街の中心にある美術館でシエナ派の中世絵画を見たあと、その展示室の隅に「パノラマ」と書いてあるドアがあることに気がついた。開けてみると上に続く階段がある。それを登ってみると、トスカーナの丘と平原を見渡せる展望台があった。この屋上から眺める景色は、思いもよらない感動をもたらしてくれた。
カンポ広場にあるマンジャの塔と大聖堂の巨大な伽藍以外には、ただ赤茶けた瓦屋根が一面に広がっており、その向こうには緑の丘と平原が続いている。地平線をぐるり360度見渡すというのは、なんと素晴らしいことか!
ここちよい風に吹かれてこの絶景を眺めていると、すぐ横にある大聖堂の鐘が鳴り始めた。ちょうど正午だったのだ。その大きな音は、トスカーナの平原一帯に響き渡った。それは長い間この地を支配してきた権威の象徴であり、人々をくまなく救う慈悲の音色でもあり、また普段は意識もしない生活の一部になってもいるのだろう。
その音が合図であるかのように、シエナの街のあちこちにある鐘が鳴り始めた。この展望台は街の中心にあるので、前から横から、後ろから鐘が鳴る。神から発せられるその呼びかけは、街の外に建っている教会の鐘も動かし始めた。大聖堂の大きな鐘の音、それを取り巻く街の鐘、そして見渡す限り続く平原に点在する教会から届く小さな鐘の響き、これらが大気全体を震わせる壮大なシンフォニーを奏でるのだ。しばしその霊妙なる響きに身をゆだねる。。。
やがて大聖堂の鐘が止んだ。始まりと同じように、街の鐘が次々にそれに応えて止まってゆく。静寂の波がゆるやかに広がり、はるか郊外から聞こえてくるかすかな鐘の音が最後に残り、そして消えていった。
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