これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

消えたメアド

2010年12月30日 21時30分26秒 | エッセイ
 年の瀬の慌ただしい時期に、採用試験を行う会社がある。
「筆記試験は合格されましたので、明日の14時、一次面接にいらして下さい。一次面接を通過されますと、27日が二次面接、28日に結果をお知らせして、29日に役員面接となります」
 人事担当者から連絡を受け、私は戸惑った。年内に内定者を決めたいという気持ちはわかるが、かなりの強行軍だ。連絡漏れのないよう、生徒や担任と丁寧にやり取りし、試験に備えねばならない。
 ところが、頼みの担任・蓮沼先生は、ちょうどその時期に予定があり、出勤できるかわからないという。
 彼は30代半ばを過ぎているが、まだ独身だ。
 さては婚活か?
 担任がいなくても、生徒への連絡はできるから、心おきなく相手を見つけてほしい。私は「大丈夫ですよ」と軽く答えた。
 しかし、全然大丈夫ではなかった。
「結果を知りたいので、お手数ですが、私がいなかったらメールをいただけますか?」
 蓮沼先生の控え目な頼みを聞き、私は言葉に詰まった。

 あれっ、この人のメアド、残っていたっけ!?

 去年、この先生から、連絡網のメールを受け取ったことがある。でも、特に仲良しではないし、今年の連絡網担当でもないから必要ないと思い、アドレスは登録していない。しかも、先月、操作を誤り、受信メールを全削除してしまったため、もらったメールも手元にない。
 私は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「ええっと、この前、ちょっとしくじりまして、先生のアドレスは残っていないかもしれません……」
 話の途中で、蓮沼先生が苦笑いを浮かべた。
 とたんに心苦しくなり、「もう一度見てみますね」などと適当なことを言って、逃げるように戻ってきた。
 そういえば、9月に彼のクラスの生徒が悪さをしたとき、お詫びのメールをもらったことがある。そのときの返信が、まだ受信BOXに残っているかもしれない。
 私は微かな期待を抱き、携帯を開いた。だが、そんな古いメールはとうの昔に消えている。やはり、どこを探しても見つからないのだ。
 本人に、「消えちゃったので、空メールを送っていただけますか」と頼むのが、早くて一番確実である。だが、あの苦笑を思い出すと気が引ける。ここはひとつ、他の教員に教えてもらうのが無難だ。
 私は、彼と仲のよい、30代の女性に目をつけた。
「すみません、蓮沼先生のアドレスを知っていたら教えてもらえますか?」
「あっ、私、知らないんですよ。実は」
「えー、意外! 知ってると思ったのに」
「そういえば、さっき蓮沼先生が『笹木さんにメアド消されちゃった』とか言ってましたけど、何かありました?」
「ううっ」
 もう伝わっているとは!
 消したのではなくて、消えたのだが、まあよい。

 次に、連絡網の同じグループにいる40代女性を頼ってみた。事情を話したら、彼女は二つ返事で教えてくれたので、大急ぎで電話帳に登録した。
 上機嫌で部屋に戻る途中、タイムリーなことに、反対側から蓮沼先生が、こちらに向かって歩いて来た。
 私は白々しく、笑顔で話しかけた。
「あっ、先生、アドレスありましたよ~! いつでも連絡できますからね」
「ああ、そうでしたか。……でも、年内は毎日来ることにしたので、必要ないかもしれません」
「……」
 けっこう頑張ったのに、もういらないとは……。
 追い討ちをかけるように、生徒も一次面接で不合格になった。
「徒労」とは、こういうことをいうのだろう。

 読者のみなさま、今年の更新はこれが最後です。
 一年間ありがとうございました!
 よいお年を~!




楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする