私が高校で生物を学んだ頃はリチャード・ドーキンスの遺伝子の考え方は教科書にはもちろんまだ登場していませんでした。ドーキンスの存在を知ったのも最近です。ドーキンスの「利己的な遺伝子」は見方によっては随分衝撃的ですがちょっと興味を持ちました。最初はこちらの方を読もうとしたのですが根気がなくて途中で挫折してしまいました。
ところが最近、竹内氏の本についての紹介文を読み、「ドーキンスの理論を分かりやすく解説している」とありましたので早速、竹内氏著作の他の数冊も一緒に読んでみました。その中ではもし誰かに薦めるとしたらこれかなと思います。なるほどと納得しやすい文章で書かれています。でも分かりやすいだけに衝撃はもっと大きくそして明確かもしれません。
ここではドーキンスだけでなく、その理論を裏付ける多くの学者の言葉がわかりやすく解説されています。
<我々のこの体は、遺伝子が自らを乗せるために作りあげた乗り物である。遺伝子は悠久の時間を旅するという自分自身の目的のために我々の体を利用している。>
ああ、だから二人のキョウダイと8人のイトコなんだ!自分とキョウダイは1/2、イトコとは1/8の確率で遺伝子を共有し合っている。血縁者が助け合おうとするのは遺伝子存続のため??
でも現実はこの理論だけではうまくいきません。文化を伝えるミームがもう一つの大きな要素です。
タカ派とハト派のゲーム理論も興味深いです。
「鬼の嫁姑戦争はやはりこれか。ああ、わかっていても現実は理性的でありたいものよ!」
男性分類学も驚きとともに妙に納得でした。竹内氏と私は同い年ではありませんがほぼ同世代です。この本ばかりでなく竹内氏の著作の多くには、はっきり言ってしまえば、「いくらなんでもそこまでどぎつく言わなくても・・・」と言いたくなることが次々に登場します。「世の中の花嫁予備軍の女性たちよ。どうぞケチ男とバクチ男にはくれぐれも気をつけて!!」
でも竹内氏がドーキンス博士の論理をいくら崩そうとしてもなかなかできないのと同様、私は彼女の論理を崩すには知らないかまたは知りたくても知ろうとしなかったことが多すぎて打ちのめされるばかりです。
人間だけが中心になって作り出す社会学と違って、地球と地球上の生物全てを巻き込んだ生物学は、立ち向かいたくないさらに多くの醜い事実を露呈させ私を戸惑わせます。
反面、日常の他人から見たらつまらないかもしれない無数の小さな悩み事からは、次元を変えた生物学を含めた自然科学の本を読み、その世界にのめり込むことによってしばしば解放されます。そして冷めた気持ちになったり、もっと大きな未知な分野に熱い思いを寄せたりすることもあります。それは小説や歴史、時事問題について書かれた書物を読んだ時とはずいぶん違う読後感のような気がします。