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日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

19日の気持ちを日記風に書き留める。

2007-05-21 16:10:55 | 私の雑感あれこれ
5月19日土曜日。
映画「日本の青空」を上映する「ウィルあいち」(旧家庭裁判所跡)に行くため、地下鉄で市役所駅で降りる。
途中、かつて息子が通った高校正門が見える。
父母として、出向いたこともあったけれど、それももう何年も前のことになりました。

角を曲がって次の通りに、旧高裁のレンガの建物。25(才)のとき、夫の赴任挨拶でここを訪ねたことを思い出す。引越しの道中であったことから、地下の食堂で待っていたような…。
その向かいがお目当ての、「ウィルあいち」。

映画は、製作委員会を立ち上げて出来た、有志の思いの結晶なのでしょう。
昨今、日本国憲法は、戦勝国アメリカが押し付けたものであって、日本人自ら作った憲法であるべきだ、と主張する人たちに対する、「護憲派」集団からの、「いや、日本国憲法草案は、日本の憲法学者「鈴木安蔵」の起草した部分を大いに採択しているのであるから、押し付け論は当たらない」と主張したい、それが映画で語られている。
治安維持法に抵触したとして検挙者第1号となった鈴木氏は、京都大学を放校となったあと、憲法の研究者となって、在野で研究を続けてこられた方、とか。

ご遺族の方々からの聞き書きなどを資料にしているから、美談調であったりもするのかな、とも思うけれど、改憲派に対抗する映画にしたいところから、丁寧に丁寧に資料寄せがなされていたと、そう思った。
その分、よほど強い関心がない人以外には、退屈かもしれない。

私としては、別に、内容がよければ、プレゼントされた憲法であっても、それでもよい。という考えだから、気持ち的に大きな変化があったわけではない。
ジョン・ダワ-氏の「敗北を抱きしめて」の本の中の、「民主主義」と張り紙したドラム缶がパラシュートを付けて飛行機から救援物資のように、焼け跡の日本に下ろされようとしている挿絵を何度か思い出したりした。

思考が、価値観が180度変わる時代、すごい体験を、この日本はしてきたのだと、つくづく思う。
この体験をして、今の日本があることを、このことは、人はすごいことをなしえるのだという、事実そのものだと感心するし、今にいたるために尽力をしてこられた多くの方々に敬意を抱く。(勿論、今も、さらに、よりよくなるための途中であるという捉え方も持っています)

さて、映画は派遣社員の若い女性とその彼(司法試験の勉強をあきらめた)が道案内役を務めている。
そして、弾圧されながらも人権の大切さを話さなかった法律学者を知って、再度司法試験の勉強に立ち向かう、というストーリー…。
くしくも、この5月の19日は、今年の司法試験の試験最終日に当たった。
家族が受験していないと知るはずもないことだけれど、試験最終日まで、無事がんばって欲しいと願っている母がいて、いま、見ている映画の中の若者に姿を重ねてしまう。
ラストで、若者が試験に再挑戦しようと言うシーンが出てくるけれど、勉強に対する気持ちが一度離れたら、そんなに易々もどってくるものではないけれど、と半可通ながら思う。

偶々19日という日に、かつての裁判所の場所を訪れ、映画にも司法試験受験生が・・・、なんて出てくるのだから、不思議な巡り合わせ、――― ひとり、そんなことを考えた日でした。