OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

猪瀬直樹の仕事力 (猪瀬 直樹)

2011-03-30 22:00:47 | 本と雑誌

 著者は現東京都副知事の猪瀬直樹氏。先般、猪瀬氏の30年近く前の著作「昭和16年の敗戦」を読んだのですが、本書は新刊です。

 第一章は、最近の「時評-改革の現場から」、第二章は「誰も知らなかったコトを見てみたい」という企業ルポルタージュ、第三章は「対談-「日本」と「文明」をめぐって」。それぞれが独立した構成です。

 そのなかで、特に私の興味を惹いたのは第二章。
 株式会社ワンビシ・アーカイブズをレポートした「災害から情報を守るアイデア商社」で紹介されている創業者樋口捲三氏の発見力と行動力はずば抜けたものでした。

 
(p104より引用) 判断のためのデータは、意外なところで発見できる。その教訓を徹底していけば、どうしてもディテールに注意力が喚起されるというのである。・・・
 アイデアマンは意外に本を読まないものだ。・・・では勉強家でないのかというと、そうではない。人に会うことをいとわず情報の素材に敏感、耳学問を生きたデータにし、勘を養う。

 
 このあたりは、ホンダの創業者であるあの本田宗一郎氏に相通ずるところがありますね。

 また、第三章の「対談」の中にも興味深い指摘がありました。
 たとえば、作家小島信夫氏との対談「ノンフィクションと文学のあいだ」から「批評家の役割」についての猪瀬氏のコメントです。

 
(p165より引用) 猪瀬 自然主義とかプロレタリア文学とか私小説とかなんとかがあったように、ノンフィクションという時代があったと考えたほうがおもしろいと思うんです。・・・
 ところが、この時代に合わせた文学史家が出てこない。そういう全体の文学史を、もっと広く言えば文学史を、きちんと位置づける人が出てこないから、いつまでたっても位置づけができない。位置づけができないと、次のステージは生れないんです。

 
 もうひとつ、なるほどという指摘。
 フランス文学者山田登世子氏との対談「『有名人』はただの現在にすぎない」から、猪瀬氏による「アメリカ大統領選」の意味づけのくだりです。

 
(p190より引用) アメリカの大統領選というのは王位継承戦争だから、一年間やる。内乱ですから、あれは。一年間内乱をやることによって、全員が参加して、そこで感情を全部表出すると、要するにディオニソス的な空間ができて、飲めや歌えでドンチャン騒ぎになる。それでひと通り吐き出したところで、王様の交代という儀式が成り立っていく。・・・そういう祝祭空間をもって、南北戦争の小型版を四年に一回ずつやっていくという形で国家が再生していく。

 
 さて、本書を読み通しての感想ですが、その内容は、「猪瀬直樹の仕事力」というタイトルから私が勝手に想像していたものとはちょっと違いましたね。ただ、採録されている形式もコラム・ルポルタージュ・対談と、また、テーマも、時事問題・経営・文学論等と多種多様で、猪瀬氏の考え方を多角的な視点から辿るにはなかなか面白いものでした。
 
 

猪瀬直樹の仕事力 猪瀬直樹の仕事力
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2011-01

 
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日本海海戦の真実 (野村 実)

2011-03-26 10:01:38 | 本と雑誌

Togo_heihachiro  司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、東郷平八郎連合艦隊司令長官・参謀秋山真之らが日露戦争における日本海海戦勝利の立役者として描かれていますが、本書は、当時の海軍極秘資料から、そういった通説?とは別の結論を導き出しています。

 まずは、日本海海戦勝因の一つ、バルチック艦隊通過コースの予測の経緯を辿ったくだりです。当時、艦隊幹部の間では、津軽海峡を通るという意見が主流でした。

 
(p120より引用) 加藤参謀長や秋山作戦参謀は、その明晰な頭脳によって、5月19日のルソン海峡における、敵に関する最後の確実な情報と敵艦隊の平均航海速力から、5月24、25日ころには対馬海峡に到達して然るべし、と論理的に考えた。
 しかし藤井と島村は、海上経験から加藤、秋山とは別の論理で「かならず対馬に来る」と主張した。そして東郷の指揮官としての経験と直感は、後者の意見を採用することになった。

 
 第二艦隊参謀長藤井較一と第二戦隊司令官島村速雄の反対が、東郷の連合艦隊の北進決定を遅らせ、対馬海峡での迎撃を可能にしたとの指摘です。当時、東郷は「対馬通過を予想していた」との説もありますが、もし藤井・島村両名の反対がなければ、艦隊幹部総意としての北進に同意していた可能性も否定できなかっただろうと著者は考えています。

 もうひとつの勝因、連合艦隊の敵前大回頭いわゆる「丁字戦法」の舞台裏についてです。著者は、司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」の一節を引きながら、こう論じています。

 
(p159より引用) 「海戦に勝つ方法は」
と、のちに東郷は語っている。
 「適切な時機をつかんで猛撃を加えることである。その時機を判断する能力は経験によって得られるもので、書物からは学ぶことはできない」・・・(『坂の上の雲』「運命の海」)
 東郷が語る「海戦に勝つ方法」は、たしかにそのとおりであろう。しかし、日本海海戦において東郷が風向・距離などから「とっさに判断」し、丁字戦法を決行したという判定については、正しくないと思う。
 実は東郷の連合艦隊が洋上でロシア艦隊と遭遇したときに丁字戦法を採用することは、東郷が日露開戦直前の明治37年(1904)1月9日、「連合艦隊戦策」中に明記し、部下の将校にあらかじめ示していたものだった。

 
 日本海海戦に先立って、東郷は実際三回にわたりロシア艦隊に対し丁字戦法のリハーサルを行いましたが、その三回とも失敗に終わっていたとのことです。
 そして四度目、日本海海戦における成功の要因は、「丁字戦法を、バルチック艦隊が逃げることのできない対馬海峡という狭い戦域で実行した」ことによります。もちろん、これは先の三度の失敗からの教訓を生かしたものでした。

 最後に、本書の論旨とは離れますが、私として印象に残った記述を記しておきます。著者が語る「参謀の条件」です。

 
(p107より引用) 参謀の条件として第一に必要なことは、指揮官の頭脳を補佐することである。すなわち参謀の役割は、指揮官の計画や決心に必要な多くの情報資料を整備して適切な助言をすることであり、指揮官の計画や決心が固まれば、それを実行に移す事務を的確に処理することである。・・・
 第二に必要な条件は、指揮官の計画や決心が部隊の末端まで伝達されて徹底しているかを確かめ、確実に実行されるようにしなければならないことだ。

 
 非常に明晰です。特に第二の条件の指摘は勉強になりますね。
 
 

日本海海戦の真実 (講談社現代新書) 日本海海戦の真実 (講談社現代新書)
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発売日:1999-07

 
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この人から受け継ぐもの (井上 ひさし)

2011-03-21 12:13:46 | 本と雑誌

Chekhov  「九条の会」関係の岩波のブックレットで寄稿文は読んでいるかもしれませんが、井上ひさし氏の著作を読むのは、一冊の本になっているものは初めてだと思います。「吉里吉里人」もそのボリュームに気後れしてまだ挑戦していません。
 そういう点では、井上ひさし氏といえば、私としては、「ひょっこりひょうたん島」をはじめとした放送作家としての活躍が最も身近なものですね。

 さて、本書は井上氏の講演や評論をまとめたものですが、それらのテーマは「氏の関心を惹いた人々」です。対象として登場するのは、吉野作造・宮沢賢治・丸山眞男・そしてチエーホフ。
 それぞれの人物の章の中から、2・3のフレーズを覚えとして書き記しておきます。

 まずは、「民本主義」を唱え大正デモクラシーを牽引した政治学者で思想家の吉野作造。彼の仕事に対する井上氏の評価です。

 
(p26より引用) 吉野作造の雑文集は、いまとなれば珠玉の政治論文といっていいと思います。みんな忘れている思想家の中に、実は今日的問題をきちんと踏まえて、何十年も前に答えを出している人がいた。そういう人をもう一度掘り返して読むという作業をわれわれはしないといけません。

 
 次は、宮沢賢治。この章で井上氏は、宮沢賢治を語るとともに、その賢治の生き方を材料に自分自身の演劇論にも触れています。ただ、ここにご紹介するのは、やはり賢治の代表作についてのくだりです。

 
(p56より引用) 父親や花巻から逃れようとして、普遍的なものに頼りながら自分の自我を確立しようとした。それではだめだと悟って宇宙との関係、大きな世界と自分との関係をつかんだときに、「雨ニモマケズ」という詩が出てくるのです。
 「雨ニモマケズ」という詩はあまりに有名になりすぎて、私もrくに読まなくなってしまっていたのですが、きょうゆっくりもう一度読んでみましたら、あれはひょっとしたら日本人のこれからの理想かもしれない。非常に謙虚に生活の欲望をあるところで抑えながら、同時に人のためになろうとする。

 
 丸山真男氏の章(この章は、丸山氏礼讃です)は飛ばして、ロシアの劇作家チェーホフを取り上げた第4章。井上氏はチェーホフの喜劇作家としての思想の礎石を以下のように語っています。

 
(p116より引用) ちゃんとした喜劇作者は、同じ時代を共に生きる普通の人たちの生活を凝視する。喜劇の題材は、普通の人たちの日々の暮らしの中にしか転がっていないからだ。さらに彼は・・・社会革命家にならざるを得ない。自分を含む普通の人たちの生活を見つめているうちに、たいていの人たちが、たがいに理解し合うことを知らないためにそれぞれもの悲しい人生を送っているという恐ろしい事実を発見するからだ。

 
 さらにこう続きます。

 
(p116より引用) 万人に通じ合う大切な感情が共有できない、知っていながら知らんぷりをして結局は自己溺愛の中に逃げ込むしかない・・・そういった人たちの毎日が少しでもいい方向に変わってくれたらと、喜劇作者は私かに祈り始める。チェーホフもまた、この道を歩いていた。

 
 私は実のところチェーホフの作品に触れたことがないのですが、この章を読むと是非とも手に取ってみたいと思いますね。

 そして最後は、「笑いについて」のエッセイから。
 井上氏は「笑い」については一家言もっています。が、歴史に名を残す著名な思想家たちもこの「笑い」を取り上げていました。

 
(p124より引用) 「笑いは一種の社会的身振りである」(ベルグソン)とか、「笑いとは誇りの突然の発生である」(ホッブス)とか、「笑いは、強い緊張がだしぬけに弛んだ結果生じる」(カント)とか、「笑いは突如として自覚された優越感の表現である」(パニョル)とか、先人はいろいろと結構なことをいってくれてはいる・・・

 
 私の大好きな笑いの達人二代目桂枝雀師匠は、どうやら「カント学派」だったようです。
 
 

この人から受け継ぐもの この人から受け継ぐもの
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2010-12-18

 
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トニオ・クレエゲル (トオマス・マン)

2011-03-19 09:12:37 | 本と雑誌

Thomas_mann  言うまでもなく、パウル・トーマス・マン(Paul Thomas Mann 1875-1955)といえば、「魔の山」が代表作のドイツのノーベル賞作家です。ですが、恥ずかしながら、私は今まで彼の作品は読んだことがありませんでした。

 本書は1903年に発表されたものなので、マンの作品としては比較的初期のものになります。内容は、マン自身の少年から青年期の自画像とも言われています。

 こういった小説は滅多に読まないので、私自身の感性は衰えきっているのですが、その鈍感な感性に引っかかったくだりを、ひとつふたつ覚えとして書き留めておきます。

 まずは、物語の始めのあたり、トニオが少年時代の純粋な姿の描写です。

 
(p26より引用) この当時彼の心は生きていた。そこには憧憬があり、憂鬱な羨望があり、そしてごくわずかの軽侮と、それから溢れるばかりの貞潔な浄福とがあった。

 
 もうひとつ。こちらは物語りの終盤、トニオが作家としての名声を得た後の台詞です。

 
(pXXより引用) 芸術の中にまぎれこんだ俗人、・・・やましい良心を持った芸術家でした。なぜといって、僕の俗人的良心こそは、僕をしてあらゆる芸術生活、あらゆる異常性、あらゆる天才のなかに、あるはなはだ曖昧な、はなはだ怪しげな、はなはだ疑わしいものを見出させ、単純な誠実な、安易で尋常な、非天才的な紳士的なものに対する、あのおぼれ心地の偏愛で、僕の胸をいっぱいにするものなのですから。

 
 昨今は写真や映像を気軽に共有できるようになったので、風景を文字で表し言葉で伝える機会がめっきり減ってしまいました。描写能力は決定的に衰えていますし、語られた風景を復元する想像力も併せて劣化しています。
 今回はそういう思いを痛感しました。

 情景描写に止まらず、心情面もそうです。やはりこういった作家の思索的作品はなかなか受け止めにくいですね。もちろん、こちらにそれだけの文学的素養や精神的な深みがないことが原因です。「芸術家と市民、あるいは精神と生命の対立をテーマにしている」とのことですが、私の感性ではどうもそこまでの理解には到底至りません。
 ともかく、これに懲りず、時折りはこの手の作品に挑戦しましょう。
 
 

トニオ・クレエゲル (岩波文庫) トニオ・クレエゲル (岩波文庫)
価格:¥ 420(税込)
発売日:2003-09-18

 
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折れそうな心の鍛え方 (日垣 隆)

2011-03-09 22:08:01 | 本と雑誌

 日垣氏の著作は何冊も読んでいます。舌鋒鋭く、その分持論の周りには少なからず波風が立ってしまうタイプですね。

 本書は、過去においてウツになりかけた著者自身の体験をもとに、それを克服するためのある種「素人療法」を紹介したものです。「素人療法」といっても自ら実践したものだけにリアリティはあります。もちろん全ての方法が全ての人に有効というわけではありませんが、それは当然でしょう。

 紹介されている50の方法の中から、私自身、なるほどと思ったものをいくつかご紹介します。

 まずは、悲しみや苦しみの大きさについて。

 
(p56より引用) 不思議なもので、悲しみや苦しみにもキャパシティがあります。
 人は、自分にふさわしい悩みや落ち込みしか抱えないのです。
 ふさわしいという言葉が適当でないのなら、「自分の力以上のものは抱えない」と言い換えてもいいでしょう。・・・
 「夜明け前が一番暗い」
 「明けない夜はない」
 ありふれたフレーズではありますが、確かな真実だと思います。

 
 この指摘は、日垣氏の論を待つまでもなくよく語られるところですし、究極の支えになる心の姿勢ですね。
 こういう気の持ち様はとても大事です。

 
(p88より引用) 人間は、「できる」と思うことしか、できません。
 逆に言えば「できる」と思っていれば、できてしまったりするものです。

 
 こういう「割り切り」も心の負担を軽くしてくれます。

 また、最悪の状況にあると感じている人に対しては、こんなアドバイスも。

 
(p127より引用) もしあなたが今、喪失感や落ち込みの真っ只中にいたら、それは「最悪」を経験するという貴重なときであり、人生のなかでまとめて与えられた「考えるための時間」かもしれません。
 そこから何を生み出すか、生み出さないかは、「最悪の時期」の過ごし方で決まるような気もします。

 
 さて、本書、読み終わって改めて「目次」を眺めてみると、落ち込んだ気持ちから「V字回復」するための50のノウハウがテンポよく並んでいるのが分かります。

 ・原因を人のせいにする愚痴は、ストレスを育てるだけ
 ・一発逆転を狙わず、やれることは全部やる総力戦で
 ・「何だか不安」は「何が不安か」がわかっていないから
 ・「自分のつらさは特別」という思い込みをぶち壊す
 ・落ち込んだら、まず出口をイメージするのが回復の第一歩 等々。

 日垣氏の著作の中では、どちらかといえば異色な部類でしょうか。かなり「優しい」語り口です。
 
 

折れそうな心の鍛え方 (幻冬舎新書) 折れそうな心の鍛え方 (幻冬舎新書)
価格:¥ 777(税込)
発売日:2009-09-28

 
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フェルメールのカメラ―光と空間の謎を解く (P.ステッドマン)

2011-03-05 18:49:31 | 本と雑誌

Vermeer  オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632‐75)は、最近特に日本で人気ですね。「フェルメールの青」に代表される神秘的な色合いとともに、その写実的でありながら柔和な筆遣いは、素人目にも素晴らしいと感じます。

 本書は、そのフェルメールの絵の謎に挑んだもの。その謎とは、「彼は、カメラ・オブスクラという光学機器を創作の助けにしたのではないか」という説です。
 カメラ・オブスクラというのは写真用のカメラの前身で、ピンホールあるいはレンズを通して外景をスクリーン上に投影させる装置です。

 著者のステッドマンはロンドン大学教授で建築学の専門家。その立論方法は、フェルメールの絵に描かれた様々なパーツから制作空間の精密な計測を重ね、最終的にはフェルメールの当時のアトリエを立体的に復元することで、実際のカメラ・オブスクラの使用を証明しようとしたものです。(この過程は、Vermeers Cameraというサイトでも詳しく紹介されています)

 とはいえ、フェルメールが何らかの光学装置を用いていたとの説は、著者が初めて唱えたものではありません。本書でも、その代表的論者のひとり美術史家ローレンス・ガウイングの主張を紹介しています。

 
(p63より引用) あとからの修正もないし、線や下絵の形跡もない。・・・これほど直接的で完璧な客観性をもった描き方は、ほかの画家には見られない。・・・私たちが目にするのは、光の存在するリアルな世界であり、それはまるで、光それ自体の客観的なプリントを記録したかのようである。
 ガウイングの診断に迷いはない。フェルメールの知覚と表現様式がこのように奇妙で異例な特質をもつのは、光学像がもとになっているからである。
 謎、あるいはその謎の技術的な部分は、明白である。そしてそれに対するひとつの答えも示されている。フェルメールはカメラ・オブスクラを用いたと思われる。

 
 本書は、目次を辿っただけでも、「1章 カメラ・オブスクラ」「2章 カメラ・オブスクラを用いたという発見」「3章 カメラ・オブスクラを教えたのはだれか?」「4章 描かれた部屋はどこにあったか?」「5章 フェルメールの絵の空間を再現する」「6章 謎に迫る」「7章 フェルメールのアトリエを再現する」「8章 反論に反論する」と緻密な考証が続きますが、その中で、特に私が興味をもったのが、「デッサン」なしで描くというフェルメールの画法についてでした。

 当時のカメラ・オブスクラに用いられていたレンズは単レンズだったので、対象に完全にピントを合わせることは不可能でした。その特性が、フェルメール独特の画法を生んだともいえます。

 
(p214より引用) そのピンぼけで「凝縮された」形式において像は均一の色と色調をもった領域へとより容易に分解され、そしてこれらの色や色調の変化するところに、境目ができる。したがって、これらの境目の多くは、光景のなかの対象の縁には落ちなくなる。フェルメールは、心のなかに思い描くような形や輪郭をもった指、身体、ヴィオラではなく、光や色のかたまりを描くことから始めたのだ。

 
 そして、この描き方の特徴が、ガウイングをして、フェルメールのカメラ・オブスクラの利用を気づかせたのでした。

 フェルメールが何らかの光学装置を用いたであろうことは、現代の美術史家の間では広く認められているとのこと。

 
(p221より引用) フェルメールの絵は、西洋美術のなかでもっとも完璧な静物画として定義できるだろう。ここで言う静物とは、そのことば本来の意味で「静謐なるもの」、シュティル・レーベンであり、完璧なる実在の夢である。・・・ここでは、時間が宙吊りになり、日々の生が永遠を装っている。

 
 フェルメールの絵のもつ静謐さと客観性を語るシャルル・ド・トルナイの文章です。
 
 

フェルメールのカメラ―光と空間の謎を解く フェルメールのカメラ―光と空間の謎を解く
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グーグル秘録 (ケン・オーレッタ)

2011-03-02 23:19:19 | 本と雑誌

 グーグルに関する書籍はそれこそ山のようにあります。私も直近には牧野武文氏による「Googleの正体」という本を読んでみていますが、そちらはコンパクトな入門編。
 それに対して、本書はアメリカのジャーナリスト、ケン・オーレッタ氏によるオーソドックスなグーグルレポートです。グーグル幹部をはじめとした数々の関係者への直接取材に基づいているので、内容は詳細かつ具体的で結構読み応えがあります。

 もちろん、紹介されているエピソードのかなりのものはすでに人口に膾炙されているものですが、中には、改めてなるほどと思うものもありました。
 それらの中から、いくつか覚えに書き記しておきます。

 まずは、グーグルを「単なる検索プラットフォーム開発会社」から「新たな広告ビジネスの巨人企業」に脱皮させるトリガーとなったアドワーズ・アドセンスについてです。
 アドワーズのコンセプトはオーバーチュアのアイデアの亜種でしたが、アドセンスは全く別物と言えます。この点について、検索ビジネスの大物ダニー・サリバン氏がUSAトゥデーに語ったコメントです。

 
(p144より引用) 「アドセンスは基本的に、ネットを巨大なグーグル専用の掲示板に変えてしまった。グーグルは実質的に、あらゆる人の制作したコンテンツを、自らの広告を配信する場所にしてしまったのだ

 
 グーグルは、超巨大企業になった現在においても、創業者であるラリー・ペイジと・サーゲイ・ブリンの考え方が絶対的な価値観として墨守されています。
 「邪悪になってはいけない」というグーグルのエンジニアに信奉されているスローガンもそのひとつです。が、このスローガンが表している姿勢は、自己規制のようでもありますが、他方、「ある種の傲慢さ」も含んでいます。Gメールの開発でコンサルタントを務めたスタンフォード大学教授テリー・ウィノグラッドのコメントです。

 
(p157より引用) 「ラリーとサーゲイは、・・・さっさとやってしまえば、他の人々は従来のやり方がそれほど優れたものではなかったことに気づき、後からついてくるはずだと思っているんだ」
 こうした態度を「ある種の傲慢さ」とウィノグラッドは呼ぶ。「グーグルには『自分たちの方が分かっている』という考え方が蔓延している。消費者のためになることを、消費者以上によく理解していると考えることが、正しいとされているんだ」

 
 創造性溢れるサービスを提供することが、まさに消費者であるユーザーのためだとの考え方は間違ったものではありません。その姿勢は、グーグル上場にあたって証券取引委員会へ提出された資料においても、創業者の意思として表明されています。

 
(p167より引用) 「グーグルは型にはまった会社ではなく、そうなるつもりもない」
 創造性を失わず、投資家ではなくユーザー重視の姿勢を貫くため、“四半期ごとに市場から寄せられる期待”におもねるつもりはない。配当を払うつもりもない。さらに四半期ごとに業績を予想して“収益予想”を提示する業界のしきたりに従うつもりもない、とした。
 「経営陣が短期目標に振り回されるのは、ダイエットをしている人が30分ごとに体重計に乗るのと同じくらい無意味なことだ」とも言い切っている。

 
 グーグルは一般株主による経営への介入をはっきりと否定しています。上場後も二人の創業者が圧倒的な支配力をもっており、その他の投資家は、金は出しても口は出すなというわけです。これはこれで、すっきりした考え方でもあります。

 さて、そのグーグル。最近のニュースによると、現CEOのエリック・シュミットは代表権のある会長職に退くとのこと。替わって4月からCEOに就くのはラリー・ページです。サーゲイ・ブリンは、テクノロジーのトップとして現職を続け、ページのCEOの就任によってプロダクトとビジネス部門が合体するようです。
 この新体制で、マーク・ザッカーバーグ率いるフェースブックの台頭とどう渡り合うのか・・・。

 
(p492より引用) ビル・キャンベルにフェースブックは脅威かと尋ねると、即座に「多くのユーザーに支持されているプラットフォームを持つ企業なら、どこだって脅威だ。ネットを使う際のスタートページになり得るからね」と答えた。
 グーグルのビジネスモデルは、ユーザーをなるべく早く自社サイトから目的地へ送り出すこと、そしてインターネットの空間を基本的なプラットフォームとして使うことを基本としている。一方、フェースブックをはじめとするSNSは、ユーザーを自社サイトにつなぎとめ、彼らのネット生活の中心、ひいてはネット上の自宅になろうとしているのだ。
 SNSはグーグルの検索サービスを脅かすものになりかねない。

 
 私は、まだフェースブックは初心者ですが、「ネット上の自宅」を目指しているというニュアンスは分かる気がします。

 
(p494より引用) 「グーグルの関心は、コンピュータの頭脳であるCPU(中央演算装置)にしかない。人間の頭脳を無視しているんだ」。それがグーグルの検索を脆弱にしている、とボ-スウィックは指摘する。

 
 SNSやtwitterと真っ向から対立する“群集の叡智”の否定です。
 まだまだグーグルには注目ですね。
 
 

グーグル秘録 グーグル秘録
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