シリウス日記

そうだ、本当のことを言おう。

その21・飯山市の皿川氾濫に見る問題点の検討

2020-01-12 12:29:16 | 日記

今回の台風19号の時に公開されていた「洪水警報の危険度分布」をそのまま気象庁は「災害事例検証用」として公開してくれた。
まずはこの事について気象庁には大いに感謝するものである。

洪水警報の危険度分布 (2019/10/11 00:00 ~ 2019/10/15 00:00)
https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/meshjirei/jirei03/suigaimesh/flood.html

このデータから多くの自治体が、あるいは各水防組織、そうして各個人が学べる事は多くある様に思う。
特に避難勧告を出す義務を持つ各自治体関係者はこのデータから今回の対応が適切であったのかどうかは検証可能であると思われる。

さてそうなのではあるが、何分とも気象庁の「洪水警報の危険度分布」の説明、そうしてそれのベースになっている「流域雨量指数」についての説明は詳細なのではあるが、なかなか理解しにくいものである。
そうなると「洪水警報の危険度分布」をブラックボックスとして扱い、単に表示されているカラーパターンをみてそれで実際の対応を決める、という事をやりかねない。

そうして、そのようなやり方は簡便で便利なのではあるが、他方でやはり限界があり、場合によっては「洪水警報の危険度分布」を間違って使ってしまう、という事にもなりうる。
使っているツールの概要ぐらいは知っておかないとそういう事が起こりうる。

まあそういう訳で、当方が理解できた範囲内でなるべく簡単にこれらのものを説明してみようと思う。

もちろん「詳細な説明」は気象庁のHPにあるのであるから、それをそのまま理解できる方、そうしてその様な時間を作れる方はそうすべきである。
しかし「そうはいってもなかなか時間と暇がない」という方にとってもここでの説明がそれなりに有効なものになる様にはしたいと思う。

さてそういう訳で、まずは「流域雨量指数」から始めよう。
山に降った雨は、あるいは平地に降った雨はいずれは川に流れ込む、として川の流量を計算しているものが「流域雨量指数」計算の正体である。

その際に雨が降った地表の状態、コンクリートか土か草地か田んぼか、そういう表面状態は地図データから読み取る。
都市部では降った雨はほぼ100%の雨水が川にたどり着くとされ、非都市部では100%ではないがそれに近い値が川に流れ込むとして計算される。

それからもちろん地表の傾きも読み取り、雨が流れる方向を求めている。
こうして雨水が合わさった形で川の流量が計算されることになる。

そうやって計算された川の流量(m^3/秒:毎秒何立方メートルか)の値の平方根、流量の平方根をとって「流域雨量指数」としている。
流域雨量指数とは
http://archive.md/dbunw

但しこうして計算された流量は実際に河川に流れている流量よりは相当に大きな値として計算される様である。
したがって「流域雨量指数」を二乗することではその河川の実際の流量は求める事はできない。

実際の河川の流量を求めるには、「流域雨量指数」を計算した方法を参考にしながら、また別の方法によらなくてはならない。(注1)
しかしそうやって計算された流量がまったく意味のない、仮想のものかといえばそんなことはなく、降水量と1対1の関係はつけられているのである。

そうして、そうやって求めた流量の平方根を「流域雨量指数」としている。
「その心は」といえば「流域雨量指数」が川の水位の値と線形になる様に、比例関係になる様にモデルと計算方法を作り上げた、という事になる。

つまり「流域雨量指数」に所定の比例係数をかけるとその川の水位をそれなりの精度で表すことができる様にしたのである。
その状況というものは上記ページの一番下にアニメーションが表示されているからそれで確認願いたい。(注2)<--こちらにも参考資料あり。

ただしその「所定の比例係数」は各河川の各観測場所それぞれに固有のものであって、それを前もって知る事はできず、実際にその場所で水位データをとって「流域雨量指数」と比較することでようやく明らかにできる、というものである。

さてこの「流域雨量指数」は、時間軸方向に対しては拡大、縮小されておらず、その対応は1対1でできている。
それはつまり対象河川の水位の上昇する様子、ピークになる時刻、そうして水位が下がる状況がわかる、ということである。

以上が「流域雨量指数」の概要となる。
気象庁はなるべく簡単なモデルで、地図データとレーダー解析の降水量データから洪水を予測できるシステムを作ろうとして、この方法にたどり着いた。

その結果は、日本全国の主要河川のみならず2万の小河川の状況までリアルタイムで予測できるという、これは相当に革新的なシステムの完成となった訳である。

次はこの「流域雨量指数」をつかってどうやって「洪水警報の危険度分布」をだしているのか、と言う話になる。
大抵我々が考え付く事は「実際の堤防の高さと実際の水位とが分からなくては警報は出せないだろう」という事である。

そうしてそれは従来からやってきている「水位を観測して堤防の高さとの関係を考慮して警報を出す」という方法そのものである。
しかしながら、「流域雨量指数」は実際の水位と比例関係にはあるものの、実際の水位の値を教えない。

それではどうするか、という事で気象庁が考えたのが以下の方法である。
洪水警報の危険度分布
http://archive.md/EjS34

以下「洪水警報の危険度分布」引用からの引用。

『 流域雨量指数そのものは、値が大きいほど洪水害リスクが高まることを示す相対的な指標であり、重大な洪水害のおそれがあるかどうか等を判断するには、これだけでは十分ではありません。
 そこで、過去の洪水害発生時の流域雨量指数の値から「流域雨量指数がこの数値を超えると重大な洪水害がいつ発生してもおかしくない」という数値を洪水警報の基準に設定しています。
なお、過去に重大な洪水害の発生が確認されていない河川については、流域雨量指数の過去データを基に、30年に一度超えるかどうかという値(30年確率値)を洪水警報の基準に設定しています。』
・・・
『洪水警報等の基準値は、河川流域毎かつ市町村毎に過去の洪水害発生時の流域雨量指数の値を25年分以上にわたって網羅的に調査した上で設定しています。
これにより、流域雨量指数の計算では考慮されていない要素(貯留施設等の影響)も基準値には一定程度反映されています。
さらに、最新の洪水害発生履歴データを用いて基準の見直しを定期的に実施し、的確な洪水警報・注意報の発表や「洪水警報の危険度分布」の提供に努めています。』

要するに「過去の降水量のレーダー解析データ25年分以上からその期間すべての「流域雨量指数を計算」し、災害記録がある場合はその時の「流域雨量指数」を限界値とし、災害記録がない場合は「30年に一度超えるかどうかという値(30年確率値)を洪水警報の基準」としていると言っているのです。

そうして(30年確率値)はどうやって出すのか、といえば、過去30年分の「流域雨量指数を計算」し、その最大値に1を足した数値を基準値にしている、という次第であります。
こうしたやり方で「実際の水位と実際の堤防高さを知らなくても警報基準が作れた」という事です。

さてそれで、千曲川の警報基準は気象庁に任せる、として飯山市の小河川の警報基準を見ておきましょう。
洪水警報・注意報の基準値(1km四方)【CSV形式】
http://27.121.95.132/jma/kishou/know/kijun/index_kouzui.html

このページで長野県をクリックするとデータがダウンロードできます。
その中から飯山市関連を抜き出して、千曲川との接合部(小河川の最終端部)での基準値を以下に示します。
     紫色    赤色
    レベル4  レベル3
    警報基準 注意報基準
今井川 30    21
広井川 42    34
樽川  167   134
皿川  60    42
清川  52    36
田草川 32    22
2020年1月現在(注5)

河川が大きく長くなれば基準値は大きくなり、また過去に災害の歴史があれが基準値は小さくなる、と言う具合になっております。
その様にみますと「皿川の基準値はその河川の長さに比較して少々大きめである」という事がわかります。

これは「今回考慮した期間の中には皿川氾濫の記録がなかった」という事を反映しているものと思われます。
さてそれで、今回台風19の皿川氾濫を受けて気象庁がこの数字を変えてくるのかどうなのかは、要注意であります。

なんとなれば、今回皿川氾濫、そうして堤防決壊は「相当の部分が人為的なミスによるもの」と思われるからであります。
そうして、そのような人為的なミスで判断基準を変更しても良いのかどうか、気象庁には十分に考量していただきたい所であります。

そうしてまた、もし基準値が変更された、小さな値に変更されたとしますと、前回と同様の降水量、そうして皿川の水位であっても警戒レベル3の赤色ではなく警戒レベル4の紫色に表示されることになる、という事を飯山市は理解しておく必要があります。

注1
そのやり方についてはページを改めて後述する。

注2
流域雨量指数による洪水警報・注意報の改善 *
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/sokkou/75/vol75p035.pdf
このPDF全34ページの18ページに参考になるグラフあり。

台風第19号の事例における雨量等の予測と実際の状況等について(速報)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jirei/sokuhou/R011012.pdf

13,16ページに参考になるグラフあり。

くわえて「流域雨量指数が示すところの水位」とはたとえばその小河川が本流に合流するところに樋門などの流路を狭める障害物などはなく、そうしてまた本流の水位がどれほど高くても対象としている支流である小河川の水は何の支障もなく本流に合流できる、という想定で計算されたものである。

したがって、本流増水の際に支流の最終端部分に水がたまってダム状態になった場合の水位については計算されていない、という事には注意が必要である。


注3
どの時点での降水量によって「流域雨量指数」を計算するのかによって、指数の持つ意味が変わってくる。
現時点までのレーダー解析による降水量を使えば、現時点での河川の水位状況がわかる。

それに対して、気象庁が一般公開しているのは「3時間先の流域雨量指数」を使った「洪水警報の危険度分布」である。
これは3時間先までの降水量予測値を使っての「流域雨量指数」計算結果がベースとなっている。


そうなると「その予測精度はどれくらいなのか?」という疑問がわいてくる。
その答えが
流域雨量指数による洪水警報・注意報の改善 *
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/sokkou/75/vol75p035.pdf
のpdf19ページ、グラフ13にその結果がまとまっている。

河川長さ200kmを越える場合は(i.e.千曲川)6時間後の予想までしてもほとんどはずれない。
しかしながら河川長さ20kmに満たない小河川の場合は3時間予想の実力は80%程度である、という事も認識しておくことが必要である。


『流域雨量指数の予測資料の精度は,その入力となる降水短時間予報の精度に大きく依存する.
・・・
一般的に,予報期間前半(1~ 3 時間先の予報)は精度が高く,予報期間後半(4 ~ 6 時間先の予報)になるほど精度は低い(永田・辻村,2006).
・・・
.流域雨量指数の予測資料の精度は流域面積が大きい河川ほど高い(横田,2007).
・・・
 第 13 図は,河川の長さ(上流端からの距離)ごと,流域雨量指数の予測時間ごとに,流域雨量指数の解析値と予測値との相関関係を求めたものである.この図から,河川の長さが長い(流域が広い)ほど,精度が高いことが分かる.』

第 13 図にまとめられているものは相関係数と思われ、この値の二乗値が予測精度を与えるとして良い。

注4
「洪水警報の危険度分布」の予測精度と言う話は「樋門、樋管がある河川の場合」と「それらがない河川、たとえば飯山流域での千曲川の様な状況」とでは分けて考える事が必要となる。

樋門、樋管がある場合は人の判断による流れの遮断が行われ、排水作業が行われる。
従って広井川のように「紫色が出たのに氾濫しない」という事が起こりうる。

これは広井川には排水ポンプ場があり、そこで排水作業が行われていたからである。
他方で
台風第19号の事例における雨量等の予測と実際の状況等について(速報)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jirei/sokuhou/R011012.pdf
のpdf10ページの様なまとめ方をすると98%の精度で堤防決壊と紫色との間に相関がある様に思ってしまう。

しかしながら実は広井川の様に「紫色が出ても氾濫しなかった」と言う河川は日本中に多くあったはずである。
したがって「そこに人の関与がある場合」は「紫色が出たから必ず氾濫する」というものではない事を確認しておく必要がある。

他方で、千曲川の様な状況、樋門もなく排水という事もあり得ない場合は「紫色は本当に危険である」という認識をもつ事が必要である。

注5:基準値の変更について
皿川については2019年10月に堤防決壊と言う事態があったが、これは「人為的なミス」という要因が大であった。
その主張がいれられたかどうかは不明ではあるが、2020年6月11日現在で、皿川についての判断の基準値は変更されていない事を確認した。

追伸
以下の資料は気象庁から紹介があったものだが参考までに載せておく。
これは現在使われている3つの指数についてのよくまとまった資料になっている。

【平成30年2月28日気象等の情報に関する講習会資料】
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/koushu180228/shiryou1.pdf
 P32〜P34 → 基準設定に関する基本的な考え方
 P46〜P48 → 洪水警報基準の具体的な設定方法

 

追記:2023/10:飯山市と足立市長の説明がミスリードになっている件

飯山市と足立市長の説明では「今までにない降水量が皿川上流にあったため、皿川が氾濫し堤防が決壊した」と言うものでした。

しかしながら、上記の証言にあります様に「そんなに上流では大量の水は流れていなかった」となっています。

そうして気象庁が過去30年に渡ってレーダー観測してきたデータからの雨量推計から皿川の流量を計算した値に比較しても「今回の皿川上流からの流量は警戒レベルでしかなかった」となっています。

つまり「今回の上流からの流れ込み流量では堤防決壊は起らない」と言っているのですよ、気象庁は。

その事についての気象庁のまとめは以下の資料になります。

台風第19号の事例における雨量等の予測と実際の状況等について(速報)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jirei/sokuhou/R011012.pdf

10ページに注目すべき表があります。

今回、台風19号で堤防が決壊した支流河川をまとめたものです。

そのまとめの中で唯一、皿川のみが「警戒レベルでしかない上流からの流れ込みで堤防が決壊している」のです。

そうしてこれは「異常な事が皿川で起きていた事」を示しています。

その「異常な事」とは「降水量が多かった」という事ではありません。

それ以外の「異常な事態が皿川で起きていた」という事を示しているのです。

さてでは飯山市と足立市長が「歴代最高の雨量であった」と言うのはまちがいなのでしょうか?

いやそれは単に「飯山市が持っている短い観測記録から見るとそうであった」という事に過ぎないのであります。

より長い観測記録からみれば「警戒すべき雨量であるがその程度であって、すぐに堤防決壊に結びつく様な雨量ではなかった」のです。



飯山市の皿川氾濫に見る問題点の検討・一覧