「河川事務所の報告は成立していない」の3

2021-06-29 11:14:56 | 日記

「1時44分にゲートを閉めた」とされている樋門操作員の活動形跡がない

河川事務所の報告 : ・情報公開請求によって河川事務所から提示された皿川樋門操作記録:https://archive.fo/NOD6b  : https://archive.fo/ffrn2 :によれば「12日の20時55分に皿川樋門に出動し13日の1時44分にそこを退避した」となっています。

しかしながら「ゲートを閉めた時刻が1時44分」ですから、その操作をした後でゲートが実際に降りたのかどうか室外に出て確認し、それから操作室内を片付けて明かりのスイッチを切ってドアをロックしてその場所を離れるのですから、「2時頃に皿川樋門を離れた」という事になります。

しかしながら ・飯山水害「なぜ皿川は氾濫したのか」の2 で示した様にその樋門操作員の活動形跡が皿川の水位を確認するためにたびたびその場所に出向いていた方によってまったく目撃されていないのです。さてこれは一体どうしたことでしょうか?

そうであれば「実際は操作員は皿川樋門では活動していなかった」という事になります。

ゲートを再び持ち上げる為にその場所に現れた樋門操作員は存在しない

報告によれば樋門操作員が再びその場所に出動したのは13日の14時とされる。その時には皿川樋門の前では排水ポンプ車が一台、排水作業にあたっていた。

13日9時頃の皿川樋門前の状況: https://archive.fo/8RpSJ 

14時であれば周囲はもっと明るくなっていた事であろう。そうして排水ポンプ車を操作している作業員はそこにいた。だがその作業員は再出動した樋門操作員を見る事はなかった。

そのかわりにもっと不思議な光景を目にしていた。樋門操作員が現れた形跡がないのにもかかわらず、樋門のゲートがすでに上がっているのを確認していたのである。

皿川樋門のゲート全開時のゲート上端の高さはその場所の水位標読み値で8.5m。ちなみにこれは実は皿川樋門入口側に立っている水位標の高さと同じ値である。

・ゲート上端高さ 8.5m : https://archive.fo/nms1F

それはつまりその場所の水位が8.5mになるとゲート上端が水面に現れる、という事である。そうしてその時刻は13日の午前10時頃。水面上に何やら見え始める。

12時には水面上に1m程ゲートが飛び出す。そうしてポンプ車がそこを退去してもっと南側に移動した時刻、午後3時には水面の上に2mもゲートが姿を現す

排水ポンプ車の作業担当者は「ゲートが開いていたのならこの場所で排水作業をしても無駄だな」ということで、15時にそこを移動した、と飯山市は議会で答弁している。(注1

まことにもっともな判断である。

だが報告書を書き上げた「だれかさん」はその点を見逃した。そうしてゲートを上げた時刻を13日の15時30分と書いてしまった。

しかし「物事の整合性をとる必要性」からいえば、「ゲートを開けた時刻は15時」としなくてはならなかった。

そうしておけば「ゲートが15時に開かれたので、排水ポンプ車はその場所を移動した」となり「つじつまがみごとに合った」のである。

15時30分にゲートを上げた、その時の内水位は6.40mではない

報告書では「13日15時半の皿川ダム湖水位は6.4mであった」としています。これを標高になおすために+309.1mを足しこむと315.5mとなり、これが15時半の水位の標高となります。

ところで決壊場所の最終的な姿はこうでした。:水が引いた後の景色 : https://archive.fo/0O1iv 

決壊場所のすぐ外側は遊園地になっており、滑り台がある事が確認できます。さてそれでこの場所のこの時の標高はいくつでしょうか?地図読み値では316.3mで、それプラス堆積した土砂分という事になります。: ・公園 滑り台の写真 : https://archive.fo/3BKlo 

・・・という事はいずれにせよ皿川ダム湖の水位315.5mよりも高い、つまり「午後3時半には皿川決壊場所からの泥水の流出は止まっていた」と主張している事になります。


さてそれで、横丁大家さんは市内にあふれた水位の経時変化を記録・報告されています。まずは水位上昇変化の写真。

・「ときでん」周辺~10月13日午後5時近くに最高浸水深~標高315・8mまで上昇~洪水発生源は~ : https://archive.fo/cigGj :時系列浸水深の写真

それらの写真から上町あたりの屋外での水位の経時変化を出してグラフ化したものがこれ : https://archive.fo/qk2dU

上町あたりでの水位のピークは17時である事がわかります。(注3

そうしてこの時は千曲川堤防の上でポンプ車6台+消防団の排水ポンプ(複数台)が動いていました。それでも皿川決壊場所からの流入泥水が多いため、17時まで市内の水位は上昇を続けたのです。(注4

あれ、おかしいですよねえ。河川事務所は「午後3時半には皿川決壊場所から市内への流出は止まった」と言ってますが、実は止まってはいなかった。(注2

少なくとも17時過ぎまでは市内への流出は続いていた、つまり「15時30分に皿川ダム湖の水位は6.4mではなくもっと高かった」と言うのが事実なのです。

その値は、といいますれば「河川事務所主張の内水位よりは概算で1m以上は高かった」という事になります。


さて実際に3時半に皿川樋門の場所にいて内水位を計測していたら、こんな「明らかに違う数字を報告書に書く」という事はなかったでありましょう。つまり「河川事務所が主張しているような樋門操作員は15時半には皿川樋門にはいなかった」というのが結論となります。

さて以上が当方が「この報告書は情報公開請求があったので、あとから机の上で作文されたものである」と主張する根拠となります。

 

注1:飯山市議会議事録から : ・参考資料の5 

『◆6番(松本淳一) ちょっと先に進みますが、排水ポンプあるいは樋門についておうかがいします。
 皿川から排水ポンプを6台使って排水をしたというふうに報告されているんですが、スタートの時間は多分書いてあったと思いますが、6台になったのは何時ごろですか。

◎建設水道部長(坪根富士夫) 
 皿川では、13日の5時から15時まで排水を行っております。
皿川の自然流下が可能になった時点で移動し、皿川付近の国道117号で市街地の内水排除のため、排水ポンプが13日の22時から6台体制になっております。

◆6番(松本淳一) 
 ちょっと説明がよくわからなかったんですけれども、13日の5時から15時の間というのは何台だったんでしょうか。

◎建設水道部長(坪根富士夫) 
 排水ポンプ車1台でございます。

◆6番(松本淳一) 
 市街地のところをもう一回ちょっとご説明ください。ちょっと聞き取れなかったので。皿川ではなくて、市街地のほうの排水をしたという部分、もう一回ちょっとご説明ください。

◎建設水道部長(坪根富士夫) 
 皿川付近の国道117号、具体的に申しますと、栄川樋管と飯山高校のグラウンドのあたりで、排水作業を行いました。』

注2: ・北町住宅東端上階からの13日午後3時2分時点での撮影・堤防決壊場所の写真 : http://archive.md/U0QfF : https://archive.md/HaLqS <--このページの一番下にある写真です。この写真をクリックすることで拡大表示する事ができます。

午後3時2分時点でこの水位である。(水位の程度はJR鉄橋の橋げたと水面の距離から概算可能)。この時間で堤防決壊場所からはまだ左側に泥水が流れ出している事が確認できる。

さて河川事務所はこの水位から1.5m~2m程の水位の低下をたった一台の排水ポンプ車で30分でやれた、と主張しているのである。

そうしてもちろん現実にはそんな事は不可能であって、実際はこの場所からの泥水の流れ出しは17時を超えて続いていたのであった。

ちなみにその場所からはよく見渡すことが出来た千曲川堤防の皿川樋門前には飯山市の報告通りに排水ポンプ車は排水作業を終えて移動していた為に姿がみえず、撮影する事はできなかった模様。

注3:以下13日18時04分時点での飯山市の認識

・飯山市のHP :令和元年10月 台風19号に関する被害状況等
(令和元年10月13日 10:00現在): https://archive.fo/K9Uxa :から引用

『令和元年10月 台風19号に関する被害状況等
(令和元年10月13日 10:00現在)

避難に関する情報
・・・
10月13日
・・・
5:34 瑞穂地区の戸那子区全域、富田区の一部、中組区の一部、関沢区の一部に避難勧告発令
6:37 内水の能力を上回る増水により、飯山地区の福寿町区、本町区、肴町区、上町区、新町区、鉄砲町区、奈良沢区、栄町区、県町区と秋津地区の北畑区に避難勧告発令
・・・』

の「内水の能力を上回る増水により、」の部分の意味がよく分からなかったので、市役所に質問したのでした。そうしたら当日夕刻に真面目な担当者から以下の様な回答が返ってきました。

飯山市よりの回答メール 13日 18時04分時点  質問はHPの問い合わせフォームから

『・・・お問い合わせいただきました件について、ご説明いたします。

「内水の能力を上回る増水により、・・・」についてですが、以下のとおりとなります。

本日未明より、市街地の広範囲に(千曲川本流ではない)河川からの流水等に
よる内水氾濫が発生しております。

千曲川本流の水位が、市街地に流れる河川の水位より高く、自然流下しないため
通常開放している水門等を閉め、流れ込んだ河川の水を複数台でのポンプ等に
より排水処理を行うのですが、流れ込む水量の方が多いことにより、水が徐々に
溜まり、引きにくい状況となったものです。

内水の「排水」能力が雨水等による河川水位の増加に対応できなかったという
説明のほうがわかりやすいかもしれません。

以上となります。
よろしくお願いいたします。』

↑ 飯山市の「まだいろいろと対外的な情報操作していないこの時のすなおな認識」がよく分かります。

そうして「流れ込む水量の方が多いことにより、水が徐々に溜まり、引きにくい状況となったものです。」という所はもちろん「(皿川右岸堤防決壊場所から市内に)流れ込む水量の方が(堤防で排水中の排水ポンプ車6台+消防団所有の複数台の可搬式排水ポンプによる千曲川への排水量よりも)多いことにより、(飯山市内に)水が徐々に溜まり、(その水が増え続け、現在でも)引きにくい状況となったものです。」と言っておられるのですね。

注4: 消防団の対応

次に排水ポンプ車による排水量の計算です。
皿川エリアには合計6台の排水ポンプ車が配置され、皿川担当に1台、残り5台は市内に流出した水の処理にあたりました。そうして皿川担当の1台は午後3時に市内担当に合流しました。
それから地元の消防団が可搬式の小型ポンプ7台で排水の補助をしています。
http://archive.md/KRvw4

この部分は本来は動画になっています。午前7:58 · 2019年10月13日
https://twitter.com/zakkey_zzr/status/1183155046533386241?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1183155046533386241&ref_url=https%3A%2F%2Fmatomedane.jp%2Fpage%2F39432

追伸:(2021/7/12):皿川樋門のゲートが降りていなかった、という決定的な、直接的な画像がありました。

・水門の閉鎖、国伝えず 長野・飯山の皿川、堤防決壊 (中日) : https://www.chunichi.co.jp/article/39265 <-写真をクリックすると拡大できる。皿川で排水作業中のポンプ車1台、確認可能。ちなみにこの画像は昼ごろ飯山市がとばしたドローンによるもの。

拡大画像で皿川樋門を見てください。ゲートが降りていない事が確認できます

見にくい時は150%に拡大しましょう。はい、お疲れ様でした。貴重な画像を提供していただいた飯山市には感謝する次第であります。

おまけ:◎総務部長(栗岩康彦) 
 ドローンにつきましては、13日の午後1時半ごろからドローンによる撮影をして、市街地の状況調査を行っているところでございます。

おまけの2:近づいて堤防の上からゲートを見るとこう見えます。: https://archive.fo/nms1F

おまけの3: https://archive.fo/dHJuW

補足皿川樋門関連 ゲート上端位置と千曲川の水位について

・ゲート上端高さ : https://archive.fo/7pRbN :写真からわかる様に8.5mである。そうしてこの数字は皿川側にある水位標の高さと同じである事をしめす。

・外水位計 水位標 : https://archive.fo/xF3E6

・ゲートが開いた状態での千曲川側からの画像 : https://archive.fo/pzIvW :ゲートが降りた場合は手すりが写っている作業用の通路の部分あたりまでゲート上端が降下する事になる。

ゲートが降りた状態では・外水位計 水位標の値で5m以下にゲート上端が降りる。これは飯山水位観測所の数値に換算すると7m以下になる、ということである。

いっぽうでゲートが開いた状態では上端は8.5m、水位観測所の数値に換算で10.5mの位置にある。

さて13時半の千曲川の水位は9.17m@水位観測所である。

そうであればこの時にゲートが降りていたならば、その上端は千曲川の水の下にあって、上からでは見えない。

他方でゲートが開いていたならばその上端は千曲川の水面上に1.3m程出ている事になる。

さてそういうわけでドローンが13時半に撮影した皿川樋門の写真にゲートが写っていた、という事は「13時半にはゲートは開いていた」という事である。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

https://archive.fo/uDJrB

 

 

 

 


「河川事務所の報告は成立していない」の2

2021-06-28 19:10:20 | 日記

市役所の13日時点での皿川氾濫の認識は「千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生した為」

『・飯山市からの報告(10月13日) : https://archive.fo/pl709 :18:00現在バックウォーター(逆流)が発生〜飯山市下水道課からの報告
なお、令和元年10月13日18:00現在の「長野県災害対策本部の長野県環境部」が取りまとめた「ライフライン復旧の対応状況」の「市町村下水道施設等の対応」の飯山市からの報告には
〇飯山処理場 ポンプ施設の機能停止
①現状
 ・千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生。
 ・これにより、飯山処理場の有尾中継ポンプ場他マンホールポンプ施設3ヶ所が機能停止。
と報告され記載されています。
 ここにも、千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生。
と明記されています。』

これが17日発表のプレス発表 第一報になると「皿川樋門が閉まっていた為」と変化します。

さて14日以降17日プレス発表までの間に飯山市と河川事務所、そうして委託樋門操作員との間でどのような会話がかわされたのでしょうか?

分かる事はその結果、「千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生した為」という理由は取り下げられ代わりに「操作員が樋門を閉めた為」となりました。

それにしても不思議ですよね。以下に述べられている様に「13日の2時に樋門操作員から樋門を閉めた」と言う連絡が飯山市にあったなら、飯山市下水道課が上記の様な報告を長野県にあげる、とはとても思えません。

ゲートを降ろした時刻が報告資料によって違う事

飯山市報告のプレス発表資料

令和元年台風19号台風関連災害経過報告
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1017iiyama.pdf

 10 月 17 日午後 4 時現在 の報告では

『10 月 13 日(日) 2:00 頃 皿川樋門(国管理、委託管理者から2:00 に閉鎖したとの報告があり)』と書かれてある。

これは河川事務所と皿川樋門の操作委託契約をしている担当者から飯山市に2時過ぎに「 (皿川樋門は)2:00 に閉鎖した」と連絡があった事を示している。ちなみに後日の飯山市議会の答弁でも飯山市はその事を認めている。(注1


令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf

 10 月 28 日(月)午前 10 時現在のこの報告では

『2:00頃 皿川樋門閉鎖(国管理、操作員から 1:44 に閉鎖したとの報告があり) 』と書かれている。

飯山市への委託樋門操作員からの電話は2時頃で、ただし閉鎖時間が2時から1時44分に前倒しされた。

さてこれはどうしてでしょうか?

2時に樋門を閉めた、とするとその時の外水位は6.69m。河川事務所によればこの時の内外水位差はせいぜい20センチ。そうすると内水位は6.89m。

さて正確には2時15分にM建設前道路を皿川ダム湖の水は越えたのでした。そこを超える水位は内水位で8.5m。(注2

そうするとたかだか15分で1.61mも皿川ダム湖は水位を上昇させた、という事になります。そうして皿川ダム湖の容量を考えたばあい、そうして上流からの流れ込み水量を勘案すれば、「これはどう見てもあり得ない数字である」という事になり、それでゲート閉鎖時間が16分前倒しされた、つまり「ゲートを閉めてから皿川ダム湖が満水になるまでの時間を稼いだ」と言う次第であります。

・・・と言うように「いろいろとご配慮された方がいた事」が分かります。

「皿川樋門ゲートを再び開いた時刻は何時でした?」という「簡単な質問」なぜ河川事務所は答えないのか?

10月13日に皿川が氾濫・堤防が決壊しました。

それで10月下旬に河川事務所に「何時にゲート閉めたの」と聞いたら2~3日で返事が返ってきて「13日の1時44分だ」という事でした。これはプレス発表第2報(28日)の答えそのものでした。

それで「じゃあ今度はいつゲートを開けたの?」と聞いたのです。そうしたら返事が返ってきません。11月中旬まで都合4回ほど催促をふくめて「教えて」と聞いたのですが一向に返事がありませんでした。

樋門操作員がゲートを降ろした時間を河川事務所に伝えているならば同時に開けた時間も伝えているはずで、答えるのは簡単なはずですが一向に答えが戻ってきません。

どうしてでしょうかねえ、河川事務所さん? そこで以下の報告書の出番となる訳です。この報告書は日立在住のMさんが情報公開請求によって12月24日頃までに入手されたものです。

・情報公開請求によって河川事務所から提示された皿川樋門操作記録:https://archive.fo/NOD6b  : https://archive.fo/ffrn2

これをみると委託樋門操作員は10月28日に報告書を書き上げ11月1日までに報告書を河川事務所に提出している事になっています。

さてそうであれば河川事務所は11月に入ってから2回も催促があった「ゲートを再び上げた時刻」についてはゲートを降ろした時刻を即刻回答したように簡単に回答できたはずですが、そうはしなかったのです。

なぜでしょうねえ、河川事務所さん。

それは実は10月28日に操作員によって書き上げられた、としている報告書は実はMさんからの情報公開請求に答える為に12月中旬以降に誰かが書き上げたものであるからです。

そうであれば11月中に問い合わせがあった「ゲートを開いた時刻」についてはまだ報告書が出来ておらず、回答が出来なかった、というよりはその時までは河川事務所としては「そんな質問は無視」としてダンマリで押し通すつもりでしたね。

でもMさんからの情報公開請求がありました。それでそれまではダンマリで押し通すつもりでしたが、そうはいかなくなったのでした。

・・・そういう訳でこの件につきましては本当にご愁傷様でありました。

 

さてそれで、仮にゲートが降りていた、としよう。その場合にはゲートを上げるタイミングというのは今回の場合は本当に重要であり、そうして又難しい。

と言うのも皿川右岸堤防は決壊しておりそこから市内に泥水が流出しているのだから、まずはその流出が止まるまでは排水ポンプ車はそこで皿川の水を千曲川に排出しなくてはならない。

同時にゲートは千曲川の泥水が皿川に流れ込むのを止めていなくてはいけない。

ただしその場合に千曲川の水位が十分に下がったならばゲートを上げて皿川の水を千曲川に自然流下させながら、なおかつポンプ車による排水も継続する、それはつまり「一刻も早く皿川の水の市内への流出を止める事が第一優先である」という事です。

そのような状況に至ったかどうか、そのような時には実際には樋門操作員と排水ポンプ操作員は話し合いながら判断を共有して作業をする必要がある。


そうしてその判断の難しさは栄川樋管を再び開ける事になったタイミングに見る事ができる。あの場所でも排水ポンプで排水をしながら栄川樋管の内水ゲートを開けるタイミングを計っていた。そうして実際に内水ゲートを開けたのは14日の1時45分であった。

その時をもってようやく市内に流れ出していた泥水は排水ポンプによる排水だけではなく、栄川樋管が開通した事によって市内に氾濫した水は千曲川に自然流下できるようになったのである。


さてその様に実際に難しい判断をしなくてはならない「ゲートを開けるタイミング」であれば、「後から机の上でその時刻を決める」というのは「本当に至難の業である」とだけここでは指摘しておく事にしよう。

そうしてまたその事が、河川事務所が「ゲートを開けた時刻については出来る事ならばダンマリで通したかった理由」でもあるのです。

 

注1: ・参考資料の2 : ・飯山市議会議事録から 国が飯山市に水門を閉めた という連絡を入れなかったのがまずかった という河川事務所と飯山市の主張の不自然さについての考察。実際は樋門操作員から2時過ぎに市役所に連絡が入っていた事を飯山市が認めている。

注2:10/13 02:15皿川の高水福祉会側に越水が始まったので市役所に通報 : https://archive.fo/lEUqK :楽農家さんのこの通報から今回の一連のドタバタ劇、あるいは悲劇がはじまったのである。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 

 


「河川事務所の報告は成立していない」の1 

2021-06-28 13:24:00 | 日記

前のページでは「皿川樋門が開いていた」という「実際に起こった事」の状況を見ていただいた。さてそうなると「河川事務所が出してきた報告書はどうなるんだ?」という事になる。

・情報公開請求によって河川事務所から提示された皿川樋門操作記録:https://archive.fo/NOD6b  : https://archive.fo/ffrn2

ここに挙げた樋門操作記録なる「一枚の紙きれ」が「皿川樋門が閉まっていた証拠だ」と河川事務所も飯山市もそう主張する。そうして本当にそれ以外の証拠は何もない。

この記録が公開されるまでの経緯も疑問点が多々あるがそれは後回しとして、なぜ飯山市と河川事務所が「今回も皿川樋門は開けっ放しでよい」と判断したのか、その理由を見ていこう。

なぜ飯山市と河川事務所が「今回も皿川樋門は開けっ放しでよい」と判断したのか?

といってもその事はすでに議論しつくされており、結局の所は以下の結論となるのでした。

『・そうして2017年の台風の時を含めてここ10年間は皿川樋門は開きっぱなしであっても結果的には何の問題もなかった・・・

千曲川河川事務所からの回答
https://minkara.carview.co.jp/userid/2158429/blog/43569920/ : https://archive.fo/aO0Sf 
より
『質問2.以前はポンプ車と監視員の設置をしてから閉門だったのに、今回からポンプ車設置しなかった理由も教えて下さい。』

従来(H18年まで)は皿川樋門を閉じる時には常にそこには排水ポンプ車が待機していた、という証言になっています。
そうして、そのような手当をしないまま樋門を閉めたのは今回が初めてである、と言っています。<--「その8」より引用』

つまり「ここ10年ほどは大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう」という「甘い予測が原因」です。

この件、より詳細な検討内容については : ・その8・合理的な検証抜きで、経験則のみに頼っている飯山市と河川事務所の判断ミス 
皿川樋門開きっぱなし対応の限度は千曲川水位が8.0mまで。 :を参照願います。(注1)

なぜ排水ポンプ車が「樋門を閉めた」とする時刻に皿川にいなかったのか?

この事については飯山市も河川事務所からも「十分に納得のできる説明」は今までありません。

そして飯山市は「ただそういう経緯だった」というだけです。

そうして河川事務所の返答はもっとひどいものです。「排水ポンプ車については自治体からの依頼を受けてこちらが総合的に判断し出動させる」、つまり「飯山市から依頼がなかったから皿川には事前に配置していない」というものです。つまり「樋門はこちらの判断で勝手に閉めるが、その後何が起こっても知らない」といっているのですよ、河川事務所は。(注2)

まあ「建前上はそうなっています」が実際は河川事務所と飯山市はお互いに相談しながら水防にあたる、現にそうやって相談し合意ができていましたから、戸狩の日光川や今井川には事前に排水ポンプ車が3台も用意されていました。(注3

とまあ、そういう訳で飯山市も河川事務所も「今回もまた皿川樋門は開けっ放しで行く」で合意できていた、したがって排水ポンプ車の事前配置はなかったのでした。

河川事務所の報告にある「樋門を閉じた時刻」が他の樋管・樋門に比べて圧倒的に遅い件

河川事務所と飯山市の事前合意が「皿川樋門は閉める」で合意できていたとしたら、まずは排水ポンプ車がそこに準備されていたであろう、という事は上記で指摘した通りです。

それに加えて常識的に考えられるゲートを降ろす時刻、それが皿川樋門では全く無視されており、報告によれば「相当に遅いタイミングでおろされた」という状況になっている事を指摘しておきます。

       ゲートを降ろした時刻  皿川位置に換算した時刻

宮沢川樋門  12日の20時25分  12日の21時08分

広井川樋門  12日の22時05分  12日の21時30分

今井川樋管  12日の23時30分  12日の22時50分

皿川樋門   13日の1時44分

「皿川位置に換算した時刻」と言うのは「千曲川の水の流れを考慮した場合にこうなる時刻」ということであって、それはつまり「それぞれの樋門、樋管を皿川の位置に持ってきたらその時刻に下した事になる時刻」ということになります。

宮沢川樋門の出口の底の深さは堤防天端を基準にした時に皿川樋門と同程度の位置にあります。そして宮沢川樋門では底から2.7m程に水位が到達したときにゲートを降ろしたのでした。

つまり「千曲川の水位上昇をうけてバックウオーターが発生し宮沢川の水位が上昇するのだが、その上昇程度を樋門出口側で計った時に宮沢川樋門では2.7m程で閉じた」という事になります。

次に広井川樋門です。

この樋門の出口の底は皿川樋門よりも低い所にあります。そうであれば本来はその分早めにゲートを降ろしてもいいのですが、この樋門では少し遅めのゲート降下を選んでいる様です。

それに対して今井川樋管の出口の高さは皿川樋門に比べて相当に高い所にあります。それはつまり「千曲川のバックウオーターの影響を受けにくい」という事になります。

しかしながらその今井川樋管でさえ皿川換算時間で12日の22時50分にはゲートを降ろしているのです。


さてそれで「以上の3つの樋門、樋管のゲート操作が標準的である」とするならば、皿川樋門は遅くとも22時30分ごろにはゲートを降ろす事になります。

そうしてその時の水位は樋門出口の底から3.81mの所になり、つまり「外水位3.8m程度までにゲートを降ろすのが常識的なゲート操作である」という事になるのです。

それに対して河川事務所が報告してきた「ゲートを降ろした時の外水位は6.23m」。堤防を貫通している樋門のトンネルの上端より1.6mも水位が高くなってから樋門を閉めた、としています。

そうであればこの水位までゲートを降ろさずに樋門を開けっ放しにする、と言うのは本来は異常であり、非常識な事なのです。(注4

そうして、なぜこんな非常識な報告を出す事になったかといえば、「本来は樋門は開けっ放しで何事もなく台風19号は通り過ぎていくはずだった」というのが飯山市と河川事務所の読みだったからです。それでゲートは開けっ放しにしていた。

しかし残念な事にそれが見事にはずれてしまい、皿川が氾濫・決壊してしまった。その時に「実はゲートは開いていました」とは河川事務所は言う事はできない。そんな事を言えば大変な事になります。

したがって「ゲートは下した。その為に皿川は氾濫した」という事にした。そうなると「いつゲートを降ろしたのか」を聞かれる事になる。それで次の様にしたのです。

皿川が氾濫した。その時刻は公称で13日の2時20分。(この数字は正確には13日の2時15分。)

そうして楽農家さんが13日の1時には「皿川の水は千曲川に流れていた」と報告している。そうなると皿川樋門を閉めたのは1時から2時15分のあいだに設定するしかない。

それで選ばれた時刻が1時44分であって、その時にゲートを降ろした、としたのでした。

 

ちなみに広井川樋門と今井川樋管のゲートがおろされた時刻については : ・その10-1・今回初めて排水ポンプ車の事前準備なしで皿川樋門を閉じました。 :を参照願います。

宮沢川樋門については : ・参考資料の5 : を参照ねがいます。ゲートの閉開時刻についての記述は一番最後にあります。

注1:関連する検討内容は以下のページにあります。

・その6・木を見て森を見ない飯山市と河川事務所の対応
皿川堤防の耐えられる限界を知らなかった、知ろうとしなかった飯山市と河川事務所。

・その7・なぜ2年前の台風では皿川樋門は開きっぱなしでよかったのか? ーー>「その8」
2年前はピーク水位が8mであり、この値が皿川樋門あけっぱなし対応の限界値。
10年ほど前までは台風の時は皿川樋門を閉じてすぐに排水ポンプ車で排水をしていた。

・その20・過去の3つの災害事例と今回の台風19号事例についての要因分析
千曲川の水位の上昇タイミングと皿川上流域にいつ、どの程度の最大降水量が発生したかがポイントとなる。
そのような複合タイプの基準で皿川の状況を判断しないと今後も判断ミスをすることになる。

注2千曲川河川事務所からの回答
https://minkara.carview.co.jp/userid/2158429/blog/43569920/ : https://archive.fo/aO0Sf :にある内容を確認願います。

注3:ポンプ車の事前準備状況については次の記事を参照願います。 : ・その10-1・今回初めて排水ポンプ車の事前準備なしで皿川樋門を閉じました。
「千曲川堤防に危機が迫っているので皿川樋門を閉めた」と主張する河川事務所の説明には相当な無理がある。
そうして当方の主張は「皿川樋門は閉じられなかった」であり、河川事務所の主張とは真逆です。
今回の飯山皿川の悲劇は「妥当な水防計画を飯山市が立てる事ができなかった」という事にすべて起因しています。

注4:それぞれの樋門・樋管には内外水位計が付けられている。もちろんその数値はゲート操作室で確認できる。そうしてその水位計の測定範囲は樋門・樋管の堤防を貫通しているトンネルの上端までである。

そうであれば「その測定範囲内でゲートを降ろすのが通常のゲート操作である」と河川事務所は考えているのである。

さてそうでなければ河川事務所がわざわざ樋門・樋管に内外水位計を付けて水位が分かる様にしている意味が無い事になります。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 

 

 

 


飯山水害 皿川樋門は開いていた

2021-06-26 11:43:07 | 日記

皿川樋門は開いていた。従ってそこを通って千曲川の泥水が皿川に逆流した。

千曲川からの逆流による水面に作られた白濁が上流側に伸びている

・決壊場所(10/13 午前9時44分 )の写真 : https://archive.fo/COn7j :右岸堤防のJR線路に向かって低くなり始める手前に通行禁止のポールが4本、たっているのが分かる。決壊場所にももちろんこのポールはあったが、流されてなくなっている。ちなみにその時の皿川の状況をみるとJR線路をこえて上流に水が逆流しているのが、皿川水面に接している木の枝が作り出す水流の乱れによる白濁が上流側に伸びている事で確認できる。

この逆流画像の撮影は13日の9時44分。この時千曲川の水位は飯山観測所で10.5m(水位標高317.6m)。
皿川地点では千曲川の水位標高317.4m。
このとき皿川のダム湖の水位標高は316.9m。
従って千曲川から皿川に向かって逆流がおきていた。
そうして、逆流が起きる、という事はつまり「皿川樋門は開いていた」という事である。

・同上場所 6時05分 右岸上流から : https://archive.fo/RwfVp :この時点ですでに千曲川からの逆流による水面の白濁が確認できる。これで13日の6時05分から9時44分にかけて千曲川からJR鉄橋をこえて皿川のこの場所まで確かに千曲川の泥水が逆流した、という事が分かるのである。

このようにしてJR線路を越えた千曲川の泥水がその後に残したもの

・お宮下道路 冠水 : 有尾橋側(上流側)からの撮影

・皿川川底に残された千曲川逆流泥水が運んできた泥の堆積物:まるでバームクーヘン : https://archive.fo/obQgO

・お宮下道路 冠水 : https://archive.fo/UWXKH :下流側からの撮影

・千曲川の泥水が残した泥 : https://archive.fo/pZnmM :右岸堤防および左岸道路に残った泥の後から千曲川泥水の水位がわかる。そうして、その泥水の上を皿川上流からの「比較的ひどくない泥水が流れていた」という事もわかる。ちなみに右岸および左岸川底にその千曲川泥水が残した泥の堆積物、別名、泥のバームクーヘンが写真から確認できる。ちなみにこの巨大なバームクーヘンは現在では撤去されている。

この画像は災害発生の翌日(10/14)に地域住民総出でのお宮下道路の千曲川泥水がそこに残したはな泥を掃除する所を写したもの。奥の方では高圧洗浄機を使って最後の仕上げ洗浄をしている。(注1)

手前に写っているのは楽農家さんのタイヤローダーで、これでまずは道の上に厚く積もった泥を排除した模様。

・決壊後の皿川の状況 皿川橋より上流を写したものだが画像左下の左岸に上記と同じ泥のバームクーヘンが貼りついているのが見られる。その場所より上流側ににも同様にして貼りついていたのだが、今はそれは落下してなくなっている。 : https://archive.fo/L7Q3D 

同様にして千曲川の泥水が樋門入口に残したもの

・皿川氾濫のすぐ後の皿川樋門入口の状況 : https://archive.fo/UEdkn 

・その泥を取り除く途中の状況 : https://archive.fo/W89Rx :作業は10/21日以降に行われた模様。

・その泥を取り除いてきれいにした後の状況 : https://archive.fo/ti4ou :ここまで2019年、雪が降る前まで

・2020/4月19日15時21分12秒の皿川 : https://archive.fo/Ht7Kp :前の年にきれいにして川底のコンクリートが見えていたその上を、皿川上流からの泥水が流れている様にみえる。そうして皿川起因の泥の堆積はこの程度と思われる。

2020/7月豪雨で皿川上流から砂利が流されてきて樋門入口にたまった後の画像 :つまり皿川は大雨が降ると泥と砂利を下流に流しだすが、泥水はこの場所にはそれほどたまらずに千曲川にながれだす。それが上の写真の状況。一方で砂利は重量があるために流れの速度が遅くなるこの場所に堆積した、と言う具合だ。そしてこれが2021年の6月に掃除・方付けられて今はコンクリートの下地が見える状態になっている。(2021/6/21現在)

現状を確認したい方は : https://livecam.asia/nagano/iiyama/saragawa-saragawabashi.html :でどうぞ。

.JR鉄橋をこえて千曲川の泥水が逆流していた、という事は当然ながらその場所より手前にある右岸堤防決壊場所からは大量の千曲川の泥水が市内に向けて流れ出していた、という事である。

その状況についてはすでに前ページまでに紹介してきた以下の画像をみれば確認出来る事である。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.md/KCeME :泥水は皿川樋門がある千曲川方向(画面奥方向:ポンプ車が見える)から決壊場所に流れ込んでいる。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/gIso6 :流れ出す泥水が決壊場所でJR線路側に流れ出し、線路下の土台を削り込んでいる写真。泥水はその反動で反時計回りに渦を巻きながら線路の反対側にあたる堤防の土を丸く削り取っている。

・その場所で少し左側を見る : https://archive.fo/mWE0a :左側から線路方向に向かって泥水が勢いよく流れ込んでいるのがよく分かる。これもまた千曲川からの逆流を証拠立てている写真となる。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/uIwKu :同上シーンのより決壊場所に近づいた写真

・同上シーンの左上部の写真 写真の奥方向は皿川の下流になるのだがまるでそちらが上流の様に見える。つまり「泥水はそちら側(下流側)から決壊場所に流れ込んでいる様に見える。それはつまり「皿川の下流側の水面の水位が決壊場所の水位より高い」という事である。それでこれもまた千曲川からの逆流を証拠立てている写真となるのである。: https://archive.fo/D1brr

 

飯山市は当初は「皿川樋門は開いていた」と県に報告していた。

そうして飯山市は当初は「皿川樋門は開いていた」と理解される内容の報告を県に対して行っている。

『・飯山市からの報告(10月13日) : https://archive.fo/pl709 :18:00現在バックウォーター(逆流)が発生〜飯山市下水道課からの報告

令和元年10月13日18:00現在の「長野県災害対策本部の長野県環境部」が取りまとめた「ライフライン復旧の対応状況」の「市町村下水道施設等の対応」の飯山市からの報告には
〇飯山処理場 ポンプ施設の機能停止
①現状
 ・千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生。
 ・これにより、飯山処理場の有尾中継ポンプ場他マンホールポンプ施設3ヶ所が機能停止。
と報告され記載されています。
 ここにも、千曲川水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生。
と明記されています。』

・有尾中継ポンプ場 : https://archive.fo/WF6Y0 :左岸越水場所道路からすぐ下ったところにある飯山市の施設。ここが氾濫した水で浸水被害額3000万となった。

・あるいは以下の様な記事もあります。

「氾濫の原因はバックウオーター現象による逆流の発生」

 

注1:千曲川由来の泥と皿川由来の泥はその粘着力に大きな差があると思われる。その事について検討した内容詳細については以下の記事を参照してください。

・その15・「皿川樋門が開いていた」という事の新たな証拠の提示
皿川起因の泥水と千曲川起因の泥水はそのあとに残す泥のありさまがまるで違う。
そうして飯山市街地には明らかに千曲川起因の泥水が流れ出しており、流出した泥の量は25mプール2杯分を上回る。

追伸:(2021/7/12):皿川樋門のゲートが降りていなかった、という決定的な、直接的な画像がありました。

・水門の閉鎖、国伝えず 長野・飯山の皿川、堤防決壊 (中日) : https://www.chunichi.co.jp/article/39265 <-写真をクリックすると拡大できる。皿川で排水作業中のポンプ車1台、確認可能。ちなみにこの画像は昼ごろ飯山市がとばしたドローンによるもの。

拡大画像で皿川樋門を見てください。ゲートが降りていない事が確認できます

見にくい時は150%に拡大しましょう。はい、お疲れ様でした。貴重な画像を提供していただいた飯山市には感謝する次第であります。

おまけ:◎総務部長(栗岩康彦) 
 ドローンにつきましては、13日の午後1時半ごろからドローンによる撮影をして、市街地の状況調査を行っているところでございます。

おまけの2:近づいて堤防の上からゲートを見るとこう見えます。: https://archive.fo/nms1F

おまけの3: https://archive.fo/dHJuW

補足皿川樋門関連 ゲート上端位置と千曲川の水位について

・ゲート上端高さ : https://archive.fo/7pRbN :写真からわかる様に8.5mである。そうしてこの数字は皿川側にある水位標の高さと同じである事をしめす。

・外水位計 水位標 : https://archive.fo/xF3E6

・ゲートが開いた状態での千曲川側からの画像 : https://archive.fo/pzIvW :ゲートが降りた場合は手すりが写っている作業用の通路の部分あたりまでゲート上端が降下する事になる。

ゲートが降りた状態では・外水位計 水位標の値で5m以下にゲート上端が降りる。これは飯山水位観測所の数値に換算すると7m以下になる、ということである。

いっぽうでゲートが開いた状態では上端は8.5m、水位観測所の数値に換算で10.5mの位置にある。

さて13時半の千曲川の水位は9.17m@水位観測所である。

そうであればこの時にゲートが降りていたならば、その上端は千曲川の水の下にあって、上からでは見えない。

他方でゲートが開いていたならばその上端は千曲川の水面上に1.3m程出ている事になる。

さてそういうわけでドローンが13時半に撮影した皿川樋門の写真にゲートが写っていた、という事は「13時半にはゲートは開いていたという事である。

ちなみに河川事務所の報告によれば「樋門操作員が皿川樋門のゲートを上げる為に再出動した日時は13日の14時」と記載されている。

・情報公開請求によって河川事務所から提示された皿川樋門操作記録:https://archive.fo/NOD6b  : https://archive.fo/ffrn2

つまり「13日の13時30分には樋門操作員はまだ自宅待機中だった」のである。にもかかわらず「13時30分にゲートが上がっていた」という事は、「夜通しでゲートは上がっていた」という事になるのである。

追伸の2(2021/9/3):皿川樋門側から堤防決壊場所に水の流れがあった証拠の画像

ゴミが樋門側から堤防沿いに流れてくる元画像 : https://archive.fo/6PpWP

 ↑・画像は皿川ダム湖の右岸堤防であるが、その堤防沿いにダム湖の水面をゴミが流れてきているのが分かる。このごみは千曲川由来のゴミ(木くず)であって、千曲川から皿川樋門を通じてこちら側に流れ込んできた。そして、そのごみは通常は皿川樋門の入り口辺りで浮かんでいるものなのであるが(その状況は2021/8月大雨の時の皿川樋門のライブカメラで状況確認した : 千曲川から皿川樋門を通じて皿川側に逆流してきた、千曲川由来のゴミ、見えているホース3本は排水ポンプ車による排水の事前準備 : https://archive.fo/G117t : https://archive.fo/QUnt2 )、皿川堤防決壊により、皿川樋門側からこの決壊場所に向かって千曲川からゲートが開きっぱなしの皿川樋門を通じて逆流する強い水の流れが生じた。その水の流れにのって、樋門入口あたりに在ったゴミがここまで流されてきているのである。 : https://archive.fo/Qr36Z :<--このページの右側画像参照

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

https://archive.fo/y5k5D

 


飯山水害「なぜ皿川堤防は決壊したのか」の2

2021-06-25 13:13:10 | 日記

飯山市の対策本部の状況

その様な「大変な事態が皿川で起こっている」という事を当日はまるで認識できていなかった飯山市の対策本部の本当に残念なコメントは以下の通りです。

『◎皿川 4時15分頃 左岸堤内地の水位が低下、右岸堤内地の水位が上昇したため、この時に、決壊したと思われる。
(但し、13日の当日は、越水か決壊か不明であった。)』(注1)

市役所の議会でのやり取りを聞いていても「左岸越水は職員が確認した」という話で止まっており、実際に自分の目で右岸の越水場所、そうして決壊場所を確認したという職員の話はでてこない。つまり「右岸堤防で何が起こっているのか」を対策本部はまったくつかまずに市内に対する避難勧告を出していた事になる。

これは全く初歩的なあやまり、飯山市の対策本部は基本が出来ていないという事を示すものである。

「皿川上流に降った雨が皿川決壊の原因である」という市長の主張について

この主張が妥当なものであるのかどうか、気象庁の報告では「皿川堤防決壊は異常なものである」と言うのが結論になっています。

・元資料 気象庁 : 台風第19号の事例における雨量等の予測と実際の状況等について(速報): 特に10ページの表が重要https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jirei/sokuhou/R011012.pdf

これについては横丁大家さんが以下の様に報告されています。(一部加筆あり)

『・・・気象庁が、令和元年台風19号で、決壊した危険度分布対象河川66河川の予報と実際についてのまとめの「洪水警報の危険度分布の状況について」では、
➊極めて危険(濃い紫)は66河川中56河川(約85%)
➋非常に危険(うす紫)は66河川中9河川(約14%)
➌警戒(赤)は1河川(約2%)
だと発表しました。
気象庁の予報=➌警戒(赤)で決壊したのはたった2%の1河川でした。(引用注日本全国の中でたった一つ、皿川の右岸堤防だけでした。
ということで、1河川(2%)で警戒(赤)が出現と注記があるほどでした。

ということは、皿川流域での「土壌雨量指数」「表面雨量指数」「流域雨量指数」は、他の65河川よりも低く、警戒は必要であったけれども、➊極めて危険でも、➋非常に危険でもなかったことになります。

10月12日午前11時から13日午前11時までの24時間降水量は
斑尾観測所(市)288㎜
富倉観測所(市)207㎜
飯山市観測所(市)129㎜
飯山(アメダス)122.5㎜
だったと、飯山市の令和元年台風第19号関連災害経過報告【第4報】にあります。・・・』:  https://archive.fo/YbNOq 

・上記記事の全文 : https://archive.fo/QIVsQ

前のページで述べた様に、皿川堤防は「セミバック堤」として計画されたものではありましたが、完成にはいたっておらず、未完成のままで放置されていたのでした。それと「排水ポンプで皿川の水を千曲川に排出しなかった」->「皿川ダム湖を満水にさせた」と言うのが理由で、「たかだか警戒状態でしかないのに皿川堤防は決壊した」と気象庁が驚く事になったのでした。

そして以下もまた横丁大家さんの記事から引用となります。 : https://archive.fo/k1xPH

『セミバック堤は、
合流点に逆流防止施設(水門が多い)を設けて本川の背水が支川に及ぶのを遮断できる機能を有した堤防形態のことである。支川の計画堤防高は本川の背水位を考慮するが、支川の自己流量をもとに天端形状を設定できる。
※ 自己流堤方式
合流点に逆流防止水門と排水施設(ポンプ)を設け、本川水位が支川へ及ぶのを遮断できる場合で、かつ支川の計画堤防高を本川の背水位とは無関係に支川の計画高水位に対応する高さとする場合、この支川の堤防を自己流堤と称している。
と河川用語集にあります。』

つまり「皿川堤防は皿川樋門によって千曲川がいかに増水しようとも、樋門のゲートを降ろす事で千曲川からの泥水の皿川への逆流を防ぐことができる。そうして樋門の前にたまりこんだ皿川の水は排水ポンプで千曲川に放出する事を前提とした堤防である」という事です。

しかしながら実際の皿川堤防は公称318.0mの標高高さとなっていましたが、JR線路との接続部がそれよりも70センチほど低くなっており、その部分から皿川ダム湖が満水になった時に越水をし始めました。

まあ本来は皿川ダム湖は満水にしてはならず、その前に排水ポンプ車で排水するのが基本的な手順ですが、飯山市と河川事務所は「今回も皿川樋門は開けっ放しで行く」でという計画で合意していましたから、排水ポンプ車の事前配置はもちろんありませんでした。

さてそう言う訳で、その低い部分から満水状態の皿川ダム湖は越水し始めました。越水し始めたその部分の堤防の法面は耐水化されておらず、土を固めただけでありましたから、流れ出る水によって簡単に削り取られ、満水状態を2時間しか保持できずに決壊したのでした。(注2

これが気象庁が「警戒レベルでしかないのに皿川堤防が決壊した(のは異常である。)」と報告する事になったいきさつであります。

それでこうした人的なミスを「雨が多く降ったから、、、」と言うように「自然現象のせい」にしていたのでは、反省と言うものがなく従って進歩と言うものもそこには無いのです。

 

注1:・令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf :この資料の最後に時系列表があり、そこに記載されている飯山市のコメント参照の事。

注2:今回の堤防決壊を受けて長野県が行った決壊場所の修復完了の姿を示す。:・現状完成形 <--2020年3月25日現在

今回の災害が発生する前までにこの姿まで堤防の完成度を上げていなかったのは、長野県の怠慢、落ち度である。(=北信建設事務所の怠慢) 

決壊場所にコンクリートブロックを投入した状況を示す: https://archive.md/93ysb :

この画像から分かる様に、決壊場所の左側までは堤防の法面がコンクリートで耐水化されていた

だが決壊場所は単に土を入れて固めただけで、法面の耐水化は行われてはいなかった。

北信建設事務所はそのような状態で皿川堤防を放置していたのである。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 


飯山水害「なぜ皿川堤防は決壊したのか」の1

2021-06-23 22:26:23 | 日記

前述したように千曲川の水位上昇に伴って皿川の水が千曲川へ流れ出さなくなりました。その理由として流出が人為的に遮断されたのか、それとも自然に遮断されたのか、2つの可能性がありますが今はその真偽を問わずに話を進めます。

いずれにせよ流出できなくなった皿川の水は樋門の前に溜まりはじめ、皿川ダム湖を作りはじめます。そうしてついには満水に至り、左岸M建設側の道路へと越水し始めました。その時に皿川水位を確認しに来ていた楽農家さんが越水を確認して市役所に一報を入れました。これが皿川越水の第一報でした。

しかし後日明らかになった事はこの左岸側への越水よりも早く実は右岸堤防のある部分から越水が始まっていたのでした。その部分とは右岸堤防とJR飯山線の線路が交差する部分、その部分の堤防高さはほかの部分に比べて70センチほど低くなっており、この部分が皿川堤防の一番低い場所でした。

堤防決壊場所の修復は現在終わっており、現状でもJR線路との接続部が一番低く、標高は317.12mである、と長野県は言っています。そうしてここが低くなっている理由はJR線路に降った雨水の排水の為であり、したがって決壊前も修復が終わった現在でもその部分はJRが持っている基準に合わせて作られているものと思われます。(注1)

従って決壊前にその部分の標高がいくつであったのか、実測値は公表されてはいませんが、現状の値から大体の推測は出来る事になります。

それで左岸越水場所の標高は地図読みでは317.5mですので、その場所よりはここは40センチほどひくくなっていたと思われ、従って左岸越水よりもこの場所、右岸堤防とJR線路接続部の方が先に越水していたものと思われます。

それに加えてこの場所の皿川の水に接触する堤防の部分は耐水化されておらず、土で固めただけの構造でした。(注1)

従って越水を始めた皿川の水によって堤防のその場所の上端部は簡単に洗掘され、右岸越水開始後2時間程で決壊に至ったのでした。

決壊現場の状況

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.md/KCeME

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/SWNru

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/Hjg28

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/gIso6  :  流れ出す泥水が決壊場所でJR線路側に流れ出し、線路下の土台を削り込んでいる写真。泥水はその反動で反時計回りに渦を巻きながら線路の反対側にあたる堤防の土を丸く削り取っている。

・その場所で少し左側を見る : https://archive.fo/mWE0a :左側から線路方向に向かって泥水が勢いよく流れ込んでいるのがよく分かる。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/uIwKu :同上シーンのより決壊場所に近づいた写真

・同上シーンの左上部の写真 写真の奥方向は皿川の下流になるのだがまるでそちらが上流の様に見える。つまり「泥水はそちら側(下流側)から決壊場所に流れ込んでいる様に見える。それはつまり「皿川の下流側の水面の水位が決壊場所の水位より高い」という事である。それで「どーしてそんな事が可能になっているのか」と言うのが大問題なのである。: https://archive.fo/D1brr

なぜ皿川堤防は決壊したのか

一言でいうならば皿川右岸堤防はJR線路を堤防の一部として組み込んでいた、不完全堤防であった、という事になる。線路と言うものは堤防の代替えにはならず、堤防の上を線路は走る、と言うのが基本であるからである。(注1)

これは今回水害の前の皿川堤防かさ上げ、それから法面の耐水化や幅の拡充などの対応がとられてきてはいるが、それでもその弱点は残ったままであった。ちなみに残念な事には今回の決壊した場所の法面の耐水化は行われてはいなかった。その事が2時間と言う越水から決壊までの時間が相当に短いという印象を与える原因の一つになっている。(注2)

この点は堤防を管理・メンテナンスする責任をもつ長野県のミスであろう。この事については長野県は責任を免れない

それから、当方の見解では「樋門が開いており、そこから千曲川の泥水の無尽蔵の供給があった」という事も、越水から堤防決壊までの時間が短い事に寄与していると推定している。

もしこの千曲川からの泥水の供給がなければ、たとえば決壊までの時間が2時間ではなく4時間に延びていたかもしれない。あるいは越水は起こったが決壊そのものは免れたかもしれない。

そうであれば「皿川樋門を開けっ放しで台風19号を迎える」と計画し実行に移した飯山市と河川事務所もまたこの皿川堤防決壊の責任を免れる事はできないのである

右岸堤防決壊の飯山水害に与えた影響

皿川樋門が閉まっていたら、堤防が決壊しても市内にあふれる水の量は皿川ダム湖のおよそ3分の2~4分の3ほどの水量が、決壊しない場合に対して増えるだけであった。

だが皿川樋門が開いていた場合は、千曲川の水位上昇に伴ってほぼ無尽蔵に千曲川の泥水が皿川ダム湖をバイパスして右岸堤防決壊場所から市内に流れ出すことになる。

そうして市内に流れ出した水量、それからあとに残された膨大な量の泥の量を見るならば、千曲川の泥水が皿川を経由して市内に流れ出した、という事は明らかなのである。

つまり「皿川樋門が開いていた」という事と、「右岸堤防が決壊した」という事の相乗効果によって飯山の市街地は致命的な被害をこうむったのである。

 

注1:皿川堤防にあった2つの弱点に関しての内容詳細は以下の記事を参照ねがいます。

 ・その16・皿川堤防にあった二つの弱点
そうしてそのような重要な事実を知ろうともしない飯山市と河川事務所。
その為に「左岸から水があふれた」という住民からの重要な情報は全く生かされなかった。

注2:今回の堤防決壊を受けて長野県が行った決壊場所の修復完了の姿を示す。:・現状完成形 <--2020年3月25日現在

今回の災害が発生する前までにこの姿まで堤防の完成度を上げていなかったのは、長野県の怠慢、落ち度である。(=北信建設事務所の怠慢) 

決壊場所にコンクリートブロックを投入した状況を示す: https://archive.md/93ysb :

この画像から分かる様に、決壊場所の左側までは堤防の法面がコンクリートで耐水化されていた。

だが決壊場所は単に土を入れて固めただけで、法面の耐水化は行われてはいなかった。

北信建設事務所はそのような状態で皿川堤防を放置していたのである。

ちなみに前の北信建設事務所の所長は副市長のにいのみ氏その人である。

 

それから、飯山市議会答弁での関連する部分を以下に引用する。

『飯山市議会議事録より:令和元年12月12日(木曜日)

◆6番(松本淳一)
・・・ 千曲川が国、皿川が長野県の管理であっても、住民の生命財産を守る責務は飯山市にあります。
そのため、市長には避難勧告、避難指示を出す強い権限があるというふうに理解しています。
皿川堤防が本堤防より1.7メートル以上低い、そういう状態が57年、58年の水害の後、堤防が整備されたと思っていますので、30年以上そのままになっていたということについて、飯山市に責任はないのかお尋ねをします。


◎建設水道部長(坪根富士夫) 
 皿川につきましては、昭和60年度から平成8年度にかけ、築堤及び護岸工、橋梁工の工事を県が実施しております。
その後、平成18年(2006年)に、同年7月の千曲川洪水を受け、皿川のかさ上げを含む堤防強化等について県へ要望しております。

 当時、堤防のかさ上げについて要望しましたが、かさ上げについては、計画降水にプラスされる余裕高は確保されているという理由で実施されませんでしたが、平成20年度から平成23年度にかけ(2008~2011年)、護岸工を174メートル、堤防腹づけ工を150メートルについて実施をしていただいております。
このように、これまでも長野県において改修整備が実施されてきております。

 なお、内水排水対策につきましても、飯山市千曲川等災害対策連絡協議会を通じまして、県へ内水排水施設設置の要望を継続しているところでございます。』

そうして、残念な事にこの時の改修では今回決壊場所の法面の耐水化は行われず皿川堤防は未完成のまま放置されたのです。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 


飯山水害 皿川堤防決壊の前と後の皿川氾濫状況

2021-06-23 21:11:10 | 日記

皿川の氾濫は2つのステージに分かれます。

一番目は皿川が決壊するまでの、皿川ダム湖満水による皿川から越水した水によって引き起こされたもの。

もう一つは皿川堤防が決壊する事によって引き起こされた、いわゆる飯山水害のメインの部分です。

そうして特例的にこの2つの場合のいずれでも冠水していたのがお宮下道路でした。(後述します。)

以下の文章にでてくる皿川に関連した場所の情報について、必要な方は注1を参照願います。

1、皿川堤防決壊前 (13日の4時15分まで)

最初の越水は左岸M建設前の道路で確認されました。場所の確認用として以下の画像を上げておきます。

右岸堤防中ごろから千曲川方向、皿川橋をみたものですが、左側の屋上に看板がでているあたりがM建設前道路となります。

・午前6時30分頃 千曲川堤防方向 : https://archive.fo/6PpWP :堤防上で排水ポンプ車が排水作業中 画面左、軽トラが止まっている駐車場の前あたりの道路から左岸越水 左端の赤い屋根の後ろの建物が有尾中継ポンプ場

・同上 10月13日午前8時57分 : https://archive.fo/Z1VHE

皿川ダム湖の水位はこの時にはすでに決壊場所から外に流れ出す水量が多いために相当に低下しており、左岸の高さからも相当に低くなっている事が確認できます。

この初期の皿川氾濫で浸水被害を受けた有尾中継ポンプ場の画像はこれです。

・有尾中継ポンプ場 : https://archive.fo/WF6Y0 :左岸越水場所道路からすぐ下ったところにある飯山市の施設。ここが氾濫した水で浸水被害額3000万となった。

この場所の浸水は13日の2時15分から同日4時15分までの2時間でした。と言うのも4時15分には右岸堤防の上部が決壊しそこから市内に大量の水があふれ出した為に皿川ダム湖の水位が低下し、左岸越水は終了となったのでした。(注2)

実は左岸越水時には右岸堤防のJR線路接続部の上下(東側と西側)から越水があった事は前述した通りです。そうして西側に越水した水はまずはその場所の田んぼを満たし、その西側にある住宅地、さらにはそれを超えてその西側まで浸水したものと思われます。

・有尾橋を右岸堤防から撮影 : https://archive.fo/nUm9q

・有尾橋より上流、右岸の状況 : https://archive.fo/Tyohj

・同上 その位置からさらに左側の状況 : https://archive.fo/8YCsg

・有尾橋を渡った辺りから下流、右岸の状況 : https://archive.fo/zzzNp

同上 有尾橋を渡った辺りから南側の状況 :この辺りの場所のポイントは皿川の泥水は氾濫したのだが、千曲川の泥水はこの高さまでは来なかった、という事である。したがって、この場所では「粘着する千曲川の花泥」は確認されていない事になる。つまり「残った泥を洗い落す為の掃除は簡単だった」のである。それに対してお宮下の冠水道路は千曲川の泥が残っていたので、掃除は大変だったのである。->  https://archive.fo/pZnmM 

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/wSUAB :JR線路を越えた西側の状況。これは西側の右岸堤防がやはりJR線路との接続部がひくくなっており、そこから満水時の皿川ダム湖の水が右岸田んぼへあふれ出したのである。そして線路東側の堤防決壊によって皿川ダム湖の水位がさがり、その時点で右岸田んぼへの越水は終了した。

・同上位置から線路西側を見る : https://archive.fo/wiSm8 :有尾橋を南側に渡り切った所にある住宅あたりと手前の田んぼの浸水状況。右下に堤防の通行止めポールが確認できる。 

・同上場所の時間がもっと後(10/13 午前9時44分 )の写真 : https://archive.fo/COn7j :右岸堤防のJR線路に向かって低くなり始める手前に通行禁止のポールが4本、たっているのが分かる。決壊場所にももちろんこのポールはあったが、流されてなくなっている。

さてでは線路東側に越水した水はどうだったのか?堤防が決壊する前ですから濁流となって流れ出す、ということはなく西側と同様の景色が広がっていたものと思われます。水深については西側報告によればひざ下10センチあたりという事ですので、その程度の浸水が東側でも確認できたものと思われます。(注3)

それで残念ながらこの時点での東側の浸水状況を記録した画像は入手していません。

さてそれで右岸堤防のJR線路との接続部から西側への越水は東側の堤防の上部が決壊する事で皿川ダム湖の水位が低下し、左岸への越水同様に4時15分頃には終了となりました。

だがしかし東側への越水、ではなくもうこの時点では堤防の決壊による氾濫水の流出になりますが、それが4時15分から本格的に時始まった事になります。(注2)

2、皿川堤防決壊後(13日の4時15分以降)

今回の話の舞台を確認しておく。: https://archive.fo/1TV1g :JR線路と堤防の交差する所が決壊場所。その皿川の下にある2つの建物が北町住宅。その住宅の南側直下に道がある。その住宅から千曲川の堤防と千曲川を見渡す事が出来る。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/uIwKu :決壊場所から外側にある遊園地(滑り台が見える)に流れ出す泥水。この泥水が左側にある北町住宅に向かって流れる。

・皿川決壊現場(10/13 午前 6 時) : https://archive.fo/EncRq :少し左側をみる。奥に写っているのが北町住宅。

(・同上の水が引いた後の景色 : https://archive.fo/0O1iv :左端に水没したかわいそうな軽トラが写っています。<-次の画像でメインで登場)

・上記画像の左側部分にある遊園地の写真 フェンスの左側が遊園地 : https://archive.fo/hJCg5 :この泥水が北町住宅をはさんで南側と北側から皿川橋に通じる市道に向かって流れ出す。

・これは川ではない。決壊場所から流れ出した直後の濁流の姿であり、北町、県営住宅直下の南側道路を流れ下る泥水である。 :13日10時35分 この状況では濁流の中は歩けない。北町住宅孤立化。

・これは湖ではない。同上の位置から少し西側を写したもの。奥に見える建物は飯山高校の校舎。 :13日10時35分

・川の中に家が建っているのではない。北町住宅から流れ出した泥水の先にある北町の浸水状況 : https://archive.fo/GZ4NE :10月13日朝撮影 赤い屋根と後ろの青い屋根のあいだに市内から皿川橋に北上する道路が走っていて、その道の奥が畑になっている。青い屋根の後ろが千曲川堤防でその後ろが千曲川。

さてこうして見てきたように、これだけの水量の泥水を千曲川の支流に過ぎない一本の山から下ってくる渓流が生み出している、と見るのであれば、その人の感性、常識と言うものを当方は疑う事になる。:普段の皿川の流れ 2019年12月3日 : http://archive.fo/oSOTT : 

 

注1: ・その25-1・皿川のフォトアルバム を参照願います。

注2:飯山市公表第二報時系列表から抜粋:『◎皿川 4時15分頃 左岸堤内地の水位が低下、右岸堤内地の水位が上昇したため、この時に、決壊したと思われる。
(但し、13日の当日は、越水か決壊か不明であった。)』

注3:東側越水について、北町住宅住人の方の投稿があった。

『長野県は、飯山は、大丈夫だと思ってた。
夜中に起きたら、外は膝下まで水位上がってて。
3時に起きて、母とともに車を高台へ移動。
今は、家の裏の川が決壊してしまった。
消防の人が安否確認に来てくれただけで安心した。
身の安全を守ろう 皆さんもお気をつけて!!!』

北町住宅あたりの3時頃の越水状況は西側と同程度であり、ひざ下までの水深はあったが歩いて移動、あるいは車の移動も可能であった模様。

もう一人の方の証言も上げておこう。この方の住宅はコシナより南側の市道に面した場所。 : ・消防団の経験生かす・車とバイクは高台へ (北信ローカル) : https://archive.fo/SJ1gS

『午前2~3時頃から水が入りはじめ、4時には濁流でタイヤや軽いものが流れてきた。1階の車庫と倉庫が1m、腰辺りまで浸水し・・・』とある。前半部分の「午前2~3時頃から水が入りはじめ」は東側への越水をしめしており、「4時には濁流で」は堤防決壊後の状況を示している。そうしてその時点であの場所で水深が1mであるから、その流れ出した流量たるやすごいものであった。

さらにもう一方。この方の住宅もこの皿川橋に通じる市道に面した場所である。: ・消防団がいてくれたから気付いた・市の情報もっと早ければ対応できた (北信ローカル) : https://archive.fo/YhORN

『午前3時には浸水がはじまっていて・・・』の内容は同上の方と同じ。『泥が20センチもつもり・・・』は決壊した後の泥水1mがその場所に残した泥の厚さである。

上記お二方の住宅のある場所は、といえば : https://archive.fo/Td9og :飯山市立しろやま保育園とある「園」の字に近い場所である。そうであれば、越水場所から相当に離れた場所にまで決壊前にすでに水が浸水していた事が分かる。:https://archive.fo/lyQ81 <--画像の奥が皿川橋になっている。この道を奥から手前に4時15分に皿川堤防が決壊した事によって発生した濁流が下って行ったのである。

そうして、以下の様な報告をされた方もある。

・あの日の時系列<訂正> : https://archive.fo/r4y4U :0334 救急車現場を出発→中町交番前→本町信号左折→中央橋西右折R117堤防バイパスへ→ローソン静間店前の道路が南進車線冠水の為、反対車線に半分ハミ出して走行→古牧橋を通過→0357 病院到着

救急車で皿川橋あたりから北信病院まで搬送された。その時の記録。3時35分には市内から皿川橋に通じる道路は浸水はあったが通行可能であった模様。そうしてまた3時45分ごろにはバイパスローソンまえで千曲川からの浸水が始まっていた事がわかる。その場所の標高は319.3m。

・右岸越水場所に一番近い所の一戸建て住宅にお住いのT男さん(ちなみにこの方は氏子総代とのこと)の証言。

Y崎市議「・・・T男ちゃ(決壊現場に一番近い家の主)が堤防を見に行ったら水が溢れ始めてたって言ってた」・・・

↑まあ2時頃には右岸のJR接続部から越水していた、ということでしょうね。でもこの方は市役所には連絡しなかった模様。この時はまだ「漏れ方があまりひどくはなかった」と言う可能性があります。

・台風19号による内水氾濫により、飯山市北町にある「長野県営住宅北町団地=2棟56戸」も浸水〜 : https://ameblo.jp/mto193914/entry-12541021761.html : https://archive.fo/sNygb

『北町団地は、台風19号による内水氾濫による飯山市街地の浸水の大きな要因となった皿川のすぐ近くにあります。
特にB棟の西側近くには、今回越水し、決壊したと言われる皿川右岸堤防と、JR飯山線の接合部分があります。今朝(11月1日)、この北町団地に住むKさんからこのような話をお聞きしました。

「13日、午前2時30分ごろ、Aさんが車を出そうとした時に団地内に水が流れていたと言っていた」
「すぐ裏の皿川越水する可能性があることも、越水して決壊したという情報もなく、20台以上の車を、みすみす水没させてしまった」
「もっと的確な情報が欲しかった」
「午前4時15分に決壊したというが、皿川の水は、もっと早くから団地内に溢れていた」』

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台風19号 飯山水害の研究・一覧


飯山水害「なぜ皿川は氾濫したのか」の2

2021-06-19 12:33:55 | 日記

さて、前のページでは台風19号襲来時の飯山地方の河川の危険度分布、カラーパターンを確認しました。それで、その時に飯山地方の実際の浸水状況はどうであったのか、河川事務所が報告しています。

令和元年東日本台風(台風第19号)による千曲川・犀川出水状況 : http://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/bousai/shussui/20191012kouzui/sokuhou.pdf

上記資料の25ページに飯山地方の浸水した場所が赤く色付けされ識別できるようになっています。

それに対して飯山市が公表した浸水場所は以下の資料の後ろから2ページ目にあります。

令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】 : https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf

一目で飯山市の報告が大幅に過小報告になっている事が分かります。特にひどいのは戸狩、広井川樋門から南側の広いエリアが浸水した事が飯山市は報告していない事です。

同様にまた、柏尾橋の下流、右岸側の浸水は報告されていません。そうしてまた同様に宮沢川の氾濫も無視され、報告されていません

飯山市の報告は以上の様に「相当に信頼性がない」という事が分かります。


飯山地方の洪水の危険度分布との関連

前ページで確認したように千曲川、樽川、広井川はカラーパターンを確認する限りでは相当にあぶない状況でした。

千曲川は静間バイパスの北と南で氾濫、それから川面地区で氾濫しました。カラーパターンの予測があっていた事になります。

樽川は幸運な事に氾濫は起こりませんでした。

そうして広井川も広範囲にわたって氾濫した様に見えますが、ここのエリアは日光川樋管のゲート半開きによる千曲川からの逆流の影響が含まれますので、単独で広井川が氾濫したのかどうか、判別がつきません。

また戸狩の今井川遊水地を含む場所が氾濫した様にみえますが、カラーパターンでは今井川は紫パターンまではいっていません。この部分も日光川樋管からの千曲川からの逆流の影響があったとおもわれ、今井川単独で氾濫したのか疑問が残ります。

そうして危険度分布では川を流れ下る水量としてはそれほどに危ないとはなっていなかった宮沢川と皿川が氾濫したのでした。

さてこれは一体どうしたことでしょうか?

宮沢川と皿川に共通する事

いちおう宮沢川と皿川を対象にして話をすすめます。両方ともに西の山に降った雨水の影響を受けます。そうして最終的に千曲川に流れ込みます。その流れ込む場所には樋門が設置され千曲川の水位上昇に伴い、支流側にバックウオーターの影響がでてきて支流の水位が上昇し、支流氾濫の危険が想定される場合は樋門のゲートをおろして排水ポンプによって支流の水を千曲川に排出する事になります。

宮沢川樋門は確かにゲートを降ろしました。そうして準備した排水ポンプを稼働させた模様です。だが排水ポンプの排出量が十分ではなかった為にその場所では支流の水が宮沢川と千曲川堤防に挟まれた、田畑の部分にあふれ出しました。

皿川はどうだったのでしょうか?皿川もまた千曲川の水位上昇にしたがってバックウオーターの影響がでてきて皿川の水位が上昇します。

問題はその次の状況です。皿川の水位が上昇し、樋門入口のトンネル上端をこえてそれをふさぐほどになった時に、今までは千曲川に流れ出していた皿川の水が流れださなくなりました。

そうして急速に皿川の水位が上昇し始めたのでした。皿川上流からはそれなりの流量で水が流れ込みますから、千曲川に排出されない水はどんどんとその場所に溜まりこみ、皿川ダム湖を作り出していきます。

そのダム湖の上限は上流にある英岩寺橋上流まで千曲川堤防から550mの距離を持ちます。

その様にして皿川ダム湖に溜まりこんだ水が13日の2時15分に左岸、有尾側に越水し始めたのでした。

そうしてまた同じころに皿川右岸堤防とJR線路との交差する部分から越水が始まりました。

これが皿川が氾濫した当時の状況です。

さてそうなると「なぜ急に今まで流れ出していた皿川の水が千曲川に流れ出さなくなったのか?」という事になります。

仮説その1:それで河川事務所はこういうのです。「それは皿川樋門のゲートを操作員が降ろしたからだ」と。(注1)

仮説その2:それに対して当方の主張する所は「バックウオーターによって皿川の水が千曲川に流れ出さなくなった」と言います。

仮説その2はしたがって「皿川樋門は開いていた。ゲートは降りていなかった。」とも主張しています。

いずれにせよ、皿川が氾濫した原因は

原因その1:「皿川の水が千曲川に流れ出さなくなって、その場所に水が溜まりこみ、皿川ダム湖をつくりだし、ついにはあふれた」という事になります。(注1)

原因その2:水がたまってきた時に「排水ポンプによる皿川の水を千曲川に排出する作業を行わなかった」ので皿川の水はあふれ出したのでした。(注1)

ちなみに「仮説その1」を採用した場合「なぜ排水ポンプ車を皿川に事前配置してから樋門のゲートを下げなかったのか?」という「非常に大事な、常識的な疑問」がわいてきます。

そうしてその疑問に対する答えは今の所、飯山市あるいは河川事務所のいずれからも提示されていません

その様に排水ポンプを事前準備してから樋門・樋管のゲートを降ろす、というのは常識でありゲート操作の基本的な手順です。

実際に宮沢川樋門、日光川樋管、今井川樋管ではその様な「事前の排水ポンプの準備」がなされておりました。(注2)

おだての排水機場と広井川樋門は自前の備え付けの排水ポンプを持ちます。

さて、ではどうして皿川樋門のみ、排水ポンプの事前準備なしで樋門を閉めたのですか?

「仮説その1」を採用した場合はこの疑問に答える必要があります。

注1: 皿川ダムが満杯になってあふれる直前の画像。橋の横を通してあるパイプのすぐ下に水面が来ている。パイプに取り付けられた矢羽根が左端に一部写っている。 : https://archive.fo/8BoDL 

同じ場所の昼間の画像、皿川橋の歩道の上からパイプごしにダム湖水面を写したと思われる。 : https://archive.fo/UIiXi

この写真を撮った後皿川はすぐに越水しこの方はその事を市役所に通報しました。: 写真にあるコメントー>10/13 02:15皿川の高水福祉会側に越水が始まったので市役所に通報 :  https://archive.fo/lEUqK

この時には排水ポンプ車も樋門操作員も樋門操作室の明かりも確認できなかった、と証言されています。同様にして「12日の21時から皿川樋門に出向いて警戒していた、とされている樋門操作員および樋門操作室の明かり」は13日の1時にも確認出来なかった、とこの方は言われます。

この方のガレージが皿川越水場所のすぐそばにあるために1時にも皿川の様子を見に来ていたのです。だがそのときも皿川樋門周辺はまっくらで、皿川橋の街路灯の明かりのみがついていたのでした。そうしてこの場所からは皿川樋門操作室がはっきりと見通せるのです。 : https://archive.fo/8OtKY 

さてこの年の翌年7月にも千曲川増水がありました。その時のこの方の投稿記事です。 : https://archive.fo/TiPQw :下から1枚目と2枚目に今回の状況の写真があります。一枚目は警戒中の車の写真、そして2枚目は皿川樋門操作室の2つの窓に灯る明かりです。

この記事にある様に「台風19号、千曲川増水、皿川氾濫の時にはこのようではなかった」と証言されています。

そう言う訳で、2つ目の重要な質問が提示されます。

「仮説その1」で登場する「ゲートを1時44分に下した」とされる樋門操作員は皿川樋門で12日21時から監視業務に従事し、そうして本当にゲートを降ろしたのですか? なにより操作員は1時44分に皿川樋門にいたのですか?

追記 :河川事務所が提示してきた「委託樋門操作員提出の皿川樋門操作報告書」。: https://archive.fo/NOD6b :そこには操作員が12日の20時55分から警戒態勢に入った、と明示されています。そうしてゲートを下げた時刻が13日の1時44分。さてそうであれば12日の21時から13日の2時過ぎまでは皿川樋門操作室に明かりが灯っていた事になります。

さてその明かり、どうして皿川の水位を確認されにたびたび皿川を訪れていた楽農家さんによって確認されなかったのでしょうか?

この件詳細については、以下の記事も参照願います。

・その12・お話にならない河川事務所の回答 その2
三度現場確認されたが、樋門操作室に灯っている明かり、そうして活動中の樋門操作員を見る事はなかった。
「1時44分に樋門を閉めた」と河川事務所が主張している樋門操作員は13日にはその場所にはいなかった。

注2:戸狩地区 日光川樋管、今井川樋管、広井川樋門についてのポンプ車の事前配備および追加配備状況については以下の記事を参照願います。

・その10-1・今回初めて排水ポンプ車の事前準備なしで皿川樋門を閉じました。
『「千曲川堤防に危機が迫っているので皿川樋門を閉めた」と主張する河川事務所の説明には相当な無理がある。
そうして当方の主張は「皿川樋門は閉じられなかった」であり、河川事務所の主張とは真逆です。
今回の飯山水害の悲劇は「妥当な水防計画を飯山市が立てる事ができなかった」という事にすべて起因しています。』

そうして宮沢川樋門については飯山市議さんの取材によって事前に排水ポンプが準備されていた事が分かっております。

追記:なぜ河川事務所は「樋門を閉めた」と言いたいのでしょうか?飯山市がたてた水防計画に従って「皿川樋門は開けっ放しだった」とは言わないのでしょうか?

それはこの皿川樋門を閉めたり開けたりする権限は河川事務所にあるからです。

そうであればいかに飯山市が「今回も皿川樋門は開けっ放しで、ポンプ車の事前準備はなし。」と決めて河川事務所とその事について事前合意していたとしても前半部分は河川事務所を拘束できません。あくまで樋門の開け閉めは河川事務所の判断、決定によるのです。

そうしてあの超大型の台風19号襲来時に樋門を開けっ放しにしておく河川事務所があったとしたら、それはまったく常識では考えられない存在、そんな事があってそれが原因で水害が出たとしたらとんでもない非難が河川事務所に向かう事になります。

それにくらべれば「樋門は閉めたが飯山市には連絡しなかった」と公表した方が、確かにそれでも非難はされるでしょうが、非難の程度は段違い、という事になります。

そうであれば何としても河川事務所は「樋門は閉めた」と言う事になります。

ちなみに後半の「ポンプ車の事前準備はなし。」という飯山市の判断には河川事務所は基本的に従う様です。そういうわけで皿川樋門にはポンプ車は事前配備されませんでした。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 

 

 


飯山水害「なぜ皿川は氾濫したのか」の1

2021-06-18 10:40:29 | 日記

「なぜ皿川は氾濫したのか」というテーマで始めましょう。まずは全体像の再確認から。

・令和1年10月13日 台風19号 飯山市街地被害状況 :ドローンによる空撮映像

まあ本当にひどいものです。まるで千曲川が氾濫したみたいであります。でもこれは皿川堤防が決壊して、そこから市内に流れ出した泥水の映像なのです。


・次は皿川堤防決壊場所。画面左上から右下に皿川が流れています。左下から右上に横切っているのはJR飯山線の線路です。その交差する所で皿川右岸堤防は決壊しました。

https://archive.fo/IZCQL

線路より上側は単に田んぼから住宅地に水が堤防を越えて越水しそのあたりを水浸しにした事を示しています。それに対して線路より下側の場所の堤防は決壊したのでした。

それで飯山市は「飯山の西の山、斑尾と富倉峠あたりに記録的な豪雨があった。その為に大量の水が皿川に流れ込んだ。」と。

 

令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf :の資料から飯山市の主張する所の雨量データを引用すれば以下の様になります。

『○降水量情報
 10 月 12 日午前 11 時~13 日午前 10 時までの 24 時間降水量 
・斑尾観測所(市) 288mm 
・富倉観測所(市) 207mm
 ・飯山観測所(市) 129mm
 ・飯山(アメダス) 122.5mm』

(市)は市が設立した雨量観測点を示します。このデータの斑尾か富倉か、いずれの観測点で「歴代記録を更新する雨量を観測した」と言うのです。これは言外に「まあそういうわけで、皿川が氾濫してもおかしくないよね」という市役所の声が聞こえてきます。

さらに市役所は「河川事務所が市役所に連絡なしで皿川樋門を、排水ポンプ車の事前準備もなしで勝手に閉めた」と主張します。というか、明言はしてはいませんがマスコミ発表の内容は(下記参照)、これもまた「言外に」ではありますが市役所のそういう声が聞こえてくるようです。

・皿川の水門閉鎖、国交省が飯山市に通知せず 30分後越水し中心部浸水 (信毎Web:2019/11/24) : http://archive.md/jBxn9

とてもわかりやすい説明ですよね。飯山の西の山に大量の雨が降った。その雨水が皿川に流れ込んできた。だが河川事務所が皿川樋門をしめたので、しかもポンプ車による排水がなかったから、皿川が氾濫した、と。まあそういう事になっています。そうしてこの「分かりやすい説明」でマスコミも世間も納得している様であります。

だがしかし、事実はそんなに簡単なものではありません。残念ながらそんなに分かりやすいものでもないのです。

ちなみに上記の説明のなかで「排水ポンプ車の事前準備なしで」とありますが、この事前準備をする主体は飯山市なのです。そうして飯山市がその様に排水ポンプ車を事前準備・事前に依頼していなかった理由は飯山市がたてた水防計画にあります。「今回の台風19号を迎えるにあたっては従来通り皿川樋門は開けっ放し対応とする」とそこには書かれていたはずです。

しかしそのような内容は上記のマスコミ発表の中には出てきません。あのマスコミ発表は「悪いのは河川事務所で、飯山市にはおちどがない」と主張するのが目的だったからです。

 

まあそれはさておき、それでは一つづつ検討していきましょう。「西の山に大量の雨が降ってそれが皿川に流れ込んだ。したがって皿川の流量も記録的なものになっていたに違いない」という主張は本当でしょうか?

たかだか2つの観測点のデータでそこまでの主張が出来るのでしょうか?

その主張に対して気象庁は「点で降水量をとらえるよりは、レーダー画像で、面で降水量をとらえた方が正確である」といいます。

そうして「雨が降った場所の地形やその場所の表面状態を考慮して、どれだけの雨水が皿川に流れ込んだのかを計算するのがよい」といいます。

そうやって気象庁は「流域雨量指数」を計算しました。皿川の上流に降った雨から皿川の流量を計算したのです。気象データがある限りの過去から現在までの流量を計算し、皿川が氾濫した、という過去の記録をしらべて流量から危険度という評価値をだしました。それが今ではアメダス表示で「キキクル」として表示される河川のカラーパターンそのものであります。(注1)

その様にして気象庁が台風19号襲来時に計算した日本全国の河川のカラーパターンが公開されています。

https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/meshjirei/jirei03/suigaimesh/flood.html 

上記アドレスをクリックすると気象庁の台風19号の記録ページに行けます。画面に出てくる2つの小ウインドウは「閉じる」をクリックして消します。後は地図を拡大、移動させて飯山市を画面センターに持ってきます。

最初の画面は10月11日0時時点での計算結果で、その時は長野県の河川はオールグリーン(オール水色)でした。画面のすぐ上に時刻をコントロールできるスライダーが付いています。それで13日0時まで移動させると、多色のカラーパターンが表れます。そしてスライダーを右、左に動かす事で任意の時間でのカラーパターンを確認できます。

地図を拡大させると河川の名称が表れます。千曲川はその時には真っ黒で、これはすでに「災害が起きてもおかしくはない状態」を示します。千曲川以外の中小河川のカラーパターンの解釈については画面右側の下段説明を参照します。

それで、特に注意すべきことはスライダー表示時刻は気象庁がそのパターンを計算した時刻で、「計算された結果、カラーパターンそのものは3時間後のその河川の予測状態である」、という事です。

たとえば皿川に2回目の赤色が点灯するのはスライダー時刻では10月12日、19時50分ですが、それは皿川の3時間後の状態を示しており、つまり22時50分に皿川下流域は注意レベルの黄色から警戒レベルの赤色にあがる、という事です。

そうであれば「濃い紫が表れたら」3時間後はその場所にいてはいけない、という事になります。

ただしこの計算にはいくつかの前提条件が付きます。皿川の例でいいますと、計算モデルには樋門構造は入っていません。皿川の終点まで流れ着いた水は千曲川の水位がどれほど高くても千曲川に流れ込む、と言う前提で計算されます。したがってバックウオーターも考慮されず、樋門構造のまえで水が溜まりこむ、という事もありません。

そして千曲川の例で言いますと、西大滝ダムは計算の中には入りません。いつでもダムはゲート全開状態となっているのと同じ事です。

さてそういう訳で、まずは穂保あたり、いつ濃い赤色から黒に変わったか、と言いますと12日の20時30分です。つまり12日の23時30分にはその場所にいてはいけない、という事です。そうして穂保が越水したのは13日の0時55分でした。

・令和元年台風第19号 千曲川災害の概要 : 土木学会水工学委員会「令和元年台風19 号豪雨災害調査団」速報会、令和元年12月6日(金)

資料21ページに堤防に設置されていた監視カメラによる越水の状況が分かる連続写真あり。

さて、以上の様な事を参考に飯山地方の河川の状況をみますれば、千曲川、樽川、広井川あたりの状況が悪く、皿川といえば「それほどは悪くない」と言えます。

つまり「台風19号で皿川の流れ下った水量は皿川堤防を越える程に多くはない、驚くほどの量ではない」という事になります。

このページでの結論:確かに台風19号で皿川上流の山地に多くの雨が降ったのではあるが、それが皿川にあたえる影響は飯山地方の河川の中ではそれほどに目立たず、まあ平均的なレベルである、と言えそうです。

そうしてまた「皿川自身の歴史の中でも驚くほどの量ではない」と言えます。

 

注1:このあたり詳細な議論と皿川での対応する計算結果が必要な方は以下の記事を参照願います。

・その21・「洪水警報の危険度分布」および「流域雨量指数」についての概説 -->「その22」
「流域雨量指数」によって見たい川の水位の状況が分かる。
今後、今回の水害を受けて皿川の洪水警報基準の値が変更されるかどうかは要注意事項である。

・その22・千曲川の「洪水警報の危険度分布」の状況と避難勧告の実際についてのレビュー -->「その24」、「その25-1~5」
台風19号では相当早いタイミングで飯山地域の千曲川の「洪水警報の危険度分布」には「赤色」や「黒色」が現れました。
そうして飯山市は「そのような傾向はこれからも続くであろう」という事を理解している必要があります。

・その25-1・皿川のフォトアルバム
皿川上流域からの流量を計算するための舞台の説明

・その25-2・樋門を閉めた時点での皿川上流域から時間当たり流れ込んだ水量の算出
加えて、皿川下流域(英岩寺あたり)での水位の経時変化の確認

・その25-3・12日~13日の皿川上流域からの時間ごとの流入水量を求めた
流域雨量指数計算で気象庁が使っているマニング公式による。

・その25-4・飯山市と河川事務所の主張の通りに今回の水害を構成し検証した。
その結果は現実に起きた事と全く一致しないものとなった。
そのようになった原因は「飯山市と河川事務所の主張が現実に一致していないものであるから」という事になる。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 


台風19号 飯山 千曲川避難勧告発令の3

2021-06-16 17:50:08 | 日記

足立市長と飯山市が繰り返してきた説明、主張について。

足立市長の主張と言うものは、「俺は千曲川の事をよく知っている。したがって俺が決めた避難勧告のルールであっても、俺自身はそのルールにしばられない」という「とんでもないもの」である。

それは丁度警察が交通ルールを決めるが、白バイ隊員が「俺は運転が上手だから、交通ルールには縛られない」というのと同じことである。

そうしてまた「避難勧告は俺が全責任をもって出すもの」であれば「その結果については俺が全責任を持つ」ともいう。

だがしかし「市長の全責任の取り方」というものは「単なる言い逃れでしかない」という事は「皿川氾濫で対策本部が適切にすばやく対応出来ず、そのために被害を何倍にも大きくした」という事実に対して、いままで市長や市役所が繰り返してきた説明や実行してきた損害賠償について振り返ってみれば十分に分かる事なのである。

さて「その1」では次の様に述べた。

『6、飯山市街地に対する避難勧告の発令はなし。そうして浸水被害発生は表面上は無い事になってはいるが、実は千曲川からの浸水被害は発生していた。

そうしてまた、こうした実際の目に見える形の被害の発生とは別に「ルール無視により飯山市民に対して無用のリスクを負わせた」という「目には見えないが非常に危険な行為を飯山市がやっていた事」はページをあらためて「その2」で記述する事とする。』

こうしてとうとうこのテーマは「その3」にまでのばされてきたのであるが、結局のところは「被害がでなかったのだからいいだろう」という市長の主張を認めるのか、それとも松本議員がいう様に「それはたまたま今回はうまく行っただけであって、基本的に避難勧告のルールの運用のやり方が市長は間違っている」を認めるのか、という話になる。

そうして当方の立場と言えば「ルールはそれを作った人も含めて遵守するのが妥当である」と言うものである。

避難勧告を、たとえば「周りが暗いから出せない」とか「避難所の準備が間に合わず、避難所が混乱するからだせない」などと言うのは「2次的な事」であり、千曲川堤防が決壊する事のリスクに比べれば本当に些細な事であるからである。

以上の内容に対する足立市長の態度と言うものは市議会での松本議員との質疑応答によく表れていると思われる。

従ってここではそれを見ていただくのが良いと思われる。

・参考資料の11-2 :・足立市長が主張する「2時ごろに入手した河川事務所からの天端まで1mの余裕」と言う情報は河川事務所からの公式な情報とは言えない。そのような「いいかげんであやふやな情報」を根拠として避難勧告を発令しなかった市長のやり方については、到底認める事が出来ない。

・参考資料の11-3 :・松本議員の正論に対する足立市長の回答、渡辺議員の質問に答える形での足立市長からの重要な情報の公開など。

誰かが言っていましたが「足立市長の態度は市民に対して素直ではない」と。

残念ではありますが当方もその様に感じている次第であります。

 

追記:皿川が氾濫した事実を確認した時になぜ「皿川樋門を閉めろ」と河川事務所も市役所も樋門操作員に指示しなかったのか?、、、について。

河川事務所は3時15分に飯山市にかけた電話で「樋門を閉めていないのに皿川が氾濫した」という情報を入手したものと思われます。: 令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】 https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf :最後のページに載っている時系列表を参照願います。

その時までに市役所は樋門操作員と連絡を取り合い「皿川樋門は予定に従って何もせず開けっ放しである事」を確認していました。

さてここで河川事務所も市役所も選択を迫られます。

現状のまま、開けっ放しでいくのか、それとも皿川が氾濫したので樋門をしめるのか?

そうして出した結論が「現状のままで開けっ放しでよい」と。あるいは何らかの都合で「樋門を閉める事が出来ず、開けっ放しで行くしかない」となったのかもしれません。(注1)

まあそれでも皿川が氾濫したのだからポンプ車を送ろうか、あるいは送ってくれ、と言う話になって「ポンプ車一台追加」となったのが3時30分でした。

しかし状況は想定を裏切り、つまりは「皿川は越水はするが決壊はしないだろう」という読みははずれて皿川堤防は右岸のJR接続部、一番低く、そうしてまた耐水性もない場所から決壊したのでした。

その様に皿川堤防が決壊してしまいますと、千曲川の水位上昇に伴って「閉められていない皿川樋門」から千曲川の泥水がどんどんと無尽蔵に皿川側に流れ込み、そうして堤防の決壊場所から市街地側に流れ出しました。

こうして状況は想定をうわ回って最悪となり、今回の飯山の大水害は引き起こされる事になったのでした。

そうであればこれは皿川氾濫ではありません。

皿川+千曲川の氾濫」なのであります。

注1:皿川が氾濫した事実を確認した以降も皿川樋門が開けっ放しだった理由

最初は樋門操作員が実は樋門を操作できなかった、という可能性について。

と言うのもこの時に二人の樋門操作員にゲート操作を委託されていた皿川樋門、栄川樋管、飯山樋管のいずれもゲートを操作する予定がなかった、いずれの樋門、樋管も開けっ放しでよく、つまり事実上は「名前だけの委託操作員」でよく、それはつまりこの委託業務は「何もしないが委託料はもらえる」という「おいしい仕事だった」という事を意味します。

だがしかし飯山市はこの「何もしない委託樋門操作員」の仕事を「消防団員にあっせん」し、つまりは「河川事務所に推薦」し、そのかわりに飯山水位測定所での水位測定の仕事と雨水排水ポンプ場のゲート操作の仕事をやらせていたのでした。(注2

こういうのを何というのでしょうねえ、足立さん。まあ「まっとうな取引、契約の仕方ではない」という事だけは当方にも分かりますが、、、。

さてそうではない可能性、それは長年動かしていない皿川樋門であれば動くかどうか、全く予想が出来なかった、この場合、動かそうとしたらゲートが途中で引っかかって下まで降り切らなかった、それはあたかも日光川樋管の左側ゲートの様でありますが、その様な状態で固定してしまったら、それこそ大変な事、後日、千曲川の水が正常な水位に戻った時に「河川事務所のメンテナンス不足が皿川氾濫の原因である事」が誰の目にも明らかになってしまうからであります。

あるいは動かない、故障していたという事が事前に分かっていた可能性もあります。この場合は樋門操作員が操作できようができまいがそれに関係なく、ゲートは開けっ放しにしておく以外に方法はありません。

さて以上の2つの可能性、樋門操作員が操作できない、という事もなく、なおかつ、確かに正常に皿川樋門は動く事が確認できていた、とするならば、残された可能性は「河川事務所と飯山市が皿川が氾濫した現在でも開けっ放しでよい、と判断した」という事になります。

ちなみに上記で述べたような「樋門操作員と飯山市の不適切な関係の可能性」を指摘した以降、現在では栄川樋管と飯山樋管の委託先は飯山市に変更され、皿川樋門だけが「消防団員が操作を委託される樋門」となったのであります。

そうして又飯山水位観測所での1時間に一回の目視水位測定、という「今の時代に合わない水位測定方法」も見直され、皿川樋管の外水位計をレーザー水位計に変更し、これによって測定範囲を今までの「水位が5m以上では測定できなくなる」という点を改善し、飯山市が飯山水位観測所の代替えとして使える自動水位測定所としたのであります。

ちなみに一時間に一回の水位測定で今までどうやって適切なタイミングで避難勧告が出せたのか、市役所の担当者には是非ともご教授いただきたいものであります。

注2:委託樋門操作員の事など

どうやって樋門操作員は選ばれるのか :

・その10-2・千曲川河川事務所と電話で話したよ。
その結果分かった事は「地元の委託された樋門操作員」は「皿川樋門の近所に住んでいる、飯山市から河川事務所に推薦された方である。」という事です。
しかし、その方がどのような選考基準で選ばれたのか、どのような教育訓練を受け、どのような資格をお持ちなのかについては一切が公開されていません。

飯山での委託樋門操作員のお仕事内容について :

・その28・2年前の台風21号の時にも栄川樋管は開きっぱなしであった。

この記事についても「飯山市からの情報公開前にかかれたもの」であったので、訂正が必要になった。しかし「国の委託樋門操作員が市の仕事である水位観測員を兼務していた」という結論部分は変わる事はない。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧

 


台風19号 飯山 千曲川避難勧告発令の2

2021-06-16 13:19:18 | 日記

さて「その1」では次の様に述べた。

『6、飯山市街地に対する避難勧告の発令はなし。そうして上記4か所以外の浸水被害発生は表面上は無い事になってはいるが、実は千曲川からの浸水被害は発生していた。・・・』

それでまずは実際に千曲川からの浸水被害があった事について語ろう。

・日光川樋管 河川事務所の管理責任放棄の件

戸狩の日光川樋管では左側ゲートが途中までしかおり切らず、そのために樋管を通じて千曲川の泥水が大量に戸狩側に流入した。閉めるべき樋管が実は半分、開いていたのである。そしてこの事実は今まで長年に渡って見逃されていた事であった。

それでこの事は樋管の動作確認・メンテナンスを行うべき責任をもつ河川事務所の大きな手抜き、失敗であった。その不具合を指摘したのは当方である。それで現状はその指摘に対応する形で一応、左ゲートの不具合は復旧している模様である。この件、内容詳細については注1の記事を参照のこと。(注1)

しかし市役所の報告ではこの場所の浸水被害は広井川、あるいは今井川からの浸水による「内水氾濫である」とされている。

・有尾樋管 消防団ゲート閉め忘れ市役所管理責任放棄の件

有尾樋管は本来の閉めるべき時間に閉められず、翌日の昼ごろになってようやく閉鎖された。したがってこの樋管を通じても千曲川から大量の泥水が有尾側に流れ込んだ。この樋管の閉め忘れの件は市役所、消防団共に認めている事実である。

この場所には皿川からの水も越水してきてはいるが、その時間はたかだか2時間であり、他方で千曲川からの浸水時間はその何倍にもあたるのである。(注2)

それで、この場所の報告はそのようにして千曲川からの外水氾濫がメインであるにもかかわらず、皿川氾濫による「内水氾濫」とされている。

・JAの葬儀場 :飯山市の報告では黄金石エリア浸水とされている場所:だが実際は有尾樋管開きっぱなしでの千曲川からの逆流泥水がここまで流れてきている。

・静間樋管 消防団ゲート閉め忘れ市役所管理責任放棄の件

静間樋管は本来の閉めるべき時間に閉められず、ずうっと開けっ放しだった。したがってこの樋管を通じても千曲川から大量の泥水が県町側に流れ込んだ。だがしかし市役所と消防団は「静間樋管は所定の時間に閉めた」と主張している。

それで、この場所の報告はそのようにして千曲川からの外水氾濫であるにもかかわらず、皿川氾濫による「内水氾濫」とされている。(注3)

しかしながら近ごろ報告された飯山市の資料によれば「県町の氾濫は皿川からの水ではない」と訂正された。(注4)

・皿川樋門 開けっ放しで台風19号を向かえる、という飯山市立案の水防計画にそって、実際に皿川樋門は開けっ放しだった件 (注5)

さてこの件は公式には「皿川の内水氾濫である」とされているものではあるが、実際は皿川樋門は当初の水防計画にしたがって「ずうっと開けっ放しだった」というもの。そうして千曲川からの逆流泥水による被害たるや甚大なものではあったのだが、皿川上流からの水が氾濫した事の陰に千曲川からの逆流泥水氾濫の事実は隠されてしまい、「誰にでも一目でその事実がわかる」と言う状況ではなかった。

だが丹念に状況を確認してみれば、千曲川からの逆流があった事はたしかであり、それはつまり河川事務所が「皿川樋門は閉じた」と主張している事は事実ではなく、「皿川樋門は実際には開いていた」という事である。

その事を主なテーマとしてまとめたものが「シリウス日記」であり、内容については : 飯山市の皿川氾濫に見る問題点の検討・一覧/ :にあたっていただくのがよい。

そうして、その中でも端的な目に見える形で、というならば 

: ・その9・千曲川河川事務所が皿川樋門を再び開けた時刻を公開しました。
情報公開請求によりダンマリを続けられなくなった千曲川河川事務所。しかし開示された記録は机の前で行った河川事務所の作文だった。
・・・
このページの追伸に逆流が起きていた時の決定的な写真を追加・掲載した。
是非とも読者各位のご確認をお願いしたい。(2020/1/27) :を参照していただくのがよい。

但しページ内の動画へのリンクは、かつてはそれで見る事が出来たが、いまはリンクが切られている様である。そのかわり、と言っては何だが一連の静止画が掲載されており、内容は十分に確認可能である。

さて以上の内容に続いて『こうした実際の目に見える形の被害の発生とは別に「ルール無視により飯山市民に対して無用のリスクを負わせた」という「目には見えないが非常に危険な行為を飯山市がやっていた事」はページをあらためて「その3」で記述する事とする。』

注1:戸狩の日光川樋管での左側ゲート不具合の件

・その33-1・日光川樋管の左側ゲートが途中で引っかかっていて半開きだった件

本来は全閉としなくてはいけない状況にもかかわらず、ゲートの不具合によって樋管が半開きであり、そこから千曲川の水が日光川に逆流し、その場所で何度も浸水被害を引き起こしていた。

・その33-2・台風19号の時もそのようであり、そのためにこの場所では浸水被害がでた

・その33-3・台風19号の2年前の台風でも、この場所で浸水被害が出た。

追記(2021/8/17):8月15日からの大雨対応で日光川樋管のゲートがおろされた。そうして問題の左ゲートも今回は正常に下りた事を確認できた。ちなみに今回、柏尾橋ピークは11.85mで2017年の台風21号と同等以上であった。にもかかわらず、台風21号の時には発生した浸水被害は発生せず、今井川の遊水池もまったく満水にはならなかったのである。

注2:有尾樋管 消防団ゲート閉め忘れの件

・32-1・有尾樋管が開けっ放しで、有尾地区に浸水被害をもたらした件 

飯山市は「内水による氾濫」としていますが、実は主要因は千曲川からの有尾樋管開けっ放しによる逆流水による氾濫、が正しいのであり「内水+外水による氾濫」と分類するのが正確であります。

・32-2・どうして有尾樋管が開きっぱなしだったのか?市側の回答は事実なのか?

市議会でこの件について問われた市役所は「市街地各所に出水があり、消防団へ他からの出動要請があったため」有尾樋管を閉じる事が出来なかった、と言い訳をしていますが、有尾樋管を閉じるべき時刻には市内のどこにも水はあふれておらず、したがって「消防団へ他からの出動要請があった」と言う内容は事実と反している、ですから飯山市の回答は「虚偽答弁である」という事になります。

注3:静間樋管 消防団ゲート閉め忘れの件

・その34-1・県町区の氾濫は皿川からの氾濫水による内水氾濫ではない。

さてそうなりますと市役所も認めるであろう「県町住宅の駐車場を60センチの浸水深で満たした泥水はどこから来たのか」という事になります。

・その34-2・県町区の氾濫は静間樋管を逆流した千曲川からの氾濫水による外水氾濫である。

県町を中心とした場所に流れ込んだのは千曲川からの逆流泥水である。

・その34-3・さて「台風19号での静間樋管での氾濫は3回目である」という証言を得ている。

「前回は平成18年であった」と聞いているので、その例について検証した。

注4:「県町の氾濫は皿川からの水ではない」と訂正された件。

・飯山市まちづくり基本計画(都市計画マスタープラン・立地適正化計画)令和3年 3月:https://www.city.iiyama.nagano.jp/soshiki/machizukuri/keikaku/oshirase.htm/oshirase.htm

 ・第四章 立地適正化計画:https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/keikaku/20210506-041036.pdf :P112およびp113に今回の台風19号での市街地浸水エリア実績表示あり。但し有尾地区への浸水実績は表示されていない。<--千曲川からの外水氾濫と皿川氾濫が混在していた為かと思われるが詳細は不明。但し県町エリアの浸水被害については「皿川からの氾濫水ではない」と市役所が認めている表示になっている。<--静間樋管の閉め忘れによる、千曲川からの逆流泥水による氾濫である、と認めている。

注5:今回の皿川氾濫がおこる前までの10年間、台風の時に皿川樋門は開けっ放しで大丈夫だった。だから今回も開けっ放しでOKと読んだ飯山市。

・その7・なぜ2年前の台風では皿川樋門は開きっぱなしでよかったのか? ーー>「その8」
2年前はピーク水位が8mであり、この値が皿川樋門あけっぱなし対応の限界値。
10年ほど前までは台風の時は皿川樋門を閉じてすぐに排水ポンプ車で排水をしていた。

・その8・合理的な検証抜きで、経験則のみに頼っている飯山市と河川事務所の判断ミス -->「その20」
皿川樋門開きっぱなし対応の限度は千曲川水位が8.0mまで。

・その20・過去の3つの災害事例と今回の台風19号事例についての要因分析
千曲川の水位の上昇タイミングと皿川上流域にいつ、どの程度の最大降水量が発生したかがポイントとなる。
そのような複合タイプの基準で皿川の状況を判断しないと今後も判断ミスをすることになる。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧


台風19号 飯山 千曲川避難勧告発令の1

2021-06-16 12:37:54 | 日記

さて避難勧告についてここでは見てゆく事とする。そうしてここでは「千曲川増水に対して適切に避難勧告が出せたのかどうか」という点に焦点を合わせる。というのも飯山地方は過去に大きな被害を出した千曲川、樽川、そうしてそれ以外の千曲川に流れ込む支流による氾濫を警戒しなくてはならない場所であるからであって、それらの河川全部に対する避難勧告の在り方を一度に扱う事は無理があり、混乱を招くだけであるからである。

飯山 千曲川に対する避難勧告発令状況

まずは市長の言い分から。

『千曲川の氾濫であれば上流域も含めて水位などの情報が得られて「避難勧告を出す体制は確立している」』というものである。 :  https://archive.fo/DdTXX

さて、この主張は本当であろうか? 「令和元年台風19号台風関連災害経過報告 令和元年 10 月 17 日午後 4 時現在」 : https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1017iiyama.pdf :から以下、引用する。但し( )内数値は対応する時刻の千曲川水位@飯山観測所であり追記したものである。

『3.勧告等  
 10 月 12 日(土) 
 20:15 常盤・木島地区 避難準備情報 (4.31m)
 20:45 常盤・木島地区 避難勧告(4.64m)
 
 10 月 13 日(日)  
  2:50 上組(一部)・中山根(一部)・伍位野(一部) 避難勧告(9.46m)
 
 4:00 大久保(バイパス沿い一部) 避難指示(10.20m)
 
  5:30 関沢区(一部) 避難勧告(10.84m)
 
 川面地区および静間バイパスに対する避難勧告の発令はなし。だが浸水被害発生。

飯山市街地に対する避難勧告の発令はなし。

そうして上記4か所以外の浸水被害発生は表面上は無い事になってはいるが、実は他の場所でも千曲川からの浸水被害は発生していた。ーー>有尾地区、県町地区、そうして皿川をバイパスしての飯山市街地の浸水は千曲川からの浸水である。
 
 9:15 木島・常盤(冠水部分を除く)・伍位野・ 上組・中山根・ 避難勧告 解除(10.63m)

10 月 14 日(月) 9:00 市内に発令していた全ての避難指示・勧告 解除(3.5m未満)』

そうして、以下は避難勧告 判断基準水位である。

『・台風19号襲来当時の飯山市の避難勧告等の飯山水位観測所での基準値一覧 :注意 現時点での基準は変更されている可能性があり、下記数値とは一致しない場合がある。

 飯山水位観測所  発令水位基準    観測水位(13日実測データ)

 ・避難準備:高齢者等避難開始 9.0m   2時  8.86m

 ・避難勧告          9.4m   3時  9.58m

 ・避難指示         10.0m   4時 10.20m』

以上の事から分かる事をまとめる。

常盤・木島地区 避難勧告 は異常に早い。

この2つのエリアは過去に大きな水害に遭っており、したがって住民の水害に対する警戒意識も高く、また事前避難についての要求も高い。したがって市役所は対応する避難所の開設も早くしており、相当前にも関わらずに避難勧告が発令できたのである。 

上組(一部)・中山根(一部)・伍位野(一部) 避難勧告 はルール通りに見える。

但しルールではこのような(一部)と言うような「場所限定の勧告」は定めておらず、従ってたとえばこのエリアに関係する宮沢川樋門の操作担当者からの発令依頼、あるいは地元区長からの依頼に応じたものであると思われる。とはいえ、この辺りの水位で発令されるのが本来の避難勧告の姿である。

大久保(バイパス沿い一部) 避難指示 は「越水、浸水している」の現地からの報告を受けたものである

この時刻以降のものはすでに千曲川からの浸水を受けた後の市役所の対応である。

関沢区(一部) 避難勧告はルールの基準水位を大幅に超えており、ほとんど千曲川のピーク水位到達時刻である。という事はこの場所も「すでに浸水した後での避難勧告発令である」という事が分かる。

川面地区および静間バイパスに対する避難勧告の発令はなし、これら2つのエリアについては対策本部は事前想定をしておらず、そのために「何もできていない状況」であった。そしてこの場所の実際の浸水状況は以下の記事で確認できる。 : ・台風19号 飯山での千曲川の状況 :

飯山市街地に対する避難勧告の発令はなし。そうして浸水被害発生は表面上は無い事になってはいるが、実は千曲川からの浸水被害は発生していた。

そうしてまた、こうした実際の目に見える形の被害の発生とは別に「ルール無視により飯山市民に対して無用のリスクを負わせた」という「目には見えないが非常に危険な行為を飯山市がやっていた事」はページをあらためて「その2」で記述する事とする。

、木島・常盤(冠水部分を除く)・伍位野・ 上組・中山根・ 避難勧告 解除(10.63m)。飯山市が持っている避難勧告マニュアルには発令基準はあっても、解除基準がない模様である。そうであれば計画高水位10.4mを水位が十分に下回らなくても平気で避難勧告を解除しているのである。

以上の内容が「客観的な評価結果」というものである。この結果をみればわかる様に足立さんが主張しているような『千曲川の氾濫であれば上流域も含めて水位などの情報が得られて「避難勧告を出す体制は確立している」などというレベルには遠く及ばす「まるで達していない」というのが飯山市の実力なのである。

そうしてまたこれで分かる様に「事前に想定していた状況、事態」であれば「決められたシナリオに従って行動する事は出来る」のではあるが、「事前想定を超えた事態の発生」に対しては、飯山市はまるで無力である、ということも分かるのである。

ちなみに、その程度のレベルにある飯山市であれば、「市街地に避難勧告を出す時に参照するべき水位として立ヶ花と並んで市川橋の水位」をあげて説明、答弁している。これはマニュアルにそう書かれているから、その様に答えているのではあるが、飯山市街地より相当に下流にある市川橋の水位を何故参照しなくてはならないのか、少しも疑問に思わず、マニュアルを棒読みして答えているのである。

マニュアルに市川橋の水位が書かれているのは、もちろんその場所よりも下流域にある場所に対して避難勧告を出すかどうか、判断する為のものである。

そうして、その程度のマニュアル理解であれば、戸狩エリアを含んで柏尾橋から市川橋までの間の場所の避難勧告判断については柏尾橋の水位を判断基準にしなくてはならない、という事が分からない。

したがって、その様に避難勧告マニュアルを改訂しなくてはならない、という事にもまるで気が付かないのである。

そうしてこれが市役所が川面地区に避難勧告を出せなかった理由でもある。

追記:上記で述べている浸水被害を受けた場所の位置詳細については次の資料の後ろから2ページ目を見られたい。

令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】 https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf :時系列については最後のページに載っている時系列表を参照願います。

 

台風19号 飯山水害の研究・一覧

 

 

 


台風19号 飯山での千曲川の状況

2021-06-12 11:52:16 | 日記

台風19号襲来時、飯山での千曲川の状況といえば川面地区およびその下流域での千曲川氾濫、そうして静間バイパスでの千曲川の氾濫である。

いずれの場所についても飯山市は避難勧告を出していないのであり、大変なミスをしているのである。

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動画 ↓

・【台風19号】『避難指示解除直後』長野県飯山市、木島側堤防より増水した千曲川と中央橋を撮影

 ・避難指示解除直後と翌10月14日の比較

 ・千曲川の木島側堤防より飯山側を撮影 :奥に中央橋が見える

 ・木島側堤防より千曲川に架かる綱切橋を撮影

・台風19号 10月13日 長野県飯山市 千曲川【情報共有用】 :早朝の安田橋(綱切り橋)の水位状況と静間バイパス沿いの千曲川氾濫による浸水状況

・川面地区の千曲川氾濫の動画は下記URLの上から4つ目の映像にあります。
撮影時刻は13日7時06分。
https://matomedane.jp/page/39432
動画のコメントには「今まで、ここまで増水した事はない。多分、過去50年で最大」と記されています。: https://archive.fo/xSBlP :水がない時はこういう景色

・令和1年10月13日 台風19号 飯山市街地被害状況 :ドローンによる空撮映像

・@STADIOGAKU: https://x.com/STADIOGAKU/status/1183335222521159681 :

↑動画
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↓静止画

・台風19号 飯山市千曲川の氾濫危険水位 [7枚]
  投稿日 : 2019年10月13日
 ・県道414号から見たR292号 古牧橋と千曲川の水位

 ・飯山市 大関橋の千曲川水位

 ・飯山市 R117号 常磐大橋を渡ったローソン付近の新潟方面通行止めと千曲川の水位

 ・飯山市 R117号 常磐大橋を渡ったセブンイレブン前の千曲川の水位

 ・飯山市 R117号 「花の駅 千曲川」前の千曲川の水位

 ・飯山市 R117号 有尾交差点 飯山市内方面の通行止め

 ・飯山市 R292号 藤ノ木交差点 新潟方面 富倉峠通行止め

・2019.10.13「超大型台風19号による飯山市内の千曲川の状況に驚愕」 :『湯滝橋と戸狩の間の集落。河川敷の田圃・畑、県道408号線は完全に水没。家々も床上浸水か?水害に備えて、県道からかさ上げして高いところにある家が多かったが・・・・。』<--湯滝橋と戸狩の間の集落とは、上記の川面地区動画のまさにその場所です。: https://archive.md/7rbpZ :

・13日午前8時頃 車の助手席 楽農家さん、北信病院からの帰り道(中野~飯山 旧道)で撮影

 ・新幹線の橋の下 : https://archive.fo/Ii4g7

 ・綱切橋(手前の欄干)と新幹線の橋 : https://archive.fo/UdygJ :この時刻での堤防に対する千曲川の水位が観察できる。飯山観測所8時での水位10.96m。ピーク到達が7時(11.10m)だからそこから少しだけ下がった状況。

千曲川水位に対してこの場所の堤防高さは相当に余裕がある。

 

・静間バイパス沿い 千曲川水位上昇による浸水
 ・その2
 ・その3

最初の写真の左側の写真はヤマダ電機の位置、そうして右側の写真が今回対象とするエリアの写真になります。
なおページに示されている日時はサンフランシスコ時間であり、日本時間に換算すると最初のは13日の午前11時52分、水位観測所では9.68mの水位、二枚目は12時17分、三枚目は7時31分、千曲川水位は11.07mのほぼピーク水位での撮影でした。

この場所には静間簡易郵便局がありこの区域が浸水がひどかった模様です。
この場所の地図は「静間簡易郵便局」でググってもらえればヒットします。

航空写真はこちらです。
http://archive.md/p05Ek
右下に千曲川があり、この区域は堤防はなく、山から続く自然の斜面になっています。
そうして右下から左上に簡易郵便局の横を通る道沿いに水が上がってきたものと思われます。



・上記エリア(区画)の南側にあるパチンコ屋さんの駐車場から千曲川を撮った写真を以下に示します。
http://archive.fo/6avcY
http://archive.fo/u3TFZ
右側が千曲川上流となり、向う岸の山の手前に見えるのは北陸新幹線の高架レールです。

・これが静間バイパス南端の千曲川からの浸水被害を受けた時の写真です。(左側の写真:拡大して見てください)

ヤマダ電機あたりから奥に向かって水が右側の千曲川から流れ込んできています。
そして奥の方にローソンのカンバンがみえます。
その奥にあるのは「すき家」の建物です。

写真にある時刻はサンフランシスコ時間で、日本時間に直すと13日の午前11時52分、飯山水位観測所では9.68m程の水位でした。水がない時はこんな感じです。

それでこの写真の右側に写っているのは「Sキューブバイパス店とその駐車場」です。
但し飯山市発令の避難勧告の中にはこのエリアを対象としたものは見当たりません。

・綱切り橋 :但し表示時刻はサンフランシスコタイムか:現地時間の 2019年10月12日17時15分 サマータイム中 は、日本時間の 2019年10月13日9時15分です。

・10月13日6時31分:中央橋上流から撮影

・今井区 : 今井区とあるが川面地区である。撮影時刻は13日の5時41分。

・古牧橋 : https://matomedane.jp/page/39432 : https://archive.md/wULW9 : 橋げたに迫る水位で、この後通行止めになったと記憶している。手前が飯山側。右側が上流。

↑静止画
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↓ブログ

・左・木島地区、右・飯山市街 ・・・ ここは、国道117号 ... :広井川での消防団の排水作業の活動がわかる

↑ブログ
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↓関連資料

・自然災害警防計画 水害対策計画 令和2年3月 一部改正 岳北消防本部 :この計画は、岳北消防本部警防規程第 10 条第1項第5号の水害について定めるもので、大雨等により千曲川の水位が上昇し、千曲川及び樽川が氾濫又は氾濫する危険があり、消防庁舎及び業務の維持が困難となった場合、消防力を維持し円滑な業務継続を図るために定めるものである。

フェーズ3:消防長は飯山市災害警戒本部(又は災害対策本部)に携帯無線をもって移動。・・・

・長野県飯山市における 2019 年台風 19 号水害について :飯山高校 生徒諸君によるまとめ ↓

  ↑・皿川ダム湖水位がいかに異常であるのか、が分かる写真 (上から7段目 左側の写真 ): https://archive.fo/8inba :何故これほどの水量が堤防決壊場所から外側にあふれ出している、にもかかわらず、ダム湖の水位は一向に下がってはいない様子。こんな事は千曲川からの逆流の存在なくしてはありえない事だ。

  ↑・飯山市 消防団 第一分団による ポンプ場手前での排水作業 (ページ右側の写真) : https://archive.fo/UvZPe

  ↑・右側の画像は皿川ダム湖の右岸堤防であるが、その堤防沿いにダム湖の水面をゴミが流れてきているのが分かる。このごみは千曲川由来のゴミ(木くず)であって、千曲川から皿川樋門を通じてこちら側に流れ込んできた。そして、そのごみは通常は皿川樋門の入り口辺りで浮かんでいるものなのであるが(その状況は2021/8月大雨の時の皿川樋門のライブカメラで状況確認した)、皿川堤防決壊により、皿川樋門側からこの決壊場所に向かって千曲川からゲートが開きっぱなしの皿川樋門を通じて逆流する強い水の流れが生じた。その水の流れにのって、樋門入口あたりに在ったゴミがここまで流されてきているのである。 : https://archive.fo/Qr36Z

上記の元画像 : https://archive.fo/6PpWP

  ↑・右側の画像は13日1時半に飛んだ飯山市のドローンによってあばかれた皿川樋門ゲートが開いていた事が分かる証拠写真 : https://archive.fo/xK6LW :画像を拡大すると青色のゲートが水面上に出ているのがわかる。ゲートが降りていた場合は、水面の下に隠れてゲートは見えないはずであるが、この写真によれば「ゲートは上がっていた」のである。

    この件、より解像度の高い画像は以下の資料にある

   ・水門の閉鎖、国伝えず 長野・飯山の皿川、堤防決壊 (中日) : https://www.chunichi.co.jp/article/39265 :画像をクリックすると、拡大画像になる。さらにそれをPCの拡大機能を使って確認されたい。

 ・SAR画像を用いた千曲川氾濫域抽出と浸水深推定 飯山および木島側

・日本災害看護学会先遣隊 台風第 19 号活動報告 (長野県) 飯山赤十字病院およびボランティアセンター訪問記

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台風19号 飯山水害の研究・一覧


台風19号 長野市 穂保地区の状況

2021-06-11 19:08:34 | 日記

・台風19号 長野市の千曲川の堤防決壊 広範囲で住宅に濁流

・一面泥、絶句する住民「どう片付けたら」 決壊の千曲川

・長野市の千曲川の堤防決壊 広範囲で住宅に濁流

・台風19号で氾濫した長野県の千曲川流域

・長野県長野市大字穂保付近の被害箇所1(令和元年10月13日撮影)

・【台風19号】千曲川決壊の被害状況 14日撮影

・ドローン撮影 千曲川氾濫3

・千曲川氾濫の浸水地域、救助完了 孤立の病院などから

 

 

千曲川の堤防が決壊したらどういう事になるのか、という事がよく分かる動画資料です。

そうしてこれは他人事ではなく、飯山でも千曲川堤防決壊で起こりうる姿なのです。

ちなみに穂保では最大時、毎秒900トンの水が流れ出した、とされています。

 

関連資料

・令和元年台風第19号 千曲川災害の概要 : 土木学会水工学委員会「令和元年台風19 号豪雨災害調査団」速報会、令和元年12月6日(金)

資料21ページに堤防に設置されていた監視カメラによる越水の状況が分かる連続写真あり。

・同様の内容+一部追加の資料by信大 吉谷

・昨秋の水害の一因となった千曲川狭窄部、河道掘削工事へ

・令和元年 台風15号・19号(2) 千曲川・信濃川の全域の被害 : 千曲川~信濃川の標高差表示、および狭さく部の川幅表示あり。

・SAR画像を用いた千曲川氾濫域抽出と浸水深推定 長野市決壊場所etc

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台風19号 飯山水害の研究・一覧


毎秒9000トン、流れてきていたらどうなっていたか?

2021-06-09 12:24:58 | 日記

飯山観測所から立ヶ花までは19km。そこを洪水時は100分で流れてきた。秒速3.17mである。

飯山観測所のピーク水位は11.1mとされている。これが毎秒8100トン流れてきた時の水位。(注1

堤防天端まではあと90センチ。長野市で決壊がなければあと900トン、流れ下ってくるはずだった。さて、この900トンが追加された時に飯山観測所での水位はいくつになるか?と言うのが大問題である

地図からの読み取りでは飯山観測所から対岸の堤防までは506m。残った越水までの堤防高さが0.9m。掛け合わせると断面積が455.4m^2.

水は秒速3.17mであるから掛け合わせると1443.6m^3=1443.6トン。

ここから900トンを引くと残りは544トン。これはつまり「堤防天端まであと34センチ残すだけ」ということである。

もちろん上記計算は概算であって、正確なものではないが、毎秒9000トンの水が流れるといかに危険であるか、この程度の計算でもよく分かるのである。

そうして 穂保地区の堤防はこの9000トンの水に耐え切れずに越水、決壊したのであった。

ちなみに新聞記事によれば

・国交省、流量目標引き上げへ 千曲川の安全確保 /長野2020/11/27 信毎 : https://archive.fo/uuxdf : 台風19号の際の立ケ花観測所(中野市)の流量は、決壊した千曲川堤防(長野市穂保)からの流出分も含めて最大で毎秒9000トンに達していたとみられる。だが、現行の整備計画は被災前にまとめたものだったため、当時は戦後最大とされた1983年の台風10号を念頭に置いた毎秒約7300トンの流量で目標設定していた。

・千曲川増水 整備計画で目標としていた流量上回る:信毎2020年2月28日 : https://archive.fo/zxAZZ : 昨年の台風19号による千曲川の増水で、中野市立ケ花と千曲市杭瀬下で観測した最大流量(暫定値)がそれぞれ毎秒8100トン、同5900トンだったことが27日、国土交通省千曲川河川事務所(長野市)の調査で分かった。ともに現行の整備計画で目標としていた流量をそれぞれ毎秒800トン、同1900トン上回っていた。両地点には水位観測所を設置している。・・・
 国の「信濃川水系河川整備計画」では、おおむね2044年度までに、氾濫を防ぐために定める流量を、立ケ花で毎秒7300トン、杭瀬下で同4千トン確保するとしている。・・・<--ここまで記事引用

そうしてこの目標流量、毎秒7300トンであると上記の前提で計算するならば、飯山観測所の水位は11.1mから約50センチ下がり10.6m程になる。

これは飯山観測所の計画高水位10.4mよりも20センチ高い値ではあるが、今回計算の前提となっている数値精度からいえば「まあこんな所であろう」というもの、つまりは今回の計算は大外れではない、と言う事になる。(注1

さてそうであれば飯山の住民は毎秒7300トン程度であれば「まあ逃げなくてもよいか」という事ではあるが、それを超える流量が流れてきた時は「安全第一」として「逃げるが勝」という事になる。

飯山観測所で避難勧告を出すべき水位9.4mに達した時には、この洪水で飯山に到達する最大流量は分かっていなかった。そしてその場合は「安全側に判断して、避難勧告を出す」と言うのがマニュアルで決められたルールであった。だが市長は「独自の足立理論でそう判断せず」そうして「避難勧告を発令せず」そのために多くの市民を「とる必要のない千曲川氾濫というリスク」にさらした。(注1

この行為は一人の個人とその家族に限定するのであれば許されるやもしれないが、自治体の長としては到底許されるものではない。

そうであれば飯山の住民は「そのような市長のもとに暮らしているのだ」という事を肝に銘じておくべきなのである。

危ないのは千曲川の増水ではあるが、飯山においては同程度に市長もまた「危ない」のである。

注1:飯山観測所での水位の経時変化、計画高水位と避難勧告発令水位についての内容詳細については ・引用資料ー1 :を参照願います。

追伸:国が毎秒9000トン流れ込んだ時の対応策として、現在より水位を1.5m下げる事を緊急のテーマとしてやり始めた事。これはつまり「現在の堤防高さでは9000トン流れ込むと水位は堤防天端にまで到達し、千曲川堤防として決めれれている余裕高さ1.5mが取れなくなる事」を国自身が、河川事務所が認めた事になる。

以下にその事を認めた「飯山市 令和 3年  3月 定例会(第376回) 03月05日-03号」から相当部分を示す。

『◆11番(佐藤正夫) 
 緑新会の佐藤正夫です。
 発言を許されましたので、通告に基づき順次質問してまいります。

 私は大きく3点でありますが、1点目の緊急治水対策プロジェクト(千曲川)です。これについて大きく2点質問します。

 まず1点目は、蓮沖の遊水地計画についてであります。
 一昨年の台風19号の災害の後、大きな計画が持ち上がりまして、地元ではきっと大変戸惑っているんではないかなと思うわけであります。そうかといって大変必要な施設であると私どもは思うわけでありますが、災害を未然に防ぐために前に進めていただきたいとこう思うわけであります。

 ①として、千曲川緊急治水対策出張所が地元に対し、計画の説明に入っているとお聞きしますが、市はその説明会に常に同席しているのかお聞きします。

・・・

◆11番(佐藤正夫) 
 分かりました。
 2番目の戸狩狭窄部の河道掘削について質問させていただきますが、先日千曲川緊急治水対策出張所の説明では、湯滝橋上流で右岸側、左岸側の河道を掘削するとのことでありましたが、どのくらいの効果があるのか、狭窄部上流での堰上がりを防げるのかお聞きします。

◎建設水道部長(村上透) 
 戸狩狭窄部の河道掘削につきましては、信濃川水系緊急治水対策プロジェクトとしまして、令和9年度までに令和元年東日本台風洪水における千曲川本川からの越水等による家屋部の浸水を防止することを目標としまして、堤防整備強化、そして遊水池の整備等とともに、狭窄部の流下能力向上を目的に河道の掘削を行うこととしております。

 遊水池整備や河道掘削を実施することによりまして、千曲川と樽川合流点付近におきまして、プロジェクト完了年度になります令和9年度末で河道での水位をプロジェクト前の水位から約150センチの低減を図るとのことでございます。
 以上です。<--引用終わり

 

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