特に1980年頃から女性の生き方が大きく変貌するなか、こどもたちの事件(加害・被害を含め)が、頻繁に起こるようになってきており、情緒の不安定なこどもたちがそのまま大人になりきれずにいる現状を考えて行きたい。被害者は子供だけではなく、親であり、家族であり、社会である。
参考図書
中央公論新社
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孫との距離感
子の観察を通した自分を見直す事例集として
まことに面白い
このような無垢の心を持った子供たちに、素晴らしい未来を残してあげたいと、著者の気持ちに心が重なった。
ピカソの油絵 美術作品史上最高額100億円で落札
パブロ・ピカソの油絵「ヌード、観葉植物と胸像」(クリスティーズ提供)
Photo By 提供写真
スペインの画家パブロ・ピカソ(1881~1973年)の油絵「ヌード、観葉植物と胸像」が4日、ニューヨークのオークションで、美術作品としては史上最高額の1億648万2500ドル(約100億円、手数料込み)で落札された。競売大手クリスティーズが発表した。共同電によるとクリスティーズは落札者を明らかにしていないが、電話での入札という。
競売には8人が参加し、8800万ドルから2人の争いに。最終的に9500万ドルでハンマーが打ち下ろされ、オークションはわずか9分間で終了。当初の落札予想額は7000万~9000万ドルだった。
縦162センチ、横130センチの油絵。50歳だった1932年3月8日、当時の愛人だったマリテレーズをモデルに1日で描き上げたとされる。黒みがかった青色を基調とした背景の中に、緑色の観葉植物と白っぽい胸像が丸みを帯びた曲線で描かれる官能的な描写が特徴。
ピカソは37歳でバレリーナのオルガと結婚後、46歳だった27年にパリでマリテレーズと出会った。マリテレーズは当時17歳。ピカソは純朴さにひかれ、密会を重ねた。オルガとの離婚を考えていた35年にはマリテレーズとの間に娘を授かった。
ピカソの作品では04年に「パイプを持つ少年」が約1億417万ドルで落札されている。
「ヌード、観葉植物と胸像」は昨年11月に死去したロサンゼルスの実業家夫人が、1940~50年代に収集したコレクションの一部だった。第2次大戦後は一度しか展示されたことがなく、関係者の間では“幻の名作”として知られていた。
2月には、スイスの彫刻家ジャコメッティのブロンズ像「歩く男」がロンドンで史上最高額となる約1億433万ドルで落札されたばかりで、わずか3カ月での記録更新。専門家は、経済危機からの回復に伴い、欧米の美術品市場が活気を取り戻しつつあるとみている。
[ 2010年05月06日 ]
古代エジプトに魅せられたジャコメッティ
「緑の頭 ( Grüner Kopf ) 」( エジプト紀元前400年ころ ) とジャコメッティの「ローターII/III ( Lother II/III )」。何かを悟ったかのようにたたずむ (Keystone)
「緑の頭 ( Grüner Kopf ) 」( エジプト紀元前400年ころ ) とジャコメッティの「ローターII/III ( Lother II/III )」。何かを悟ったかのようにたたずむ (Keystone)
20世紀のスイスを代表する芸術家アルベルト・ジャコメッティ ( 1901~1966 ) といえば、針金のような人物の彫刻で象徴される。キュービズムやシュールレアリストとの交流があったジャコメッティだが、実際は古代エジプト美術に魅了されていたという。
100フラン紙幣の裏に印刷されているジャコメッティ作の「歩く男」が、古代エジプト彫刻に影響されていることを明かす展覧会「ジャコメティ、エジプト人展 ( Giacometti, der Ägypter ) 」が、現在チューリヒで開催中だ。
一生の目標
グラウビュンデン州で生まれたジャコメッティは1920年のフィレンツェで、古代エジプト美術に遭遇したという。その後キュービズムやシュールレアリズムにも接したが、芸術家としての一生の目標としたのはエジプト美術だった。
展覧会場の最初の部屋に展示されているエクナトン ( 古代エジプトのファラオ、アメンホテプ4世、紀元前1467~1350ころ ) の像とその横に掛けられたジャコメッティの自画像は、いずれも顔が細長くあごが尖っている。ジャコメッティはエクナトン像のスケッチを残しており、2点を並べて展示し、ジャコメッティが古代エジプト彫刻に影響されたことをより明らかにした。
古代エジプトの彫刻は地面を表すような台の上に置かれているが、ジャコメッティの「歩く男 ( Homme qui marche 1947年 ) 」といった彫刻も長方形の台の上を歩く。
「ジャコメッティもエジプト美術も、人物像が乗っている台は人物が存在する空間を表したものであり、歩いているようで止まっている、 止まっているようで歩いているといった人の動きを表すもの」
とドイツの「ベルリン美術館 ( Staatliche Museen zu Berlin )」 の古代エジプト学教授ディートリッヒ・ヴィルドゥンク氏は言う。よって「こうした作品は、展示会場の壁面に対して平行に置かれなければ意味がない」。ヴィルドゥンク氏はジャコメッティと古代エジプト美術の関係に魅了され、ベルリンの古代エジプト博物館でチューリヒの展覧会に先駆け今年2月中旬まで、ジャコメッティの12点の彫刻を展示した。
ジャコメッティは死の床にあっても、エジプト彫刻の写真集を見ながらスケッチをしていた。
「そもそもエジプトの彫刻は、死んだ人が生き返ったときに戻る場所として作られた。ジャコメッティはそうしたエジプト美術の内面に惹 ( ひ ) かれた」
と展覧会のキュレーター、クリステァン・クレム氏は語る。展覧会場の最後の部屋に置かれた「緑の頭 ( Grüner Kopf ) 」( エジプト紀元前400年ころ ) と比較されるジャコメッティ晩年の作「ローターII/III ( Lother II/III )」の目は、表面が荒々しい胸部とは対照的に、死を見つめるかのようで、静かで澄んでいる。
それぞれを再発見
「ジャコメッティの古代エジプトへの傾倒は、芸術家が一時的にギリシャ彫刻やローマ、ルネサンスに影響されるといった、類 ( たぐい ) のものではない。一生、古代エジプト美術に魅せられ、研究し続けた」
とヴィルドゥンク氏はジャコメッティにとっての古代エジプト美術を位置づける。ジャコメッティの作品と並べられた古代エジプトの彫刻は
「これまでのように考古学的な見地からとらえるのではなく、芸術としての価値が見出されていく。すべての芸術作品は、それが作られた時には現代芸術だったということも忘れてはならない」
2月中旬まで開催されていたベルリンでの展覧会では、ジャコメッティの作品が古代エジプトの彫刻にすっかり溶け込んでしまい、見学者は「( 展覧会の意図を ) 気づかなかったかも知れない」とヴィルドゥンク氏は明かす。一方、チューリヒの展覧会では
「訪れる人に、新しいジャコメッティと古代エジプトを発見してもらえるのではないか」
とクレム氏も期待の言葉を述べた。
小規模ながら、ベルリン美術館の質の高い古代エジプトの彫刻と、ジャコメッティの本場クンストハウスが選んだスイスの彫刻家の作品をゆったりとした雰囲気の中で比較できる展覧会である。
swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
アルベルト・ジャコメッティ略歴
1901年10月10日、グラウビュンデン州に生まれる。父は画家だった。
ジュネーブの工芸学校で彫刻を学んだ後、1920年からイタリアを旅行するが、フィレンツェで、古代エジプト美術に遭遇したといわれる。1922年、ロダンの弟子アントワン・ブルデールからパリで本格的に美術を学び、キュービズムやシュールレアリズムに接した。一時シュールレアリズム的作品を作るが、最終的には写実的な彫刻に戻った。その後故郷とパリで創作活動を行うが、1966年、故郷で没する。
100フラン紙幣の表にジャコメッティの肖像、裏に彼の代表的作品「歩く男」が描かれている。
「ジャコメッティ、エジプト人」
クンストハウス ( Kunsthaus )にて開催中。
2月27日~5月24ク日ンストハウスでは2007年5月に「アルベルト・ジャコメッティ、アバンギャルドの夜明け」が開催されて以来のジャコメッティ展。
展示作品のうち古代エジプト彫刻はベルリン美術館所蔵。ジャコメッティの作品は、クンストハウスやジャコメッティ基金などスイス国内のコレクション。
開館時間 土、日、火 10~18時、水~金 10~20時、月曜日休館
入場料 18フラン ( 約1500円 )、割引券12フラン( 約1000円 )
交通手段 チューリヒ中央駅から3番のトラムでクンストハウスで下車