元気の源

猫が大好き、動物が大好きな、パステル画家・山中翔之郎のブログです。

春の声がする

2011-03-31 02:37:17 | My Works -ノラ猫たち-
                   『春の声がする』

予定通り個展の開催を決めて以来、制作のために一日中自宅にこもり切りとなる日が続いていた。
3日ほど前、ようやく出来上がった案内状を受け取りに行くために、久し振りに地下鉄の駅まで歩いた。
徒歩で7~8分ほどの距離。 最初は何も考えずにただ歩いていた。

半分あたりを過ぎたころ、ふと暖かな陽射しを感じて立ち止まった。
空を仰ぐ。
雲ひとつない青空が広がり、中天近くで輝く太陽がまぶしい。 思わず閉じたまぶたの裏が真っ赤になるほどに・・・。
まわりを見回しながら、ゆっくりと歩き出す。
ついこの間まで茶色か疲れ切った緑しか眼に入らなかった場所に、若々しい緑が混じり、早くも白や黄色の花さえも・・・。
駅前の緑地に私のお気に入りの桜の木がある。 その枝先を丁寧に見てみる。
するとそこには、今にも薄紅色が覗けて見えそうなほどに膨らんだ無数の蕾たちがあった。

目の前に広がるその風景はあまりにも穏やかで、一瞬あの3・11に起きたことが夢だったのではないかと思えるほどだった。
どんなに悲惨なことが起きても、時は何の変わりもなく進み続けていた・・・。
どれほど人々の心が悲しみにうちひしがれても、自然はその歩みを止めることはなかった・・・。

あの日以来、多くの人たちにとって、当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった。
それでも地球は自転を続けながら太陽のまわりを回り続け、月は満ち欠けを繰り返す。 やがて桜の花と共に春が訪れ、あっという間に夏が・・・。
何事もなかったかのように季節は廻り、また1年後には同じように春が来るのだろう。
当たり前のように繰り返される大自然の営みの中で、私たち人間は今回の大きな悲しみを決して忘れることなく、それでも明日を信じながら、新たな日常を築き上げるために前を向いて歩き続けなくてはならない。 今 命ある者が、犠牲となった多くの尊い命の分まで、精一杯生きていかなくては・・・!


私は今日・・・、いや日付が変わってしまったから正確に言うと昨日、また一つ歳をとった。
特に何が変わるわけではなく、いつもと同じ一日が過ぎた。
しかし、“いつもと変わらない”ということが、こんなにもありがたく感じながら迎えた誕生日は初めてだった。

昨日東京で桜の開花宣言が・・・。 もうしばらくすると、満開の桜が東京を薄紅色に染め、やがてそれは被災地でも・・・。
毎年変わらず咲いてくれるけれど、いろいろな思いと共に、今年の桜はけっして忘れない!
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いつの間にか 一年・・・

2011-03-25 00:38:59 | 日記
             「みなさん いつも ありがとう! 翔之郎に成り代わって・・・」



「いつからこのブログを始めたのだろう?」
ふと気になって調べてみたら、なんといつの間にか一年が過ぎていました。
正確には、昨年の3月16日スタート。
いつまで続けられるか・・・なんて思いながら始めたのですが、あっという間の一年間でした。 そして、今やなくては成らないものに・・・。
最初は新旧様々な作品の画像と共に、その作品にまつわるエピソードを紹介することが中心でした。
思い返してみれば、確かに結構な数の作品を紹介させてもらいました。 しかし、思いもしなかったことも起きて・・・。


第1回目にアップした画像は、元さんを描いた作品『 I am GENKI 』
記念すべき(?)第1回に、なぜこの絵を選んだのか? 正直なところ、はっきり覚えていません。
しかし、その日のタイトルを 『 I LOVE GENKI 』 としたのは、元さんがそっと背中を押してくれたからなのかもしれません。
そしてその日の〆の言葉は 「元さん、いつまでも長生きしてね」
まさか一年経たずして元さんのいない日が来るなんて、これっぽっちも思っていなかったから・・・。

元さんがいなくなってしまった寂しさを抱えたまま、それでも何とか歩き始めようとした時に今回の大地震が・・・。
このブログがなかったら、今の自分がいったいどうなっていたか想像もつきません。
ブログを書くことで、何とか自分の心のバランスを保つことができたのだと思います。 そして、数々のあたたかいコメントはもちろんのこと、たくさんの方々にご覧いただいたということだけでも、どんなに勇気付けられたことか・・・。


いつ何が起こるか分からない。 だから一日一日を、一瞬一瞬を悔いのないように精一杯・・・。
いつも自分に言い聞かせてきたことですが、こんなにも深い心の痛みと共に、今ほど強く感じたことはありません。 まさに、“痛感”しています。
きっと、自分なりにどんなに精一杯やったとしても、何も悔いがない・・・なんてことはないのでしょうね。 むしろ悔いる気持ちがあるからこそ 「今度こそ!」 と頑張れるのかもしれない・・・。

“いつ何が起こるかわからない。 だからこそ、今を精一杯生きる!”
新たな気持ちでもう一度この言葉を自分に言い聞かせます。 そしてそのあとにもうひと言。
“明日を信じて・・・!”

皆さん、一年間本当にありがとうございました。
そしてこれからも、どうぞよろしく!
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今 私にできること

2011-03-23 03:08:12 | My Works -我が家の元さん-
“今、自分にできることは何か?”
日本中のほとんど全ての人たちが・・・、そして世界中の多くの人たちが・・・、きっとこの答えを探しながらこの10日間余りを過ごしてきたのだと思います。
既に行動に移している人もいれば、無力感と闘いながらも自分にできることを必死に探し続けている人も・・・。
はっきりした数は知りようがないけれど、たぶんとんでもない数の人たちが同時に同じことを考えることなんて滅多にないと思います。 それも、自分ことではなく、他人(ひと)に為に・・・。
たった一つの思いから、数え切れないほど多くの答えが生まれ、更に人それぞれの様々な行動となって表れている。
TVの報道などで知る限りでも、一つ一つあげたら切がないほど・・・。
そしてその姿はどれも・・・、どんな言葉を使っても言い表せないくらい美しく、かっこいい!
最近は地球上で一番罪深い生き物は人間なのではないか・・・と思うことのほうが断然多いけれど、それでも・・・、やっぱり・・・、“人”って素晴らしいと思ってしまいます。


では、今 私にできることは・・・?

節電などは当たり前!
必要以上の買い物もダメ!
先ず誰にでもすぐにできることをちゃんと実行した上で、更に私ができること・・・。

それは・・・、やっぱり・・・、絵を描くことしか思い浮かびません。
私は絵描き!
だからこそ、自分が何よりも一番心を込めてできること・・・絵を描くことで、私の気持ちを被災された方々に届けたいと思います。

                

元さんの力も借りて、やっと描き始めることができました。
ご覧の通り鉛筆デッサンです。
いつもこうやって結構念入りに鉛筆デッサンを描き、それをもとにして作品にしていきます。
もちろんこれは元さんの部分だけ。 元さんの視線の先・・・左上にスペースを作って、そこに“春”を描きたいと思っています。
どんな絵になるか、そしてどんなタイトルを付けるか、自分でも楽しみです。

今までに制作の過程を自分以外の人に見せたことはありません。
途中経過がどうであれ、完成した作品が全てだと信じているからです。
今回なぜこんな気持ちになったのか???
こうすることで、自分がようやく動き出せたことを私自身に確認させたかったのかもしれません。

最近決心したことを一つ・・・。
このデッサンから完成するはずの作品も含め、4月の後半に予定している個展の収益金からできる限りを、東日本大震災被災地復興の為に寄付します。
そのためにも、さらに精一杯気を入れて描かなくては!
一人でも多くの人の命が救われることを、そして一日も早く平穏な日々が訪れることを願いながら・・・。
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あれから一ヶ月 そして一週間と一日

2011-03-19 18:00:51 | 日記
元さんの旅立ちから一ヶ月が経った。
個人的にはそれだけでも十分すぎるほどのショックで、激しい心の浮き沈みを何度も繰り返していた。
しかしそれは、私と私の家族、そして元さんの存在を知る人たちだけの悲しみ。
当然のことだが、世の中はなんの変わりもなく動き続け、心も身体も停止してしまった私との間に生じたギャップを埋めることは決して簡単ではなかった。

そして一週間ほど前、ようやく前を向いて歩き始めようとした時だった。
あの忌まわしい大地震が・・・、起きた。
生まれて初めて経験する激しい揺れ方に、その瞬間は決して大袈裟ではなく「もうダメ・・・」かと思った。 私が感じた恐怖などとは比べ物にならない程のとてつもないことが東北地方の太平洋岸で起きていることも知らずに・・・。
次々にTV画面に映し出される余りにも衝撃的な被災地の映像に、私はしばらくの間身動き一つ出来ないでいた。
少しずつ少しずつ元さんの死を受け入れながら、静かに悲しみに浸り、寂しさに耐え、それを何とか力に変えようとしていた私の心は、突然襲ってきたこの世のものとは思えない出来事にズタズタにされた。
刻々と伝えられる被害の状況は、恐ろしいほど速さでその規模を広げていく。 その惨状を前に、ほんの一瞬でも感じた被害者意識は跡形もなく消え去っていた。

自宅が仕事場でもある私は、何か予定でもない限り、あえて外出することはない。
TVはほとんど一日中つけっ放し。 どの放送局も大震災一色の状態が何日も続いた。
見たい見たくないの問題ではなかった。 大津波が街を呑み込んでゆく恐ろしい映像に思わず目をそらしたくなっても、それが許されないかのような強迫観念にも似た感情に身動きができなかった。
日が経つにつれ、繰り返し流される大津波や大規模火災の映像に混じって、被災者の姿が多く映るようになっていった。 
電気・ガス・水道がダメ。 それどころか家が津波に流されて帰るところもない。 家族は散り散りになって、お互いの生死すら判らない。 そこには、これまで当たり前と思ってきたことのほとんど全てが失われ、それでも尚必死に生き続けようとする人たちの壮絶なまでの姿が・・・、そして同時に、被災者の救助に、避難者のサポートに、それこそ我が身を惜しまず動き続ける人たちの姿も映し出されていた。
その一方で、「大変だなぁ・・・」と呟きながら、明るく暖かい部屋の中で、湯気の立つ食事をお腹いっぱいに食べながらTVを見ている・・・そんな自分がいた。
そのことに気付き始めたときから、何とも言いようのない罪悪感が私の中に広がっていった。
(自分とは関係ない・・・)なんて間違っても思わなかった。 むしろ(何かしなくては・・・)の思いがいつも頭の中をグルグル回りながら、その出口を見つけられずに時間だけが過ぎていった。
尽きることのない被災地の惨状に、ただただTV画面を凝視することしか出来ないでいる自分がどうしようもなく無力に思えてくる。
同じ日本の、たかだか2~300kmしか離れていないところで今まさに起こっている非日常的な出来事と、自分がこれまでとほとんど変りのない日常生活を送っていることとのギャップが余りにも大きくて、その狭間でただ呆然と立ち尽くしていた。

直接大きな被害を受けることのなかった人たちの多くが、私と似たような思いを抱いていたことを知るのに、それほど時間はかからなかった。
いただいたメールや作家仲間のブログを読むと、ほとんどの人が最初は無力感を感じながらも何ができるかを模索し、中には既に行動を始めている人も・・・。
そんな皆さんの姿に勇気付けられ、私も無力感の中でただじっとしているわけにはいかなかった。
被災地への直接行動を起こせるに越したことはない。 しかし、もしそれが出来ないのなら、寧ろしっかりとこれまで以上に真剣になって自らの日常生活を続けることが、間接的でも被災者の皆さんにエールを送ることになるのではないか。
ただ心配するだけで、本来やらなければならないことすら出来ずに動かないでいたら、そこからは何も生まれない。 心で精一杯エールを送り、日常の中で少しでも無駄を減らしながら懸命に生きることも立派な行動なのではないか? そしてその中から少しずつでも自分の出来ることを見つけていく・・・。
それはきっといつの日か、まわり回って何らかの形となり、今は直接手を差し伸べることが出来ない被災者のみなさんの力となり、安らぎになれるはず・・・。

被災地の惨状を憂い、被災者の皆さんを本当に心配して思いを馳せる。
そうして心を痛めている日本中の、いや世界中のみんなの心の底の、さらに底の、また底の、一番奥底に流れている優しい気持ちはきっときっと同じで、その気持ちの表し方が人それぞれ違っているだけ・・・。
心に痛みを感じるだけで、既にその人は無力などではない。
本当に無力な人なんて実は一人もいないのだ。
心でも身体でも、少しずつでいいから動いていれば、前に向かって進んでさえいれば、必ず何かが生まれ、それがいろいろな形になって、必ずや被災された方々の生きる力になるはずだから・・・。


一ヶ月が過ぎ、元さんは天国での生活に少しは慣れただろうか?
写真の中の元さんと目が合う。
もし一週間前のあのときに元さんがいたら・・・と考える。
激しい揺れに怯えて逃げ回っただろうか?
いや、元さんのことだから、何事もなかったかのように寝たままでいたかもしれない。
元さんの目に映る世界は、日本は、被災地は、そして私は、いったいどんなふうに見えるのだろうか?

そして大震災からは一週間と一日が過ぎ、世の中には未だに放射能の心配が渦巻き、被災者の避難生活もまだまだ先の見えない状態が続いている。
しかしそんな中でさえ、早くも復興の兆しを感じさせるニュースが日に日に多くなってきたようにも感じる。
一日も早く被災地に平穏な日々が戻ることを心から祈りながらも、それまでには間違いなく長い時間と多くの様々な力が必要となることだろう。
今すぐにできることはもちろんだが、しばらく経ってからこそ必要になってくることもきっとあるはず。
だからこそ・・・、
私は自分自身を見失わないように私なりのペースを守る。
どんなに小さくても自分自身の力を信じる。
私だからこそ出来ることがきっとあると信じる。

そして今、少しずつだけれど、動き始めている。
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大地震

2011-03-12 16:38:21 | 日記

皆さん、大丈夫ですか?

こんなことが起きるなんて・・・。

私は大丈夫です。
誰も皆そうだと思いますが、これまで経験したことのない激しい揺れ方でした。
物が落ちることはありましたが、幸い家具が倒れたりすることまではありませんでした。

TVから知る限りでも、被害の大きさに全身が震える思いです。
実際に被災された方々のことを思うと、言葉もありません。
ただただ、お見舞い申し上げます。
すぐに何も出来なくて・・・、ごめんなさい。
今はただひたすら、犠牲者が一人でも少ないことを・・・、そして被害が僅かでも少なく済むことを祈ることしかできません。

まだしばらくは大きな余震の心配があるようです。
どうか皆さん、くれぐれも気をつけてください。
そしてこの地震活動が一日も早く治まりますように・・・!
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もう三週間・・・

2011-03-11 02:24:28 | My Works -我が家の元さん-
             『I Love Sleeping』

最初の一週間はとても長く感じられたけれど、同じ7日間がだんだん短く、そして早く過ぎていくような気がします。

前回アップした遺影の写真は、家族のみんなもことのほかお気に入りなので、元さんにはもうしばらくの間そのまま寝転がっていてもらうことにしました。
確かに表情といいポーズといい、実に元らしさに溢れています。

今回アップした作品 『I Love Sleeping』 はだいぶ前に描いたものです。 まだ元さんが7~8歳の頃の寝姿ですが、よく見ると、後ろ足の格好などは今飾っている写真と同じよう・・・。
いろいろな想い出が甦ってきて、何とも・・・、本当に何とも言えない思いに胸が張り裂けそうになります。

“悲しみ”とか、“寂しさ”とか、文字にすると一つの感情のようですが、とんでもないですね。
それは日々・・・、いや一刻一刻と言ってもいいほど常に変化して、その大きさも重さも決して同じときはないのだと痛感しています。


前にもちょっとだけ触れましたが、4月の後半に個展が予定されています。 少しでも多くの新作を・・・と思いつつ、実はまだ1作も・・・・・。
間に合わない・・・という不安で押し潰されそうになる一方で、絶対に大丈夫・・・と不思議なくらい落ち着いているもう一人の自分がいます。

そんな状態の自分の中で、一つだけはっきりしていること・・・。 それは、先ず最初に元さんを描くこと無くして、絵描きとしての新たなスタートはできないということ。
変化し続ける寂しさ、悲しさもひっくるめ、様々な感情が織り成すありのままの心を込めて・・・。
先ずは元さんの絵を描きます!
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そして・・・二週間

2011-03-03 14:09:53 | 日記

また写真を替えました。

ダイニングの一角が元さんのお気に入りの場所。 よくこんなふうにお腹を上にして寝ていたものです。
コンセントが近かったので心配でしたが、幸い元さんは興味を示さず、一回もちょっかいを出すことはありませんでした。
この写真にははっきり写っていませんが、白い壁紙には爪とぎの跡がいっぱい。 「そこはダメ~ッ!」と思わず叫んだことは数知れず・・・。 そんなことさえ懐かしい想い出です。

最初の写真がそうであったように、今回も余り深く考えず、こんな時もあったな・・・みたいな感じで替えてみました。
いわゆる“遺影”ということになるのでしょうが、これが一番・・・というように一つに決めることができません。 元さんを想い出すたびに、その時その時の思いに合う写真を飾ってあげるのもいいのではと思います。 なんと言っても、元さんの写真は毎日取り替えたとしても何年分もあるのですから・・・。
家族のみんなになんと言われるか、最初はちょっと心配でした。 しかし、みんな私と同じ考えを持ってくれているようです。
きっといつの日か、自然にみんなのお気に入り元さんが決まっていくことでしょう。 それまでは続けていこうと思っています。


あれから2週間が経ちました。
コメント、メール、お手紙、電話・・・。 頂戴したたくさんのお気持ちに、元さん自身が一番驚いていることと思います。 そして私も、あたたかい励ましのお言葉一つ一つに助けられています。
同時に、心の中だけで元さんを偲びながら私のことまで心配してくださっている方々のお気持ちも、日々ひしひしと感じています。
みなさん、本当にありがとうございます。

いよいよ3月に入り、春の気配が一段と強く感じられるようになってきました。
自分の誕生月ということもあるのか、私にとって“春”という季節は、なぜか無条件に新しいスタートをイメージさせてくれます。
一歩ずつ・・・、一歩ずつ・・・と、毎日自分に言い聞かせています。
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