これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

右手を上に

2018年09月20日 22時18分19秒 | エッセイ
 今の職場には、血の気の多い職員が少なくない。廊下で、職員室で、体育館で、職員同士がしばしば口論している場面に出くわす。
「成績、どうなりました? 1時から打合せですよね」
「いえ、まだ終わっていないんです」
「困るじゃない。今すぐやってくださいよ」
「時間がないんだ。できるわけないじゃないか!」
 窮地に立たされ、彼はつい「逆ギレ」をしてしまったようだ。5分後には頭を冷やし、「なるべく早く処理します。すみません」と謝罪していた。
 人によって、戦法はまったく違う。
「開き直り」は、そんなに悪いことしてないじゃーん、という顔ですると効果を発揮するようだ。
「人のせい」は一番よくない。罪をなすりつけられた人からも恨まれ、いずれ、誰からも相手にされなくなる。人に頭を下げることに、大きな抵抗を感じる人の常とう手段だった。
 だが、先週、「こんな手があるとは!」と驚く戦法を使った先生がいたらしい。
 あと2年で定年を迎えるオバ様先生は、冷蔵庫に賞味期限の切れた食材を入れっぱなしにしている男性に腹を立てていた。共用スペースを確保するためには、やってはいけないことなのだ。でも、オバ様は言い方が悪い。クッション言葉は一切なく、「私の言うことに従うべき」という態度でものを言うから角が立つ。
「ちょっと。冷蔵庫のチーズ、あなたのでしょ。とっくに干からびてるわよ。さっさと捨てて」
 しかし、男性は素直に話を聞くタイプではなかった。
「何で、そんなこと、あんたに言われなきゃいけないんだ」
「誰かが管理しなきゃいけないの。腐ったものの山になっちゃうでしょ。さあ早く」
「もうちょっと言い方ってものがあるだろう」
「あなたはこの前だって、ああでこうで、全然ルールを守らないじゃない!」
 オバ様は話しているうちに、感情が高ぶってくるタイプだ。過去の問題にまでさかのぼり、ますます激しい口調になってくる。男性は「やってられない」と呆れかえり、席を立とうとした。
「ちょっと、逃げる気なの? もう許せない!」
 オバ様の怒りは最高潮に達したらしい。ゆっくりと両手を動かし、短い言葉を発した。
「かめ はめ 波~」



 私はこの場にいなかったことを、実に、実に残念に思う。
 彼女は悟空のように、男性に向かって「かめはめ波」を放ったというのだ。あまりに突飛で、予測不可能な行動である。誰ひとりとして反応することができず、凍り付いているうちに、オバ様は勝ち誇った顔をして部屋から出ていった。
 しばらくは、話題に事欠かない。今日も、ひそひそ話が聞こえてきた。
「かめはめ波は、右手が上になるんだよ」
「こうか、ふーん」
 彼女は毎日、練習しているのかしら……。


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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (2)
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