「『いき』の構造 他二篇」に見られる論じ方で最も興味深く思ったのは、意識・心情・情緒といった類のものを「幾何学的もしくはパターン認識的な図形」の中で意味づけるという手法でした。
「『いき』の構造」では、上品-下品、派手-地味、意気-野暮、甘味-渋味、それぞれの趣味を各頂点に配した直六面体をもって、その関連する趣味の位置づけを説明しています。
(p43より引用) 正方形をなす上下の両面は、ここに取扱う趣味様態の成立規定たる両公共圏を示す。底面は人性的一般性、上面は異性的特殊性を表わす。八個の趣味を八つの頂点に置く。上面および底面上にて対角線によって結び付けられた頂点に位置を占むる趣味は相対立する一対を示す。・・・上面と底面において、正方形の各辺によって結び付けられた頂点(例えば意気と渋味)、側面の矩形において、対角線によって結び付けられた頂点(例えば意気と派手)、直六面体の側稜によって結び付けられた頂点(例えば意気と上品)、直六面体の対角線によって結び付けられた頂点(例えば意気と下品)、これらのものは常に何らかの対立を示している。すなわち、すべての頂点は互いに対立関係に立つことができる。上面と底面において、正方形の対角線によって対立する頂点はそのうちで対立性の最も顕著なものである。
そして、その立体の中に、「さび」「雅」等の同系統の趣味を位置づけるのです。このあたりは、かなりの強引さを感じつつも、そうかもなぁという気になってきます。
(p45より引用) なおこの直六面体は、他の同系統の種々の趣味をその表面または内部の一定点に含有すると考えても差支ないであろう。いま、すこし例を挙げてみよう。
「さび」とは、O、上品、地味のつくる三角形と、P、意気、渋味のつくる三角形とを両端面に有する三角壔の名称である。わが大和民族の趣味上の特色は、この三角壔が三角壔の形で現勢的に存在する点にある。
「雅」は、上品と地味と渋味との作る三角形を底面とし、Oを頂点とする四面体のうちに求むべきものである。・・・
要するに、この直六面体の図式的価値は、他の同系統の趣味がこの六面体の表面および内部の一定点に配置され得る可能性と函数的関係をもっている。
「風流に関する一考察」では、同じように「風流」の分析で「正八面体」が登場します。
(p117より引用)多面体「厳」「華」「太」「寂」「細」「笑」が風流正八面体である。風流の産むすべての価値は、この正八面体の表面または内部に一定の位置を占めている。
さらに、「情緒の系図」では、立体ではありませんが、ER図(EntityRelationDiagram)のような系図で、代表的な「感情」の相関を描き出しています。
この本には3篇の論文が収録されています。
そのいずれもが、誰でも持っている感情・情緒を対象としています。
日頃、それこそ感覚的に捉えているこれらのものを、九鬼流の哲学的方法により分析的に意味づけや位置づけを明らかにしていくのですが、その過程を辿るのは、時に不可解、時に納得という変化が味わえ結構楽しめました。