Overrideは動詞として「~より優位に立つ。~を覆す。踏み潰す」などの意味がある。名詞としては「無効にすること」という意味の他、歩合という意味もある。
オバマ大統領のoverrideとは何かというと、医療改革法の制定について、同法案に反対する国民が多かったにも関わらず、法案制定に漕ぎ着けたことである。
FTのワシントン駐在員であるClive Crook氏はこの点について、Obama throw out the political rulesというコメントを書いていた。「オバマ大統領は米国の政治ルールを投げ捨てた」ということだ。米国の政治ルールとは何かというと、民意を尊重してoverrideしないことだ。Crook氏は「欧州では政治家が選挙民に対して、何が選挙民にとって良いことかを告げるというルールは日常茶飯のことだが、米国で稀なことで、すぐさま歓迎されることではない」と述べる。
同氏は医療改革法案の成立は法律の影響のみならず、成立過程が11月の中間選挙に大きな影響を与えるし、今後数十年にわたる米国の政治的な軌道を決めるかもしれないと述べている。もっとも後段の推測について私は別の見解を持っているがそれは後述する。
同氏は今から中間選挙の行われる11月の間に、民主党は国民の同党が国民の疑問を覆す法案制定を行ったが、それが国民の最良の利益にかなうものであることを納得させなければならないと述べる。そしてもし民主党が成功し、議会で多数勢力を確保することができると、彼等は他の課題~税制改革、労働問題、エネルギーや産業政策~遂行について、国民からゴーサインを得られる、だがその見通しは不透明というのがCrook氏の見立てだ。
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これは中々穿った見方だと思うが、私には果たして多くの米国人がオバマ大統領にoverrideされたという意識を持っているかどうか疑問である。今年初めのマサチューセッツ州の上院補欠選挙で、共和党のスコット・ブラウンが勝った。マスコミはこの補欠選挙を「オバマ政治への審判」と位置づけていたから、民主党の敗北をもって、マサチューセッツ州の選挙民は医療改革法に反対姿勢を示したという評価になる。
だが本当のところマサチューセッツ州の労働者を中心とする民主党支持層が医療改革法に反対だから共和党に鞍替えしたのかどうかは分からない。恐らく高止まりする失業率などからオバマ政権に失望した民主党支持層からブラウンに票が流れたという面が多いと私は見ている。
このようなことは昨年の日本の総選挙を見ても分かる。民主党に投票した人が皆「子供手当」に賛成で「普天間基地のキャンプシュワブ移転」に反対だった訳ではあるまい。多くの人は自民党政治に落胆していたので、民主党に期待を寄せた・・・ということなのだろう。
このような視点に立つならば、米国の民主党が医療保険改正法のメリットを国民に説明し、納得させることができたとしても、それだけで選挙に勝てる訳ではない。むしろ個人的には失業率の改善等国民生活の改善が体感できるようになると、民主党は中間選挙で優位に立つ可能性があるし、そうでないと苦しい立場に立つと私は考えている。
従ってオバマ大統領が民意をoverrideしてそれが追認されると米国の政治ルールが変わると断じるのはやや大げさではないか?と私は感じている。
ただ一つ注意しておきたいことは、米国人は「overrideされる」ことをとても嫌う人種であるということだ。自分の権利を覆されて気持ちの良い人間はどこの国にもいない。しかし権限の委譲がはっきりしている米国では、上司が部下に委譲したことについて口を挟むと部下から「私をoverrideするのか?」と抗議されたことは私も経験した。日本では「細かいところまで指導してくれる上司」と評価されることもあるのだが・・・・・
医療改革法案については分からないことが多いと以前ブログにも書いたが、法案成立プロセスも前例のないものだったことも含まれているからだということを改めて認識した次第である。