳卒中の可能性は2.1倍です。あらら。<
>残念なことにPPIは追加の胃腸保護効果を示しませんでした。何のためにPPIを飲んでいるかわかりません。
PPIの併用は胃腸保護効果を示せず、消化管出血リスクを増加させるだけでなく、心筋梗塞や脳卒中を増加させています。PPIが抗血小板作用を減弱させているのでしょう。本末転倒ですね。
さすがスタチンと並ぶマッチポンプ薬です。<
上記記事の結論は、次のとおりだろう:抗血小板薬2剤併用療法の下でPPIの併用は、
・胃腸保護効果がないばかりか消化管出血リスクを増加させる
・心筋梗塞や脳卒中を増加させる
これらの点自体は、あそうですかという感じだが、そのようになる理由(「PPIが抗血小板作用を減弱させているから」)が大雑把にまとめられ過ぎていて少し違和感があるところ。本当に抗血小板作用が減弱するなら、単純に考えれば、心筋梗塞・脳卒中が増加する中で消化管出血が減るはずなのではなかろうか。
このような違和感の周辺事情を一旦整理しておい方がよさそうだということとなり、手始めに少し調べてみた。先ず、次の二つの報告によれば、胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease、GERD)の患者(心筋梗塞とか脳卒中とは無縁の集団)にPPIを服用させると心筋梗塞や心血管死亡が増加するらしい(最初の報告の方でそれぞれ1.16倍、2倍ほど)。米政府系の医療文献サイト "PubMed" 及びブログ「ドクターシミズのひとりごと」からそれぞれ記事を一つ:
Proton Pump Inhibitor Usage and the Risk of Myocardial Infarction in the General Population -2015年
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26061035/
> Results: In multiple data sources, we found gastroesophageal reflux disease (GERD) patients exposed to PPIs to have a 1.16 fold increased association (95% CI 1.09-1.24) with myocardial infarction (MI). Survival analysis in a prospective cohort found a two-fold (HR = 2.00; 95% CI 1.07-3.78; P = 0.031) increase in association with cardiovascular mortality. We found that this association exists regardless of clopidogrel use. We also found that H2 blockers, an alternate treatment for GERD, were not associated with increased cardiovascular risk; had they been in place, such pharmacovigilance algorithms could have flagged this risk as early as the year 2000.
Conclusions: Consistent with our pre-clinical findings that PPIs may adversely impact vascular function, our data-mining study supports the association of PPI exposure with risk for MI in the general population. These data provide an example of how a combination of experimental studies and data-mining approaches can be applied to prioritize drug safety signals for further investigation. <
PPI(プロトンポンプ阻害薬)は死亡率を増加させる -2023年9月28日
https://promea2014.com/blog/?p=23472
>今回の研究ではPPIによる心血管疾患のイベントと全原因死亡についてのシステマティックレビューです。(図は原文より)
上の図はPPI使用の有無による死亡の可能性です。PPI使用では非使用者と比較して死亡の可能性が1.68倍です。
上の図は心血管疾患イベントの発生する可能性です。PPI使用者ではイベント発生の可能性が1.54倍でした。<〔図の引用は省略〕
引用者注)この記事の原文は、Proton Pump Inhibitors and Cardiovascular Events: A Systematic Review(2018年) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29233498/
これらの報告からすると、心筋梗塞や脳卒中の増加は、抗血小板薬とPPIとの併用の際の副作用というより、PPIの固有の副作用の問題だろう、ということになりそうである。このため、本格的に調べ出したのである。
ということで第二に、PPIの添付文書をみてみよう。効能・効果としては、上部消化管(胃・十二指腸)潰瘍や逆流性食道炎、更にアスピリン投与時における上部消化管潰瘍の再発抑制が対象らしい。例として、ランソプラゾール製剤(商品名:タケプロン)の添付文書を独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA;Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)のサイト「医薬品医療機器情報提供ホームページ」の記事から:
タケプロンOD錠15/タケプロンOD錠30
https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/2329023F1020_2_05/?view=frame&style=XML&lang=ja
>4.効能又は効果
〈タケプロンOD錠15〉
〇胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、Zollinger-Ellison症候群、非びらん性胃食道逆流症、低用量アスピリン投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制、非ステロイド性抗炎症薬投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制
〇下記におけるヘリコバクター・ピロリの除菌の補助
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎
〈タケプロンOD錠30〉・・・<
効能・効果には、消化管の出血の予防や防止は入っていない。ということは、PPIの基本は胃液を弱酸性化させて(そのpHを上げて)潰瘍や炎症部位の増悪を避けるという対症療法目的ということだろう(前述の通り、何かの予防には使えなさそうな雰囲気が・・・)。また、アスピリン服用時の潰瘍の「再発抑制」しか記載がないということは、潰瘍になったことのあるなり易い人には意味がありそうだけど、そうでない人に対しては意味がないか、もしかすると副作用ばかりで害があるということだろう。更に言えば、胃液は腸管に入ると腸液で中和されるので、PPIは下部消化管(小腸・大腸)に関しては似たように無力か、もしかすると有害であるということになろう。
アスピリンについては、いわゆるNSAIDS(non-steroidal anti-inflammatory drugs、非ステロイド性抗炎症薬)に分類される。このNSAIDSの良く知られた副作用として胃腸障害があり、上部消化管及び下部消化管の双方で粘膜傷害作用を持つとされている。アスピリンを含む抗血小板薬とPPIとの併用では、仮にPPIが処方側の想定通り効いたとしても保護されるのは上部消化管のみであり、下部消化管の保護はそもそも考慮外なのでである。
第三に、PPIに関して上部消化管の出血に対応できそうなのかを調べてみると、上部消化管の潰瘍からの出血(ulcer bleeding)に対しPPIを闇雲に使用しても意味が薄いという報告がある。内視鏡で潰瘍部位を目視確認した上で適応として使うと意味があるが、内視鏡をせずに使うと薬販売実績は伸びるが臨床的な結果は改善がみられないらしい。つまり、出血予防で使うなら、上部消化管内の病変を内視鏡により確認することが必須ということだろう。この報告を医療文献サイト "PubMed" の記事から:
Management of patients with ulcer bleeding -2012年
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22310222/
> Abstract
This guideline presents recommendations for the step-wise management of patients with overt upper gastrointestinal bleeding. Hemodynamic status is first assessed, and resuscitation initiated as needed. Patients are risk-stratified based on features such as hemodynamic status, comorbidities, age, and laboratory tests. Pre-endoscopic erythromycin is considered to increase diagnostic yield at first endoscopy. Pre-endoscopic proton pump inhibitor (PPI) may be considered to decrease the need for endoscopic therapy but does not improve clinical outcomes. Upper endoscopy is generally performed within 24h. The endoscopic features of ulcers direct further management. ... <
ここまでくると、消化管出血のリスクに対応するため、抗血小板薬2剤併用療法にPPIを併用するというのは、この時点でかなり筋が悪そうという印象を持つのだが・・・。
続き、というか本筋に入る前に予備知識を少し。ヒトの止血の機構についてもおさらいしておいた方が良さそうだが、長くなってもいけないので、資料の紹介のみで済ましてしまおう。日本ペインクリニック学会のサイトの資料から:
抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン
https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/kaiin_guideline01.html このうち総論から:
1. 止血機構(PDF / 674KB)
https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/shi-guide07_07.pdf (pdfファイル形式)
もう一つだけ予備知識を。真核細胞は、燃料を主にミトコンドリア(糸粒体。細胞小器官の一つ)で燃やしてエネルギーを産生し各種の生体活動をしているが、細胞内外のごみ処理場は別の細胞小器官であるリソソーム(水解小体)が担っている。株式会社クイックの医療系サイト「看護roo!(カンガルー)」の記事から:
ミトコンドリアやリソゾームの仕事は何?|細胞の構造と遺伝 -2019/10/08
https://www.kango-roo.com/learning/6595/
>エネルギーが作られて様々な活動が行われれば、当然のことながら不要なごみが生じてきます。こうした不要物を処理するごみ処理場に相当する器官がリソソーム(水解小体)です。リソはラテン語で「溶かす」という意味です。リソソームはあらゆる物質を溶かす酵素の詰まった袋で、細胞内のごみや外から侵入してきた細菌などを消化してしまいます。<
真核細胞が細胞内外の不要物を分解処理・再利用する仕組みとしては、自食作用(オートファジー、autophagy)や飲食作用(エンドサイトーシス、endopcytosis)がある。前者は細胞内で集めた不要物を、後者は細胞外近傍から内部に取り込んだ不要物を分解処理するためにリソソーム機能を利用している。このため、細胞内のリソソーム機能が阻害されると、これらの細胞内外の不要物を分解処理・再利用する仕組みが機能不全に陥り、不要物の処理が滞ることになる。
細胞小器官の一つであるリソソームの内部は、プロトン・ポンプによってpH4.8前後に維持されているらしく、60種類以上あるとされる各種の加水分解酵素の働きもこの酸性度で最適化されている模様である。その他、リソソーム(あるいは「ライソゾーム」などとも呼ばれる)やエンドサイトーシスの詳しい解説については、日本神経科学学会系のサイト「脳科学辞典」の記事から:
リソソーム
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A0
>リソソームは真核生物の細胞小器官の一つである。リソソームの内腔はpH5前後に酸性化されており、種々の加水分解酵素を含む。リソソームは細胞内外成分の分解機能を担い、分解基質はエンドサイトーシス、オートファジーなどの経路によってリソソームに輸送される。リソソームの機能異常は遺伝性疾患のリソソーム病を引き起こす。植物や酵母などでは液胞(vacuole)がリソソームに相当する細胞小器官であると考えられている。 <
>分解基質の輸送経路
リソソームで分解される基質は、主にエンドサイトーシス、オートファジーの2つの経路でリソソームに運ばれる(図)。
エンドサイトーシス経路
エンドサイトーシスの飲作用(ピノサイト―シス、pinocytosis)は細胞外成分や細胞膜成分を取り込み、初期エンドソーム、後期エンドソームを経由してリソソームへ輸送する。エンドサイトーシスの食作用(ファゴサイトーシス、phagocytosis)は細胞外病原体、異物、アポトーシス細胞などをファゴソーム(phagosome)に取り込み、リソソームへ輸送し、ファゴリソソームを形成する。
オートファジー経路
マクロオートファジー(macroautophagy)は、細胞質成分(サイトゾル、細胞小器官、細胞内病原体など)をオートファゴソーム(autophagosome)と呼ばれる二重膜で囲い込み、リソソームへ輸送する。この過程では、まず隔離膜(isolation membrane/phagophore)が細胞質成分を取り囲み、最終的に隔離膜の端が閉じてオートファゴソーム(autophagosome)が形成される。リソソームと融合すると、オートファゴソームの内膜と細胞質成分は分解され、一重膜のオートリソソームとなる。・・・<
固有の副作用という本筋に戻ると、PPI長期使用は血管内皮細胞のリソソーム機能を障害し、オートファジーなどの細胞不要物の分解を抑制する、という報告がある。医療文献サイト "PubMed" の記事から:
Proton Pump Inhibitors Accelerate Endothelial Senescence -2016年
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmc4902745/ 全文
要旨>Conclusion
Our data may provide a unifying mechanism for the association of PPI use with increased risk of cardiovascular, renal and neurological morbidity and mortality.<
本文>RESULTS
The PPI esomeprazole impairs human lysosomal function and proteostasis
We cultured human microvascular endothelial cells (ECs) continuously for 3 passages (passage 4–6) in media containing a clinically relevant concentration of the PPI esomeprazole (ESO; 5 and 10 μmol/L) or vehicle (DMSO). Using a pH sensitive fluorescent dye that is taken up by endocytosis, we observed fluorescence in a perinuclear distribution consistent with lysosomal localization in EC treated with vehicle. In ECs chronically exposed to ESO, fluorescence intensity was significantly reduced, consistent with an increase in lysosomal pH (Figure 1A). We repeated these studies using a second pH sensitive fluorescent dye and obtained qualitatively similar findings (Online Figure I). An impairment in the lysosomal proton pump and an increase in lysosomal pH would be expected to impair lysosomal enzymes which are optimally active at a pH of about 4.80. 14, 15 ...<
本文>Discussion
The salient findings of this study are that long-term exposure to proton pump inhibition
(1) impairs lysosomal acidification and enzyme activity, in association with protein aggregate accumulation;(訳は注2)
(2) increases the generation of reactive oxygen species and impairs the NO synthase pathway;(訳は注3)
(3) accelerates telomere erosion in association with reduced expression of the shelterin complex;(下線部の訳は注4) and
(4) speeds endothelial aging as manifested by impaired cell proliferation and angiogenesis, together with histological markers of senescence and EndoMT.(下線部の訳は注5)
Our results in primary human ECs are consistent with the recent finding that PPIs impair the activity of lysosomal enzymes in several immortalized cell lines, including A549, Caco2, HEK293, and HepG2.15 Lysosomes bind to autophagosomes to complete the process of autophagy,29 which comprises the degradation and elimination of unwanted cellular products, including misfolded proteins.14,15 An impairment of lysosomal acidification and reduced lysosomal enzyme activity might be expected to result in an accumulation of protein aggregates. <
注2)リソソームの酸性化及び酵素活性を阻害し、タンパク質の凝集蓄積を伴う。(補足すると、リソソーム内でプロトン・ポンプによって維持されているpH4.8前後が、PPI服用により弱酸性化しpHが増加すると、各種の加水分解酵素の働きも悪くなり、不要物が蓄積する模様)
注3)活性酸素種を増加させ、NO 産生酵素の経路を阻害する。(補足すると、NO(Nitric Oxide、一酸化窒素)は血管拡張作用や抗血小板凝集作用を持つ)
注4)染色体のテロメアの短縮を加速化する。(注5も参照)
注5)細胞増殖や血管新生の阻害が認められ血管内皮細胞の老化を速める。(補足すると多分、細胞内でのタンパク質の異常蓄積(注2参照)が引き金となって、血管内皮細胞においてテロメアの短縮化が加速し細胞自体の早期老化が起こるのであろう)
生体内では様々なものが多機能性のことが多いので、プロトン・ポンプ( H+,K+-ATPase )自体もヒトの体内において胃以外の臓器でも使われている、という可能性にも当然配慮すべきものだろう。実際にリソソーム以外にも、大腸の粘膜上皮細胞や腎髄質にもあるらしい(前者は、PPIの副作用としての膠原線維性大腸炎(collagenous colitis、CC)の発生に関与してる模様で、これも微小出血元になりそうな気配)。
PPIについては腸溶剤(腸で消化吸収される薬)であり、腸で吸収された薬効成分で胃に回ったものが胃液に触れて酸処理され活性化するとされている(胃以外では働かないとの印象が湧きそうだ)が、ヒト細胞ならほぼ持っているだろうリソソームでも酸処理ができそうだし(胃液のpHは空腹時はpH1-2だが食事時にはpH4-5程度へ変化する模様)、また、、副作用として膠原線維性大腸炎があるところをみると酸処理も活性化のために必須ということでもないのかもしれない。
PPIについては、昨年10月の記事で免疫抑制作用(特に胃液の弱酸化による微生物(ここではウイルスを含む)に対する侵入防御能力の低下)もあると指摘しており(リンクはここ)、以上と併せてまとめると、PPIには、少なくとも次の二つの副作用があることになろう:
- 免疫力の抑制作用
- 細胞不要物の分解抑制作用(オートファジー毒性、エンドサイトーシス毒性)
この二つの副作用を軸に冒頭の消化管出血や心筋梗塞・脳卒中の増加を眺めると、次のような感じに整理できるのではないだろうか:
1- 免疫力の抑制作用は、消化管出血及び心筋梗塞・脳卒中の増加を招き易くする。経路的には:
- PPI服用により胃液が弱酸性化する(pHが上昇)
→ (温度37度前後で凡そ2-3時間留まるなかで)微生物に対抗する殺菌・増殖抑制作用が後退して胃の侵入防御力が脆弱化(つまり、胃バリア機能の透過性が亢進)
→ 微生物やその毒素などの異物が本来想定されていない水準で胃から腸管内へ侵入し、腸内の微生物の生態系の総数や構成が変化
→ 腸粘膜での境界の生態系に異常(dysbiosis)を来たし、腸管壁において損傷や感染が起き易くなる(注6)
→ 腸粘膜バリアの透過性が亢進し、更には微小出血に伴う消化管出血の増加(注7)
→ 腸管周囲の血流は菌血症様・ウイルス血症様に傾き血管や他臓器で損傷や感染が起き易くなる
→ 血管壁ではプラークの形成促進・不安定化・脆弱化に繋がり易くなる
→ 心筋梗塞・脳卒中の増加
2- 細胞不要物の分解抑制作用は、心筋梗塞・脳卒中の増加を招き易くする。経路的には:
- 高い濃度の薬効成分(PPI)に接しやすい血管内皮細胞に働き、同細胞内のリソソーム機能を障害
→ 細胞内外の要らないものの分解に支障を来たし内皮細胞内に不要なタンパク質が蓄積
→ 血管内皮細胞の機能障害・早期老化が起こり、同細胞の抗血栓活性も低下(注8。全身で微小出血も増加傾向だろう)
→ 血管壁ではプラーク形成促進・不安定化・脆弱化に繋がり易くなる
→ 心筋梗塞・脳卒中の増加
注6)PPIは胃バリア機能を阻害して腸粘膜の境界の生態系が異常(dysbiosis)を来たし易くなるので、その副作用として易感染性があるのは個人的には明確だうと思う。特に顕著なのは常在共生体の一つである細菌(Clostridium difficile、クロストリジウム・ディフィシル)の感染で、心ある関係者の尽力により事例が増え、この件を多数の MTE( Money-twisted-evidence 。お金で歪まされた根拠)のなかに埋もらせて有耶無耶にすることが難しくなってきているところ。この関連として、医療文献サイト "PubMed" 及び国立感染症研究所(NIID)のサイトからそれぞれ記事を一つ:
Proton-Pump Inhibitor Use and the Risk of Community-Associated Clostridium difficile Infection -2021
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33629099/
>Conclusions: Use of PPIs was associated with moderately increased risk of community-associated CDI [Clostridium difficile infection]. The risk remained elevated up to 1 year after PPI treatment had ended. <
日本のClostridioides difficile感染症 -2020年3月31日
https://www.niid.go.jp/niid/ja/tsls-m/tsls-iasrtpc/9501-481t.html
>Clostridioides difficile感染症(CDI)について
Clostridioides(Clostridium)difficileは, 芽胞を形成する偏性嫌気性グラム陽性桿菌である。本菌の産生する毒素には, toxin A, toxin Bおよび, binary toxinがある。
C. difficile感染症(CDI)は, 抗菌薬使用等によって消化管微生物叢が撹乱された状態(dysbiosis)で発症することが多い消化管感染症である。加齢や基礎疾患などの宿主側因子が発症に影響し, 高齢者での罹患が多い。症状は, 軽度の下痢から中毒性巨大結腸症や腸閉塞まで幅があることが特徴で, 死の転帰をとる症例もある(本号3&4ページ)。内視鏡検査などで消化管に偽膜形成が認められた場合にはCDIと診断されるが, 偽膜形成が認められないCDI症例も多い。また, CDIは再発することが多く, 再発を繰り返す症例では, 治療に難渋する。一方, 特に入院患者では無症候性にC. difficileを消化管に保有していることが多い。消化管症状のない人に対しては検査も治療も不要である。<
注7)体内で組織の損傷や感染が起こると、微視的にみれば出血(微小出血)が起こることが多くなる。本来は、微小出血が次の問題に進展しないように止血機構が構築・維持されているのだが(特に脳内で微小血栓や微小梗塞を防止する必要性が高い)、血液がサラサラになる抗血小板薬の類を用いると微小出血が問題化し易くなり、普段どおりの生活でも鼻や歯茎からの出血、皮下出血(あおあざ)が起こりやすくなるとされている。
注8)胃や血管内皮細胞に次いでPPIの影響を受けやすいのは血管平滑筋細胞だと思われるが、同細胞のリソソーム機能も障害されるとすれば、血管機能は更に低下するだろう。また、血管内皮細胞は、高い抗血栓活性を有しているらしいが、PPIによる内皮細胞の機能障害の影響によりこれが阻害されそうである。国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) のサイト「科学技術情報発信・流通総合システム」(J-STAGE)の記事から:
メカニカルストレスの血管への作用 -2002年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/13/3/13_3_227/_article/-char/ja/
230頁右欄>内皮の抗血栓活性
内皮は血管内で血液凝固,血小板凝集が起こらないように高い抗血栓活性を発揮している.ずり応力は内皮の抗血栓活性を高める方向に作用する.例えば,ずり応力で増加するプロスタサイクリンや NOは共に強力な抗血小板凝集作用を有している.また,内皮細胞表面には糖蛋白トロンボモジュリン(TM)が発現している.TM はトロンビンと結合して,トロンビンのフィブリノーゲン凝固活性や血小板凝集活性を失わせ,同時に凝固因子を不活化するプロテイン Cを活性化することで強い抗血栓活性を発揮する.この TM の発現がずり応力の強さ依存性に増強する22)(図 5).また,抗血液凝固作用のあるヘパラン硫酸の産生もずり応力で増加する23).内皮はフィブリンを溶解するプラスミンの産生に関わるプラスミノーゲン・アクチベータ(tPA)を分泌するが,この機能もずり応力により亢進する24).<
引用者注)「ずり応力」は流体力学的な力で、この場合は血液の流れが摩擦力で血管壁を流れの方向に引っ張る力のこと。
医療文献サイト "PubMed" から引用した最初の報告(2015年)では、PPIとは別の制酸剤であるヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー。胃で胃酸の分泌を促す三つの物質のうちの一つがヒスタミン)の服用は心血管系のリスク増加には関与していなかったとされている。このため当初は、PPIに特有の細胞不要物の分解抑制作用によるリスク増加が免疫力抑制作用によるものよりかなり大きく効いているのかと思っていた。しかし、経路的に整理して考えると、PPIの場合のリスク増加は免疫力抑制作用の方が大きいかあるいは同等程度とみられるのではないだろうか。H2ブロッカーは長期投与で効きが悪くなるという話があるようで(胃酸の分泌を促す別の二つの物質は野放しのままなのが効いてそう)、この点とPPIより胃酸分泌抑制力が弱い点(つまり免疫抑制力が弱い)のため、心血管系のリスク増加がみられなかったのかもしれない。
PPIは対症療法的に良い西洋薬でも、使用の時間軸を間違えると悪い薬へ変化し易い例とも言えるだろう。PPI自体は食事以外が原因で潰瘍ができた人が1-2週間短期的に服用するような場合には有用と思われるけど、本来胃液の酸性度が高いのにはそれなりの理由がある訳だから、数か月とかの長期服用では問題が出始めるのだろう。他の薬を例に出せば、ステロイドも急性期医療で患者が死にそうな時に抗ストレス・ホルモンとして使う場合は有用と思われるけど、本来ステロイドと同様のもの(コルチゾール)は1日10mg前後しか体内で分泌されない訳だから(使えば使うほど体調が良くなる物質なら元々もっと多量に分泌されるはずだろう)、その何倍もの量を数週間とか長く使うから問題が出始めるのだろう。
このブログでは最近は進化医学(ラマルク医学)をベースににして西原 克成‐安保 徹両氏の言説に傾倒するという感じになっているところ。その西原説の根幹は多分、以前の昨年10月の記事(リンクはここ)で触れた「難病・免疫病の微生物主因仮説」にあるだろう。上で説明したPPIによる免疫力の抑制作用の経路をみると、結局この仮説が想定する経路とほぼ共通のものとなっていると思われる。つまり、血管構造系の異常のうちアテローム性動脈硬化は、西原説からみれば「難病・免疫病」の一つというように整理できそうである。西原説の経路と既述の経路との共通部分を明示しておくと:
- 外界との境界(主として粘膜)において何らかの原因・理由により常在の微生物(ここではウイルスを含む)の生態系の総数や構成を変化させる
→ 境界の生態系に異常(dysbiosis)を来たし侵入防御力が低下(つまり免疫力の低下)が発生し、常在共生体やその毒素などの異物が本来想定されていない水準で当該境界バリアを透過し体内へ侵入
→ 侵入により血液が菌血症様・ウイルス血症様に傾き血管及び他臓器において損傷や異所性共生・感染が起き易くなる
→ (常在共生体の種類などに依存しつつ)血管又は臓器特有の傷害が発生(これらが「難病・免疫病」に該当。例えば関節リウマチは、関節靭帯周囲に異所性に共生・感染したポルフィロモナス・ジンジバリス菌(P.ジンジバリス菌。口腔内の常在共生体)が原因とみられる)
段々と話が発散しつつあるので、最後に適当にまとめておこう:
・西洋薬については、対症療法目的が多く予防目的で設計されたもの以外は、病気の予防には効かなそうである(実際、PPIは単独使用でもかなり筋悪そうだったところ、何かと併用したところで無力というより使用意図とは正反対に有害でござった)。
・免疫力の抑制作用は、血管構造系の異常(特にアテローム性動脈硬化)を増悪させる可能性が高いだろう。
・オートファジー毒性のある薬剤(PPIなど)は、関係細胞の早期老化を招く可能性が高いだろう。
・アテローム性動脈硬化は(血巡り不全症候群の一つであることは当然として)免疫力落込み症候群のうちの一つの病気のようでもあり、健康法的な難病・免疫病への対策(免疫力落込ませ要因への対応)は、アテローム性動脈硬化の対策としても有効そうである。