ちょっと話題になっている本なので手にとって見ました。
目次を辿ると「1.『ウエスト58 幻想』の大罪」「2.『正義』とは被害者と一緒に騒ぐことではない」「3.『命を大切に』報道が医療を潰す」「4.元ヤンキーに教育を語らせる愚」「5.画面の中に『地方』は存在しない」「6.自殺報道が自殺をつくる」「7.高齢者は日本に存在しないという姿勢」と並びます。それぞれのテーマに関するテレビの害毒について、和田氏流にかなり大胆に指摘していきます。
たとえば、「1.『ウエスト58 幻想』の大罪」の章。番組制作における「テレビ局の責任」についての著者のコメントです。
(p39より引用) 「発掘!あるある大事典」事件の最大の問題は、納豆ダイエットの効果を支持するデータが捏造されたものだったということではなく、むしろ下請けの番組制作会社に作らせた番組をノーチェックで垂れ流してしまったことです。・・・テレビ局のもっとも重要な仕事とは、番組の内容が正しいかを最終的に検証することであり、放送内容に間違いがないようにして最終的な責任は負うということです。
テレビ局の番組制作の実態は、完全に現場丸投げです。テレビ局は、「ゼネコンとしての最低限の義務である『施工責任』すら負っていない」という点に最大の問題があるとの指摘です。
(p40より引用) いまのテレビ局は、マージンだけ抜いて、ゼネコンとしてはまったく機能していないということになります。
また、「2.『正義』とは被害者と一緒に騒ぐことではない」の章では、事件報道においての「テレビの姿勢」を糾弾します。
(p63より引用) そもそもテレビというメディアには、悪意はないにしろ、積極的な善意はない。そう考えると、さまざまな不合理もすっきりとわかるような気がします。事件報道をするのも、単なる好奇心からであり、「社会のため」というのはあとで貼り付けたラベルのようなものなのかもしれない。
本書の大半は、こういったテレビの害毒の具体的紹介が縷々続くのですが、私の関心をちょっと惹いたのは、最終章「テレビを精神分析する」で語られていた著者のコメントでした。
そこには、精神科医としての著者の危惧が明確に提示されています。「テレビは人の精神面に悪影響を与え続けている」との主張です。
(p192より引用) 私はテレビとはもっとも頭(認知機能)に悪く、心にも悪いメディアだと思っていますが、その最大の理由は「映像」と「時間的制約」です。
極めてインパクトの強い伝達形式である「映像」を用いて、「二分割思考」という短絡的結論を「短時間」かつ「一方的」に配信するのがテレビです。
(p195より引用) 精神医学や認知心理学では、二分割思考というのは最悪の考え方とされ、認知療法という心の治療においても、もっとも避けるべきこととされています。
現実の社会は、白か黒かといった単純なものではありません。
(p201より引用) 最近、認知科学の分野で重要性が強調されているのが「認知的複雑性」というのです。白と黒の間にはグレーがあり、グレーにも濃いグレーから薄いグレーまで様々あるということを認識することです。
これは至極当然のことですが、テレビはこの手の扱いは苦手です。テレビは物事を極端に単純化してしまいます。そういうテレビを信じるという風潮は、認知複雑性の存在が常態である実社会において、上手に生きにくい人を増やしていることになります。
精神医学の観点からの「テレビの害毒」に関する著者の指摘は、まだまだ続きます。
(p200より引用) テレビの「わかりやすい」発想には、ほかにも認知療法でいうところの「認知のゆがみ」と呼ばれる心に悪い考え方が詰まっています。物事の肯定的な側面を否定し、悪いところばかりを見てしまう「選択的抽出」。相手の心や物事の将来を決め付ける「読心」「占い」。いいことがあっても取るに足りないと思ってしまう「縮小視」。特殊なケースを普遍化してしまう「過度の一般化」。何々すべきと思い過ぎる「すべき思考」。そして、物事を単純な類型で判断する「レッテル貼り」等々・・・。
そして、最後、著者はこういうくだりで結論づけています。
(p205より引用) テレビというのは一般論のふりをして、実はかなりの極論を言っていることが多い。ところが見ている側は一般的な意見として受け止めるから、気付かないうちに単純思考の罠にはまってしまいます。・・・
テレビが日本人の知的レベルを落としていることは大問題です。しかし、見る人の心の健康を蝕んでいることこそが、テレビの最大の罪なのです。
ただ、これは「テレビの罪」でもありますし、その害に毒された「私たちへの罰」でもあります。私たちの知的関心の質的劣化を棚上げして、一方的にテレビに責任を合わせるのは「認知的複雑性」の否定になってしまいます。
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