年の瀬の慌ただしい時期に、採用試験を行う会社がある。
「筆記試験は合格されましたので、明日の14時、一次面接にいらして下さい。一次面接を通過されますと、27日が二次面接、28日に結果をお知らせして、29日に役員面接となります」
人事担当者から連絡を受け、私は戸惑った。年内に内定者を決めたいという気持ちはわかるが、かなりの強行軍だ。連絡漏れのないよう、生徒や担任と丁寧にやり取りし、試験に備えねばならない。
ところが、頼みの担任・蓮沼先生は、ちょうどその時期に予定があり、出勤できるかわからないという。
彼は30代半ばを過ぎているが、まだ独身だ。
さては婚活か?
担任がいなくても、生徒への連絡はできるから、心おきなく相手を見つけてほしい。私は「大丈夫ですよ」と軽く答えた。
しかし、全然大丈夫ではなかった。
「結果を知りたいので、お手数ですが、私がいなかったらメールをいただけますか?」
蓮沼先生の控え目な頼みを聞き、私は言葉に詰まった。
あれっ、この人のメアド、残っていたっけ!?
去年、この先生から、連絡網のメールを受け取ったことがある。でも、特に仲良しではないし、今年の連絡網担当でもないから必要ないと思い、アドレスは登録していない。しかも、先月、操作を誤り、受信メールを全削除してしまったため、もらったメールも手元にない。
私は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「ええっと、この前、ちょっとしくじりまして、先生のアドレスは残っていないかもしれません……」
話の途中で、蓮沼先生が苦笑いを浮かべた。
とたんに心苦しくなり、「もう一度見てみますね」などと適当なことを言って、逃げるように戻ってきた。
そういえば、9月に彼のクラスの生徒が悪さをしたとき、お詫びのメールをもらったことがある。そのときの返信が、まだ受信BOXに残っているかもしれない。
私は微かな期待を抱き、携帯を開いた。だが、そんな古いメールはとうの昔に消えている。やはり、どこを探しても見つからないのだ。
本人に、「消えちゃったので、空メールを送っていただけますか」と頼むのが、早くて一番確実である。だが、あの苦笑を思い出すと気が引ける。ここはひとつ、他の教員に教えてもらうのが無難だ。
私は、彼と仲のよい、30代の女性に目をつけた。
「すみません、蓮沼先生のアドレスを知っていたら教えてもらえますか?」
「あっ、私、知らないんですよ。実は」
「えー、意外! 知ってると思ったのに」
「そういえば、さっき蓮沼先生が『笹木さんにメアド消されちゃった』とか言ってましたけど、何かありました?」
「ううっ」
もう伝わっているとは!
消したのではなくて、消えたのだが、まあよい。
次に、連絡網の同じグループにいる40代女性を頼ってみた。事情を話したら、彼女は二つ返事で教えてくれたので、大急ぎで電話帳に登録した。
上機嫌で部屋に戻る途中、タイムリーなことに、反対側から蓮沼先生が、こちらに向かって歩いて来た。
私は白々しく、笑顔で話しかけた。
「あっ、先生、アドレスありましたよ~! いつでも連絡できますからね」
「ああ、そうでしたか。……でも、年内は毎日来ることにしたので、必要ないかもしれません」
「……」
けっこう頑張ったのに、もういらないとは……。
追い討ちをかけるように、生徒も一次面接で不合格になった。
「徒労」とは、こういうことをいうのだろう。
読者のみなさま、今年の更新はこれが最後です。
一年間ありがとうございました!
よいお年を~!
楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「筆記試験は合格されましたので、明日の14時、一次面接にいらして下さい。一次面接を通過されますと、27日が二次面接、28日に結果をお知らせして、29日に役員面接となります」
人事担当者から連絡を受け、私は戸惑った。年内に内定者を決めたいという気持ちはわかるが、かなりの強行軍だ。連絡漏れのないよう、生徒や担任と丁寧にやり取りし、試験に備えねばならない。
ところが、頼みの担任・蓮沼先生は、ちょうどその時期に予定があり、出勤できるかわからないという。
彼は30代半ばを過ぎているが、まだ独身だ。
さては婚活か?
担任がいなくても、生徒への連絡はできるから、心おきなく相手を見つけてほしい。私は「大丈夫ですよ」と軽く答えた。
しかし、全然大丈夫ではなかった。
「結果を知りたいので、お手数ですが、私がいなかったらメールをいただけますか?」
蓮沼先生の控え目な頼みを聞き、私は言葉に詰まった。
あれっ、この人のメアド、残っていたっけ!?
去年、この先生から、連絡網のメールを受け取ったことがある。でも、特に仲良しではないし、今年の連絡網担当でもないから必要ないと思い、アドレスは登録していない。しかも、先月、操作を誤り、受信メールを全削除してしまったため、もらったメールも手元にない。
私は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「ええっと、この前、ちょっとしくじりまして、先生のアドレスは残っていないかもしれません……」
話の途中で、蓮沼先生が苦笑いを浮かべた。
とたんに心苦しくなり、「もう一度見てみますね」などと適当なことを言って、逃げるように戻ってきた。
そういえば、9月に彼のクラスの生徒が悪さをしたとき、お詫びのメールをもらったことがある。そのときの返信が、まだ受信BOXに残っているかもしれない。
私は微かな期待を抱き、携帯を開いた。だが、そんな古いメールはとうの昔に消えている。やはり、どこを探しても見つからないのだ。
本人に、「消えちゃったので、空メールを送っていただけますか」と頼むのが、早くて一番確実である。だが、あの苦笑を思い出すと気が引ける。ここはひとつ、他の教員に教えてもらうのが無難だ。
私は、彼と仲のよい、30代の女性に目をつけた。
「すみません、蓮沼先生のアドレスを知っていたら教えてもらえますか?」
「あっ、私、知らないんですよ。実は」
「えー、意外! 知ってると思ったのに」
「そういえば、さっき蓮沼先生が『笹木さんにメアド消されちゃった』とか言ってましたけど、何かありました?」
「ううっ」
もう伝わっているとは!
消したのではなくて、消えたのだが、まあよい。
次に、連絡網の同じグループにいる40代女性を頼ってみた。事情を話したら、彼女は二つ返事で教えてくれたので、大急ぎで電話帳に登録した。
上機嫌で部屋に戻る途中、タイムリーなことに、反対側から蓮沼先生が、こちらに向かって歩いて来た。
私は白々しく、笑顔で話しかけた。
「あっ、先生、アドレスありましたよ~! いつでも連絡できますからね」
「ああ、そうでしたか。……でも、年内は毎日来ることにしたので、必要ないかもしれません」
「……」
けっこう頑張ったのに、もういらないとは……。
追い討ちをかけるように、生徒も一次面接で不合格になった。
「徒労」とは、こういうことをいうのだろう。
読者のみなさま、今年の更新はこれが最後です。
一年間ありがとうございました!
よいお年を~!
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「うつろひ~笹木砂希~」(日記)