庭にいます。  -ときどき街中にも-

旧タイトル「街中の案山子」です。
2012年の5月下旬から、庭づくりを始めました。


世の中の変化はすごい。

2019-04-19 07:03:25 | 私の雑感あれこれ
技術革新が目を見張る変化をもたらしている。

キャッスレスに向かうのもそのひとつ。○○ペイを経験して、いい気分?  
そして、今朝の新聞に2020年にも公共交通機関であるバスの自動運転の実験に入る、とのこと。
同じルートを回っているのだから、自動運転に適しているね、と話題にしていたことでもあり、興味深い。
運転手という人件費コストが不要になれば、バスをそんなに大型にしなくても運行回数を増やすこともOKとなるだろうし、運行回数が増えれば自家用車利用者がバスに乗り換えるようになり、渋滞緩和につながるかもしれない。

某自動車企業のトップの話だった気がするが、
この国は150年、200年遡れば、移動手段に自動車はなくて馬が1500万頭(?)いたわけだし、いつまでも自動車の位置づけが今の状態が続くわけがない。いろんなことが考えられる、と。

こういう変化の話を聞くと、長生きしてどんな時代になっていくのか、見てみたい、と思うわたしです。

ああ、それなのに、新紙幣の発行の話題!
キャッシュレスに向かっているのに、無駄な気がするけれど、関わっている人が違うと、新紙幣発行は適期、という判断も出てくるのでしょうか。2000年の時に沖縄サミットが開かれて、2000円紙幣の発行がありました。使い勝手が良いとは思えないのに、時の政権の話題づくりだったのでしょうか。今回の新紙幣発行もこれに類するような気がしています。


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ボタン開花。

2019-04-19 06:44:39 | 庭 4月
蕾も膨らんできたので、昨日、道路から見えるスペースへ移動。

今朝の6時台で、ここまで開いてきました。きっと仕事から戻る頃には、開ききっているともおもえるので、一枚パチリ。




水曜に購入したミニバラも開花が進んできました。


ピエールドロンサールの蕾も目立つようになってきました。


相変わらずの青・紫系の庭です。
グランドカバーのアシュガ。


ミヤマオダマキ。


フリージァもピークです。


混色で植えてあるフロックスも数か所で元気に育ち始めています。きっと開花するころには華やか(混色だし、、、)になるでしょう。




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時間の割り振り。

2019-04-17 07:27:56 | 私の雑感あれこれ
もし、あなたは充実しているか、と問われたとすると、
「それなりに」
と返答するかもしれない。

友人はよく、残り時間が少なくなっている、と話題にする。

言葉にしたからどうなるわけではないから、自分から人との会話の話題にはしないけれど、彼女の気持ちには了解です。

細切れだけれど、それなりにしたいことをしている。

身体を維持するために、ホットヨガとテレビ体操。
仕事にもかかわっているから、ボケてはいられない。
会社の代表者にもなっているから、各所書類、納税手続きもある。やっぱりボケてはいられない。

歴史小説、記録文学類の本読みや歴史探訪も楽しい。

そして、数独も、どうしても面白い。先日、娘にチラッと話題にしたら、その頭をもっと別の面に役立てたら、とひとこと。
まぁ~、パチンコ好きがついやめられない類のもの(やったことはない癖に⇒ワタシ)なので、これはまだしばらく楽しみたい。

そして、また、海外ドラマもみ始めています。
最近放映開始したばかりの、イギリスTVドラマ「国を売る人」のシーズン1を、1話ないし2話ずつ。
そういえば、BSプライムで土曜日の夕方4時45分から「刑事フォイル」もやっているのに気が付きました。
フォイルもだんだん時代が下って、両方とも描かれている時代は第2次大戦後。
「国を売る人」はドイツが敗戦することで、ドイツ人の核の研究者がソ連とアメリカに帰属していったという話は知っていますが、冷戦に向かってく冷ややかなせめぎ合いにスパイとしてかかわる女性が主人公です。
これが、イギリスのお茶の間に流れるTYドラマとのこと。日本のお茶の間に流れるドラマとの差を感じるのは私だけでしょうか。

こんなシリアスなドラマを観ている層は、イギリスのどういう人たちなのかしら、会話ができたら聞いてみたいものです。

日本のテレビは、文化伝播の担い手というより、視聴率に傾倒しすぎているのか、易きに流れている、という感じがしてしまうので、要注意、と自分に注意しています。

ダラダラと綴ってきました。
駄文書きも好き、のワタシです。

そんなところに、昨日の友人はスケッチブック持参でやってきました。
1年ほど前から一生懸命に描いています。
渡りに船ではありませんが、眠っている私の「描きたいココロ」にも着火してくれそうです。
今度どこかへスケッチにでも出かけたいと思います。

メインを書きそびれました。「庭仕事」です。これがコンスタントに私の役割を求めてきますので、これからは毎日2時間ぐらいはかかります。


以上、かな?

私「それなりに」に時間は混み合っていま―す。笑


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初行動、と相変わらずの行動。

2019-04-17 06:49:02 | 私の雑感あれこれ
昨日は、友人とのランチで、私の初「○○ペイ」での支払いをした。
夫婦各自でスマホにアプリを導入していて、これまでは夫のアプリでの支払いをしていた。

世の中についていくのに一生懸命。苦笑

不思議だな~、という気持ちも少し残っている。
だって、面識のないお互いが、ルールを理解しあっていることで成り立っている、その極め付け、みたいなものですから。

で、今2割キャッシュバックがあるらしい。
こういう「お得感」で利用者増を狙おうという仕組みも、古来からの人間心理に根差しているのだろうとも思う。
それで運営が成り立つという計算だろうから、ビックデータの獲得合戦が行われているのだろう。

友人を初誘いしたお店だったのだけれど、好評価でリピートもありの模様。
コーヒー専門店でありながら、3種類限りのランチメニューも丁寧なのです。

その後、一緒に園芸店へ。

もうバラは買わないモードの私でしたが、リーズナブルプライスのミニバラに出会って、お買い求め。苦笑

ミニバラはいつも失敗しているのに~~~。イベリスとの寄せ植え。カラーリーフのヒューケラも一緒に。





その後、仕入れが上手なスーパーへ同行。このお店水曜休日なので、水曜日以外に友人が来た時はほとんど行きます。
そのお店の、一角を利用した花屋さんで、これも何度目からマーガレットの購入。この濃淡のグラデーションがあるマーガレットに弱いのです。絵画の常道ですが濃淡はものを立体的に見せます。


で、野菜、果物、鮮魚、お肉、どれも買わないと~~という気持ちになる品物ばかり。我が家は近くいのでよく来るのですが、友人はしこたま買い込みます。笑
このサザエ。1個100円。もちろん生きています。昨晩お刺身で食べました。土曜日は確か250円だったのに、休業日前日だったからでしょうか。


タイの切り身も購入。フライにするのは手間だから、半身をポワレ風にフライパンで焼きました。
友人持参のイタリアンパセリを彩にして。
あ~、我流の極みです。苦笑
でも、素材がいいから美味しいです。

日当たりの良いところに株分けしたアジサイ。




ボタン。すぐ水切れになるので要注意ですが順調です。


アシュガがピークを迎えています。グランドカバーとして大活躍。1月の塗装工事の時は、足場が組まれてぞんざいにされていたのだけれど、復活しました。





















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確定!

2019-04-15 06:53:09 | 庭 4月
シャクヤクでした。
ボタンの鉢が2つありました。ピンクと紫。白もあったけど2、3年で退場した。
紫色の株が不調続きで、去年ひ弱なのが1輪咲いておしまい。
何とか復活させたいものだと、世話はしていたけれど幹は枯死。でも赤いつやつやした芽があったので、あきらめずに期待していました。それがむくむくと育って、今年は花芽は無理かな?と思っていたのに、小粒の蕾様のものが、、、。
アレ? と思っていました。
その思いが1週間ほど続いて、なんだかボタンの蕾と違うように思えてきました。そういえば葉っぱも違うっぽい。

シャクヤクも地植えで2か所に植えています。
どうやらシャクヤクの葉っぱと同じに見えます。

そういえば、接ぎ木の可能性? と思い当りました。
正解です。多分。

台木のシャクヤクが育ってきているのです。
何色のシャクヤクなのかしら。今はそちらに興味深々。
台木に使う場合は、お花を期待しないのでウツクシクナイかもしれない、という気持ちを半分抱えながらも、期待しています。

ちなみに、我が家のシャクヤクは実家から株を別けてもらったピンクです。
日陰がちになった1株を移転したのですが、機嫌を損ねたのか移転後の開花は2年間見送りでした。今年に期待しているのですが、、、はて?

ハッサクの陰で、3年経過しても育ちあぐねていたアジサイ(ダンスパーティー)も、昨秋に移動し(2つに株分けした)、2つとも小さいながら若葉が日に当たって輝いています。よいお花をつけてくれますように。





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朝から庭仕事。

2019-04-14 09:50:53 | 庭 4月
日月と空模様が下り坂らしくて、雨の前の庭仕事してきました。
フリージアが咲きだしています。これもパープル。フリージァと言えば黄色い花のイメージなんですが、ブルー系にこだわっていた頃に購入したもので、、、もう何年も咲いてくれています。


チューリップもこの色。去年は球根を購入しなくて、これ3年目の球根だったかな?バックの紫の花穂はアシュガです。


ベロニカオックスフォードが満開。日差しがないので彩度が出ません。ずいぶん増えました。


草刈りをしていたら、アスチルベ(多年草)がここまで育っていました。周りのスイセンの葉っぱを光合成できる程度に短くしてやって、アスチルベに光を、です。


イベリスも、混植していたスイセンの葉っぱを短くしたので、華やかさアップ、です。


時期を見て地植えにしてやりたいと思っています。

キキョウの球根もあるハズなのですが、出てきません。3年目は無理なのでしょうか。






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花見。

2019-04-14 07:37:11 | 私の雑感あれこれ
金曜日夕方、テレビが地方ニュースでチューリップ畑の画像を流していた。
「奥殿陣屋」という紹介で。
陣屋!とくれば、行ってみたくなりました。苦笑

これがチューリップ畑。




華やかですが、周りから切り取られたように、ここだけ。これから観光客を呼び込むように北欧風ガーデンも作っていく構想みたいでした。
あたりは徳川幕府の親藩「奥殿藩」の陣屋あとのようでしたが、めぼしい史跡はありませんでした。
陣屋というのは、徳川時代に一国一城令がしかれ、多くの城が廃城にもなったのですが、城郭を持たない小藩は藩主が居住し行政を執り行うところとして陣屋がおかれたとのことです。高山陣屋は幕府直轄地ですが、行政官を置いた場所として陣屋と称されています。
大小260ほどの藩があったといわれていますが、その半分は城郭を持たない陣屋だったとのこと。

時間が余ったので、「松平発祥の地」にも立ち寄りました。
春ののどかな田園風景はドライブを何倍にも楽しいものにさせてくれます。
今年の桜時期の気温の低さもあって、まだまだ桜は満開だったり、桜吹雪を楽しめたり、のグットチャンスでした。

桜の名所は、大勢の人並とセットというイメージです。
でも、今回の花見の田園風景の中の桜は、川べりの10本、20本の満開の光景をほぼ独り占めのように目に飛び込んできます。若芽の柳や落葉した雑木にも初々しい若芽です。住んでいる家屋の庭や近隣畑の土手に植えられている花モモやレンギョウ、ユキヤナギも、土地の人たちが毎年の春の光景を心待ちにしていらっしゃるのだろう、という気持ちも想像しながら、眺めてきました。

松平氏一族である徳川の系統の地です。


「高明院」徳川の菩提寺とのこと。門の遠景の桜は満開。




カメラを横に振ると




水芭蕉も出迎えてくれました。




桜の名所の花見よりも、こんな風景の中の桜、充分楽しめました。









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日差しの中の庭。

2019-04-12 10:44:14 | 庭 4月
青系が多いので、日照がない時は地味目です。
草取りをしていたら、日が差してきたのでパチリ。

草取り目線で庭を見ると。


ワスレナグサが満開です。




ノースポールも日差しを喜んでいます。


ビオラたちも。






ベロニカオックスフォード。


ベロニカによく似た、ロベリアの挿し芽は2度も失敗に終わったので、先ほど3度目のチャレンジで、挿し芽やってみました。
購入してきた苗株のほうは、元気が出てきています。

ニームオイルの希釈液を10リットル散布して、草取りして、↑ の挿し芽をして、約2時間で一区切りにしました。







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目まぐるしく(?)、雑然と日々は過ぎていく。

2019-04-12 08:20:23 | 私の雑感あれこれ
3月下旬からいくつかの遠出の予定はすべてこなして、ほっ。

昨日は仕事に出た。長くやってきた仕事は、自分にむいていたのか、充実感を感じるところはある。これを毎日こなしていたんだ~と、馬力がなくなっている自分を実感。仕事(を通じて)が今の自分が作られてきたのが分かる。もともと理屈っぽいといわれるタイプだったのに、仕事では、相手にどう伝えるのが的確か、わかりやすいか、と、そんな文章を書き続けてきたんだな~と思う。

ブログは駄文の羅列ですけどね。苦笑


さて、庭。
スギナやカラスノエンドウがニョキニョキと目について、しっかりと草取りに回らなくてはならないのに、今こうしてPCの前。苦笑
竹ぼうきで芝生スペースに落ちているハッサクの落ち葉を掃いた。真ん中に箒を倒している。まず最初に芝生の半分の草取りをしようという「ここまで」の目印です。苦笑

バラへのニーム油の散布も今日のうちにしようとおもう。密集している新芽を見て回らないといけないのに、、、気になる。

午後は、某委員会の総会と例会。
金曜日はホットヨガも休日です。
久しぶりに、まともな夕食を作ってもみたい。
家を空けがちだったり、食あたりだったりで、手抜きのオンパレードでした。




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4月の寒波。雨が止んで

2019-04-11 06:50:03 | 庭 4月
ワスレナグサやノースポールのシーズンになりました。
こぼれ種と越年組なのですが、今年はちょっと成績不良。埋め尽くすほどにはなっていません。
ネモフィラのペニーブラックもこぼれ種から丁寧に取り分けて育てたのですが、ブルー種に比べると花弁が小さ目でかつ黒色なので地味。来年からはブルーにしてみようかしら、と検討中。ワスレナグサのブルーと重複するし、、、。

バラの葉っぱもモリモリと成長中。こんもり具合が気になります。剪定が下手という証かな。風通しのためには摘葉してやらなくてはいけないのでしょう。

ボタンの蕾が上がってきました。今年は5つついています。去年は7つ、8つだった記憶。


花弁の色ものぞいています。


ボタン紫色のもう1鉢は、木部が全部朽ちて不調でしたが、芽をだし葉っぱが茂ってきました。今年は樹勢を盛り返すための1年になりそうです。

ミヤマオダマキの1番花です。


ヒメシャガもシーズンです。藪状態の中で花を咲かせています。ゴメン。


イベリスが元気に開花中。多年草とのことですが、何度購入しても、越年してきれいに咲くことはなかったのですが、今年はしっかりと咲いてくれて、おやっ!ありがたい、です。


ワスレナグサ。光が当たっていないので発色はイマイチですが。




クレマチスの蕾もにぎやかです。


アシュガも花穂がいっぱい。


ムスカリ。移植した年のこともあり、ちょっとまだらに開花しています。


越年したサフイニア。


今朝の画像には登場しませんでしたが、株を購入したビオラや桜草、ハナカンザシなども元気です。












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東京から戻る。

2019-04-10 07:20:45 | 家族
入学式にかこつけて、久しぶりの東京行き、でした。
新幹線が東京駅に近づくと、ワタシ、ちょっとボルテージが上がるタイプ?
何だかそのざわつきが経済の機関車部分のような感じを持ってしまいます。

超複雑に配された交通網が的確に回っているのも、単純に感動です。
途上国から日本に来て、「交通機関を運行(操作)していることもそれはすごいけれど、それを普通の人たちが難なく利用していることもすごい」と驚いていたと聞いたけれど、その意見に共感するところがあります。

私は、無駄足することなく、いつものルートでお土産を手にバスで娘宅に。
超高層ビル群が林立する中をバスはいきます。
停まったバス停に自転車用のヘルメットをかぶった4歳児とママが迎えに来ていました。
4歳児には、このエリアが「おうちの近辺」なんですね。
ふぅ~ん、です。

翌日は、花祭りで催し物があったり、縁日も出ているということで築地本願寺に出かけました。
信長に敗退した「石山寺本願寺」のあとに、秀吉の大阪城が築城されたという記憶を呼び起こしながら、興味深々。

築地本願寺って、外観が日本のお寺イメージとは違うので、ビックリ。
関東大震災で焼失後の昭和9年に伊東某氏設計による、インドの寺院を模した形、ということらしいです。
焼失前はどんなお寺だったのだろう、私の中に知りたい持ちは残っています。

そもそも江戸に本願寺ができたのは1617年とのこと。夏の陣の2年後。
最初は浅草あたりにお寺ができたのですが、1657年の明暦の大火で焼失。あの江戸城も焼けた大火です。
その後幕府は、もともとの場所での再建築の許可を与えず、再建を許可した場所は海の部分(今の築地)だったそうです。
佃の信徒たちにより、海は埋め立てられて築地本願寺となったとのこと。

築地市場の移転問題が姦しかったけれど、海水エリアを再建築地に指定した幕府もすごいものですね。埋め立て工事込みのもくろみなのですから。

ちょうど、花祭りの行われる日曜日でしたので、久しぶりにお稚児さん行列を観ました。
(娘も2、3歳の時に経験しています)
「パレードが入ってきます」のアナウンスとともに、白い像を曳いた幼子の行列。チビちゃんたちよりパパママのほうが熱心なのでしょうが、鼓笛隊やらチアガール(?)のダンスやら、皆さん真剣で、物事一生懸命にする姿っていいな、と思いました。

きっとお稚児さんの行列姿って、何百年も続いているのでしょう。不思議!

前置きが、長~くなりましたね。

入学式は祖父母は参加できずで、弟君と留守番。
なんとかお兄ちゃんは小学校生活がすべりだしました。

ママはハラハラっぽいですが、おばあちゃんは外野です。

朝から1日時間があったのに、マンションでゆっくりして、早々に帰路に着きました。
あちこち動き回るのは疲れるし、、、、そう判断してしまう心境でした。
















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ようやく「司馬遼太郎記念館」訪問。

2019-04-04 06:44:59 | 旅行・休養
かねてから、いつか訪ねたいと思いながら、何年も経過していました。

4月1日の大阪城記事の出だしにも書きましたが、一般道を走る時間の長いコースのチョイスになって、少々イライラもありましたが、
植わっている菜の花が目に入った時は、ほっこりした思いになりました。
司馬遼太郎さんのお気に入りの花ですものね。住居が記念館敷地につながっているのですから、普通の住宅街の一角にあります。


菜の花の向こうに見えるのは、司馬さんが晩年まで執筆していた書斎です。

ご自宅の横に、安藤忠雄氏の設計になる記念館があります。

館内撮影禁止。

時空の旅人 司馬遼太郎 という人物紹介画像が流れていました。
書架には見事な著作物がデスプレィされていて、ああ、あれも読んだ、これも読んだ、と目が追います。読んでいた頃の自分を思い出されもします。きっとこの記念館を訪問している人たち共通の感覚なのかも、、、。
圧倒的に同世代が多いのですが(そんなに混んではいない)、海外からのグループともすれ違いました(台湾あたりの大学院生?)。

近隣で駐車場を探すつもりでしたが、記念館にも6台分の駐車場があり、1台分の空きがったのでラッキーでした。

ここを訪問した記念に、お土産として本を買おうと思っていました。
「21世紀を生きる君たちへ」という小品。

館内にも、この「21世紀を生きる君たちへ」の全文(多分)が掲示されていました。(だから、読了)
まだ、この文章を読むには数年早い孫たちへのプレゼントにしたいと思って、2軒分、2冊買い求めました。
文章自体はそんなに長くはなく、見本本をめくってみると「洪庵のたいまつ」という文章も併載されていました。

不思議!
だって、今いる東大阪市の司馬遼太郎記念館を出ると、緒方洪庵の「適塾」に向かう予定にしていましたから。

1冊ずつプレゼント包装にしてもらって、喫茶コーナーでコーヒーで一服。

何年後かに読んでもらいたい本をなんて、「キミの自己満足だよ」と言われながらも、おばあちゃんは買いたかったのです。苦笑

  ↑  は、個人的余談、です。


記念館訪問の感想としては、司馬遼太郎の書籍収集はすごいとは聞いていましたが、まったく、でした。彼の作品はこれらから時代の情報を読み取って編み出されてものなのだと、恩恵に浴するものとして、その巨人さに圧倒されるばかりです。



洪庵の適塾の画像もここに。ここは大阪市中なので、周りに有料駐車場はあるのですが、適当なのを探してぐるぐる回ったりしました。














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花冷えの中の名古屋城本丸御殿行き

2019-04-03 07:33:30 | 歴史探訪・城巡り
桜が満開。
集合場所を本丸御殿の入り口にしたので、ひとり先に本丸御殿を一巡り見学できました。
3人集まって、私は復元された檜の御殿を2順できました。
空襲で焼け落ちた城ですが、空襲になることを想定して、外せる襖絵など数千枚は避難させてあったとのことで、それらの素絵を誠実に復元されているので、往時を想像しながら順路をたどりました。
解説として、画像シュミレーションも置かれており、「大阪城夏の陣へいざ出陣じゃ」という画像に、先月下旬に訪れた落城した側の大阪城のことを思ったりしました。

豊臣征伐の大阪城へは名古屋城から多くの武将、兵が出陣していった、と。
名古屋城が作られたのは1610年に始まり1615年完成。1615年が夏の陣なのですから、、、、。

本丸御殿の後、1630年代に上洛御殿が作られています。上洛、つまり将軍が京都行のための宿泊用御殿です。この時の将軍は3代家光。上洛先は二条城。昨秋に二条城へ行ったときは、家康が作り始めて、完成後に二条城に入った徳川将軍は、家光、家茂、慶喜の3人だけとありました。その家光の上洛に際して、名古屋城に立ち寄るということで御殿が新造されたということなのでしょう。
名古屋城の上洛御殿が使われたのは、この時1度だけ。きっと、あとのふたりの将軍は船を使ったと思います。

1945年の空襲までは現存していた国宝第1号のお城だったそうです。
石垣もそれは立派なのですが、大阪城で見た巨石が目にちらつくので、そこまででは、、、、です。
この城も徳川の世になってから天下普請で作られた城ですから、石垣には刻印も確認もできました。

湯殿書院、黒木書院は入り口が別です。
入場制限しており、待ち時間の間に、現存する3つの櫓(東南、西南、西北)のうちのひとつ西南隅櫓に上りました。
天守閣と同時代(1612年)に作られたもので、解体修理はされているけれど、戦災にあっていないので、木材等は当時のもの。こちらも人数制限されていましたか、上階まで昇って降りてきたところで、湯殿書院入館にぴったりの時間でした。

私は早目に本丸御殿に着いたので、待つことなくスムーズでしたが、集合時間とした11時ごろには大そうな行列ができていたということでした。

いつでも行けるから、と思いながら、紺屋の白袴状態だったのですが、完成オープン9か月経過してにしてようやく訪問したというわけです。

御殿や櫓の中から満開の桜を垣間見るとは、贅沢なひと時でした。
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懲りないのは ⇒ ワタシ

2019-04-01 14:10:18 | 歴史探訪・城巡り
前記事で、明日は、名古屋城の復元なった『本丸御殿』行き~~、♪♪♪

と、私、ルンルンだったでしょ。

なのに、、、、友人からのメールで、お城の正門前の集合時間を11時にしてほしい、と。
その理由が、某地下鉄駅近くの駐車場が朝10時じゃないとあかないから、と。

また~~。

前回、京都へ日帰りで向かったときは、新幹線に乗って間もなく、夫に外食させたくないから夕方5時、6時には自宅に戻りたい、て言われてゲンナリしたのに。計画いっぱい立てて、情報交換して楽しみにしていた旅だったのに。

今回は(確定じゃないけれど)どこかのスーパーの駐車場に一日無料で停めておきたいから、という理由だと思う。クソッ

彼女は、最寄駅のスーパーに一日停めておいて都心にコンサートだかに出かけていたときに、駐車場内で誰かが彼女の車にぶつかって傷つけ、その大型スーパーは管内アナウンスをしたけれど、ドライバーの彼女は館内にはおらず連絡取れなかったという経験をしているのに(私なら恥ずかしいと思う)、また、駐車料金節約作戦を取ろうとしている。そのために本丸御殿を観る時間が減ることには、関心が至らない、のです。

このメールを、久しぶりのホットヨガへ行く途中で受け取った。

朝、前記事書いたところの私は、当然 腐る。

あっ、京都の時とは別人物です。

私の友人って、興味が違うんだから、仕方がない、のでしょう。

ここは、ガマン。

弟宅で、弟嫁さんにいろいろ語ったのだから(苦笑。彼女、もと社会科の教師で、歴史旅が好き。こちらとのほうがタイプが近い)、
そう、だれとでも話が合うなんて言う贅沢は望めない。トホホ

返信するのも、ムムッだったのだけれど、帰宅してから、集合場所を変えましょう、と返信した。
たっぷり見たい人は、先に行って観る。ランチメインの人だったら、11時集合もよし、と考えることにしました。
即座に、二人から、了解、とメール。

明日は、私、たっぷり楽しみます。

大阪城の石垣を見て、名古屋城の外堀(空堀)近辺を自転車で乗り回している私としては、富山城の石垣が急ごしらえに見えて仕方がなかった。苦笑

確か、名古屋城内に加藤清正の騎馬像がありました。なんで名古屋城にと思ってそれまででしたが、今だと造営の加勢に加わっていたのだろうと考えるようになりました。





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大阪1泊旅行。

2019-04-01 09:20:21 | 歴史探訪・城巡り
充実した旅行だった。

書き留めておきたくて、ベットの中で、あのこともこのことも、と綴りたいことを思いめぐらしていたのだけれど、1週間経過して
果て、うまく書けるかどうか。

目的は、一度は訪問したい東大阪市にある「司馬遼太郎記念館」でした。
そして、もう一つは、緒方洪庵の「適塾」。
日帰りにすると行程があわただしいからと、1泊することにしました。
都市部への旅行が好きではない夫ですが、今回は同行。車で行けるのでフットワークはよくなり、助かります。
宿は、国家公務員共済経営のKKRが1室空きアリ、ということで確保できました。
場所は大阪城のお堀の南側。高層階の窓からは、広大な外堀の石垣と大阪城正面が一望できるベストロケーション。室内はリニューアルされたばかりという快適空間でもありました。

なにしろ大都市のど真ん中なので駐車場が大変です。ホテルの駐車場が翌日12時までOKとのことで、翌朝は8時半ごろにはお城に向かいました。
お城そのものはコンクリート造りですが、大阪城の歴史紹介にたっぷり浸れるので、自称歴女(苦笑)には興味深い時間でした。
5階まで、展示物、資料を観て、解説を聴きながら階段で登っていきます。
豊臣秀吉の大阪城と夏の陣で焼け落ちた後、盛り土をして作られた徳川の大阪城はそもそも別物ということを認識できました。
天守閣のある城を初めて作ったのは、織田信長の安土城(1576年)。徳川が夏の陣の後に作った大阪城は1620年代。天守閣のある城が作られたのは、この50年間だけのことというのも、今回の大阪城行で教えられたことのひとつです。

その江戸期に徳川氏が作った大阪城は石垣造成にも丁字割といって工事区間を各藩に分担させているのです(資料が残っている)。
命じられた各藩の財政的負担はさぞかし、です。徳川幕府の中央集権を徹底させるために利用されていたんですね。
手抜きは咎められ、おおきなペナルティーがあるでしょうし、取入ろうという魂胆もうごめいているでしょう。非民主社会の構図というのはこういうものかと思いながら、見学を進めました。
そのお城も40年ほどで、落雷で焼け落ちているんです。
で、徳川の直轄ですから大阪城代は常に置かれているのだけれど、大阪城はずっと再建されないまま200年ほど経過したとのこと。知らなかった~。江戸期後半(1800年代)になって、天守閣以外の部分が復元されたそうです。(・・・後日整理したいと思っています)
でも、その復元された居城の部分も戊辰戦争で焼失。また焼け落ちたということです。

そういえば、江戸城も明暦の大火(1600年代)で焼け落ちて、天守閣はその時以来再建されていない、と去年の江戸城訪問で知りました(天守台は残っている)。経済的負担を慮って天守閣の再建はしなかった、とあった記憶です。

戦闘の時代でなくなったから必要性も薄れたのでしょう。大阪、江戸、双方で天守閣の再建をしていない、という節も私にはなんだか経済の営みの一方程式のようで興味深く感じられるのです。

大阪夏の陣の前、1610年から造営に取り掛かった大きな城があります。名古屋城です。明日、友人らとここに行く予定です。
去年復元した本丸御殿が完成しました。征夷大将軍になり江戸に徳川幕府を開いたとはいえ、まだ、大阪に豊臣秀頼がいます。その大阪への備えもあって作られた城ですから、さぞかし威を誇っていたことでしょう。名古屋城も江戸期の大阪城と同じく天下普請です(外様大名に割り振って負担させた)。現代とは格段に重機の差があるのに、よくもこのような石垣が作られたものだと、感激屋の私はひきつけられてしまいます。外堀沿いの道路から眺めるだけで城内に入ったのは2度ぐらいでしょうか。久しぶりの名古屋城も楽しみです。

アレレ、話が城話(しろばなし)にそれてしまいました。オソマツ。

司馬遼太郎記念館と適塾は、ホームページを貼っておきます。
それぞれ感想は、たっぷりあるんですけどね。苦笑











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