Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

現代ドイツの病理-まさかドイツのICE(新幹線)でこんな不幸を経験するなんて…

8月31日(金)

びっくりした。突然、急停車だ。急ブレーキによって、テーブルの上のものが全部通路に吹き飛ばされた。

今、ICE(新幹線)が緊急停車している。ちょうどシュトゥットガルトとウルムの間くらいの場所だろうか。木材がたくさん置いてある倉庫が並んでいる静かな場所だ。

どうやら、誰かが電車に飛び込んで自殺したようだ。まさか、ドイツに来て、自分が乗っている電車で自殺が起こるなんて。乗客たちは皆、困惑した表情を浮かべている。あと1時間は止まっているということだ。いったい誰が飛び込んだんだろう。ドイツ人なのだろうか。あるいは別の国の人間なのだろうか。

ドイツには、「自殺」なるものが、日本ほどには多くはなく、それほど身近なものではないと思ってきた。キリスト教国であるし、経済的にも豊かだ。こと、南ドイツとなると、カトリック系の人が圧倒的多数であり、自殺はある種タブー、ご法度の領域だと思っていた。

が、どうも最近のドイツはそうではないようだ。先日読んだ新聞記事によれば、一家無理心中が増加しており、経済苦による男性の自殺も多いという。もちろん赤ちゃんポストに我が子を預ける若い母親も後を絶たない。自殺や一家心中や児童遺棄は、この国、ドイツでも大きな問題なのだ。そして、今、自分は母国日本から10000キロ離れた南ドイツの片隅でICEに閉じ込められており、運転再開を待っている。外には、医療関係者、警察官、ドイツ鉄道職員たちが陰鬱な表情で線路の上を歩いている。陰鬱そう。でも、どこか落ち着いた表情でもあった。

また、アナウンスがあった。「ただ今、様々な確認を行っています。まだ出発の時間は分かりません。分かり次第、お伝えします。(ため息)あと少しお待ちください」。車掌さんの声がかなり疲れている、というか、病んでいる。それはそうだろう。電車の中は全く音がない。でも、今自分が乗っているこの電車が、一人の命を奪った。意図して奪ったわけではないにしても、一人の人間を轢いてしまった。

ドイツ人たちも苦しんでいる。

国家的にも、経済的にも、日本もドイツもとても強い国だ。世界、この地球上でも、最上位のグループに位置する国である。ドイツにいても、日本の企業名は至るところで目にしたり、耳にしたりする。SONY、PANASONIC、NIKON、KONIKA、NISSIN、NINTENDO、HONDA、KAWASAKI、TOYOTA、NISSAN、FUJITSU、DAI-ICHI-LIFE、TOSHIBA、YAMAHA…。まだまだたくさんの企業名が至るところで見られる。極東の小国なのに、ここまで世界進出を果たしているということは、それ自体、本当にすごいことであるし、世界の中心の一部に属していることの証明にもなっている。それでも、日本の自殺は減ることなく、日々起こり続けている。ドイツも恐らく、日本と同じように、経済大国であるその一方で、様々な人間の生活にかかわる問題を抱えているのだろう。

近くにいるマダムに尋ねてみた。「ドイツでは、今日みたいに、頻繁に自殺って起こっているんですか?」と。そうしたら、「私には分からない…。というか、それは私からは言えないわ」、と少し困惑したように答えていた。その時に、直感した。「自殺はドイツの恥。外国人に、こんなことが起こっているなんて、教えたくない」、と思っているのだろう、と。荷物を多く抱えた僕がツアーリストだということは一目瞭然。そのツアーリストが、『ドイツの自殺』という生々しい現実を知るとしたら。それは、自国の恥となるだろう。

これを書き始めてから30分は経った。車掌が再び現れて、一枚のはがき付きの紙をくれた。そこには、「Wir möchten uns entschuldigen!」と書かれてありました。訳せば、「お許し願います」、でしょうか。こんなものをもらうことになるなんて。初体験です。どうやら、後日、14日以内に付随するはがきをドイツ鉄道に送ると、お詫びの何かを送ってくれるそうです。国を書く欄もあるので、送ってみようかな。今日一日の計画がパーになってしまったわけだから。

また、「アナウンス」があった。「すみません。まだ、こちらに情報が入っていません。現在、45分ほど過ぎました。えー、恐らく、多分90分ほど、停車することになるかと思いますが、まだ分かりません。もう少しお待ちください」。

日本でもなかなか遭遇しないのに。こんな異国の片田舎でこういう経験をすることになるとは。なんとも言えません。

で、ようやく出発再開したのが、11時24分。10時53分にアウグスブルクに到着予定だったんですけどね。2時間は待ちませんでした。長い停車でした。少し走ると、のどかな田園、南ドイツの美しい景色が広がっています。本当にのどかです。電車は何事もなかったかのように、バイエルンに向かっています。広がる緑に、赤いレンガの家が流れていきます。「世界の車窓」で放送されるそのまんまのドイツの景色が流れていきます。この美しい景色と少し前に起こった惨劇がどうしても重なり合いません。

その後、別の駅員さんに聞くと、「こういう事故が最近多いんだよ。この州だけでも、今年になって100件は超えているんじゃないか。仕方ない。精神的に病気か何かだったんだろうね。悲惨だよ。われわれの精神の中に、そういう気質はあるように思うね。まじめだから」、と答えてくれました。

***

きっと、この方の突然の死を嘆き、悲しんでいる人が今、このドイツのどこかにいるんでしょうね。自殺の一番の罪は、その死を聞かされた人、家族、友人、恋人、あるいは親族たちを絶望に陥れることだと僕は思います。でも、だからといって、その人の罪を裁く立場にもありません。その人もきっと絶望を見ていたのだろうから。絶望を見ている人をどうしたら救えるのか。それが、自分の人生の仕事だと思いました。それが自分のすべきことなんだろうな、と。

亡くなられた方のご冥福を静かにお祈りして。

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