飯山水害「なぜ皿川は氾濫したのか」の1

2021-06-18 10:40:29 | 日記

「なぜ皿川は氾濫したのか」というテーマで始めましょう。まずは全体像の再確認から。

・令和1年10月13日 台風19号 飯山市街地被害状況 :ドローンによる空撮映像

まあ本当にひどいものです。まるで千曲川が氾濫したみたいであります。でもこれは皿川堤防が決壊して、そこから市内に流れ出した泥水の映像なのです。


・次は皿川堤防決壊場所。画面左上から右下に皿川が流れています。左下から右上に横切っているのはJR飯山線の線路です。その交差する所で皿川右岸堤防は決壊しました。

https://archive.fo/IZCQL

線路より上側は単に田んぼから住宅地に水が堤防を越えて越水しそのあたりを水浸しにした事を示しています。それに対して線路より下側の場所の堤防は決壊したのでした。

それで飯山市は「飯山の西の山、斑尾と富倉峠あたりに記録的な豪雨があった。その為に大量の水が皿川に流れ込んだ。」と。

 

令和元年台風19号関連災害経過報告【第2報】
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1028iiyama.pdf :の資料から飯山市の主張する所の雨量データを引用すれば以下の様になります。

『○降水量情報
 10 月 12 日午前 11 時~13 日午前 10 時までの 24 時間降水量 
・斑尾観測所(市) 288mm 
・富倉観測所(市) 207mm
 ・飯山観測所(市) 129mm
 ・飯山(アメダス) 122.5mm』

(市)は市が設立した雨量観測点を示します。このデータの斑尾か富倉か、いずれの観測点で「歴代記録を更新する雨量を観測した」と言うのです。これは言外に「まあそういうわけで、皿川が氾濫してもおかしくないよね」という市役所の声が聞こえてきます。

さらに市役所は「河川事務所が市役所に連絡なしで皿川樋門を、排水ポンプ車の事前準備もなしで勝手に閉めた」と主張します。というか、明言はしてはいませんがマスコミ発表の内容は(下記参照)、これもまた「言外に」ではありますが市役所のそういう声が聞こえてくるようです。

・皿川の水門閉鎖、国交省が飯山市に通知せず 30分後越水し中心部浸水 (信毎Web:2019/11/24) : http://archive.md/jBxn9

とてもわかりやすい説明ですよね。飯山の西の山に大量の雨が降った。その雨水が皿川に流れ込んできた。だが河川事務所が皿川樋門をしめたので、しかもポンプ車による排水がなかったから、皿川が氾濫した、と。まあそういう事になっています。そうしてこの「分かりやすい説明」でマスコミも世間も納得している様であります。

だがしかし、事実はそんなに簡単なものではありません。残念ながらそんなに分かりやすいものでもないのです。

ちなみに上記の説明のなかで「排水ポンプ車の事前準備なしで」とありますが、この事前準備をする主体は飯山市なのです。そうして飯山市がその様に排水ポンプ車を事前準備・事前に依頼していなかった理由は飯山市がたてた水防計画にあります。「今回の台風19号を迎えるにあたっては従来通り皿川樋門は開けっ放し対応とする」とそこには書かれていたはずです。

しかしそのような内容は上記のマスコミ発表の中には出てきません。あのマスコミ発表は「悪いのは河川事務所で、飯山市にはおちどがない」と主張するのが目的だったからです。

 

まあそれはさておき、それでは一つづつ検討していきましょう。「西の山に大量の雨が降ってそれが皿川に流れ込んだ。したがって皿川の流量も記録的なものになっていたに違いない」という主張は本当でしょうか?

たかだか2つの観測点のデータでそこまでの主張が出来るのでしょうか?

その主張に対して気象庁は「点で降水量をとらえるよりは、レーダー画像で、面で降水量をとらえた方が正確である」といいます。

そうして「雨が降った場所の地形やその場所の表面状態を考慮して、どれだけの雨水が皿川に流れ込んだのかを計算するのがよい」といいます。

そうやって気象庁は「流域雨量指数」を計算しました。皿川の上流に降った雨から皿川の流量を計算したのです。気象データがある限りの過去から現在までの流量を計算し、皿川が氾濫した、という過去の記録をしらべて流量から危険度という評価値をだしました。それが今ではアメダス表示で「キキクル」として表示される河川のカラーパターンそのものであります。(注1)

その様にして気象庁が台風19号襲来時に計算した日本全国の河川のカラーパターンが公開されています。

https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/meshjirei/jirei03/suigaimesh/flood.html 

上記アドレスをクリックすると気象庁の台風19号の記録ページに行けます。画面に出てくる2つの小ウインドウは「閉じる」をクリックして消します。後は地図を拡大、移動させて飯山市を画面センターに持ってきます。

最初の画面は10月11日0時時点での計算結果で、その時は長野県の河川はオールグリーン(オール水色)でした。画面のすぐ上に時刻をコントロールできるスライダーが付いています。それで13日0時まで移動させると、多色のカラーパターンが表れます。そしてスライダーを右、左に動かす事で任意の時間でのカラーパターンを確認できます。

地図を拡大させると河川の名称が表れます。千曲川はその時には真っ黒で、これはすでに「災害が起きてもおかしくはない状態」を示します。千曲川以外の中小河川のカラーパターンの解釈については画面右側の下段説明を参照します。

それで、特に注意すべきことはスライダー表示時刻は気象庁がそのパターンを計算した時刻で、「計算された結果、カラーパターンそのものは3時間後のその河川の予測状態である」、という事です。

たとえば皿川に2回目の赤色が点灯するのはスライダー時刻では10月12日、19時50分ですが、それは皿川の3時間後の状態を示しており、つまり22時50分に皿川下流域は注意レベルの黄色から警戒レベルの赤色にあがる、という事です。

そうであれば「濃い紫が表れたら」3時間後はその場所にいてはいけない、という事になります。

ただしこの計算にはいくつかの前提条件が付きます。皿川の例でいいますと、計算モデルには樋門構造は入っていません。皿川の終点まで流れ着いた水は千曲川の水位がどれほど高くても千曲川に流れ込む、と言う前提で計算されます。したがってバックウオーターも考慮されず、樋門構造のまえで水が溜まりこむ、という事もありません。

そして千曲川の例で言いますと、西大滝ダムは計算の中には入りません。いつでもダムはゲート全開状態となっているのと同じ事です。

さてそういう訳で、まずは穂保あたり、いつ濃い赤色から黒に変わったか、と言いますと12日の20時30分です。つまり12日の23時30分にはその場所にいてはいけない、という事です。そうして穂保が越水したのは13日の0時55分でした。

・令和元年台風第19号 千曲川災害の概要 : 土木学会水工学委員会「令和元年台風19 号豪雨災害調査団」速報会、令和元年12月6日(金)

資料21ページに堤防に設置されていた監視カメラによる越水の状況が分かる連続写真あり。

さて、以上の様な事を参考に飯山地方の河川の状況をみますれば、千曲川、樽川、広井川あたりの状況が悪く、皿川といえば「それほどは悪くない」と言えます。

つまり「台風19号で皿川の流れ下った水量は皿川堤防を越える程に多くはない、驚くほどの量ではない」という事になります。

このページでの結論:確かに台風19号で皿川上流の山地に多くの雨が降ったのではあるが、それが皿川にあたえる影響は飯山地方の河川の中ではそれほどに目立たず、まあ平均的なレベルである、と言えそうです。

そうしてまた「皿川自身の歴史の中でも驚くほどの量ではない」と言えます。

 

注1:このあたり詳細な議論と皿川での対応する計算結果が必要な方は以下の記事を参照願います。

・その21・「洪水警報の危険度分布」および「流域雨量指数」についての概説 -->「その22」
「流域雨量指数」によって見たい川の水位の状況が分かる。
今後、今回の水害を受けて皿川の洪水警報基準の値が変更されるかどうかは要注意事項である。

・その22・千曲川の「洪水警報の危険度分布」の状況と避難勧告の実際についてのレビュー -->「その24」、「その25-1~5」
台風19号では相当早いタイミングで飯山地域の千曲川の「洪水警報の危険度分布」には「赤色」や「黒色」が現れました。
そうして飯山市は「そのような傾向はこれからも続くであろう」という事を理解している必要があります。

・その25-1・皿川のフォトアルバム
皿川上流域からの流量を計算するための舞台の説明

・その25-2・樋門を閉めた時点での皿川上流域から時間当たり流れ込んだ水量の算出
加えて、皿川下流域(英岩寺あたり)での水位の経時変化の確認

・その25-3・12日~13日の皿川上流域からの時間ごとの流入水量を求めた
流域雨量指数計算で気象庁が使っているマニング公式による。

・その25-4・飯山市と河川事務所の主張の通りに今回の水害を構成し検証した。
その結果は現実に起きた事と全く一致しないものとなった。
そのようになった原因は「飯山市と河川事務所の主張が現実に一致していないものであるから」という事になる。

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台風19号 飯山水害の研究・一覧