いつも聴いているピーター・バラカンさんのpodcast番組に著者の井上理津子さんがゲスト出演していて紹介された著作です。
内容は、今日に続く “職人” の世界を舞台に、“伝統的技芸”を伝えていく師弟関係の「今」を小文と写真で紹介したものです。
丹念な取材で描き出された“職人の世界”のエピソードはどれもとても興味深かったのですが、それらの中から特に印象に残ったところをいくつか書き留めておきましょう。
まずは、井上さんが本書で特に注目した「現代の職人像」が表れているくだり。文化財修理装潢師の現実から。
(p112より引用) 経験値は大事だが、「つべこべ言わずに、これをやれ」的な職人仕事では、そこ止まりだ。培われてきた技術や作法には「なぜ、そうするのか」を裏付ける理論がある。作品の時代背景から、用具や作業空間への科学的エビデンスまで理解し、新しい機器も取り入れつつ論理的に実作業に臨む時代となっていたのだ。
また、江戸木版画彫師の関岡裕介さんはこう語っています。
(p148より引用) 「今、私は弟子にコツを口で伝えています。コツとは理論に近づけようとすることだから、そのほうが早く習得すると思います」
同じような例をもう一つ。茅葺き職人の中野誠さんの指導方法。
(p210より引用) 「僕は惜しみなく言葉で教えます。背中を見て、自分で理解していくほうが深く分かるようになるでしょうが、時間がないんです。弟子入りは十五歳が理想なのに、この頃は高校卒業どころか大学院卒や社会人経験者まで来るから。「やりたい」と目を輝かす子たちを僕は断らず、丁寧に教えるんです」
だからといって、職人の師匠に弟子入りした若者たち(なかには、ミドルエイジの方も)は、その境遇に甘えて受け身になっているわけではありません。
左官職人の弟子、吉永真美さんの場合。
(p72より引用) 吉永さんは、それらの技を食い入るように見つめている。
「しっかり押さえることによって、剥がれにくくなる」
と言葉が発せられたときも、聞き漏らさないぞという表情だった。「一息つく時間にメモをします」と、ポケットから小さなノートを出して後に見せてくれたが、そこにはきれいな小さな文字で、 現場で教わったそうした事柄が無数に書き込まれていた。
先の茅葺き職人中野さんの弟子、湯田詔奎さんは、今日流のツールもフル活用しています。
(p212より引用) そうした「下回り」一年を経て、いよいよ「葺き」など実作業に入ると、湯田さんは教えられたことをスマホで写真を撮りまくり、毎日その画像を見て復習した。いや、過去のことではなく、それは今も続いているという。
昔のような厳しい徒弟制度ではないにしても、本書に登場している弟子の方々はみんな、伝統を引き継ぐ気概を持って、師の一挙手一投足を見逃すまい、一言をも聴き洩らすまいと真剣な姿勢で取り組んでいるのです。
そして師匠らもまた、自らの技の全てを惜しみなく教え伝えています。