伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

私が売られた日

2006-08-11 04:05:56 | 戯曲
 1859年にアメリカ南部ジョージア州で行われた史上最大の奴隷市を題材に、家族と引き裂かれて売られる奴隷の悲劇と、逃走を助ける白人、逃走をめぐる葛藤、逃走して自由を得た黒人の生き様を描いた戯曲です。
 ストーリーは12歳で両親と離ればなれにされて売られる少女エマを中心に進行しますが、さまざまな人の同時的な語りと回想で進められますので、物語は重層的になります。

 エマが売られるシーンにはつい涙ぐんでしまいますし、淡々と逃走を決意し実行するエマの姿、白人の中でも本当の愛情をかけてくれた人の恩を忘れない様子などに共感します。

 開明派の白人農場主に「奴隷制度があってニガーはどんなによかったことか。だいいちやつらが文明的になれたのも奴隷制度のおかげじゃないか。」(62頁)「2人がどうして私を裏切れたのか、いまでもわかりません。いじわるな扱いなんてこれっぽっちもしませんでしたよ。食事だってたっぷり与えました。こづかい稼ぎの仕事もさせてやったし、奴隷には一人残らず菜園まで持たせてやりました。なのに、あんなひどい仕打ちをわたしに返したんです。ええ、すぐに手を打ちましたとも。ほかの奴隷たちまで逃げ出すのをだまって待つようなバカな真似なんかできません。もう奴隷たちの言葉など信じられませんでしたからね。わたしは、隣のジェイク・ベンドルさんにそっくり売ってしまったんです。あの人はわたしみたいに奴隷を甘やかしません。」(178~179頁)「乗った舟があの日の大雨で沈んでしまい、あの5人も、あの5人を逃がそうとしたニガーびいきの白人も、一人残らず溺れ死んでいたらいいって、何度も思ったものです。」(180頁)と言わせてみたり、黒人奴隷に「わしらニガーには奴隷の暮らしがどんなにありがたいもんか、こいつにはわかっちゃいない。めんどうを見てくれる白人がいなかったら、わしらはどこにいけばいい?」(125~126頁)と言わせてみたり、問題提起しています。
 売られた奴隷たちに餞別として恩着せがましく1ドル銀貨を渡す開明派農場主に対して、一緒に売られたジョーは無視し、エマは受け取らずに農場主をにらみ続けます(119~120頁)。
 ジョーからの求婚を、結婚して子どもができたらいつかどこかに売られてしまう、奴隷になると決まった子供を産むのはイヤと拒否していたエマが、そういう時代と葛藤の中で、ジョーから一緒に逃げようと言われてあっさりと逃走を決意する(148~154頁)姿はすがすがしささえ感じます。

 そのエマがおばあさんになってからの回想で物語は幕を閉じるのですが、最後にエマが「この世でいちばん大切なのは優しい心を持つことだよ。だれかが苦しんでいるのを見て、もしあまえの心が痛んだら、それはね、おまえが優しい心を持っているってことなんだよ。」(216頁)と語るのが心にしみます。
 戯曲で短めですので、アピールもストレートですが、それだけ力強く感じます。舞台でも見てみたいと思います。


原題:DAY OF TEARS
ジュリアス・レスター 訳:金利光
あすなろ書房 2006年7月30日発行 (原書は2005年)
コメント
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