OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

企業参謀ノート[入門編] (大前 研一 監修)

2013-02-28 00:19:41 | 本と雑誌

Ppm   「企業参謀」を初めて読んだのは、私が学生のときですからもう30年以上前だと思います。
 当時、私は学生で、企業戦略とかマーケティングとかといった言葉自体にも疎かったこともあり、大前氏が説く合理的な思考に大きな感化を受けました。

 本書は、タイトルが「ノート」「入門」、さらに「大前研一『監修』」とあるので、いろいろな意味で興味を持って読んでみました。

 最初に明確にしているのは大前氏のイメージする「参謀」の定義です。

(p8より引用) 分析だけではなく、どういう行動をとればいいかまでのロードマップを描くのが参謀の役目なのだ。ひと言で言えば「結論が言える人」。それが参謀だ。

  「何をどう実行すればいいか」を明らかにするという点で、分析屋とか評論家とかとは明らかに異なる人物というわけです。

 「何をどう実行すればいいか」については、「目標の設定」とその目標を達成するための「具体的な施策の検討」というプロセスを踏みます。
 しかしながら、多くの場合、考えつく施策では目標に達せず、そこに「戦略的ギャップ」が生じることとなります。この「戦略的ギャップ」を埋めるためには大胆なパラダイムシフト(戦略的代替案)が求められるのです。

(p109より引用) 現状の延長線上に解が見つけられない場合、従来のワク組の外に新しい解決策を求めなければならない。・・・
 代替案として頻出するのは、大別すれば以下の7項目だ。
新規事業への参入…多角化
新市場への転出…海外市場など
上方、下方または双方へのインテグレーション…垂直統合
合併、吸収…製品群の拡充や経営力の強化目的
業務提携…販売網の共有化、部品の共同購入、技術提携等
事業分離…別会社を設立し、効率的に事業を経営する
撤退、縮小、売却…事業の切り売りから退却まで全体のために部分を放棄する

 本書では、戦略策定に関する論理的な思考方法やプロセスを紹介していますが、それらの技法に加えて、「参謀」として成功する要諦として「完全主義を捨てる」という姿勢を挙げています。

(p139より引用) 完璧を目指すことは正しいようだが、これは間違っている。完璧を追い求めると、人は絶好のタイミングを逃し、決断を下す勇気を削ぐことが大だからだ。

 そしてさらに、「完璧を廃した実行プランを策定したら、その実行プランについては『完璧に遂行』する」こと、この点の重要性についても大前氏は指摘しています。とても大事なポイントだと思います。

 さて、最後に本書を読み通しての感想ですが、「企業参謀」の入門編というよりも、大前氏流の戦略思考のエッセンス版という印象でした。あっという間に読めるので、戦略思考のオリエンテーション用としては取っつきやすいと思います。ただ、大前氏の著作を何冊か読んだことのある方には不要な本でしょう。

 最後に、もうひとつ引用です。

(p75より引用) 1975年、今から35年以上前に、私は「日本国内でアメリカ式の20分理髪店を開業すればチャンスだ!」と述べた。

 この部分は、私が初めて「企業参謀」を読んだとき、PPM法と同じぐらいインパクトを受けた指摘でした。
 その影響は大変大きく、おかげで私は今では1,000円カットの愛好者です。
 

企業参謀ノート[入門編] 企業参謀ノート[入門編]
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2012-07-28



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

思わず誰かに話したくなる経済の不思議―エコノ探偵団 (日本経済新聞社)

2013-02-22 23:24:18 | 本と雑誌

Gutenberg_bible_old_testament  日本経済新聞に連載されている経済コラム「エコノ探偵団」を文庫版として再録したものです。旬なテーマを経済的視点から分かりやすく解説してくれます。

 それらの中からひとつ、いろいろな意味で私の興味を惹いたトピックを書き記しておきます。「世界遺産はいいことずくめ?」というテーマです。

 そもそも「世界遺産」は、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて登録された人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ遺跡・建造物・景観などのことです。そして、その基本理念は、歴史的価値の保全・保存にあります。
 しかしながら、現実的には、世界遺産登録を地域振興・観光資源化策の一環として位置付けているかのような状況も見られるのです。

(p54より引用) 形あるモノを受け継ごうとする世界遺産に加え、形のない文化を守ろうと2003年に始まったのが「無形文化遺産」だ。芸能や祭事、伝統工芸技術などが対象で、現在267件の登録がある。・・・
 さらに、ユネスコは歴史上重要な文書などを後世に伝える「世界の記憶」事業も進めている。・・・モノや自然にとどまらず、後世に残すべき人類の英知は多い。

 この「世界の記憶(世界記憶遺産)」事業というのは気になりますね。
 後世に伝えるべき歴史的に重要な記録遺産を最新のデジタル技術を駆使して保全し公開することを目的としているものとのことですが、とても意義のある取り組みだと思います。

 さて、本書ですが、読み通してみて、「経済の不思議」というタイトルはちょっとずれているかなという印象を受けました。
 確かに、採り上げている材料は、広義に捉えれば「経済」の話ではあるので、それはそれで面白いものだと思います。
 ただ、私としては、ひろく身の回りにころがっている話題を、狭義の(専門的な)「経済(学)」的観点から捉え、難しい答えを素人分かりするような説明で明らかにするような内容を期待していました。そういう点からみると、正直なところちょっと残念な一冊でした。
 

思わず誰かに話したくなる経済の不思議―エコノ探偵団 (日経ビジネス人文庫) 思わず誰かに話したくなる経済の不思議―エコノ探偵団 (日経ビジネス人文庫)
価格:¥ 800(税込)
発売日:2012-07-03



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヴェネツィアの宿 (須賀 敦子)

2013-02-19 22:53:22 | 本と雑誌

Venice  須賀敦子さんの作品を読むのは初めてです。
 先に読んだ池内紀さんの「文学フシギ帖」で紹介されていたので手に取ってみました。

 著者のご家族・友人たちとの交流・ふれあいのエピソードを穏やかな筆で綴ったエッセイです。年代的には私が生まれたころですから、かれこれ50年ほど前、主な舞台は日本とヨーロッパです。如何にもといった感じのその当時の風情を基調に、知的かつ行動的な著者の姿が自然なタッチで描かれています。

 文学的な美しい表現が心地よい作品集ですが、収録されているエッセイの中から私の興味を惹いたフレーズをいくつか覚えとして書き留めておきます。

 まずは、勤め先を辞めて飛び込んだローマでの留学生生活の1シーンから。
 寮費不足を少しでも補うために仕事をかって出た著者に対して、学生寮の修道女のマリ・ノエル院長はこう語りました。

(p102より引用) 「でも、あなたより数層倍、パオラは家事が上手です。あなたには、あなたにしかできない仕事をしてほしいの。まさか、あなたはパオラの仕事のほうが低いなんて考えてないでしょうね」

 著者に課された仕事は、一週間に二度、日本のことやヨーロッパについて考えていることをマリ・ノエル院長に話すというものでした。著者とノエル院長は、それこそ様々なことを話し合ったようです。もちろん著者が抱いている悩みについてもです。

(p103より引用) 「ヨーロッパにいることで、きっとあなたのなかの日本は育ちつづけると思う。あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ」

 著者は、ローマでとても素晴らしい出会いをしたようですね。

 もうひとつ、まざまざと情景が浮かぶパリ、ノートルダム寺院の描写。

(p136より引用) 後人陣にちかいトランセプト(神廊)の突出部の中央に位置した薔薇窓の円のなかには、白い石の繊細な枠ぐみにふちどられた幾何もようの花びらが、凍てついた花火のように、暗黒のガラスの部分を抱いたまま、しずかにきらめいている。宇宙にむかって咲きほこる、神秘の白い薔薇。トランセプトとネフ(身廊)の屋根の稜線が十字に交差する点にしっかりと植え込まれたように、天を突いて屹立する、細身の、鋭い尖塔。精神の均衡と都会的な洗練の粋をきわめるパリの大聖堂が目の前にあった。

 このあたりの表現はとても上品で、いかにも女流作家の技という感じがしますね。

 さらには、ミラノ時代の友人カロラとフィレンツェの人並のなかで再会したシーンの表現も印象的です。

(p161より引用) ヴェネツィア・ブロンドと呼ばれる、赤みがかった金色のまっすぐな髪をむぞうさにうしろでたばねたカロラの顔をみあげると、そのうしろにフィレンツェの抜けるような青空が輝いていた。

 本書ですが、要は、著者を巡る人びととの様々な交流模様の随感なのですが、読んでいてとても心地よい気分に浸ることができました。やはり、時折は、こういったテイストの本も読まないとだめですね。

 最後に紹介するフレーズは、著者の「母親」を語ったくだりです。

(p231より引用) だれにも守ってもらえない婚家でも苦労を一時でも忘れようとして、母は、つらい分だけ、まるで編み棒の先からついとすべり落ちた編目を拾うように、あるいはやがて自分自身をとじこめることになる繭のために糸を吐きつづける蚕のように、いまは透明になった時間の思い出を子供たちに話して、自分もそれに浸った。思い出をたどるときだけ、母は元気だったので、私たちは、母の思い出にそだてられた。

 母親への様々な思いが伝わってくるいい文章だと思います。


ヴェネツィアの宿 (文春文庫) ヴェネツィアの宿 (文春文庫)
価格:¥ 560(税込)
発売日:1998-08


人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広告論講義 (天野 祐吉)

2013-02-17 09:18:23 | 本と雑誌

Akadama_sweet_wine_poster   「広告批評」の編集長として有名な天野祐吉さんの「広告論」です。

 2000年から2001年にかけて行われた明治学院大学での講義録をベースにしたしたものとのこと。ちょっと古い著作ですが、内容は20世紀の広告を材料にしたものなので、今読んでもその主張には首肯できるところが多くあります。

 このテーマとなった「20世紀」ですが、天野氏はこう位置づけています。

(p4より引用) 20世紀というのは、「戦争の世紀」とか「科学技術の世紀」とか、いろいろな顔を持った世紀ですが、「広告の世紀」であったこともまちがいない。とくに、大量生産・大量消費・大量流通という巨大な歯車をまわしてきたのは広告であって、その働きなしにはいまのような大衆消費社会というのは成り立たなかっただろうと思います。

 この大衆消費社会を活性化し続けた仕掛けが「広告」でした。生産者から消費者への能動的な働きかけです。
 そして「大量消費」をもたらすには顕在化している顧客を対象にするだけでは不十分でした。

(p74より引用) いま買いたいと思っている人にだけ届くのでは、広告はまったくペイしない。広告が話題になり、評判になることで、つまりメディアによって増幅されることで、はじめて広告は、それを買いたいと思う人を掘り起こしたり、あるいは商品や企業のファンをつくり出すという本来の働きをすることができるのです。

  「話題にもならない広告は広告ではない」、天野氏が指摘する「広告の鉄則」です。

 この「話題」になるということは、受け手の共感を得るということでもあります。
 たとえば、1960年代のサントリーの「アンクルトリス」の広告は、世代の意識と同化した制作者自身のメッセージでもあり、それはその時代そのものの言葉でもあったのでした。

(p160より引用) 同時代が自分のからだのなかにある、と思えれば、己れを語ってもその言葉は己れをこえ、同時代の言葉になる。それがジャーナリズム表現の理想だし、広告表現の理想形でもあると、ぼくは思っています。

 まさに、開高健氏山口瞳氏がコピーライターとして活躍していたころです。
 広告といえば「サントリー」という時代がありましたね。思い出すのは「仔犬」そして「大原麗子さん」です。心に残る場面であり、心に沁みる物語でした。


広告論講義 広告論講義
価格:¥ 1,785(税込)
発売日:2002-08-27



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ことばの教養 (外山 滋比古)

2013-02-13 22:23:26 | 本と雑誌

Writing_letter  ちょっと軽めのエッセイを読んでみたくて手に取った本です。
 今までも外山氏の著作としては、「ちょっとした勉強のコツ」「日本語の作法」などを読んだことがありますが、本書もそれらと同系統です。

 一昔前の古風なちょっと気難しいお爺さんのひとり語りという趣の内容です。そうですねと思えるところもあれば、そうかしら?と首を傾げるところもあります。

 首肯できるところとしては、たとえば「読書の楽しみ」の指摘のくだりがそうです。

(p165より引用) 違ったことをしている人間同士が集まって雑談するのが楽しいのと同じように、読む本もなるべく職業や専門から離れたものがおもしろい。

 私の読書も雑食ならぬ「雑読」です。強いて言えばやはりビジネス書系が多いのですが、哲学・科学といったジャンル、また純文学・エッセイ等にも意識して手を拡げようと思っています。そういった馴染みのない分野の本で、思いがけない発見に出会うと、確かにとても嬉しく感じます。

 他方、「知り合い」に係る外山氏の実感は、そうかしら?と同意しかねるものでした。

(p64より引用) 若いときは、すこしでも広い世界へ出たい。ひとりでも多くの新しい知り合いがほしい、と思う。それがあるところへ来ると、逆に、世界を狭くして生きたいと思うようになるから不思議である。

 私もそろそろいい年になりかかっていますが、まだ「知り合いを絞っていこう」と思ったことはありませんね。年賀状をはじめとした葉書・手紙のやりとりはほとんどなくなりましたが、SNSでのつながりはまだまだ拡大中です。

 本書においてよく取り上げられている「手紙」や「電話」といった「コミュニケーション」をテーマにしたくだりを今読むと、ともかく時代感覚のずれを強く感じますね。概ね20~30年ぐらい前という中途半端な過去が舞台なので、かえってその違和感が際立つのでしょう。

 ただ、こういった本の楽しみは、相似と相違を体感することにあります。貴重なのは、年齢・経験・立場・・・といった自分とは異なる背景を持った先人の考え方を知り、そこからいろいろな意味での刺激を受け気付きを得ることですから、その点では有益な本だと思います。
 

ことばの教養 (中公文庫) ことばの教養 (中公文庫)
価格:¥ 600(税込)
発売日:2008-10



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人生がときめく片づけの魔法 (近藤 麻理恵)

2013-02-09 09:38:45 | 本と雑誌

Seiri  かなりよく売れた本で、最近「続編」が出版されたようですね。
 妻から強く勧められたので、しぶしぶながら読んでみました。私自身、どちらかというと物をため込む方で片づけは大の苦手なのです。

 さて本書ですが、個別具体的な「収納技」をこまごまと紹介したものではありません。それらしい部分も少しはありますが、むしろ勘所をザクッとシンプルに指摘するというスタイルです。

 著者流の「片づけ」のポイントは2つ。

(p45より引用) 片づけで必要な作業は「モノを捨てることと」と「収納場所を決めること」の二つだけ。大事なのは「『捨てる』が先」の順番だけ。

 ただ、誰でも多かれ少なかれそうでしょうが、この「捨てる」ということがなかなかできないのです。著者は、この「捨てる」決断のための具体的方法として、対象になるものをひとつひとつ手に取って選別することを勧めています。

(p87より引用) モノが果たしてくれた役割にきちんと向き合い、感謝して手放してあげることで、初めてモノとの関係に「片をつける」ことができたといえます。

 この「感謝して手放す」という発想は、私にとっては新たな気づきでした。
 私の場合は、単に「捨てる」のが煩わしいから結果的にモノが積み上がっていくという情けないほど単純なあり様なのですが、「捨てない」ことにより、そのモノに纏わる過去の想いをそのままだらだらと引きずっていたという面も確かに思い当たるところです。

 著者が絶対視する方法は、残すものは、これからも間違いなく必要になるモノであると同時に、自分自身がそれを持っておくことに「ときめき」を感じるモノに限るというものです。

(p170より引用) たくさんのモノを抱え込んで捨てずに持っているからといって、モノを大事にしているわけではありません。むしろ、その逆です。・・・自分がときめくモノを選び抜く作業を通じて初めて、私たちは自分が何を好きで何を求めているのか、はっきりと感じとることができるのです。

 モノを捨てたからといって、これまで自分が蓄積してきた経験が消えてなくなるわけではありません。自分自身大切にすべきものを明確に選別・自覚することこそが、今後の生きていくうえでのスタートになり、またエネルギーになると著者は説いているのです。

(p231より引用) 自分という人間を知るには、・・・片づけするのが一番の近道だと私は思います。持ちモノは自分の選択の歴史を正確に語ってくれるもの。片づけは、本当に好きなモノを見つける自分の棚卸しでもあるのです。

 このあたり、単純な「片づけ」のためのTips集・ノウハウ本とはちょっと違いますね。

 「片づけ」によって“ときめくような人生”をおくりましょう・・・。自分自身の過去に感謝しつつも、それをきちんと整理して、これからの将来に対して前向きに歩み始めることが大事。これが著者のメッセージです。
 本書は、「片づけ」を切り口にした一種の“自己啓発書”でもあります。


人生がときめく片づけの魔法 人生がときめく片づけの魔法
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2010-12-27



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間失格 (太宰 治)

2013-02-05 23:19:10 | 本と雑誌

Dazai_osamu  今年は、意識して誰でも知っているような「文学作品」を読み拡げていこうと思います。
 はるか以前に読んだことのある作品もあれば、恥ずかしながらこの年になるまで読んだことのないものもあるでしょう。

 まず、手に取ったのは、太宰治の代表作のひとつ「人間失格」です。
 私も学生時代、太宰の作品はいくつも読んでいますが、この「人間失格」は初めてです。本書は、太宰としては晩年?の作、自ら命を絶つ直前に記したものとのこと、彼の自伝的小説と言われています。

 この「自伝」という点から、太宰自らを語っているくだりをいくつか書き留めておきます。

(p24より引用) 自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。・・・自分は、修身教科書的な正義とか何とかという道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。

 周囲の人と素直な付き合いができない、そのために自分を隠し「道化」を演じるというのが主人公の生き方でした。

(p82より引用) ヒラメの話方には、いや、世の中の全部の人の話方には、このようにややこしく、どこか朦朧として、逃腰とでもいったみたいな微妙な複雑さがあり、そのほとんど無益と思われるくらいの厳重な警戒と、無数といっていいくらいの小うるさい駈引とには、いつも自分は当惑し、どうでもいいやという気分になって、お道化で茶化したり、または無言の首肯で一さいおまかせという、謂わば敗北の態度をとってしまうのでした。

 さて、小説なのであまりくどくどと断片的な描写を引用するのはやめにしましょう。

 久しぶりの太宰作品を読み終わっての感想ですが、正直なところ思いの外あっさりと読み通したというのが実感です。主人公の心理や行動において、自分と同一視できるところ、一般的にほとんどの人に当てはまるであろうところも少なからずありましたが、それ以上何か特別に感情移入するほどではなかったようです。

 自分の感性が鈍感になっているのか、文学作品に対する鑑賞眼自体が著しく劣化しているのか・・・、ともかく、今年はもう少し意識して「文学作品」と付き合ってみましょう。


人間失格 (新潮文庫 (た-2-5)) 人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))
価格:¥ 300(税込)
発売日:2006-01



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ (鈴木 博毅)

2013-02-02 10:53:43 | 本と雑誌

Shippai_no_honshitsu  私の場合、同じ本を何度も読み直すことはまずしないのですが、「失敗の本質」はその数少ない例外です。

 本書は、ストレートにその「失敗の本質」の入門版と銘打っているので、どんな内容なのかちょっと気になって読んでみました。

 結論からいうと、原書の要約版というより、「失敗の本質」的観点からの「ビジネス書入門」といった感じでした。「失敗の本質」で指摘されている日本軍の組織・行動面での課題・弱点を現代ビジネスに敷衍して著者なりの示唆を加えています。

 たとえば、よく言われている「成功体験」の罠について。

(p57より引用) 日本軍ならびに日本企業が歴史上証明してきたことは、必ずしも戦略が先になくとも勝利することができ、ビジネスにおいても成功することができるという驚くべき事実です。・・・戦略の定義という意味での論理が先にあるのではなく、体験的学習による察知で「成功する戦略(新指標)を発見している」構造だからでしょう。

 ただ、この「経験則による成功法則」は、結果的には過去の成功事例の教条主義に陥ってしまいます。相手が変わり環境が変わっても相変わらず同じ思考・行動をとり続ける、その結末は明らかです。

(p59より引用) 「体験的学習」で一時的に勝利しても、成功要因を把握できないと、長期的には必ず敗北する。指標を理解していない勝利は継続できない。

 米軍は、日本軍の常套戦術である「白兵銃剣主義」「艦隊決戦主義」が機能する「局地的決戦戦争」による決着から「総力持久戦」へと戦いの土俵自体を変えていきました。「基本戦略の転換」です。

(p90より引用) 既存の枠組みを超えて「達人の努力を無効にする」革新型の組織は、「人」「技術」「技術の運用」の三つの創造的破壊により、ゲームのルールを根底から変えてしまう。

 これは「変化に対応して自らも変わる」、さらには「所与の条件自体を変える」という能動的な営みです。この姿勢は、守旧的組織と比較した場合、組織としての「学習プロセス」の差としても現れます。

(p97より引用) 『失敗の本質』で紹介されていた、「目標と問題構造を所与ないし一定とした」上で最適解を選び出す学習プロセスを、「シングル・ループ学習」といいます。
 「シングル・ループ学習」は、目標や問題の基本構造が、自らの想定とは違っている、という疑問を持たない学習スタイルです。・・・
 「ダブル・ループ学習」とは、「想定した目標と問題自体が違っている」のではないか、という疑問・検討を含めた学習スタイルを指します。

 この「違っているのではないか」という「疑問」を持つ主なきっかけは、「現場からのフィードバック」です。
 現場での気づきを組織としての学習のインプットにする、そして、そこから新たな改善アクションを生み出していく・・・、この仕掛けを定型プロセスとして組織内に固定化することができるか否かが、変化を前提とした競争環境下での勝敗を左右する決定的なポイントになります。

(p192より引用) 愚かなリーダーは「自分が認識できる限界」を、組織の限界にしてしまう。逆に卓越したリーダーは、組織全体が持っている可能性を無限に引き出し活用する。

 現場からのフィードバック情報も、自己の、そして組織としての認識範囲を拡大するものですね。
 上司への説明・説得は、ある面では、上司の認識範囲の拡大を求める行動でもあります。上司たる者、自己の認識範囲が広がることを自らの成長と考え、大いなる喜びとしたいものです。

 さて、本書ですが、冒頭にも書いたように、「失敗の本質」の要約版ではありません。原書自体「要約」してしまうと、その充実した検証内容の価値は無に帰してしまいます。その点では、本書が要約版でなかったのは幸いというべきでしょう。


「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ 「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2012-04-06



人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする