OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

希望のつくり方 (玄田 有史)

2012-12-31 09:33:00 | 本と雑誌

Spes_or_hope   いつも行く図書館の書架で目についたので手にとってみました。
 玄田有史氏の著作を読むのは初めてです。

 本書は、個人を取り巻く社会のありようと希望との関係に注目する「希望学(希望の社会科学)」の入門書です。

 先の東日本大震災以降、「希望」を扱う著作が数多く出されましたが、この本の発行は2010年10月なので震災前。当時は、長引く不況を背景とした「フリーター」「ニート」「格差社会」といったことばがキーワードになっていたころです。巷には自分の人生に明るい希望を見い出せない人びとが数多く見られていました。そんな時代において、著者は「希望」についてこう切り出します。

(p26より引用) 希望は、持つべきか、持たざるべきか、ではありません。困難が連続する社会のなかで生き抜くために、どうしても求めてしまうもの。それが希望なのです。

 本書は「希望学」の研究成果の紹介です。「学」として「希望」を扱うからには、その定義を明らかにしなくてはなりません。著者は、「希望」を四つの構成要素で規定します。

(p37より引用) Hope is Wish for Something to Come True by Action.
・・・どうやら希望というのは、四つの柱から成り立っていることがわかってきました。・・・
 一つはウィッシュ(wish)、日本語にすれば「気持ち」とか「思い」「願い」と呼ばれるものです。・・・
 二つ目の柱は、あなたにとっての大切な「何か」、英語でサムシング(something)です。・・・
 三つ目の柱は、カム・トゥルー(come true)、「実現」です。・・・
 最後の四つ目に柱はアクション(action)、つまり「行動」です。

 この「人」を基本単位とした概念整理は、さらに「社会」にまで拡張することができます。その議論における教育社会学の専門家門脇厚司氏からのアドバイスです。

(p48より引用) 「四つの柱は、一人ひとりの希望を考える上では、参考になる。ただ、社会の希望ということになると、まだ何かが足りないのではないか。その足りない何かとは、with othersではないか」

  “Hope is Wishi for Something to Come True by Action with Others.「社会的な希望」とは、他の誰かと共有しその実現を目指すものだという考え方です。
 このヒントから著者は、「相互運動」の要素も強めた“Hope is Wishi for Something to Come True by Action with Each Other.”すなわち「希望の「社会化」」という概念にも言及しています。

 希望は社会的なコンテクストの中で存在するという側面は、希望を持っている人は「ゆるやかなつながりの友人」がいるという調査結果とリンクしています。
 タイトな人間関係だけでは、同質のタイプが集まりがちで、自分の居場所が狭く圧迫されてくるのです。ちょっと離れた友人は、全く異なる価値観や立ち位置から、普段の人間関係の中では思いつかないような気づきを与えてくれます。

(p89より引用) 日本の希望の再生においては、新しい人間関係としてのウィーク・タイズを、一人ひとりが広げていくことができるかが、ひとつのカギをにぎっています。

  「ウィーク・タイズ(Weak Ties)」、なかなか面白いコンセプトですね。このあたりはこれからのSNSのひとつの態様になりそうです。

 さて、本書のタイトルは「希望のつくり方」です。著者は、希望を持つ大切さとともに、希望を持ち続けるためのヒントも語っています。

(p107より引用) 希望の多くは簡単には実現しません。大事なのは、失望した後に、つらかった経験を踏まえて、次の新しい希望へと、柔軟に修正させていくことです。

 「希望」という「物語」、すなわち「希望」を探し続ける模索のプロセスに大きな意味を見出しているのです。
 このプロセスを経て人びとが抱く希望は、必ずしも「ゼロをプラスにする」ものとは限りません。現実的には、「ゼロからマイナスにならない」ようにという思いもあります。絶望を社会にもたらさないよう地道な努力を惜しまない人もいるのです。

(p173より引用) そのような人々は、一般にはほめたたえられることもなく、歴史のなかに静かに消えていきます。
・・・そんな人たちの存在を認め、同時に一人ひとりが自分もそうなりたいと思える社会こそ、本当の希望のある社会なのです。

 そして、私たちは、そういう人びとに想いを至らせる想像力を身につけなくてはなりません。それが、現代における「教養」です。
 “そういう人がいるんだ”と思う心も、“希望”の一つなのでしょう。


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政治の修羅場 (鈴木 宗男)

2012-12-29 09:22:26 | 本と雑誌

Hoppo_ryoudo  衆議院議員選挙・東京都知事選挙と選挙月間の12月、妻が読み終わったというので、私も手にとってみた本です。

 鈴木宗男氏、正直なところ私はあまりいい印象は持っていないのですが、“政治玄人”の評価は高いですね。いろいろな点でちょっと気になる政治家ですし、本書は、鈴木宗男氏本人の筆によるものなので、それも興味を惹いた理由のひとつです。

 佐藤内閣以降、それこそ数多くの政治家が実名で登場しますが、それら鈴木宗男氏が記す何人かの政治家のエピソードや人物評の中からいくつか書き留めておきます。

 まずは、大平内閣時の官房長官だった伊東正義氏について、大平氏の急逝を受け次の総理を選ぶにあたって・・・。

(p99より引用) 「そのまま伊東さんで」という声が出たが、伊東さんは自分から断ってしまう。・・・平成元年にリクルート事件で竹下登総理が辞任したときも、「金権腐敗に無縁だから」という理由で後任に名前が挙がる。しかし、
「本の表紙を替えても、中身を変えなければダメだ」
という名言を吐いて、またも断った。総理就任を断わった政治家は何人もいるが、二度断わったのは伊東先生くらいではないか。

 また、件の田中眞紀子氏に触れたくだり。小泉政権で外務大臣に就任したころのことです。

(p210より引用) 「次の総理は田中眞紀子がいい」というのが、あのときの国民の声だ。10年経ったいま、誰がそんなことを望むだろうか。・・・
 眞紀子さんの資質のなさ、何より不勉強であることは、就任直後から明らかになった。

 そして、小泉純一郎氏

(p221より引用) 小泉さん以後、ポピュリズムと劇場型政治が日本をおかしくした。党内基盤が弱い政治家は、どうしてもマスコミを誘導して求心力を持とうとする。過激なことを言わざるを得ない。しかし過激な弾を撃ちつくし、あとはジリ貧だ。

 こう続いてみてくると、政界というひとつの生態系の中で、政治家の育成・鍛錬というプロセスが急激に劣化してきていると感じざるを得ないですね。もちろん、この政治家の質の低下は、選挙民の政治意識の水準を反映するものではありますが、それにしても酷いです。

 さて、本書ですが、本人による著述であるだけにバイアスはかかっていますし、それは当然です。それらを踏まえても、本書で述懐しているように、鈴木宗男氏が自らの政治的信念に基づき、外交問題を中心に大きな政治的判断に関わったことは事実でしょう。また、世間に流布されている風評もいくつかのものは捏造や誤解に拠るものだったのだと思います。

 ただ、鈴木宗男氏が属し肯定している旧態然とした「永田町の世界」はやはり望ましい姿ではありません。
 きれいなのか汚れているのかはともかく、いずれにしても「カネ」は影響力行使の有益な手段でありつづけ、民意とは全く別のraison d'êtreによる「ボス」の差配が通用する政治手法・・・、それを肯定する限りは、やはり私は支持しません。


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恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (菊池 寛)

2012-12-25 22:38:34 | 本と雑誌

Kan_kikuchi  先に読んだ池内紀氏の「文学フシギ帖」で菊池寛氏の作品として「入れ札」が紹介されていたので、興味を抱き手に取ってみました。

 「恩讐の彼方に」などストーリーを知っているものもありますが、恥ずかしながら菊池寛氏の作品そのものを読むのは初めてです。本書に採録されているのは、「恩讐の彼方に」はもちろん、「忠直卿行状記」といった代表作に加え「三浦右衛門の最後」「藤十郎の恋」「形」「名君」「蘭学事始」「入れ札」「俊寛」「頚縊り上人」の10編。

 私にとっては、どの作品もとても面白かったですね。手垢のついたミステリーを読むぐらいなら、こちらの方が格段にワクワク感があります。(もちろん、こういった比較は菊池寛氏に対しては、大変失礼なのだと思いますが・・・)

 たとえば、「形」
 その結末は容易に想像できるとしても、主人公の心情の機微を辿りつつ、超短編の中でググッとクライマックスにもっていく筆力は、改めて見事だと感じ入ります。
 主人公の侍大将中村新兵衛。彼のトレードマークは猩々緋の服折りと唐冠纓金の兜。その武者姿で戦場に立つ彼は「槍中村」との武名を恣にしていました。あるとき、懇願され自らの猩々緋の服折りと唐冠纓金の兜を初陣に臨む主君の側腹の子に貸しました。そして、その若侍とともに敵に相対します。

(p119より引用) その日に限って、黒皮縅の冑を着て、南蛮鉄の兜をかぶっていた中村新平兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者の華々しい武者ぶりをながめていた。そして自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大きい誇りを感じていた。
 彼は二番槍は、自分が合わそうと思ったので、駒を乗り出すと、一文字に敵陣に殺到した。
 猩々緋の武者の前には、戦わずして浮き足立った敵陣が、中村新兵衛の前には、びくともしなかった。・・・
 新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気が付いた。・・・手軽に兜や猩々緋を貸したことを、後悔するような感じが頭のなかをかすめた時であった。敵の突き出した槍が、縅の裏をかいて彼の脾腹を貫いていた。

 時に大衆小説家とも揶揄される菊池寛氏ですが、私のように文学への造詣の深くない読者の立場からいえば、適度に装飾された筆致で素直にストーリーに没入できる近づきやすい作品を生み出す名手との印象です。人の心の弱さを高邁な理想から徒に非難するでなく、極く当然の苦悩として捉える包容力には共感するところ大ですね。

 最後に、本書にも採録されている「俊寛」について。
 菊池寛氏の描く俊寛は人間味と生命力に溢れた陽性の人物ですが、本書を読むまで私が抱いていた「俊寛像」は、十八代目中村勘三郎さんの演じた姿でした。歌舞伎座で初めて歌舞伎を観たとき、その演目が「俊寛」。
 心からご冥福をお祈りいたします。
 

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Think ○○ (Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学(ケン・シーガル))

2012-12-22 13:30:51 | 本と雑誌

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YouTube: Apple - Think Different - Full Version

 著者のケン・シーガル氏は、Apple社のプロモーションを担当する広告会社のクリエイティブ・ディレクターという立場なので、良し悪しはともかく、一つの方向からみたジョブズ氏像を語っています。ただ、もちろん大半は、ジョブズ氏を取り上げた多くの著作で紹介されているものと軌を一にするものです。

 たとえば、「第7章 Think Casual カジュアルに話し合う」で取り上げられたSimpleに反する「気に入らないプレゼン」のくだりです。

(p191より引用) 三つの文章で言えるところを20枚のスライドを見せられると、スティーブはもうがまんできなかった。・・・巧みなプレゼンよりも、率直な話と加工されていない中身を好んだ。

 至れり尽くせりのお化粧を施したプレゼンは、アイデアそのもののブラッシュアップよりも、その装飾に時間を費やしているかのうように感じられます。そもそも、パワーの使いどころが分かっていないんじゃないの?と思ってしまうのです。

(p192より引用) スティーブにとって一番心地いい会議は、テーブルとホワイトボードだけがある場所でおこなわれる正直な意見交換だった。

 そうですね、この感覚はとてもよく分かります。

 こういった私も同調できる部分がある反面、Appleの思想の中にはどうしてシンパシーを感じないところがあります。
 私もAppleの製品はいくつか持っています。が、(好みの違いかもしれませんが、)私としては、必ずしもそのUIに満足してはいません。過度なSimpleさを追究しているが故に、どこかに無理が感じられるのです。

(p228より引用) ある意味では、アップルを傲慢だと考えている人にアップルは関心がない。彼らは顧客ではないし、顧客になりそうな人でもないからだ。アップルはその価値観を共有する人のことは気にかけている。そして、そういう人は近年、大きく増えているので、アップルのビジネス哲学は支持されているのだと言える。

 私はAppleの熱狂的なファンではありません。Appleもone of themとの立場です。この「第8章 Think Human 人間を中心にする」の中での著者のコメントは、まさに私の抱いている印象を言い表していますね。

 さて、本書では、Appleの基本哲学である「Simple」の具体的要素として、

  • 「Think Brutal 容赦なく伝える」
  • 「Think Small 少人数で取り組む」
  • 「Think Minimal ミニマルに徹する」
  • 「Think Motion 動かし続ける」
  • 「Think Iconic イメージを利用する」
  • 「Think Phrasal フレーズを決める」
  • 「Think Casual カジュアルに話し合う」
  • 「Think Human 人間を中心にする」
  • 「Think Skeptic 不可能を疑う」
  • 「Think War 戦いを挑む」

の10の「Think ○○」を挙げています。その一つひとつを独立してみてもとても有用なアドバイスになっているのですが、これらは今の社会や企業のあり様の中ではどうやら異端のようです。それゆえに「Think Different」というAppleのメッセージがが強烈なインパクトをもって受け入れられたのです。

 この「Think Different」の中核に位置するのが「Simple」というコンセプトですが、それを最もよく説明していると私が感じたフレーズを最後にご紹介しておきます。

(p179より引用) 他人の仕事から目標を設定したり、刺激を受けたりするのはいいことだ。だが、シンプルさは、自分の歩く道をしっかりと見つめ、自分の会社の価値に忠実でいることを求める。それは本物でありたいかどうかの問題だ。

 妥協を許さず、余計な装飾を削ぎ落として「本質」を突き詰めるこだわりと厳しさの姿勢です。


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Think Brutal (Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学(ケン・シーガル))

2012-12-19 22:57:07 | 本と雑誌

Imac  著者のケン・シーガル氏は、アップルの印象的なキャンペーンである「Think Different」に携わった有名なクリエイティブ・ディレクターです。

 そのシーガル氏が、アップルの様々な経営姿勢に通底する「シンプル」という哲学を豊富な具体例を示しながら紹介していきます。

(p10より引用) アップルと仕事をしたことのある者ならば、シンプルなやり方がかならずしも一番簡単なやり方でないことを証言してくれるだろう。それはときとして、時間もお金もエネルギーも余計に要する。人を不快にすることもあるだろう。だが、たいていの場合、かなりよい結果をもたらすのだ。

 本書では、10の章でアップルの「シンプル」という哲学のエッセンスを説明しています。それらの章で語られている事実やコメントの中から印象に残ったものを以下に書き留めておきます。

 まず、「第1章 Think Brutal 容赦なく伝える」の中で言及されている誰しも経験のあるシーンです。

(p28より引用) たとえばクライアントから、あなたの仕事に致命的な欠点があるとうちのCEOが考えている、という話を聞かされたとしよう。実際のところCEOは、何か簡単に対処できるようなことに対してコメントしただけだったのかもしれない。だから、その話は伝えた人の解釈である可能性が高い。つまり、自分の優先課題というプリズムを通して物を見ているのだ。そこで、あなたとチームが真実を確かめないままにプロジェクトの再考を始めてしまうと、その瞬間に複雑さが入りこんできて、プロジェクトをダメにしているのだ。

 アップルではこういった不明瞭さはないといいます。自分の立ち位置や目標が明確だからです。

(p29より引用) スティーブは自分が実行している素直なコミュニケーションを他人にも求めた。もってまわった言い方をする人間にはがまんできなかった。

  「人の言ったことの真意をあれこれと詮索する」ことほど無駄なことはありません。詮索するぐらいなら直接確かめればいいのです。もちろん、そもそも不明瞭な話をせず、常に正直に率直に語っていれば、「詮索」の必要すらなくなるというわけです。

 「シンプル」は妥協の余地のない「完全」を求めます。

(p30より引用) 一番気がかりなことは、妥協によってあなたは、自分が信じてもいないアイデアを擁護するという、ビジネス上もっともまずい立場に陥ることだ。

 こういったシーンは私自身も数多く経験したことがあります。とりあえず次のステップに進ませようとか、ともかくトライヤルとしてやってみようとか・・・、こういう物事の進め方はアップルでは通用しないようです。

(p39より引用) 物事を未解決のまま残しておくと、人は先のことを考えるよりも、過去を振り返ることに多くの時間をかけてしまう。そのときに複雑さが忍びこんでくるのだ。

 停滞から脱却するための「複雑さ」は確かにひとつの現実の姿ではありますが、それは目指すべき理想ではありません。


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「善人」のやめ方 (ひろ さちや)

2012-12-16 09:41:02 | 本と雑誌

The_ant_and_the_grasshopper  ちょっと気になったタイトルだったので手に取ってみました。
 ひろさちやさんの本は初めてです。

 本書を読んで興味深かったのは、仏教の教えとサマセット・モームが著した小説の主題とを関連付けて自説を語っているくだりでした。そこで取り上げられたモームの小説は「人間の絆」、その主人公はフィリップという青年です。

(p61より引用) フィリップは、さんざんに生活に苦労します。・・・彼は、「人生は無意味だ」ということに気がつきます。無意味だというのは、
-人生には失敗もなければ成功もない-
ということです。生活には成功/失敗があるでしょう。しかし、人生には成功/失敗がありません。それが無意味ということです。

  「無意味」というのは「無価値」ということではありません。

(p56より引用) モームが言いたいのは、
それぞれの人がそれぞれのしたいように人生を生きればいいじゃないか。別段、他人から褒められる必要はない。世間の有象無象どもがどう言おうと、そんなことは気にする必要はない。誰にも遠慮せず、自分の好きなように人生を生きるといいんだ-
ということです。それが「人生に意味はない」の意味だと思います。

 人は、まわりの人びと(世間)からよく見られたいと思いながら生きています。世間一般の明文化されていない判断基準を気にしています。これは特段日本においてのみ顕著な現象ではありません。

(p62より引用) われわれは世間に縛られているのです。世間の物差しに束縛されて、人生を生きようとしている。・・・
 その世間の束縛からの解放が、『人間の絆』のメイン・テーマです。
 そこでわたしは、またしても仏教を考えるのです。仏教というのは、本質的に、
-出世間-
の教えです。・・・出世間というのは、世間を馬鹿にせよという意味です。

 この「出世間」という考えは「自由」や「主体性」につながる概念です。
 著者は、モームの短編「蟻とキリギリス」を引いてさらに持論を展開します。この物語では、イソップの「アリとキリギリス(アリとセミ)」とは別の展開・結末が準備されています。また、この「アリとキリギリス」の物語には、種々の亜流があるようです。それらの主張は、必ずしも「勤勉なアリの生き方が正しい」というものではありません。

(p141より引用) 蟻は蟻の生き方をしてよい。しかし、キリギリスは蟻の生き方はできません。キリギリスはキリギリスの生き方しかできないのです。それぞれの人が、それぞれの生き方をしていいのです。

 人の生き方として、何かが絶対的に「善い」「正しい」というものはないと著者は主張しています。
 どんな宗教も、「絶対的な善人」はいないことを前提としています。真の善人は「神」であり「仏」のみです。したがって、人は善人になることはできない、善人に近づこうとしているだけだというのです。そして、さらに「善人になりなさい」ではなく「自分が悪人(偽善者)であることを自覚しなさい」と説くのです。

(p164より引用) 自分が心の中で考えていることを反省するならば、誰でも他人を非難する図々しさを持ちうるはずがないと私は思う。・・・こういう妄想が全ての人に共通なのだという認識は、他人に対しても自分に対しても寛大な気持を起こさせるはずだと思う。

 この言葉も、モームからの引用(出典:サミング・アップ)です。「自分のことを棚に上げて・・・」ということですが、私も心しなくてはなりません。

 さて、本書ですが、仏教とキリスト教、そしてモームの主張を引き比べて、「善人ぶるのはやめよう」「世間に縛られるな」「自由に生きよう」と説く著者の主張には、なかなか面白いものがありました。
 今度はモームの作品も読んでみようと思います。


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進化する教育(大前研一通信特別保存版 PARTVI) (大前 研一)

2012-12-13 00:02:37 | 本と雑誌

Bbt  「R+」というブックレビューのサイトから献本をいただきました。
 「電子書籍版」なので、さっそく iPadで読んでみました。(android携帯の方には、うまくダウンロードできませんでした。なぜでしょう?)

 内容は、大部分が大前氏が設立した「ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学」「BBT大学大学院」「BOND-BBT MBA(ボンド大学大学院)」といったサイバー教育機関の紹介です。

 これらの教育機関は文部科学省からの認可を受けているので、100%オンラインであっても所定の学位を取得することができるというのがユニークな特徴ですね。
 ただ、オンラインすなわちサイバー空間でキャンパスライフが営まれるという点は、時間的・地理的に自由である反面、講師と学生・学生間のリアルなコミュニケーションに欠けるのではという危惧がどうしても付いて回ります。この点については、その弱点をカバーしさらに新たな効果を生むべく、エアキャンパス等のITを活用した様々な工夫がなされています。

 とはいえ、こうした独自の教育環境はこれらの教育機関の本質的な特徴ではありません。
 実際のBBT等のサイバークラスルームでの議論はこんな感じで進んでいくのだそうです。

(p109より引用) まず自分で考え、根拠となる事実を調べ、その根拠を元に論理を展開し、議論を進めていく。考えが違っていても批判することなく、お互いを尊敬しながら考えの違いについて論拠に基づきながら議論を深めていく。この繰り返しによって、・・・一人で考えるより遥かにいい結果が生まれる。

 このプロセスを通じて「集団IQ」ともいうべき知見が個人とグループに蓄積されます。「三人寄れば文殊の知恵」のサイバー版です。
 ここでの教師の役割は"Teach"ではありません。受講者の"Learn"を支援することがミッションです。経営には教えるべき「正解はない」ということを前提に、自分の答えを作る「論理的思考能力」を身につけさせるのが、これらの教育機関の目的だからです。

 戦後、高度経済成長期以降、日本では、「工業国家モデル」を前提にステレオタイプ的に推進された国内外の成功例(正解)に追いつくための「知識習得・記憶力偏重」、すなわち「覚えたもの勝ちの教育」が実践されていました。本書で紹介されているオンラインスクールは、そういった教育方法の限界を指摘した大前氏の危機意識をベースに生み出されたものです。

 その点では、ビジネスに特化した極めて「合目的的」な人材育成機関といえます。とても意欲的なチャレンジですが、この「目的思考」の受容感性の程度によって、これらの機関の評価は様々に分かれることでしょう。

 さて、本書を読み通してですが、全体の8割から9割は「BBT大学」「BBT大学大学院」「BOND-BBT MBA」といった大前氏が設立したサイバー教育機関のPR用ブックレットといってよい本です。
 それらの仕掛けを創設する背景となった現代日本の教育環境に関する大前氏の問題意識等が述べられてる部分もありますが、それは全体からみるとごくわずかです。また、そのあたりの主張は、すでに世に出ている大前氏の著作でも再三にわたって触れられているものなので目新しさは全くありません。

 強いて私の関心を惹いた部分は、IBMのパルサミー会長の言葉の引用でした。

(p200より引用) 市場は参入するものではなく、創造するもの

 このシンプルなフレーズは、私にとってとても強烈で大切な刺激になりました。
 

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ラジオのこころ (小沢 昭一)

2012-12-11 23:07:17 | 本と雑誌

Ozawa_syoichi  小沢昭一さんの本は、「道楽三昧―遊びつづけて八十年」に続いて二冊目です。

 本書は、40年にも及ぶTBSラジオの名物番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」で語られた話題の中から、小沢氏自らが厳選したセレクションとのこと。取り上げられてた材料はまさに種々雑多?、その料理の仕方も多種多様です。

 第1章 「平成の名物」のこころ
 第2章 「女は強し」のこころ
 第3章 「食を愉しむ」のこころ
 第4章 「ゆりかごから墓場まで」のこころ
 第5章 「旅の奥深さ」のこころ

 もちろん、小沢さんの語り口も絶妙なのですが、そのほかにも、ちょっとした薀蓄ものも楽しいです。たとえば、栄養学の川島四郎さんによる「人間の理想的な食事」についての紹介。

(p163より引用) 川島先生は、歯を見ても食事の理想的なバランスがわかるとおっしゃっています。たとえば上の歯の右半分だけ見てみましょう。全部で八本だ。内訳は、野菜を食べる時に役立つ門歯が二本、肉を噛み切る犬歯が一本、米や麦、豆などをすりつぶす臼歯、これは五本とこうなっている。おわかりですね。人間は野菜二、肉一、穀物五の割合で食べればいいんだそうですよ。

 こういった庶民的な話題や語りは、事実か否か、説得力の有無などということはともかく、只々聞いているだけでほのぼのとした気持ちになれます。

 ちなみに、本物の「小沢昭一の小沢昭一的こころ」のラジオ放送は、TBSラジオのサイトで(過去の音源ではありますが)聞くことができます。

 やはり、小沢さんの魅力はその「語り口」にあります。口語体とはいえ「活字」を目で追うのと、あの声をあのテンポ・抑揚・間を感じながら聞くのとは全くの別物と言っていいでしょう。
(本書を読んでいたころは、小沢さんは健康上の理由でラジオ放送を休演されていましたが、12月10日、83歳でお亡くなりになったとのこと、心からご冥福をお祈り申し上げます。)


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文学フシギ帖―日本の文学百年を読む (池内 紀)

2012-12-09 08:40:28 | 本と雑誌

Akiko_yosano  いつも行っている図書館で目についた本です。
 池内氏の著作を読むのは「世の中にひとこと」に続いて2冊目です。

 日本文学の素人向けの入門書のような内容を想像していたのですが、実際には、著名な作家や有名な作品を材料にした池内氏得意のエッセイでした。
 その中からいくつか印象に残ったところを書き留めておきます。

 まずは、歌人与謝野晶子をとりあげた「晶子と世界標準」の節から。
 晶子の代表作のひとつ、長詩「君死にたまふことなかれ」に顕れた晶子の批判精神です。「君」とは日露戦争旅順口包囲の軍中にあった弟のことです。

(p40より引用) この詩は有名だが、発表後ただちに激しい非難があびせられ、晶子がきちんと反論したことは知られていない。・・・
 「当節のように死ねよ死ねよと申し候こと・・・」
 時代の言葉である古風な言いまわしながら、晶子は明快に答えている。忠君愛国を言い立てる人は、自分は安全な場所にいる。教育勅語などの権威をかさに死を美化するほうが、「かえって危険と申すものに候わずや」
 時代への発言者与謝野晶子の誕生である。

 歴史の潮目の変化を感じていた晶子は、いつまでも「万葉集」や「古今集」の「標準」で批評されることは迷惑だと訴えていました。

 もうひとつ、大正から昭和初期の代表的な人気作家菊池寛についての著者の評価を語ったくだりから。
 数多くの作品を世に出した菊池寛ではありますが、現在なお読むに堪える作品は、「恩讐の彼方に」「入れ札」「父帰る」等数作に過ぎないというのですが・・・。

(p100より引用) あれほどの多作にもかかわらず、残ったのはこれだけ、というのはまちがいである。あんなにどっさり書いたのに、たしかに後世に残る幾篇かを世に贈ったところがスゴイのだ。

 これは、なるほどという指摘ですね。こういった指摘を目にすると、ちょっと読んでみようかという気がしてきます。

 そのほかにも、本書で取り上げられた作者・作品の中には気になるものが多いですね。今まで知らなかった須賀敦子もそうですし、はるか昔に読んだ堀辰雄川端康成も、もう一度手にとってみましょう。


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今日、ホームレスになった―13のサラリーマン転落人生 (増田 明利)

2012-12-06 23:29:56 | 本と雑誌

Homeless  妻が図書館で借りていたのですが、ちょっと内容が気になったので読んでみました。

 2006年発行の本なので、紹介されている多くは、バブル崩壊を契機としたリストラ等で失業した方のレポートとなっています。

 40歳代後半から50歳代になると再就職といってもとても厳しく、これといった落ち度がなくてもホームレスという境遇に陥ってしまう。著者はそういう現実を13人の方々へのインタビューで明らかにしていきます。

 数年前の年の瀬、日比谷公園での「年越し派遣村」が話題になりました。NPOによる活動が注目され、ホームレスの自立を支援する法律も十分ではないにしても少しずつ整備されていきました。

(p109より引用) 行政が行っている自立支援システムについてノブさんはまったく知識がない。というより、それなりの調査をしなければ分からないシステムを、どうしてホームレスの人が知り得るだろうか。

 さて、本書の内容ですが、「不況」の底深さが痛切に伝わってきますね。
 もちろん、一部には「自己責任」と言わざるを得ないケースもありますが、それも100%本人に非があるわけではありません。帯には「自分が彼らのようにならないという保証はあるのか」とありますが、採録されているケースは特異なものでもなく、それだからこそ2003年当時の調査で全国に25,000人ものホームレスの人が確認されているのです。

 本書が書かれてから6年経った現在、厚生労働省による「ホームレスの実態に関する全国調査(平成24年1月実施)」によると、全国のホームレス数は10,000人を切り減少傾向は続いています。しかし、体感的にはそれほどの改善が図られているのか・・・、形としての「ホームレス」は減少しているのでしょうが、それはいわゆる中間層の厚みはまだまだ回復していません。

 2002年8月7日に施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」は施行後10年で効力を失う限時法でしたが、2012年に5年間の延長が決まりました。


今日、ホームレスになった―13のサラリーマン転落人生 今日、ホームレスになった―13のサラリーマン転落人生
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2006-07



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