昨年(2010年)末の読売新聞の書評欄で、お二人の方(東京大学史料編纂所准教授本郷和人氏・読売新聞論説副委員長榧野信治氏)が採り上げていたので読んでみました。
著者の竹内政明氏は、読売新聞のコラム「編集手帳」の執筆者、本書はその竹内氏による古今の名文コレクションです。
そこで紹介された多くの「名文」の中から、特に私が興味をいただいたものを、以下にいくつか書き記しておきます。
まずは、これはすごいと感じたものからひとつ。
ことば遊びの元祖ともいえる「いろは歌」、画家の安野光雅さんが故郷の津和野を詠まれたその新作です。
(p17より引用) 「つわのいろは」
夢に津和野を思ほえば
見よ城跡へうすけむり
泣く子寝入るや鷺舞ふ日
遠雷それて風たちぬ
- 安野光雅
「いろは歌」は「かな文字一字を重複なく使うという究極の制約」のもとで作られたものですが、この作品は、そういう制約をまったく感じさせない秀作ですね。とても常人では真似できません。
次は、思わず噴出してしまう快作。壇ふみさんが中学生の甥御さんに英語を教えていたときのユーモラスな会話です。
(p48より引用) ある晩、レッスンの途中、おふみ先生が例題の一語について解答を求めた。
「エレガントは何の意味?」
「ええと、ええと、ええと」
甥は答へられない。おふみはちよつと気取つてみせる。
「ぢやあね、伯母さんのことを考へてごらん。伯母さんの姿を、人が日本語で上手に言ひあらはすとしたら、どんな言葉を使ふでせう」
「分かつた」、中学生が叫んだ。「象だ」
阿川弘之さんのエッセイで紹介されたものですが、このオチは最高ですね。
そして、しんみりと、また暖かい言葉。福井県丸岡町(減・坂井市)が募集している「日本一短い手紙」の中の作品です。
(p102より引用) 修学旅行を見送る私に「ごめんな」とうつむいた母さん、
あの時、僕平気だったんだよ。
-横川民蔵〈石川県、55歳〉
55歳になった息子さんが当時を思い出しての言葉だと思うと、尚更じんとくるものがあります。
最後は、阪急グループの元総帥小林一三氏のエピソードです。これはみなさんもご存知かもしれません。
(p204より引用) 昭和初年は不況で、阪急百貨店の食堂はライスだけを注文する客で混み合った。ライスに卓上のソースをかけて食う。ある日、食堂に「ライスだけの客お断り」の貼り紙が掲げられた。それを見た小林は、ただちに書き直させたという。
ライスだけの客、歓迎
近年、こういう名物経営者も居なくなりましたね。ましてや、こういう逸話の舞台となるような「百貨店の『食堂』」もなくなりました。
さて、本書を読み通してみて、私の印象に残った名文を大きく2つに分類すると、作者の素直な心情の吐露として心に残るものと、語る人の機知に感服するものとがありました。前者は、ともかくまっすぐに感情に響きますし、後者は、「ことば」を操る技の背景に「思うことの裾野の広さ」が認められます。
私自身は、前者のような心の素直さを持ち合わせていないので、せめて後者のような「発想」「着眼」に少しでも近づきたいと思うのですが、こればかりは全くダメですね。そもそものセンスの欠如は致命的です。
ともあれ、本書ですが、渉猟されている名文そのものの秀逸さに加え、著者自身のユーモアやウィットも好ましく、とても気軽に楽しく読めます。ただ、「今年の3冊」にランクインするかといえば、私の場合は、そこまでではなかったという感じですね。
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