ヒト遺伝子想定的生活様式実践法

2023年8月にテーマ・タイトルを変更(旧は外国語関連)
2015年4月にテーマ・タイトルを変更(旧は健康関連)

血糖降下薬による筋肉減少(清水氏23/10/4記事関連)

2023年10月11日 | 生物医学ネタ絡み

 真核細胞のミトコンドリアにおける燃料選択(エネルギー生成のための基質として脂肪酸かグルコースかの選択)の制御機構はどうなっているのか。
 この疑問点について少し前から考えているのだが、現象が複雑過ぎてサブ細胞レベル(ミトコンドリアが中心的役割)でのATP恒常性とはかなりの距離があるようでまとまった話にならない(定性的な議論では話が進展しない感じ)。
 ということで、逆に巨視的な方向の細胞レベルに戻して尾ひれを切って、中間段階のものを備忘録に残しておこうかと思う(忘れてしまうので・・・)。
 
 また、ブログ「ドクタースミズのひとりごと」の、二つの血糖降下薬に関する次の記事に関連させてまとめていこう(なお、GLP-1 はインクレチンの一種 Glucagon-Like Peptide 1 、SGLT-2 は細胞膜上の輸送体の一種 Sodium GLucose co-Transporter 2 のこと):

糖尿病においてGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬で起こる筋肉量の減少 -2023年10月4日
https://promea2014.com/blog/?p=23955
筋肉減少リスクに関し:>上の図と表は体重変化が体組成の何が変化したのかを分析しています。全体の1年間での体重変化(総脂肪量と総除脂肪量の減少の合計)はセマグルチドで-5.7kg、カナグリフロジンで-4.1kgでした。
内臓脂肪量はほとんど減少していませんね。注目すべきは除脂肪量の減少です。セマグルチドで-2.26kg、カナグリフロジンで-1.48kgでした。セマグルチドでは体重減少の約40%、カナグリフロジンでは約36%が除脂肪、つまり筋肉の減少で起きているのです
・・・
通常糖質制限では筋肉は減少しません。体重減少の効果を得るために、人間にとって非常に重要な筋肉量を減少させる必要はありません。これらの薬で体重減少があるから処方している医師のどれほどが、筋肉量減少の危険性を説明しているでしょうか?<

筆者注:GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)、SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)

 

 減量したい人にとって体重減少のほとんど100%が脂肪ならうれしいところだが、血糖降下薬による減量においては、その約6割でしかないない(筋肉減少が減量分の約4割を占める)らしいが、なぜだろうか(なお、上記のデータは糖尿病の治療薬として服用した際の副作用(減量)のものなので、念のため)。
 この疑問点について、上述の記事を受けて小問にばらしてみると、次の形になるだろうか:

Q1- 糖尿病の人は一般に筋肉が減少しやすいとされているが、なぜか。
Q2- GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。
Q3- SGLT-2阻害薬(カナグリフロジンなど)で筋肉量の減少が起こるようだが、なぜか。

 

 これらの論点に関して、糖質食は越冬準備用の食餌だろう(糖質食の越冬準備食仮説)という前提で、進化的に考えてみると、その結論を先に書いておくと以下のようになるのではないか:


 
A1) 糖尿病の人は筋肉が減少しやすいとされているのは、糖質食はそもそも脂肪蓄積モードであり、脂肪の燃焼より糖(グルコース)の燃焼が選好される結果(燃料選択において「脂肪温存の制約」があると言えそう)、糖新生の依存も高まりタンパク質がその原料に使われる機会が多くなるからだろう。

 

A2) GLP-1受容体作動薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、高タンパク食を仮装する面があり特に筋肉が減少するのだろう(高タンパク食の仮想により体内でのアミノ酸の分解・燃焼が高まるものの、それに見合う分を腸から吸収できないため、筋肉のタンパク質が調達され易くなるとみられる)。
A3) SGLT-2阻害薬は、そもそも服用者が糖尿病の人である上、人為的に糖を尿に排泄して血糖を低め誘導するので、糖新生が普段より高まることからその原料不足に陥ってケトン体生成も高まる(ケトーシスにもなり得る)ものの、脂肪温存の制約の下で、筋肉のタンパク質が糖新生の原料として(普段はしないはずの水準で)調達され易くなっているのだろう。

 

 以上からすると、脂肪温存の制約が生じる食事法(農耕食など)において体重減少させる場合は、タンパク質の割合を高めておかないと、あるいはかなりの身体活動(狩猟採集民や初期の農耕民と似た水準)を日常的にして筋肉を使っておかないと、筋肉を溶かしてしまい元に戻らないのではないだろうか。

 

 ついでに後から使うかもしれないので一応備忘録として、糖質食の越冬準備食仮説の下で、進化的に考えてみた狩猟採集食と農耕食の特徴をそれぞれまとめたので、文末に脚注として置いておこう(これらを使って上述の議論を膨らまして展開しても、その内容の本質は上述の内容と変わらないと思われる)。

 

 付加価値が低そうな長い議論を書くことを避けるとしても、今後の参考になりそうな点は幾つか付け加えておこう。
 上記の Q1 に関連して、農耕食(穀物主体ゆえに高糖質)を取っていると毎回血糖が上昇することなるが(糖尿病の人は特にそうだろう)、血糖の上昇が筋肉のタンパク質の分解を促すことが判明しているようだ(これは、血糖値がある程度上昇する場合には、脂肪よりタンパク質を燃やす傾向になることを示していると思われ、脂肪温存の制約を守るための仕掛けの一環とみられる)。神戸大学のサイトの記事から:

糖尿病で筋肉が減少するメカニズムを解明 -2019/02/22
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2019_02_22_01.html
>研究の背景
 高齢者では、筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がることが知られています。加齢による筋肉の減少と活動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康障害の一つです。
 糖尿病患者は高齢になると筋肉が減少しやすいこと、すなわちサルコペニアになりやすいことが知られていますが、そのメカニズムはよく解っていませんでした。糖尿病はインスリンというホルモンが体の中で十分に働かなくなることによって起こる病気です。インスリンには血糖値を整えるだけでなく、細胞の増殖や成長を促す作用があるので、インスリンの作用が十分でなくなると筋肉細胞の増殖や成長が妨げられて、筋肉の減少に繋がるという仮説も提唱されていました
 小川教授らは今回の研究で、血糖値の上昇自体が筋肉の減少を引き起こすという、従来、全く想定されていなかった糖尿病による筋肉減少のメカニズムを明らかにし、その際に重要な働きをする2つのタンパクの役割をつきとめました。<

 

 次に Q2のA に関しては、GLP-1受容体作動薬は人為的に体内のGLP-1濃度を高めるものだが、本来GLP-1濃度と高タンパク食とは関連しているようで、それについては日本スポーツ栄養協会のサイトの記事から:

高タンパク食で食欲抑制ホルモンの分泌が亢進するが、反応の仕方は性別により異なる -2022年01月29日
https://sndj-web.jp/news/001660.php
> 食欲関連ホルモンの血中レベルは以下のように変化した。
 食欲抑制ホルモン
  ・・・
  GLP-1
グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide 1;GLP-1)は、高タンパク食条件では、空腹時値が初日1.62 ± 3.32pM、2日目1.15 ± 3.09pM、対照条件では同順に1.62 ± 3.28pM、1.48 ± 3.26pMであり、介入により高タンパク食条件ではマイナスに大きく変化しており、有意差は境界値だった(p=0.05)。
一方、食後のGLP-1濃度は、高タンパク食条件では4.21 ± 5.19pMであるのに対して、対象条件では2.59 ± 4.18pMであり、高タンパク食条件のほうが有意に高値だった(p<0.001)。 < 

 GLP-1受容体作動薬を服用すると、食餌が高タンパク食でなくともGLP-1高濃度という状況(腸で吸収しようにもアミノ酸は豊富にない状況)になっているため問題を起し易くなるのだろう。

 

 最後に三つのQに関連し、ランドル効果仮説というのがあるらしいので、触れておこう(同効果は、より正式には "Randall cycle", "(Randle) glucose-fatty acid cycle" なので「ランドル回路」「(ランドルの)グルコース・脂肪酸回路」あたりか)。この仮説は、1963年に提唱されたものの長らく他説に埋もれていたようだが、最近妙な方向に蘇らせる動きがあるようなので・・・。
 まず、同効果の内容については、当初ははっきりしていたかもしれないが、現状では人によってその内容が少しづつ異なっているようだ(最近では、以下のウに近いものが多いのではないか):

ア- 細胞は、糖を利用しているときには脂肪は使えず、逆に脂肪を利用しているときは糖は使えない、という趣旨(排他的な原理のような意味)
イ- 細胞は、糖の燃焼が高まると脂肪酸の燃焼が減り、また逆に、脂肪酸の燃焼が高まると糖の燃焼が減る、という趣旨(他方抑制的な原則のような意味)
ウ- "Metabolic fexibility" (代謝の柔軟性。つまりエネルギー代謝における燃料〔エネルギー基質〕選択の柔軟性のこと)と似たような趣旨(関連性、相互作用がある程度のかなり緩い意味。 "metabolic fexibility"の趣旨でただ "glucose-fatty acid cycle" と書いてあるものもあり、分かりにくい)

 ランドル効果仮説の当初の内容とみられるものについては、このあたりが詳しいと思われる。学術情報の検索サイト"academic-accelerator"の次の記事から:

ランドルサイクル Randle Cycle
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/randle-cycle
>序章
グルコース-脂肪酸サイクルとしても知られるランドルサイ​​クルは、基質をめぐるグルコースと脂肪酸の競合を伴う代謝プロセスです。・・・<

 

 同仮説は上記記事の内容であるとの前提で考えれば、同説は、個人的には奇妙な話のように思える。
 同説では、糖(グルコース)を主燃料とするときの制御用の経路(余剰の糖を原料として脂肪合成している際に合成が滞った時に糖の処理を少し抑える経路)の一部を取り出して、エネルギー生成用燃料の糖⇔脂肪酸の切り替え時に影響を与えるとしているからである(生化学的にみれば、脂肪酸から糖への切替え(便宜「逆方向」と定義)のときには関係経路はそもそも使われそうもない経路にあたると思われる。特に細胞質でのクエン酸の蓄積は起きないのではないか)。
 とは言え、糖から脂肪酸への切替え(「順方向」)のときには、同効果に類似したものが働いている可能性を排除するものではない(仮に働いているなら「順方向のランドル様効果」とでも名付けておいて(実質的には上述の「脂肪温存の制約」に類似)、逆方向は引き続きあり得ないとの立場としておこう)。

 また、その後のより新しい研究でも、ランドル効果仮説にはいろいろ疑問が呈されている。例えば、同効果は骨格筋でのインスリン抵抗性を説明しないかもしれない、という報告もある(同抵抗性のある骨格筋では普段は糖の酸化が高まっていて、インスリン作用時には糖の酸化が弱まるという"代謝の非柔軟性"がみられるらしい。ランドル効果的には、普段は弱まっていてインスリン作用時に高まるはずという予想になる)。米国政府系の医学文献検索サイト"PubMed"の記事から:

Fuel selection in human skeletal muscle in insulin resistance: a reexamination - 2000 May
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10905472/
>... However, results obtained with rodent or human systems that more directly examined muscle fuel selection have found that skeletal muscle in insulin resistance is accompanied by increased, rather than decreased, muscle glucose oxidation under basal conditions and decreased glucose oxidation under insulin-stimulated circumstances, producing a state of "metabolic inflexibility." Such a situation could contribute to the accumulation of triglyceride within the myocyte, as has been observed in insulin resistance. Recent knowledge of insulin receptor signaling indicates that the accumulation of lipid products in muscle can interfere with insulin signaling and produce insulin resistance. Therefore, although the Randle cycle is a valid physiological principle, it may not explain insulin resistance in skeletal muscle.<
 

 なんとなくまとめておくと、細胞レベルでの燃料選択(脂肪酸と糖)については、二つの燃料の間に相互作用があるようだが、生化学的な経路レベルでの統一的した構図ではっきりと示すことができない(場合場合によって使われる経路が異なる)、ということだろう。

 

脚注1)進化的にみた狩猟採集食と農耕食の特徴(糖質食の越冬準備食仮説を前提として)

 狩猟採集食(低糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は脂肪酸主体で糖・ケトン体を補助的に利用

A. 食性の意義:食性はエネルギー非貯蓄モードであり、なるべく脂肪酸を利用する方向へ制御される。制約なしに脂肪酸を利用できるので、脂肪組織から取り崩してガンガン燃やし(糖新生の原料不足などでTCA回路(クエン酸回路)が回りにくい状況でも)ケトン体生成もできてケトーシスにもなり得る(赤血球以外はケトン体でも利用可能)。
B. 栄養素の吸収:食餌(高脂質気味が多い)中の脂肪酸は、脂肪組織から一時的に取り崩し過ぎた分や直ぐに燃やす分だけを吸収(血中の遊離脂肪酸が減れば吸収)し、使わないなら吸収せずに排泄することで脂肪を増やし過ぎないよう調節されている。糖質はほぼ全吸収で、アミノ酸(糖原性のものはアミノ基を外して糖の代わりとして利用可能)については、高タンパク気味の食餌が多く体内に吸収できないときは排泄される。


C.  ATP不足への対応:細胞内のATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)不足のときは遊離脂肪酸の不足であり、腸からの脂肪酸吸収や、脂肪組織での脂肪分解(インスリン基礎分泌の低下による)を高めることが選好される。
D. 体重への影響:狩猟採集のため野生動物のように引き締まった体で身軽に動ける状態を維持する必要があり、余剰の脂肪の他、余剰の筋肉も生じにくい(また、身軽でいようとすると、グリコーゲン貯蔵は水分子を抱え込むため過体重になりやすく増やしにくい)。


E. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(狩猟採集民は1日当たりの移動距離は、男性で15km、女性で10Km程度と言われる。仮に糖不足で筋肉を一時的に溶かしても、高タンパク食のことが多く高活動下では直ぐに補充可能だろう)。現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っているが、個々人の本来の体重・体形を維持する方向に遺伝因子により自動制御される機構が元々備わっていて利用できることから、問題は顕在化しにくい(脚注2)。

 

⇔農耕食(高糖質、継続的なもの)の特徴:
  燃料は糖主体で脂肪酸(・ケトン体)を補助的に利用

a. 食性の意義:食性はエネルギー貯蓄(脂肪蓄積)モードであり、糖から脂肪を合成し、また、既存脂肪の分解へ減らす方向へ制御される(なるべく食餌由来の糖を利用)。元々は季節変動に対応した食性で本来は常用的なものではなく季節的なものであり、脂肪蓄積の効率化のため食欲が亢進するように設定されている(農耕食が常食化した後の歴史は浅く(1万年前後)、常食化に伴う問題が生じた際に遺伝因子による自動制御はほとんど期待できない)。
b. 栄養素の吸収:食餌(低脂質気味が多い)中の糖質はほぼ全吸収で、脂肪酸については、脂肪組織・肝臓での脂肪合成により血中の遊離脂肪酸が減る場合には腸でどんどん吸収が高まる(アミノ酸については、低タンパク気味の食餌が多くほぼ吸収されるのだろう)


c.  ATP不足への対応:細胞内のATP不足のときは糖不足であり、肝臓でのグリコーゲン分解や糖新生を増やすこと(グルカゴンなどのインスリン拮抗ホルモンの分泌増による)が選好される。糖新生の原料(乳酸などの糖の代謝物。脂肪酸は原料として使えない)はそれほど不足しないので(糖は食餌の際に毎回潤沢になるため)、糖新生への依存度は高くなっている(それによりATP需要が満たされる結果、普段はケトン体生成はほどほどでケトーシスにはなり難い)。
d. 体重への影響:糖主体の燃料を燃やすことから、余剰グリコーゲンが増える(糖質食から糖質制限食への移行直後に体重が即座に減る分に相当。そもそも越冬用に脂肪を付けることを目指しているので、体重が多少増えても身体活動面的にも無問題なのだろう)


e. 身体活動の程度:元々はかなりの身体活動を前提とした食性である(農耕民も、かつてはかなりの身体活動をしていたので問題が顕在化しにくかったようだ)。しかし、現代人は、自動車の普及や産業の機械化で身体活動はかなり減っており、そのような歴史は浅いことから問題(肥満、過食など)に対し遺伝因子による自動制御が期待できる筈もない(脚注3)。

 

脚注2)進化的にみれば、元々狩猟採集食と、かなりの身体活動とはセットなのであろう。瘦せ型の人が糖質制限食を導入しようとするとトラブルが多くみられる傾向があるが、これには現代人の身体活動の低さが影響していると思われる。
 また、糖質制限食を導入していると筋肉が攣り易くなる人が一定数いるようだが、低身体活動からくる血流循環不足(遺伝子想定的以下という趣旨)でマグネシウムの循環が悪くなっていることから起こっているものと推測される。

脚注3)このため、農耕食の現代人で低身体活動の者では、その時々の状況に応じ随意系での制御のための個別の判断が必要なはずだが、上述a.の食欲亢進の設定と競合し上手く制御できずに問題化する例は少なくない。

コメント    この記事についてブログを書く
« 制酸剤による免疫抑制作用 | トップ | アルツハイマー病の原因(清... »

生物医学ネタ絡み」カテゴリの最新記事